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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第10章 バリスタコーチ編
236/500

236杯目「難ありの裏予選」

 4月上旬、バリスタオリンピックラストチャレンジが東京で開催された。


 とはいえ参加者は前回と同様にアジア勢ばかりだ。東京での裏予選が最終戦だ。他の裏予選は既に終わっている。ここで2位通過者全員の順位が決まる。半数以上がクリアできるが油断してはいけない。このラストチャレンジも段々とレベルが上がっている。


 そうこうしている内に真理愛の競技が終わった。


 ステージの設置から片づけまでを俊樹が手伝っている。


 特に大きなミスもなく、僕のアドバイス通りにラテアート部門を最後にし、なるべく時間を多く確保して臨んだ結果、彼女は余裕を持って最高の出来栄えとなったラテアートを描いた。


 エスプレッソ部門とブリュワーズ部門に課題を残しながらも、コーヒーカクテル部門では今回のラストチャレンジ参加者の中で最高のスコアを記録した。選考会でもコーヒーカクテル部門は1番のスコアだったし、やっぱりここには絶対の自信があるんだな。


 マリアージュ部門のスコアが高いのは、優子の力添えによるところが大きい。うちで仕事を続けていたことで、コーヒーとスイーツの相性を知り尽くし、前回と同様に真理愛を力強く支えてくれていた。


「千尋、真理愛の競技はどう?」


 僕が観客席に座っている千尋の横顔を見ると、のっそりと彼の隣に腰を下ろした。


「調子はかなり良かったと思うけど、前回のあず君みたいに、全部門全てのコーヒーでレパートリーポイントを狙うのは難しいから、得意な部門はそのままにして、他の苦手な部門でレパートリーポイントを稼ぐのが無難だと思う。真理愛さんがやっていたのは本戦の予選用で、シグネチャーは僕の考えたアイデアを元に作ったものを採用したけど、あれじゃ準決勝までいけないよ」

「エスプレッソとドリップコーヒーに、やや難があるからなー」


 内訳は千尋が指摘した通りだった。ラテアートは真理愛の専門ではなかった。


 平均以上の出来栄えだが、これは時間を余分に確保することでカバーできているだけであり、コントラストや絵の繊細さでは、これを得意とするバリスタに大きく負け越していた。


 ここまでずっとラテアートとは無縁に過ごしてきたのが仇になったか。


「おやおや、こんな所にいたんですね」


 横から聞き覚えのある声が聞こえた途端、千尋は背中に氷でも投入されたかのような寒気を感じた。


 声の正体は杉山景子だった。


 しかもその後ろには、彼女の父親である杉山平蔵(すぎやまへいぞう)が佇んでいる。


 黒いスーツに白髪交じりの黒髪が年齢を感じさせる。


 何度も修羅場を乗り越えてきた男の顔だ。その風を切るような威厳は今までの社長とは全く異なる。穂岐山社長や中津川社長のような優しそうな風格はない。一目見て分かった。こいつはやばいと。


「げっ! 何で杉山さんがここにっ!?」

「私は今月まで慶応在籍なんだから当然でしょ。でも意外だなー。酒造のグループの息子がお酒を差し置いてコーヒー会社で働くなんて」

「僕はまだ未成年なので。何か用ですか?」

「娘との結婚だが、いつ頃がいいかな?」


 渋く低い声で杉山社長が言った。多くは語らないが、目に物を言わせるタイプであることは、何を考えているか分からない瞳を見れば分かる。何をそんなに焦っているのかは知らないが、結婚を戦略の道具として使うあたり、距離を置いた方が無難な相手ではある。


「僕は娘さんと結婚する気はありません」

「もし君がうちの娘との結婚を拒否するのであれば村瀬グループは重大な取引先を失うことになるが、それでも構わないと?」

「別に構いません」

「葉月珈琲と業務提携を結んだようだね。思い切った決断とは思うが、その決断は少々不味かったね」

「何故です?」

「君の親父さんに聞けば分かるよ」


 意味深な言葉を残し、杉山社長が立ち去ろうとする。


「村瀬グループを貶めるなら、まずやるべきことがあるよな?」


 杉山社長が後ろを向きながら足を止めた。


「何のことかな?」

「千尋は答えを出した。あんたも潔く娘の結婚を諦めるべきじゃねえか?」

「コーヒー業界のレジェンドともあろうお方が、内政干渉はやめた方がいいぞ」

「うちが村瀬グループと取引している以上、今村瀬グループに潰れてもらっちゃ困るんだよ。それに千尋は無理矢理婚約させられたことで、業務に支障が出てんだよ。早い内に婚約はあんたの勘違いだったと表明しろ。じゃなきゃ千尋に対する業務妨害で訴えるぞ」

「裁判でうちに勝てるとでも?」

「企業にとって最大の急所は評判だ。裁判さえ起こせば、あんたらの評判を下げるには十分だ。僕が訴訟を起こせば、世界中のファンが一斉にあんたらに牙を剥くだろうよ。こっちが訴えた時点で、あんたらの負けだ。それでもやるか?」

「そうきたか」

「僕は本気だ」


 僕は観客席から立ち上がり、一歩詰め寄ってから念を押すように言った。


 千尋は必ず僕が守る。社員1人守れないで何が社長だ。力は人を貶めるために使うんじゃない。豊かで楽しくて平和な人生を守るために使うものだ。トレンドだが何だか知らねえけどよぉ……そんなくだらない流行のために、1人の人生を犠牲にしようってことなら容赦はしない。子供が大卒する前に誰かと婚約を決めることが、富裕層のトレンドになっているのは、あまり好きではないな。


 結婚自体が向いていない人間がいることを想定していないところに頭の悪さを感じる。同調圧力は好きになれない。一応調べてはみたが、今の富裕層たちはかつての皆婚時代を自分たちだけでも取り戻したいと考えているらしい。だから今、グループ企業の中で婚約が流行っている。


 何故こんな馬鹿げたブームが流行り始めたのか。


 事の発端はマイスターこと、相川秀樹を始めとしたグループ企業御曹司たちの出生率の高さにある。


 相川は早い内に同級生である優と結婚し、今では4人の男子を儲けている。これが脈々と受け継がれていくグループ一族の成功例として取り上げられたことで、世継ぎを早く儲けたいという富裕層たちの本音に火がついたのだ。富裕層の間ですら少子化が問題になっている。金持ち同士の結婚なら子供たちが生き延びる確率も高いし、自分の娘を嫁がせれば、孫の代で相手の会社を自分のものにできる。


 かつてのハプスブルク帝国は、このやり方で繁栄してきた。


 まあ、あっちは違う意味でやばかったけど――。


「あのー、ちょっといいですか?」


 後ろから競技を終えた真理愛が恐る恐る片手を上げて話しかけてくる。


「何か用ですか?」

「えっと、あなたは千尋さんが好きなんですか?」

「はい。とっても気に入ってます」

「確か私が大学を卒業した後に始まったトレンドだと思うんですけど、私も両親から他のグループや大企業の息子さんと結婚するよう何度も促されて、危うくトレンドに乗せられそうになったんです」

「……あなたもなんですか?」

「はい。恥ずかしながら、その時の私は両親の言いなりだったんですけど、そんな時に偶然今の社長と出会って、もっと自由に生きてもいいんだと教わりました」

「……自由」


 自由という言葉を聞いた瞬間、杉山の表情に迷いが生じた。彼女は頭の中で今の自分の行いに正義はあるのかと自らに問い質している。洗脳の螺子が取れかかっているのがすぐに分かった。


 そうか……もしかすると……彼女こそがこの件の最大の被害者なんじゃないか?


「景子、お前は村瀬グループに嫁ぐのが使命だ」

「使命だか何だか知らねえけどさ、あんたの勝手な陰謀のせいで千尋もあんたの娘さんも苦しんでる。何でそこまで政略結婚に拘るわけ?」

「私たちには自由意思で生きるよりも、ずっと大事なことがある」

「誰かの人生を犠牲にしてでも優先すべき事項か?」

「そうだ。杉山グループは、いずれ世界的企業となって、後世まで名を遺すことが目的だ。そのためには犠牲もやむを得ないことだ。悪いことは言わん。千尋君をこっちに渡してくれ」


 杉山社長が言うと、千尋は体を震わせながら僕の後ろに隠れた。世界的企業を目指す社長が、こんなに人が嫌がってるのを理解できないなんて、どこまで自分勝手になれば気が済むんだ?


 もはや怒りを通り越して、憐れみと呆れさえ感じるくらいだ。


 ここは一度、野望をぶっ壊すくらいしないと、目が覚めないのかもしれん。


「千尋はあんたのせいで彼女とデートをすることもできない。そこまでして血筋を重視する理由が何かは知らない。だが1つ確かなのは、あんたが時代の変化に気づいていないということだ」

「時代の変化にならとっくに気づいている。杉山家はこの少子化の時代を乗り切るつもりだ。確か君には3人の子供がいるそうだが、君も長男に受け継がせたいんじゃないのかな?」

「誰が後を継ぐかを血筋で決めようと思ったことはない。たとえ実子であっても、適性がなかったら無理に跡は継がせない。親にできることは衣食住と教育を受ける自由の保障をするだけで、どう生きるかは子供たちが決めることだ。親ってのはな、見返りを求めないスポンサーであるべきだ。昔みたいに自分の駒として使うのは文明的じゃない。今は個人の時代だし、会社なんてただの媒体だ」

「その答えが事実婚か。私には結婚から逃げているようにしか思えないが」

「いつでも別れられる距離にいるからこそ、安心してつき合える。大体結婚してから相手がDVとかしてきたらどうするわけ? 離婚が悪と言われている風潮だったら逃げ場ないじゃん」

「相手に問題があるなら離婚すれば済むだけの話だ。君は相手を信用できないからこそ、結婚に踏み切れないのではないかな? 私にはそう見えるよ」

「結婚したカップルの3組に1組が5年も持たずに離婚してる。距離が近すぎたんだ。すぐに破棄するような前提の契約なら契約を交わす意味がない。あんたこそ、相手が信用できないから、そうやって契約で縛りつけようとしてるんじゃねえの?」

「ふっ、いずれにせよ、千尋君は渡してもらう。行く行くは村瀬グループの跡継ぎになる子だ。私はそろそろ失礼させてもらうよ」


 高飛車な態度を露わにしながらも杉山社長が高そうな黒い靴をツカツカと踏み鳴らして去っていく。


 杉山は皺1つないブラウスを着たまま、後ろめたそうな顔で父親の後を追った。


 やっぱ結婚制度ってめんどくせえな。唯のことは愛してるけど、結婚しなくて良かった。


 この選択が間違いでないことを確信できただけでも収穫だ。


「あぁ~、怖かったぁ~」

「千尋、あいつらは当分は手を出してこないだろうし、今年いっぱいは安心してコーチをしてくれ」

「本当に大丈夫なの?」

「心配すんな。あの背中を見れば分かる。それに何かあっても、千尋は僕が守るって言っただろ」


 僕が言った途端、千尋が赤面しながら目を大きく見開いた。


 杉山の全然楽しくなさそうな表情が全てを物語っていた。


 やりたいことを言えないから人生不幸なんだ。


 杉山の寂しそうな背中に向かって心の中で呟いたが、届くことはない。たとえ口に出したとしても。


 あいつは絶対にKOしてやる。慶応だけに。


「ふふっ、何だかカップルみたいですね」

「ちっ、違うよっ! そんなんじゃないからっ! 日に当たりすぎたんだよ……そりゃ全く惚れてないかって言えば……そうでもないけど」

「何か言いました?」

「何でもないよ。後は結果発表だけでしょ」

「そうですね。通過できてるといいんですけど」


 しばらくして結果発表が始まった。この時点で全ての選考会2位通過者が競技を終えた。


 後は無事に通過していることを祈るのみだが、5位以内でなければ大幅な練習を積む必要が生じる。バリスタオリンピック優勝者で、ラストチャレンジに参加していたバリスタの最低順位は5位だった。


 そして――。


 スクリーンに表示された脱落者リストに真理愛の名前は出なかった。まっ、118人中100人が本戦に通過できるから心配はしてなかったけど、真理愛も千尋も結果を見てホッと胸を撫で下ろした。


 この時点で18人が脱落し、101位から118位までの最終順位がついた。


 無論、これは本戦出場扱いとなるため、次回出場する時の書類選考で参照にされる。ここで敗れた者たちは、この瞬間から4年後のバリスタオリンピックに向けた戦いが既に始まっている。


「はぁ~、良かったぁ~」

「59人中41人が通過なんだから、突破できて当たり前だろ」

「あず君、それはいいんだけどさ、あの順位見てよ」


 千尋に言われるままスコアボードを見た。真理愛は本戦通過者41人中38位でのギリギリ通過だ。


 やはり弱点となる2つの部門をどうにかしないと不味いぞこりゃ。選考会の時は日本人だけだったからまだ良かったけど、世界相手だとこんなにも順位が下がるのか。


 早めにスコアの低い部門の穴埋めをしなければならないが、僕1人ではどうにもならない。


 僕とて8月以降は、11月に行われるWCRC(ワックロック)の準備があるし、コーチングしてやれるのは7月までが限界だ。それ以上だと、世界大会までの十分な練習ができなくなっちまう。


 それまでに千尋の問題を解決して、コーチに専念させてやらないと。


「裏予選は無事に通過したことだし、もう帰るぞ。明日から伊織のコーチをやらないといけないし」

「でもさー、このままだと、本戦に参加しても、準決勝までいくのは難しいよ。スコアだけで準決勝進出を決めるには、上位10人の中に入る必要があるし、ワイルドカードは運が伴うから、まずないものとして考える必要があるし、課題山積みだよぉ」

「……ですよね」

「ディアナの選考会での競技はどうだったの?」

「あず君が言った通り、どの部門も可もなく不可もなくって感じ。ディアナは前回のバリスタオリンピックだと、ワイルドカードで準決勝進出を果たしているが、準決勝はともかく、予選は準備不足でスムーズな競技ができてなかった。トップテンに入ってるとはいえ、ちょっと物足りない気がしたかな」


 ディアナの過去の動画や情報を隈なくチェックしていた千尋が言った。問題はそれだけじゃない。


 大会ルールの質を向上させるためにバリスタオリンピック運営が毎回細かなルール変更をしているのも厄介だ。バリスタオリンピックは第1回から今とほぼ同じルールだったが、過去の回と100%同じルールで開催されたことは一度もない。ルールは回を追う毎に生き物の如く進化している。代表的なルール改定としては第3回からのレパートリーポイント導入、第6回からのワイルドカード導入による準決勝進出枠の増加だ。バリスタの引き出しの多さが問われるようになったばかりか、様々なタイプのバリスタが準決勝以降を戦いやすくなっている。


 引き出しは多いけど、予選に弱いバリスタが決勝に進出するパターンも出てきた。


 これはこれで喜ばしいことだが、ワイルドカードに期待するのは愚の骨頂だ。これに関してはうまく引っ掛かって進出できればラッキーくらいの感覚でいい。無論、自身や他のチームメイトとなったバリスタがハイスコアを記録できれば、引っかかる確率は上がる。だがそれが通用するのは前回までだ。


 今回も例に漏れず、細かなルール改定が施された。ワイルドカードの仕様変更だ。


 前回は5つのチームの内、平均スコアが最も高いチームの中から、準決勝進出となった通過者を除くスコア上位5人が準決勝進出だった。だが今回からはそこが少しばかり変わった。


 100人のバリスタが20人1組で5つのチームに分かれるところまでは同じだが、準決勝進出となったスコア上位10人の通過者を除く各チームの中で、最もスコアの高いバリスタ5人がワイルドカードで準決勝進出の仕様に変更された。理由としては上位勢が偏っているチームに所属すれば、それだけでワイルドカードに引っ掛かりやすくなり、ほぼ運ゲーの状況になってしまうことを危惧したためだ。


 この仕様変更を千尋にも説明する。


「まっ、そういうわけだから、前回までと違って、同じチームにいるバリスタが芋蔓式にワイルドカードを獲得することはなくなったってわけだ」

「それぞれのチームからたった1人ですか」

「ということは、平均スコアが低いチームほど、ワイルドカードのハードルが下がるわけだから、上位勢が全然いないチームに入った方が進出しやすくなるわけだ」

「それでいてある程度のレベルが要求されるようになった。これに期待するのは最終手段だ。前回までと違って、チーム内でスコア争いをする必要が出てきた」

「また一段とレベルが上がったねー」

「あず君が出た時はどんな変更があったんでしょうね」

「前回の第7回はコーヒーカクテル部門のコールドとホットの規定がなくなっただけで、以前はコールドとホットを必ず1種類ずつ作らないといけなかったのがなくなったくらいかな。他の回も基本的にはレパートリーポイントの仕様変更とか、3位通過まで裏予選への参加を認めていたのが、2位通過まで認められたところとか、結構細かい部分ばっかりだ」


 ルールの話をしながら、僕らは岐阜へと戻った。


 さて、次は伊織のコーチだ。忙しいけど凄く楽しい。


 また伊織の喜ぶ顔が見たい。絶対に見返してやろうな。


 今思うと、あの時の挫折が伊織の糧になっている――。


「あず君、うちのお母さんもボストンまで行くって言ってたんです」

「ますます負けられないなー」

「プレッシャーかけないでくださいよー」

「それくらいで折れてどうする」

「見たことは何度もありますけど、世界大会は初めてなんですよ」

「世界大会だろうと、国内予選だろうと、やることはそこまで変わらねえだろ。日本語のプレゼンが英語になるくらいだし、しっかり伝えれば想いは通じる。コーヒーに国境はないんだからさ」

「コーヒーに国境はない……ですか」


 伊織が窓越しに夜空を見ながら呟いた。


 大会前はうちに泊まってプレゼンの練習だ。営業時間中もなるべく多くの客を相手にプレゼンにつき合ってもらっていた。最初こそ3人組の外国人観光客にWBrC(ワブルク)で使うコーヒーを奢る代わりにプレゼンを聞いてもらうという条件で聞いてもらっていたが、いつしか伊織のプレゼンは他の客までをも釘づけにし、プレゼンが終わる度に拍手喝采となっていた。


 伊織のプレゼン能力には度肝を抜かれた。全くコーヒーに興味がなさそうな連れの客でさえ夢中にさせていた。プレゼンの完成度だけで言えばかつての僕以上だ。しばらくは千尋と一緒に真理愛とディアナのコーチングに勤しんでいたが、ちょっと目を離した隙に、またしても飛躍的な成長を遂げていた。修業中の期間から干渉しなかった。何か1つ課題を与え、自ら考え行動し乗り越える経験をさせた。


 今は自ら課題を考えられるくらいに思考を巡らせている。僕が何も言わなくても自力で成長できる人間になっていたためか、コーチとして言うべきことがほとんどなかった。ここ数ヵ月間で伊織に教えたことと言えば、精々焙煎の音からコーヒーの声を聞き取ることくらいだ。


 自由に放っておかれた子供の方が伸びることを僕は知っていた。うちの親は僕の問題行動ばかりを叱る一方で璃子にはほとんど何も言わなかった。にも拘わらず璃子は点数調整さえしなければ、1番を取れるくらい勉強ができるようになっていたし、運動神経も僕より優れていて力持ちだ。


 伊織は僕が教えている葉月珈琲のバリスタの中でも頭1つ飛び抜けている。


 彼女の未来を人知れず、心底楽しみにするのだった。

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読んでいただきありがとうございます。

杉山平蔵(CV:内海賢二)

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