260杯目「栄光は誰の手に」
――大会7日目――
バリスタオリンピック決勝の火蓋が切られた。
多くの観客が歴史の生き証人になろうと駆けつけ、超満員となっている。
スペシャルゲスト実況として呼ばれ、運営放送室で実況や解説を務める人たちと交流していた。みんなこの大会に参加したことのある人たちばかりだった。考えてみれば当たり前の話だ。現場を経験した者でなければ実況や解説を務める資格はないというのが僕の自論である。決勝はブース間の壁が全て取り払われ、客席も大幅に増えるし、客席がステージ上を囲む形となるため、緊張感が一気に増すのだ。
眼鏡をかけた短髪の白人男性が僕に話しかけてくる。彼は運営サイドの実況だ。僕はバリスタ競技会のプロと見なされているため、実況ではあるが、解説も兼ねている。
「アズサは前回決勝の舞台で緊張したか?」
「もちろん緊張したよ。良い意味でな」
「決勝で最も心掛けるべきことは何?」
「昨日までと同じルーティーンを維持することかな。舞台の規模は変わってもやることは一緒だから、いつも通りにやればいい。プレゼンを3回やりに来たって思えばいい」
「結構シンプルに考えるんだね」
「周りの人が難しく考えすぎているだけだ」
競技が始まるまでは他の実況や解説の質問に答える時間が過ぎていく。何という因果だろうか。真理愛は最終競技者としての締めを飾ることに。最も緊張感の高まる順番だが、今の彼女には関係ない。
観客席で伊織と千尋が真理愛と仲良しそうに話しているのが、運営放送室の窓から見えた。
2人共真理愛を落ち着かせようと気を使っていることが見て取れる。
「私のことは覚えているかい?」
「ああ、もちろん知ってる。第1回バリスタオリンピック1991年アテネ大会チャンピオンにして、デンマーク代表のヘンリックだろ?」
「最後に会ったのは、アズサが2008年のWBCに出た時だから11年ぶりだな。アズサ、君は本当に凄いよ」
「どっかで見たことある顔だと思ってたけど、調べてみれば、初代チャンピオンだったとはな」
僕が2008年のWBCに出場した時、ファビオの計らいで急遽僕のバリスタコーチを務めてくれることとなったヘンリックこそ、バリスタオリンピック初代チャンピオンという輝かしい実績を持つレジェンドバリスタだったのだ。
後で気づいた時は、運命が最高峰のバリスタコーチを引き寄せてくれたのだと思った。
今にして思えば、最高のポテンシャルを持ったバリスタ、最高のコーヒー豆、最高のバリスタコーチがあの瞬間だけ重なっていたんだ。そりゃ優勝するわな。
あの出会いの日々は奇跡としか言いようがなかった。本人は目立ちたくない性分であったため、普段は誰にも本当の身分を明かすことなく、ひっそりとバリスタ兼バリスタトレーナーとしてデンマーク代表のコーチを務めていたが、最近は運営側に呼ばれ、解説の仕事をするようになったという。
「君が私の店に来るまでは外国人のコーチを引き受けたことはなかった」
「あんたがいてくれなかったら、僕は今頃家に引き籠って一生ニートしてたかもしれない。そう思うと本当に怖いよ。バリスタ競技会が僕の人生を変えたのは間違いない」
「今じゃ立派な御意見番だね。コーヒー選びのセンス、コーヒーに対する深い理解力、そしてバリスタという職業に対する強い拘り、あのキラキラとした目、自信に溢れた笑顔を見て、こいつならコーヒー業界に革命を起こしてくれると思った」
ヘンリックはコーヒー業界がまだ小さかった頃のチャンピオンであるためか、コーヒーファン以外の人で彼を知る者は少ない。でも全員が初参加で大会自体が試行錯誤の中で結果出したのは本当に凄い。大会レベルは創成期の頃とは比べ物にならないと彼は言うが、僕は全員が同じ条件の中で、その他大勢から抜きん出ること自体が凄いと返した。この部分に関して言えば、レベルとか関係なく偉大だ。
運に助けられた部分もあるだろうが、それは僕とて同じである。
「一度アズサと一緒に仕事をしてみたいと思っていた。今日はよろしく頼むよ」
「こっちこそ、レジェンドと一緒に仕事ができて光栄だ」
「バリスタ教育にも力を入れているみたいだね」
「行く行くは動画を見ているだけで、バリスタとしての基本が自然な形で身につくようにできれば理想だと思ってる。バリスタ教育を通して生きる力を身につけることを目標にしてる。全員がバリスタを目指しているわけじゃない。でもどんな仕事をするにしても生きる力は必要だから、生きる力を養うためのバリスタ教育で生徒の中から1人でも次世代を担うトップバリスタが出てきてくれればそれでいい」
「なるほど、人間教育なんだね。どうしてやろうと思ったの?」
「お恥ずかしいことに、今の日本の教育は、生命力も創造性も好奇心も減退させるばかりだ。そのせいで無気力なニートがその数を増やしてる。これはいかんと思って始めた」
「要するに学校の代わりってわけか。時代の変化に敏感な君がそう言うなら、間違いないんだろうね。日本が課題を克服することを祈ってるよ」
ヘンリックは遥か遠くから対岸の火事を見ているかのように言った。完全に他人事だ。彼が住むデンマークには、世界トップレベルのバリスタが数多く揃っており、教育における課題も克服している。
彼の発言を聞いた時、日本は教育後進国なのだと確信した。
正午を迎え、バリスタオリンピック決勝が始まった。
今大会は前回とは打って変わり、誰もレパートリーポイントを積極的に狙おうとはしない。今大会からはレパートリーポイントによるスコアの上昇幅が若干下がっている。レパートリーポイントでハイスコアを狙っていた僕にとって、前回大会こそが優勝できる最初で最後のチャンスだったかもしれない。
チャンスとは、言ってしまえば、ど真ん中に投げられたストレートのようなもので、チャンスは誰にでも一定確率で回ってくるが、逃せばもう回ってこない。いつ打席が回ってきてもいいように、入念な準備をしておく必要がある。これを逃せば次はないと思えるかどうかが、僕の人生の決め手だった。
「最後の競技者は君の同僚か?」
「ああ、決勝でもどうにか戦えているみたいだ」
「今後は君の育てたバリスタたちが日本のコーヒー業界を牽引していくだろうね。ブレンダーに液体窒素まで使ってるけど、あれはどうしてなんだい?」
「液体窒素を使うことで、ドリップコーヒーならではのライトな味わいに加えて、コーヒーのフレーバーをしっかりと感じる。彼女自身が他の人の競技からヒントを得て、自分のコーヒーに取り入れた」
「思い切ったね」
ヘンリックが言ったのも無理はない。今大会では多くのバリスタが新たなシグネチャーのプロセスに挑戦しているため、段々とついていけなくなってきているのだ。今大会では守りに入るバリスタが多かった一方で、革新的なシグネチャーに挑戦する者も多く見られた。前回大会で僕の優勝が刺激となったのか、アジア勢の課題であったコーヒーカクテル部門のスコアの低さを克服する者も出てきた。
前回大会終了時までは、僕が何を言ってもあっさり流されることが少なくなかった。
夕刻、全員の競技が終わり、結果発表と閉会式を残すのみとなった。
ヘンリックの実況には目を見張るものがあった。
1人1人の特徴を的確に捉え、僕に質問をしてくることがあまりなかったほどの博識だ。8年ほど前から運営側の実況をしているようだが、今ではこの仕事が板についているようだ。
「そろそろ行った方がいいんじゃないか? もうすぐ結果発表の時間だ。君と一緒に仕事ができて本当に光栄だった。アズサがバリスタオリンピックチャンピオンになれた理由もよく分かった」
「こっちこそ、良い時間を過ごした。あんたには解説の仕事が合ってるんじゃないかな?」
「そうか? なら続けてみようかな。アズサは経営者の仕事よりもコーチの方が向いていると思うよ」
「それは僕も感じていた。経営なんて仕組みさえ整っていれば、誰がやってもあまり変わらない。経営者の仕事が一通り終わったら、家族でのんびり暮らす夢を叶えてもいいんじゃないかって思えてきた」
「ふふっ、私にはアズサが今までずっと競技会に挑戦し続けてきた過程そのものが、のんびり暮らす夢のように見えているがね。アズサ、老いるのは早い。独りで老いるなよ」
ヘンリックが笑いながら言った。遊ぶように仕事をする時代だし、そんな風に見えても全く不思議ではない。彼には全てお見通しのようだ。最後の言葉にも印象深いものを感じた。
僕には最後の仕事がある。前回大会チャンピオンとして、今大会のチャンピオンに優勝トロフィーを渡す役目だ。次世代を担うバリスタに、これからのコーヒー業界の牽引を任せる儀式でもある。
「今度うちに遊びに来てよ。いつでも待ってるからさ」
「ああ、必ず行くよ。ほらっ、行ってこい」
ヘンリックが実況室の扉の方向に向かって僕の背中を押した――。
僕は後ろを振り返らず、闊歩しながら会場へと向かった。
これから行われる結果発表で、それぞれの人生が決まるといっても過言ではない。
会場にいる誰もが結果発表を待ち、優勝するバリスタを予想している。大会終盤における風物詩と言ってもいい。コーヒーイベントの一環で行われていることもあり、競技が行われていない時は、みんな他のブースで売られているコーヒーや抽出器具に夢中になっている。ファイナリストとなった5人のバリスタが会場中央に揃い、司会者が恐る恐るマイクを手に取り、会場にいる観客が言葉に耳を貸した。
「皆さんいよいよお待ちかね、結果発表の時間がやってまいりました。最初に言っておきます。これから私は世にも残酷な発表をしなければなりません。どのバリスタも素晴らしい競技でした。ですが私たちはスコアと順位をつけなければならない。これからのコーヒー業界を牽引していくチャンピオンを決める責任があります。それが運営側の仕事であることをご理解いただきたい」
司会者が言いたいことも分かる。本来人に順位は存在しない。そんなものは誰かが勝手に作った虚構でしかない。順位をつけ、チャンピオンに多くの人々が群がる姿は壮大なフィクションである。
順位が全てとは言わない。競争が嫌なら参加しなくていい。僕は競争に参加するかどうかを任意で選べる社会を作りたいのだ。ここにいる5人は既に世界最高峰のバリスタだ。彼らにとっては頂上決戦である。説明中に1枚の紙が運営スタッフから司会者に渡された。あの紙に全員の順位が書かれている。
遂に運命の時が訪れた――。
「それでは今から順位の低い順にバリスタを発表し、最後にバリスタオリンピックチャンピオンを発表するものとします。是非とも拍手と声援で、選ばれしバリスタたちをお迎えください。皆さん、モニターにバリスタが映し出されますので、ご注目ください」
司会者が落ち着いた様子で、演説のような説明をしている。
みんなから見えない場所からファイナリストたちを眺めている。
みんなの後姿からは、何とも言えない緊張感が漂っている。こうしてみると、何だか過去の自分を客観視しているようで、不思議と背中が痒くなってしまう。
「第5位は……日本代表、マリアーカトー!」
真っ先に真理愛の名前が呼ばれると、真理愛は観客からの声援と拍手に笑顔で応え、5位のトロフィーと黒メダルを受け取り表彰台に立った。トロフィーは従来と同様に階段状の土台であり、とても重量感があるが、実際はそんなに重くない。だが彼女にはとても重く感じているだろう。
「第4位は……フランス代表、ジョゼーモリエールー!」
12年前のバリスタオリンピックチャンピオンの愛弟子なだけあって、落ち着いた様子だ。4位のトロフィーと白メダルが送られ、それを笑顔で受け取っている。内心とても悔しいだろうが、それでも笑顔で応えるのがトップバリスタとしての立ち振る舞いであると、今なら理解できる。
「第3位は……アメリカ代表、マイケルーフェリックスー!」
意外にも3位はマイケルだった。マイケルはバリスタオリンピックにおいて金銀銅3つのトロフィーとメダルを受け取った唯一のバリスタとなった。3位のトロフィーと銅メダルを受け取り、表彰台へと上った。これが、マイケルがバリスタ競技会で活躍した最後の姿であった。僕らの中で最も優勝から遠いと思われたディアナと、優勝候補にさえ挙がらなかったマチューが生き残った。どちらも準優勝は確定した。たった1つの王座を2人で取り合うわけだが、僕にもどっちが勝つかは全く予測がつかない。
司会者の緊張感が高まり、さっきよりもゆっくりと話している。
手の込んだ演出はいいから早く発表してくれ。今にも心臓が飛び出しそうだ。
そして――。
会場がシーンと静まり返り、2人が肩を組みながら天に祈りを捧げた。
「第2位は……オランダ代表、ディアナーキールストラー!」
固唾を飲んで結果を見守っていた会場から、歓声と拍手が噴火するように喝采し、人々の盛り上がりはピークに達した。僕らの秋は終わった。ここにいる誰もがそう思った。2位のトロフィーと銀メダルを受け取ったディアナが表彰台に上った。彼女は身内の中で唯一マイケルに勝ったバリスタとなった。
「皆さん既にお分かりかと思いますが、今大会の栄えあるバリスタオリンピックチャンピオンを発表しましょう。スイス代表、マチューコンスターン!」
再び会場が惜しみない拍手と歓声に包まれた。
マチューは両手で顔を隠しながら驚きを隠せずにいる。恐る恐る表彰台の1番高い場所に上がったところで、僕が颯爽と優勝トロフィーを持ちながらステージ上に顔を見せると、会場が更なるどよめきと共に歓喜の声が上がった。真理愛たちもこれには思わずパックリと口を開けた。
僕がこうやって登場することは、誰にも知らせていなかった。
「優勝おめでとう」
「ありがとうアズサ。これからも頑張るよ」
優勝トロフィーを渡し、金メダルを彼の首にかけた。
この光景は歴史的瞬間として、ずっと語られ続けることになるだろう。
ふと、僕はモニターに映し出された順位とスコアを見た。
1位 マチュー・コンスタン スイス 932.4
2位 ディアナ・キールストラ オランダ 925.9
3位 マイケル・フェリックス アメリカ 922.5
4位 ジョゼ・モリエール フランス 914.3
5位 加藤真理愛 日本 913.0
誰が優勝してもおかしくないスコア差だ。真理愛は最後の最後で900点の大台に乗せ、決勝最下位ながらも恥ずかしくないスコアとなっている。続いて部門賞が発表された。エスプレッソ部門賞、ブリュワーズ部門賞はマイケルが、ラテアート部門賞、マリアージュ部門賞はマチューが受賞した。
真理愛はコーヒーカクテル部門賞を受賞し、世界最高峰のコーヒーカクテラーの称号を守った。コーヒーカクテルだけは誰にも負けないことをここに証明した。これは彼女なりの意地かもしれない。
しばらくして結果発表からの記念撮影と閉会式が終わった。
バリスタオリンピック2019ウィーン大会は、その幕を閉じたのであった――。
僕らが会場の控え室で帰る準備をしていた真理愛を訪ねた時だった。
「あず君……ごめんなさい」
いきなり真理愛が涙を流しながら僕に抱きついてきた。
僕は彼女を優勝に一歩でも近づけるように投資をしてきた。
彼女もよく分かっていただけに、結果を受け止めきれなかった。今までの投資に応えられなかった申し訳なさで真理愛の胸はいっぱいだった。本気の悔しさ、それが彼女の成長を物語っていた。
「全力でやった結果なら、僕も文句は言えない。この長い1週間をよく戦い抜いた。コーヒーカクテル部門賞は確実に取ってくれると思ってたけど」
「ううっ、うっ、あああああぁぁぁぁぁ!」
普段は大人しく冷静で穏やかな真理愛が、ここまで感情を剥き出しにして泣いているところは初めて見た。僕も伊織も千尋も、思わず貰い泣きをしてしまった。
伊織も千尋も、この光景には考えさせられるものがあったと感じている様子。
「真理愛さん、コーヒーカクテル部門賞の受賞とファイナリスト入賞おめでとうございます。あの大舞台で活躍していた真理愛さん、とてもカッコ良かったですよ」
「ありがとうございます。私はもうバリスタ競技会からは引退しますけど、これからは皆さんがバリスタ競技会を引っ張ってください」
「はい。次は私が真理愛さんに代わって優勝してみせます」
「僕だって負けてられないよ。真理愛さんにあんなカッコ良い光景を見せられたら……ね」
穂岐山社長たちがやってくると、真理愛を取り囲みながら、ファイナリスト入賞を大いに祝った。
さっきまで僕の胸に顔を預けながら泣きじゃくっていた真理愛の姿はもうなかった。
負けはしたが、この経験は真理愛にとって大きな財産になったはずだ。来年からは別の店舗に移り、本来自分がやりたかった仕事に専念することとなる。
この日の夜、ライブハウスで真理愛とディアナのファイナリスト入賞祝いパーティが行われた。
そういえば、祝勝会以外でこういうパーティに参加したのは初めてだな。
「あず君って本当に凄いね。身内を決勝まで連れていくなんて」
「あれはあいつら自身の功績だ。正直に言うと、決勝までいってくれるとは思ってなかった。でもあいつらは、その下馬評を見事に覆した」
「葉月珈琲から2年連続でファイナリストが出ましたから、大きな宣伝になりそうですね」
「今頃うちの本店は偉いことになってるだろうな」
「何で分かるの?」
「璃子から早く戻って来いってメールが届いた」
「「「あぁ~」」」
伊織、千尋、真理愛の3人が同時に頷いた。
葉月珈琲も葉月ローストも真理愛の決勝進出が決まってからは大忙しだ。今までは1つの店舗から、2人のバリスタオリンピックファイナリストが誕生したことはなかった。
それだけ葉月珈琲が注目されている証だ。真理愛の決勝進出により葉月珈琲の影響力が更に伸びた。優勝はできなかったけど、うちの売り上げにはかなりの貢献をしてくれた。
彼女の異動先は間違いなく大盛況になるだろう。
鈴鹿の好きな曲である、翼をくださいを弾いた。これは鈴鹿とのお別れを惜しむだけでなく、世界一のコーヒーカクテラーとして、世に羽搏いていく真理愛を祝う意味もあった。
穂岐山社長たちも、ここでのパーティにつき合ってくれている。
明日には帰るらしいが、僕もうかうかしちゃいられない。大会終了時点で全員がフリーである。既に帰国してもいいことを伊織たちに告げているが、伊織と千尋は僕に付き添うらしい。
翌日――。
まだここでのカフェ巡りを済ませていなかった僕らは、今までの欲求を爆発させ、ウィーンの町へと繰り出そうとしていた。夜になれば帰国の便に乗るため、もうライブハウスに戻ることはない。鈴鹿とここで別れるのは辛いものがあった。彼女は僕の数少ない理解者だ。
ウィーン市内には、昨日のバリスタオリンピックの話題で盛り上がる客が大勢いた。
朝にはディアナとアリスは僕らに礼を言うと、また会うことを誓い合い、それぞれの国へと帰国していった。来年からはうちの一員なだけあって、また会えるのが楽しみだ。
「鈴鹿、色々世話になった。貸しができちゃったな」
「何言ってるの。私はあの時の借りを返しただけ。弟の仇を討ってくれた上に、私を世界へと羽搏かせてくれたでしょ。感謝してるの。あなたが弟の仇を取ってくれたあの日から、私は弟の悪夢を見なくなったの。ちゃんと成仏してくれたんだって、すぐに分かった」
「鈴鹿ぐらいの人でも、神や仏を信じるんだな」
「あず君だって、見えないものの力に気づいてるくせに」
「怖いこと言うなよ。現実を相手にしてるだけで精一杯だってのに」
「ふふっ、あず君はもう十分現実に太刀打ちできるだけの影響力を手に入れたでしょ。あず君が使っていた部屋、いつでも空けておくから、近くを訪れた時は、また遊びに寄ってね」
「うん、必ず会いに来る」
見尾谷楽器店に縛りつけられていた鈴鹿の魂は解放され、世界へと羽搏いていった。
そんな彼女も、今や日本を代表するピアニストとなっている。何かの道で1番を究めた者は、いずれ教える側になる。これはある意味、世界の理かもしれないと僕は思った。
カフェ巡りを楽しんだ僕らは、日本に帰国するべく飛行機に乗った。
帰りの便で今までの疲れがドッと出たのか、僕らはすっかり寝息を立てながら熟睡していた。
これにて第10章終了となります。
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