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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第9章 次世代バリスタ育成編
226/500

226杯目「反骨の土壌」

 無力感だけがひたすらに僕と千尋を包み込んでいる。


 世界大会に参加できるのは、国内予選のチャンピオンのみ。千尋はここから少なくとも1年間、自分は国内予選も突破できない人間なのかと嘆く日々を送ることになる。


 無論、それは彼がバリスタ競技者を辞めなければの話だが。


「千尋君、落ち込んでも仕方ないですよ」


 伊織が心配そうな顔で千尋に話しかけた。


 彼女も僕のそばで結果発表を見守っていたため、千尋の結果は知っている。璃子は4年連続でJLAC(ジェイラック)決勝で脱落してるし、璃子は4年もこんな気持ちが続いているんだろう。


「えー、落ち込むのも駄目なの?」

「落ち込んでもいいですけど、切り替えも大事ですよ」

「伊織ちゃん、僕の心配してる暇があるんだったら、練習でもしたら?」

「……そうします。璃子さんと千尋君のためにも、柚子さんに続いて優勝狙ってきます」

「じゃあ僕も練習するかな」

「そういえば、JBrC(ジェイブルク)の次の日にJAC(ジャック)があるんですよね?」

「うん。JAC(ジャック)は午前から始まって、昼過ぎには終わるから、すぐに帰れると思うぞ」

「伊織ちゃんはJBrC(ジェイブルク)に出てからJAC(ジャック)に出るわけだ。連日参加とかめっちゃ忙しいのに、両方共決勝かー。やるねぇー」

「日程が1日違いのお陰で、両方共優勝を目指せるのが幸いでした。もし2つの大会の日程が重なったらどうしようかと思いましたけど」


 意気込みは良し。仮にJBrC(ジェイブルク)JAC(ジャック)の日程が被っていたら、伊織は間違いなくJAC(ジャック)の決勝を辞退していただろう。たまたまではあるが、大会の日程が重ならずに済んだ。2つのバリスタ競技会の決勝に連日出場するのは伊織が史上初めてである。


 明日中にJBrC(ジェイブルク)が終わるものの、明後日にはJAC(ジャック)の競技が始まってしまう。伊織の体力的にはかなりキツイ。早速ホテルに帰って練習しようと考えた。すると、千尋もエアロプレスの練習がしたいのか、一緒に泊まり掛けで練習することに。どこにいても練習がしやすいのもエアロプレスの長所だ。材料があまりいらないし、コーヒーブレイクの度に練習できる。


「あず君の練習を見れるなんて、やっぱ僕って幸運だなー」

「練習くらいだったら、いつでも見せてやるよ」

「ホントに?」

「ホントだ。ていうか何で伊織もいるわけ?」

「私もJAC(ジャック)決勝に出るんですから、あず君の練習を見て、今後の参考にしたいです」

「伊織ちゃんにも独自の淹れ方があるんだよね?」

「もちろんです」


 自信満々に伊織が言った。エアロプレスには人の数だけ淹れ方がある。


 世界中で様々なレシピが公開されており、気軽に試せるところも魅力の1つだ。まさしく、正解のない問題を解く能力が問われる抽出器具だ。こういう課題を見ると興奮せずにはいられない。


「じゃあ僕もそろそろ練習始めるかなー」

「千尋君も練習するの?」

「あー、そっか、言い忘れてたね。実は僕もJAC(ジャック)決勝進出を決めたんだよね」

「ええっ!? そうだったのっ!? ――知らなかった」

JAC(ジャック)決勝は全員で18人、葉月珈琲勢は僕とお袋と伊織と千尋と美月と陽向の6人。つまりファイナリストの3人に1人が葉月珈琲勢というわけだ」

「葉月珈琲から6人ですか。かなりアピールできたんじゃないですか?」

「何言ってんの。アピールするんだったら表彰台独占くらいはいかねえとな。ただでさえ残り12人は全員松野珈琲塾のメンバーだし」

「なんか数撃ちゃ当たるって感じが伝わってくるね。あんまり好きにはなれないなー」

「僕は悪くないと思うぞ。会社という枠組みを超えて、トップバリスタを1人でも多く輩出しようとする姿勢は評価に値する。何だかんだ良いライバルだ」


 うちは葉月珈琲の育成方針が優れていることを誇示するために参加させているわけで、松野は会社が違えば大勢の弟子を出場させられるところに着目しているし、あっちの方がグローバリズムに適したやり方だ。1人でもチャンピオンが出れば優勝インタビューで松野珈琲塾の宣伝をすることを契約内容に盛り込んでいるあたり、なかなかに強か。トップバリスタを生み出した上で宣伝もできるわけだ。


 だからこそ優勝に強く固執しているわけだが、そう簡単に優勝は渡さねえ。


 言い方は悪いけど、ずっと量産型の端くれだった連中に負けるわけにはいかないのだ。常にリードする側でいたいのも、僕が優勝に拘る理由である。


「せめて時間制限をどうにかできればねー」

「時間制限をなしにしたら、通常の仕事に支障をきたすからできない。せめて大会1ヵ月前くらいは制限をなしにして、伸び伸び練習させればだいぶ違うんだけどな」

「業務をこなしながら大会の競技もこなすって、無理なんでしょうか」

「うちみたいに店の営業をしたい時だけにするとかだったらどうにかなると思うけど、他のコーヒー会社は1人でも多く働かせたいわけだ。そこまで余裕ないからな」

「やっぱり……葉月珈琲じゃないと無理なんですね」

「「「……」」」


 全員が空気に屈するように押し黙った。


 伊織の言葉には引っ掛かるものがあった。うちだけじゃなく、他の会社でもトップバリスタが育つ土壌が生まれなければ日本におけるコーヒー業界は葉月珈琲ありきの存在となってしまう。うちからトップバリスタを輩出するのはいいが、同時に他のコーヒー会社にはそれだけの力がないことを示してしまいかねない。まだまだ歴史が浅いとはいえ、バリスタ史に名を刻むのが葉月珈琲だけでは物足りない。


 そんなことを懸念しながらも、僕らは黙々と練習をするのだった。


 翌日、JBrC(ジェイブルク)決勝の日がやってくる。


 2つの決勝を抱える伊織は大忙しだ。そこで僕は急遽サポーターを変えることに。僕がサポートするよりずっと良い刺激になる。同じく決勝に進出していた根本と頂上決戦をすることに。


 早速千尋の部屋まで赴くと、彼を呼び出すことに。


「千尋、出番だ」

「出番って?」

「伊織のサポーターをやってくれ」

「僕がやるの?」


 パジャマから着替えたばかりの千尋が疑問の表情を浮かべた。


 明らかに帰った後のことしか考えていない様子だった。


 同じ部屋に泊まっていた明日香が千尋に近寄ると、その手を強く握った。先に備えることに意味はあるが、先を気にすることは意味がないと言っていい。いくら考えたところで、何も手を打たなければ何もしていないのと同じだ。千尋ならそれくらいすぐに分かるはずだ。


 恋は盲目とは言ったものだ。普段であれば、無駄なものを無駄だと理解できるはずだが。


「そうだ。今日はコーヒーに全神経を集中しろ。没頭を忘れたら親の思う壺だ。親ってのはな、子供をコントロールするために、あの手この手を使って、子供から興味を持つ力を奪って無気力にしようとするんだ。ただの駒で終わりたいのか?」

「……嫌だ。僕は親父とお袋の駒じゃないし、村瀬グループ次期社長でもない。僕はあくまでも村瀬千尋として、伝説のトップバリスタを目指したい。コーヒーに心底惚れてるんだよ。ゲイシャのコーヒーを一口飲んだ時からずっと……忘れられない」

「千尋、そのことは競技が終わってから考えろ」

「うん……行ってくる」


 千尋の表情から迷いが消えることはなかった。彼は伊織と仲良しそうに話しながらコーヒーイベントの会場へと赴き、僕と明日香も後を追った。伊織と千尋の2人の間にあるのはあくまでも友情だ。明日香にはそうは見えていない。他の女に惹かれてしまわないか心配なのだ。


「なんかちーちゃんって、伊織ちゃんと話す時の方が笑顔な気がする」

「それはコーヒーの話題だからだ。バリスタにとってコーヒーは最愛の恋人だからな」

「それはそれで複雑なんですけど」

「千尋は人の気持ちを無下にすることはない。あいつが金持ちであることを抜きにしても、あいつとつき合うのは正しい判断だ。ただ、あいつは責任感が強いあまり、自分を追い詰めちゃうところがある。それをうまく修正できるパートナーが必要だ」

「何でそこまで分かるんですか?」

「僕がそうだったから」


 ふと、唯の姿を頭の中に思い浮かべた。今頃は子供の面倒を見てくれているだろう。


「唯さんのことですね。今子供たちは幼稚園か保育園に預けてるんですか?」

「いやいやいや! とんでもない! 絶対預けたくねえよ!」


 幼稚園にも保育園にも預けない方針であるため、その分子育ての負担が重くなっているが、昨日柚子が帰ったばかりであるため、それほど心配はいらないだろう。


 何故子供を預けないのか、それは保育士を務める彼ら自身が日本の教育を受けてきたからだ。保育士たちの言うことを真に受けてしまえば飯を食えない大人になる可能性がある。彼ら自身が飯を食えない大人だし、負担が重い割に給料が少ないのが滑稽だ。収益は公費のみで、保育の必要経費や給食代などを引くと、人件費にかけられる金額が僅かしか残らない構造に気づけないような人たちの教育なんて信用できない。学校に行かせないのではなく、学校に行かせても大丈夫な教育を施せばいいという案を出されたこともあるが、個人的には集団生活に慣れさせる必要すらないと感じている。


 社畜はオワコンだし、飲食店は1人で食事をするのが当たり前になった。


 子供たちが成人する頃には、超がつくレベルのソロ社会になっているはずだ。家に引き籠っていても勉強や仕事ができる今の時代に、わざわざ他人の子供たちとつるませる意味が分からない。一定確率で理不尽な奴とぶつかるし、それで昔の僕みたいに心が壊されようものなら目も当てられない。


 責任も取れないくせに何かを強制しようとする傲慢さに気づけない時点で終わってる。


 そんな周回遅れの風潮に従う必要がどこにあろうか。


「あはは……拒否反応が凄いですね」

「僕と同じ枷は踏ませたくない。共働きでもないし、尚更預ける理由がない」

「コミュ障になったらどうするんですか?」

「コミュ力が弱点なら、人と話さずに済む仕事に就けばいい。今はそういう時代だ」

「あず君は人とぶつかるのが怖いように見えます」

「僕は面倒事が嫌いなだけ。あんな経験はもうたくさんだ」

「ふふっ、なんかそういうところ、ちーちゃんに似てる気がします」


 僕と明日香はJBrC(ジェイブルク)の観客席に腰かけた。しばらくして伊織と千尋がステージ上へと現れた。他の競技者の競技中、隣でステージの設置を始めた。


 仕事上のパートナーとしては好相性だ。コーヒーに詳しいために細かく教え合うこともできる。それが結果的に2人のレベルを向上させることにも繋がっている。


 伊織と千尋がステージを整え、必要な道具が揃っていく。以前とルールこそ変わっていないが、回数を重ねてる分レベルも向上しているはずだ。僕が国内予選で出た大会の約半分が第1回大会だし、あの頃は僕以外に優勝を目指す人がほとんどいなかった。でも今は違う。決勝ともなれば、全員が志を強く持っているのが傍から見ているだけでも分かるくらいだ。


 司会者に名前と社名を紹介され、千尋が僕のいる観客席へと引っ込んだ。


 伊織は僕が明日香と話している間に必修サービスを終えており、残るはメインであるオープンサービスのみとなったが、本番はここからと言っていい。


「始めます。皆さんは最高に美味しいと思うコーヒーに出会えたでしょうか。出会えているのであれば大変幸せなことだと思います。私は焙煎と抽出の相関関係に注目しながらコーヒーを淹れてきました。全体的に完成度の高い焙煎を行ったコーヒーよりも、甘味と酸味にフォーカスして焙煎したコーヒーの方が、全体の質で上回っていることが分かりました」


 伊織が紹介していた豆は、うちのコーヒー農園で採れたエクアドルシドラの豆だ。


 XO(エックスオー)プロセスによって作られたこのコーヒーを甘味と酸味が最大化するミディアムで焙煎し、カルシウムやマグネシウムが入った天然水を用いた熱湯で抽出していく。


 まるでコーヒーの声を直接聞いているかのようで、3投目までの抽出に全く無駄がない。


 うちのコーヒーを完全に自分のものにできている。僕は本当に嬉しいぞ。


 隣で座りながら伊織の競技を見ている千尋が、うっとりした顔でコーヒーを見つめている。


「2回挽くことで細かい粒子を取り除くことができます。このコーヒーの風味特性を最大限引き出し、ホワイトグレープのようなアロマを感じていただけます。フレーバーは、ピーチ、タンジェリン、アフターにはフルーツチョコレートを感じます」


 僕と同様にコーヒーだけでなく、水や挽き方にまで拘りを見せている。


 飲む前から相当美味いことが分かる。何度か伊織の試作品を飲んだが、あんなにも味わい深いコーヒーは、他ではそうそう見られないものであった。研究熱心な彼女を自由に伸び伸びと研究させ、店の営業時間にもプレゼンの練習も兼ねながら試作品を無償で客に提供し、客から助言を貰いながら試作品を育てていった。うちの客は舌の肥えた人たちばかりで、昔のバリスタ競技会におけるセンサリージャッジ経験者も頻繁に訪れていたこともあり、高度なコーヒーに仕上がっていたのだ。


 最初は伊織が自費で提供しようとしていたが、トップバリスタの育成もうちの事業であるため、結果的にはうちの経費ということになった。経費を自費にしようとするところが彼女らしくて可愛い。


「私は今でも満足はしていません。明日はもっと美味しいコーヒーを淹れたい想いがある限り、これからもコーヒーを淹れていきたいと思います。終わります」


 会場から拍手が送られ、伊織の競技が全て終了した。後は結果を待つだけだが、伊織の競技は一味違っていた。会場にいる人全員が思わず足を止め、真剣な眼差しで伊織のプレゼンを聞いていた。それほどにまで洗練されたコーヒーであることは紛れもない事実だ。競技終了と共に時間が動き出したかのようにぞろぞろと人が動き出し、会場がいつも通りの光景へと戻った。


 伊織は司会者のインタビューを受け、1つ1つの質問に丁寧に答えている。


 丹波は日本国内のバリスタ競技会にいつも司会者として参加しており、コーヒーイベントの顔と呼ばれるようになっていた。何も大会に参加することだけが活躍ではないと教えられているようだ。


「さっき会場の人全員が足を止めてたんですけど、気づいてました?」

「えっ……そうだったんですか?」

「そうだよ。気づかないくらい集中してたってことだねー。あず君の愛弟子って聞いたんだけど、本当にあず君みたいな競技だったと思います」

「ありがとうございます」


 伊織が苦笑いしながら答えた。まだ僕には追いついていないと思っているのが読み取れた。だが純粋なプレゼン能力だけなら僕を上回っている。もっと誇っていいんだぜ。


 あの饒舌なプレゼンを見た時、これはいつか抜かれるなと思った。


「フローラルって、どんなアロマなの?」

「アロマ自体は凄く複雑で、明確なものではないんですけど、全く種類の違う花を1輪ずつまとめた感じの香りです。なので形容するなら、百花のアロマですね」

「百花のアロマねー。それは凄い。えっと、あず君は来てるんですか?」

「はい、あそこにいます」

「ちょっとあず君にも来てもらいましょうか」


 何でそうなるんだよ? JBC(ジェイビーシー)だったらコーヒーファーマーが呼ばれるとこなんだけど、完全にそれと同じノリなんだよなぁ~。それでいいのか? ステージに立つのも久しぶりだ。


 毎年のようにここに立っていた日々が脳内に浮かび、懐かしく思えてくる。それだけ年を取ったとも言える。バリスタ競技会に出るようになってもう13年目、ベテランと言っていい領域だ。


「何故ここに呼んだし」

「ええやん別にー。でもさー、よくここまでの逸材を掘り当てたよなー」

「バリスタの才能に溢れた子は全国どこでもいる。大体10人もいれば1人くらいはコーヒーとかラテアートとかにのめり込んじゃう子がいるわけだ」

「じゃあさ、どうやったらここまで好奇心旺盛なバリスタに育てられるん?」

「育てたんじゃなくて育ったの。いつも言ってることだけど、僕は背中を押しただけ。バリスタの才能がある子はいくらでもいるけど、大体親とか教師とかが勉強ばっかやらせて、本当にやりたいことを抑え込んじゃうわけ。だからみんなやりたいことも分からないまま大人になっちゃう。迷ってたら背中を押す。後は見守るだけで、ほとんど何もしてない。最良の教育は見守ることだ」

「あず君は岐阜で葉月珈琲塾の運営を始めたんだっけ?」

「そうそう。2年ほど前から始めたけど、コーヒーとかラテアートが好きな子供って僕らが思ってる以上に多いのよ。でも興味を持ったとしても、親が子供にはまだ早いとか言って取り上げちゃうし、ラテアートを得意としている人が子供たちに披露する機会が全然ないわけ。そこで僕は岐阜市内の不登校児を集めて、コーヒーの抽出とかラテアートを通して、あれしたいこれしたいみたいな好奇心を育てることにフォーカスしてるってわけだ」


 僕の説明に周囲がシーンとなり、会場内全員の注目が僕に集まった。


 昔の僕であれば、きっと説明を流されていただろう。多くの人は無意識の内に何を言っているかよりも誰が言っているのかを重視しているからである。


 自分の意見を聞いてもらえるようになるには、傾聴する価値のある誰かになるしかない。


 業界のナンバーワンになれば、誰もが持論に耳を傾けてくれるようになる。極端な話、たとえ出鱈目であっても、人は専門家の言うことには耳を傾けるのだ。相手がその道に精通しているというだけで、驚くほど従順だし、疑いの姿勢で話を聞く人はむしろ大歓迎だが、そんな人は少ない。


 僕はコーヒーを通して、社会をより良い方向へと変えていきたいと思っている。自分と同じ枷は踏ませたくない。それだけが僕の行動を支えていた。


「今年は愛知にラテアート専門店をオープンした。基本的にはカフェだけど、店のスタッフに好きなラテアートを描いてもらうこともできるし、客自身がお金を払ってラテアートに挑戦できる自由な店だ。自分で描いた場合は通常料金の半額で済むから、みんな挙ってラテアートに挑戦してるわけ」

「それめっちゃええやん。将来的にそこからJLAC(ジェイラック)とかに興味を持って出場してもらえれば、相対的に参加者が増えることになるわけやね」

「そゆこと。もっとバリスタ競技会を身近に感じてもらいたい。一度参加してみて、興味が続く人が1人でも出てくればいいかなって感じ」

「なるほど、なかなか興味深い話が聞けました。いやー、本巣バリスタは本当に良い師匠に恵まれたと思います。えー、結果発表までまだ時間がありますが、それまでお待ちください。以上、最終競技者、本巣伊織バリスタでしたー。あず君もありがとねー」


 これでJBrC(ジェイブルク)の競技が全て終了した。


 結果発表の時間がやってくると、丹波は下位から順に競技者を発表していった。


 そして――。


「今年のジャパンブリュワーズカップ優勝は、株式会社葉月珈琲、葉月珈琲岐阜市本店、本巣伊織バリスタです。おめでとうございます!」


 全ての力が1ヵ所に集約されるかの如く、会場からたくさんの拍手が伊織に注がれていた。


 ステージ上では根本が悔しそうな顔で伊織を見つめながら拍手を送っている。自分以外の相手に負けたら許さんと言わんばかりの目だ。伊織は天真爛漫な笑みを浮かべながら両手を振って応えた。


 見た目の可愛さも相まって人気も急上昇した。これを機に伊織は自らのチャンネルをオープンさせ、コーヒー業界の発展に尽力することとなった。


 これが、危うく才能を摘まれかけたバリスタ、本巣伊織による、栄光の始まりであった。

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