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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第11章 飛翔編
276/500

276杯目「振るい落とされた者たち」

 大会中の昼休みは一息つける絶好の一時だ。


 僕、柚子、伊織、千尋の4人でのんびりとランチタイムを楽しんだ。


 朝から大会であったため、朝食は食べていなかった。


 午後からの大会に備えてはいるが、あまり食べすぎると味覚が鈍ってしまうため、やはり食べる量は控えめだ。サンドウィッチとコーヒーを嗜むように食べると、柚子がポツリと呟いた。


「松野さんたち、ポツーンと立っていたね」

「ステージ以外の部分で差がついてたんだから当然だよ」

「でも私も、あず君から刺激物を避けるように言われなかったら……食べてたかもしれません」

「少なくとも大会半年前からは味の濃い食事を避けないと、大味しか分からなくなって、本番で味の薄いコーヒーをカッピングした時に味が分かりにくくなる。それで何度もカッピングのし直しなんてしてたらタイムロスになるし、正解率も下がる」

「基本中の基本だよね」

「千尋君もあず君に言われるまで気づきませんでしたよね?」

「うっ! それは言わないであげて。お願い」

「あのー、もしかしてあず君ですか?」


 聞き慣れない高い声が聞こえた。後ろを振り返ると、長い黒髪の女性が佇んでいた。


 女性バリスタたちのトレンドにもなっている白いブラウスと茶色のミニスカートを着ており、凛々しい顔に背丈は高めで胸は控えめの女性だった。伊織がそのスラッとした長身を見てうっとりしている。


 伊織はいつも長身のモデル体型の女性に憧れを持っていた。


「どこのあず君かは知らないけど、一応そう呼ばれてるよ。あんたは?」

「私は御嵩芽衣(みたけめい)と申します。芽衣と呼んでください」

「あれっ、確かあんたも参加者だよね?」

「はい。3回戦も頑張りましょうね」

「芽衣はプロ契約は結んでるの?」

「はい。穂岐山珈琲育成部所属です」

「もしかして部長とか?」

「部長だなんてとんでもない。私はまだ19歳ですよ。今年で20歳(はたち)になりますけどね」

「「「19歳!」」」


 僕らは思わず口が空いたまま目を大きく見開いた――だが柚子は落ち着いた様子だ。


 どう見ても30過ぎの大人にしか見えない。人は見かけによらんな。


 未成年で穂岐山珈琲所属か。しかも19歳ってことは、千尋とは同級生ということになる。ここまで生き残っているあたり、只者でないことは確かだ。


「3人共、女性の年齢を叫ぶなんて失礼だよ」

「いいんです。よく年上と間違われてましたから」

「それ分かる。私も高校生くらいから、大人の男性に声をかけられてたから」

「何でその時につき合わなかったんだよ?」

「それだとパパ活みたいになっちゃうでしょ。それに男女交際禁止だったし」

「柚子さんが未婚の理由はそれか」

「ちょっと! 聞こえてるよ!」

「き、気のせいだよ、気のせい」


 柚子と千尋がまるでコントのような会話を繰り広げていると、松野たちがやってくる。両手で持っているプレートの上にはフードコートで買ってきたメニューが乗っている。どうやら町に繰り出して食べることを諦めたらしい。葉月珈琲勢勝利の秘訣をまた1つ教えちまったな。


 芽衣はまるで知り合いを見るかのような目で松野と目を合わせた。


「御嵩、葉月たちと話してたのか?」

「はい。噂通り、とても面白い人たちですね」

「松野さん、芽衣さんもプロって聞いたけど、本当なの?」

「ああ、本当だ。御岳は今年の新人王候補だ」

「「新人王候補!?」」


 伊織と千尋が同時に叫んだ。話を聞いてみれば、穂岐山珈琲は社内のバリスタたちを評価するべく、いくつかのタイトルを設けて表彰している。社内ナンバーワンの実績を出した者は年間MVPとなり、入社3年以内の新人の中で最も顕著な活躍をした者には新人王のタイトルが与えられる。


 僕は知らない間にコーヒー業界をメジャーリーグにしてしまっていた。文字通りコーヒー業界がメジャー業界へと成り上がっていった証とも言える。プロのバリスタとして契約した者は、穂岐山珈琲育成部に所属となり、給料も段違いである。うちはどこの部署や店舗からでもプロ契約ができるため、プロ契約専門の部署はない。コーヒー会社によって異なり、うちでは正式にプロ契約を結び、プロフェッショナルバリスタの称号を持つ者だけが、プロを名乗ることができるのだ。


「葉月珈琲はやってないのか?」

「えっと、うちは――」

「やってるに決まってるだろ。去年まではプロのバリスタなんて全然いなかったからさ、タイトル表彰をやるほど競争が激しくなかった。でも今年からはプロ契約を結んだ者が多く出てきたから表彰する」


 つい勢いで言ってしまった。本当はタイトル表彰なんざやる気もなかったが、プロのバリスタが多く出てきた以上、やらないわけにはいかないかもな。うちには真っ先に表彰してやりたい人もいる。


「葉月珈琲はプロ契約制度を始めてから9年も経ってるんですってね」

「うちよりも歴史が長いのは結構だが、1人あたりの成果はこっちが上だ」

「ふ~ん、結構自信あるんだねぇ~」


 千尋が腕を組みながら勇者を待つ魔王のような顔で言った。


 負ける気は全くないらしい。だが3回戦からは千尋にとって初めての領域だ。今までいくつもの競技会に出てきた者が最も有利なこの大会では才能より経験が物を言う。


「みんなあず君に追いつけ追い越せの勢いなんですよ」

「あず君が出場した大会データとかも解析していますし、しばらくはどの競技会でも、あず君の競技を参考にした競技が参加者たちの中心になるでしょうね」

「過去の競技が教科書になる時代ですか」

「ふふっ、なんか2匹目の泥鰌を狙ってるみたい」


 千尋が見下すように笑いながら言った。思わず松野たちも表情が凍りつく。


 僕でもなかなか言えないことを平気で言ってのける。そこに痺れる憧れるぅ~。


 彼の言葉は的を射ていた。僕に続いて次世代トップバリスタを目指すことは大歓迎だが、また以前のように、前回チャンピオンの模倣競技になってしまわないかが心配だった。


 千尋が三度目の正直を果たすまでに悔しい思いをしていた理由がこれだ。


 僕を模倣した参加者たちを相手に2年連続で敗れた苦い過去がある。流行に対してオリジナリティで勝負を挑んだ結果、波に飲まれるように敗れた。3回も同じ相手に破れることは決して許されないという彼の言葉。それはコーヒーに対する純粋な想いからなる追求を怠り、データや過去の結果に頼りきりな競技をする参加者が増えてくることに対して警鐘を鳴らしていたのだ。


「何が言いたい?」

「みんながやってることってあず君の模倣だよね? 3年前のJBC(ジェイビーシー)決勝なんか、ファイナリスト全員がゲイシャだよ。僕は豆もプレゼンも考えて選んだけど、他は前回チャンピオンの模倣みたいなプレゼンばっかで、なんか札束で殴り合ってるようにしか見えなかったんだよねぇ~」

「千尋君は私たちがマネをしているだけだって言いたいの?」

「だってそうじゃん。それがハイスコアを記録する上で1番手っ取り早い方法だもんね。でも世界大会ともなれば、そんなやり方は通用しないし、自分の信念がないことをあっさり見抜かれた。だから穂岐山珈琲からは、世界チャンピオンどころか国内予選優勝もできないわけじゃん」

「だったらチャンピオンを出してやるよ。9月のコーヒーイベントに必ず来い。度肝を抜いてやる」


 不機嫌そうに松野が言うと、4人揃って立ち去ってしまった。


 千尋が言いすぎたせいか、松野たちは複雑ながらもやるせない顔だ。


 図星を突かれ、今までの自分たちの弱点を再び晒そうとしていることを千尋は網羅していた。


 これには流石の松野も改革案を考えざるを得ない。


「千尋君、言い過ぎですよ」

「ああでも言わないと、コーヒーの声をちゃんと聞こうとしないでしょ。ねっ?」


 千尋がリスのような笑顔をこっちに向けながら僕に尋ねた。


「そりゃそうだ。でもよくあんなこと言えたな」

「今のあず君には立場があるから、多少なりとも言葉をオブラートに包まないと、会社の存続自体がやばいわけじゃん。だからあず君の言いたいことは全部僕が代わりに言ってあげるね」

「――助かる」


 少数意見の代弁者として世間に物申してきた僕だが、世間が味方となった今となっては、そこまで世間のことを悪くは言えない。その嫌われ役を千尋が一身に背負うというのだ。


 一生ついてくって、そういう意味かよ。


 昼休みが終わると、3回戦が始まった。


 さっき食べたサンドウィッチを早いとこ消化してから、カッピング部門に臨みたいところだ。


 ドリップコーヒー部門は会場内にある抽出器具の中から1つを選び、10人1組で10分以内に4杯のドリップコーヒーを淹れる競技だ。使うコーヒー豆は全員一緒だが、抽出器具、淹れ方、温度によってその味わいは千差万別となる。僕はコーヒー豆の種類をおおよそ分かっていたが、あえて最も得意なペーパードリップで勝負し、そのコーヒーが持つフレーバーを最大限に引き出せるよう、アロマを通してコーヒーの声を聞きながらケトルから熱湯が注がれていく。


 底が見えるくらいに澄んだ赤茶色のドリップコーヒーが完成する。隣にいたバリスタのコーヒーは真っ黒に染まっている。エチオピアのシャキッソのコーヒーだ。熱湯を注いだ時のアロマで分かった。


 伊織の最も得意な分野だ。彼女もまた、ペーパードリップを使っていた――。


 結果発表が行われ、50人から25人に参加者が減った。控え室からまた半数のバリスタがお通夜のような顔で去っていくと、殺風景極まりない光景と化していた。もう知っている人しかいない。


「参加者、随分減りましたね」

「何人かは観客席に回ってるみたいだけどねー」

「次はカッピング部門だから、私の出番だね」

「カッピング部門はWCTC(ワックトック)と同じルールみたいだよ」

「今回は25人から一気に5人まで減らされますし、私たちの中からも脱落者が出るかもしれません」

「不吉なこと言わないでよ。まっ、僕は負ける気ないけどね。柚子さんはこれが得意な部門だし、伊織ちゃんはここまでにかなりのスコアを稼いでるみたいだし、大丈夫だと思うよ」


 楽観的な千尋に対して、伊織は不安が僅かに入り混じった真顔だ。


 どこかでミスをしたのだろうか。伊織に限ってそんなことはないと思うが。


 とにかく、まずは準決勝に集中だ。


 5人1組の合計5組がカッピング部門に挑んだが、今までの経験の差が諸に表れていた。3杯のカップから仲間外れのコーヒーを選ぶ作業を8セット行い、正解数を争うわけだが、ここまでの累積スコアというものがあるため、全問正解しても落とされる可能性がある。そのための順位非公開なのだ。


 僕としては全問正解でも落ちる場合は、その時点で脱落決定にしてもいいと思うが、最後まで望みを託せるバリスタであるかどうかを見れるということなら、まだありかもしれない。


 僕と柚子は全問正解だった。意外なことに、僕が世界を制覇した秘策が、面白いくらいに他の連中にも広まっていた。3杯のカップの内、最初に飲んだ2杯が全く同じ味であると確信した場合、3杯目を飲まずに解答エリアに置く。みんなの間でも梓式と呼ばれているが、これには大きな弱点がある。


 松野たちは梓式を使ったようで、見事に半分近くも外してしまった。


 一発でちゃんと味が分かるのが大前提なんだけどな。


 世界大会でも、このやり方で外してしまう者が後を絶たなかった。刺激物を避けた上で、味覚に余程の自信がない限りは使ってはいけないと、あれほど念を押して伝えたというのに。


「それでは全ての5組が終わりましたので、決勝に進む5人のバリスタを紹介したいと思います。呼ばれた方は一歩前へ出てください。葉月梓バリスタ、石原沙織バリスタ、松野翔吾バリスタ、根本拓海バリスタ、御嵩芽衣バリスタ。以上の5人が決勝進出となります。おめでとうございます」


 観客席からは大きな拍手と歓声が送られた。


 どうにか決勝進出を果たしたものの、正直に言えば、このメンツは予想外だ。


 僕以外の全員が穂岐山珈琲勢だったのだ。僕が参加していなければ、全員が穂岐山珈琲勢になっていた可能性は非常に高い。如何に基礎を鍛え上げてきたかが問われるこの大会は、穂岐山珈琲にとってはかなり有利であると気づかされてしまった。葉月珈琲勢は僕を残して全滅か。世知辛いのう。


「あーあ、ここで敗退かぁ~」

「面目ないです」

「カッピングは自信あったんだけどなー」

「みんなよくやった。後は任せとけ」

「まあでも、これでWBC(ダブリュービーシー)に集中できるね」

「ちぇっ、あず君に勝つために練習してきたってのに……その前に勝たないといけない連中がいたか」

「……そうですね」


 呟くように言いながら、伊織たちが控え室から退出した。


 伊織と千尋は共通のライバルを得た。最初は200人ほどいた控え室も、伊織たちが立ち去った今はたったの5人だ。千尋の皮肉が効いているのか、松野たちが僕に話しかけてくる様子はない。千尋が最も恐れていたのはプレゼンスタイルが流行してからの固定化だ。参考にする程度なら別に構わないが、常に歴代チャンピオンのプレゼンを模倣するだけの競技がこれからも台頭することを懸念している。


 千尋の言葉は牽制とも受け取れる。プロ契約制度の定着には成功したが、あの様子を見ると、これから数多くの課題にぶつかることになりそうだ。僕は今年の初め、ジャパンスペシャルティコーヒー協会からバリスタのプロ契約制度普及に貢献したとして表彰された。だが僕にとってはどうでもいいことだった。まだできたばかりの制度には必ず綻びがある。即ちルールの穴だ。


 千尋くらいになると、ここまで分かるんだな。


「松野さん、決勝のロースティング部門って、味だけで評価するんでしょうか?」

「ルールブックには味で評価するって書いてたから間違いない。基本的にWCRC(ワックロック)を簡略化したものだから、どんな焙煎をしたかは問われない。審査員が焙煎の様子を観察するけど、スコアには影響がない。コーヒー豆は全員一緒で、抽出は審査員たち自らが行うらしい」

「何で抽出はバリスタがやらないんですか?」

「分からん……葉月、分かるか?」

「売りに出したコーヒーを焙煎から抽出までを全部自分でやるとは限らない。だから一般人が普通の手順で淹れた場合でもうまくやらないといけないし、抽出のうまさは、さっきのドリップコーヒー部門で把握したから、やらせる必要がないってことだ」


 見事に答えてみせると、特に驚きを見せたのは沙織だった。


 沙織が僕に後ろから抱きついてくる。


「なっ……何?」

「あず君は凄いですねー。大会のことを自分が作ったかのように知り尽くしてる。まるでこの大会が出てくることを知っていたみたいに」

「あんなもん、ちょっと考えればすぐに分かる」

「でもルールを作っている側のことまで分かるって、怪しくないですか?」

「何が言いたいわけ?」

「最近噂になってるんですよ。あず君が大会結果に関与してるって」

「はぁ!?」


 思わず声が出てしまった。運営の人とはロクに関わったことはない。揺さ振るための作戦だろうと思ったが、彼女の目は本気だった。僕に勝てる人が国内にいないことへの苛立ちだろうか。


「んなわけねえだろ。そんなことするくらいなら、最初から参加なんてしない」

「石原、疑うのはよせ。そんなデマは葉月が今までにどれほどの努力を積み重ねてきたかを全く知らないマスコミの妄言だ。ただの噂を鵜呑みにするな」

「はーい。あず君だけこんなに勝ち続けるのが、ちょっと不自然に思えただけですから、気にしないでくださいね。失礼しました」


 沙織が逃げるように控え室から出て行った。


 何故そんな噂が広がったのかがよく分からなかった。


 一応調べてみたが、やはりマスコミによるデマだった。日本には這い上がろうとする者の足を引っ張る勢力が一定数いる。どうやら僕が優勝し続けることを快く思わない者がいるようだ。


「気にするな。俺はお前がどれほどのバリスタであるかを知っている。バリスタオリンピックで優勝を決めた作品を味わったら、もうあんなことは言えなくなるだろうよ」

「あず君は曲がったことが嫌いな人ですから、そんなことはないはずなんですがね」

「多分嫉妬だと思います。沙織ちゃんはあず君のことが話題になる度に不機嫌そうな顔でしたから」

「何で嫉妬する必要があるわけ?」

「お前には一生分からんだろうけど、ずっとちやほやされている奴がいると、何であいつばっかりって思う奴が一定数いる。石原はお前が優勝を重ねる毎に、段々と自分との距離を離されていくことに焦りと苛立ちを持ってる。あいつはお前がバリスタオリンピックで優勝してから入ってきた世代だからな。お前が労せずして優勝したものだって思い込んでんだよ」

「想像力ないんだな」

「そう言ってやるな。それが一般人の感覚だ」


 落ち着かせるように言うと、松野たちも控え室から退出してしまった。


 しばらくして決勝に呼ばれると、5人1組でロースティング部門が行われた。


 審査員が見守る中、僕らはコーヒー豆の特徴を掴み、コーヒーの声を聞きながら丁寧に焙煎をした。最初は練習が認められ、練習の時にアロマの特徴を掴むと、今度はより最適な焙煎をしてみせた。この競技は観客の前で行われることはなく、観客席からはモニター越しに見ることになる。


 しばらくしてカッピング審査が行われ、スコアが記録されていく。記録が終わった瞬間からすぐに結果発表が始まり、僕ら5人が再びステージ上へと呼び出された。


 そして――。


「ジャパンコーヒーカップの記念すべき初優勝は、株式会社葉月珈琲、葉月珈琲岐阜市本店、葉月梓バリスタです。おめでとうございます!」


 僕はJCC(ジェイシーシー)優勝を果たし、WCC(ダブリューシーシー)への出場権を得た。


 会場からは惜しみない拍手と声援が送られた。穂岐山珈琲の連中も拍手を送ってくれていたが、沙織だけは嫌そうな無表情の顔で渋々拍手を送っていた。準優勝は芽衣だった。穂岐山珈琲には多くの凄腕バリスタが揃っていることがよく分かる。磨けば光る石を全国から拾い集めることにおいては、うちよりも穂岐山珈琲が勝っていることは間違いないだろう。


 土台に黄金のデミタスカップが乗った優勝トロフィーを上に掲げた。


 最後に記念写真を撮り大会はお開きとなった――。


「あず君、優勝おめでとうございます」

「ありがとう。これで約束を果たせそうだ」

「どんな約束なんですか?」

「内緒。本戦に一緒に来れば分かる」

「じゃあ私も一緒に行きます。私はWBrC(ワブルク)前回チャンピオンとして呼ばれているので、優勝トロフィーの受け渡し役として行くつもりです」

「もう受け渡し役かー。僕も早くそうなりたいねぇ~」

「千尋君は優勝を目指すのが先だと思いますけど」

「うっ……」


 東京に長居することはなく、夜には帰宅した。岐阜市は良くも悪くも人混みとはあまり縁のない場所である。今の葉月商店街を除けばだが。あんな大都市にいれば、人混みが嫌になるのは必然だ。


 岐阜に着いてタクシーから降りると、みんな帰宅していった。伊織は千尋と話しながら仲良く歩き、僕と柚子の2人と距離が離れていく。そんな彼らの後姿を見て思った。


 這い上がってこい。僕でもできたんだ。みんなだってできる。


 この日、唯が作ってくれた夕食は美味かった。

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読んでいただきありがとうございます。

御嵩芽衣(CV:上田麗奈)

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