328杯目「身近な好敵手」
11月上旬、桜子と伊織がキャンベラへと旅立った。
WAC日本代表として出場するべく、伊織がサポーターに就いた。
ここんとこずっとエアロプレスに没頭し続けていた桜子だったが、自分であそこまで完成度の高いレシピを思いついてしまうとは流石だ。練習に没頭することを邪魔する者はいなかった。
椿と花音は葉月珈琲を去るまでの間、接客と調理の作業に徹することとなり、それが結果的に桜子の助けとなっていた。桜子はコーヒーのフレグランスやアロマからコーヒーの声を聞き取り、神託のままに焙煎機を使い、今までにないほどの焙煎豆を炒ることができた。
それもそのはず、僕はおじいちゃんから受け継いだ焙煎方法を桜子に教えた。
自分本位ではなく、コーヒーが求める味わいを作ることにフォーカスしたもので、それぞれのコーヒーに合った焙煎をコーヒーの変化から敏感に感じ取り、元から持っている風味特性を最大限に引き上げる焙煎度を直感で見つけ出すのだ。僕に才能はあったが、結果的には全ての焙煎度を試すことになる。だが桜子はロースターとしての才能で僕を凌駕していた。
彼女は一発で最適な焙煎度を当てることができるのだ。
もし同い年なら、JCRCで強力なライバルとして立ちはだかっていただろう。
無論、それは彼女がロースターを目指していればの話だ。自分の得意分野を自覚できるかどうかも才能かもしれない。ならば自覚させてやりたい。それが葉月グループの役割だ。
「ただいま戻りましたー」
葉月珈琲のドアベルがカランコロンと鳴り、見慣れた顔がスーツケースを持って入ってくる。
「おっ、チャンピオンの凱旋だね」
「桜子、優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「WAC優勝かー。この中じゃ、1番世界大会を制覇しそうにないって思ってたけど」
「千尋君、そんな言い方ないと思うよ。桜子さんは誰よりもエアロプレスの練習に没頭してたんだから」
「分かってるよ」
千尋が子供のように桜子に抱きついた。
「おめでとう。桜子ちゃんもこっち側の仲間入りだね」
「こっち側?」
「コーヒーに選ばれしバリスタってこと。生放送で見てたけど、凄くスムーズな動きだったし、まるで観客がいないみたいだったよ」
「プレゼン競技じゃないので、自分のすることにだけ集中すればいいって言われたんです」
「あがり症は大丈夫だったの?」
「はい。緊張で体が動かなくなった時は、あず君の言葉を思い出すようにしているんです。たとえ観客が全員敵だったとしても、僕だけは桜子の味方だよってあず君に言われたんです。あの言葉があったから、私はここまで頑張れたんです」
「「「「へぇ~」」」」
伊織、千尋、椿、花音がジト目で呆れた視線を送ってくる。
桜子がようやく状況に気づくと、顔を赤らめてしまった。
「あっ、いや、別にそういう意味じゃないですっ! 私はただ、あず君のお陰で優勝できたと思っているだけですよ。それ以上の意味はありません」
「それ以上の意味ってぇ~、どんな意味ぃ~?」
「言えませんよ……想像にお任せします」
ムスッとした顔で僕のそばに歩み寄ってくる桜子。
バッグの中から取り出したのは、黄金に輝くエアロプレスだった。
僕が持っているのと変わらないが、書かれている年だけ違っていた。WACで日本代表が優勝したのは2018年の僕以来、3年ぶりの快挙だった。
集中力を発揮した時の桜子には誰も及ばないほどだ。ずっと昔からJBCに出続けているだけのことはある。今まで積み上げてきたものが全然違う。あがり症という弱点はあるが、それさえ克服できれば怖いものなしだ。あの集中力が焙煎で鍛えられたものであることはよく分かった。
「あの、しばらくはここに置いてもいいですか?」
「別にいいけど、来年には自分の家に持って帰れよ。これはうちの物じゃなくて、桜子の物だからな」
「はい。私、来年もバリスタの大会に出ます。自信が出てきました」
「ところでさー、2人と一緒にいたのって誰?」
「一緒にいた人? ――あっ!」
何かを思い出したように伊織が大きく口を開けた。
かと思えば、今度は桜子と目線を合わせている。大会中の映像を見た限りでは、ただ2人のそばにいるだけだったから特に気にも留めなかったが、暗い金髪ショートでスラッとした女性が桜子と話してから桜子の動きが変わったのだ。千尋もそこに気づいていたか。
「確か暗い金髪ショートの女性でした。背が高くてスラッとしてて、凄くカッコ良かったです」
「名前は何ていうの?」
「あっ……そういえば、名前聞いてませんでした」
「聞いてなかったのかよ」
「私、キャンベラの会場にいた時、凄く緊張してたんですけど、彼女のお陰で緊張が解れたんです。ボーイッシュで男勝りって感じでした」
「それは私のことか?」
色気のある澄んだ低めの声がテーブル席から聞こえると、1人の女性が立ち上がった。
予約席ではないことからも、予約せずに並んでやってきた客であることが見て取れる。
「えっ……あっ、あなたは」
「優勝おめでとう。ちゃんと見ていたぞ」
「あの時はお世話になりました。私、朝日奈桜子です」
「私は棚橋響。響と呼んでくれ。普段はバーテンダーをやっている。美羽さんに頼まれて、来年からはここのスタッフとして世話になるから、先に挨拶しておこうと思ってな」
「じゃあ、あんたが美羽の紹介で昇格が決まった人か?」
「その通りだ。美羽さんに言われた時はびっくりしたがな」
クスッと響が笑ってみせた。いかにも大人のお姉さんという感じだ。
性格は男そのもので、クールでスレンダーな女性だ。さっきから桜子の豊満な膨らみを見つめては平たい崖に手を置き、小さなため息を吐いている。
いやいや、そこに需要があるんじゃないか。伊織と良い勝負してるし、僕は大歓迎だぞ。
スマホで調べてみると、画像と共に響の情報が表示された。
彼女は僕より7歳年下で、葉月珈琲塾を卒業した生え抜きのバリスタだ。美羽が言うにはかなりの優等生だったんだとか。透き通るような白い肌に加え、男っぽいという理由で男子からも女子からも除け者扱いされ、不登校になってからは親の勧めで穂岐山バリスタスクールに通ったとある。
父親がバーテンダーということもあり、コーヒーカクテルに興味を持ち、父親と同じ店でバーテンダーとして働きながら、バリスタ競技会に挑み続けた異色の経歴を持つ。
最も得意としているJCIGSCに2018年から5回連続で参加。2018年大会6位、2019年大会5位、開催時期転換による2回目の2019年エクストラ大会5位、2020年大会4位、2021年大会は見事優勝を果たした。
つまり、彼女は2022年WCIGSC日本代表なのだ。
響がスマホを持つ僕の前に、足音もなく真剣な目つきで近づく。
「普段は『カフェ&バー棚橋』にいる。興味があれば一度来てくれ。そこで話したい」
「お、おう」
「場所はホームページで調べてくれ。えっと……あんたのことはなんて呼べばいい?」
「あず君でいいぞ」
「分かった」
決済は既に行っていたようで、言葉を残すと店から去っていった。
一般的な日本人の接し方とは全然違うな。何だかアニメキャラクターのような接し方だ。しばらくはその存在感から呆気に取られていたが、不思議なことに、嫌味な感じは全くなかった。むしろ清々しいくらいの対等語は、僕にとって凄く居心地の良いものだった。
店の営業が終わり、帰りが遅くなることを唯に伝えた。
吉樹と美羽の家に赴くと、美羽から響の情報を聞くことに。
「あっ、いらっしゃい。上がって」
「吉樹は?」
「リビングで子供たちとお昼寝中」
「あいつらしいな」
美羽の部屋は葉月グループ人事部長の部屋で、見事なまでに整理整頓されている。吉樹も美羽も、今はうちの役員となっている。身内だからではなく、実力でのし上がった。栗谷社長の言い分が正しければ、美羽も葉月グループと結婚した1人なんだろうか。
美羽はパソコンと向き合いながら作業中だ。社内貢献度システムをまとめるのは難しいようで、手探りのように新たな指標を探すことも人事の仕事となっているが、流石にもっと人手が欲しいようだ。
「吉樹と結婚してから生活が変わったな」
「そうだねー。子供は段々大きくなってるし、仕事は忙しくなってるし、誰かさんから足りない分をまた補強しろって言われるし」
「お陰で助かってる」
労うように美羽の両肩に両手を置いた。久しぶりに感じたこの花の匂い、趣味はずっと同じか。
肩は冷たく、日頃の疲れを訴えるような固さを感じた。うちのために頑張ってくれているのが手に取るように分かる。吉樹に分業をさせている理由はこれか。
「そこに座って……で? 用件は何なの?」
美羽はパソコンのそばにある席に座り、僕をそばにあるベッドに座らせた。
「響のことだけどさ、色々と知っておきたいから、一度美羽に聞いておこうと思ってな」
「あー、あの子ね。響ちゃんはノルウェー人の父親と日本人の母親の間に生まれたの。ノルウェーに生まれた後、しばらくして親の都合で、母親の地元である福岡に引っ越して来たの。その後で日本の教育に耐え切れず不登校になっちゃって、それで岐阜にある葉月珈琲塾にやって来たの」
「どうりであんなに美人なわけだ。じゃあ1人暮らしか?」
「それがねー、父親の方も、バーの経営に失敗しちゃって、それが元で離婚した後、実力のあるバリスタが集まっている岐阜にやってきたってわけ。今はカフェ&バーを営みながら、親子揃ってバーテンダーやってるの。父親の方はバーテンダーに絞ってるんだけど、響ちゃんがコーヒーカクテルを究めたいって言うから、それでエスプレッソマシンも置くことになって大赤字になっちゃったの。そこで葉月珈琲とプロ契約を結んで結果を残すようになったお陰で、何とかお店が持ってる状態って感じ」
「うちがなかったら埋もれていたわけか」
「あず君が目の敵にしている、ご飯を食べられない大人がまた1人減ったね」
「目の敵じゃねえよ。社会の被害者だ」
美羽からこれ以上詳しい話は聞けなかった。
後は自分で探るしかない。所々作業中の中途半端な部分が目立つホームページには、午後6時オープンとある。美羽が言うには、響の活躍の割に客があまり来ないんだとか。
街の端に位置する隠れ家のような場所に、カフェ&バー棚橋はあった。
外観は景色に溶け込むかのように、白と茶色を基調とした木造建築だ。
オープンと英語で書かれた扉に手をかけ、ゆっくり開くと、チリンチリンとドアベルが鳴った。中には客が1人もおらず、奥の方からドアベルに反応した響と、金髪の外国人らしい男性が現れた。2人共バーテンダーらしい白と黒の服装に加え、胸元には黒い蝶ネクタイがついている。
「いらっしゃいませ」
慣れない片言の日本語で語りかける男性は恐らく響の父親だろう。
「いらっしゃい。まさか今日来てくれるとはな」
「どうしても一度会って話がしたかったもんでね」
「うちの親父だ。私も親父もアグデルの生まれだ」
「ルーカスと申します。どうぞ、座ってください」
カウンター席に着くと、カシスオレンジを注文して一息吐いた。
「これは初心者向けだぞ。酒は得意じゃないのか?」
「実は僕、下戸なんだよね……」
「「えっ……」」
意外なことに驚いたのか、響とルーカスの目が点になった。
「えへへ……アジア人初のワールドコーヒーイングッドスピリッツチャンピオンが下戸だったなんて人が聞いたら笑っちゃうよな」
「そんなことはない。凄く……カッコ良いと思うぞ。こういうのを確か――あっ、ギャップ萌えだ」
咄嗟に何かを思いついたような仕草で響が言った。
「ギャップ萌えか。響は酒強いのか?」
「もちろんだ。そういえば、酒に弱いバーテンダーもいたな」
「響、今日ここに来たのは他でもない」
「どんな話だ?」
「僕は君に興味がある。君のことをもっと知りたい」
響が顔を赤らめた。酒に酔ったわけではない。彼女は営業中で一滴も飲んでいないはずだ。
「わ、私に興味だと……」
「ああ。先に僕から自己紹介しようか?」
「その必要はない。最も成功した歴代最強のトップバリスタにして、アジア人初のバリスタオリンピックチャンピオン、葉月梓を知らないバリスタはいない。もし知らない奴がいたらバリスタではないと言われているくらいだ。親父からも話は聞いている。穂岐山バリスタスクールの話を聞いた時は心が躍った」
「そりゃどうも」
「私は葉月グループと契約を結んだ。コーヒーカクテルの知名度があまりにも低いことに驚いたからだ。葉月珈琲塾に通いながら、ずっとWCIGSCに参加していた」
「えっ、国内予選に参加し始めていたって、2018年からじゃなかったっけ?」
「2016年と2017年はノルウェーの国内予選に出ていた。スピリッツを飲めるのは20歳からだけど、作るだけなら18歳からの出場が認められている。親父にテイスティングをしてもらいながらコーヒーカクテルを作って2回優勝したが、WCIGSCは散々だった」
誇らしげにドヤ顔を決めることもなく淡々と語る響。
「国内予選を2連覇か。大したもんだ」
「でもノルウェーの国内予選はレベルが低かったんです。本気でやれば誰でも優勝できたと思います」
割って入るようにルーカスが捕捉をしてくれた。だから涼しい顔で語れたわけか。
響は血相を変えると、2人して流暢なノルウェー語で言い争いを始めた。
「親父、何でネタバレなんてするんだ!?」
「お前が何も言わなきゃ、アズサはお前のことを凄い奴だと誤解するぞ」
「私は彼に認められたいだけだ。今は話を合わせてくれ」
「駄目だ。お前の全てを話した上で採用するかどうかを決めてもらう方がいい」
「葉月珈琲に入れるかどうかで人生が変わるんだぞ!」
「説明足らずのアピールで入ってもお前のためにはならんぞ」
多分、こんな感じの会話をしているんだろう。
ドイツ語とロシア語を足して2で割ったような感じに聞こえる言葉だが、僕は幸いにもドイツ語を習得している。故に彼らが言っていることの30%は理解できる。
所々聞いたことのある単語ばかりだし、解析するのに時間はかからなかった。
この2人の目的が分かった。響は何としてでもWCIGSCで優勝して、この店の知名度を上げて貧困から脱出したいんだ。ノルウェーだったら社会保障が充実しているし、お袋の故郷に帰るとかじゃなければ、特別日本に居座る理由もないはずだが、何か理由でもあるのか?
酒に酔いながら推測を続ける中、響はルーカスを奥に追いやってしまった。
「済まない。親父は私のことが心配みたいで、ついつい干渉することがあるんだ」
「安心しろ。国内予選のレベルが低いくらいで不採用なんかにしないからさ」
「まさか、ノルウェー語が分かるのか?」
「ヨーロッパ語はいつも店で聞いてるから耳が慣れてんだよ。意味は何となく分かる。奢ってやるから、響もなんか飲めよ。全然客来ないみたいだし」
「……分かった」
響はドライ・ジンによく冷やしたトニックウォーターで割り、軽くステアする。スライスしたライムを飾ると、出来上がったばかりのジントニックを口に含み、乾いた喉を潤した。
観念したような目で一気に飲み切ると、グラスを僕の席に置いた。今度は僕の真向かいに椅子を持ってくると、音を立てながらカウンター席の向かい側に置き、ゆっくりと腰かけた。そばに置いてあるウイスキーをグラスに注ぎ、白状する確信犯の顔で語り始めた。
「……ノルウェーはバリスタ競技会発祥の国だ。昔こそ優勝候補だったけど、今じゃ全然振るわないし、他の大会は言わずもがな。特にコーヒーカクテルの大会はレベルが低かった。才能がある奴はみんなバリスタオリンピックかWBCの国内予選に出る。私が出たWCIGSCの国内予選は、残り物が参加する競技会になっていた。ノルウェーだけじゃない。他の国も同じだ」
「まっ、バリスタ競技会は世界大会からが本番だからな。本気で制覇する気のある奴は少ない」
「あず君が言うと、説得力があるな」
「バリスタが競技を行うのはほとんどの場合、遊びか宣伝目的だ。最初はみんなバリスタの仕事だからと気軽にやろうとするけど、トップアスリートを目指すようなものだってことを知った途端にやめていく。この仕事に打ち込んでみて確信した。誰でもできる仕事なんてないってな。バリスタだけじゃない。仕事には人間の本性が出る。創造性、集中力、好奇心、芸術性、対応力、全てが試される。ましてやコーヒーカクテルの場合は、バリスタとバーテンダーの資質が求められるわけだし、参加できる時点で精鋭みたいなもんだ。一般人のレベルって、そんなもんだぜ」
今までずっと持っていた嫌悪感の正体が分かった。
僕が施設やFランの人間を嫌うのは、中途半端な人間が嫌いだからだ。本気で仕事をする気のない奴、そもそも仕事に向いていない奴には、大人しくニートでもしていてもらいたい。
そう思うからこそ、向いていない道に進もうとする奴、惰性で進学する奴に対して反射的に嫌悪感を抱いてしまうのだ。彼らの多くは無能な働き者として、世の中の足を引っ張り続ける。学校でしか通用しないような連中に、ずっと足を引っ張られてきた過去の残像が……僕をイラつかせていたのかもしれない。
「ふふっ、あはは」
「何がおかしい?」
「いや、こんな簡単なゲームもクリアできない人たちに、今までイラついてたんだと思うと、おかしくておかしくて。だからさ、別に嘆く必要はねえよ。本命の大会に力を入れているだけマシだ。日本の国内予選も昔は酷かった。ファイナリストがみんなタイムオーバーしてたし。まあ、あれはルールの方にも問題があったんだけどな。何度か意見してルールを改善して、少しずつではあるけど、確実に進歩してきた」
「やはりあず君が1枚噛んでいたか。日本の国内予選のレベルの高さには驚いた。あず君はコーヒー業界のパイオニアだ。私はバーテンダーとしてコーヒーカクテルを究めたい。そのためには葉月珈琲に入る必要があると思って、知り合いを通じて美羽さんに辿り着いて、葉月珈琲に推薦すると言ってくれた」
響はバリスタとしてではなく、あくまでもバーテンダーとしてコーヒーカクテルを広めたいんだとか。
そんな自分が葉月珈琲でうまくやっていけるかどうかを、僕の同僚たちを見て判断したらしい。
今気づいた。僕の方が試されていた。相手を試すのは、採用する側だけじゃない。採用する側もまた、相手から試されていることを自覚しなければならない。響はそれを僕に教えてくれた。最終的には実績で採用が決まったようなものだけどな。こいつは将来、伊織たちにとって身近な好敵手になりそうだ。
「それで? 君はどうしたいの?」
「私をバリスタオリンピックに連れていってほしい。2023年大会は無理でも、2027年大会には何としてでも出たい。バリスタオリンピックは1人では勝てないと聞いた。最高のサポーターたちがいて、やっとみんなと同じ土俵に立てるとな。穂岐山珈琲のスカウトに声をかけられたこともあったが、全部断った。優勝する可能性があるとすれば、それはもう葉月珈琲しかないと思っている。ノルウェー国籍も捨てた。もし願いが叶うなら、私は全てを懸けてバリスタオリンピックに挑むつもりだ」
「……今日は早めに寝ろ。明日うちに来い」
「それはいいが、入れてくれるのか?」
「君はうちに入る前に、まずやるべきことがある」
会計を済ませると、僕はカフェ&バー棚橋を去った。
響の店に行ったことで、彼女が解決するべき課題が分かった。それでもなお挑戦し続けることをやめないのであれば、うちに入る資格は十分だろう。
流石は美羽だ。僕の要求を全て理解している。
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棚橋響(CV:井上麻里奈)




