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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第14章 コーヒー業界転換期編
346/500

346杯目「狐と狸の化かし合い」

 栗谷家に辿り着いた僕は早速栗谷元社長との面会を求めた。


 幸い、すぐに応じてくれた。那月はうちに栄転した後、葉月商店街の近くにアパートを借りた。そこには伊織が向かっている。何故あれほどまで実家に拘りを持ちながら、あっさり売却してしまったのか。


 借金してでも守ろうとするのが人情というものだが、これはどうなんだ?


 賢明な判断と言ってしまえばそれまでだが……。


「上がってくれ。君なら来てくれると思っていたよ」

「詳しい事情を聞かせてくれ」

「――今から3ヵ月ほど前、私は鍛冶社長から実家の買収を迫られた。鍛冶社長はうちの貯金が底を尽きていることを見抜いていてな、遂にこの時がきたかと思った。うちを守ってくれる財産がなかった。実を言うとな、私はこれを機に会社を畳む予定だったんだ……もう少し待てばよかった」

「もう少しって?」

「実家を売却する契約書にサインした次の日、君たちがWBB(ダブリュービービー)で優勝した」


 ――じゃあ、栗谷元社長は……ギリギリまで待ってくれていたんだ。


 だが今回は先手を打たれてしまった。鍛冶社長の情報網を甘く見ていた。


 WBB(ダブリュービービー)が終わるまでに調印しなければ、どんな手を使ってでも栗谷家を潰すと脅しをかけてきた。この時点で僕が敵側であることがばれている。那月がうちで勤務していることも。


 何故ここまで栗谷元社長を追い詰める必要があるんだ?


「前々から気になってたんだけどさ、何であんたは鍛冶社長から迫害を受けてるわけ?」

「私が小学生の時、私と鍛冶には共通の好きな女子がいた。私も鍛冶もその女子に告白したが、テストの点数が高かった方とつき合うと言った。私もあいつも将来の夢を叶えるためじゃなく、1人の女子のためだけに一生懸命勉強した。テストの結果は私が満点を取って、私がその子とつき合うことになった。だがあいつは諦めていなかった。それまで一度も勝負事で誰かに負けたことがなかったこともあってか、私に突っかかるようになって、あらぬ噂を広められて、高校の時までつき合っていた女性を突然奪われた」

「ただの負けず嫌いにしては、拗らせすぎだと思うけど」

「あいつには彼女がいた。だがその彼女が、私とつき合いたいと言い出して別れたらしい。それで親の仇を見るような目で私を見るようになった。私は当然、鍛冶の元彼女からの告白を断った。ただ、その時には罠が張られていた。その次の日に、私が浮気をしているという噂を広められて、私の彼女だった人は、事情を説明しても信じてくれず、鍛冶の手に渡ってしまった」


 うわぁ……結構ドロドロしてるな。


 原因は鍛冶社長個人による逆恨みによるものだった。


 でもこの出来事がなかったら那月は生まれてなかったんだよなぁ~。人生万事塞翁が馬だ。不可解だ。鍛冶社長は復讐を果たしたはずだが、栗谷家の実家や店までをも奪った理由が分からない。


「じゃあ何で、鍛冶社長は執拗にあんたを狙うわけ?」

「分からん。だが心当たりはある。鍛冶は私に娘がいることを知った時、息子に嫁がせてほしいと言ってきた。もちろん断った。くだらない理由で復讐してくるような奴と親戚になりたい人間などいない」

「那月は家を守るために、名無しの御曹司と結婚する気でいる。でもそんなことをしても無駄だって分かってるんだろ。止めてやってくれよ」

「鍛冶社長から契約書を貰った。那月との結婚を認めるなら、ここを社宅として残すという内容だ」

「あんたは本当にそれでいいのか?」

「……この場所は先祖代々残してきた。その維持費と税金を賄ってくれるんだ」

「娘の将来より大事なものか?」

「私たちにとっては最後の抵抗だ。カジモール計画を阻止するためのな」

「まるでカジモール計画が実現したら、実家を失う以外にまずいことでもあるみたいだな」


 皮肉を呟いた瞬間、栗谷元社長は口を閉じたまま腕を組み、木の板で敷き詰められた廊下に出た。


「ここには栗谷家の全てが詰まってる。栗谷家の先祖は日本庭園を造る庭師だった。ここは栗谷家の職人が遺した最後の日本庭園だ。命に代えても守り抜きたい。たとえ実家が、敵の社宅になったとしてもな」

「……WBB(ダブリュービービー)で優勝した恩恵を受ければ、パティスリークリタニは安定した収入源を確保するはずだったんだぞ。那月も客が大勢来たって喜んでたのに」

「鍛冶はそうなることを恐れて、早めに契約書の調印を迫ってきた。私にもっと力があれば、こうはならなかった。できることなら、こんなことはしたくなかった」

「……那月は渡さない」

「何?」


 やっとこっちを向いたか。僕はさっきまで持っていた違和感の正体にやっと気づいた。


 栗谷元社長も鍛冶社長も性格がよく似ている。


 嫉妬の塊で、独り善がりで、誰かを犠牲にしなければ、何1つ成し遂げられない臆病者だ。


「つかぬことを聞くけど、あんたがいつか祖先の元に行った時、何故那月を望まない相手に嫁がせたのかを聞かれて、家を守るためだと答えたら、あんたの祖先は納得すると思うか?」

「それはどういう意味かな?」

「この日本庭園はよくできてる。1つ1つの素材が配置から風景のバランスまで丁寧に洗練されていて、見る者を圧倒する。先祖代々ずっと素材を大事に扱ってきた証拠だ。畑は違うけど、僕もカフェを建てる時はこういうのを意識するんだぜ。日本庭園のことはよく分からねえけど、作者が見た人たちを喜ばせるために造ったものだってことくらい分かる。もしこれがみんなを笑顔にする作品として、一族の誇りとして後世に遺すためのものだったとしたら、今あんたがやろうとしていることは、一族の方針とは真逆の行為だ。那月が昨日うちを出る前、どんな顔してたか知ってるか? あいつ、裏で泣き崩れてたんだぞ」


 普段は細目の栗谷元社長が目を大きく見開き、叱られた子供のように静かに畳に座った。


「あんたが身内を犠牲にしてまでこの場所を守り抜いたところで、そんなものに価値はない。血の通っていない仕事ほど、虚しいものはねえぞ。それが本当にあんたの祖先が望んだことかって聞いてんだよ」


 徐々に距離を詰め、プライドだけが意識を支配している栗谷元社長の足元に歩み寄った。


 彼の隣に座ると、その横顔は何かを迷っているように見えた。


「もしここを失ったら、一族が遺してきた作品も証拠も、何もかもが全て歴史の闇に消えていく。そうなったら私は……何を支えにして生きていけばいいのか」

「あんたには那月がいるだろ。娘の活躍だけじゃ、支えとして不十分か?」

「そんなことはないが……」

「この日本庭園も全部写真に撮って、後で別の場所を確保してから再現すればいい。日本庭園は人が作るものなんだし、どうにでも作れるだろ。場所が変わっただけで色褪せるような作品じゃねえだろ」

「日本庭園を引っ越しか。全く、君は面白いことを考えるな」

「鍛冶社長は他社との契約を何度も反故にしてる。このまんまじゃあんたも那月もその一例になる。一応調べたけど、鍛冶社長の家は典型的な男尊女卑で、嫁いだ人は徹底して家の中に押し込めるらしい。もしそうなったら、那月は夢を諦めることになるんだぞ。もしそのことをあんたの祖先が知ったら、一体どんな反応するんだろうな」

「……」


 青天を見上げる栗谷元社長だったが、簡単には答えを出せそうにない。


 鍛冶社長の素行の悪さを入念に調べ上げた甲斐があった。


 優子に調査を頼んだのは正解だった。彼女はより良い店作りのため、色んな企業の人の連中に話を聞いて回る癖がある。職種は違っても、目指すところは同じだ。幸いにも知り合いの知り合いに株式会社鍛冶に勤めていた人がいたお陰で、証言を拾うことができた。


 知り合いの知り合いを辿っていけば、誰にでも辿り着くって言うけど、本当なんだな。


「……分かった。日本庭園引っ越しの件、前向きに検討しよう」

「本気で検討する気があるなら、あんたの口から鍛冶社長に話をつけてくれ」

「私は愚かだった。那月を犠牲にして伝統を維持しても、栗谷家の祖先たちは納得しないだろう。うちの家は自由な家風でな、私が庭師にならないと言った時も、祖父母は全く反対はしなかった。鍛冶の息子には那月を渡さないと伝えることにする」

「ホントか!?」

「ああ、本当だ」


 太鼓判を押す発言と共に、言葉に力強さが戻った。


 何とか首の皮1枚で繋がった。後は那月だけだ。


 納得がいくだけの確証を得た僕は葉月珈琲へと戻り、伊織から話を聞いた。


 伊織が言うには、那月と話している最中に電話がかかってきて、電話を終えた後の那月が笑顔を取り戻したんだとか。早くも栗谷元社長が行動に移してくれたようだ。身内の言葉は外界からの圧力よりも効果がある。伊織は那月の説得に苦戦したようだが、それだけ那月の意思は固いということだ。これ以上僕を困らせないようにという父親からの言葉が効いたのか、那月は昼から再び顔を見せた。


「じゃあ、昼にはまた来るんだな?」

「はい。那月さんは自分が嫁げば家を守れると思っていたみたいなんですけど、あず君が集めてくれた情報のお陰で、決心がついたと言っていました」

「それは良かった」

「でも、6月のお見合いには参加するみたいですよ」

「えっ、何で?」

「既にお見合いの席を設けているみたいで、無下に断ったら何をされるか分からないみたいですし、最悪クビになる可能性もありますから」

「僕だったら自分から辞めるけどな。那月には収入があるんだし、アパートでも見つけて、またゼロから出直せばいい。ニート生活を満喫すればいいじゃん」

「そう簡単に切り替えできますかね。だって社長だった人ですよ」

「あの人なら大丈夫だ。休日はのんびり日本庭園を眺めてるような人だし」


 今は株式会社鍛冶に創設されたスイーツ部の部長だが、これもいつまで持つことやら。


 吸収合併とは言っても、実質併合しただけと言っていい状態だ。


 パティスリークリタニの商標権なんかも全て鍛冶社長のものになってるだろうし。


 ――ん? 商標権? ……そうか、鍛冶社長の目的はきっと……。


 午前11時、那月以外のスタッフが全員揃った。


 いつもなら那月も来ているはずだが、まだ姿が見当たらない。


 うちのスタッフは開店1時間前には自主的に集合して開店準備を始め、大会前であれば、もっと早い時間に集合し、クローズキッチンでコーヒーの開発に没頭する。閉店後はすぐ帰宅するが、大会前はコーヒーの開発という名目でうちに残り、家でも開発ができる人は帰宅するのだ。もっとも、今は誰よりも先に伊織が1階に下りて作業を始めるため、他のスタッフの開店準備の手間が省けている。本当に働き者だ。


「那月ちゃん遅いねー」


 我慢が不得意な千尋が真っ先に音を上げるように言った。


「那月さんにも色々あったから、そう言わないであげてよ」

「伊織ちゃん、辛いのは那月ちゃんだけじゃないんだよ。誰にだって試練は訪れるものだし、うじうじ悩んでいるよりも、今できることをするべきだよ。結果を残す以外に市民権を得る方法はないんだからさ」

「千尋君は悩みとかなさそうだもんね」

「悩みくらいあるよ。この頃さー、子供の夜泣きがうるさくて、あんまり眠れないんだよねー」


 手を口に当てながら欠伸をする千尋。


 直後に伊織も返事をするように欠伸をする。


「眠いんだったら昼寝でもするか?」

「いえ、大丈夫です。私は誰かさんと違ってちゃんとしてますから」

「酷いなぁ~。まっ、伊織ちゃんもパートナーが見つかったら分かるようになるよ」

「……」


 将来の伴侶を示唆すると、伊織は助けを求めるように緘黙を守りながら僕に視線を送る。


 事実重婚なんて、他の人は滅多にやらないことだ。人に恥じるような生き方をした覚えはないが、新しいことを始めるには、批判を受ける覚悟が必要だ。


 今はまだその時ではないと思いつつも、早く公表してしまいたいと思う自分もいる。


「あっ、そういえば、伊織ちゃんっていつ引っ越すの?」

「ひっ、引っ越しっ!?」

「そんなに驚くことないじゃん」

「えっと、今はまだ決めてません。ここは選考会の準備がしやすいので、バリスタオリンピックが終わるまでは、ここにいるつもりです」

「ふーん、でも長く居れば居るほど、あず君の子供たちが段々懐いてきて、別れるのが寂しくなるよー」

「千尋君には関係ないです!」


 何をそんなに怒ってるんだと、千尋が少しばかり首を傾げた。


 その時、葉月珈琲の扉がカランコロンと音を立てながら開いた。


 入ってきたのは那月だった。バタンと静かに扉を閉めると、罪悪感に満ちた顔で僕らと視線が合った。


「あっ、那月さん、おはようございます」

「お、おはよう。えっと、昨日は早退しちゃってごめんね」

「気分が悪かったんだろ。だったら那月には何の非もない。事情はあず君から聞いた。全く、とんでもない社長に目をつけられたものだ。これじゃ集中できないかもな」

「あはは、一応結婚はしないことが決まったんだけど、まだ相手には伝えてなくて、一応形だけのお見合いはすることになっちゃったの」

「鍛冶社長の前妻の息子だろ?」

「断るにしても、一度顔を見ておくだけで十分だ」

「でもその気がないのにお見合いなんて、時間の無駄だと思うけどねー」


 千尋が吐き捨てるように言いはなった途端、またしても扉が開いた。


 スタッフは全員揃っているため、明らかにスタッフではない誰かであることは確かだ。


「邪魔するよ」


 渋く低い声が響いた。驚くべきことに、入ってきたのは黒い背広を着た鍛冶社長だった。


 噂をすればなんとやら。那月は鍛冶社長を確認すると、震え上がるようにビクビクと体を震わせながら響の後ろに回った。鍛冶社長の後ろには灰色のスーツを着た秘書が佇んでいる。


「あの、まだ開店前なんですけど」

「あー、心配ない。私は客じゃない。用が済んだらすぐに出ていくよ。そこにいる葉月社長にちょいと用があってね。どうしても話しておきたいことがある」

「僕になんか用?」


 素っ気ない口ぶりで言葉を返した。僕が敵であることはもうバレている。


 こいつの目的は警告だ。口で言う前に目が言っている。


「栗谷の娘さんがここにいると聞いた時は驚いたよ。まさか日本一有名なカフェで勤務しているとは思わなかったからねー。6月にはうちの息子と那月さんがお見合いをすることになってる。だから邪魔をしないでほしいんだよ。結婚が決まってくれないと、うちは色々と困るんでね」

「何で僕にそれを伝える必要があるわけ?」

「とぼけても無駄だよ。君が色々と嗅ぎ回っていることくらいお見通しだよ」

「……僕は栗谷家がどうなろうと知ったことじゃないし、無理にあんたの邪魔をする気もない。でも那月はうちの戦力だ。こいつは50年、いや、100年に1人の逸材だ。結婚して寿退社させるには惜しい才能だし、うちとしては那月を手放すわけにはいかない。あんたの家の事情を調べさせてもらった。妻を家に押し込んで、専業主婦にするのが習わしなんだろ。女が月見草として生きる時代は終わってるんだぞ」

「君は何か勘違いをしているようだ。確かにうちには古風な慣習がある。でもかなり自由な立場だ。バリスタの大会にも、パティシエの大会にも、好きなだけ出てくれればいい。仕事は辞めてもらうけどな」


 この言葉で確信した。那月は間違いなく専業主婦にさせられると。


「契約破棄したり、気に入らない取引先に強引な要求をして潰したり、結構派手に暴れてるみたいだな」

「はて、何のことやら。何の証拠もなしにそんなことを言われても困るなぁ~。こっちは出るとこ出てもいいんだよ。何もやましいことはないからねぇ~」

「その言葉、ちゃんと覚えとけよ。ていうか何でそこまでして、栗谷家の財産を奪おうとするわけ?」

「奪うだなんてとんでもない。ただ私はカジモール計画を実現させたいだけで、そのためには栗谷の家と店にどいてもらう必要があるんだよ。詳細は明かせないけどね」

「それは当事者に対しても言えない事情か?」

「こちとら色んな取引先を抱えていてねー。守秘義務というものがあるんだよ。カジモール計画には色んな取引先が密接に関わっているんだ。どうしても疑うというなら、カジモール計画が実現した時に全ての事情を話すと約束しよう。それでどうかな?」


 流石は大手社長なだけあって、のらりくらりかわすのがうまいな。確かこいつは与党の国会議員にも立候補していて、福井県知事選にも有力候補として挙がっている。


 つまり、鍛冶社長は後釜を息子に譲り、自らは出馬する気だ。だが妙だ。息子は既に結婚しているはずだが、何故前妻の子である名無しの御曹司を引っ張り出してまで那月と結婚させる必要があるんだ?


「悪くないな。那月、お見合いしてやれ。どうやら僕の読み違いらしい」

「えっ、ホントにいいの?」

「ああ。那月はお見合い相手の顔を知ってるか?」

「いや、全く知らないけど」

「おかしいなぁ~。お見合いするんだったら、お互いに相手の顔写真を送っていても不思議じゃないはずだけど、何で那月がこれからお見合いする相手の顔も知らないのかな?」

「君には関係のないことだろう」

「あず君には関係のないことでも、私には関係のあることです。素性が分からないと不安です。どんな人かだけでも教えてくれませんか?」

「……那月さんより少し年上の青年だ。ちょっと捻くれているところがあるけど、根は真面目で誠実だ」

「なるほど、それが前妻の息子の特徴ってわけだ」

「「「「「!」」」」」


 一瞬、鍛冶社長の顔色が変わったのを僕は見逃さなかった。


「前妻の息子って、どういうことなんですか?」

「鍛冶社長には2人の息子がいる。その内の1人は今の妻との間に生まれた鍛冶一茂副社長。でも副社長は既に結婚してる。変だと思ったんだ。あんたがそこまでして結婚させたい相手は誰なのかを考えた時、隠し子がいるとしか思えなかった」

「残念だが、その推理は外れだ」

「そうか。もし外れだというなら、栗谷元社長は嘘を吐いていたことになるな」

「なっ、それはどういう意味だ!?」

「おっと、うっかり口を滑らせてしまった。僕の悪い癖だ。実を言うと、栗谷元社長から事情を聞いていたんだ。どんな奴が那月のお見合い相手になるのかをな」


 険しい表情のまま、僕を睨みつける鍛冶社長。


 このままでは埒が明かない。栗谷元社長には悪いが、ここは僕も牽制しておく必要がある。


 WBB(ダブリュービービー)での那月の競技は他の人とは一線を画すものがあった。バリスタ史に残る才能を秘めた那月を、たかが結婚なんかのために失うわけにはいかない。


「あんたの前妻の息子だってことは分かってる。関係者以外の人に明かせない理由はこれだろ」

「……栗谷の奴、そこまでばらしていたのか」

「栗谷さんから無理矢理聞き出したのは僕だ。だから栗谷さんのことは責めないでやってくれ」

「お前、そんなことをしてただで済むと思うなよ」

「あんたこそ、1人の人間の将来を台無しにしようとしている自覚はあるんだろうな?」

「君に私の崇高な目的は理解できんよ」

「社長、ここは事情を話しておいたほうがよろしいのでは?」


 さっきまで扉の近くで固唾を飲んで見守っていた秘書が重い口を開いた。


「何故お前が口を出すんだ?」

「お言葉ですが、問題を長引かせては、選挙で不利になる要因になるかと」

「……分かった。お前がそこまで啖呵を切るなら話しておこう。確かに私には前妻との間に息子がいる。那月さんとお見合いさせる予定のな。一茂は不妊症で、医者からはもう子供はできないと言われた。だから前妻の息子を結婚させてからうちに戻して、元気な子供を産んでもらう必要があるんだ」

「社長の仕事だったら、血筋に拘る必要はないと思うけど」

「身内以外の奴は信用できん。那月さんはとても献身的な性格で、息子の妻にとても適している。結婚さえしてくれれば、栗谷家の実家は安堵すると約束しよう」


 開き直った鍛冶社長が那月に向かって言った。那月にとっても宝物の日本庭園を盾にするとは本当に人の急所を突くのがうまいな。敵ながら天晴れだ。これには那月も流石に心を揺さ振られるかもしれない。


 しかし、彼の言葉にはもう1つだけ不可解な点があった。

読んでいただきありがとうございます。

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