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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第13章 群雄割拠編
327/500

327杯目「戦場からの呼び声」

 10月上旬、優子から1通のメールが届いた。


 那月はどうにか珈琲菓子葉月に残れることになったが、問題はまだ残っている。


 まずはうちに採用するだけの実力を持っているかどうかだ。


 那月はこれから試されることを知らない。これから起こるであろう問題も。


 伊織、千尋、桜子を集め、試験の準備をさせた。


 クローズキッチンに可能な限りの食材を集め、那月を待った。


「今日は那月が来る日だ。あいつがここに勤めるだけの資格があるかどうか、見届けてやってくれ」

「それは構いませんけど、椿さんと花音さんには伝えなくていいんですか?」

「もう伝えた。今2人は来年から配属される予定の店舗を体験してる。椿は葉月マリッジカフェに、花音は珈琲菓子葉月に配属させた」

「つまり、花音ちゃんに関してはトレードってわけだ」

「そういうことだ。バリスタとしてなら十分やっていけるだろうし、無類のスイーツ好きだから試食もできる。ドジっ子カノンは優子がカバーしてくれるはずだ。椿は婚活事業に興味があるみたいだし、バリスタとして教える側に回ることもできる」

「じゃあ、6人目は葉月マリッジカフェから来るんですか?」

「来るわけねえだろ。あそこは既婚者か婚期を逃した連中が集まる場所だ。僕が婚活事業を許したのは、降格が決まった人の受け皿になってもらうためだ。うちで働いた経験がある人なら、どこに行っても通用するはず。自主性は身についてるし、独立してもやっていける」


 少し前、椿と花音に降格を告げた。椿はため息を吐く程度だったが、花音は酷く落ち込み、椿の胸を借りて啜り泣きをしていた。葉月珈琲にいたことを誇りに思っていたらしい。


 スタッフ不足な上に、慶さんの好で雇っていた2人だったが、繋ぎ役としては十分な活躍だった。


 さて、問題はあと1人だ。美羽には『株式会社葉月珈琲塾』の社長に就任してもらい、葉月グループ人事部長も任せている。トップバリスタになりえる逸材を育てる重要な役割だ。バリスタにならなくても、ここで培った知識や技術は、社会に出てから大いに役立つだろう。


 特にフォーカスしたのは、好奇心を伸ばすことだ。


 好奇心はどんな仕事をする場合でも必須となるユニバーサルスキルだ。


 バリスタ修行は好奇心を伸ばすためのインセンティブにすぎない。


 施設やFランにいた連中は、好奇心が涸れたように欠如していた。理不尽に耐える訓練、苦手を克服する訓練ばかりをずっとやらされすぎた。結果、彼らはやりたいことも言えず、とりあえずの仕事に就くだけの気力さえ、持ち合わせる余裕がなかった。故に僕は彼らを雇いたくないのだ。


 結果を分析し、次に活かす。当たり前だが、これが難しいのだ。


 午前11時頃、那月が葉月珈琲に到着し、恐る恐る扉を開けた。


「おっ、来たか」

「ねえ、招待してくれたのは有難いけど、一体何をするの?」

「簡単だ。那月の実力が見たい。だからここでフード+コーヒー。そしてスイーツ+コーヒーのメニューを作ってもらいたい。那月ならできる」

「えっ……もしかして試験?」

「まあそんなところだ。ルールはバリスタオリンピックのマリアージュ部門と同じものだけど、フードはともかく、スイーツは時間がかかるから、12時から6時間以内に作ってくれ」

「それはいいけど、何でマリアージュ部門なの?」

「理由は簡単だ。うちはバリスタオリンピック前回大会で負けた。原因はマリアージュ部門のスコアで負け越したことだ。ある意味最難関と言っていい。2種類以上の作品を組み合わせた味を評価する部門はこれしかないからな。僕が優勝できたのは、璃子と優子の力によるところが大きい」

「……分かった。やってみる」


 バックヤードで着替えてからクローズキッチンに入った。


 世界中から集めた最高級食材を前に、那月は開いた口が塞がらなかった。


「――凄い。珈琲菓子葉月でもあんまり使えなかった食材ばっかり」

「世界最高峰のバターである『エシレバター』に軍鶏の卵まであるなんてねー」

「千尋君知ってるの?」

「常識だよ。エシレバターはフランス政府からAOP認定を受けた数少ないバター生産地の1つで、エシレ村で生産されるクリーミーな口当たりと、芳醇な香りが特徴の発酵バター。軍鶏の卵はトウモロコシを主体に、魚粉、海藻、天然ミネラル、カルシウム、漢方薬等を数十種類ブレンドした栄養強化餌を与えて産ませた卵だから栄養満点だし、流れている水を飲んでいるから生臭さもない。他の食材も世界最高峰の一品ばかりだし、よく集めたもんだよ」

「私……どれも見たことないです」


 桜子が呆気に取られながら言った。


 これで美味いものを作れなかったら、才能がないと自信を持って言えるはずだ。


 今まで扱ったことのない食材もあると那月は言うが、それは僕が優子から話を聞いた上で、那月が使ったことのない食材を選んだのだから当然だ。初見で食材の風味をどこまで引き出せるか、これはバリスタにもパティシエにも必要なスキルであると確信している。


 しかし、那月はこれを意に介さなかった。


 営業時間が始まると、交代で那月を見守りながら課題をこなすバリスタ兼パティシエの姿を見た。


 さっきまでの明るい表情から一転、無心になりながら課題をこなしていく。


 動きにも一切の無駄がない。何も伝えていないため、咄嗟のアイデア力が求められるが、那月には多くの引き出しがあるのか、アドリブをこなす役者のように食材を使い、あっさりしたナポリタンとエスプレッソ4ショット分を使ったコーヒーの割合多めのカフェオレを作った。


 牛乳の代わりに蜂蜜を入れた飲むヨーグルトを使っている。


 フレーバーは白ワインってとこか。確かにパスタとは相性が良い。


「――美味いな」

「料理の方は問題ないね」

「これなら料理番も任せられますね」

「ナポリタンが食べやすい上に、カフェオレとの相性も良いですね」

「やっぱカフェと言えばナポリタンだから、ナポリタンと相性の良くて飲みやすいカフェオレがいいかなって思ったの。セットメニューにナポリタンがなかったし」

「うちにナポリタンがないのは高級感を出すためだ。それにナポリタンは他のカフェでもやってる」

「カルボナーラはどうしてメニューにしてるんですか?」

「軍鶏の卵を使ってるからな。他の店はそうそう真似できない。ナポリタンもこの材料だったらメニュー化していいかもな」

「ホントにっ!」


 那月が僕の手を握りながら目を輝かせた。


 その手はとても冷たく、スイーツを作るのに最適な手だ。本人に自覚はなく、特別冷え性というわけではなさそうだが、この手で不意に触れられたらビックリしそうだ。


「じゃあ一度出してみて、評判が良かったらレギュラー化しよう」

「ありがとうっ! ……ハッ、ごめん。嬉しくてつい……」

「いいんだ。それくらいの情熱がないと困る」

「なるほどねー。あず君が愛人にしたがるわけだー」

「あのなー」

「あず君、妾は1人までですよ」

「唯っ!」


 気がついてみれば、目を半開きにさせ、口元を緩ませている唯が僕の後ろについている。


 ていうか1人までならいいのかよ。浮気は駄目だって顔してたくせに。


 唯の視線の先が伊織に向いた……かと思えば、今度は那月と目を合わせると、思わずゾッとした那月が唯から目を背け、恐る恐る僕から手を離した。


「何をそんなにビビってるんですか?」

「いや、まさか現れるとは思わなかったからさ」

「随分と楽しそうでしたね」

「思ったより良い作品ができたからな。那月、次はスイーツの方を頼む」

「オッケー。任せて」


 すぐにスイーツの準備に入る那月。


 唯の手が僕の腕を優しく引っ張り、オープンキッチンまで呼び寄せる。


 思えばずっとほったらかしにしていた。那月のことで頭いっぱいだし、いかにしてパーティを完成させていくのかが僕の役割だ。各店舗マスターは総合戦力向上を義務付けられている。全てはバリスタオリンピックチャンピオンを輩出するため。コーヒー業界の地位を上げるためだ。


「妾は伊織ちゃんだけじゃなかったんですか?」

「何で妾なんだよ?」

「実質妾じゃないですか。いつも一緒にいますし。何なら私と一緒にいる時間より長いです。子供たちも伊織ちゃんのことを第2のお母さんって言ってたくらいなんですよ」

「子供たちが生まれた頃からずっと一緒だったからなー。伊織は子供と相性が良いし、凜ともすぐ仲良くなったくらいだ。伊織がそこまで落ち込まなかったのは、子供たちが励ましてくれたからだ。良くも悪くも最大の足枷が消えた。伊織は必ず、歴代でもトップを争うバリスタになる」

「あず君には誰も叶いませんよ」

「もしかして妬いてる?」

「そうじゃないです。あず君が伊織ちゃんを囲うなら、それでも構いません。私も伊織ちゃんの性格好きですから。バリスタとしての実力もありますけど、それ以上に人柄が好きなんです。欲張って何かを強請るようなことは全然しませんし、純粋にコーヒーを楽しむところはあず君によく似ています。伊織ちゃんだったら別に大丈夫ですけど、そう言うのは控えてください」

「心配すんな。まだ伊織の気持ちも分からないんだし、気にしすぎな」


 安心させたいと思い、唯を抱き寄せながら言った。


 意外なことに、唯は既に伊織を受け入れていた。スタッフとしてではなく、僕の妾としてだ。


 伊織にその気があるかは不明だが、今はコーヒーに没頭させてやりたい。


 唯が好印象を抱くほどである。伊織はここに来るべくして来たと感じている。進学する以外の道しかなければ、今でも多くのバリスタが埋もれてしまっていたはずだ。


 すっかり安心した唯が2階へと上がっていく。


「あず君、どうしたんですか?」

「いや……何でもない」

「だったら来てください。スイーツもできたみたいなので」

「もうできたのか。早いな」

「同時に作ってたんですから、そりゃ早いですよ。あず君も食べてください」


 伊織が持ってきたのはハート形のショートケーキだった。


 一面を覆う『あまおう』が見る者を圧倒する。ついでのように一緒についてきたコーヒーの方が脇役みたいになっている。コーヒーはゲイシャのエスプレッソにティピカのドリップコーヒーを混ぜて作ったシグネチャーだった。ダークチョコレートのフレーバーで、苺との相性を重視した作りだ。


 ここまで考えて作られているとは、流石だと言いたいが、コーヒーが主役であるという条件を満たしていない。やはりパティシエ寄りのバリスタという前評判は間違っていなかった。ここさえ修正できれば、バリスタ競技会でも十分通用する逸材になれる。


「ねえ、合格はいつ発表するの?」

「合格も何も、那月は来年からここに所属することが決定してる」

「えっ……それ、本当なの?」

「当たり前だろ。試験なんてやったら、それは優子の人を見る目を疑うことになる。まだ那月の作った作品を食べたことがなかったから、一度作ってもらおうと思っただけだ」

「だから事前に何も伝えなかったんですね」

「なーんだ。せっかく本気出したのにー」

「試験があろうとなかろうと、いつでも本気を出せるようにしておけ。こういうのも実力の内だぞ。優子にかなり鍛えてもらったようだな」

「ねえ、優子さんがバリスタオリンピックに出るなら、ここしかないって言ってたけど、本当なの?」

「本当だ。うちからはバリスタオリンピックのチャンピオンが1人、ファイナリストも1人輩出してる。うちで特に実績のあるバリスタを2人選んで、残った人が全力でバックアップする。ここに集まるのは全員一流のバリスタだ。バリスタオリンピックは1人じゃ勝てない。サポーターも一流じゃなきゃ駄目だ」


 那月がハッと目を見開いた。ようやく気づいたらしい。僕が那月をここに呼んだ理由が。


「――もしかして」

「お察しの通り、那月には来年から誰がバリスタオリンピック選考会に行くのかを決める戦いに参加してもらう。合格した2人がバリスタオリンピック書類選考に応募する資格を得る。負けた人は勝った2人のサポーターになってもらう。もし那月が生き残れたら、僕らは全力で那月のサポーターをやる。那月が負けた場合は、マリアージュ部門担当のサポーターになってもらう」

「ふーん、面白いじゃん。つまり勝ったら参加者として選考会に参加できて、負けたらサポーターとしてバリスタオリンピックに参加するってことだよね?」

「理解が早くて助かる」


 伊織が負けた場合はブリュワーズ部門のサポーターに、千尋が負けた場合はラテアート部門のサポーターに、桜子が負けた場合は参加者が使用するコーヒー豆のロースティングサポーターである。桜子は参加する気のように思えるが、本心を言えば、ロースターになってほしい。


 僕はエスプレッソ部門のサポーターとして参加する。残りの1人だが、美羽が見つけてくれている。


 葉月珈琲のドアベルがカランコロンと鳴った――。


「あっ、愛梨ちゃん、いらっしゃい」

「いつもの」

「はいはい。いつものね」


 千尋がすぐにカルボナーラとエスプレッソのコーヒーセットを作り始める。


 愛梨はすっかり店内に慣れた様子だ。外に出ることを嫌がっているだけだと思い、引き籠りの道を勧めたのだが、それは愛梨にとっての正解ではなく、単に安心できる場所に閉じ籠っただけで、承認欲求を満たすための生き方ではなかった。平和に暮らすだけで満足できる器ではなかったのだ。


 活躍して認められたいという確かな意欲があった。優子はしっかりと見抜いていたようで、その道筋を作るために引越しまでした。やはり身内は放っておけないというわけか。愛梨はもう立派に独立したし、そろそろ戻っても良い気はするが、優子自身はまだやるべきことがあると言っていた。


「あず君、優子さんはいつになったらうちに戻るの?」

「いつって言われてもなー。あれじゃ当分は戻らないと思うぞ」


 ふと、最後に優子に会った日のことを思い出した。


 数日前――。


 那月を招待する件を優子に話そうと、珈琲菓子葉月に寄った時だった。


「ここはもっと力を込めて混ぜないと、出来上がった時にうまく仕上がらないの。やり直し」

「はい、もう一度やってみます――あっ、お客さん来たみたいですよ」

「分かった。じゃあこれが終わったら、もう上がっていいよ」

「はい、分かりました」


 優子が僕に気づくと、真っ先に僕に抱きついてくる。


「あずくーん、久しぶりー。何、またあたしに会いたくなったー?」

「いや、那月のことで話をしに来たんだよ」

「なーんだ。また那月ちゃんかー」

「さっきまでと全然態度が違うな」

「そりゃ一刻も早く一流のパティシエを育てるようにって、誰かさんに言いつけられてるから」

「いつもあんなに真剣な指導してたんだな」

「……あず君は知らないかもしれないけど、スイーツ業界は危機を迎えているの。パティシエの人口は増えてるけど、洋菓子店は段々減っているの。パティシエになっても独立しにくい環境ってこと。葉月グループはバリスタを始めとした色んな分野を究めて、独立しても食べていける人間を育てることにフォーカスしてるでしょ。うちから輩出されたバリスタが、みんな独立した後も食べていける力強い人間になってることに驚いたの。洋菓子店を増やしていくなら、葉月グループの協力が欠かせないってわけ」

「考えることは一緒か」


 バリスタも昨今のコーヒーブームで数は増えてきたが、カフェは10年前と比べて約1万店舗も減少している。新たに開業した店舗よりも、競争に敗れ、閉業していった店舗の方が多いのだ。


 家でもできる仕事が増えた今、外出人口が減ってしまっては、飲食店側としては、更に不利な状況になったと言わざるを得ない。客がわざわざ店頭に並んでまで買うような店になるには、店舗に勤めるスタッフが大会などで結果を出し、有名になる必要がある。


 葉月グループは通信販売に重きを置いており、ホームページを通して、商品をインターネットで販売することが新たな販路であると、以前から気づいていた。スイーツ業界は手作りを重視する関係上、IT化が思うように進んでおらず、食材の高騰もあり、段々と高級品になりつつあることを優子は危惧した。


「なあ優子」

「なあに、改まって」

「そろそろ葉月商店街に帰ってくる気はないか?」

「あたし、ここのマスターを任せられるって思えるくらいの人が現れるまで、ここでマスターやっていようと思うの。それに今の葉月商店街でヤナセスイーツを開いても、正直売れる自信がない。自信がつくまでの間、ここに居させてほしいの。駄目?」


 上目遣いをしながら懇願する優子。


「別に駄目とは言わん。でも次のマスターが決まったら……また戻ってきてくれよ。みんな優子がいなくなってから心配してたんだし、たまには顔を見せに行ってやってくれ……璃子も愛梨も会いたがってた」

「ふふっ、璃子ちゃんも愛梨ちゃんも可愛いんだから。そういえば、今の葉月商店街ってどうなの?」

「バリスタオリンピック東京大会が終わってから、急に人が集まるようになって、カフェとレストランが立ち並ぶようになった。昔ながらの店も繁盛するようになってさ、あの頃に戻った感じだ。でも洋菓子店は全然進出してない。つい最近和菓子店ができたばかりで、それを見た愛梨が、ヤナセスイーツを復活させたいって言い出したからさ。一体何考えてんだか」


 空いたばかりのカウンター席に腰かけた。


 まだ温もりを感じる。座席が冷えていないのは、居座る客が多い証拠だ。


 ただ土産物として持ち帰るだけでなく、一度は訪問して、ここで食べたいと思わせる店になっている。優子の店は立地条件さえ良ければ売れることを僕は知っていた。今戻ってヤナセスイーツを復活させても全く問題はないだろうが、ここに残された者たちのことを考えて優子はここに居座っている。


「愛梨ちゃんはヤナセスイーツが忘れられるのが耐えられないみたいなの。愛梨ちゃんのお母さん、つまりあたしの伯母が常連でね、愛梨ちゃんはヤナセスイーツのケーキだけは全部食べるって言ってたの」

「素材の味を活かした先代譲りの味……だろ?」

「よく分かるねー。あっ、そういえば、あず君も常連だったね。もし愛梨ちゃんが立派なショコラティエになったら考えようかな。愛梨ちゃんならきっとできる。あたしは信じてるから」


 数日後、僕は愛梨に優子の意思を伝えた――。


 愛梨は身を乗り出して、僕との距離を詰める。


「私が立派なショコラティエになったら、戻ってきてくれるんすか?」

「考えるって言ってたけどな。愛梨がマスターになって、店を始めたら、戻って来るかも」

「それじゃヤナセスイーツの意味がないっすよ。私は優子さんと一緒に、ヤナセスイーツを経営したいんすよ。それが私のやりたいことっす。やっと見つけたんすよ。あず君と璃子さんのお陰で……ちゃんと言えた。たとえ店名が変わっても、私はここで店を構えたいんすよ」


 嬉しそうにポツリと呟く愛梨――その顔からは笑みが零れていた。


 彼女のチョコレートの味は、どこか優子のスイーツにそっくりな優しい味だ。優子の後継者になりえるとすれば、それは愛梨しかいないと僕は確信している。愛梨は優子の言葉を真に受けたようで、そこまでは優子も読めている。つまり、優子は愛梨が奮起するきっかけを与えたいのだ。


 那月がやってくると、愛梨と自己紹介をし合ってすぐに仲良くなった。パティシエとショコラティエ、畑は違うが、最高のスイーツを作りたい気持ちは同じだ。


 2つの分野を同時に究めようとする那月に、愛梨は憧れの気持ちを抱くのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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