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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第1章 学生編
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28杯目「理不尽からの卒業」

 憂鬱な状態のまま中3に進級する。


 始業式すら行きたくなかったが、親に連れられて行く破目に。始業式を済ませると、僕はクラス表を見に行った。ここで誰と一緒になるかで無事に中学を卒業できるかが決まる。そんな風に思っていた。


 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。僕が所属しているクラスを確認し、その後で同じクラスになった奴を確認する。残念なことに、そこには虎沢の名前があった。


 ――嘘だ……誰か嘘だと言ってくれ。


 またしても虎沢と同じクラスになったことに絶望する。以前から僕をいじめまくってた奴や、個人的に相性の悪い奴も一緒だった。1年耐えてくれとは何だったのだろうか。中2の時に徹底した事なかれ主義に走った担任は主任の座についていた。


 生徒を犠牲にして手に入れた地位は、さぞ気持ちのいいものなんだろう。


 中3の担任ガチャは9年連続でクソカード。


 そろそろ僕の脳内ファイルがクソカードでコンプリートしそうだ。


 担任の堀口(ほりぐち)先生は以前別のクラスを担当していた英語教師だ。顔の特徴から首なしブルドッグと呼ばれている。しかも学校行事で顔を合わせる度に茶髪を黒に戻せと言ってきた奴でもある。


「また茶髪で来たのか。いい加減黒に戻しなさい」


 担任は僕の茶髪に目をつけて呪文のように文句を言ってくる。地毛証明書を携え提出した。


 しかし、それでも担任は行事の時は黒に染めるように言ってくる。


 何のための地毛証明書なのかが分かっていないようだ。そもそも髪を染めるの禁止なんだが。


「男の子なんだから髪を切りなさい」


 僕のロングヘアーにも文句を言ってくる。授業中に睡眠をしていた時も起きるように言った。まるでいつぞやの風紀委員だ。しかも英語の教師であることもあって英語の授業中にも僕と衝突した。僕はドイツ系フランス人のおっちゃんから英語を教わっていたこともあって『イギリス英語』だが、日本の英語の授業は『アメリカ英語』だ。意味は同じでも発音が違う単語があり、僕が起こされて音読させられる度に、イギリス英語の発音を咎められる事態となった。


「アイカンじゃなくてアイキャンです」

「アイカンでも通じるぞ」

「ここではアイキャンが正解なんです」

「言語に正解なんてないよ。思ってることがおおよそ伝わればいい。それが言語の本質だ」

「あなたの英語は間違ってます」


 虎沢が僕に対して文句を言ってきた。


「お前英語が分かってないくせに口答えすんな!」

「分かってないのはお前らだ!」


 愚痴を言い残すと、教室を飛び出した。外国人の教師だったら、こんなお粗末な展開にはならなかっただろう。虎沢が追ってきて僕に追いついた。すると、僕に対して殴る蹴るの暴行を加えた。


「お前生意気なんだよ!」

「がはっ! ぐふぅ!」


 耐えることしかできなかった。反撃する気力すらなくなっていたのが分かると、毎日暴力を振るうようになってきた。担任はこいつの父親に買収されていたのか、こいつが目の前で僕を殴っても見て見ぬふりだった。自分の意思に関係なく、突然涙が流れていた。


 この時は流石の僕も体の異常に気づいた。


 ――あれっ? 何でこんなに泣いてるんだ?


 教室で暴行を受けていると、奇跡が起こった。


 暴行を見るに見かねたクラスメイトの朝井美鈴(あさいみすず)が、虎沢たちを宥めてくれた。終礼が終わった後で朝井が話しかけてくる。


「――梓君、この頃おかしいよ」

「僕は元からおかしいんだろうな」

「さっきもずっと泣いてたけど、どうしたの?」

「分からない。何故か涙が止まらない」

「いつからそうなの?」

「……中2の時から」


 症状を訴えるので精一杯だった。学校から脱出すること以外、何も考える余裕がなくなっていた。


「虎沢君酷いよね。何もあそこまで殴らなくてもいいのに」

「……それ本人の前で言えるか?」

「それは流石に無理かなー」

「だったらお前もあいつらと一緒だ!」

「ひっ! ご、ごめんなさい!」

「さっさと失せろ!」


 味方をしてくれたはずの朝井に八つ当たりをしてしまう。


 明らかに何かがおかしい。昔の僕ならこんなことはまず言わなかったはずだ。


 5月がやってくると、僕は親に学校に行きたくないことを伝えたが、親からは受験なのに何言ってるのと言われた。僕の健康よりも受験の方が大事なのかよ?


 中3からは指定校推薦なるものが適用され、定期テストの成績上位者は受験が有利になる。親からは中間テストを受けるように言われた。テストのことなんて考える余裕はなかった。どうやったらあの悪魔が巣くう教室から抜け出せるだろうか。それしか頭にない。


 中間テストの日は腹痛を訴えて休む。テスト期間が過ぎると朝の腹痛は収まったが、登校させられる度に腹がムカムカするのは変わらず、教室に近づくほどに痛みが増していく。


 やべえ、腹が痛い。まずは保健室に行くか。もういっそのこと、死んで楽になってしまいたい。


 虎沢からのいじめはエスカレートしていき、5月は度々集団リンチを受けていた。僕は保健室の常連となり、和仁先生が僕の様子を担任に伝える始末だ。しかし担任は動かない。こいつもまた、虎沢の奴隷だからだ。虎沢には事実上の転校処分という前科がある。これ以上前科が増えれば良い高校には行けなくなるため、親が圧力をかけて隠蔽を図っているのだ。


 予定されている修学旅行が段々と近づいてくる。


 6月を迎えると、虎沢が僕の席にまでやってくる。


「お前、今週中に髪を黒に染めないとどうなるか分かってるよな?」

「地球が滅んだりすんの?」

「お前をカッコ良い姿にしてやるよ」

「僕は可愛い方が好きなんだけどね」

「口答えすんな!」


 虎沢が左腕で僕の胸ぐらを掴み、右腕で僕の腹を抉るように殴る。


 暴力でしか自分を主張できないナチ野郎がっ!


「ぐふっ……いってぇ」

「金曜日に来た時点で髪を黒に染めてなかったら罰ゲームだ。いいな?」

「……クソくらえだ」


 虎沢が嘲笑うように言うと、僕の胸ぐらを投げるように離し、自分の席へと戻っていく。


 昼休みを迎えると、再び虎沢たちがやってくる。


「髪を黒に染める気になったか?」


 ナチ野郎がしつこく聞いてくる。僕が絶対に髪を黒に染めないことを伝えると、虎沢たちはまたしても僕を殴ってきた。これでもう何度目の集団リンチだろう。僕は体の痣を見せながらこのことをお袋に相談した。すると、お袋が信じられないことを口にする。


「じゃあ黒に染めにいく?」


 ――は? 何言ってんの? そこは不登校を認めるところだろ! 目先の進学や就職がそんなに大事なのかよ? マジでいい加減にしろよ。この時ばかりは親までもが僕の敵に回ったと思った。


「もういい、失せろ!」


 お袋を睨みつけ、ドスの利いた声で命令する。お袋はただならぬ雰囲気を前に引っ込んだ。僕は逃げるように階段を上がり、2階の僕と璃子の部屋に引き籠った。


 僕にとって運命の日が遂にやってくる。


 忘れもしない。2005年6月3日金曜日が到来したのだ――。


「嫌だ。学校なんか行きたくない」

「だーめ、ちゃんと行かないと立派な大人になれないでしょ」

「立派な大人になんかなりたくない。離して」

「いじめのことなら先生に言ってあげるから。ねっ、ほら」


 学校に行くのが嫌で登校を拒絶した。いつも通りの茶髪のロングヘアーを維持したまま、成す術なく学校に行かされる。確かカッコ良い姿にしてやるよと言っていたが、ストレートに言ってくれないと分からねえし、カッコ良いの定義にもよるだろう。


 うちの親が学校まで送り、担任に引き渡される。目からは涙が流れていたが、お構いなしに教室へと送られる。しばらくして虎沢たちが来ると、僕の変わらぬ姿に嫌悪する。


「おい、ちゃんと髪を黒に染めてこいって言ったよな?」

「うるせえ。そんなでかい声出さなくてもちゃんと聞こえてんだよ」

「はあ? お前そんな口叩いてただで済むと思うなよ」

「上等だ。いつかお前の会社ごと潰してやるから覚悟しとけ。このナチ野郎!」


 虎沢に至近距離まで近づき、小さな声で暴言を吐いた。


 この時の僕にはもはや誰かに気を使う余裕などなく、思ったこと包み隠さず口に出す本音マシンになっていたのだが、僕の心は日本人に対する憎しみや怒りの感情でいっぱいだった。


「ぐふっ、がはっ!」


 気がついた時には、虎沢に殴り倒されていた。


「お前、あんま調子乗ってると死ぬぞ」


 虎沢が言い残すと、朝礼の時間になり、虎沢が席に戻る。僕はこの時の虎沢の席の位置をしっかり覚えていた。昼休みになると虎沢たちがやってきて、2人が僕の体を押さえつける。


 恐ろしくも虎沢の手には鋏が握られていた。これで僕の髪を切るつもりだろうが、僕はてっきり殺されると思い、死に物狂いで抵抗した。相手の意図を考える余裕なんてなかった。椅子や机や道具などを投げつけた。虎沢は鋏を持って僕に近づいてきたが、僕は鋏を取り上げ虎沢の顔面を切りつけた。


 すると、虎沢がぶちぎれて僕に猛攻を仕掛けてくる。


 虎沢の周囲にいた仲間も僕を殴り、5人くらいが集まって僕をたこ殴りにする。いつもの集団リンチとは訳が違った。髪は切られずに済んだものの、体中に軽い打撲を負っていた。


「ぐはっ! があっ! ああっ! ぐうっ……助けて!」


 ボロボロの体で痛みをこらえながら保健室まで歩き治療を受けた。


 僕の体中の痣に、保険の先生は驚きを隠せなかった。


「うわっ、酷い……もうこれ警察に行った方がいいんじゃない!?」

「――多分取り合ってくれないよ」

「何で? これは流石にやりすぎだと思うよ!」

「警察も権力には勝てない」


 和仁先生に治療してもらい、保健室で休むように言われたが、もうこんな所には二度と来たくないと思った。どうやったらここに来なくて済むか。そのためなら犯罪も厭わない覚悟だった。


「あいつらを何とかしてくれ」


 今度は職員室で担任に訴えた。


「周りに合わせられないあなたが悪いです」


 しかし、担任は見捨てる旨を吐き捨てるように告げた。


 傷を見せながら集団リンチをされたことを説明したが無駄だった。


「嘘吐いてるんじゃないの?」


 挙句の果てに嘘吐き扱い。この瞬間、学校に改善の余地がないことを確信した――。


 迫害に対してせめてもの抵抗をしてやろうと思った。5時間目が体育の授業であることに目をつけ、この時に復讐してやろうと心に誓った。昼休みの後にある掃除の時間が終わると、僕以外はみんな体育館へと向かった。みんな昼休みに着替えを終えていたようだった。掃除の時間が終わるまで安全な図書室で静かに待ち、掃除が終わる頃に教室に戻る。


 体育委員から早く着替えるように言われると、鍵を置いておくように言って行かせた。


 教室には僕だけが残ることとなった。5時間目の授業が始まって周囲も静まると、僕は教室のロッカーから箒を取り出す。僕は教室中の窓ガラスを全部たたっ切った。1枚1枚丁寧に力いっぱいパリーンと割っていく。これが最高に楽しかった。頭の中にはひたすら相手を叩っ切る某将軍のBGMが流れていた。外には1人の教師が青褪めた顔で立っている。慣れない物音に違和感を持ったのか、隣のクラスで授業をしていた教師が駆けつけ、僕が教室を壊しまくる光景に絶句していたのだ。


「やめろー!」


 教師は僕を制止しようと声を上げたが、教室の扉も窓も鍵を閉めていたために手も足も出ず、教師の制止を無視して廊下側の窓ガラスも全部割ると、担任の机の書類を全部ビリビリに破り捨てた。


 更に虎沢たちの教科書やノートも全部破り捨てた。


 隣のクラスの担任がうちのクラスの担任を呼ぶと、スペアキーで教室の扉を開けて叫ぶ。


「お前何やってるんだ!?」


 威嚇するように箒を担任に向けた。担任が慌てた様子でうちのお袋を携帯で呼んだ。しばらくして慌てた様子のお袋がやってくる。お袋は身も心もボロボロになった僕を見ると絶句して叫んだ。


「何馬鹿なことやってんの!?」

「もう限界だ。こんな所……二度と来たくないっ!」


 泣きながら自分がどれほど我慢してきたかを訴えるように叫んだ。


 お袋も担任も黙って聞くしかなかった。


「こんな……茶髪すら許容できない連中とつき合いたくない!」

「……」

「日本人なんか大嫌いだ! あんな理不尽な奴らとなんか、一生関わりたくないっ!」

「……」

「今度僕を登校させたら、あいつらの命はないと思えっ!」

「……」


 お袋は僕の言うことに頷くしかなかった。しばらく黙っていると、お袋が重い口を開いた。


「分かった。辛かったね。あず君が無理をしていたことはよーく分かったから。もう学校なんか行かなくていい。こんなに暴力を振るわれても放置するような学校なんか行かなくていいから。お母さんが間違ってた。もっと早く気づいてあげればよかった」


 お袋は僕を宥めながら少しずつ近づいてくる。最後は僕を抱きしめ、箒を持っていた手を離した。


「ううっ、うっ、あああああぁぁぁぁぁ!」


 僕はお袋に抱かれ、涙が枯れるまで声を上げながら泣いた。すると、担任は箒を拾い上げた。


「大変なことをしてくれたな!」


 担任は僕に近づいて説教を始める。


「話が終わったならとっとと失せろ!」


 しかし、担任は席を外さずに説教を続ける。


「とっとと失せろって言っただろっ! この……臆病者がっ!」


 担任の顔面を思いっきり殴り飛ばした。


「がはっ! いったぁー! もう二度と来るな!」

「こんな腐りきった場所、こっちから願い下げだ!」


 これが、学生時代における、学校関係者との最後の会話だった。5時間目が終わった頃にお袋と学校を出た。名目上は早退だが、僕にとっては事実上の追放だった。とても明日から登校できるような空気じゃなかった。あの後教室に戻ったナチ野郎共はさぞ驚いたことだろう。せめてものお礼はさせてもらった。受けた分くらいはちゃんとお返ししないとな。


 お袋と一緒に帰宅している道中、積もり積もった愚痴を浴びせていた。小1の時から今まで溜めに溜めたストレスを吐き出した。お袋はようやく、自分が僕を追い詰めていたことに気づいた。家に帰ってしばらくすると、璃子が帰ってくる。璃子は虚しい顔で僕を見るや否や、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「お兄ちゃんのせいで……私もう学校行けないよ」

「えっ……もしかして噂になってる?」


 璃子が言うには、僕の名前は学校中に広まり、終礼時点で教室中が僕の噂で持ち切りだ。その時は何も言われなかったが、次の日からはいつものように登校できるような空気じゃなくなったという。


 今度登校したらいじめられると確信したらしい。あいつらは年代を問わず金太郎飴のような連中だ。


 璃子はいじめを受けたことがない。故にいじめ耐性もない。日本では誰かが騒ぎを起こすと、その身内までもが被害を受ける。璃子を巻き込んだことは済まないと思っている。僕は以前から学校ではちょっとした有名人だ。下手をすれば、璃子も有名人になっていたに違いない。


 学校で唯一茶髪のロングヘアーを貫いたために目立ってしまった。


 飛び散ったガラスが落ちていくところを、下の階にある璃子のクラスの教室にいた生徒全員が目撃したらしい。どうりで噂が広まるのが早かったわけだ。


 夕方を迎えると、学校から電話がかかってくる。お袋が受話器を取ると、常に真剣な表情で受け答えしていた。お袋が言うには、僕は学校から無期限の出席停止処分を言い渡されたとのこと。


 僕はこの日をもって、事実上の『中学校追放処分』となった。


 この日を最後に、学校には行かなくなった。ずっと暴れていたのか、気分はスッキリしていた。親父がお袋からの連絡で帰って来ると、事情を聞いた親父は僕を怒鳴りつけた。お袋は僕の心理状態を知っていたため、抑えに回ってくれたが、親父は怒り心頭で、落ち着くまで待つしかなかった。


 この日の夜、うちでは久しぶりに家族会議となった。


「お前どういうつもりなんだよ?」

「二度と学校に行かないつもりでやった。後悔はしてない」

「酷い怪我だけど、またいじめっ子にやられたの?」

「うん。今日は鋏で僕を刺すつもりだった。そう思って抵抗した」


 僕の供述に対し、親父がなんてこったと言わんばかりに頭を抱える。


「――もういい……そんなに嫌なら……明日から学校には行くな」

「無期限の出席停止処分だから、どの道行けない」

「親戚には黙っといた方がいいんじゃないかな?」

「もちろん、そのつもりだよ。璃子もほとぼりが冷めるまで、このことは言っちゃ駄目だからね」

「分かってる。私も学校休むし、いじめられるのが目に見えてるし、家で勉強すれば問題ないでしょ」

「……そうだね。じゃあ当分は、家事と勉強をやってもらおうかな」


 こうして、家族会議は30分程度で終わった。会話の大半が璃子とお袋だった。


 家族全員に今まで思っていたことを全部話した。不登校を認められたはいいが、当時は不登校に対するイメージが悪く、余程の事情がなければ認められなかった。


 翌日、僕の言動に重大な変化が起きる。


 土曜日の朝のこと。商店街のイベントの内容を話し合うため、近所の人がうちに訪問したのだ。昨日の疲労困憊もあり、昼まで2階で寝ていた。近所の人は僕のラテアートを商店街の宣伝に使おうと思っていたらしいが、そのことを聞いたお袋に呼ばれ、1階まで下りた。


「やあ、こんにちは――」


 僕に挨拶しながら近所の人が近づく。その瞬間、僕の脳裏に今まで受けた迫害の光景が蘇る。


「こっ、来ないでっ!」


 近所の人を見た瞬間、反射的に恐怖し、拒否反応を示したのだ。呼吸は荒くなり、表情は氷水に浸かったかのように強張っていた。脅威から慌てて逃げるように2階まで戻った。


 どっ、どうしたんだ? 近所の人が挨拶に来ただけだろ。何をそんなに怖がる必要がある? 身内の顔は見ても平気だったのに……僕の体に一体何が起きてるんだ?


 ――何かがおかしい。


 顔が見えた瞬間、何故か迫害の光景が浮かんできた。こんなことは昨日までなかったはず。


 近所の人が帰った後、お袋が僕に駆け寄ってくる。


「一体どうしたの? そんなに怖がって」

「分からない。でも体が僕に訴えかけてくるんだよ。近づけさせるなって」

「ええっ……どういうことなの?」

「近所の人を見た瞬間、今までに受けた迫害を思い出して……それで……」


 上手く説明はできながったが、この日の言動に疑問を抱えながら床に就いた。


 何事もなかったかのように日曜日を迎えた。


 今度は近所に住む別の人がやってくるが、やはり拒否反応を起こしてしまう。しかし、吉樹が遊びに来た時はすんなり受け入れることができた。外国人観光客を何度か扉越しに見た時も、体は拒否反応を示さなかった。この日は吉樹と1日中ビデオゲームで遊んでいた。


 この2日間で分かったことがある。僕は身内以外の日本人を見ただけで、強いストレスに襲われるようになっていたことだ。具体的には相手を見ただけで、回避、怒り、不安、恐怖、嫌悪といった症状が出るようになっていたのだ。当分の間は外にも出られなかった。しかも今まで受けた迫害を何度も夢で見ては魘され、朝起きた時には嫌な汗をかいていることも少なくなかった。


 どうやら僕の脳は、身内以外の日本人=天敵と見なすようになってしまったらしい。


 正確な病名までは分からないが、名前がないと不便だ。僕はこの症状を『日本人恐怖症』と名づけることに。無理矢理学校に行かされ続けた結果、立派な大人ではなく、厄介な『社会不適合者』となってしまったのだ。この時から自分は日本人ではないと思うようになった。


 あいつらと一緒くたにされるのがたまらなく嫌だった。そこで僕は日本生まれ日本育ちの地球人と名乗った。しかしながら、僕は運が良かった。お陰で学校から一足先に離脱することができたのだから。だが将来はどの道考えなければならない。あの時暴れていなかったら、いじめ自殺の被害者になっていたかもしれない。学校から窓ガラス代は請求されなかった。請求されたところで払う義務なんてない。


 むしろこっちが慰謝料を請求したいくらいだ。窓ガラスや紙類の犠牲で済んだだけ、まだ良心的だ。


 こうして、僕と璃子は義務教育という名の理不尽から、ようやく卒業したのであった。

文章構成を大幅に書き直してみました。

以前よりは読みやすくなったと思います。

朝井美鈴(CV:佐藤利奈)

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