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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第13章 群雄割拠編
314/500

314杯目「本当にやりたいこと」

 ここまでの成長を見せてくれるとは、流石は伊織と言ったところだろうか。


 もう飯が食えない時の伊織じゃないんだな。それはそれで寂しい気もするが。


「何見惚れてるんですか?」


 伊織と桜子の会話が僕の心を癒しているところに、花音が隣から不意に話しかけてくる。花音の隣には当たり前のように椿がいる。花音はバリスタよりもウェイトレス寄りの日々を送っている。


 物怖じせずに行動できるところがあるのか、接客も十分にできている。英語はまだまだだが、英語表記があるメニューを頼りに積極的な会話をしているし、話が通じないことはなかった。


 彼女を見ていると、語学力よりもコミュニケーション能力の方が大事であることを痛感させられる。


「ガールズトークは僕の栄養だ」

「ふふっ、あず君らしいですね。花音ちゃんだったら、すぐ会話に混ざるのに」

「それじゃまるで私が突っかかる性格みたいじゃないですか」

「結構突っかかってるよ」

「その積極性を買って接客に抜擢したんだ。しっかり頼むぞ」

「はーい」


 軽い返事をした花音がオープンキッチンへと戻っていく。


 千尋と仲良しそうに話す花音。椿はそんな僕を見ながら耳元に顔を近づけ、肩をつついた。


「あの、花音ちゃんの結婚相手、一緒に探していただけませんか?」

「葉月マリッジカフェはどうした?」

「それが……全く駄目みたいで」

「じゃあ、岐阜コンに参加させてみるか?」

「確か8月でしたっけ?」

「岐阜コンは4ヵ月に1回だからな。どうしても参加させたいならうまく乗せとけ。ていうか何でそこまでして結婚させたいわけ?」

「花音ちゃんには幸せになってほしいんです。結婚が全てじゃないですけど、花音ちゃんって、結構真っ直ぐで献身的なところがあるから、結婚に向いてるんじゃないかって思ったんです」

「じゃあさ、椿も仲人バリスタ、目指してみるか?」

「えっ、私が?」


 意外な返事と思ったのか、思わず自らの鼻先を指で差した。


 既婚者で結婚の楽しさも辛さも熟知しているはずだが、それでも勧める理由は何だ?


「椿も誰かに結婚を勧めるあたり、仲人に向いてると思うし、今は仲人が絶滅危惧種だ」

「仲人バリスタかぁ~。確かに私も向いてるかもしれませんね」


 納得したと言わんばかりの笑顔で、椿もオープンキッチンへと戻っていく。


 ふぅ、何とか誤魔化せた。何だかんだ言っても花音が心配なんだな。


「あのぉ、ちょっといいですか?」


 恐る恐る花音が再び戻ってくる。


「どうかしたか?」

「実はさっきのピザトーストを見ていたお客さんが食べたがっていて、注文されたんですけど」

「ええーっ! そ、そんな……食材まだ残ってましたっけ?」

「食パンならオープンキッチンにありますし、売り切れとは言えませんねぇ~」

「伊織、ここまできたら責任を持って作ってやれ」

「……は、はい」


 伊織はレシピを思い出しながら再びピザトーストを作る破目に。さっきの子供、めっちゃ美味そうに食べてたからなー。あれが他の客に対して宣伝になってしまった。しかも1人や2人の規模じゃない。


 結局、この日はあまり多くの利益は出なかったが、ピザトーストを宣伝することはできた。


「申し訳ありませんでした」


 僕の目の前には、伊織の可愛らしい頭がある。ラストオーダーの時間を超え、客は全員帰った。


 伊織はピザトーストに使われている材料がどれも高給であるため、コーヒーセットと同じ値段で売ってしまったことを悔いている。正当な価格で販売したら1枚あたり2000円は超えそうだ。


「気にすんな。明日以降は売り切れって言っとけ」

「でもみんなに広めるとか言ってましたよ」

「食材を別のものに変えて、値段はちょっと抑えめにするか」

「そうですね」

「あーあ、伊織ちゃん、メニュー増やしちゃったねー」

「しょうがないじゃん」


 両頬を膨らませ、ニヤニヤしている千尋を睨みつけた。


 この顔も凄く可愛い。伊織にとっては貧困生活のお供だが、高級な食材でピザトーストを作ったらあんなに凄い商品になるのか。あれを貧乏人が見たら、脳が拒否反応を起こしそうだ。


「伊織、東京予選まであと2ヵ月を切ったから、プレゼンの練習をしておけよ」

「あの、JBC(ジェイビーシー)東京予選ですけど、私、やっぱり名古屋予選に変えます」

「えっ、もう締め切り前だよ」

「お願いします。どうしても名古屋予選に出たいんです。それに椿さんも名古屋予選に出るんですから、一緒に行った方が手間も省けると思うんです」

「分かった。じゃあ名古屋予選に会場を変えておく。思ったより人集まってないみたいだし」

「ありがとうございます」


 名古屋予選の空席を確認する。伊織は東京予選の会場から空席のあった名古屋予選に登録することに。


 でも何でこのタイミングなんだ? 東京予選の方が通過人数が多いからって言ってたのに。まあでも、一度オンライン登録をすれば、空席が余っている限り、締め切り前まで会場を自由に変更できるシステムであったことが幸いだった。この締め切り直前の会場変更が、伊織の()()を大きく左右することになろうとは、誰も知る由はなかった。高級なピザトーストは単品で1000円を超えるが、うちの高級さは以前から有名であったこともあり、世界一高いピザトーストとしてすんなりと受け入れられていった。伊織の提案で材料は変えなかったが、話題性から客寄せはできた。総合的には大きな利益となったのが幸いだろうか。伊織の創造性は僕の想像を超えていた。まだ未完成と言われているローヤルシロップコーヒーだが、伊織なら朝日奈珈琲の先代が考案したこのコーヒーを完成させられるかもしれない。


 その後、伊織の即席メニューであるピザトーストはレギュラーメニューとなり、大好評を博した。


 しばらくはピザトーストの入ったコーヒーセットが定番メニューとなったのであった――。


 5月下旬、この頃になると、メジャー競技会の受付が終了する。


 葉月珈琲からは伊織がJBC(ジェイビーシー)に、千尋がJBrC(ジェイブルク)に出場することとなり、穂岐山珈琲勢へのリベンジを誓い合った。桜子は伊織のサポーターとして従事する。自分の目標がハッキリするまでの間、伊織のサポーターを務めるとは言ったが、いつになったらハッキリすることやら。客足が落ち着いた頃、クローズキッチンを除いてみると、伊織と桜子が面と向かって話している。


 2人の笑顔はなく、説教でも受けているかのように張り詰めた顔だ。


 僕はコーヒーを淹れながら地獄耳を研ぎ澄ませ、2人のガールズトークを聞いていた。


「ええっ!? 朝日奈珈琲があった店舗を買い戻さないって、本当なんですか!?」

「落ち着いてください。私は先代が築き上げたお店を守れませんでした。だから私、カフェのマスターにはならないつもりです。ここにいて分かったんです。私には経営の才能がないということが……」

「あず君も自分には経営の才能はないって言ってましたよ」

「はい、それは私も聞きました。ただ、あず君はグループ企業を立ち上げるくらいの才能があることくらい分かります。立地条件が悪かったとはいえ、お店を守れなかったのは私の責任です」


 桜子は朝日奈珈琲を買い戻すことを目標としていたはずだが、伊織との会話からその気がないことが見て取れた。桜子にとっての朝日奈珈琲は、自分がバリスタで居続けるための砦にすぎなかった。


 こんなにもどかしいガールズトークは久々だ。璃子と優子がうちで交わした最後の会話くらい、胸を締めつけられるような思いだ。うちのグループには全国から才能ある者が集まってくる。桜子はそのプレッシャーに押し潰されようとしていたばかりか、やりたいことさえ見失っていた。


 いつからあんな状態だったんだ? 気づいてやれなかった自分が憎らしい。


 僕だってやりたいことが分からない時期があった。それはいつだって、何かをやり遂げた後だ。桜子は朝日奈珈琲のマスターとして最後まで職務を全うするという、ある種の目標をやり遂げた後だ。つまり桜子が葉月珈琲にやってきたのは、とりあえずの就職のためだ。


 こんな簡単なことに気づいてやれなった――大会の時期が迫っていたせいだ。


「じゃあ、桜子さんはメジャー競技会には出ないんですか?」

「はい……しばらくは伊織さんを手伝わせてほしいんです。まずはマイナー競技会から制覇してみます。おかしいですよね。葉月珈琲にいながら、やりたいことが分からないなんて」

「そんなことないです。私がバリスタオリンピックを目指しているのも……とりあえずの目標なんです。本当にやりたいことが決まるまでの中継ぎです」

「伊織さんが本当にやりたいことって、まだ決まってないんですか?」

「将来的にはコーヒーに関わる仕事がしたいっていうところまではハッキリしてるんですけど、それだけだと抽象的なので、具体案が決まるまでの間は、ここで仕事をしながら、バリスタ競技会の中で最高峰の舞台を目指すことにしているんです」


 伊織……そうだったのか。僕は彼女たちにやりたいことがなければ駄目というメッセージを与え続けていたのかもしれない。人生という壮大な暇潰しを楽しむことが難しい人もいる。


 変な固定観念をいかにして植えつけさせずに済むようにするか。それが育成の大きなカギを握っているような気がしたのだ。だが1つ驚いたのは、かつての僕にとって最大の目標であったバリスタオリンピックが、伊織にとってはただの通過点でしかないところだ。バリスタオリンピックを通して、本当にやりたいことを見つけた僕を間近で見てきただけのことはある。


「加藤真理愛さんというバリスタは知っていますか?」

「もちろんです。世界一のコーヒーカクテラーとして有名ですから。一度会ったことがあるんです。落ち着きがあって、とても素敵な女性でした」

「真理愛さん素敵ですよね。私、真理愛さんとここで一緒に働いていていたことがあるんです」


 平らな胸に軽く手を当てながら先輩風を吹かせる伊織。


 他の人ならムカついただろうが、伊織に関しては別だ。強がっている幼女ほど可愛いものはない。


 あっ……そういや伊織……大人だった。


 桜子は誇らしげな笑みを浮かべる伊織に動じることなく会話についていく。伊織にとっては事実上初めての後輩だ。他に教えられる相手がいないのだから当然か。


「えっ、ここにいたんですか?」

「はい。真理愛さんも、柚子さんも、他の人たちも、ここで実績を積んで、本当にやりたいことを見つけてから卒業していったんです」

「私も実績を積んだら――本当にやりたいこと、見つかるんでしょうか?」

「絶対に見つかる保証はありませんけど、私は葉月珈琲なら、それが見つかると信じています」

「伊織さんもここを卒業したいんですか?」

「それは……」


 さっきまで威勢の良かった伊織の口が止まった。


 伊織が動じてどうすんだよ。まあでも、伊織の意思は確かに伝わった。


 みんなうちで人生の目的を見つけて去っていった。きっとこれからもそれは続くのだろう。僕を除けば葉月珈琲で最も長く居座っているスタッフだ。ひよっこだった伊織は、いつしか周囲を引っ張る存在だ。オープンキッチンの責任者にもなっているし、もっと難しい仕事をさせてもいいかもしれない。


「……無理に答えなくても大丈夫ですよ」


 伊織を安心させようと、桜子が正面から伊織に優しく抱きついた。


 あの抱擁に僕も包まれたい。ていうかもうどっちが大人なのか分からん。


「桜子さん」

「私だってやりたいことが分からないんですから、お互い様ですよ」

「バリスタの仕事は好きなんですか?」

「はい。コーヒー関係の仕事がしたい。それは間違いありません。でも……具体的に何がしたいかは皆目見当もつかないんです。朝日奈珈琲にいた頃は、お店を守るという明確な目的がありました。目標がなくなると、こうも気が抜けてしまうのかと思いました」

「同感です」

「伊織さんはJBC(ジェイビーシー)優勝を狙ってるんですよね?」

「はい。バリスタオリンピックには書類選考があって、他のバリスタ競技会で実績を残してないと、選考会に参加することもできないんです。目安としては、世界大会の複数回出場です。昔は世界大会で結果を残している人自体が限られていましたから、一度でも国内予選を突破していれば出場できたんですけど、今は色んなバリスタ競技会が増えてきました。なので世界大会でファイナリストになるくらいしないと、とても参加できない状況になってるんです」


 伊織は気づいていた。バリスタオリンピック選考会のハードルが上がっていることに。実績上位10人しか出られないということは、回を重ねる毎に、実績を残す人が増えていくということだ。


 引退する人が続出することもあるが、今やバリスタはプロの職業でありながら、実績がなくとも飯を食っていける職業でもある。つまり、やりたいことが分からない者たちが本当にやりたいことを見つけるまでの繋ぎ役のような職業でもあるため、ますますその需要を増している。


 この仕事の良いところは1人でもみんなでもできるところだ。


 しかも新しく開発したコーヒーを紹介する動画を投稿すれば、もはや家を出るまでもなく、それで生きていけるくらいに私情が拡大していることも、今のコーヒーブームに拍車をかけている。令和恐慌以来、人々は生活の安定をコーヒーに求めているが、実績を残すことはそう容易くない。伊織がJBC(ジェイビーシー)で実績を残したいのは次のバリスタオリンピック選考会で書類選考を突破するためだ。


「次のバリスタオリンピックって、どこで行われるんですか?」

「あっ……そういえば、全然ホームページを見てませんでした」

「ダブリンだ」

「あず君っ!? いつからいたんですかっ!?」

「桜子が朝日奈珈琲があった店舗を買い戻さないって言ったところから」

「全部じゃないですか!」

「それより、情報くらいちゃんと仕入れとけよ。次のバリスタオリンピックは、今までとは比べ物にならないほどレベルが高いからな」

「は、はい」


 忠告を言い残すと、僕はクローズキッチンの扉に手をかけた。


「……本当にやりたいこと、見つかるといいな」

「「……」」


 2人は終始沈黙を貫いた。常識を押しつけたいわけじゃない。


 のんびり暮らすことが本来の目的だった僕については、もはや完結していると言っていい。余生は全て世のため人のためだ。自分が持っている知識や技術を後世に伝えていきたい。


 暇潰しを別の言葉に置き換えて実行しているだけだ。いや、人類の誰もがそんな状態かもしれん。さながら魔王を討伐した後の勇者のような心境だ。後はステータスをカンストさせ、やり込み要素を全て仕上げていくだけの簡単な作業だ。富と名誉のために戦う必要はなくなった。


 その上で何がしたいか、それが本当にやりたいことだ。


 のんびり暮らすのはボケまっしぐらだ。ただひたすらに、不要不急の仕事や趣味を楽しみたい。


 人生の結論とは、もしかしたらつまらないものかもしれない。


 だから、あえて結論は設定しない。愚直に楽しめ。窓越しに青空を見上げながら、そんなことを考えていた。空を見る度に自分の過去を振り返ってしまう。それに先のことまで。僕の悪い癖だ。未来も過去もない。あるのは今だけだって……頭ではとっくに分かっているはずなのに。


「あず君、久しぶり」


 陽気で高い声が聞こえてくる。見上げていたまま痛くなっている首を正面に向けると、満面の笑みを浮かべた真由がいた。ここんとこあんまり会っていないのか、新鮮に感じた。


 年を追う毎につき合う相手は変わるものだが、ずっとつき合いのある仲間もいる。真由もその1人だ。普段は生放送中に通話機能を使って話している。ビデオゲームでは拓也と共に協力する仲だ。


「おっ、久しぶり。元気してたか?」

「もちろん。あず君も元気そうだね」

「まあな。今って何してるんだっけ?」

「今は夢の国の広告塔として、動画投稿しながら楽しく過ごしてるよ。そっちは?」

「今年から葉月グループの総帥になった」

「……偉くなったね」


 手の届かない存在を見るような目だ。


 左手で口を隠し、誤魔化し笑いをしながらも顔が凄いと言っている。


 真由は某夢の国を経営する会社と長期的な業務提携を結んだ。


 彼の実家である『株式会社如月旅館』は兄の真夜が継いだ。次男ということもあり、子供の頃の好奇心を保ったまま、好きなことに没頭し続けているが、最近は親から見合い話を持ちかけられて困っているんだとか。何故こうもタイムリーな話題だろうか。


「孫の顔なら、もう見てるはずなのにね」

「うちも親戚の1人が婚活ビジネスをやってる。ここんとこ周りの連中が一斉に婚活を始めてさ、最近は全然話題に事欠かないくらいだ」

「僕らの世代って、もう30前後だからねー。婚活の時期がやってきたってことだよ。僕も今年で29歳だし、うちの親も世間体が悪いから結婚しろしろうるさくてね」

「そっちもか。うちのスタッフにも結婚を勧められている奴がいる」

「えっ、どんな人?」

「あいつだ」


 丁度楽しそうにコーヒーを淹れている花音を指差した。


 年齢に似合わない幼さ、天真爛漫な性格は、真由には魅力的に映った。


「へぇ~、結構可愛いじゃん」

「紹介してやろうか?」

「いいの?」


 ワクワクしながら目を輝かせる真由。


「僕と真由の仲だろ。ていうか年上好きなんだな」

「大人の女性に対する憧れとかあるし、以前も年上を好きになったけど、全然相手にされなかったなー」

「美月はうちの親戚と結婚したぞ。今は子育てをしながらバリスタをやってる」

「てっきりあず君とつき合うと思ってたんだけどなー」

「美月も年上が好みだったらしい」

「あの人はきっと、あず君と一緒にいたかったから、それであず君に近い人と一緒になったんだと思う。あくまでも……僕の勘だけどね」


 親戚は僕の身代わりかよ。そんなこと、考えたくもねえけどな。


 そういや松野も似たようなことを言っていた気がする。あんまり覚えてねえけど。


 カウンター席に案内し、真由にお勧めのメニューを注文させた。予約こそ殺到しているが、それはあくまでもテーブル席に限る。何も知らずに始めてくる客にもうちの味を知ってほしい。それに身内を1人でも多く入れたいこともあり、カウンター席は自由席及び身内用の席にしている。


 カウンター越しに真由と花音が対面する。


「あの、初めまして」

「初めまして。私は揖斐川花音っていいます。花音って呼んでください」

「はい。僕は如月真由です。気軽に真由って呼んでください」

「へぇ~、結構可愛いですよねー。えっと、真由さんはどちらから来たんですか?」

「千葉から来ました。あず君とは昔からの友達で、時々コラボをしています」

「コラボしてるんだぁ~。いいなぁ~。あず君のこと、好きだったりします?」

「えっと、僕、こう見えても男なんです」

「ええっ、全然見えない……あっ、ごめんなさい。私、すぐ口に出ちゃうので」

「ふふっ、よく言われてることなので、大丈夫ですよ」


 ここでようやく、真由が男であることに花音が気づいた。


 僕といい真由といい、名前も顔も女の子っぽいせいでよく間違われる。


 久しぶりに自分の属性を確認した気がする。こんなにも性別を意識したのはいつ以来だろうか。しばらくは見守ってやるか。美月との恋に破れてからというもの、真由は一度も恋愛をせず、失恋を忘れようとするように仕事に打ち込んだ。花音の後ろでは椿が微笑ましそうに見守っている。


 真由にも花音にも幸せになってほしい。


「真由さんはコーヒー好きなんですか?」

「はい、とても好きです。実を言うと、あず君とは遠い親戚で、曾祖父が同じなんです」

「あぁ~、どうりで可愛いわけ……あっ、ごめんなさい。私ってばまた――」

「ふふふふふっ、僕は正直な人、嫌いじゃないですよ」

「えっ……」


 花音の顔が赤く灯った。これは相性が良いかもしれん。

読んでいただきありがとうございます。

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