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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第2章 自営業編
35/500

35杯目「水の都のカプチーノ」

 ――大会2日目――


 翌日の朝を迎えた。旅で疲れていたのか、いつもより長い時間熟睡していた。


 夏ではあるが、ヴェネツィアは寒かった。僕は布団をかぶり、小さな体を温めていた。


 午前9時、誰かが僕の寝室である3階まで上がってくる――。


 足音が聞こえ、段々と音が大きくなると、扉が開いたところで体に震えが走る。


「アズサ、もう朝だよ」

「ん~、もう朝なの~」


 口を大きく開けながら両腕を真上に伸ばす。


 日を跨ぐ前に寝たのは正解だった。そうでもしなければ大会に寝坊するところだ。


「――余程疲れてたんだね」

「外国に来るのは初めてだからな」

「そう……朝食できてるから、早く下りてきてね」

「うん、分かった」


 目を半開きにさせながらうがいをした後、1階に下りて朝食を食べた。


 朝食はパンが中心の軽食ばかりだったが、味は絶品だった。このクロワッサン、外はパリパリ、中はサクサクでめっちゃ美味い。うちも早く起きた時はパンかシリアルだし、文化的には近い。


「今日は常連たちとみんなでアズサの応援に行くからね」

「ありがとう。1つ気になることがあるんだけど……」

「ガストーネのことでしょ?」

「何で分かったの!?」

「彼、お酒を飲みながらあれだけ大きな声で愚痴ってたから、流石に分かるよ」

「何か事情を知ってるの?」


 聞いてみれば、フランチェスカは全てを悟った様子だった。


「――ガストーネはね、元々バリスタオリンピックイタリア代表になるほどの凄腕バリスタだったの。1991年に行われた第1回バリスタオリンピックにも出場して、ファイナリストになったの」

「凄いじゃん」

「でもそれからは調子に乗って傲慢な振る舞いをするようになったの。CMやバラエティに引っ張りだこになってからは、バリスタの仕事を疎かにするようになって、いつの間にか周囲を見下すようになっていったんだけど、そんな時に私はあいつに告られたの」


 フランチェスカは愚痴るように言いながらビスケットを食べる。


 まさかガストーネがそんな地位の人だとは思わなかったな。


 ――ん? 告られたってどういうことだ? 2人はそういう関係なのか?


「でも私は彼を振ったの。そしたらバリスタオリンピックチャンピオンになったらつき合ってくれーなんて言ってくるから、渋々約束したの。でも彼は第2回バリスタオリンピック選考会で敗退して、それからは転落の人生だった。ガストーネとはそれ以上の進展がなくて、結局うちの常連に留まったけど、少し前に勤め先のカフェで問題を起こして、今回の大会で結果を出せなかったら、バリスタを引退するって言ってたの。まさか本当に引退することになるなんて……ちょっと寂しいな……」


 フランチェスカはかつてのバリスタオリンピックファイナリストの引退を惜しんでいた――。


 順調だったはずの人生も、一歩間違えれば一気に転落することを思い知った。僕はこれ以上転落するわけにはいかない。一歩間違えば店が倒産し、再起不能になる恐れがある。まさに背水の陣だ。


 ガストーネとはある約束をしていた。そのためにも……勝たないと!


「多分知っているとは思うけど、バリスタオリンピックファイナリストになるっていうのは、コーヒー業界では非常に凄いことなの」

「確かファイナリストになった人は、世界トップレベルのバリスタとしてその地位を保証されて、店を営んでいれば、たくさん客が来るようになって、自分の店がない場合でも、CMやバラエティに引っ張りだこになるくらいだもんな」

「その通り。全てのバリスタにとって、バリスタオリンピックで結果を残すことが、成功への道なの。ここはコーヒーの本場ではあるけど、イタリアって失業率が高くて、ほとんどのバリスタは貧乏なの」


 そんな事情があったのか。競争社会が……彼を変えてしまったんだ。


 恐らくガストーネも、元々は貧乏なバリスタだったんだ。


 彼は実力以上の結果を残したことで慢心し、成功者としての地位に溺れ、内に秘めた欲望を制御しきれなくなった。それでバリスタとしての鍛錬を怠るようになり、転落を招いた。


「僕は日本から来てるけど、貧乏なのは僕も同じだよ。実は今、うちの店赤字なんだよね」

「そうなの!? だったら尚更応援するっきゃないね。頑張って」

「うん、そうする」


 身支度を済ませると、一緒に会場まで赴くことに。


 店は朝からの営業だが、今日は大会が終わるまでの間、他のスタッフに任せるとのこと。


 僕らがカフェ・コンタリーニから出た時だった。


「――アズサ、あなたはガストーネみたいになっちゃ駄目よ!」


 心配そうに僕の目を見ながら言った。


「分かってるよ。()()()()()()()は真っ平御免だ」


 笑いながら後ろを振り返り、フランチェスカを碧眼を見ながら己に誓うのだった。


 会場まで昨日と同様にゴンドラで移動する。ヴェネツィアならではの移動手段だ。距離的には近く、すぐにゴンドラから降りることに。宿泊費や食費が丸々浮いたことで、心にも余裕が出ていた。動画以外では見ず知らずの僕をただで泊めてくれた上に、帰るまでの衣食住まで提供してくれたフランチェスカにはとても感謝している。面倒見が良くて母性溢れる人だ。どこの国にも良心的な人はいる。フランチェスカのアシストもあり、最高のコンディションで決勝を迎えることができた。


 会場に着くと、そこには人だかりができていた。


 30分後には決勝が始まる。ガストーネを見つけると、約束の確認をする。


「チャオ、昨日の約束は覚えてるか?」

「ああ、覚えてるけど、俺は微塵も期待してないぞ」

「……じゃあ行ってくる」


 笑顔で彼と別れると、30分後に競技者が召集され、ルール説明とスケジュールの指導を受ける。


 僕は10人中最後の競技者となった。


 おいおい、最初に出た世界大会だってのに、いきなりトリかよ!


 決勝もルールはこれまでと同じだが、準決勝までと違って少し変更点がある。テーマは自由で、衛生面も評価の対象から外すとのこと。縛りすぎるとバリスタの創造性を殺してしまうからだ。もっとも、決勝までくるような人は衛生面なんて当たり前のように守れるからだろう。


 テーマが自由ってことは、引き出しの多さを見られてるわけだ。この手の勝負なら僕の右に出る者はいない自信がある。今までどんな問題もアイデアで解決してきた僕に死角はないっ!


「やあ、君も決勝に残ったようだね」


 他の競技者を観戦していると、1人のダンディーな男が話しかけてくる。


「俺はベルトラント・バンキエーリ、よろしくな」

「お、おう。僕は葉月梓、確かあんたもファイナリストだったな」

「ああ、俺も後の方なんだ。ジュリエッタと無謀な約束したんだってな」

「何で知ってるの!?」

「あいつは俺の彼女だ」


 僕はガストーネとジュリエッタの2人に二重の約束を交わしていた。


 ――まっ、彼氏が相手なら言えるわな。


 決勝ではジュリエッタやベルトラントも競技をこなしていった。凄く楽しそうだ。しかも僕が見たこともないデザインカプチーノを描いていた。ファイナリストなだけあって申し分ない仕上がりだった。まだものにはしていないが、あのデザインカプチーノで勝負するしかない。


 決勝開始から2時間以上が経つと、ようやく僕の番がやってくる。


 ミルクピッチャーに牛乳を注ぎ、スチームノズルを挿入して温めた。


 音を立てながらミルクピッチャーの底を何度か台の上に当てた。この時の僕はいつも以上に集中していた。歓声はあったが聞こえなかった。全神経を指に集中させ、神話をテーマにユニコーンとフェニックスを描いた。翼はフリーポアで描き、顔や胴体はスティックペンによるエッチングで描いていく。


 フランチェスカたちが見守る中、僕は10分が経過するギリギリのところで完成させた。


 10分を超えた場合は1秒毎に1点減点され、1分を過ぎると失格となる。みんな時間内に完成させてたから、減点は問題外だ。結果的に両方ともうまく描けてホッとしていた。実はこの2つを成功させたのはこの時が初めてだ。練習の時は早く描きすぎて滅茶苦茶になったり、慎重に書きすぎて10分を超えてしまうかのどちらかだったから、決勝で描くことには抵抗があった。しかも牛乳を温める工程も競技時間の中でやらないといけないため、描くのに費やせる時間はもっと短くなる。


 他にも練習で色んな形のデザインカプチーノを描いていたが、ユニコーンとフェニックスは早く正確に描くことが技術的に難しく、何度も失敗していたために敬遠していたのだが、決勝はコンディションが最高だったこともあり、何でも描ける気がした。


 何故この決勝というタイミングで、こんなにも上手く描けたかは分からない。


 終了の合図を出すと共にタイマーがストップされる。僕が最終競技者ということもあり、歓声はピークに達した。まさにファイナリストらしい競技だった。


 全力を出し切ったのか、急に腹が減ってきた。


「アズサ凄いね。あんなに難しそうなデザインカプチーノ初めて見た」


 声をかけてきたのはジュリエッタだった。


「ありがとう。ジュリエッタのデザインカプチーノも凄かったよ」

「ありがとう。私はラベンダー好きだから、ずっとラベンダーをモチーフにしたかったけど、準決勝までのアズサを見て気が変わったの。全力で蝶々を描くことになるなんて思わなかった」


 蝶々もあれはあれで難しいんだよなー。よくあんな複雑なものを描けたなと心で呟く。ベルトラントは決勝で馬を描いていた。いずれも手の込んだ造形だった。


 技術的には他の参加者に負けないと思った。後は結果を待つだけだ。


 決勝では競技終了後にインタビューが行われる。僕は英語でインタビューに答えていた。決勝で描いたものが初めて成功させたものであると答えると、司会者は度肝を抜かれていた。


「えっ!? 本当に? 凄いね~。まだ16歳なのに自分の店を持ってるとはねー。しかも初めての世界大会でしょ? これは将来有望だね~。どうやったらそんなに行動できるの?」

「うまくいかないことを気にしてる暇があるなら動くこと。それだけだよ」


 インタビューが終わると、結果発表が行われた。順位の低い順に名前が発表されていく形式だ。みんな自分の名前を呼ばないでくれと思っていた。僕も想いは同じだからよく分かる。


 WDC(ダブリューディーシー)のファイナリスト10人が集まった。


 また1人、また1人と名前が呼ばれていく。賞金は3位から受け取れるため、参加費や旅行費を取り返せればそれでいいと思っていた。アジア人初のファイナリストというだけでも、十分な宣伝にはなったと思っていたが、気がつけば最後の2人に残っていた。


 ジュリエッタは3位だった。残るは僕とベルトラントの2人のみ。


 この時点で準優勝確定となり、ここで呼ばれなかった人が優勝だ。


 司会者が準優勝の参加者名を発表する。


「……第2位は……エントリーナンバー19、ベルトラントだー!」


 最高潮に惜しみない歓声が沸いた。


「やったあああああぁぁぁぁぁ!」


 順位が確定した瞬間にガッツポーズを決めながら、まるで感情が爆発するように舞い上がった。


「ワールドデザインカプチーノチャンピオンは、エントリーナンバー8番、アズサーハーヅーキー!」


 僕は隣にいたベルトラントとハグをして喜んだ。最後に司会者の口から、優勝の宣告と共に僕の名前が発表され、またしても歓声が沸いたのだった。


 まさか優勝できるとは思ってもみなかった。


 こうして、ヴェネツィアに葉月梓の名前が刻まれた。


 入賞者たちがトロフィーと賞金を受け取り、最後に僕がトロフィーを真上に掲げると、司会者が閉会を宣言し、WDC(ダブリューディーシー)はお開きとなった。


 トロフィーは木でできた台の上に黄金のコーヒーカップが接着されているものだった。


「アズサ、凄いじゃない! アジア人初の優勝だよ!」


 フランチェスカが声をかけてくる。


 ファイナリストになった人たちや、決勝を見届けていた観客たちが集まってくる。


「……ありがとう」


 この時も実感が沸かなかった。しばらくはフランチェスカたちと話した。今日の決勝まで落ち込み気味だったガストーネが笑顔になっている。やっぱりコーヒーには人を笑顔にする力があるんだ。


 彼らと昼食を共にする。僕が注文したのはクワトロフォルマッジ。日本語だと4種類のチーズという意味だ。文字通り複数のチーズが盛りだくさんで、他の具材はなしというシンプルなピザだ。


「あのさ、昨日はごめん……ちょっと言い過ぎた」

「あー、あれか? 別にいいんだよ。言われても仕方ねえし」


 ジュリエッタがガストーネに謝罪する。どうやら約束は守ってくれたらしい。


「いつか自分の店を持ちたいって言ってたよね? 応援してるから、またやり直してみたら?」

「……ああ……そうしてみる。アズサからもそう言われてるからな」

「えっ? どういうこと?」


 種を明かせば、昨日ガストーネには、僕がジュリエッタよりも高い順位になった場合、またゼロからバリスタをやり直すことを約束させ、ジュリエッタには、僕が順位で上回った場合、ガストーネと和解してバリスタを続けられるように背中を押してやることを約束させていたのだ。


 僕がこの賭けに負けた場合、2人からの簡単な命令を1つ聞くという内容だったが、2人は渋々賭けに乗ってくれた。ガストーネたちはこの二重の約束にようやく気づく。


 噛んだピザを引っ張ると、引き千切った生地からチーズがゴムのように長く伸びた。


 ……美味いっ! チーズの味がたまんねえー。ほっぺが落ちそうだ。昨日食べたカルボナーラも美味かったし、やっぱりイタリアンは最高だぜ!


「凄く美味そうに食べるね~」

「そうかな? いつもこんな感じだけど」

「アズサ、俺、もう一度やり直してみる。店との約束だから、クビは免れないけど、またゼロからバリスタを始めるよ。アズサが決勝で描いていたフェニックスを見て、俺もまたフェニックスのように復活できるんじゃないかって気がしてきたんだ」


 ガストーネが覇気を取り戻したかのように語り出す。


「あのさ、何でガストーネにバリスタをやり直させようと思ったの?」


 ジュリエッタがこっちを見ながら唐突に聞いてくる。


「私がお願いしたの」


 フランチェスカが自ら僕にお願いしたことを自白する。


「えっ!? フランチェスカがアズサに言ったの?」

「そうだよ。最終的に実行してくれたから良かったけど」


 彼女は僕の顔を見ながら嬉しそうにウインクをする。


「世話になってるから断りきれなかったんだよ。僕もこんなこと面倒だからさ、本当は賭けを持ちかけるなんてことはしたくなかったんだけど、ガストーネがバリスタを引退するって言った時、凄く嫌そうな顔してた。僕自身、自分からバリスタを取ったら何も残らないような立場にいるからさ、それで彼女のお願いに応じようって思った。大事なものを失う辛さは僕もよく知ってる……」

「……」


 遅い昼食を済ませた後、しばらくして夜を迎え、カフェ・コンタリーニ主催の祝勝会に参加し、フランチェスカからも常連たちからも優勝を称えられた。


 テーブルにはコーヒーだけじゃなく酒も並んでいる。


 イタリアのカフェはバールと呼ばれており、カフェ、レストラン、酒場を足して3で割ったような飲食店であり、バリスタもイタリアではバールマンと呼ばれている。


「じゃあみんな、コップを持ってー」


 みんなが一斉にコップを持ち上げる。


「それじゃ、アズサの優勝を祝して、カンパーイ!」

「「「「「カンパーイ!」」」」」


 全員が乾杯の合図をすると、みんなが一斉に飲み始める。


 もうこれ祝勝会っていうより、単にみんなが飲みたいだけだよな?


 店の常連からはどの店で働いているのかを聞かれた。


 僕は日本でカフェのマスターとして営んでいることを伝えると、今度日本に行く時に寄らせてもらうよと言われた。色んな人からフリーポアやデザインカプチーノを上手に描くコツを聞かれていたため、カフェのキッチンを借りて実演する。ここに来て初めてこの店のエスプレッソマシンに触った。昨日まではスチームノズルを使った程度だった。


 最も得意なハートのチューリップを描いた。今までで最高の出来栄えだった。


「「「おおーっ!」」」


 あぁ~、生き返る~。


 目を半開きにさせながら、笑顔で自分が淹れたカプチーノを嗜む。


 そんな時だった。日本人らしき男が店に入ってくる。中年おじさんのような見た目で、手にはカメラを持っていた。反射的に目が反応する。


 や、やばい! 気づかれたらどうしよう。急に怖くなってきた。


「お手柄ですね」


 不安は的中し、狙ったように僕に向かって話しかけてくる。


「こっ! 来ないで!」

「?」


 体が勝手に拒否反応を起こし、慌ててフランチェスカの後ろに隠れた。


 相手の男は僕の拒否反応に違和感を持っていたが無理もない。フランチェスカにはどうしたのと心配された。体が震え、ちょっと上で休んでくると言って立ち去るしかなかった。過呼吸になり、情緒不安定な状態が続いた。3階の客室まで逃げ込み、しばらくするとフランチェスカが上がってくる。


「何であの日本人を避けていたの?」

「僕、日本人が怖いんだ。見ただけで体が勝手に回避しようとするんだ」

「……どういうことなの?」


 彼女は呆気に取られた表情で僕の震えている体に触れると、体の震えが魔法のように治まった。


 しばらくの間、沈黙が続く――。


「……信じてもらえないとは思うけど、あんたには説明しておくよ」

「うん、言ってみて。一体何があったの?」


 日本人恐怖症を発症するまでの経緯からその後までを説明した。


「身内と外国人は平気だけど、何故かあの運命の日以降は、日本人を見ただけで、あの悍ましい日々を思い出して怖くなるんだ。体は逃げろと言わんばかりに震えるし、憎しみの感情は湧いてくるし、何でこんなに怖がるようになったのか……自分でも分からない……」

「そうだったの。辛かったね」


 フランチェスカが僕を後ろから抱き締める。


「……差別主義者だと思わないの?」

「別に思わない。怖がる理由も正当なものだし、それだけ痛い目に遭わされたことを体が覚えてるんだと思う。これはトラウマだね。仕方ないよ」


 どう考えても言い逃れできそうになかった。世話になっていたこともあって、彼女には本当のことを話した。納得はしてくれたけど、この手の話は一歩間違えれば差別主義者と受け取られかねない。丁寧に話すよう心掛けた。例によって誰にも言わないよう彼女を口止めした。


 翌日を迎えると、荷物をまとめて店を出ようとする。


 そこにフランチェスカが見送ろうと、僕に近づいた。


「アズサ、楽しい時間を……ありがとう」

「!」


 彼女から頬にキスをされる。僕は思わず顔を赤くしてしまった。


「こっちこそ……ありがとう」


 フランチェスカに礼を言うと、彼女の頬にお返しのキスをして。カフェ・コンタリーニを後にする。彼女は僕の姿が見えなくなるまで、店の外から動かずに手を振り続けていた。


 夕方の便に乗るまでの間、他のカフェを回っていた。


 昨日いた客に見つけられると、まるで王様のような扱いを受けた。


 悪くはないが、これで慢心する僕じゃない。言っちゃ悪いが、世界的に有名な大会じゃないし、まだまだ世界一のバリスタには程遠い自覚があった。僕が目指すべきものはもっと上にある。地元の人たちも集まってきた。噂は一晩で広まっていたらしく、アジア人初のチャンピオンが物珍しかったようだ。


 地元の人たちと話しながら少し遠くのカフェで一息吐いていた。僕としては1人で飲みたかったが、度々客から話しかけられていた。ヴェネツィアでお勧めされたコーヒーはとても美味かった。夕方には空港に着き、帰りの便に乗った。しばらくの時間が過ぎると、僕は日本に帰国する。


 空港から電車に乗り、静かに岐阜市まで戻るのだった。

ワールドデザインカプチーノチャンピオンシップはフィクションです。

バリスタ競技会は大会というよりはお祭りと言った方が感覚的には近いでしょうか。

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