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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第11章 飛翔編
271/500

271杯目「バリスタ革命元年」

2020年に突入ですが、物語の都合上、新型コロナウイルスが発生しなかった世界線となっております。

新型コロナウイルスの代わりに、大不況と既存の感染症同時発生により、辻褄を合わせております。

 優雅な年末を過ごした翌朝、2020年の正月がやってくる。


 この年は56年ぶりに東京オリンピックが開催される。


 僕のグランドスラムが懸かった年でもある。記録自体は二の次だ。それよりも大事なのは、全力を尽くすこと。そうすりゃ結果なんて、後からいくらでもついてくる。


 璃子は既に引っ越しを済ませているが、年末まではここにいたいらしく、璃子にとっては最後の滞在ということになる。正月に行われる親戚の集会が終われば、璃子は新居へと帰ることになるわけだ。


 この時は珍しく3人で一緒に寝た。隣には唯と璃子がいて、両側からダブルメロンに挟まれながら熟睡した。何という贅沢だろうか。翌朝には2人の可愛らしい寝顔が迫ってきていた。特に顕著なのが璃子で、寝顔は少しばかり寂しそうだった。親戚の集会が始まると、初詣に出かける組、残っておせちの支度をする組に分かれ、僕と璃子はそれぞれの希望でおせちの支度をする組となった。


「これが最後の共同作業かもね」

「最後じゃねえよ。離れるとは言ってもすぐそこだろ。ここから見えるくらいの距離にあるのに、何でそんなに寂しさを感じる必要があるわけ?」

「お兄ちゃんが心配だから……唯ちゃんと柚子の育児負担も増えるだろうし、なんか私だけ逃げてるみたいに見えるのが、やるせないの」

「考えすぎな。瑞浪だっているし、育児なら心配ない。学校に頼らなくても立派な大人にしてみせる」

「それならいいけど、もう1人慎重に扱わないといけない子がいるんだよね」

「愛梨のことだろ。まるで爆弾処理班みたいな言い草だな」


 璃子には大きな課題が2つあった。1つは店をちゃんと経営できるかどうか。もう1つは長年の夢である引き籠りを実現できるかどうかだ。そのためには愛梨が大きな戦力となる必要がある。誰かに任せられる部分が増えれば必然的に璃子の負担が減るし、表に出る必要もなくなるわけだ。


 僕としては妹の夢を応援してやりたい。


 普段はクローズキッチンで過ごし、残りは家で過ごす。買い物はインターネットで注文して配達してもらう徹底ぶりだ。ショコラティエは朝から晩まで力仕事な上に働きづめだ。しかも璃子は感受性が必要以上に敏感であるため、対人関係で疲れてしまいやすいところがある。外に出て人に会いに行く仕事ばかりか、人づき合い自体が向いていない。僕は引き籠り体質な璃子の気持ちがよく分かる。


「唯ちゃん、お兄ちゃんのこと、頼んだよ」

「はい。任せてください。それにあず君は今年で三十路(みそじ)なんですから、切りの良いところで妹離れした方がいいと思います」

「――どっちかって言うと、私の方が兄離れできてなかったのかも」


 璃子が目を背けながら言った。どこか後ろめたい気持ちが顔に表れている。


 僕らほど依存し合っている兄妹も珍しい。僕がいなければ、璃子は経済的に自立できないまま、望まない人生を歩まされていただろうし、璃子がいなければ、僕の経営は破綻していたかもしれない。璃子なしで葉月珈琲は成立しない。故に璃子を役員にしたわけだが、大丈夫だろうか。


 人事部には美羽と吉樹が務めることになるため、尚更引きこもりに徹しやすくなった。僕がここまで引き籠りという生き方を推奨するのには重大な訳がある。人と会わずに仕事ができるなら、それに越したことはないのだ。特に璃子のような、対人関係でストレスを抱えやすいタイプなら。


 璃子の体を卵を掴むように優しく抱いた。


 冬ということもあってか、体は冷たく、ひんやりとした印象だ。


「1人での生活はずっと憧れだったけど、いざその時が来ると不安かな。お兄ちゃんに彼女がいないままだったら、多分一生離れられなかったかも」

「大袈裟だな。でも何となく分かる気がする」

「私も少しは貢献していたんですね」

「少しどころじゃねえよ。もし誰か1人でも欠けていたら、僕はここまでやってこれなかった。感謝してる。独立するには丁度良い機会かもな。璃子が何も言わなかったら僕の方から言っていたと思うし、結構どの道感あるけどな」

「何かあったらいつでも呼んでよ」

「分かってる」


 目を半開きにさせながら、不安そうに僕の顔を見つめている。対照的に唯はにっこりと燦々と輝く太陽のような笑顔で、何だか璃子がうちから離れることを嬉しく思っているとさえ感じる。


「そんなに嬉しいか?」

「はい。璃子さんがやっと好きに生きられるようになりました。ずっと言ってたじゃないですか。独立したら一生引き籠りになって、極力人と関わらず、自分らしく生きるって」

「そんなに他人が嫌なのか?」

「お兄ちゃんに言われたくないんだけど……実は私、HSPなの。他人と関わるのはあんまり好きじゃないというか、できれば1人でいたいの」


 璃子が唐突にカミングアウトをするが、僕は驚くどころか納得すらしている。


 HSPとは、一言で言えば感受性が必要以上に強すぎる人のことだ。


 特に対人関係にストレスを抱えやすいのが特徴であり、細かいことを気にせずにはいられない、なかなかめんどくさい性分だ。一般的な感性の人よりも鬱になりやすく、傍から見れば内気な性格だ。それが謙虚な姿勢に見えて、余計に惹かれる人もいるから面倒だ。


 璃子に至っては美人な上に謙虚な性格にも見えることがモテるという結果に拍車をかけていた。


 ずっと隅っこの方で誰からも話しかけられないことを望む者にとって、モテるという特徴ほど大きなデメリットはない。むしろ有難迷惑ですらある。


「だから他人との関わりを最小限に抑えようとしていたわけか」

「そゆこと。自分らしく生きたいのに、周りが固定観念に縛られてるせいで、なかなか思うようにいかないのがストレスだったの。大盛りで食べたいのに、体が小さいからってだけの理由でご飯を小盛りにされたり、水色が好きなのに、女性だからって理由でピンク色の物ばっかり使わされたり、恋愛にあんまり興味ないのに、胸が大きいからって理由で軽い女に見られたり……あんな思いはもうたくさん」


 普段であればまず言わないような愚痴を次々と漏らし、まるで木が萎れるかのように、テーブルに突っ伏してしまった。テーブルに押しつけられている豊満な胸が、まるでクッションのように見える。


 璃子からすれば、これも邪魔なんだろうけど。


「それ凄く分かります。璃子さんはいつも力仕事ですから、結構お腹空きますよね」

「うん。しかも痩せやすい体質だから、食べないとどんどん痩せていっちゃうの。そんな時に定食屋でご飯を小盛りにされた日には……もう仕事する気なくなっちゃう」

「自分で作れよ」

「作る元気がない時もあるでしょ。そういう時は外に出るけど、道中とか店内とかで、変な決めつけのせいで余計なお世話をされたり、人に話しかけられたりするのが面倒なの。しかも有名になる前からこれだから、最近は外に出るのも億劫なの」

「璃子が優しいからだ。僕みたいに突っ撥ねるなり、自己主張するなりすればいいのに」

「日本でそれをやったら、どうなるかくらい分かるでしょ。一度それで痛い目見てるのに、全然懲りないところがお兄ちゃんらしいけど」

「自分を押し殺してると、死ぬ時に悔いを残すぞ」

「なんか戦国武将みたい」


 テーブルに上半身を俯せに寝かせたまま、ジト目で僕を見つめた――。


 かと思えば、今度はクスッと笑いながら首を反対方向へと向けた。


 璃子は他人に傷つけられたことがないと思っていたが、何年も一緒に住んでいる内に分かった。物理的な暴力とは違う意味で傷つけられていたのだ。かつていじめの撃退方法として、精神攻撃を璃子に勧められたが、それは璃子自身が精神攻撃の強烈さを身に染みるほど思い知っていたことの反証である。


「まあでも、言いたいことはよく分かる。固定観念に縛られて、この人はこういう特徴だから、こう扱えばいいっていうのが、本人にそぐわなかった時が辛いんだよなー」

「あず君が言うと、説得力ありますね。みんな人を型にはめるの好きですよね」

「その方が楽だもん。自分が思った通りの人だったらどんなに楽か。このタイプだろうと期待されて、こんな人だったんだと勝手に失望されて嫌われるリスクが大きいから、一度定められたポジションを演じないといけないし、物凄く疲れるの」

「それで引き籠り志望になったわけだ。これからは好きなだけ引き籠れるな」

「でもたまには顔を見せてくださいね。一応の生存確認ってことで」

「もちろん、そのつもり」


 最初こそ昔を思い出し、全身で落ち込んでいた璃子だが、最後は唯の言葉で笑顔を取り戻した。今年からの璃子はマスターという立場だ。本質的には僕よりもリーダー向きである。


 うちには有能な怠け者が数多く揃っている。


 いつもはのんびりだけど、やるときゃやるくらいが丁度良い。


「あず君、今年から私もバリスタ競技会に復帰するので、またよろしくお願いしますね」


 さっきまで優太の隣にいた美月が笑顔を振り撒き、ピンク色の桜模様が描かれた着物姿で僕の目の前に佇んでいる。美月って……こんなに可愛かったんだ。


「ああ、よろしく。美月もJCC(ジェイシーシー)に出るの?」

「はい。他の店舗の皆さんが、私たちと同じお店で働くために一段と努力していますから、私もうかうかしてられません。千尋君はメジャー昇格第1号ですね」

「そうだな。でもうちのメジャー店舗に来るのは、そう簡単じゃないぞ」

「ふふっ、そうですね。でもどうして吉樹さんと美羽さんが葉月珈琲昇格なんですか?」


 美月の疑問はごもっともだった。うちはバリスタオリンピック東京大会が終わり、葉月珈琲がブランド化された。うちに所属するバリスタの中でも特に優秀な者を登用し、うちの店を始めとしたメジャー店舗に昇格させる構想をずっと考えてきたのだ。


 2020年からは社内のシステムが大きく変わる。


 葉月珈琲、葉月ロースト、葉月創製、葉月コーヒーカクテルはメジャー店舗、その他の店舗はマイナー店舗とし、退職などでうちのスタッフに空きが出た場合、他の店から最も優秀なバリスタを派遣してもらうことで、常に主要店舗スタッフのクオリティを保ちながら店を続けられる。


 いつの間にか、かつての穂岐山珈琲育成部みたいなことになっているが、うちはあそことはシステムの根幹から百味も違う。プロ契約を結んだバリスタがバリスタ競技会への参加を希望する場合、参加者が定員オーバーになった場合のみ、メジャー店舗のバリスタが優先的に出場できる。


 2020年を最後に社内予選は廃止されることに。参加人数が多い上に社内予選には強いが、大会本戦に弱いバリスタが散見された。最も優秀なバリスタをうちに集中させ、うちに所属する者に大会出場の優先権を与えることに。するとどうなるか。葉月珈琲のバリスタとして、バリスタ競技会で結果を残したい者たちが挙ってうちに昇格しようと死に物狂いで結果を残そうとするわけだ。結果、やる気のある者たちがうちの門戸を叩く。バリスタにとって、メジャー店舗で働けることは栄誉なのだ。


「本当はバリスタオリンピックで結果を残したディアナとアリスに来てもらう予定だったけど、2人共他にやりたいことを見つけたみたいでさ、止めるわけにもいかないからってことで、バリスタ競技会で経験がある吉樹と、バリスタオリンピック選考会で入賞経験のある美羽を採用することになった。実績がなかったら、もうどうしようかと思った」

「あくまでも実績で選んでたんですね」

「身内は歴戦の猛者ばっかりだし、簡単には上がってこれねえよ。吉樹もJCRC(ジェイクロック)でファイナリスト経験があることを聞いて選んだ。しかも僕と親父よりも大会に出た時期が早い」

「吉樹さんはロースターとしての才能に目覚めたわけですね」

「あいつにはうちの焙煎担当を任せようと思ってる。丁度クローズキッチンが空いたし、これからは主に焙煎と研究の部屋として使うことになる」

「そういうことでしたか。何だか安心しました。じゃあ、私はもう帰りますね」

「ああ、気をつけてな」


 美月がさっきまで座っていた元の席へと戻っていく。優太は美月との間に生まれた子供を抱っこしたまま彼女に受け渡している。現場仕事以外は全てリモートワークにしたことで、株式会社葉月珈琲スタッフは育児をしながらの労働がしやすくなっている。


 お陰で早く復帰してくれるし、1人あたりの生産性も高い。


 一方で他の日本企業は過去の習慣にしがみつき、リモートワークどころか、ワークライフバランスさえ普及しきっていないという体たらく。もはや周回遅れの議論だ。あいつらはいつまで昭和時代を生きるつもりなんだろうか。時代遅れな企業は数年後には淘汰の対象になっているだろう。


 しばらくして、初詣と親戚の集会はお開きとなった。


 おせち料理は例年通りいくらか余っていた。これは夕食にするか――。


 1月上旬、株式会社葉月珈琲の今年度が始まった。


 僕、伊織、千尋、美羽、吉樹、柚子の6人体制での業務が始まった。


 美羽は妊娠中であるため、しばらくは産休により、店内で僕らの仕事ぶりを見学するのみ。


 ここにいる全員がプロ契約を結んでいる状態であり、今までに出場したバリスタ競技会やその結果に応じたポイント制度が設けられ、バリスタとしての実力が可視化される格好となる。日本国内のコーヒー会社とプロ契約を結んだバリスタは、2011年から2015年までたったの6人しかいなかった。


 それが今やうちのスタッフだけで50人を超え、穂岐山珈琲のバリスタと合わせれば100人を超える結果となっている。穂岐山珈琲がプロ契約をスタートさせたのは2016年、かなり遅いスタートとなったが、これで立派なライバルができた。毎年ワールドシリーズが見られるわけだ。


 世界はどうかと言えば、僕が思っていた以上に動きが早かった。


 僕がバリスタの『プロ契約制度』を始めたことを聞きつけたアメリカのコーヒー会社がすぐに追随する形で、2011年から同様の制度を始めていた。


 しかもそこにはかつてのマイケルがいたコーヒー会社だった。


 最初こそマイケルを含む6人のプロ契約だった。今やその人数は300人にまで膨れ上がっている。いつの間にか他の国へと広がり、うちと同様の制度を適用するようになったが、その多くは穂岐山珈琲よりも遅れて、最近になってようやく始めたものであった。


 今やバリスタという職業は誰でも務まる職業ではなくなった。


 今後のバリスタオリンピック書類選考で参照にされる予定の『バリスタポイント』記録が始まった。大会の結果に応じたバリスタポイントが記録されるようになり、今年の初めにはバリスタ競技会によって稼げるポイントや記録などを全て管理する会社がアメリカに誕生した。


 1990年のバリスタオリンピック選考会から集計され、通算バリスタポイントの高いバリスタほど優先的に通過することとなっている。通算バリスタポイントのトップは僕だった。


 それはそうと、戦力不足気味だった葉月珈琲にとって、千尋の加入は嬉しい限りである。うちの貴重な戦力として、伊織とトップを争うことになるだろう。


「てなわけでー、今年からここでお世話になる村瀬千尋です。よろしくねー」


 軽い口調でウインクをしながら、千尋が改めてみんなの前で自己紹介をする。


 まだ開店前だが、外は既に人だかりがある。だが以前よりも数は少ない。葉月ローストや葉月ショコラといった別の店舗にまで観光客が詰めかけているためである。うちの系列店舗を増やすことで、岐阜市全体をテーマパーク化し、観光客をうまく散らすことができた。


 行列問題はこれで解消されるだろう。


「ふーん、なんかずっと前からここにいたように思えるけど。あたしは穂岐山美羽、よろしくね」

「僕は楠木吉樹、よろしくね」

「うん、よろしく。あず君、僕は何をやればいいの?」

「普段は通常業務をこなして帰りにみんなで掃除をする。シーズン毎に新しいコーヒーを開発することになるけど、千尋はWBC(ダブリュービーシー)に出場予定だから今回は免除する。暇な時はWBC(ダブリュービーシー)に使うコーヒーでも考えておけ。大会前になったらプロ契約の条項に従って店を休んでもいいし、クローズキッチンで競技会の練習や研究に没頭してもいい」

「分かった。そうさせてもらうね」


 今年度初の業務が始まった――。


 葉月珈琲を創業して15年、人生の半分近くを業務や大会に費やしてきた。


 株式会社葉月珈琲の店舗は、2020年が始まった時点で20店舗となった。どこも個性的で唯一無二の店舗である。各店舗にはバリスタ担当がいて、プロ契約を結んだ者が在籍している。千尋は喫茶葉月にいた時と変わらぬテキパキとした動きで業務をこなしている。あの店は小夜子がマスターを務めている。振られ組四天王は葉月珈琲の各店舗で次世代トップバリスタを育てることに尽力しているのだ。


「伊織、誕生日おめでとう。今年から20歳(はたち)だな」

「――もう大人なんですね」


 伊織は下を向き、昔を懐かしみながら今の自分に不安を抱いた。


「そうだな。誰も子供扱いしてくれないし、大人になったからって、何かが変わるわけじゃない。ただ責任が重くなるだけだ」

「でもそれは自由に自分の意思で生きられることの裏返しですよね」

「今後は好きに大会を選べ。お小遣いが欲しくなったら大会に出て、ファイトマネーでも稼げばいい」

「お小遣いって、やっぱり子供として見てるじゃないですか……私、プロ契約で報酬を稼いで、お母さんを旅行に連れていきたいんです」


 両手を握り拳に変え、今年の抱負を熱く語る。相変わらず健気で家族思いだ。そんな伊織も好きだ。


「――その意気だぞ」


 今年からは何も指示はしない。伊織は自ら考え、行動できる立派な人間になることができた。彼女は学校なんて行かなくても、生きる力が身につくことを証明してくれた例の1つだ。


「それにしても不思議な縁だよねぇ~。美羽さんって、元々穂岐山珈琲のバリスタだったんだよね?」

「そうだよ。お父さんが穂岐山珈琲の社長なのは知ってるでしょ」

「うん。美月さんもそうだし、穂岐山珈琲に務めていたバリスタ滅茶苦茶多くない?」

「あず君に頼まれたの。骨のありそうなバリスタが埋もれていたら、うちに寄こしてほしいって。当時の穂岐山珈琲育成部は大会に出場できる人が限られていて、不当に贔屓する上司までいたせいで、実力があるのに埋もれているバリスタが多かったの。だから転勤OKな人の中からちょっとずつ葉月珈琲に転職させていたわけ。去年で転職ラッシュが一通り終わったし、実力のある人は、葉月珈琲か穂岐山珈琲とプロ契約を結ぶことになると思うよ」

「葉月珈琲の発展に一役買ってたわけだ」

「ふふっ、そういうことになるかな」

「今でもあず君が好きなんだね」

「……そりゃあ初恋の相手だし、意識してないと言えば嘘になるけど、今はもう諦めてる。それとそういうことは人に聞かないの。分かった?」

「はーい」


 何だかんだで良い関係を築けそうだ。吉樹は去年までクローズキッチンの実質的なリーダーであった優子に代わり、クローズキッチンを仕切り役として君臨するだろう。


 柚子が業務の合間に吉樹と話している。家族で一緒に葉月珈琲で勤務するのは、僕と璃子に次いで2例目となる。身内だからというだけで採用する時代は終わった。だがこの2人は葉月珈琲の第一線で戦えるだけの力を持っているし、利益を稼げるからこそここに置いている。


 変化を受け入れた者たちだからこそ、ここまで生き残ることができたのだ。

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読んでいただきありがとうございます。

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