33杯目「新たな出会い」
4月となり、春がやってくるが、店は売り上げとの戦いに明け暮れていた。
大事なのは純利益だが、店をやっていると、どうしても売り上げにばかり目がいってしまう。うちにはサイドメニューがなく、予算を抑えられるため、ガッツリ食う人には向いていない。
普段の髪形は茶髪の姫カットだが、バリスタの仕事をしている時は後ろにまとめている。僕の仕事はただコーヒーを淹れるだけじゃない。コーヒーの専門知識を客に広めていくことも重要な役割だ。5時半を迎え、ラストオーダーの時間になる。
この時間から店の片づけが始まり、6時を迎える頃には片づいている。
営業時間自体が短いため、時間あたりの売り上げは高い。
璃子は僕と一緒に店内の清掃、皿やコップを洗う作業を淡々と行っている。
ある日の営業を終えた頃だった。ラストオーダーの時間を迎え、最後に残っていた外国人観光客が店を出た。僕も璃子も店内の掃除を終えていた。
「やっと営業終わった」
「えっ、もう疲れたの? 私はまだ大丈夫だけど。何なら9時くらいまで営業したらいいのに」
「そんなことしたら飯を食う時間もなくなっちまうぞ。璃子は元気でいいよなー。僕は以前よりマシになったとはいえ、これ以上は体が持たない。晩飯作るか」
「お兄ちゃん、疲れてるんだからさ、たまには外食したら?」
「やだよ! 日本人と会うことになるだろ!」
あの集団リンチの恐怖を体が覚えているのか、外出先で迫害を受けることばかりを想像する。
こんな状態で外食なんて無理だと思っていた――。
「じゃあさ、久しぶりに金華珈琲に行こうよ。マスターだったらまだ平気でしょ?」
「それはそうだけど、マスターは妙に感が鋭いところがあるからなー」
「無理して倒れたら、寝込んでる間ずーっと店休みだよ」
「……しょうがねえなー。でも何で行きたいと思ったわけ?」
「ずっとお兄ちゃんがコーヒー淹れてるところを見て、私もカフェに興味を持ったの」
「あー、なるほどねー。璃子も僕に惚れたか」
「それはないけど、金華珈琲って何人まで入れるんだっけ?」
「30人くらいかな。ていうか目の前に建ってるのに知らねえのかよ」
「だってあんまり興味なかったんだもん。元々おじいちゃんのお店だったんだよね?」
「ああ。元々は岐阜市のシンボル、金華山が名前の由来らしい」
璃子と一緒に店を出て葉月商店街の方へと向かう。真向かいはうちの実家だし、気まずい。段々と薄暗くなっていく夜道にライトを照らす繁華街。この光景を見たのは久しぶりだ。そう思えるくらいにはずっと家に引き籠っていた。しばらく歩いていると、商店街のカフェ、金華珈琲へと辿り着く。金華珈琲は昭和中期の頃にできたカフェであり、創業者はおじいちゃんである。
ここはおじいちゃんが確かにバリスタとして働いていた証と言える場所だ。
――おじいちゃんがバリスタやってたところ、見たかったなぁー。
比較的仲の良い人や慣れている人は大丈夫だけど、他人から話しかけられるのが怖いし、こんな心理状態でコーヒーの味が分かるのかと思い、つい冷や汗をかいてしまった。
周囲の人も日本人ばかりだし、お陰でこっちは常時緊張状態だ。先が思いやられる。僕は璃子の後ろに隠れて璃子が木造の扉を開け、カランコロンとどこか懐かしい音が店内に響く。
「あず君、外に出てきて大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ」
「あっ、いらっしゃい。梓君久しぶりだねー」
「そ、そうだね」
「今日は恋人を連れてきたのかな?」
「いえ、私は梓の妹です。葉月璃子といいます」
璃子が妹であることをさりげなく伝え、自己紹介を済ませる。
それもそのはず、璃子がここに来るのは初めてなのだ。
「あー、そうだったんだー。娘さんがいるとは聞いていたけど、君のことだったんだ。璃子ちゃんと呼んでもいいかな?」
「はい。それでいいです」
「僕はここのマスターの桂川慶。よろしくね。僕のことはマスターでいいよ」
「よろしくお願いします。お父さんが迷惑かけてませんか?」
璃子の思わぬ気遣いに、親父が少し気まずい顔になる。
やはり何かしら事を荒立てていたのだろうか。
「ふふっ、とんでもない」
マスターが思わず笑ってしまう。マスターほどの人なら、小さな失敗は大目に見るだろう。
この時、僕は端っこの席にいた。極力目立たないよう、空気や背景と一体化するようにした。じゃないととても正常な精神を保てる気がしなかった。
しかし、不思議なことに、いつもは僕に声をかけてくるはずのマスターが声をかけてこない。
「エスプレッソとデミグラスオムライス」
「じゃあ私もそれで」
「璃子が僕と同じメニューって珍しいな」
「お兄ちゃんがいつも注文してる料理を食べてみたかったの。そんなに美味しいのかなって」
「畏まりました」
僕はどこに行ってもコーヒー以外は同じメニューばかりを注文する癖がある。その店で最も口に合うものばかりだ。璃子にはその癖を見抜かれていた。
しばらくしてエスプレッソとデミグラスオムライスが僕らの席に届いた頃だった。後ろからはカランコロンとドアベルの音が鳴り、新たな客が入ってくる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
後ろを振り返らず、デミグラスオムライスを口に頬張った。
「梓君、ひっさしぶりー」
――んっ? この声は? 聞き覚えのある声だ。嫌な予感がするぞー。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには居波と粥川が佇んでいる。
「あ……梓君、久しぶり」
居波がそう言って僕に抱き着いてくる。
すっかり抱き癖がついているようだが、僕にそんなことを考える余裕などなく――。
「やめてっ! 近づかないで……お願いだから……」
反射的に居波のハグを拒絶し、彼女の腕を振り払って突き飛ばしてしまう。
「うわっ! ……ご、ごめん」
居波はびっくりして謝った。この光景にはマスターもびっくりする。
しまった……日本人恐怖症の症状がみんなの前で出ちまうとは……このままだと……下手すりゃバレるまである。どうする? 璃子に頼るか?
「なんか、いつもの梓君じゃない」
「うん、普段はもっとクールなのに」
普段から大人しくしてたらクールにも見えるだろう。
でもそれは本当の僕じゃない。クールに見える僕は世を忍ぶ仮の姿だ。
「何かあったの?」
「今はそっとしておいてくれ」
居波からの問いかけに後ろ向きで答え、彼女たちは僕に近いテーブル席に座る。
「そう。じゃあ別のこと話そうよ。あたしたち、同じ高校になったの。だからこうして一緒に来たってわけ。小夜子にお勧めされちゃってさー。その子は梓君の彼女なの?」
「ちげえよ。妹の璃子だ。小夜子がみんなに教えてたんだな」
「えっ? 今小夜子って呼んだ?」
「そうだけど、別につき合ってるわけじゃねえぞ。本人の希望でそう呼んでる」
「じゃあ、あたしのことも紗綾って呼んでよ」
「あたしのことも香織でいいからさー」
――何だ? この横並び意識は? 誰かだけ下の名前で呼ばれるのが駄目なのか? まあいいけど。
「……紗綾」
「はっ、はい」
紗綾が慣れない名前呼びに、思わず敬語になり、顔を赤らめた。
「今後は許可なく僕に抱きつくの禁止な」
「う、うん……分かった」
やっぱり名前で呼ばれるのは恥ずかしいんだな。
自分だけ名字なのは置いて行かれた感がするのだろうか。
「香織」
「はっ、はい」
「今後は許可なく僕の噂を広めるなよ」
「うん、分かった。次からは気をつける」
優しく忠告すると、香織は安堵したように承諾する。以前は縁切りを示唆する発言をして以来ずっと話していなかった。これでようやく、あの時のいざこざに決着がついた。
僕と璃子はデミグラスオムライスを食べ終わり、腹八分目になる。
紗綾たちが帰る頃には他の客も帰ってしまい、身内だけになる。
「あず君、さっき抱きつかれた時、物凄い怖がってたね」
「そりゃ……誰だっていきなり抱き着かれたら驚くだろ」
マスターから目を逸らしながら、冷や汗のまま答える。
「でも、あず君にしては怖がりすぎじゃないかなーと思って」
「――マスター、誰にも言わないって約束してくれるか?」
「うん、いいよ」
「もしかして、あのことを話すのか?」
「ここまで怪しまれたら、もう話すしかねえだろ」
日本人恐怖症を発症するまでの経緯を全部話した。何故だか気が楽になった。マスターは僕の症状に納得しているようで、人の精神的な痛みに終始理解を示す態度だった。
「そんなことがあったんだねー。高校には行ってるの?」
「行ってない。今年の元日にカフェを創業して、自分の店を経営してるけど、日本人恐怖症が治るまでは日本人の入店を身内限定にしてる。不本意だけど、どうしても体があいつら受けつけなくて、さっきみたいに拒否反応を起こすし、赤の他人に至ってはまともに話すこともできないし、こればっかりは僕の力でもどうしようもねえよ」
「そうだったんだ。結構辛い思いしたんだね。分かった。誰にも言わないでおくね」
「助かるよ」
マスターは僕に同情するしかなかった。職業柄、守秘義務には忠実なようだ。
「和人さんも人が悪いねー。こんな状態になるまで学校に行かせるなんて」
「こうなると思わなかったんだよ。陽子もあず君がこうなったことを悔やんでた。あの後、毎日のように学校にまで押しかけて、責任の所在を追及してた」
――えっ? お袋がそんなことをしてたなんて……知らなかったな。
でもあの様子じゃ、ロクに賠償すらしてもらえなかっただろうな。
「何の対応もしてもらえなかったんだろ?」
「ああ。誰かさんが教室中の窓ガラスを全部割っちまったせいでな」
「えー、そんなことしたの!?」
「あの時はマジで殺されるって思ったんだよ。鋏を持って僕に近づいてきたから」
「それ、髪切ろうとしたんじゃない?」
「うん。でも当時の僕は刺されると思ってた」
「余程追い詰められてたんだね」
マスターはすぐに僕の心境を察してくれた。
ずっとマスターでいると、相手の心境が分かるようになるのかな?
「結局、窓ガラスの料金を請求しない代わりに、これ以上蒸し返さないでくれってさ」
「相手もやり手だな」
「あれっ、あず君、どうしてここに?」
この話を中断するかのようにお袋が店に入ってくる。
まず真っ先に僕がいることに驚いた。奇しくも葉月家の4人がここに揃った。
「あっ、陽子さん、いらっしゃい。丁度良いところに来たね」
「やっと外に出てこれたんだ。良かった」
「金華珈琲限定だけどな」
「ずっと引き籠ってたんだ」
「まあな。普段は店が終わったら夜だし」
「えっ、店のこと話しちゃっていいの?」
「マスターには全部話した」
「あー、そうなんだ。私はもうあず君の店が潰れないか心配で心配で」
親父もお袋も僕の行く末が気掛かりだったようだ。
しばらくは心配させっぱなしになるかもだけど、早く何とかしたい。
「そもそもあず君は、何でカフェを始めたのかな?」
マスターが素朴な疑問を僕に尋ねる。僕自身、がむしゃらにやり続けていたし、大した理由はない。
「他に選択肢がなかった。進学も就職も嫌で、ニートも駄目だから、それならもう起業するしかないって思ったんだよ。だから完全に消去法だ」
本当はもっとのんびり生きたい。そう思っていたはずだ。しかしながら、競争社会ではそれが許されないのだ。だから自分なりに……藻掻いて、足掻いて、必死に生きようとすることを余儀なくされてるってだけで、僕は自分にできることを今も探し続けている。
僕は一体、バリスタになって何がしたいのか、そこまで考えていなかった。
漠然とした将来を考えながら、璃子と共に金華珈琲を後にする。
疲れていたのか、この日はぐっすりと眠れた――。
時は流れ、5月がやってくる。僕と同世代の奴は今頃高校で授業を受けているんだろう。あの地獄を3年も延長するとは、どうにも度し難い。辛くないんだろうか。
就職レールからは逃れることができた。外国で仕事をするためにエドガールのおっちゃんに英語を教えてもらったのだが、お金の都合で日本で起業することになった。だが起業家なら、案外場所は関係ないのかもと思った。起業してからは特に迫害は受けていない。しかし、身内以外の日本人の入店には抵抗がある。そんな時だった。ゴールデンウィーク当日の午前12時、いつものように店を開けようと扉に刺さった釘にかけてある穴の空いた木製の看板をひっくり返し、クローズからオープンにする。
外には1人の美少女が今か今かと待ち侘びていた。
美少女はサラサラとした茶髪のミディアムヘアー、髪は肩に届くくらいの長さ、思わずうっとりするようなルックスとスタイルの良い子で、見た目は小学生くらいだが、年の割には落ち着いている。
「あの……私、このお店入れますか?」
「えっ? どういうこと?」
「私は父がイギリス人で、母が日本人なんですけど、入れますか?」
「それ言わなきゃいいのに」
「あっ……あぁ」
美少女はその場で落ち込んだが、その正直な言動からは、どこか誠実さのようなものが感じられた。日本人寄りの顔だったが、何故か日本人恐怖症は発動せず。
僕の本能が大丈夫と判断したということだろうか。
「まあいい。入りたいなら入れば」
「ありがとうございます」
これが、後々僕の人生に大きな影響を与えることになる、阿栗唯との出会いだった。
美少女が店に入ると、カウンター席に腰かけた。うちの店は客席となる10席全てがカウンター席である。その内5席がキッチンと対面する位置にあり、残り5席が後ろの窓際の位置にある。カウンター席ならテーブル席のような相席になることもないし、1人でも気軽に来れる。実に合理的じゃないか。
「私、阿栗唯っていいます。唯って呼んでください」
「僕は葉月梓。梓でいいぞ」
「知ってます。実は私、梓君を動画で見てやってきたんです。外国人観光客限定っていう看板があって入りにくかったんですけど、一度確認しようかなと思って来たんです!」
「僕は昔っから日本人と相性が悪くてな。だから日本人の入店は身内だけにしてる」
「梓君自身は日本人じゃないんですか?」
「僕は日本生まれ日本育ちの地球人だと思ってる」
唯はエスプレッソとカプチーノを注文する。僕は慣れた手つきでエスプレッソマシンにコーヒーの粉をドーシングからのタンピングをしたポルタフィルターを扱い、あっという間に完成させる。カプチーノにはハートを描いて提供する。カプチーノはシングルショットだとラテアートの幅が狭まるが、ダブルショットになるとスチームミルクを注ぐ時間が長くなる分、一気にバリエーションが広がる。エスプレッソは豆の種類によるが、シングルショットが500円、ダブルショットが1000円。それだけ高級な豆を使っている。最低価格が500円の店であるため、客単価は高い。1番高いメニューは水出しで淹れた1杯3000円のブルーマウンテンだが、それでも注文する人がいるのだから驚きだ。
「もしかして小学生とか?」
璃子が唯にさりげなく確認を取る。
「はい。小4です。まだ10歳です」
「10歳でコーヒー飲むって、なんかお兄ちゃんみたい」
璃子が僕と唯同一視する。カフェラテくらいだったら子供でも飲むけどな。
この日以降、唯は頻繁にうちの店に来るようになり、常連化するのだった。
うちの店にとっては初めての常連だ。悪魔の洗脳を受けると変な癖がついてしまう。大人になっても同世代の同姓としかつるめないのはまさにその影響だ。もはや後遺症と言ってもいい。そして僕には日本人恐怖症という重症とも言える後遺症が残った。僕はこの春から学生という身分を形式上も完全に失った。だが得たものもある。それは一足先に得られる経験値だが、社会人とは名乗りたくない。
僕は社会人という言葉が心底嫌いだ。
多分、誰も社会人の定義なんてロクに説明できない。天下の某インターネット百科事典ですら、奥歯に物が詰まったような説明しかできない。なのにあいつらは社会人という肩書きを盾に、無職の人を平気で叩く。それが社会人の仕事だというなら、僕は社会人にはなりたくない。
何故ここまで無職を庇うのかと言えば、自分が無職になった時、自分の首をぐいぐい締め上げるような物言いはしたくないからだ。誰だっていつかは無職になる可能性があるのだから、無職を馬鹿にしてはいけない。うちの親父も正社員以外は仕事じゃないと言っていたが、今は過去に自分が言った言葉に苦しむことになった。僕に言わせれば、無職を馬鹿にしている時点で自分の愚かさを露呈しているようにしか見えない。こういう奴に限って、自分が無職になった時のことを何1つ考えていない。
店の方はどうなったかと言えば、宣伝でやって来た外国人観光客をもてなしていた。
最初に宣伝してくれた人の口コミで来た人と某世界的な動画サイトの動画を見て来た人の2通りだ。どうにか固定客を確保することはできた。ただ、売り上げは伸びなかった。平日に店を空ける時はチャンネルに休日の情報を載せてから外出している。来た日に閉まっているような事態は防ぎたい。
WDCに向け、フリーポアとデザインカプチーノの両方を念入りに練習していた。デザインカプチーノはフリーポアの後にスティックを使いエッチングを施すことになる。当然両方共うまくできないといけない。どちらかがうまいだけでは勝ち抜けないのがこの競技の面白いところだ。大会の参加登録を済ませると、日程の確認まで念入りに目を通した。時々動画を見た外国人観光客が一斉にやってくるのだが、僕はこの現象をラッシュと呼んでいる。こういう日はたとえ営業時間が6時間とは言っても大忙しだ。出す商品がコーヒーだけなのが幸いだ。売り上げは上々だったし、1日だけで売り上げが10万円を超える日もあった。高級な豆のコーヒーを出しているため、客のサイクルが何周か回るだけでその日のノルマを超える。これが何日も続けばどれだけ楽か。
ゴールデンウィークの日曜日、親戚の集会が行われた。全然顔を出さないと怪しまれるし、ちょくちょく顔を出すことで誤魔化していた。親戚の間では僕は学生を続けていることになっているため、高校生活のことも聞かれたが、中学の時と特に変わりないと答えていた。実際、高校までは授業形式は一緒だし、学校行事のことを聞かれた場合は参加してないことを伝えて誤魔化していた。
授業も参加してないし、入学すらしてないけど……。
「あず君、この頃明るくなったね」
そう言ってきたのはルイだった。ルイは今年度から中3であり、受験勉強の真っ最中だ。
「そうかな?」
「そうだよ。なんか凄く生き生きしてるし、高校楽しいの?」
「う、うん……そんな感じかな」
また嘘を吐いた。こんなことがいつまで続くのだろうか。
5月も外国人観光客を相手にコーヒーを提供し続けた。どうにか旅行費を稼ぐと、6月にイタリア行きの便に乗り、ヴェネツィアへと旅立つことに。飛行機に乗ったのは生まれて初めてだった。
この時、僕は16歳の誕生日を迎えていた。
WDCには16歳から参加できる。丁度良かった。
しばらくすると、瞼が重くなってくる。飛行機の中で床に就く。起きては寝る作業を繰り返し、半日以上が経過すると、もうすぐイタリアに着くという内容のアナウンスが流れてくる。アナウンスの声で目が覚めると、すぐに外を見た。今まで画像やテレビでしか見たことのなかった光景が広がっている。
僕は遂に、コーヒーの本場へとやってきたのだ。
いきなり海外デビューしました。
店始めたばっかなのに無謀な気もします。
桂川慶(CV:堀内賢雄)
阿栗唯(CV:佐倉綾音)