263杯目「大いなる賭け」
11月上旬、僕は優子を通じて愛梨を呼び出した。
無論、呼び出した先は璃子の家である。
葉月ショコラのオープニングスタッフとして迎え入れるには店の雰囲気に慣れてもらう必要がある。
優子が言うには、正午を迎えた頃に来る予定らしいが、正午を過ぎても愛梨の姿はない。しょっぱなから遅刻とはいい度胸だ。ちょっと気に入っちゃったかも。あのしなやかな白い肌と透き通った白っぽいブロンドの髪を早く見せておくれ。この日は日曜日だ。店も休みと思って予定を合わせたが、彼女が来るのが遅いために僕も璃子も客席として用意した机に突っ伏したままである。
ここも50席ほど用意したわけだが、果たしてどれだけ来るのやら。
コーヒーもあるからカフェのように過ごすこともできる。メインとなるのは数十種類もある多種多様なチョコレートだ。これらのメニューを考えるのは全て璃子の担当だ。
「全然来ないね」
「優子に連絡するか」
制服ポケットに入ったピンクのスマホに手をかけた。
「もうちょっとだけ待とうよ。外に出てやるような仕事とか、やったことないんだし」
「遅刻はしてもいいけど、職人としてのセンスがないのは駄目だ。あいつのチョコ作りのセンスが一般の人と同じかそれ以下だと思ったら容赦なく落とせ。身内補正は一切なしだ」
「いつもより厳しいね」
「厳しくせざるを得ない。あいつの場合は特にな」
チョコの腕は璃子に判定してもらえば問題ない。その道のプロに任せるのが1番だ。
愛梨には大きな問題がある。ストレス耐性が圧倒的に低いという点だ。
店側と客側が対等でない以上、店側にはぶちぎれない程度の辛抱が必要だ。
しばらくしてカランコロンとドアベルが店内に鳴り響く。扉の向こう側から、雨の音が直に聞こえると共に、ひょっこりと顔を出したのは愛梨だった。この日の雨はじゃんじゃん降りで傘が必要だった。だが彼女にとっては好条件だ。夜行性人間にとって日光は天敵だ。
選ばれし者としての代償を共有しているのか、少しは彼女の気持ちも分かる。
「申し訳ないっす。チョコを作るのに時間がかかってしまって」
「あぁ~、チョコ作ってたから遅刻したんだ」
「美味いチョコは作れたか?」
「一応自信作っすよ……怒らないんすか?」
「ここは日本じゃない。葉月珈琲だ」
愛梨の小さく細長い手に銀色の袋が握られていた。
空け口を縛った袋を受け取ってから開けてみると、中からとても可愛くて美味しそうなチョコボールが姿を現した。僕と璃子はそれらを一口ずつ口の中へと放り込んだ。
冷やしていたのか、カリッとした食感で歯応えがある。冷やして固めることで、チョコの食感を高めたのかな。噛んだ時の食感は味覚に大きく影響する。でも普通に冷やして固めたチョコと少し違うな。
「……これ、もしかして冷やしながら混ぜて作ったの?」
「よく分かったっすね」
「どういうこと?」
「通常は常温でチョコを作るんだけど、これは部屋を密閉してから冷房の部屋で作業をしながら作ることで、チョコの中までひんやり感が強くなって食感が良くなるの。この技術を知ってるなんて凄いね」
「優子さんに教えてもらったんすよ」
「でも味が均一になってないかな。問題があるとすればテンパリングだと思うけど、優子さんの手を借りずに自分の手で一生懸命作ったことは伝わってきたよ」
味は嘘を吐かない。優子が作ったチョコであれば、テンパリングで味を均一にできているはずだ。
いくつか食べてみたが、そのどれもがバラバラの味だ。それでもここまで美味い味のチョコが作れるあたり、ポテンシャルはそれなりにあるが、基礎が全然固まってないな。チョコレートだけに。
愛梨は不満そうな顔を隠しきれない。
「やっぱり駄目すか?」
「おやつとして食べる分にはいいけど、お店に出せるところまではいかないかな」
「――やっぱり外では働けないんすね」
「外で働くこと自体は簡単だ。問題は仕事ができるかどうかだ」
「私は動画投稿以外の仕事はしたことないっすよ。それなのに優子さんときたら、動画投稿以外の仕事もできるようにならないと、安心して1人暮らしを応援できないとか言ってきて、このままだと優子さんと一緒に商店街から引っ越すことになるんすよ」
「「!」」
想定外の言葉に僕も璃子も絶句する――愛梨までいなくなっちまうのか。
葉月商店街は店舗の入れ替わりが激しい。愛梨まで一緒に引っ越すとなれば、ヤナセスイーツがあった実家ごと手放され、優子が戻ってくることが困難になりかねない。
葉月商店街の店舗は商店街の中にあるというだけで人気が高く、手放した場所はすぐに売られることが決定している。空白は許されない。家として住むことなく、店としても使わないのであれば、優子の家が売りに出されてしまう。僕としては優子がまた戻ってきた時のために家を残しておきたい。
そんなことを考えていると、優子からメールが入った。
『あず君、ごめーん。あれから何人かパティシエの友達を当たってみたけど、みんな独立しているか、別の店舗に就職してる人ばかりで雇えそうにないの。友達が言うには、昨今のスイーツブームでパティシエが全面的に人材不足なんだって。後はあず君に任せた。それじゃーねー』
僕はスマホ画面に向かって眼光を飛ばした。
何がそれじゃーねーだよ。今のパティシエって、そんなに人気あるのか?
優子が頼れなくなった今、来年までにショコラティエを確保するのがより一層困難になった。愛梨しか頼れねえじゃねえか! 仕方がない。不本意ではあるが、ここは苦肉の策を用いるしかないようだ。
僕らにとっては最も得意で最も面倒な策をな。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「あず君、璃子さん、私の合否はどうなんすか?」
「……悪いけど、基本中の基本であるテンパリングができない内は――」
「いや、せっかくだから璃子が育成しろ」
「えっ?」
この世のものとは思えないビックリ顔で、璃子が僕に首を振り向けた。
「お兄ちゃん、さっきまでと言ってることが違うんだけど」
「璃子言ってたよな。即戦力なんていない。だから育てるんだって。ここは璃子の店だ。店の基本方針は葉月珈琲全店舗共通ではあるけど、その他のポリシーはマスターが決めていいことになってる。育てたいなら育ててもいいぞ」
「私はそれでもいいけど、愛梨ちゃんはどうなの?」
「私は全然構わないっすよ」
愛梨がジト目のまま淡々と答えた。テーブル席の椅子に座ったまま、スマホ画面と睨めっこを始めてしまった。どこまでも自由な子だ。面接とか一度も受けたことないなこれは。
彼女自身はその気みたいだが、愛梨には大きな前科がある。学校で自分の悪口を言ってきた同級生に大怪我を負わせ、事実上の退学になってしまったことがある。罪にこそ問われなかったものの、優子ですら扱いに困るほど捻くれてしまった。しかも愛梨の部屋の壁には所々穴が開いていたのだ。
優子に理由を聞いてみれば、嫌な目に遭う度に壁を殴ったり蹴ったりして、ストレスを発散するのが日課なんだとか。愛梨は迫害を受けやすい特徴を持っているばかりか、ADHDという感情のコントロールが著しく困難な特性まで持ち合わせている。これほど就職に向いていない人間が、かつていただろうか。だが愛梨が自立できなければ、優子と一緒に引越しだ。
慣れ親しんだ葉月商店街に……優子が戻れなくなる。
「愛梨、今日からここで修業しろ」
「……採用してくれるんすか!?」
愛梨が夜空の星々のように目を輝かせ、スマホをポケットにしまいながら僕に詰め寄った。
就職に対する適性はない。でも本当は外に出て活躍したいという彼女の声なき声が見て取れる。今活躍の場を与えなければ、彼女は一生家に引き籠り、腐った魚のような目で生きていくことになる。
「但し、1つだけ条件がある。怒りを抑えられるか?」
「えっ……怒りすか?」
「ただでさえ君は世にも珍しい特徴を持っている。日本では知名度も高くないし、周りからの反応は容易に想像がつくだろ。あいつらに会うたんびに、不審者を見るような目だ。相手によっては誹謗中傷の対象になりかねない。この国は9年間も義務教育を施すくせに、人の容姿を指摘するのがタブーであることは全く教えないからな。でもあいつらと同じレベルで戦っちゃ駄目だ」
「何を言われても、絶対に怒っちゃ駄目なんすか?」
「どんな場面が訪れても、平然と黙々と仕事をこなしていればいい。難しいことじゃない。気に入らない奴は最悪無視でも構わないけど、言い返すのもやり返すのも駄目だ」
愛梨はその表情を顰め、握り拳は赤くなり、今にも頭が噴火しそうなほど興奮している。
ストレスに耐えられないことが、発達障害者が就職しにくい理由となっている。無意味な我慢をしろとは言わないが、この国では店側のスタッフが客に対してぶちぎれることは、客商売最大のタブーだ。あくまでも個人ではなく、組織がトラブルの責任を問われる。
実力とは関係のないところで、会社の評判が下がるのは頂けない。
殴り合いになろうものなら最悪客が来なくなるだろうし、正直に言えばリスクでしかない。だがチャンスは与えてやりたい。それで駄目なら彼女も人生に諦めがつくだろう。
「……ずっと引き籠っていればいいんすか?」
「基本そうだけど、何を言われても平然と聞き流せ。感情を押し殺すゲームをしていると思えばいい。大人の世界は複雑怪奇だけど、1番落ち着いてる人が勝てるようにできてる。外で活躍したいか?」
「……はい」
ホッとしたような笑みを浮かべ、さっきまでの興奮は冷めていた。
愛梨が初めて外の世界での活躍を希望した。まずは口に出さなければ何も始まらない。
「その理由は?」
「……ダサい理由かもしれないんすけど……世間を見返したいんすよ。私みたいな不器用な人間でも、もっと表立って活躍できるように」
何だ……ちゃんと言えるじゃねえか。根は良い子らしい。愛梨を誤解していたのかもしれない。見た目や中身の特性だけで、こいつはこういうもんだと勝手に決めつけてしまっていた。他の人と何1つ変わらない特徴もある。愛梨は外の世界で活躍することで、自分と同じ境遇の人に希望を与えたいんだ。
希望がないなら自らが希望となり、誰かを照らせばいい。
愛梨は僕の教えをちゃんと受け継いでいた。だったら僕も彼女の気持ちに精一杯向き合ってやろうじゃねえの。優子への恩返しだと思えば、愛梨を雇うくらい訳もない。
「愛梨、発達障害持ちのモデルとか、アーティストとかで有名な人はいるけど、発達障害持ちのショコラティエで有名な人はまだ1人もいない。君が先駆者になるんだ」
「私が先駆者になるんすか?」
「そうだ。ショコラティエとしての実力を磨いて人気者にでもなれば、少数派の地位向上にも貢献できるはずだ。見た目だけでいじめを受けたり、不採用にされたりするような人を1人でも減らしたいと思ってるんだろ? 君はその役に選ばれた」
「一流のショコラティエになったら、世間を見返せるんすか?」
「もちろん。僕は学歴とか就職レールに頼らなくても生きていけることを証明して、文科省に謝罪までさせた。その結果、文科省自らが不登校を問題視するのはやめようっていう声明まで出したんだ。あの教育には限界があるってことを本元が認めたんだ。お陰で飯を食えない大人の候補生を減らすことができた。これは僕が認めさせたと言っていい」
「それ、自慢になってないからね」
「いいじゃん別にぃ~。そういう璃子だって、引き籠り志望だろ?」
「それは言わない約束」
「ふふふふふっ!」
突然、愛梨が顔を下に向けながら笑い始めた。
こんなとびっきりの笑顔を見たのは初めてだ。
いつもはムスッとしたジト目で不機嫌そうだったのに、笑うとこんなに可愛いんだな。この笑顔をもっと前面に出していけば人気者になれるはずだ。彼女は自分自身の特徴を知っているようで知らない。
「おかしなことを言ったか?」
「なんか大喜利みたいで面白かったんすよ。鉄板ネタなんすか?」
「お兄ちゃんはとんでもないことを言いながら平気でやってのける人だから、他の人には面白く見えるっていうだけで、ただの平常運転」
「璃子も人のこと言えねえだろ」
「お兄ちゃんほどじゃないよ。でも……そんなお兄ちゃんだから、世の中を変えることができたんだと思ってる。人と違うってことは、きっと他の人にはできない何かを成し遂げられるっていうメッセージなんだと思うよ。後は一歩前に踏み出す勇気さえあれば、愛梨ちゃんも今の自分を変えられると思うよ。お兄ちゃんがそうだったように」
「……」
璃子が愛梨の両肩を掴み、励ますように彼女の背中を押した。未来に淡い希望を抱いたような笑顔の愛梨は残りのチョコレートを全部食べた。自分の失敗作にけじめをつけているかのようだった。
美味しそうにチョコを食べる愛梨には、璃子もほっこりとした表情を浮かべ、自分もチョコを作りたくなったと言わんばかりに、クローズキッチンへと向かった。
「……もし私が……制服を貰えたら……勇気で応えるっすよ」
愛梨が曇り1つない目を僕に向けながら言った。
その顔には何の迷いもなく、確かな自信と度胸だけで満ち足りているようだった。早速愛梨にお望み通りの制服を与えた。その白い見た目とは裏腹に、黒を基調としたデザインの制服だ。黒いブラウスに茶色のコルセットというショコラティエの雰囲気を前面に出した可愛らしいデザインの制服だった。
「結構似合ってるじゃん」
「これを着て営業するんすか?」
「一応自分で作ったり、どっかの店で買ったりしたものを持ってくることもできる」
「これ、凄く気に入ったっす。チョコを意識してるのが露骨に表れているっすね」
「早速テンパリングからやってみろ。練習用にカカオ豆を用意してある」
「使っても大丈夫なんすか?」
「未来への投資だ。それで美味いチョコが作れるようになるなら結構。璃子、後は任せた。来年までに立派なショコラティエに成長させろよ。じゃあな」
逃げるように璃子の新居から立ち去った。璃子は面倒な役を押しつけやがってと言わんばかりの顔で僕をジーッと眺めていた。愛梨はとても満足そうな顔で、僕を窓越しに見送ってくれた。
本当に大丈夫だろうか――いや、もう決めたことだ。使うと決めたら、疑うことはならん。
「結局雇うことにしたんだ」
翌日、いつものように仕事をしにやってきた優子が僕をからかうように言った。
「誰のせいだと思ってんだよ?」
「本来人事っていうのは、役員であるあんたたちの仕事でしょー」
「それはそうだけど、僕らだけじゃ大変だ」
「だったら各店舗のマスターに人事権を与えたら?」
「そうは言ってもなー。また魂と知性の抜け殻みてえな連中を雇われたら困る。施設にいた奴は雇わないっていう条件でもつけない限り無理だ」
「何で施設にいた人は雇っちゃ駄目なの?」
「だって施設に通ってる時点で就職向いてませんって言ってるようなもんじゃん。働くでもない学ぶでもない連中を雇ったところで、足手纏いにしかならねえよ。うちは元からポテンシャルがある人を育てるのは得意だけど、無気力で何もやる気のない連中をその気にさせた上で伸ばすなんて冗談じゃねえ。何で教育失敗の尻拭いを僕がしなきゃいけないわけ?」
「「あー言えばこーゆー」」
璃子と優子が呆れた顔で言った。
人事権を各店舗のマスターに移譲すれば、役員としての負担は減るだろう。
だが一緒に働く相手を選べないんじゃ、わざわざ起業した意味がない。誰かが選んだ人と同じ会社で働くには勇気が必要だ。そのことも2人に伝えた。
「なるほど、クラスメイトを選べなかったトラウマの反動だね」
「誰かと同じ会社で働くんだったら、やっぱ自分が選んだ人じゃないと」
「あず君、それを言うなら、あたしだって、伊織ちゃんや真理愛ちゃんと一緒に働く道なんて選んでないわけだし、全然想定してなかったよ」
「別に2人のことを嫌ってるわけじゃねえだろ?」
「もちろん。あたしは伊織ちゃんのことも真理愛ちゃんのことも大好きだよ。まさか一緒に働くことになるとは思ってなかったし、最初は一緒にやっていけるか不安だった。でも2人と一緒に過ごしている内に段々打ち解けていったの。ぶっちゃけあず君の会社で働けるなら同僚なんて別にどうでもいいの。余程迷惑な人でもない限り、適性さえあれば問題ないよ」
「そうそう。お兄ちゃんは対人関係を恐れすぎ」
「璃子がそれを言うか」
僕以上に対人関係を恐れているこいつに言われたくはない。事実上の引き籠りになって、クローズキッチンから一歩も出ないような閉鎖的で要塞化された生活を目指して、もうすぐ独立するくせに。
「あず君、あたしは一緒に働く相手を選べるんだったら、それに越したことはないと思うよ。でも時には自分が全然知らない相手ともつき合わなきゃいけないこともあるの。お客さんだってそうだし、初めて会うような人と仲良くなれる保障はないけど、適度な距離を保っていれば、多少摩擦があったとしてもそうそう悪いようにはならないと思うよ。あず君は過去のトラウマで集団生活が嫌いになっちゃってるみたいだけど、学校は他人との摩擦に慣れるための訓練所でもあるんだよ」
「そんな時代は終わった。気が合う人とだけつるめばいいじゃん。気に入らない相手はブロックして終わりなんだからさ、他人との摩擦に慣れるための訓練をする意味があるとは思えない」
「あず君が各店舗で雇ってる人たちは、みんな一緒に働く相手を選べない立場にいる人だよ。それでもトラブルを起こさず、お店の営業が成り立っているのは、あず君が馬鹿にした集団生活の訓練をしていたお陰だよ。各店舗のマスターはあず君が雇った人たちでしょ。信用はできても信任はできないんだ」
優子が珍しく僕に意見をぶつけてくる。
人事はずっと僕か璃子が担当してきた。僕らが信用できる人をこの目で見定めて雇い、各店舗に配置する方法を取ってきたが、彼ら自身は一緒に働く相手を選べない。それに関しては確かに優子の言う通りだった。彼女は僕が人を信任できていないことを見抜いていた。
各店舗のマスターは僕が雇った連中ばかり。だが優子は僕がその連中を信用と信頼はしてはいても、信任はできていないことを指摘しているのだ。
信じて用いること、信じて頼ることはできても……信じて任せることはできていなかった。
何故僕は人に任せられないのだろうか。
「あず君は各店舗のスタッフ同士がブロックし合ってギスギスしていても問題ないわけ?」
「そうだよ。ブロックするのは簡単だけど、本当はもっと仲良くできたかもしれない相手との可能性を全部潰しちゃうんだよ。みんながみんなプライベートで気に入った人とだけとつるむのは勝手だけど、仕事中は相手と気が合うかどうかなんて関係なく仕事をこなすくらいできないと、社会が回らないよ。愛梨ちゃんだって、気が合うかどうかも分からない人たちとつき合う覚悟ができたから入社を決めたんだよ。お兄ちゃんが愛梨ちゃんに怒りを抑えるように言ったのも、仕事中は何があっても辛抱が必要だってことを知っていたからじゃないの?」
「……明日から人事権を各店舗マスターに移譲する」
「「ふふふふふっ! はははははっ!」」
璃子と優子がツボにハマったかのように笑い出した。
気に入らねえけど、璃子と優子が言っていることの方が筋が通っている。
論破されたら素直に従う。プライドの高い日本人には一生かかってもできない行為だろうが、僕にとっては至って簡単な話だ。大したことじゃない。璃子は純粋な賢さでは僕を上回っている。
それを計算に入れていなかった僕のミスだ。璃子は僕以上に対人関係には臆病だ。一方で対人関係を築くことの重要性を知っているし、愛想の良さで無難に立ち回ることもできる。
大人とは、きっと璃子のことを言うんだろう。
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