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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第14章 コーヒー業界転換期編
341/500

341杯目「三位一体」

 僕、那月、響の3人は士気を高めながら入念に仕込みを進めた。


 これは個人戦ではない。支え合いながら競技に臨まなければ、勝てる試合も勝てない。


 以前、伊織と千尋と一緒に参加したチーム戦で思い知った。それは大会を制する以上に、味方と連携する方が難しいということだ。いつものように客を迎えるつもりで、葉月珈琲にいる時と同様の雰囲気作りに勤しんだ。那月の緊張が段々と解れていくのが分かる。


 午後2時45分、ヘッドジャッジ、センサリージャッジが次々と会場に入ってくる――。


 司会者から説明を受けた。新しいメニューをセンサリージャッジに提供し、全ての注文が終わったら競技終了となる。前半の部と後半の部があり、僕らは後半の部となった。前半の部は既に競技を終わらせ、伸びても3時間あれば終わると告げられた時、那月は安心を覚えた。


 自分だけじゃない。チームメイトの支柱的存在となることも、チーム戦には必要なのだ。


「それでは競技開始5秒前、4、3、2、1、競技スタートですっ!」


 午後3時、遂に僕らの競技が始まった。


 隣のブースでも競技が始まり、センサリージャッジの注文に応えていく。


 僕は自らの変化に気づいた。客の相手をしながらも、那月と響の動きが見えるようになっていたのだ。昔の僕であれば、自分の仕事だけに集中し、スタンドプレーとなる形となっていたが、葉月珈琲で多くの客を相手にしている内に、多くのバリスタの面倒を見ている内に、人を相手にする自信がついていた。


 去年のチーム戦での経験が活きている。


「ねえ、アイリッシュコーヒーはできる?」

「はい。できますよ」

「じゃあホットで頼むよ。アイリッシュコーヒーは昔から好きなんだ」

「かしこまりました」


 響が僕を見ながらコクリと頷くと、僕はすぐにコーヒーを淹れようと動こうとした。


「アズサ、ベルガコーヒーV8を頼むよ」


 すぐに別のジャッジから注文する声が聞こえた。


 ベルガコーヒーシリーズは、僕がWBC(ダブリュービーシー)を始めとした数々の戦いで優勝を決めた時の自信作だ。復刻版はもちろんのこと、改良版を楽しみにしているファンも数多くいる。


 シグネチャーのためだけでもうちに来る意義があることを証明したのだ。昔使った作品の改良版を期間限定でメニュー化している間、何度も改良を重ねた末に生まれたのがこのベルガコーヒーV8だ。


「OK、すぐに作るね」


 桜子に焙煎してもらったゲイシャを使い、エスプレッソを4ショット分淹れると、そこにゲイシャとの相性にフォーカスしたオレンジ主体のシロップ、コーヒーオイルなどを黄金比率の如く投入する。


 爽やかな酸味と甘味が一体化し、凝縮したフレーバーを味わうことができる。このアイデアを千尋に紹介した時、目から鱗が落ちるように喜んだ。味の違いが分かる千尋が刺激的な反応を示したのだ。しかも舌の肥えた客たちが口を揃えて褒め称えていたことからも、歴代最高のシグネチャーと名高い作品だ。


 ――あれっ、何か大事なことを忘れているような――ハッ! しまった! アイリッシュコーヒーをすっかり忘れていた! やばい……どうしよう……僕らしくもないミスだ。


 反射的に体がブルッと震えた。ベルガコーヒーV8を選んでもらった嬉しさと引き換えに、僕はさっきまでの記憶を失った。切り替えができると言えば聞こえはいいが、接客業でこれは許されない。


 タブレット注文に頼るようになってからというもの、口頭注文がすっかりと疎かになってしまっていたことを見落としていた。こういう事態を防ぐためのタブレット注文だったんだが、残念ながら大会中は使用できない仕様である。人を相手に行う商売を競技化している以上は仕方がないが、ここは反省点だ。


 ていうかこんな反省をしてる場合じゃねえ!


 センサリージャッジのムスッとした顔が目に浮かぶ。


 これは減点されても不思議ではないと思いながら、恐る恐る隣を見た。


 驚くべきことに、那月がドリップコーヒーを僕の代わりに淹れている。


 注文を頼まれたのは僕だが、頼んでもいない那月が見事に代役を務めていたのだ。予想以上だ。代役を頼むことを忘れていた僕のカバーを言葉なしでこなしている。僕の心境を見通しているかのようだ。響も那月の手が塞がってからは注意深く適切な指示を出し、それぞれの司令塔のような役割を果たしている。


 那月がアイリッシュウィスキーを取り出し、シュガーシロップと共に適切な分量を手早く混ぜ、那月が淹れたドリップコーヒーに食材を混ぜた。その間に響はシェイカーに牛乳と砂糖を投入し、両手で小刻みにリズムを取るようにシェイクし、あっという間に液状の生クリームを生成する。


 熱湯を使ってトワイスアップをすることで、コーヒーのフレーバーを開かせた状態にする。生クリームを何も使わずに流し込み、上下がピッタリと別れている立派なアイリッシュコーヒーが完成する。


「お待たせしました。アイリッシュコーヒーです。熱くなっていますので、お気をつけください」


 紳士、いや、まるで淑女のように、響が添えるような形で音もなくグラスを置いた。


 他のスタッフなら言いそびれてしまってもおかしくないが、響は当たり前のように注意事項を添えることができるほどのホスピタリティを持ち合わせている。いついかなる時も、客への心遣いを忘れないバーテンダーの鏡であることは、葉月珈琲で勤務するようになってからすぐに分かった。


 接客スキルは歴代スタッフの中でも群を抜いている。


 美羽にはトップバリスタになりえる逸材を送り込んで欲しいとは言ったが、いつの間にか本当にトップに立てそうな連中ばかりを寄こすようになった。うかうかしていたら追い越されるぞと言わんばかりに、僕の知的好奇心を刺激してくれる美羽は最高の人事だ。


 新しい逸材が現れる度に不思議と戦いたいと思ってしまう。


 バリスタ競技会において生粋の戦闘民族だと美羽に言われた時はつい頷いてしまった。


 センサリージャッジの1人、ベルンハルトにもベルガコーヒーV8を注文され、同様に提供する。


 決勝用メニューとして持ってきていたが、無駄にせずに済んで本当に良かった。一瞬目を尖らせ、今までにないコーヒーだと顔が言っているのが手に取るように分かった。


「もう1杯同じものを頂けるかな?」

「畏まりました。お気に召していただけたようで、とても嬉しく思います」


 響が丁寧に返事をすると、僕は再び手を動かした。


「それと調理法も、間近で見てもよろしいか?」

「はい、構いませんよ。近くで見たいと言ってるけど、別にいいよな?」

「ああ、問題ない。じっくり見ていってくれ」


 不慣れな英語を使うベルンハルトに対し、僕はドイツ語で返した。


 ベルンハルトの注目が僕に向けられ、作業に乱入するように見入っている。


「君、ドイツ語を話せるのか?」

「ドイツ系の客とは何度も話してるからね。名前と発音ですぐに分かったよ」

「大した洞察力だ。そこまで相手の特徴を見通せるとは。それにこの食材、考えに考えて作ったことがよく分かった。このコーヒー、ローヤルゼリーが使われているね?」

「よく分かったな。実はこのコーヒー、ローヤルゼリーを煮詰めて作ったシロップが使われていて、パナマゲイシャのコーヒーと相性抜群な上に、栄養バランスもバッチリだ。アジアには薬食同源という考え方が古くからある。一度飲んだら忘れられない一時を味わってもらうだけじゃなく、体にも優しいものをずっと考えてきた。飲みに来てくれた人には、ずっと健康でいてほしいからな。できたぞ」

「では頂くとしようか……おお、フレーバーも均質性も完璧だ。毎日飲みたくなる常食のような味わい、健康にも良い栄養バランスを兼ね備えているとは素晴らしい……あっ、つい興奮してしまった。えっと、今のは忘れてくれ。ポーカーフェイスを忘れていた」

「そうする」


 他のセンサリージャッジがひそひそと話し始めた。


 全く聞こえなかったが、こんなことは前代未聞であることが見て取れる。


 ベルンハルトは満足した顔のまま、チーム葉月珈琲のブースを去っていく。あの人、結構クールなイメージだったけど、飲食物に対してここまでの拘りと情熱を持っているとは恐れ入った。それに食材を一発で当ててしまうあの味覚、間違いない。ベルンハルトは世界一の審査員だ。


 そんな彼に評価してもらえるとは、バリスタ冥利に尽きる。


 段々と遠くなるベルンハルトの背中を見届け、僕は柄にもなく敬礼をするのだった――。


 笛の音が会場内に響き、司会者に注意が向いた。


「全チームの競技が終了したので、後半の部はこれにて終了となります」


 午後6時、全てのセンサリージャッジに作品を一通り提供し、競技終了を告げられた。


 その場にいた参加者たちが一斉にホッと胸を撫で下ろした。


「ふぅ、やっと終わったぁ~」

「那月、さっきは助かった」

「あず君もやっぱり人間なんだね」


 僕に歩み寄りながらクスッと笑い、悪魔のような小声で呟く那月。


「今頃気づいたのかよ。でもよく気がついたな」

「あたしが珈琲菓子葉月にいた時、たまーに結奈さんが他の人の仕事を手伝っちゃってねー、その間本来の仕事が疎かになっていることがあったから、あたしが代わりにやってたの」

「相変わらずお節介焼きだな」

「那月の観察眼はそうやって鍛えられていたのか。私もあず君のミスには気づいてたけど、他のお客さんからの注文を受けていたから全然手が回らなかった」

「でもすぐリカバリーに入ってたじゃん」

「那月が生クリームを作るのが遅れていたからな」

「あっ、あはは……」


 手を頭の後ろに回しながら苦笑いする那月。


 全員が全員の欠陥を埋め、ぞれぞれの個性を活かす競技だった。まさに三位一体だ。


 チーム戦の奥深さを僕はまた1つ思い知った。僕がどれくらいチームを引っ張れるかを考えていたが、引っ張られていたのは僕の方だ。予選なんて途中からおんぶにだっこだったし、支えられているのは僕も同じだ。自分1人ではできない。だがこの2人となら、どこまでもうまくやっていける気がする。


 助けたいと思わせるチームメイトを持てて、僕は本当に幸せ者だ。


「さっきスウェーデンのセンサリージャッジ2人が私の前でひそひそ話をしていてな。彼らが言うには、ベルンハルトが競技会でおかわりをしたのは初めてらしい」

「えっ、あの会話の内容が分かるの?」

「ああ。競技者にバレないようにスウェーデン語で話していたが、私はスウェーデン語も分かるからな。世界一の審査員が唯一おかわりをして、作業工程を近くで観察するほどの強い興味を示した」

「じゃ……じゃあ」

「ああ、間違いない」


 響の確信を持った瞳に那月が映り、満面の笑みで囁く。


 この時点で結果は見えていた。世界的な料理評論家が夢中になる味だ。


 すぐに結果発表が行われ、順位の低い順にチーム名を呼ばれていく。


 そして――。


「今年のワールドバリスタバーテンダーズパティスリー優勝は、日本代表、チーム葉月珈琲だぁー!」


 カラフルな紙吹雪が宙を舞い、僕ら3人は抱き合って喜んだ。


 個人戦で勝つよりもずっと嬉しい。那月と響の努力がようやく報われる形となった。


 優勝トロフィーは黄金の三角屋根のミニチュアカフェが土台に乗ったもので、僕に取れと言わんばかりに響が首をクイッと動かし、前回チャンピオンチームのリーダーから受け継ぐように手渡された。


 僕がトロフィーを両手に持ち、天に向かって掲げると、観客席からの歓声がピークに達した。


 この大会では、結果発表の時のみ、外部の人が入ることを許されている。


 観客たちはモニター越しに大会の行く末を見守り、チーム葉月珈琲の優勝を称えてくれたのだ。穂岐山珈琲に人も何人かいて、根本たちも観客席から僕らに拍手を送っていた。


 僕はバリスタ部門賞とパーソナリティ部門賞をダブル受賞した。


 部門賞の複数同時受賞は大会史上初であった。優勝トロフィーを那月に渡すと、タンパーの模型とリボンの模型がそれぞれ乗っている小さなトロフィーを受け取った。


 ――響と那月にあげてほしかった。


 最後に集合写真を撮ると、WBB(ダブリュービービー)のお開きを告げるように、僕らは荷物をまとめてからホテルへと引き上げるのだった。


「とりあえず、これでしばらくは安泰だな」

「そうだな。カフェ&バー棚橋にとっては良い宣伝になる」

「店名って、どうやって決めたの?」

「あの店は私が始めたんだ。だからカフェ&バー棚橋のオーナーは私で、親父は雇われマスターだ。実家を宣伝できれば、芋蔓式に故郷の蒸留所も宣伝できる」

「結構影響力ありそうな大会だったもんね」

「そりゃそうだ。WBB(ダブリュービービー)はあらゆる飲食業界からの注目が集まる大会だ。総合優勝の価値はかなり高い。葉月グループにとっても良い宣伝になった」


 響はビジネスの本質を知っているようだ。


 何だかファビオと交渉していたあの日を思い出す。


「あーあ、優勝できたのはいいけど、結局部門賞はあず君だけかぁ~」


 さっきまで心から優勝を喜んでいた那月が顔を落とした。


 那月からすれば、この優勝は個人で得たものではない。自分が最も足を引っ張っているという自覚を持ってしまっているし、自分を客観視できていないようだった。


「なんか済まん」

「何故謝る?」

「いや何、僕じゃなくてさ、2人に部門賞をあげてほしかった。なんか僕が奪ったみたいになってるし」

「ベルンハルトの評価が結構効いたな。仮にも世界的な料理評論家だし、他のセンサリージャッジにもあず君の凄さが伝わっている。それにバリスタオリンピックチャンピオンが淹れたコーヒーだ。評価されない理由がどこにもないし、あず君のお陰で優勝したようなものだ」

「そうでもねえぞ。僕1人じゃ無理だった。どの大会もな」


 言葉を返すと、那月は俯いたまま顔を上げない。


 優勝した嬉しさ以上に、思い詰めるべき何かがあるらしい。


 翌日――。


 大会の疲れでぐっすりと眠った僕らは、優勝したことなどすっかり忘れていた。


 この日は帰国する日だ。ホテルを後にし、昼を迎え、丁度何か食べたいと思った頃である。


「……あず君、響さん、もう大会は終わったから、実家の話をしてもいいよね」

「それはいいけど、なんかあったか?」

「実は昨日、お父さんから連絡があって……鍛冶社長があたしに子供の1人とお見合いしてほしいって言ってるんだけど、もし断ったら、お父さんの会社を潰すって」

「それで? 那月はどうしたいの?」

「どうしたいもこうしたいも、あたしは実家を守りたい。このままお父さんの会社が潰れたら、もう収入源がなくなっちゃう。どうしよう。このままだと実家を売らないといけなくなっちゃう」

「とにもかくにも、まずは日本に戻ってから対処法を考えるしかないな」

「那月、昨日の優勝インタビューでパティスリークリタニを宣伝したのは、栗谷社長のことが心配だからだろ。宣伝したなら、店も売れているはずだ」

「……だといいけど――!」


 那月がバッグからオレンジ色のスマホを取り出すと、何かを訴えるようにブルブルと震えている。


 隣から覗き込んでみる。メールの相手は栗谷社長だ。彼が言うには、パティスリークリタニの店の前に長蛇の列が並び、売り上げが大幅に上がっているんだとか。


 那月が優勝チームにいたからというよりは、葉月グループが店を宣伝する格好となったためだ。


 良しっ、これで当分は大丈夫だ。


 鍛冶社長には僕が敵側にいることがばれているだろう。


 味方のふりをするのはここまでだ。問題は売り上げをどれほど継続させるかだが、その前にパティスリークリタニのチェーン店が次々と潰れていった根本的な原因を探る必要がある。


「今年はまだどうにかなりそうだけど、これはあくまでも延命治療だ。時間が過ぎれば、また客足が減少するかもしれない。そうなる前に手を打たないとな」

「カジモール計画をどうにかしない限り、危機は続くだろうが――那月?」

「あず君……響さん……」


 那月がこの世の終わりのような顔で口を開けている。


「どうした?」

「お腹空いた」

「「えっ……」」


 もしかして、那月の元気がなかったのって……。


「あず君、どっか良い所に連れてってぇ~。もうお腹ペコペコで死にそう」

「朝食の時間はとっくに過ぎてたからな。ホテルで食べ損ねた」

「……ふふっ、じゃあ、カフェ巡りに行くか」

「賛成だ。私も一度やってみたかったんだ」

「響さん、カフェ巡りしたことないんですか?」

「ああ。普段はこっちがカフェ巡りされる側だ。それに大会の後は家に帰りたくなるし、のんびり過ごす余裕なんてなかった。知見を広めるためにも、嗜んでおいた方がいいかもしれん」

「そーそー。もう一生来ないかもしれないわけだし、今は楽しめ」

「カフェのご飯って、結構美味しいよねー」


 機嫌を取り戻した那月。これでひとまず、パティスリークリタニは延命した。


 次にどんな一手を打ってくるか分からない。決して油断はしない。


 帰国した後のことを考えながらも、僕らはウェリントンのカフェを巡り、様々なコーヒーを楽しんだ。食べるだけでなく、カフェの研究までできるのがいい。外観から内装まで全てから学ぶことができるし、店内にある小物がそれぞれのカフェの個性を表していた。


 カフェ巡りを堪能した僕らは日本に帰国する――。


 今回も決して楽な戦いではなかったし、何より2人の運命が懸かっていた。部門賞を受賞できたのは、頑張りすぎたご褒美なのかもしれない。ただひたすらに那月と響を助けたかった。それが競技に表れていたとすれば、これは紛れもなく3人で勝ち取った優勝だ。


 数週間後――。


 パティスリークリタニから連絡があった。


 しばらくの休暇を取った那月が久しぶりにパティスリークリタニの看板娘として監修に入った。栗谷社長の店を支えるように業務改善を行い、うちのやり方を取り入れたらしい。


 WBB(ダブリュービービー)の宣伝効果は絶大だ。


 パティスリークリタニに対して他の飲食業界から業務提携の依頼が殺到した。


 響の実家にも客が多く舞い込むようになったようで、チャンピオンチームとしての恩恵を受けていた。


 伊織は僕が帰国すると、真っ先に僕の胸に飛び込んできた。


 唯はそんな伊織を見てクスッと笑っている。他の女に対しては嫉妬心を露わにし、僕を責め立てるように笑顔で迫ってくるが、それだけ伊織のことは認めているようだ。肝心の伊織は僕が大会に出かけている時に休み時間を作ってはパソコンの前に釘づけになり、僕の様子をずっと見守っていたそうな。


 僕のことが心配なあまり、メニューを注文されると、エスプレッソばかりを大量に作ってしまい、千尋をタジタジにさせることもあったという。可愛い。


 千尋が言うには、ペットロス症候群の症状とよく似ていたんだとか……僕はペットと一緒かよ。懐いていたのはむしろ伊織の方なんだが、本当にどこまでも可愛い奴だ。


 この時、束の間の平和が既に終わっていることを僕は知らなかった。


 カジモール計画はまだ序章にすぎなかったのだ。

読んでいただきありがとうございます。

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