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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第13章 群雄割拠編
306/500

306杯目「分裂の危機」

 スリーオンスリー最初の相手はオーストラリア人3人のチームだ。


 チームコーヒーパークはシアトルでも人気だ。この歓声の大きさからも、いきなり優勝候補の一角と当たってしまったことが分かった。参加者は900人もいるが、優勝候補もそれなりにいる。


 世界中から多くのバリスタが集まっているのだから当然だ。


 全戦優勝候補と戦うつもりで挑まなければ負けると確信している。


「それでは両チームが準備を終えたので、試合開始とさせていただきます」


 司会者の進行アナウンスが入ると、伊織はグラインダーの前に立ち、僕はミルクピッチャーと牛乳の入った長い紙パックを手に持ちながら立ち、千尋はペンスティックを持ちながら佇んでいる。


 試合開始の笛が鳴ると同時に作業が始まり、伊織はグラインダーからコーヒーの粉を2つのポルタフィルターに入れると、それをすぐさまエスプレッソマシンに固定し、抽出ボタンを押してからコップをエスプレッソが出てくる位置に抽出する。伊織が引き渡しゾーンに2つのエスプレッソを置いた。チーム戦では引き渡しゾーンに置かれ、完全に手放されたものでなければ受け取ることができない。


 1戦目の課題はライオンであるため、黙って手渡されたエスプレッソにスチームミルクを投入してから千尋に手渡した。手書きのみでライオンの正面の顔が完璧にペンスティックで描かれていく。最も負担が低いのはエスプレッソ担当だが、タンピングがしっかりできていなければ、やはりラテアートが描きにくくなる。提出するのは1杯のみ。よりうまく描けた方をジャッジテーブルに提出する。


 無事にチーム葉月珈琲が先勝すると、勢いそのままに伊織からコーヒーを託され、今度は僕が猫を書いて提出すると、3人のビジュアルジャッジがラテアートを吟味する。


「結果発表です。2戦目もチーム葉月珈琲の勝利です。よって2勝したチーム葉月珈琲の勝利です!」


 司会者から結果発表が行われ、僕らは同時に胸を撫で下ろした。


 観客からの声援に応え、僕らは控え室へと戻った。


「ふぅ、何とか終わった」

「よくやった。この調子だ」

「いきなり優勝候補と当たるなんて、本当にびっくりですよ」

「準決勝に進出できるのはたった60組だから、進出したら更に優勝候補が濃縮されるってわけだ」

「不安になるようなこと言わないでよ」

「これくらいで不安になっているようじゃ、バリスタオリンピックで勝ち抜くのは無理だよ」


 千尋がわざと見下すように言った。伊織はこれだけ大規模な雰囲気には慣れていない。ましてやチーム戦だ。伊織の性格を考えれば、足を引っ張ることがあればと考えるのは当然か。思い詰めないといいが。


 この嫌な予感が的中したのは……予選3戦目のことだった。


 チームカフェテリアを率いるスペイン人3人のチームとの対戦の時だった。


 1戦目は惜しくも千尋の苦手なお代が出てしまい、押されるように敗北する。2戦目はどうにか勝つことができたが、ここで3戦目を迎えてしまった。


 僕がエスプレッソを淹れると、千尋がスチームミルクを入れて伊織にバトンを渡したが、ここで伊織が致命的なミスを犯してしまった。絵の描き方をど忘れしたのだ。大勢の観客が見守る中、伊織は極度の緊張状態から抜け出せず、手が震えてしまった。ラテアートを描こうとするも、震えた手が止まらず、まるで小学生が描いたように何の法則性もなく、ぎこちない絵が出来上がってしまった。


 伊織の気も知らないまま笑う観客たち。


「あぁ~、どうしよぉ~」


 伊織が急に萎れた植物のように机に突っ伏した。


 2杯のラテアートはどっちも見るに堪えないものだった。所々が滲んでいて、コントラストも最悪だ。今まで見た中では最悪の部類だ。大会史上最悪なデザインカプチーノであれば、既に他のチームが記録していたが、以前から練習していても、こうなってしまうのが大会の恐ろしいところだ。


「気にするな。まだ1敗だろ。予選抜けはまだ可能だ」

「で、でも、私のせいで……」

「誰も伊織のせいなんて思ってねえよ」

「そうそう。1戦目は僕の苦手なバラだったし、これも大会だよ」


 千尋が庇うように言ったが、伊織はもう1つミスを犯していた。


 僕が向日葵を描く際、伊織が球落としでうまい形で丸を描けてさえいれば、もっと楽に描けていたが、そのことが響いたのか、僅差での勝利となっていた。


 無論、こんなことを言ってしまえば自信を無くしてしまうだろう。


 球落としは様々な植物や動物を描く上で便利に使える手である。均一に丸を描けるかどうかは大きい。桜子はきっと、こんな事態を恐れていたのかもしれない。


「誰にどんなラテアートが当たるか。それは運次第なんだからさ」

「伊織は伊織の役割を果たせ。目の前の仕事に集中しろ。伊織ならできる」

「……はい」


 流石の伊織も、チーム戦という初めての舞台には慣れないようだ。


 2敗で強制ドロップのため、チーム葉月珈琲は早くも追い込まれた。


 だが幸いにも2敗で強制ドロップしたチームと当たり続け、不戦勝を重ねた。ここまで8勝0敗という驚異的な成績で生き残っていたチームクイーンとの対戦となった。イギリス人3人のチームであり、3人共王室で働いた経験のあるバリスタだった。僕らがいるCブロックで唯一の全勝チームだが、予選通過のボーダーラインは8勝1敗である。ここは何としてでも勝たなければならない。


「ねえ、1つ提案があるんだけど」

「何? どうしたの?」

「1戦目はあず君がペンスティック担当をしてくれないかな」

「僕が1戦目?」

「私たちで話し合って決めたんです。1戦目であず君が確実に勝って、残りの試合は私か千尋君のどちらかで勝つ試合の方が、ずっと気が楽だと思いまして」

「別にいいけど、相手は2戦目に最強のバリスタを差し向けてくるぞ。2戦目は伊織だ。3戦目の相手は千尋に任せる。良い勝負できるだろうし」

「分かりました」


 ここは相手の手の内を読むしかない。3戦2勝形式だし、確率的に最も実力に自信のない者を3戦目に置いてくるはず。そこを千尋で応戦すれば、どうにかなるはずだ。


 後はこの読みが当たることを祈るしかない。


 1戦目は孔雀であっさりと僕が勝利を収め、続いては2戦目の伊織の番がやってくる。


 千尋が丁寧にスチームミルクを投入すると、綺麗な形で伊織に回った。今度は伊織の得意なユニコーンだった。ここで逃げ切りを図りたいところだったが――。


「チーム葉月珈琲、僅かにチームクイーンのデザインカプチーノに一歩及ばず。これで1勝1敗となりました。さあ、次は勝負が決する運命の3戦目となります」


 明らかに動揺を覚える伊織がまた全身を震わせ始めた。


「伊織、ここまでよくやった。3戦目はエスプレッソ担当だ。後は千尋に任せろ。切り替えていくぞ」

「……はい」

「……うん」


 気落ちさせる隙を与えることなく、伊織にエスプレッソの準備をさせた。如何に気持ちを途切れさせずに済むか、それがこの大会攻略のコツであると分からされた。ここまで手に汗握る大会は久しぶりかもしれない。足を引っ張られているわけじゃない。これが今の葉月珈琲の限界値なのだ。


 2人共精一杯頑張ってくれている。どこで終わろうとも悔いはない。僕は人生でやるべきことを全て終えた身だ。余生を楽しむような感覚で生きている僕にとって、連勝記録は二の次でしかなかった。何よりみんなと一緒に、大会で力を合わせることの喜びを分かち合えた。


 それだけでも十分に意味はあった。


 ――だがこれじゃ満足できない。そう思っている自分がいるのは何故だ?


 やはり僕は……本気で勝ちにいく癖がついてしまっているのか?


 いや、ただ僕は……中途半端が嫌いなだけなのかも。


 そんなことを考えながらクスッと笑い、予選最後の勝負に挑んだ。


「3戦目のフェニックスの勝敗が決したようです――何と! チーム葉月珈琲の勝利でーす!」


 驚くべきことに、奇しくもヴェネツィアで僕を救ってくれたフェニックスが、またしても僕を救ってくれる形となった。世にも不思議な因果だった。千尋が描いたフェニックスの絵は、僕が最初に成功させたフェニックスの絵にそっくりだ。弟子は師匠に似るとはよく言ったものだ。ここまで似なくても勝っていたと思いたいが、これで8勝1敗となり、僕らの予選通過が決定した。


 Cブロックからはチーム葉月珈琲とチームクイーンが通過した。


「ふぅ、何とか勝てて良かったです」

「よくやった。次は準決勝か」

「なかなかやるじゃん」


 声をかけてきたのはチームクイーンの3人だった。スラッとした長身の女性、ミディアムヘアーでスタイルの良い女性、ポニーテールで可愛らしい女性が佇んでいる。


「私はアシュリー・グラハム。アズサに会えて光栄だよ」


 まるで人形を抱くようにハグをしてくるアシュリー。


「良い試合だったな」

「イオリ、ちょっと緊張しすぎだよ。えっと、君は?」

「千尋だよ。一応僕、去年のWBC(ダブリュービーシー)で優勝したんだよ」

「へぇ~、凄いじゃん。チヒロね、覚えとく」


 背中を向けて去っていくアシュリーたちだったが、彼女らも予選を突破している。また準決勝や決勝で対戦することになるかもしれないのだから油断はできない。


 会場内の壁からひょっこりと桜子が姿を見せた。忍び寄るように桜子がやってくると、顔向けすら難しいくらいに恥ずかしそうな顔を浮かべ、燃えるように顔が赤くなっていた。


「酒でも飲んだか?」

「のっ、飲んでません。あの、さっきはすみませんでしたっ!」


 桜子が震えながら頭を下げ、伊織も千尋もぽかーんとした顔で桜子を見つめた。


 事情を知る僕のみが冷静に桜子をジッと見ると、彼女のそばに足音もなく駆け寄った。


「気にすんな。桜子があがり症だなんて知らなかったし、僕にも非はある」

「まさかこんなに大きな舞台で大勢の人に見られながら、ステージ上で荷物の出し入れをするとは思ってもいなかったので、緊張してステージに上がる勇気なんてありませんでした」

JBC(ジェイビーシー)予選には出ていましたよね?」

「人数が少ない場合とか、あまり期待されていない場合とかなら何とか……」


 控えめに桜子が答えた。桜子がこの仕事を選んだ理由がよく分かった。


 それじゃあ外に出て人に会いに行くような仕事はできんわな。一見飲食店はコミュニケーション能力が必要に思えるが、基本的には注文を受けるだけでいいため、最低限の受け答えができていればそれで良かったりする。客だってスタッフがどんな人かなんて、いちいち気にしない。


 余程悪い人でなければそれでいいのだ。現に僕も営業の仕事なんてまず無理だと思い、この仕事を選んだわけだし、バリスタはコミュ障に向いた仕事と言える。


 普段はクールなだけあって、かなりのギャップを感じてはいるが、これがまた可愛い。


「あがり症なら仕方がないですよ。サポーターの仕事は気にしないで、桜子さんは観客席から見ていてください。準決勝以降は私たちだけで何とかしますから」

「でも、私がサポーターができなかったせいで、危うく失格になるところだったんじゃ」

「そうだよ。マイケルたちがいなかったらどうなってたか。それにあがり症を何とかしないと、いつまで経ってもJBC(ジェイビーシー)の舞台で活躍なんてできないよ。ちょっとは反省してよね」

「……ごめん……なさい」

「だっ、大丈夫ですか?」


 千尋が妙な違和感を持って桜子の方を向くと、涙が止まらない桜子が手で口を押さえている。


 水滴が桜子の指を伝い、重力に従ってボロボロと下へとこぼれている。伊織がハンカチを差し出すと、眉間にしわを寄せながら千尋のいる方向を向いた。


「よくそんな言い方ができますね」

「だっ、だって……桜子さんがサポーターになるはずだったんだよ。準決勝だって、今日みたいに3人だけでどうにかなるとは限らないし、このままじゃ不安だよ」

「1番不安なのは桜子さんですよ。何で分かってあげられないんですか?」

「伊織ちゃんは甘いよ。僕らは勝つことを強いられている。もし負けてみろ。あず君の連勝記録が途絶えたのはお前らのせいだって一生ファンから言われ続けるんだよ。伊織ちゃんは戦犯の烙印を押されることに耐えられるわけ?」

「そ、そんなことを言われても」

「それがチーム戦というものだよ。その覚悟もなしに参加したわけ?」

「……」


 すっかりと押し黙る伊織と桜子。この大会ではサポーターの存在が必須だ。


 個人戦以上にメンタルとチームワークが求められる中、サポーターが機能しないのは、致命的な問題である。伊織と千尋との間には目に見えない温度差が垣間見えた。伊織にそこまでの覚悟はなかったのだ。僕は優勝記録に依存はないが、他の人はそうはいかないらしい。


 千尋は全てを捨てたような目で、伊織の肩に優しく手を置いた。


「伊織ちゃん、僕らが背負っているのは世間の期待だけじゃない。あず君の人生も、葉月珈琲の未来も、僕らの今を背負ってるってこと、忘れないでよ」

「……私たちのことなんて……何も分かってないくせにっ!」


 伊織が一足先に会場を出てしまった。千尋が追いかけようと手を伸ばしたが、諦めてしまい、歩きながら会場を出た。彼には伊織の背中が物凄く小さく感じたことだろう。


 文字通り、伊織には肩の荷が重すぎたらしい。個人戦は大得意な3人で構成されたチームの欠陥が表れている。自分のために戦うならともかく、誰かのために戦うことへの意識が薄かった。


 それでも伊織を信じている。伊織には逆境を乗り越える力があると確信している。


「伊織、桜子、そう気を落とすなよ。全力で戦った末の敗北なら、誰のせいでもない。千尋は昔っから意識高いところがあるからな」

「それにしたって意識高すぎですよ」

「プロとしての自覚があるんだ。あいつは元いたグループを捨てた上に、妻と子供を養っていかないといけねえからな。守るものがある奴は強い」

「千尋さんって、村瀬グループを捨てて葉月珈琲に就職したんですよね」

「先がないって見切ったからな。今まで改革をしてこなかった会社を見捨てるのは、当然の決断と言っていい。うちだっていつ見限られるか分からん。先見の明を持った奴がいなくなるのは、企業がピンチってことだ。あいつにはやりたいことがある。バリスタオリンピック優勝だ。その先までは分からねえけど」

「皆さんはとても意識が高いんですね」


 最も伊織たちとの間に温度差を感じていた桜子ならではの言葉だった。


 準決勝を明日に控えていた僕らは、一度ホテルへと戻った。時刻は既に午後5時を迎えていた。初めてのチーム戦を終えた後のシアトルの夜は、僕らにはあまりにも寒すぎた。


 ホテルのレストランで夕食を取っている時だった。僕ら4人はお通夜のような顔で席に着いた。


 しばらくして伊織と千尋がバイキング料理を取りにいこうと、同時に席を立つ。


「あの、準決勝ってどんな競技なんですか?」

「準決勝はツーオンツーだ。2人ずつ行う競技で、フリーポアラテアートの類似性を競う競技だ」

「類似性ですか?」

「そうだ。対戦形式は今日のスリーオンスリーと違って、必ず3戦行う形式だ。試合開始前に課題が出されて、2人で課題となる動物や植物をフリーポアラテアートで描く。その2つを照合装置を使って、どれくらい似ているかを分析して、類似性が高い方の勝ちってわけだ。照合装置は元々指紋検査をするために作られたものを、絵や文字にも使えるようにしたものだ」

「つまり、チームメイトと同じ絵を描けばいいってことですか?」

「そゆこと。だから今回は2人でどれくらい息を合わせるかが勝負を決する」

「どうりで同じタイミングで同じラテアートを描いていたんですね。あず君はともかくとして、問題は伊織さんと千尋さんの2人ですね。今日のスリーオンスリーでもまるで息が合ってませんでしたし、準決勝以降だと、更に競技のレベルが上がっていることを考えれば……厳しいと思います」

「ちゃんと見てたんだな」

「……はい」


 あがり症とは言っても、何だかんだで僕らの動向は気になっていたようだ。無理にサポーターを頼んだ僕のミスだ。明日はサポーターなしでこの難関競技をクリアしなければならないが、サポーターという外側の視点から、客観的なアドバイスの1つでもないと、この戦いを制するのは厳しいものがある。


 この戦いの鍵を握っているのは桜子かもしれん。


「伊織さんも千尋さんも、あれ以来全然口を利いてませんね」

「不思議だよな。日本だと喧嘩中の2人は何故か口を利かなくなっちまう。本気で相手に向き合ったことがない人ほどよくやる。傷つくのが怖いんだろうけど、そこまでして守るべき自分なんて、どこにもいないのにな。もっと突っかかればいいのに」

「仲が悪いというより、それだけ勝負事に真剣なんだと思います。伊織さんも本気だからこそ、千尋さんにあそこまで言い返したんだと思います……羨ましいです。私にはそこまで言い合えるほどの友達なんてどこにもいませんでしたから」

「ぼっちなのはお互い様だ。なあ桜子、君がどうしても無理だというなら、サポーターを降りてもいい。無理を言って済まなかった」

「本当にいいんですか?」

「あがり症ならしょうがねえだろ。僕が見た限りだと、あの2人をどうにか仲直りさせられそうなのは、桜子しかいないと思う。会場の中じゃなくても、桜子にできることはあるはずだ」

「会場の中じゃなくても……できること」


 サポーターを欠いたまま優勝を狙うのは厳しい。


 何だかんだで個人戦でも1人で戦っていたわけじゃないし、仕事上の夫婦となっている伊織と千尋を繋ぎ止める存在が必要となるわけだが、僕にはそれができなかった。


 だが桜子なら、的確な視点を持ち、人と人の仲を取り持つことができる彼女なら、この窮地を乗り越えられると僕の勘が教えている。このまま口も利かない状態では実にまずい。2人の中が悪くなった原因は桜子だ。会場の外でもいい。2人を繋ぎ止めてほしい。


 ――ていうかこれ、かなりまずくないか?


 今年のコーヒーイベントにも多くの人が集まる。これから目指そうとしている舞台は、桜子が最も苦手とする条件と言っても過言ではない。かつての日本人恐怖症とは、違った意味で困難なものであることは理解できるが、恥ずかしいなんてもはや当たり前のことで、これは恥に対する考え方を変えてやれば解消できるかもしれない。とにかく、今は僕よりも伊織と千尋のメンタルサポートをお願いしたいところだ。


 夕食を終え、練習を終えてから再びホテルに戻り、ベッドに横たわった。


 練習中も伊織と千尋は口を利かなかった。こういう複雑な時の対処法を僕は知らない。


 自分と他人の関係はある程度考えてきたが、他人同士の関係は全く重視してこなかった。


 桜子は今日のことを何度も振り返っては、自責の念に囚われている。とても人のことを考えられるような状態ではなかった。改めて思う。これがチーム戦の難しさであり、奥深さであると思い知らされた。


 本当のピンチとは今のような状況ではなかろうかと考え、眠りに就いた。

読んでいただきありがとうございます。

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