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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第15章 最果てのバリスタ編
358/500

358杯目「変革の裏側で」

 11月下旬、美羽が再び妊娠し、産休に入った。


 復帰するまでの間、代わりの人事部長をどうするかで悩んでいる時だった。


 村瀬グループに異変が生じた。村瀬酒造の社長が葉月珈琲を訪れた。肝心の千尋は休日であり、彼に話を聞くことができなかった。メールじゃなく対面して話したい。村瀬グループには必ずあいつが1枚噛んでいる。事情を問いたださずにはいられなかった。これは葉月グループ全体の問題だ。重大な決断を迫られたわけだが、どうしていつも僕がこんな役回りなのか、そろそろ理解に苦しむようになってきた。


 原因はおおよそ見当がついているが、ここは千尋に聞くか。


 翌日、ラッシュが過ぎた午後4時、那月が労働時間を考慮して帰宅した頃だった。


 あいつのことだ。きっとパティスリークリタニに途中復帰して、体調管理もしないまま、看板娘として働き続けているに違いない。そう思った僕は、気づかれないように後をつけ。案の定店を手伝ってはいたが、とても楽しそうに客と話している那月を咎めることは……できなかった。


「千尋、村瀬酒造の社長が()()()()を申し出てきたけど、君の仕業か?」


 クローズキッチンで作業が一段落した千尋に声をかけた。


「いーや、僕は何もしてないよ。でもグループ傘下の主力が吸収合併を申し出てきたってことは、もうやばいんだろうね。そろそろ来るかなとは思っていたけど」

「じゃあ……村瀬グループは……」

「近い内に消滅するだろうね。主力の企業を畳んだり吸収合併しているのは敗戦処理だよ。自然淘汰と言ってしまえばそれまでだけど、15年前に傾いたところから立て直すチャンスは何度もあったよ。でもみんな父さんと僕の再三にわたる忠告を無視して……改革を拒否してきた。自分たちの保身のために」


 千尋の拳が遺憾の震えを見せ、熱しているかのように赤くなる。


「村瀬グループの事情、話してもらってもいいかな?」


 僕の隣で話を聞いていた伊織が千尋に寄り添うように様子を見ながら、いつもより小さな声をかけた。


「――うちの実家は、元々小さな居酒屋だった」


 小さい頃の思い出のように、千尋が悟りを思わせる顔で上を向きながら語り始めた。


 村瀬グループは一念発起した居酒屋の大将、村瀬社長が名古屋を拠点に始めたグループ企業だ。


 昭和中期、日本酒の味に拘りを持っていた村瀬社長は、躍進の基盤となった村瀬酒造を創設し、日本酒好きで村瀬グループの名を知らない者はいないと言われるほど、破竹の勢いを見せると、高度成長期の波に乗り、10年ほどかけて中部地方を代表するグループ企業と化していった。


 しかし、21世紀に突入すると、国内市場での売り上げが徐々に下がり始め、バブル期には一世を風靡していたその影響力は、緩やかに縮小の一途を辿っていた。


 しばらくは粘りを見せたが、時代が待ってくれることはなかった。一度導火線についた火は、留まることを知らぬまま火薬に突撃する。リーマンショックが訪れると株価は下がり、主力商品である日本酒の購買が滞る事態となってからは、改革の必要性が浮き彫りとなった。


 具体的な改革案として、国内市場が縮小しきる前に、ヨーロッパを始めとした外国を相手に海外進出を果たし、国外に収入源を持つことで生き延びる道を模索していた。前代未聞の挑戦に、社内からは反対が相次いだ。村瀬グループの総帥となっていた村瀬社長は、あと少しで改革案が通るところまできていた。


 だがそうは問屋が卸さず、改革案は寸前のところで副社長に潰された。不況が過ぎるまで耐え、外国人観光客を相手に宣伝しながら国内市場を維持しようとする保守派の副社長は、村瀬グループ内で大きな影響力を持ち、改革派の村瀬社長ですら、逆らうことは困難となっていた。


「このまま副社長が次期社長になってしまえば、改革案が通ることは二度とないと思った父さんは、身内から次期社長を輩出することを決めたんだけど、身内はみんな不慮の死を遂げていったんだよねー。今だから言える話だけど、副社長は僕の身内を事故に見せかけて殺していったんだよ」

「ええっ!? そっ、それ本当なのっ!?」

「副社長は5年前に病気で死んでるし、証拠もないから立証はできないけど、あの短期間でドミノ倒しのようにバタバタ死んでいったのは明らかに不自然だし、父さんも死ぬ直前に、副社長から命の保障はないって脅されていたことを告白したから、間違いないと思う。幅を利かせていた副社長が死んだ時には取り返しのつかないところまで衰退してて、もう手遅れだった。僕はそれが決め手になって、村瀬グループを離れることにしたわけ。もうすぐ終わる組織よりも、これから伸びていく組織に寝返るのは当然だよ」


 訴えかけるような口調で、グループの内部事情を暴露する千尋。


 村瀬グループの足を引っ張っていたのは、当時の副社長だけではなかった。


 人事部長や各地方の本部長までを自らの派閥に抱え込み、保守派が多数を占めていた。村瀬社長はたった1人の息子、千尋に最後の希望を託した。だが千尋は跡取りとなることで、他の身内のように保守派に始末されることを恐れ、後継者になることを明確に拒否しながら改革案を訴えていた。


 副社長の死後、社長の足枷となっていた副社長の席が廃止されたが、価値観を同じくする保守派が相変わらず多かったこともあり、改革案は通らなかった。いよいよグループの傾きを無視できなくなった村瀬社長は、思い切って保守派を全員リストラし、改革案に合意できる者だけを残した。


 しかし、ようやく舵を切ろうかというところで、村瀬社長は長年の心労から病に倒れた。予算を確保できるだけの体力がグループに残っていなかったのだ。取引先も次から次へと離れていき、国内市場は店舗も社員も削減しなければならないほど縮小していき、収入源すら満足に確保できないほど衰退していた。


 結局、改革案が実行に移されることはなかった。村瀬社長の死後、改革派の者が後を継いだが、保守派が残した爪痕は大きかった。保守派の者たちは改革によるリスクを恐れ、自分たちが引退するまでの間は村瀬グループに一切挑戦させないことを強く望んでいた。役員ですら立場が危ういと考える者が大勢いたことも、改革案が最後まで通らなかった要因であった。仕事ができる人よりも、忖度やおべんちゃらだけが取り柄の社員ばかりが出世したことも、かなりの痛手だった。グループの未来よりも、自分の保身と老後のことしか考えられない無責任な人間ばかりが集まった哀れな組織の末路は……呆気ないものだった。


 千尋も見限るわけだ。無能な味方を持つことの恐ろしさがよく分かる。


 1ヵ月前、村瀬グループは遂に今年中のグループ解体を決定した。


「なるほど、そういうことだったか」


 後ろを振り返ってみれば、桜子、那月、響の3人がクローズキッチンの扉の前に佇んでいる。


「あれっ、那月帰ったんじゃないの?」

「えへへ、スマホ忘れちゃった。それでバックヤードまで取りに来たら、千尋君が深刻そうな顔で色々語っていたからさー。結構重い話だったね」

「千尋君もかなり苦労したんですね」

「潰れるべくして潰れたとしか言いようがないな」


 みんなして盗み聞きかよ。だが千尋にとって不本意ではないことは、顔を見れば分かる。


「まっ、そういうわけだから、村瀬酒造をどうするかはあず君に任せるよ」

「グループ解体の敗戦処理として、傘下企業を他に吸収合併させているわけか」

「どうして吸収合併が敗戦処理になるんですか?」

「グループを解体するってことは、今ある企業を全部清算するってことだ。企業がなくなったら社員は全員失業してしまう。それを防ぐために、別の企業に吸収合併という形で企業を引き取ってもらうことで、社員の生活を引き続き守ってもらうわけだ」

「まあほとんどの場合、吸収合併された側の社員は削減リストラされちゃうんだけどね」

「えっ……」


 目が点になる伊織。まるで別世界の出来事を見ているようだ。


 伊織に全く縁のない出来事とは言い切れないが、そうなっても生きていけるように葉月珈琲塾はある。レールに乗る前提ではなく、自らレールを作る前提の教育が必要なのだ。


 レールの途切れた崖を知りながら歩かせることが、いかに危険で無責任なことか。


「報いを受ける時が来たんだよ」

「でも吸収合併するってことは、うちがその企業の維持コストを負担するってことだ。維持コストに見合う利益を生み出せないと分かった時は、解体することもあり得る」

「村瀬酒造は吸収合併しないってことですか?」

「元々は千尋がいた企業だ。千尋が決めろ。条件次第で、吸収合併しないこともない」

「急にそんなこと言われてもねー」


 頭を抱えながら困り果てる千尋。村瀬酒造の味を残したいという本音が垣間見えた。


「――葉月グループって、コーヒーカクテルに力を入れようとしてるんだよね?」

「もちろんだ。バリスタオリンピックで勝ち抜くには、コーヒーカクテル部門でスコアを伸ばす必要があるってことは、歴代のバリスタオリンピックチャンピオンが証明済みだからな」

「じゃあさー、コーヒーカクテルを作る前提のお酒を造るようにするのはどう?」

「それいいですね。独自の味を守っているお酒でコーヒーカクテルを作ったら美味しくなると思います。蒸留酒を使ったものはたくさんありますけど、日本酒を使ったものは、まだ開拓されてませんし」

「一応業務提携してた時期はあるけど、コーヒーカクテルの海外進出が思ったより難しくて、すぐにやめちゃったんだよなー。それに村瀬酒造の日本酒は癖が強すぎてコーヒーカクテルとあんまり合わないし、真理愛が村瀬酒造の日本酒を使ったことで、スコアを落として選考会2位通過になったこともある」

「問題はコーヒーとの相性か。コーヒーに合わせる前提の日本酒を作るとなると、今までのやり方をガラッと変える必要が出てくるね」

「一度相談するか」


 話はまとまったが、いくつか条件を飲んでもらう必要がある。


 村瀬酒造にとってはかつての改革案に代わる別の改革案だが、敗戦処理になる以上、こっちとしては不安定要素を取り除きたい。相手にとっては厳しい条件だ。


 ラストオーダーの時間を過ぎ、桜子と響が帰宅の準備を始めた頃、千尋が村瀬酒造の社長を呼んだ。


「村瀬部長、今日はどうしました?」


 村瀬酒造の金田(かねだ)社長が低い腰のまま言った。


 頭を丸めた厳つい感じの男性で声は低く、60代くらいのおじさんであることがすぐに分かる外見だ。青色のストライプが描かれたスーツを着用し、カウンター席に腰かけている。


「部長はやめてよ。僕はもうグループの人間じゃないんだからさ。千尋でいいよ」

「あー、そうでしたね。千尋さんが葉月社長の仲介役をしていただけると伺ったのですが」

「そうだよ。あず君が条件次第で、村瀬酒造の吸収合併を認めるって言ってるの」

「条件ですか。それはまた、どんなものですかな」

「まずは村瀬酒造の名前を葉月酒造に変更してもらう。うちの傘下に入るんだ。葉月グループの傘下だってことが分かるようにしないとな」

「名前の変更ねぇ~。まっ、僕は別に異存はないけど」

「私としては、村瀬酒造の伝統を後世に遺したいのですが、千尋さんはそれでもよろしいのですか?」


 金田社長が重々しい目を千尋に向けると、千尋は目を逸らしてしまった。


「あず君の言うことはもっともだと思うよ。それとも他に生き残る手段でもある?」

「いえ、他の企業にも打診はしましたが、全てお断りされました。残るは葉月グループだけです」

「確かにうちの名前はなくなるかもしれない。でもうちの味までなくなるわけじゃない。村瀬酒造の味はずっと残るよ。どうしても心配なら、旧村瀬酒造ってホームページにでも書いとけばいいじゃん」

「それともう1つ。村瀬酒造の日本酒は固有の酒として残してもいいけど、生産は最小限にしてもらう。うちはコーヒーが主力事業だ。基本的にはコーヒーと混ぜ合わせる前提の新たな日本酒を開発する場所として使うことになる。日本酒をベースにしたコーヒーカクテルはまだメジャーな存在じゃない。つまり僕らがジャパニーズコーヒーカクテルのパイオニアになるってことだ」

「ジャパニーズコーヒーカクテル……ですか」


 呆気に取られた顔のまま、金田社長は注文したドリップコーヒーを飲み干した。


 内に秘めた葛藤と戦いながら、条件を全て呑み込むかのように。


「……葉月社長、言い分はごもっともですが、私たちにも意地というものがあります。伝統の味を守ってくださるのはありがたいですが、最小限にしてコーヒーと混ぜ合わせるために捻じ曲げるのは――」

「金田さん、変化を受け入れることを覚えないと、伝統どころか、居場所さえ守れない。これは僕があず君の下で学んだことだよ。昔のやり方を続けるだけじゃ、いずれ時代の波に呑みこまれて、最終的に淘汰されてしまうってこと、金田さんも気づいてるんじゃないの?」


 僕よりも先に千尋が口を開いた。この手の言い分は何度も聞いたことだろう。


「……それはそうですが」

「村瀬グループの元保守派で、改革派になることを条件に、本来であればリストラされるはずだったところを村瀬酒造への左遷に免じられたことくらい知ってるよ。そんな金田さんだからこそ、改革の重要性はよく理解しているはず。何でそこまで保守的なわけ?」

「千尋さんがご存じかどうか分かりませんが、村瀬グループは一度挑戦して失敗したことがありました。日本酒の他にビールやウイスキーにも手を出した挙句、他の企業との競合に敗れて撤退することになりました。その時担当となった役員たちの何人かは事業展開失敗の責任を取らされる形で辞職しました。それからはみんな挑戦や改革にアレルギーを持つようになりました。海外進出を拒んだのもそのためです」


 バックグラウンドを告げるように金田社長が言った。


 蔵人から叩き上げで出世していった金田社長も、その場にいたことが見て取れる。


 千尋が知らなかったはずはない。これは改革派にとって不都合な事実ではあるが、それでもなお改革案に賛成したのは、既に後戻りができなかったからだ。現実を目の当たりにしながらも、改革と保守の狭間に苦しみながらも、当時の副社長という長い物に巻かれ、足が竦んで動けなかった。


「知ってたよ。みんな過去のことは語りたがらなかったけど、ずっと前に村瀬グループにいた役員の1人が教えてくれたよ。父さんですら教えてくれなかったけど、何かあったことくらい感づいてたよ」


「だったらどうして?」

「村瀬酒造の味は、今の時代じゃ通用しないってことだよ。日本酒は開拓が進みすぎたし、顧客は常に新しいものを求めてる。日本酒だけじゃ駄目だよ。でも他の分野との合わせ技だったら、どうにかならないこともないよ。賭けてみる価値はあると思う。日本酒だったら、優秀な他社製品がいくらでもあるけど、コーヒーカクテルと組み合わせた日本酒はまだ開拓されてない。失敗する可能性だってあるけど、どの道会社を畳むことになるんだったら、挑戦してから畳んでも、遅くはないんじゃないかな?」

「……分かりました。千尋さんがそこまで仰るなら、よろしくお願いします」


 金田社長が僕に向けて頭を下げた。千尋は僕の隣でホッとしたような笑顔だ。


 僕が金田社長の手を取ると、しっかりと握られた僕の手に気づいた彼は驚いた顔で頭を上げた。


 うまくいかないことを恐れて挑戦も改革もしないことが最大の失敗だ。うまくいけば伊織たちのコーヒーを補強することに繋がるし、他のコーヒー会社はまだやっていないことだ。最初は苦戦するだろうが、他のコーヒー会社やバリスタたちに差をつけるチャンスでもある。


「よろしく頼むぞ。今度は成功させよう。みんなの運命が懸かってる」


 金田社長を説得した僕らはすぐ行動に移った。


 数日後、葉月グループは村瀬酒造を吸収合併し、『株式会社葉月酒造』と名を改めた。


 この時をもって、村瀬グループは傘下企業の全てが吸収合併もしくは解体され消滅した。


 かつての社員たちはそれぞれの企業へと散り、クビが決定した者は生活保護課へと駆けつけた。元社員たちの中でも才能ある者は葉月珈琲塾に入塾させ、可能な限り無職化を防いだ。


 引きこもりの多くは、自分の力ではどうにもならないことで無職になったことをきっかけに、家からほとんど出なくなってしまう。いくら労働意欲があろうとも、企業がいらないと言えば採用してもらえず、場合によっては追い詰められることだって珍しくない。無職になった時点で生きていけなくなる就職レールの欠陥部分が、また浮き彫りとなった。名古屋の失業率が一時的に上がり、行政は対応を急いでいる。


 株は葉月グループの本部が持ち、昭和中期から続く伝統の味を残しながらも、コーヒーに合う日本酒の開発に没頭する体制を整えるところから着手する。葉月酒造で造られた日本酒は、一部を除いてコーヒーの実験に使われるようになり、様々な食材や水の割合などを試し、ジャパニーズコーヒーカクテルを目指した。日本酒の製造には1ヵ月もかかる。熟成させるなら1年かかると言われるほど奥深いものだ。


 店の営業が終わり、僕、唯、伊織の3人で入浴している時だった。


 唯も伊織も肌に光沢があり、濡れている髪は重力に従って真下へと水滴を垂らしている。腹を擦りながら湯船に浸かっている唯を眺めている伊織は、僕の体を泡立てながら洗っている。誰かに体を洗ってもらうのも悪くない。恋人同士じゃなきゃ、恥ずかしくてできないことだけど……。


「真理愛が使った時は味が噛み合わなかったけど、それはこの日本酒が商品として完成されたものだったからで、食材の配合とかを変えながら、コーヒーと組み合わせて完成するものを開発しようと思ってる」

「その日本酒って、私たちが使ってもいいんですか?」

「もちろん。必要があれば実験に使ってくれ。どの道開発しないといけないものだし、シェリービットを使ったコーヒーカクテルが終わったら、次は葉月酒造初となる、ジャパニーズコーヒーカクテルの商品化を目指す。これで当分ネタには困らないし、やるべきことが一気に増えたな」

「あず君にとっては有意義な時間なんでしょうけど、子供たちのことも考えてくださいね」

「最近は私とばかり遊ぶようになってますし、たまにはあず君が遊び相手になってくださいよ」


 伊織がそっと僕の腕に両手を巻きつかせ、柔らかい感触が僕の肌を刺激する。


 最近は子供たちにコーヒーの淹れ方まで教えるようになり、伊織の愛弟子となっていた。紫、雅、巻、祈の4人は目を閉じてぐっすりと眠っている。早い内に寝させているお陰で、僕らは3人仲良く風呂に入ることができている。伊織の滑々した背中には骨格が浮いており、僕の発情を誘っている。


 段々と抑えきれなくなるこの気持ち――いつになったら報われるのだろうか。


 このコーヒーカクテルに対する投資が、やがて大きく花開くことを、僕らは知る由もなかった。


 こうして、村瀬グループの敗戦処理は、静かに終わりを告げたのであった――。

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