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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第12章 グランドスラム編
289/500

289杯目「栄枯盛衰」

 8月がやってくると、穂岐山珈琲の急速な成長に、僕らは焦りを感じていた。


 バリスタ競技会のレベルが上がったのはいいが、かえって自分の首を絞めてしまった。僕が使ってきた食材やプレゼンの手法なども全て研究され、今やみんなに共有されるものとなった。


 つまり、僕のデータを才能ある者たちに提供していった結果が今というわけだが、ここから先の環境は本当に分からない。うちの本店からは伊織と千尋が無事に予選突破を果たした。


 僕も一緒に手探りで環境調査をしに行くか。サポーターも本気でやろう。


「なるほど、あず君も大変だったね」


 久しぶりに金華珈琲のマスターに今までの報告をしに赴いた。


 真夏の岐阜は炎天下そのものだ。道を歩くだけで本当にきついものがある。もしサラリーマンになっていたら、間違いなく1年目の夏場で力尽きていただろう。適性のない職業には就くものじゃないな。そんなことを考えながら、目の前に置かれたエスプレッソを飲んだ。昔から変わらぬこの味。ゲイシャを取り入れてもなお、このブルーマウンテンの仕入れも欠かせない。


「全くだ。でも……面白くなってきた」

「聞いたよ。JBC(ジェイビーシー)で伊織ちゃん以外みんな予選で落ちたって」

「情報が早いな」

「商店街の周辺で起きたことはすぐ噂になりますし、今じゃみんなジャパンスペシャルティコーヒー協会のホームページを見るようになりましたから」


 椿が解説をしてくれた。その後ろからは花音が顔を覗かせている。


「あっ、あず君、グランドスラムおめでとう。連日ニュースになってたよ」

「ありがとう。お陰でバリスタ競技会から解放されて、殿堂入りした気分だ」

「殿堂入りとは言ったものだね。確かにあず君からすれば、もうメジャー競技会に参加する意味もなくなっちゃったし、今後はどうするつもりなのかな?」

「今後は経営に専念しながらマイナー競技会に参加しようと思ってる」

「まだ出続けるんだ」

「大会に出ること自体が恒例行事になってるし、このルーティンでいかないと落ち着かないというか、まだまだ引退するような年じゃないって思ってさ、飽きるまではやり続ける」


 マスターたちの前で引き続き大会に出続ける宣言をする。


 これじゃ物足りないと心が叫んでいる。でもシグネチャー込みの大会は避けるようにしたい。今は純粋にコーヒーを楽しみたいし、シグネチャーの開発はほとんど千尋に任せてしまっている。


 今千尋と勝負しても勝てる気がしない。アイデア勝負にかけては。


「うちにも大勢お客さんがやってきて、あず君がよく来ていたお店として評判だったの」

「そうそう。とっても賑やかだったよー」


 何かを誤魔化すようにしながら椿が言った。


 言っている台詞とは対照的に、誰かに置いて行かれたかのように顔が寂しそうにしている。花音も同じ表情だ。彼女は思ったことがすぐ顔に表れる。そこが可愛いところでもあるが。


 店内を見渡してみると、客は数えるほどしかいなかった。さっきの言葉が嘘のようだ。


「本当に?」

「う……うん。本当だよ」

「何か隠してることがあるなら言ってみろ」

「あれっ、まだ話してなかったの?」

「は、はい……えっと……その……」

「――実は今年限りで、金華珈琲を閉店することになったんだよ」

「えっ……」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。頭を殴られたような衝撃だ。


 ――金華珈琲が閉店? どういうことだ? 今は客がいない。


 だが平日のカフェならよくある話だろうと反射的に思ってしまった。


「ご覧の通り、お客さんはほとんど全員が真向かいの葉月ローストに吸い取られちゃいました」

「あぁ~、そういうことか」

「いつかこの時が来るとは思ってたけど、もうここまでだよ。周吾さんが始めたこのお店も遂に終止符を打つ時だね。ずっと昭和風レトロカフェとしてやってきたつもりだったけど……時代の流れなのかな。最近はブルーマウンテンも売れなくなっちゃってね」

「マスターはどうすんの?」

「だから僕、来年からは葉月ローストで働くことになったんだよ。和人さんからうちで働かないかって言われてさ、それでお店を閉めることが決まったんだ。まさか昔雇っていた相手に雇われることになるなんて思ってもみなかったよ。もうマスターじゃないから、今後は名前で呼んでね」

「……お、おう」


 成り行きのままに頷いた。慶さんは羨ましそうな目つきで窓越しに向かい側のうちの実家を見た。


 ――これが栄枯盛衰か。栄えるカフェもあれば衰退するカフェもある。


 葉月商店街はバリスタオリンピック東京大会を皮切りにカフェの激戦区と化した。それは金華珈琲をも巻き込んでしまうほどであった。これが本当に僕が目指した世界なんだろうかと、ここにきて初めて自らの決断を疑った。金華珈琲はここのマスターである慶さんの実家でもあるため、おじいちゃんとの思い出を大切にする意味で、店の中は改装することもなく保存するようだが、何だか寂しくなるな。


 時代の変化とは、時に残酷なものだ。


 古き良きものまで、消し去ってしまうこともある。それほど僕にとっては思い出深い場所だ。おじいちゃんの実家だった数少ない場所として、慶さんは僕らに配慮してくれているようにも思えた。


「あー、でもうちに来たい時は飲みに来てもいいよ。身内を連れてきてもいい。葉月ローストがお休みの月曜日だったら、いつでもここでのんびりテレビを見てるからさ」

「良心的じゃねえか」

「あず君、大事なこと忘れてませんか?」

「どしたの?」

「金華珈琲がなくなるということは、私たちもクビってことですよ」

「あぁ~、なるほどねぇ~」

「納得されても困るんですけど。美羽さんから聞いてないんですか?」

「何の話?」


 僕の言葉に対して2人は萎れた草のように肩を落とした。まるで新喜劇でも見ているようだ。


「私たちも葉月珈琲に転職することになったんです」

「転職……じゃあまさか」

「はい。私たち2人が、吉樹さんと美羽さんの後釜です」

「それはいいけど、焙煎はできるのか?」

「私たちは焙煎とかできませんけど、柚子さんと入れ替わりでやってくるもう1人のバリスタが葉月珈琲で焙煎をすることになってるって、美羽さんが言ってましたよ」

「そいつは楽しみだ。2人は実績あるの?」

「一応椿ちゃんはJLAC(ジェイラック)決勝2回、JCIGSC(ジェイシグス)決勝1回、JBrC(ジェイブルク)決勝1回で、花音ちゃんはJBC(ジェイビーシー)準決勝3回、JCTC(ジェイクトック)準決勝2回、JLAC(ジェイラック)準決勝2回だから、実績は十分だと思うよ」


 いつの間にかたくさんの大会に出ていた。


 一度に複数の大会に挑み、そのどれかで準決勝や決勝への進出を決めている。


 こんな才能が開花したのは環境的影響だろうか。


 しかも今回のJBrC(ジェイブルク)には椿が、JLAC(ジェイラック)には花音が参加しているのだ。ここに、金華珈琲最後の戦いが始まろうとしていた。聞けば2人は葉月商店街での生き残りを懸けて金華珈琲からエントリーしていたが、先に金華珈琲の閉店が決定してしまったのは残念だ。


 実績を残せば生き残れると信じていたのにこの有様か。


 美羽がこの2人に同情して、うちに引き入れたのが目に浮かぶ。


「慶さんって、教えるのがとてもうまいんですよ」

「そうそう。私でもすぐに習得できちゃったくらいだし」

「慶さんの実績って、どんなんだっけ?」

JCTC(ジェイクトック)準決勝3回、JCRC(ジェイクロック)決勝2回。葉月珈琲に転職できるくらいの実績はあると思うよ」

「確かJCTC(ジェイクトック)であず君と当たったんですよね?」

「そうなんだよねー。あの時は誰よりも早く競技を終えたあず君の涼しい顔を見て敗北を確信したよ。何せグランドスラムを達成するような大物だからね……周吾さんもきっと喜んでるよ」


 少し高い位置にみんなのトロフィーが聳え立つように飾られており、1番右側には、左からおじいちゃん、慶さん、親父、お袋の順番で、4人の若い頃の写真の入った額縁が斜めに立っていた。


 親父はおじいちゃんによく似ている。おじいちゃんの髪型は時代を先取りするかのように、どこか女子っぽい風貌と長髪だ。この髪型はおじいちゃんに似たな。


 お袋の若い頃の顔は僕と璃子にそっくりだ。席から立ち上がり、僕ですら知らなかった写真に近づいたままジッと眺めていると、慶さんが静かに写真を眺めながら歩み寄ってくる。


「やっぱり陽子ちゃんにそっくりだねー」

「璃子の方が似てるけどな」

「和人さんに陽子ちゃんを紹介したのは僕なんだよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。周吾さんから和人さんのお見合い相手を探すように言われて、それで紹介した相手が偶然にもお互いに幼い頃からのつき合いである陽子ちゃんだった。2人共惹かれ合っていたのに、陽子ちゃんがお見合いがあるからっていう理由で和人さんと距離を置いて、それからしばらくはお互いに会おうとはしなかったんだけど、まさかお見合いの場で再会するとは思わなかっただろうね」

「それ、凄く素敵な話じゃないですか」

「まさに運命の2人ですね」

「そうだね……」


 慶さんは頷きながらも、若い頃のお袋から目を離そうとはしなかった。


「もしかして、お袋とつき合っていたとか?」

「えっ、何で分かったの?」

「顔が言ってた」

「はははははっ! あず君には敵わないなー。昔はあんなに察するのが下手だったのに」

「長年の人間観察の成果かな。バリスタ競技会を通して世界中の連中に出会ってきた」

「人生経験の濃さが短所をも克服させたんだろうね。陽子ちゃんとは一時期つき合ってたけど、それは和人さんを誘い出すための陽子ちゃんの作戦で、実際はつき合っているふりだったんだよ。僕の本当の気持ちも知らずにね。あっ、このことは内緒だよ」

「まあいいけどさ、お袋も鈍感だよな」

「あず君が同級生たちの気持ちに気づく素振りすら見せなかった時、流石は陽子ちゃんの子供だなって思ったよ。素っ気ないところとかそっくりだし」


 クスッと笑いながら慶さんが言った。複雑な関係だったのかよ。


 僕とて直接好きだと言われるまで相手の気持ちなんて分からなかった。これはお袋譲りだったのか。みんなは僕の鈍感さに人知れず傷ついていたのかもしれない。


 そんな想いを内に秘め、僕は椿と花音を応援することを告げて帰宅するのだった。


 1週間後――。


 葉月商店街では、毎年恒例の夏祭りが行われた。


 もう世界大会を気にすることがなくなった僕は、気兼ねなく身内と共に参加した。


 子供たちも夏祭りを楽しんでくれている。夏祭りは午後6時から始まり、葉月商店街の内外には屋台が立ち並んでいる。川の向こう岸からは毎年花火が見られるが、より見えやすい場所を確保するべく、今回は商店街にある知り合いの家の屋上に上らせてもらうことに。


 花火の時間がやってくるまでは子供たちと遊んでいた。金魚すくいに射的に輪投げ、いつもなら幼稚と笑っていたはずのゲームを何も気にせず没頭してしまった。たまにやると案外楽しめるんだよな。


「あず君久しぶり」

「あっ、皆さん。お久しぶりです」


 唯が振られ組四天王と挨拶を交わした。小夜子、美咲、香織、紗綾の4人が和服姿で僕らを迎え入れてくれた。綿飴やビニール袋に入った金魚などを持ち歩いている。大人になっても全然変わらないな。


「あず君が夏祭りに参加したのって、久しぶりじゃない?」

「うんうん。確かにそうかもね。ラテアート描いてたよね。小学生以来かな」

「小学生以来ってことは……あれからもう20年経ってるってことだよね」

「うわ……時間の流れって早いねー」

「おばちゃんたちはお父さんの知り合い?」

「「「「ぐさっ!」」」」


 紫が声をかけると、4人が一斉に刃物で刺されたかのような顔で倒れかけた。


 子供は正直だな。みんな今年が終われば、もう立派な30歳(みそじ)である。年相応が求められるようになってくる年代だ。平成生まれも、もう若くないのだと実感した。


「お姉ちゃん、この人たちはメンタルが弱いみたいだから、お姉さんって呼んだ方がいいと思うよ」


 雅が彼女らの気持ちを察したのか、紫に呼び名を訂正するよう進言する。


「ふーん、分かった。お姉さんたちはお父さんの知り合い?」

「そうだよ。君のお父さんの元同級生で、とっても仲良しなの」

「へぇ~。お姉さんって何歳なの?」

「さ……30歳だよ」

「お父さん、晩御飯は?」

「ここにあるのが夕食だ。好きなものを食べていいから買ってこい」

「「うんっ!」」


 ていうか何で年齢聞いたんだろ。子供の思考回路はよく分からない。2枚の1万円札を紫と雅に1枚ずつ渡すと、2人はそれを財布の中に入れ、唯の腕を引っ張りながら群衆の中へと消えていった。


 呆然と僕らを見ている4人の目が点になっている。信じられない光景でも見ているようだ。


「どうかした?」

「いや、1万円を子供にポンッと渡せるなんて、なんか凄いなって」

「子供の内からお金の使い方を教えておかないとな」

「使い方は子供任せなんだ」

「自分で使って自分に投資する。これを意識してできるかどうかはでかい。普段から外食する時はなるべく食べたことのない料理を食べるように言ってるけど、無駄遣いしないようにとは言ったことがないんだよなー。下手に貯金する癖がついたら、自己投資しなくなるからな」

「確かにみんなすぐに全部使っちゃう勢いだったね」

「唯ちゃんが羨ましいなー。あたしも早く相手を見つけて幸せになりたい」

「楽な生活をしてるわけじゃねえぞ。共同生活をしながら家事に子育てをするのは大変だってことがよく分かった。無理をしてまで、結婚や出産をしろとは言わない。結婚にも向き不向きってもんがある」

「あず君は大人だねー。成功者の余裕って感じ」

「そうそう。いつの間にかみんなのことを考えられる大人になってるけど、それは余裕のある人間の考え方だよ。あたしたちは子供に満足な投資できるかって言われると、だいぶ怪しいから」


 香織が何かを諦めたかのように言った。ちゃんと給料やってるはずなんだけどな。


 小さい頃からお金の教育をしないとこうなるのか。貧困の原因はいらないものにお金を使いすぎるからである。小さい頃に無駄遣いの経験をしておけば、いるものといらないものが分かるようになるはずなんだけどな。やはり人生において経験とは宝である。


 4人共それぞれの店舗のマスターになったのに、それでも相手がいないってことは、原因は恐らく年齢ってとこだな。柚子が言った通りにならなければいいが。


 ――そうだ。せっかくうちに柚子がいるんだし、柚子の計画のことを教えておくか。


「へぇ~、柚子さん、仲人バリスタっていうのを目指すんだ」

「店名も決まってる。うちの傘下だから必ず葉月の名前を入れるのが条件になっちゃうけど、マリッジカフェって、なんか自分に嘘を吐いているような店名だから複雑だ」

「柚子さんがマスターなんだし、別にいいじゃん」

「結婚相談所とカフェを両立するなんてねー。今流行りの二刀流だね」

「小夜子って野球好きだっけ?」

「一応毎シーズン見てるよ。どこのチームとかじゃなくて、特定の選手の応援だけどね」

「でもああいう人って一握りだよね?」

「職業別だとそうでもないぞ。何年か後には色んなスキルを組み合わせて複数の職業で稼ぐのが当たり前になってると思うし、マルチスキルを身につけて稼ぐ人と全く稼げない人の二極化が進むだろうな。良くも悪くも努力が反映されやすくなるし、新人だからという理由で、不当に給料を安くされなくなるってわけだ。僕はそういう社会を目指してる」


 4人の表情が芳しくない。何故みんな淘汰される側前提で考えるんだろうか。


「あたしたちはもう30歳だよ。今からスキルを身につけるって言っても、どうすんの?」

「仕事時間と睡眠時間が16時間として、残り8時間の生活時間の中から1分でも多く学習の時間に充てればいい。それができない人は専業主婦になるか生活保護を受けるしかなくなるぞ。大人こそ学習が必要だし、変化の激しい今の時代は学習し続けないとあっという間に時代遅れの貧乏になる。レールは守ってはくれないぞ。自分を守れるのは自分だけだ。葉月珈琲だって絶対に潰れない保障はない。独立する人がいるなら応援するし、いつ店が潰れてもいいようにマルチスキルを習得させるようにしてる。そうすればうちを離れても生きていけるからな」

「だからおじさんたち、私たちに色んなことをさせてたんだ」

「僕が指示した。どこの店でもマスターは他のスタッフに特技を身につけさせる義務を負わせた。苦手なことはやらなくてもいいけど、得意分野を開拓していく必要はある」

「ふふっ、そういうところは全然変わらないねー」


 香織が僕の腕に掴みかかってくる。それを見た他の3人が目を細めながら香織を僕から引き離した。


「ちょっ、ちょっと、何なの?」

「あず君には唯ちゃんがいるんだよ。スキャンダルにでもなったらどうするの?」

「そうだよ。あず君くらいになると、当たり前のように写真に撮られたりするんだよ」

「ごめん。あず君に会えただけで、凄く嬉しくなって……つい」

「気にすんなって。僕は誰のものでもないぞ」

「あず君はみんなの共有財産だもんね」


 いやいや、そういう意味で言ったんじゃねえぞ。


 共有財産だというなら、僕のプロフィールくらい知っていてほしいな。


 桜の花に桜色のデザインが施された和服は誕生日に唯からプレゼントされたものだ。ちゃんと僕の趣味を分かっているようで何よりだ。男だからという理由で、青や黒のデザインが施されたプレゼントを贈られることがよくあったが、これも誕生日に身内以外からプレゼントを貰いたくない理由の1つだ。男はピンクを好きになるなという社会からの圧力のように感じる。香織は安易に僕に近づけなくなったことを不憫に思い、顔を夜空に向けた。こいつらはさっさと相手を見つけた方が良い薬になりそうだ。


「ねえ、そろそろ花火の時間じゃない?」

「そうだね。でもここからじゃ見れないよ」

「商店街の屋上からだったら花火が見れる。一緒に来るか?」

「えっ、いいの?」

「うん。一応僕、葉月商店街の会長だから」

「へぇ~。ホントに偉くなったね」

「偉くなったんじゃねえよ。有名になった分責任が重くなっただけだ。今は本当に言いたいことほど、遠回しに伝えないといけなくなった」


 そんな話をしながら商店街の会長室がある建物から更に階段で上に上がると、商店街の屋根がズラリと並んだ光景が見えた。屋上では唯たちが既に待っていた。


 子供たちは屋台で買った飯をムシャムシャと食べ始めている。屋上で花見でもしているかのようだ。


「おっ、全員揃ったな」

「お世話になります」


 小夜子が4人組を代表して親父と挨拶を交わした。みんな飲み始めていて伊織や千尋の姿まである。


 千尋は先月に20歳(はたち)を迎え、日本でも堂々と酒を飲むようになった。伊織は嗜むくらいだと思っていたが、いつもより飲む量が多いようだ。最後の晩餐を過ごしているかのようにも見える。


 葉月商店街は随分と変わった。シャッター街と呼ばれていたあの頃が懐かしい。今ではシャッターが見当たらない。みんなの努力の甲斐もあって、無事に復興することができた。これは本当に感動的だ。


 感傷に浸っていると、一発目の花火が上がり始めた。

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