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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第12章 グランドスラム編
286/500

286杯目「頂点の先にあるもの」

 このコーヒーイベントはまだ終わっちゃいない。


 もう1人勝つべき存在がいる。僕がグランドスラムを達成してから少しばかりの時間が経った。僕の耳を擽るように、まだどよめきの声が聞こえてくるが、そんなものは気にならなかった。


 親父とお袋も、その足で僕の元にツカツカと歩いてくる。


 足元を見て見れば、以前より高い靴を履くようになっていた。かつては僕の生き方と子育て方針の摩擦で何度も喧嘩になったが、実績を認められてからは頼りになる味方となった。


「まさか本当にやっちまうとはな」

「本当に凄い子になったねー。昔は近所の人に噂されるのが凄く恥ずかしかったけど、今では自慢の我が子ですって、胸張って言えちゃうくらいだもん」

「噂なんて気にするから恥ずかしいんだ。そんなことで一喜一憂してて、疲れないわけ?」

「そんなこと言ったら身も蓋もないでしょ。気になるものは仕方ないの」

「あず君だって、これだけ喜ばれたら嬉しいだろ?」

「それはそうだけど、僕が優勝を決めたのは人に喜ばれるためじゃない。コーヒー業界のためだ。このタイミングを逃したら、グランドスラムの達成者なんて向こう100年は出てきそうにないな。誰もやらないなら、僕がパイオニアになるって決めた」

「あず君は1人じゃ何にもできないのに、何でも1人でやったように言うよね」

「1人で達成したことじゃないけどさ、僕がやり抜いた分の比率が低いというなら、別にここにいるのが僕である必要なんてねえだろ」

「「「「「あー言えばこーゆー」」」」」

「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだね」


 僕の真後ろからクスッと笑いながら話す璃子の声が聞こえた。どこか子供っぽくて可愛い声に安心を覚えた僕は思わず後ろを振り返り、トロフィーを伊織に預けると、璃子の体に迷うことなく抱きつく。


「おっ、お兄ちゃんっ! どうしたの?」

「やっぱ璃子って柔らかいなぁ~」

「キモッ! ていうか離れてよっ!」


 僕を軽く突き飛ばし、豊満な胸を両腕で恥ずかしそうに覆っている。


 この恥ずかしがる姿も可愛い。くびれたウエストにも目を惹かれる。


「せっかく日本から優勝を祝いに来てあげたのに」

「わりいわりい。今年は例年より妹成分が足りなかったからさ」

「何……妹成分って?」


 引き攣っている顔の妹の体を再び抱いた。肩を組みながら今までの話をした。


 葉月ショコラはうまい具合に葉月珈琲を埋め尽くしていた観光客を吸収してくれた。


 本来自社の店同士を近くに置くことはNGだが、近くにいる妹にいつでも会いに行けることや、適度に客を分散し、長蛇の列を防ぐという意味では運命共同体だ。もしどちらにも行きたい客がいれば削り合いになるが、損得なしでつき合えるのが兄妹の専売特許だ。


 黒髪のポニーテールから漂う鼻のような香り、コーヒーに通じるものがある。


 まだ半年も経ってないというのに、依存していたのは僕も同じか。


「愛梨ちゃんがチョコを作ってる時、凄く幸せそうな顔をしてた。あんな表情を愛梨ちゃんを見たのは初めてだったから最初は驚いたけど、あれが本来の姿だって気づいた。お兄ちゃんが言っていた通り、本当は愛梨ちゃんも人と関わって幸せになりたいって思ってたみたいだよ」

「その方法がショコラティエか」

「たとえ面識がなかったとしても、チョコをお客さんに届けるのが、自分の想いを届けることに変わりはないよ。葉月珈琲のコーヒー豆だって、大半は通信販売かもしれないけど、それでもコーヒー農園の人たちの想いを届ける大事な作業だよ」


 璃子の言葉には感慨深いものがあった。


 たった1人では何かを成し遂げることはないと、暗に伝えてくれている。


 僕自身が1番よく分かっていることだ。自分1人の成果とは思っていない。僕が立ち上げた葉月珈琲だけじゃない。力を貸してくれた穂岐山珈琲、コーヒー農園にいる全員で成し遂げた奇跡なんだ。


 自分1人でできることなんてたかが知れている。みんな最後には背中を押してくれた。


 達成したというよりは、達成させてもらったと言った方が自然だ。


「今日は穂岐山珈琲が貸し切りにしているロッジで祝勝会があるから、お兄ちゃんも出席してよ」

「別にいいけど、オージービーフ食べたいな」

「オージービーフなら、祝勝会の時に出すよ。久しぶりだね」

「あっ、久しぶり。穂岐山社長も来てたんだ」

「穂岐山珈琲から初めてWBrC(ワブルク)の日本代表が出たからね。あず君はまだ誰も成し遂げていない偉業を達成してくれた。正直に言えば、穂岐山珈琲の代表として達成してほしかったけど、うちにいたら偉業の達成はなかったと断言できるよ」


 全てを悟ったような清々しい顔で穂岐山社長が言った。


 ここにきてようやく育成部が没個性であったことを思い知ったらしい。


 僕がそんな環境で芽を出すこともないのは言うまでもない。誰よりも多く学習してきたつもりだが、唯一学習しなかったことがある。それは諦めることだ。


 諦めることだけは……今でも知らないままだ。


 最後まで諦めなかったかどうか、この差が僕とみんなの違いだった。


 WBC(ダブリュービーシー)決勝の結果発表が行われているブースの観客席にみんなで腰かけた。司会者がようやく順位を発表し始めたところだった。


 そして――。


「今年のワールドバリスタチャンピオンシップ優勝は、日本代表、チヒロームラセー!」


 嬉しいことに、僕のグランドスラムに花を添えてくれた。


 10代でのWBC(ダブリュービーシー)優勝は2008年の僕以来、12年ぶりの快挙であった。彼にとっては10代最後の思い出を飾る優勝でもある。


 千尋は満面の笑みを浮かべながら階段状の土台に黄金のタンパーが設置された最も大きいトロフィーを受け取り、それを両手でゆっくりと天高く掲げた。千尋は1つの夢を叶え、次世代トップバリスタここにありと言わんばかりだったが、同時にホッとしたようにも見える。もしまたJBC(ジェイビーシー)からやり直しになれば次は伊織や根本と競合することにかもしれない恐怖が彼に全力を出させた。


 既に3回目の挑戦で、ようやく世界大会に参加できたのだ。


 こんなところで燻ぶっている暇などないのだ。最後に記念撮影を終えると同時に、コーヒーイベントの全日程が無事に終了し、ようやく会場から解放されたのであった。


「それじゃあみんな、あず君のWCC(ダブリューシーシー)優勝とグランドスラム達成、そして千尋君のWBC(ダブリュービーシー)優勝を祝して、乾杯!」

「「「「「カンパーイ!」」」」」


 穂岐山社長の合図で祝杯を挙げ、全員が一斉にコップを鳴らした。


 僕は真理愛が淹れてくれたアイリッシュコーヒーで祝杯を挙げ、穂岐山珈琲の連中はビールで祝杯を挙げていた。これには彼らも複雑なものがあるだろう。何なら身内の優勝よりも、葉月珈琲のバリスタの優勝を祝った回数の方が多いまである。穂岐山珈琲が借りているロッジはかなり広かった。


 総勢50人以上はいるが、これだけの人数がすっぽりと入ってしまうくらいだ。プレゼン用のステージが用意されていることからも、根本がここでプレゼンの練習していたことが窺える。遠征先の環境を整えることにおいては、穂岐山珈琲の方がずっと上だな。


 ここはうちも見習った方がいいだろう。これからは葉月珈琲から世界大会に進出する者がうじゃうじゃ出てくるだろうし、環境の変化に耐えかねて体調を崩してしまう可能性を考えれば尚更だ。


 本当の意味でバリスタへの投資を惜しまなかったのは穂岐山珈琲だ。


「さっき俊樹さんからメールが届いたんですけど、葉月商店街がとんでもないことになってるんです」

「大勢お客さんが来たんですか?」

「何でも、大手企業が挙って雑誌やテレビに、あず君や葉月珈琲を取り上げたいそうなんです」

「もしかしたらバリスタとして初めてのバラエティータレントやコメンテーターになれるかもよ」

「バラエティータレントはともかく、コメンテーターとして雑誌やテレビに載せてもらうのもいいかもしれんな。わざわざ東京に出張しなくても、リモート出演をすればそれで話ができる」

「リモート出演?」


 美羽の目が点になっている。どうやら僕の言い分が分からないらしい。


 これからの時代、多くの仕事はリモートでもできるようになる。テレビ出演は既にモニター通信で遠くから出演ができるようになっているし、無駄な移動も不要となる。センター試験も廃止され、記憶力よりも思考力が問われるようになった。少しずつではあるが、世の中は段々と変わっている。いつの間にか変わったんじゃない。その陰で人知れず世間や慣習と戦い続けた人々の隠れたドラマがあるのだ。


 もっとも、僕がテレビの御意見番になったところで、みんな僕が言っていることの半分も理解できないだろう。相川があれだけ噛み砕いた説明をしても理解できない人がいるくらいだ。SF映画で起きたことの一部が現実のものになろうとしている。就職はますます不安定になり、レールは消滅する。


 レールなんてものは最初からないのだが、人々の思い込みがその概念を作り出している。だがそれもここまでになる。やはり就職レールに乗らなくても大丈夫な人間を育てるべきだ。卒業と同時に就職できなくなった途端、今までの苦労が全て水の泡となる。学校や就職に向かなかったくらいで人生が詰むような社会からは卒業するべきだ。もっと自由に生きていいんだ。そのメッセージを伝えていきたい。コーヒーはその媒体としても僕に貢献してくれた。故に僕はコーヒー業界に恩返しがしたい。


「ふーん。あず君だったら、きっと今の世の中を変えられるかもね」

「もう変えてますよ。グランドスラムがニュースになれば、バリスタの競技人口が増えて、コーヒー業界の地位は今よりも格段に上がると思います。あず君は世の中を変えたんです」

「マイスターが言っていた通り、コーヒー業界の第一人者だね」

「コーヒー業界の第一人者か。それいいかもな」


 広いロッジのリビングの端っこでつまんなそうな顔をしている根本の姿が僕の目に映った。アイリッシュコーヒーを口に含み、メルボルンの夜空を見上げながら庭に出た。僕には彼の顔色から思っていることを読み取った。ここは本来、穂岐山珈琲勢である彼の健闘を称えるべき場所であった。


 だが彼は優勝できなかったばかりか、グランドスラムの陰に隠れる格好となってしまった。


 彼の後に続くように比較的静かな庭に出た。


「他人の優勝なんてつまんないよな?」

「それ、あなたが言うべき言葉じゃないと思いますけど」

「じゃあ何か? サブキャラになる気分はどうだって聞いた方が良かったか?」

「それもそれで気に入りませんけど、むしろその方が清々しいですよ」


 根本は僕と目も合わさず、夜空の星々を眺め続けた。


 まるで僕を直視できないようだ。だがその絶望も、やがて希望に変わるだろう。


「僕は一度制覇した大会には出ない主義だ。もうメジャー競技会に参加することはない。つまり君がこういう舞台で僕と戦うことは二度とないってわけだ。安心したか?」

「なんか勝ち逃げされた気分ですよ。僕は葉月社長を超えるバリスタになると誓って、バリスタ競技会に出場し続けてきました。でも葉月社長ばかりか、他の人にさえ勝てず、穂岐山珈琲の足を引っ張ってばかり。しかも肝心の葉月社長はメジャー競技会からは事実上の卒業、もう目指すものがなくなったような気がして、全てがどうでもよくなってきましたよ」

「足なんか引っ張ってねえだろ。あの時の根本の行動は、穂岐山珈琲の硬直しきった方針に革命をもたらした。お陰でプロ契約を結んだバリスタが誰にも邪魔されることなく自由に研究できるようになったんだ。これは紛れもなく、根本個人の功績だぞ」

「……背中を押してくれたのは葉月社長ですよ」

「誰かに背中を押されたにしても、行動するかどうかを決めるのは自分自身だ。それに僕以外にも優秀なバリスタはいくらでもいる。僕が退いた今、次の世界王者を決める戦いは、もう始まってるんだぞ」


 さっきまで星々を眺めていた根本がようやく顔を僕に向けた。ムスッとしているかと思えば、瞳の奥にはまだ希望の光があることが分かった。まだ彼の好奇心は死んじゃいない。


「僕の後釜を決める戦いの火蓋は切られた。根本はその渦中にいる。しかも世界大会経験者という有利な立ち位置でだ。僕がメジャー競技会に参加してた頃よりも格段に大会レベルが上がっている状況だ。もしそこでグランドスラムを達成すれば、僕を超えたと言っていいと思うぞ」

「……葉月さんを超えるのは無理ですよ。たとえ僕がそこに到達しても、葉月さん以来の快挙と言われ続けて、何度でも葉月さんの名前が持ち上げられる。ほとんどの競技会でアジア人初の優勝を成し遂げてるんです。初めて何かをやり遂げた先駆者には勝てませんよ」


 根本は確信していた。どこまで実力が伸びようとも、僕以外は世界で2番目のバリスタにしかなれないことを。トップバリスタを決める熾烈な競争が加速していることを。


 歴代最強バリスタとマイケルが言っていたのは、こういうことだったか。


 僕のグランドスラムでバリスタを志す者が出てくる一方で、あんなバリスタにはなれないと諦める者も出てくるという視点が完全に抜け落ちていた。


「だったら絶対に抜かれない次世代の1番を目指せばいい。平成時代で1番のバリスタは僕だと確信を持って言える。でも令和時代で1番のバリスタはまだ決定していない。今のトップは無理でも、次世代のトップになることはできる。君はまだ若い。トップに立てるチャンスはまだいくらでもある。アスリートなら20代を終えるまでに結果を出さないと、戦力外通告されて終わりだ。でもバリスタ競技会は生涯現役でいられるスポーツだ。15歳を超えていれば年齢制限もない。還暦を超えて参加するバリスタもいる。伊織も千尋もコーヒー業界を牽引するべく、令和時代ナンバーワンバリスタを目指してる。あの2人に勝てる可能性があるとすれば、それは最後まで諦めなかった奴だけだ。なのにもう諦めちまうのか? せっかく次の1番になれるチャンスが目の前にあるのに」

「……少し考えさせてください」


 根本は逃げるようにリビングへと戻っていった。


 メルボルンの空は綺麗だった。この熱い戦いの日にピッタリな寒さだ。恵まれた時代だ。昭和時代で1番のバリスタはおじいちゃんだと確信を持って言えるが、昭和時代にはバリスタ競技会がなかった。


 コーヒーの管理が大変な仕事の割に、給料が安いと見下されることも少なくなかったし、どちらかと言えば、部屋の隅っこで大人しくしているような職業だった。数多くあるドラマの世界でも、バリスタはあくまでも背景で、バリスタが主役のように扱われることはほとんどなかった。


 しかし、今はそれが競技として注目されている。


 ようやく脚光を浴びることができたのだ。


「また世話を焼いたね」

「僕のせいで引退したって言われたくないだけだ」

「お兄ちゃんはこの後どうするの?」

「どうするって……何を?」

「もうメジャー競技会には出ないんでしょ。引退するの?」

「考えとく。簡単に決められることじゃない。やりたいことは一通りやった。今死んでも悔いはない」

「それなら別にいいけど、そんなことを言えるほど充実した人生を歩んでる人はいないよ。私だったら何かしら別の形で競技会を続けていたかも」

「璃子はもう一度ワールドチョコレートマスターを目指したいか?」

「いや……もう外に出るのは勘弁だから」


 目の前にいる虫を見るような顔で璃子が言った。連覇なんて目指す人の気が知れない。


 今になってようやく気づいた。前人未到の境地に辿り着いた後も人生は続く。これで終わりじゃないんだと分かったまではいいが、後のことは後になってから考えよう。


 それまでは誰が社長に就任しても大丈夫なように会社の礎を築き上げないとな。


 次は葉月珈琲が世界一のコーヒー会社と呼ばれることを目指したい。璃子は僕が何を考えているのかを知っている。かつては璃子もこれにぶつかった身だ。世界一に輝いた後の道、それは頂点を究めた者全てがぶつかる壁だ。多くはその道の監督やトレーナーになる。次世代に自分の経験を伝えるために。


 璃子は元の位置に戻っただけだ。のんびりとショコラティエとして生きていくという定位置に。


 僕はどうするべきか――やはりバリスタトレーナー社長とか?


「璃子は一生引き籠りか。シンプルで何より」

「でも愛梨ちゃんという話し相手もいるし、夜は生配信でファンの人とも話すから、全然1人って感じがしないんだよね。凄く充実してるよ」

「ファンに囲まれながら時間を過ごしている時点で、引き籠りとは言えないと思うぞ」

「ずっと家の中にいるのに?」

「外で誰かと会うのがアウトドア派っていうならさ、家の中に居ながら誰かに会っているかのように会話をするのも、アウトドア派な気がする。家の中だけど、まるで外にいるような感じだったら、もはや場所なんて関係ないと思ってる」

「引き籠りはオワコン?」


 僕が口癖のように言っていた言葉が、璃子の口から飛び出した。


 どこにいても人と関わってしまう時点で、引き籠りなんて言葉は死語に等しいと言っていい。世の中には自分と気が合う人もいることをインターネットが教えてくれたのだ。


 どこにいるのかさえ分からないコーヒーファンと雑談ができることに喜びを感じる自分がいた。


「家と外の境界線がなくなりつつある。家も外の延長線上の存在で、他人がいるかいないかの違いだ」

「お兄ちゃんは本当に発想が柔軟だね」

「僕は学校の授業を真に受けなかった。だから固定観念が他の人より少ない。お陰で物事を他の人とは違うベクトルで解釈できるし、自分に正直に生きることに抵抗がない。勉強のやり方じゃなくて、言うことの聞かせ方を教えてる感じだったけど、それを真に受けた連中は今何してる?」

「学校に全く行かなかった世界線のお兄ちゃんも、大学まで進学した世界線のお兄ちゃんも見てみたいとは思うけど、お兄ちゃんは元同級生の人たちを雇ってマスターにしてるでしょ。その人たちに出会わなかったら、今頃は誰がマスターやってたのかな?」

「それもそうだな。信用できる奴じゃないと、マスターは任せられない」

「しっかり恩恵受けてるじゃん」


 璃子は弱点を突いたような笑みを浮かべている。


 学校で出会った連中も、穂岐山珈琲で出会った連中も、今じゃその内の何人かがうちの一員として働いている。労働者を提供してくれたこと。それが唯一僕に貢献した要素だろうか。


 みんなルーチンワークはできている。それが通用するのはオープニングスタッフまでだ。伊織も千尋もうちが成立して、店が成長してから入った。自ら考えることを要求されるポジションにいる。璃子の地頭の良さは僕以上だ。それを活かせば、今頃は僕より稼げていたまである。


 僕はそんなことを考えながらみんなの元へと戻った。


 こうして、僕らはメルボルンでの日々を胸に焼きつけ、日本に帰国するのであった。

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