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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第12章 グランドスラム編
291/500

291杯目「改革の幕開け」

 9月中旬、今年も東京でアジア最大のコーヒーイベントが開催された。


 結局、伊織はJAC(ジャック)では予選を突破したものの、コーヒーイベント前に行われた本戦で敗退してしまい、ここで決勝前に穂岐山珈琲のバリスタに破れた。


 このコーヒーイベントではJBrC(ジェイブルク)決勝に参加する千尋のサポーターとして赴いたわけだが、前回大会では逆の立場で参加者とサポーターを務めていた2人だ。思うこともあるだろう。


 僕はJCC(ジェイシーシー)の前回大会チャンピオンとして今回のJCC(ジェイシーシー)チャンピオンに優勝トロフィーを渡す予定である。だが前回大会は妙にタイミングが良すぎた。


 まさかとは思うが、一応聞いてみるか。


 ――大会1日目――


 各バリスタ競技会の予選を勝ち抜いてきた猛者たちがこの場所に集結する。


 柚子にマスター代理を任せ、スタッフの不足はリサたちで補った。今回柚子は不参加となった。先に岐阜を出た千尋を追うように東京の会場へと赴くため、朝早くからレンタカーに乗り、午前9時までには日本橋に着いた。運転は美羽が担当してくれた。マジで社長らしくなってきたな。


 伊織と千尋が会場の中へと駆け込んでいくと、僕は美羽と各ブースを回ることに。


 早速隣で一緒に歩いている美羽に話しかけた。


「なあ美羽、前回大会のJCC(ジェイシーシー)といい、僕が初めて出た時のJCIGSC(ジェイシグス)JBrC(ジェイブルク)といい、なんかタイミング良すぎないか?」

「ふふっ、やっぱバレてたか。今だから言える話なんだけどね、新しく作ったバリスタ競技会は、どれもあず君を世界大会に参加させるチャンスを与えるために、お父さんが身を粉にして協会に働きかけて実現させたことなの。バリスタオリンピック選考会もお父さんが日本からもバリスタを送り出そうと何度も協会に打診して、やっとの思いで始めることができたの。あず君が書類選考を不当に落とされた時は誰よりも落ち込んでた。あず君がもう参加しなくなるんじゃないかってね。国内予選はバリスタオリンピック選考会と、JBC(ジェイビーシー)JSC(ジャスク)しかなかったでしょ。もし世界に通用するバリスタが国内から現れたら他の競技会も解禁するようにお父さんが会長に言ってたの。でもそんな人は現れなかった。あず君がWBC(ダブリュービーシー)で優勝するまではね」

「僕は穂岐山社長の手の平の上で踊らされていたわけか」

「相変わらず捻くれてるね。あの半年後にJLAC(ジェイラック)が始まったでしょ。あれはあず君が結果を残したお陰で解禁された初めての競技会なの。日本のバリスタが世界に通用することをあず君が証明してくれた。それで協会の人たちも手の平を返したわけ」

「僕の人生を変えたあのWBC(ダブリュービーシー)には日本のコーヒー業界の運命も懸かっていたわけだ。全然知らなかった。穂岐山社長には一生頭が上がらないかもな」

「当然でしょ。どれだけ優れた実力を持っていたとしても、国内予選がなかったら世界大会に出られないんだから。才能がある者にはチャンスを与えるべきだ。それがお父さんの口癖だった。海外の国内予選はほとんどの場合、限られた人しか出られない。でも日本の国内予選は参加者を1人でも多く募るために参加者枠を広く設けてるの。でもみんなはコーヒーには興味を持つことはあっても、コーヒーの知識を武器に戦おうとまでは思わなかった。あず君はお父さんの救世主なの」


 頭が上がらないのは相手も同じか。こういうのをお互い様って言うんだよな。


 美羽が定期的に自営業時代のうちに来ていたのも、僕と一緒にパナマに渡ったのも、穂岐山社長が僕の行動を観察するよう美羽に懇願していたからだった。


 思った以上に頭の良い連中だよ全く。この親子の目には僕という存在がさぞ偉大なピエロに見えたことだろう。何だかんだで最もコーヒー業界の地位を上げることに貢献したのは穂岐山社長だった。


 勝ったというよりは、勝たせてもらった感覚だ。


「穂岐山社長はもっと評価されるべきだな」

「そうだね。お父さんが何であず君のことを買ってたか、分かる?」

「――実績とか?」

「それもあるけど、1番の理由はね、相手によって態度を変えないところ。誰が相手でも一貫しているところを気に入ったみたいなの。本当にお父さんらしいというか、お父さんもあず君みたいに曲がったところが嫌いなの。だから不正を裁くのがとても迅速だった。信頼には足る人だと思うよ」

「同感だな」

「あず君には感謝してるの。プロ契約制度のお陰でバリスタの地位は以前より向上して、何より穂岐山珈琲を救ってくれた。それが嬉しいの。機会があればまたバリスタ競技会に参加するって、あず君が声明を発表した時はホッとしたなー」


 美羽の太陽のように輝く笑顔に僕は魅了された。


 それは心からの感謝以外の何ものでなかった。


 察するのは苦手だけど、こういうのがちゃんと分かるようになってきたあたり、単に対人経験が足りなかっただけなのかもしれない。苦手と言えるほど、ロクに人づき合いとかしてこなかったわけだし、もっと人と向き合う勇気があれば……どんなに良かったか。


 自分が恵まれていることに気づくのは本当に大変だ。誰かと比較するとかじゃなく、自分にとって今の自分を素直にどう思うかという話だ。今幸せだと言えることが、幸福な生き方なのだ。


 僕はこの世で最も幸せな人間だ。自分のためだけに生きていたはずが、いつの間にか感謝される存在になっていたことを今更ながら知った。ずっと希望がないと本気で思っていた。だがそれは僕自身が希望となり、誰かを照らせる立場であることの裏返しだった。


 ――太陽は自らの輝きを知らないのだ。


 3日間続くこのコーヒーイベントでは、毎回ドラマが生まれる。


 大会に参加することは人生というドラマを創る作業でもあるのだ。何もしないよりかは、たとえつまらない部分があっても、痛みを伴うものであっても、何かに参加し続ける方がずっといい。


 そんなことを考えていると、サポーターの仕事を終えた伊織が戻ってくる。


 まるで子猫のように僕の隣に座ると、ミニスカートの上に両手を置いた。


「千尋はどんな様子だった?」

「特に問題ないです。ただ、千尋君以外のファイナリストが全員穂岐山珈琲所属のバリスタなんです」

「確か根本はJBC(ジェイビーシー)JBrC(ジェイブルク)の2つで決勝進出を決めてたな」

「根本さんだけじゃないです。育成部の人の何人かは複数のバリスタ競技会の予選を突破しています。どうしてこんなに変わったんでしょうね」

「穂岐山珈琲はあの一件以来、バリスタへの規制を全部解除した。お陰でコーヒー豆も食材も全部自分で選べるようになった。もう他のバリスタの開発したコーヒーをプレゼンしなくてもよくなって才能が開花したわけだ。穂岐山社長がお礼を言ってたな。社内の理不尽を取り除いてくれたお陰だって」

「穂岐山社長の会社なのに、どうして今までは自分で方針を決められなかったんですか?」

「穂岐山珈琲は社長1人で全部の方針を決められる企業じゃない。あれだけ大きな会社を回すには相当な経費がかかるし、そのためにはスポンサーが必要だ。昔は多額の資金提供と引き換えに方針に口出しする権利を貰ったり、身内のコネ採用を要求するようなスポンサーがいた」


 バリスタオリンピック2019ウィーン大会後のことだった。


 穂岐山珈琲はバリスタが使うコーヒー豆や食材に加え、プレゼンの内容も縛らないことを決定した。昔の穂岐山珈琲はバリスタ競技会で使うコーヒー豆と食材を会社が決めていたが、松野がいた時にコーヒー豆と食材が規制解除になり、今回からはプレゼン内容も全部自分で決められるようになった。根本が会社の方針に反して自分の決めた食材のみを使い、準決勝進出を決めたことが決定打になった。


 あれで負けていれば首が飛んでいただろう。


 根本は後輩が被るはずだった苦労を自分の代で終わらせた。


 ポテンシャルは高い連中だ。それを下手に大人の事情で規制しまくっていたのが、穂岐山珈琲の明確な敗因となっていたが、今はもうそんな縛りはない。


「つまり、今までのスポンサーたちは個人戦をチーム戦でやろうとして失敗していたってことですね。自分が開発した作品を使えないのは辛いですね。それでしたら、その人じゃなくてもいい気がします」

「スポンサーがいなくなって、しばらく資金不足に陥っていたけど、プロ契約制度を確立したことで多くの有望なバリスタが集まってくれたし、所属バリスタのアイドル化にも成功したお陰で持ち直せた」

「穂岐山珈琲には保守派の役員がいたんだけど、お父さんが思い切って全員を降格処分にしたの」

「それはまた大胆だな」

「あず君言ってたでしょ。変化の激しい時代に、保守派が決定権を持つのはナンセンスだって。それにこの改革は、村瀬グループが保守派を全員クビにして経営が持ち直した前例のお陰でもあるの。穂岐山珈琲も例に漏れず、前例がないと動かないから……はぁ~」


 美羽が呆れるようにため息を吐いた。


 旧態依然とした日本の企業に苦労させられてきたのは、この親子も同じのようだ。


 シンパシーを感じるように僕もため息を吐いた。もはや保守派というだけで無能と言われる時代なのかもしれない。いかに変化を恐れない人材を確保できるかが、今後の採用の鍵を握っている気がする。


 午前10時を回ったあたりで千尋の競技が始まった。


 シグネチャーがない分、抽出技術が純粋に求められる。周囲をあっと言わせるほどのシグネチャーを作ってきた千尋には不利な競技だが、穂岐山珈琲勢を相手にどれほど奮闘できるかが見ものだ。ていうか千尋の名前が早く発表された瞬間に穂岐山珈琲勢の優勝が決まるんだよな。


 うちも大手の一角だが、流石に最大手である穂岐山珈琲の人材調達能力の前には歯が立たない。才能を見抜いた後はひたすら余暇を与えるだけでいい。それが天才の育て方ってやつだ。


 伊織に対する育て方が、みんなにも普及したわけだ。


 育て方に正解はない。だがほとんどの場合において育成失敗の最大要因が過干渉であるのは確かだ。僕の育成プランは、この失敗の原因を可能な限り取り除いたというだけで、決して誰にでも当てはまるものでもなければ、絶対に失敗しないとも限らない。だが育成失敗の確率を下げることはできる。


 統計で言えば、最も育成失敗に陥りやすいのが長子だ。


 1番最初に生まれてくる子供は、どうしても手探りで育てることになるし、長子に過干渉で育てる家庭は今でも少なくないが、過程を誤れば家庭崩壊まであるから本当に笑えない。育成失敗しても人生は続いていく。ほとんどの場合、それが悲惨な方向へと転がってしまう。


 世の中には数多くの責任というものがあるが、最も重い責任は育成責任だろう。


 日本の保護者的立場の人は、育成というものを重視するべきだ。全てを学校に任せるのは、ある意味育成というものを軽視している。どんなことをどんな目的で教えられているのかを知ってもなお同じ決断ができるのだろうか。愛弟子たちを見る度に、そんなことを考えさせられる。


「千尋君のプレゼン、どうですか?」

「プレゼン自体は問題ない。例年通りなら優勝だろうな」

「でも……今年からは事情が違うんですよね」

「みんなやっと本来の力を出せるようになった。こういうのがいいんだよ。誰が勝つか分からない環境の方がワクワクする」

「その分優勝しにくくなると思いますけど」

「それでいいんだ。優勝しにくいってことは、優勝の価値が上がるってことだ。今まで以上に優勝の価値が高い環境下で勝負ができるんだぞ」

「あず君はバリスタ競技会のレベルを引き上げすぎな気がします」

「伊織、不安になるのも分からなくはないけど、今後バリスタ競技会で優勝できた奴は一生飯を食うのに困らないと思うぞ。今はそういう時代だ。一度でも優勝すれば、世間が放っておかない。動画投稿を始めれば、ファンが挙って投げ銭をしてくれるし、本を書けばファンが買い漁りにやってくる。影響力さえ身につければ生きていける時代だ」


 僕がにっこり笑うと、伊織は明かりのような笑顔を取り戻した。


 100人のファンがいれば飯を食っていけるし、1万人いれば怖いものなしだ。


 自分の意思を貫いていけば、必ず共感する者が現れることを知った。頭ごなしに反対するだけの人ばかりじゃない。経済力よりも影響力が物を言う時代は既に昭和が終わったことを証明していた。昭和時代が良かったと思う者も少なくないが、僕に言わせりゃ、あの時代は出世と拝金以外の全てが否定された暗黒時代だ。自分がやりたいことよりも、とにかく安定した就職が求められた。


 僕とて最初は出世に囚われた。そうでもしない限り、世間を見返すことはできなかった。世間を見返さないと、個性を持っちゃいけない社会なんてクソくらえだ。


 だが安定なんてどこにもないことに、みんな気づきつつある。安定がないなら、やりたいことを優先すると言える者が徐々に増えてきた。これは実に好ましい傾向だ。壮大な暇潰しにつき合ってくれる人は必ずいる。真実と信念の勝利と言えよう。夢に反対する人がみんな馬鹿に見えてくる。


「ふぅ~。やっと終わった」

「まるで1時間競技やってた人みたいに見えるぞ」

「僕にとってあの10分は1時間より長いよ。他の人は全員穂岐山珈琲の人で、今までとは格が違う。それに参加者たちの目の色が明らかに変わってるし」


 千尋も空気が入れ替わったように、雰囲気の違うこの会場に飲まれているようだ。


 こりゃ完全にプレッシャーに押し負けているな。


 千尋の言う通り、宣伝目的で参加している者はいない。予選の段階から全員優勝だけを目指して参加している。僕が知っているバリスタ競技会は、この年から姿を消した。


 バリスタという名の新しい競技だ。それもアスリートが参加する陸上競技場のような感覚で行われていることに、伊織も千尋も戸惑いと壁を感じている。


 ちょっと頑張ればすぐに飛び抜けられるような、簡単なものではなくなった。


 結局、千尋はJBrC(ジェイブルク)最終3位に終わり、銅色(あかがねいろ)のトロフィーを真顔で受け取った。伊織はJBC(ジェイビーシー)最終8位に終わり、まさかの準決勝敗退を喫してしまった。このコーヒーイベントの中で葉月珈琲勢は1人も優勝できず、史上初めてメジャー競技会国内予選の全てをプロ契約を結んだバリスタのみが制覇するという結果に終わったのだ。


 葉月珈琲は才能ある者を少数精鋭で育成する方針であるのに対し、大勢のバリスタを競技会に送り込む穂岐山珈琲を始めとした、他のコーヒー会社の方針が勝る結果となった。


 才能を押し潰していた要因を全て排除した穂岐山珈琲に死角はなかった。このままじゃ、また来年も同じ結果になる。葉月珈琲は早急な対策を迫られる形となり、ここに、穂岐山珈琲包囲網が結成されることとなった。皮肉にも僕が望んだ群雄割拠は、葉月珈琲に微笑んでくれることはなかった――。


 コーヒーイベント終了後、穂岐山珈琲本社にて、国内予選でチャンピオンに輝いた穂岐山珈琲勢を祝うための祝勝会が開かれた。僕以外の誰かのみを祝う初めての祝勝会だ。


 僕、伊織、千尋、美羽の4人でテーブル席に着いた。


 机の上にはたくさんの料理が置かれている。僕自身が出た大会じゃないし、ただ食いしに来たような気分だが、仕事の後の飯も美味いし、仕事をせずに食う飯も美味い。


「あず君が祝う側で穂岐山珈琲の祝勝会に参加するって、初めてじゃない?」

「そうだな。祝われっぱなしだった今までがおかしすぎた」

「どれくらい前から祝ってもらってるの?」

「最初に祝ってもらったのは、JBC(ジェイビーシー)で優勝した2008年だから12年連続だ」

「12年も連続で祝い続けてもらうって……化け物だよ」

「今だから言えることだけど、あの頃は高校球児の中に1人だけメジャーリーガーがいるような状況だったし、みんなあず君を目指して、ここまで必死に食らいついてきて、今になってやっと報われたって感じかな。でもみんな、まだまだ納得はしてないよ」

「何で納得しないわけ?」

「もっと上を目指したいから。それにまだ、あず君に誰1人勝ってない」

「これ以上どんな大会に出るわけ? もしかして2周目とか?」

「いや、流石に疲れるからやめとく。参加するとしたら……まだ出場したことのない大会だな」


 ただの大会荒らしが歴代最強とまで言われたのには訳がある。


 同じ大会には極力出たくなかった。そのためには一発クリアを目指す必要がある。


 それが大きなモチベーションだったし、色んな大会に出場できたことで、好奇心を保つこともできたわけだが、今にして思えば、勝つまで参加し続けることに拘る必要はなかった。


「じゃあ僕も参加しようかな」

「やられにいくようなものだよー」

「聞き捨てならないなー」

「じゃあ参加してみるか? 来年の9月までは予定が空くし」

「言うようになったね。じゃあ伊織ちゃんも一緒に参加しようよ」

「あっ、それだったら、チーム戦に出てみない?」

「「「チーム戦?」」」


 美羽からパンフレットを渡された。


 僕らはそれぞれのスマホを使い、パンフレットに記載されているQRコードを読み取った。


 ワールドバリスタチームチャンピオンシップ、略してWBTC(ワブトック)のホームページへと移った。この大会が来年から毎年アメリカで開催されることが決まったのだ。3人1組のバリスタチームを作り、それぞれが最高のコーヒーを淹れ、総合スコアで優勝を争うという画期的なものだった。


「来年の3月開催ですか」

「あず君と対戦できないのはどうかと思うけど、僕は別に構わないよ」

「あず君が相手の時は絶望感すらありますけど、あず君と同じチームになれるのは心強いですね」

「味方になった時のあず君ほど、頼もしい存在はいないからねぇ~」

「私も出ます。優勝目指しましょうよ」

「えっ、準決勝で消えたばっかなのに大丈夫なのぉ~?」


 千尋がからかうような笑顔で伊織を問い質した。


 無論、嫌がらせで言っているわけではないことくらい分かる。


「だっ、大丈夫ですからっ!」

「出るからには優勝を目指す。あず君を手ぶらで帰したら許さないよ」


 さっきまで余裕をかましていた笑顔がなくなった。


 彼は僕に勝ちたいと思う一方で恐れている。僕がバリスタ競技会で膝をつくことを。


「そんなこと……絶対にさせません。負ける屈辱を味わうのは……()()()だけで十分ですから。そうですよね?」

「分かってるじゃん」


 千尋がさっきまでの呑気な顔つきに戻った。ホントこの2人は仲が良いんだか悪いんだか。


 伊織も千尋も度々笑顔で微笑む松野たちに対して羨望の眼差しを向けている。根本はJBrC(ジェイブルク)JBC(ジェイビーシー)で二冠を達成した。メジャー競技会の国内予選を複数同時に制覇したのは史上初の快挙である。JBC(ジェイビーシー)での結果発表では千尋が根本に優勝トロフィーを渡すという屈辱的なフィナーレを迎えた。本当は伊織に優勝トロフィーを渡したかっただろう。


 JCC(ジェイシーシー)の優勝トロフィーは僕の手から松野の手に渡ることに。


 それはまるで、葉月珈琲という王朝が既に終わりを告げたかのような光景だった。

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