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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第11章 飛翔編
270/500

270杯目「涙の送迎会」

 愛梨は渋々とクローズキッチンへと戻っていった。


 持ち場に就くと、再び冷静な顔に戻り、カカオニブに含まれている脂肪分を磨砕し、カカオマスにしてから砂糖類を加え、フィルターに通してからテンパリングの作業を始めていく。


 バリスタの作業工程と変わらないくらいに地味な作業だ。こういう作業をずっと続けていられるのは才能かもしれない。璃子のように誰にも邪魔されず、ひたすら自分のアイデアを試し続けられるこの環境はまさにぼっち天国だ。しばらくすると営業時間が終わり、蓮と静乃がぐったりしたまま、避難するように足を棒にしながらクローズキッチンへと入ってくる。


「ふぅ、やっと終わった」

「お疲れさん。ここまで話し声が聞こえてたよ」

「あの客、愛梨に対して恨みを持っていたみたいだ。事情を聞いたけど、あの人の話を聞く限り、もうどっちもどっちとしか言いようがねえよ」


 愚痴るように例の客との話の内容をまとめた。愛梨はその話を受け止めるように黙って聞きながら作業を続けた。璃子は愛梨に事情を尋ねてもいいかどうかを聞いて了承を得た。


 事情を知った璃子もまた、喧嘩両成敗をしていいものかという顔だ。


「なんかお兄ちゃんみたい」

「でもよく耐えたな。本当に偉いぞ」


 愛梨は作業を中断し、蓮の元へと駆け寄った。


「……ありがとう」

「同僚なんだから当然だろ」


 蓮があっさり言い返すと、愛梨は嬉しそうな顔で再び持ち場に就いた。


 今度はいつもより上機嫌だ。彼女の事情をここにいる全員が共有してからは、愛梨に対する見方が変わったかのように、愛梨を受け入れていった。


 この問題はいずれ解決しないと駄目だな。


 またここに来られたら、愛梨が耐えられなくなるかもしれない。


 ――それで愛梨はどうする? 喧嘩か? 僕の計画を潰すか?


「良しっ、これで今日の分は終わりかな」

「もう5時半だってのに、すげえ人気だな」

「チョコが何個あっても足りないっすよ。ボンボンショコラも売り切れちゃいましたし、残っているのは板チョコメニューだけっすよ」

「売り切れたんだ。ねえ愛梨ちゃん、この様子だと明日も明後日もお客さんがいっぱい来そうだから、また早朝から来てもらうことになると思うけど、大丈夫?」

「はい。それなら問題ないっすよ」

「夜はASMRじゃないの?」

「しばらくはお休みにするって決めたんすよ。いつも動画を見てくれているみんなにも今までの事情を全部話したら、頑張って一流のショコラティエになってくれって応援のコメントが来たんすよ」


 この知らせには僕らもついほっこりとした笑みを浮かべた。


 愛梨は思い切って自分の動画チャンネルに今までの経緯を公にし、ショコラティエとして再出発することを明かした。すると、彼女のファンたちからは思いもよらぬ応援のエールを送られた。そりゃそうなるはずだ。ほとんどの人にとって、愛梨は夢を追う若者にしか見えないのだから。


 ましてや一度も姿を見たことのない愛梨の情報と言えば、可愛らしい声と白っぽいブロンドであることくらいなわけだし、遠目で見る分には応援もしたくなるわな。


 しかし、課題は解決しないままだった。結局、この3日間のプレオープン中、チョコの補充は璃子が行うことで、どうにかこの過酷な3日間を乗り切ったのであった――。


 12月下旬、波乱ばかりだった今年もようやく大詰めだ。


 この年はバリスタオリンピックが行われたこともあり、多くのバリスタにとっても思い出と言える年になるだろう。葉月ショコラは無事にプレオープンの3日間を耐え、来年から本格的にオープンすることとなったわけだが、残り2人のスタッフは璃子が年内に雇う予定であるとのこと。璃子に任せるが、果たしてどうなることやら。たった4人で50人の客を捌くのは大変だ。プレオープン中は客席制限を設けていたわけだが、これでうちにばかり集中していた長蛇の列の問題も解決へと向かうだろう。


 今年までなんだな……当たり前の日常は……璃子も優子も真理愛もうちの店から独立する。


 クリスマスを過ぎれば、今年度の葉月珈琲の全日程が終了する。


 所属は来年度から自動的に各店舗へと移っていくわけだ。


 ――それにしても、うちからは3人が出ていくのに対し、入ってくるのは1人だけ。


 早いとこ2人のスタッフをうちに連れてこなければ、うちは過労を防ぐために客席制限をしないといけなくなる。でもどこにも候補がいない。リサたちには動画投稿に専念させてやりたいし、カフェでの経験がない大輔たちに店の営業は難しい。蓮と静乃は璃子の店に割り振ってるし、こりゃ前途多難だ。


 クリスマスを迎えると、店の営業後に璃子、優子、真理愛、千尋の送迎会が行われた。


 千尋をうちに呼んだのは、彼女らと入れ替わりでここにやってくるためである。各地に散らばっていた身内も呼び、いつも通り信者でもないのにクリスマスを盛大に楽しんでいる。


 璃子は最初こそ平静を装っていたが、送別会がお開きに近づく毎に、段々とため息が多くなる。僕だって耐えられない。毎日当たり前のように一緒に働いていた人たちの半数が消えるんだ。


 来年からはそれぞれの店に務めることになるが、心を痛める瞬間だな。


 柚子がうちを離れた時もそうだった。


「なあ千尋、あと2人どうしたらいい?」

「僕に聞かないでよ。まあでも、深刻な問題だね。トップバリスタのほとんどは、東京や大阪や名古屋みたいな大都市にいるわけでしょ。そこから引っ張り出したらどう?」

「無茶言うな。バリスタのプロ契約なんてやってるのは、葉月珈琲と穂岐山珈琲くらいで、他のコーヒー会社は全然やってないんだぞ」

「ふーん、葉月珈琲が最初にプロ契約を結んだのは誰なの?」

「リサとルイだ。僕と璃子は役員だし、与える側だから報酬は貰ってないけど、経費についてはプロ契約制度と同じ恩恵を受けることができる」

「報酬なしとなると、もはや自己満足の世界だね」

「プロバリスタとして、うちが最初にファイトマネーを出した相手は真理愛と美月だ。でも真理愛の報酬は全部葉月コーヒーカクテルの改装に使われた。必要経費だからうちが出すって言ったのに、あいつは自分の家でもあるからって、自腹で改装した」

「芯が強いんだね。ああいう人だから、バリスタオリンピックで結果を出せたのかもね」


 千尋がテーブル席に腰かけたまま、両手を椅子の上に置き、美羽たちと話している真理愛の顔を見ながら呟いた。いつかあんな崇高なバリスタになりたいと目が言っている。


「流石は年上好きだな」

「別にそういうわけじゃないよ。年上の人に尊敬できる人が多いってだけ。あず君は未成年に手を出しちゃうくらいの年下好きだもんね」

「うっ! ……それは否定しないけど、義務教育卒業レベルの頭に到達していなければお断りだ。いくら若かろうと、頭の悪い奴は好きじゃない。馬鹿はやがて貧困化する。偉人の言葉を聞かせても、次の日には綺麗さっぱり忘れるような連中だから、施設にぶち込まれたりするんだ」

「それを防ぐために、ホームスクーリングを始めたわけね」

「そゆこと。学校は子供を馬鹿な大人にするための隔離政策だ。しかも不登校には児童労働をさせるためとか言い出す始末だ。机の上で教科書と睨めっこをするだけが勉強じゃねえってのに」

「僕も来年子供が生まれるから、他人事とはとても言えないかな。あと2人か。しばらくは客席制限をすることになりそうだね。でも葉月ショコラがすぐ近くにあるから、お客さんが分散されて、ちょっとは楽できるかもよ。伊織ちゃんもプレオープンの時は凄く楽そうだったし」


 この言葉を聞いていたのか、近くに座っていた伊織が千尋の方を向いた。


 伊織もまた、スタッフの入れ替わりを物寂しく思っている。


「確かに楽でしたよ。でもプレオープンが終わってからまたすぐにお客さんがドッと増えたので、ギャップの差が凄かったですよ」

「……伊織ちゃん、なんか今日元気ないね。どうしたの?」

「だって……今日でもう璃子さんたちと会えなくなるんですよ」

「来年からは僕と一緒に仕事できるんだからいいじゃん」

「そうそう。それに会おうと思えばいつでも会えるじゃねえか。伊織は来年20歳(はたち)を迎えるんだからさ、葉月コーヒーカクテルにも行けるようになる」

「それはそれで嬉しいんですけど、もう一緒に仕事できなくなるんだなって思うと、なんかちょっと寂しくて……胸が張り裂けそうです」


 伊織はポケットの中から花柄の可愛らしいハンカチを取り出し、涙を拭き取りながら顔を真っ赤にして下を向いた。すると、璃子が伊織からのシンパシーを感じたのか、優子を見つめながら口を開いた。


「優子さん」

「ん? どしたの?」

「一緒に働くのも、今日で最後なんですね」

「そうだね。あたしのお店は隣の県だし、ちょっと遠くなっちゃうけど、電車に乗ったらすぐに来れるからさ……璃子……どうしたの?」


 璃子はこれからやってくるであろう悲壮感に耐えきれなくなったのか、引っ越しが迫っている優子を前にして、目からは大粒の涙を流している。


「優子さん……ずっと私の面倒を見てくれて……ありがとうございました」


 耐え切れない気持ちを吐き出し、頭を深々と下げた。


 それは璃子にとって、優子とのお別れに対する精一杯の抵抗だった。


 今までの想いが全て溢れ出てくる。それも感謝という形で。璃子にとって優子は師匠であり、良き相談役でもあった。彼女ほど僕や璃子を裏から支えてくれた存在も珍しい。


「……ずっと泣くまいと我慢してたのに……ズルいよ……あたしも……我慢できなくなっちゃうじゃん」


 璃子に釣られて優子まで涙しながら璃子と抱き合った。普段は冷静沈着な裏のリーダーで、いつも気さくに接してくれるムードメーカーでもあった優子が感涙する数少ない光景だ。


 周囲の女性陣までもが貰い泣きをする。


 リサも、エマも、柚子も、美羽も、みんな優子を身内と認めている証だ。


 優子はこの店で役目を終えたことを悟っていた。僕をバリスタオリンピック優勝に導き、璃子をワールドチョコレートマスターズ優勝に導き、これ以上ないくらい縁の下の力持ちで居続けてくれた。だが優子にもやりたいことがある。故にもっと伸び伸びとスイーツを作れる環境を求めた。


 僕らに感化されてか、涙目の真理愛が立ち上がり、2人のそばへと駆け寄った。


「璃子さん、優子さん、私からもお礼を言わせてください。短い間でしたけど、ここでしか味わえない貴重な経験ができました。ここで働いていたことは一生の宝です。時々ここを覗かせてもらいますね」

「じゃあ1年に一度はここに集まりましょうよ」

「それいいですね。またクリスマスに会いに来ればいいんですよ」

「ふふっ、結局また会えるじゃん」

「優子さんだって泣いてたくせに」

「言うようになったねー。生意気な子にはお仕置きだっ」

「ひゃあんっ!」


 優子がニヤケ顔になると、璃子の背後に回り、豊満な胸を揉みしだいた。


 あんな行為を許すくらいには仲良くなってるわけだ。


 これでうちからはパティシエもショコラティエもコーヒーカクテラーもいなくなる。バリスタだけがここに残るわけだ。他の仕事に就きたい人は、他の店で修業すればいいわけだし、ある意味この3人がうちを出るのは必然かもしれん。まあでも、せっかくクローズキッチンが空いたわけだし、時々はここを使ってスイーツメニューを作ってもいいかもな。


「ねえあず君、ちょっといいかな?」


 美羽がこっちに近寄って来たかと思えば、小さな声で僕に呼びかけてきた。


「どうかしたか?」

「この前のことだけどさ、あたし、あず君の方針を応援しようと思う」

「そうしてくれ。少なくとも、通学した子供よりはマシな人生を送れるようにする」

「そうやって棘のある言葉を使うから嫌われるんだよ」

「1ついいことを教えてやる。僕はいつも嫌われてる」

「はぁ~。せっかく助けてあげようと思ってたのに」

「助けるって?」

「唯ちゃんから聞いたよ。ドタキャンされて残り2人の枠に困ってるんだってねー」

「情報源は唯だったか」

「あたしと吉樹で良かったらどう?」


 堂々とした顔で、夫である吉樹と共に自分まで雇うよう勧めてくる。


 吉樹と美羽がうちで働くだと。でも大丈夫かな?


 美羽はともかく、吉樹はうちどころかカフェでの営業経験がない。それにうちに来るということは、穂岐山バリスタスクールを辞めるということだぞ。


「来年もバリスタスクールを続けるんじゃねえの?」

「うん。でもあたしと吉樹がやるはずだった仕事は、既に何人かの代役に任せてるの。だからもう1年だけバリスタスクールで仕事をするけど、兼業だったら慣れてるから大丈夫だよ。あたしと吉樹がバリスタスクールで仕事をするのは午前中だけだし、葉月珈琲の営業時間と被ることはないから安心して」

「うちとバリスタスクールを同時にやるわけか」

「副業禁止じゃないんでしょ?」

「それはそうだけど、本当に良いのか?」

「うん……あず君さえ良ければだけど」


 僕のそばに肩を寄せた。要はバリスタスクールが潰れる前に転職しておきたいわけだ。


 まあでも、誰もいないよりはずっとマシか。図らずとも楠木家の姉弟が揃うことになるな。


 美羽は校長で吉樹は校長補佐なわけだが、事務作業はパソコン1つでできてしまうため、どこにいてもできるならと思い、別の仕事を兼ねながらでもできるとのこと。完全にエリートの発想だなこりゃ。


 しかも生徒の数が少ないため、事務作業も少なくて済むんだとか。


 でも来年度で雇っていた人たちは全員クビか。切ない世の中だな。


「何でもう1年続けようと思ったわけ?」

「今年で最後にしようと思ってたんだけど、締め切りの時間ギリギリになって、1人の生徒がうちに入学届けをオンラインで提出してきたの。だから今はその生徒のためだけに続けてる。たった1人でも来てくれる人がいるならと思ってね」

「じゃあそいつが卒業したら閉校するのか?」

「うん。多分最後の卒業生になると思う。それと葉月珈琲に人事として迎えてほしいの」

「お安い御用だ。今のうちは人材不足だからな」

「ふふっ、これからたくさんの卒業生たちが、トップバリスタ候補生としてガンガン押し寄せてくると思うよ。仮にも5年続いたバリスタスクールだし、もう100人以上も卒業生がいるの。実績さえ残せば葉月珈琲に転職できることもみんなに伝えてるし」

「なるほど、みんなとの約束を守るために、うちで人事をやりたいわけか」

「理解が早くて助かる」


 美羽の計画は至ってシンプルなものだった。自分たちのバリスタスクールで育てたバリスタを葉月珈琲塾を卒業していった連中と勝負させる気でいる。勝負させることで切磋琢磨するようになり、うちのバリスタのレベルを底上げしていこうってわけだ。そういうことなら、協力しようじゃねえか。


 今うちで働いている連中も、うかうかしていられなくなるだろう。もしうちのバリスタが多くなりすぎた場合は、大会でより実績を出せる者を優先的に残すことになるわけだ。実に分かりやすい。行く行くはプロじゃないと、うちに所属できないようになる。通用する場合、うちの看板を背負ってバリスタ競技会を制してくれるだろうし、通用しなかった場合、他のコーヒー会社のバリスタとトレードすることになるだろうが、うちでの経験を積んだバリスタであれば、他でも通用するはずだ。


 葉月珈琲や穂岐山珈琲以上に、競争率の高いコーヒー会社はないのだから。


 穂岐山珈琲でも、タイムラグでうちと同じ現象が起こるだろう。そうなればきっと良いライバル関係になりそうだ。だが行き過ぎた競争は、自由に伸び伸びと過ごすことで伸びるタイプの人間を抑制してしまう可能性があるのだ。そのためにユーティリティー枠を設けることとなった。みっちり修業を積み重ねながら大会優勝を目指すならこっちの方がいい。


「じゃあさ、人事部の部長をやってくれ。吉樹も人事部に入れる」

「あぁ~。確かに吉樹は人を見る目あるもんね」

「それとうちで焙煎担当もさせる。吉樹には焙煎のセンスがある。この前親父が吉樹の焙煎技術を確認したら、先代の味にそっくりだって言ってた」

「……それ本当なの?」

「うん。だから2人共採用だ。来年からよろしくな」

「よろしく。あず君と一緒に働くことになるなんて、思ってもみなかったな」


 美羽は両肘をテーブルの上に置き、窓越しに青空を見つめている。何だかんだ言ってもよく分かっているな。僕が身内にばかり甘えてしまう癖まで見抜かれてるし、しばらくは吉樹の教育係を任せるか。


「滑り込みセーフだね」


 千尋が背後から子供のように小さな両手を僕の両肩に置いた。


 かと思えば、女性のような形の頭まで僕の頭上に置いてきた。


「重いんだけど」

「照れなくてもいいんだよ。良かったじゃん。葉月珈琲は来年度からも6人体制で営めるじゃん」

「客席制限の危機は去ったな。千尋は今の家からここに通うのか?」

「一応明日香の理容店に引っ越したよ。あそこからだったらすぐ来れるし、明日香とも一緒だからね」

「営業は続けられそうか?」

「うん。最近は美濃羽理容店のスタッフが増えたし、少なくとも2人のスタッフがいるから、産休も育休も取れるよ。トップバリスタは少ないけど、理容師は全国にいっぱいあり余ってるからね。明日香は理容師免許も美容師免許も持ってるんだよ」

「知ってる。化粧だけじゃなくて髪をカットして整える方も向いてるから、結局姉妹揃って両方の資格を取ったって小夜子が言ってた」


 千尋は何だか興醒めしたように頭上の頭をどけた。さっきまでの重量感から一気に解放された。


 つまんなそうな顔をしているが、見なくても分かるくらいには静かだ。


「ちーちゃん、早く戻って来てよー」

「あー、うん。分かった」


 明日香に呼び戻され、再び彼女の元へと戻った。


 あいつなりに心配してくれてたんだな。


 2階から下りてきた唯がホッと一息吐いたかのように僕の隣へと腰かけた。子供を寝かしつけられたようで一苦労だった。今は瑞浪が面倒を見てくれている。ハウスキーパーは外せないな。


「今年も終わりですね」

「そうだな。色々と大変な年だった」

「来年は例年よりもっと希望のある年にしたいですね」

「例年なんてねえよ。1つとして全く同じ年はなかった。全部特別な年だ」

「ふふっ、あず君だから言える台詞だと思いますよ。あず君は毎年とんでもない成果を残しますから。でも私たち凡人からすれば、余程のことが起きない限り、特別な年にはならないですよ」

「つまんねえの。退屈すぎて欠伸が出そうだ」

「小夜子さんたち、みんな各店舗の店長になってから生き生きしてましたよ。あず君のお陰で出世できたって心から喜んでいて、昔よりもずっとコーヒーが好きになったそうです。あず君はまた1つ世の中を変えましたね。本当に凄いです」


 僕に抱きつきながら笑みを浮かべ、僕の唇に何の忌憚もなくキスをする。抵抗なく彼女からの愛情を受け入れた。恥ずかしさなんて微塵もない。そこらの夫婦よりもずっと仲の良い恋人同士なのだから。


 集まってくれた身内は相変わらずだった。小夜子たちは昔よりも立場が大きく変わったにも拘らず、話している内容は昔とほとんど変わりないことに驚いた。


 何故恋人ができないのかを話していたため理由を聞いたが、結婚すれば仕事に制約が生じてしまうからであるとのこと。うちの仕事は男女の格差はないが、それは結婚をしなければの話である。これじゃ男女平等にはほど遠い。いくつか課題は残っている。来年で基盤をしっかり整えないと。


 クリスマスがお開きになると、この数日間を静かに過ごした。


 僕らはいつもより一段と穏やかに、年末年始を迎えるのだった。

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