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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第9章 次世代バリスタ育成編
225/500

225杯目「届かぬ思い」

 やはり千尋がうちに来たのは美羽の配慮だった。


 どうして親と教師は子供の好奇心を潰しながら、将来の夢を聞くようなマネをするのだろうか。


 あれやりたいこれやりたいと言わせるのはいいが、その後に不安定だから駄目だとか、成功するのは一握りだから現実的になれとか言って否定するくらいなら、いっそのこと、最初っから公務員か正社員を目指せと言ってくれた方が、まだ清々しいと思う。


 遠回しにコントロールしようとする姿勢の気持ち悪さは僕にもよく分かる。


 9月中旬、それぞれのバリスタが目前に迫る大会へ向け、ひたすら練習を重ねる日々が続く。


 僕はWCRC(ジェイクロック)での優勝を目指すため、1年後に行われるこの大会が終わるまでは味覚に影響を与えかねない飲食物、極端に甘さや辛さの利いたものを避け、基本的には薄味のものを食べることになる。そうしなければ、正確にフレーバーを判定するのが難しくなるからだ。


 感じたフレーバーを焙煎レポートに記載するため、味覚がおかしくなっているのでは全くお話にならないのだ。ロースターの大会に出る時は、飲食物に気をつけるべし。バリスタ競技は9割の準備と1割の勝負強さで決まる競技だ。出ようと思った瞬間から、既に勝負は始まっている。ちゃんと準備できた人が勝つのだから、持って生まれた才能はあまり関係ない。後天的に努力をし続ける才能を養う方が重要だからこそ、自分で選んだ道で努力を続けることに苦痛を覚えない人間にするべきなのだ。


 9月下旬、東京でコーヒーイベントが開催された。


 毎年9月から10月にかけての時期がやってくると、数日間は東京でアジア最大のコーヒーイベントが開かれ、世界各地から多くのバリスタ、ロースター、コーヒーファーマーたちが宣伝のために挙ってやってくる。日本代表を決める各バリスタ競技会の大半がこの時期に行われる。


 JBC(ジェイビーシー)準決勝と決勝が2日かけて行われ、次の日に伊織の参加するJBrC(ジェイブルク)が行われるのだ。千尋はJBC(ジェイビーシー)準決勝進出を決めており、柚子はJBC(ジェイビーシー)JCTC(ジェイクトック)の2種類に出場し、JCTC(ジェイクトック)の方はどうにか準決勝へと進出した。


 JCTC(ジェイクトック)は早く終わるため、準決勝から結果発表まで2時間もかからない。


 先に勝敗が決するのは柚子だ。この大会に出る時、刺激物は避けるべきと柚子には伝えてある。何だかんだで味覚が最重要な大会である。だがその一方で、JLAC(ジェイラック)のように味覚を気にしなくてもいいバリスタ競技会もあったりする。


 生き残った葉月珈琲の面々が東京に勢揃いする。


「あず君は伊織ちゃんのコーチとして来たの?」

「それもあるけど、僕もJAC(ジャック)の決勝があるし、丁度伊織が競技をする日と同じだ」

「じゃあ伊織ちゃんの競技見れないんじゃないの?」

「伊織の出番は後の方だし、JAC(ジャック)が早く終われば見に来れると思う。エアロプレスの勝負はすぐに決着がつくから、多分大丈夫だ」

「伊織ちゃんの心配をするのもいいけど、自分の競技に集中しないと駄目だよ」

「分かってる。今日は千尋と柚子が競技をする日だ。しっかり頼むぞ」

「はいはい。あず君は本当に変わったね」


 柚子がクスッと笑いながら言った。柚子は僕の変化に気づいているらしい。


 しかもそれが僕自身にも見抜けなかった変化だったりするし、恐ろしい洞察力だ。


「そんなに変わったか?」

「うん、変わったよ。以前はみんなに気を使う余裕なんてなかったもん」

「そりゃ自分のことしか考えなかった時もあったけどな」

「ずっとコーチをしてた影響で、周りを観察できるようになってるし、あず君はバリスタとしてだけじゃなくて、人間としても成長してると思う。コーヒーに育ててもらってるような気がする。ちょっと口が悪いところが玉に瑕だけど」


 柚子がジト目で僕の目を見ながら言った。これは引き摺ってるな。


 台本を完全に無視しようとしてたのもばれてたし、柚子はこういうところが怖い。


「Fランの時のこと、まだ気にしてるのか?」

「あず君は本当のことを言っただけなんでしょ。大半の卒業生は欠点豆にもなれない。あの言い分は正しいと思う。でも卒業スピーチでそれを言わなかったのは上出来かな」

「頭の悪い人に正論言っても意味ないからな」

「多分、あず君に励ましてほしかったんだと思う。みんなあず君が大好きだから、あず君の言うことにだったら耳を傾けると思ったの」

「飯を食えない大人から脱却してほしかったのは知ってたけどな」

「あず君が子供たちをご飯を食べられる大人にしようとしているのは知ってるけど、ご飯を食べられない大人になっちゃった場合はどうすればいいの?」

「別にニートでいいじゃん。人の世話になることを恥だと思ってるから駄目なんだ。全力で頑張って駄目だったら堂々と社会のせいにすればいい。それに好きなことを好きなだけやらせておけば、いつの間にかそれが仕事になってたりするもんだぞ。今はそういう時代だ」

「成り行きに任せろってことか……あず君らしい」


 笑みを浮かべてしまった。ケセラセラの精神をずっと忘れていない。柚子は僕らしいと思っている。


「そろそろ行くから、そこで見ててね」

「柚子、2つとも同じだと思ったら、答えは3つ目だ」

「分かってる」


 柚子が笑顔で去っていく。柚子はこれから準決勝に挑む。


 この大会はエプロンくらいしか持ち物がいらないから本当に楽だ。


 かつて僕がWCTC(ワックトック)を制覇した時と同じやり方を教えた。最適解というよりは最速解という感覚だ。判定は味覚に任せ、見切ったら素早く動く度胸も必要だ。正解数が同じなら時間との勝負になる。迷った時点で負けと思っていい。レッツカッピングの掛け声と同時に参加者たちが24杯分のコーヒーを順番にカッピングしていく。柚子は準決勝をあっさりクリアした。僕以外の葉月珈琲からの参加者でJCTC(ジェイクトック)最高順位は優子の3位だが、果たして柚子がこれを超えられるかどうかが見ものだ。決勝は4人で行い、4位以外はトロフィー圏内だ。


 そして――。


「今年のジャパンカップテイスターズチャンピオンシップの優勝は……株式会社葉月珈琲、葉月珈琲岐阜市本店、楠木柚子バリスタです。おめでとうございます」


 拍手が喝采し、歓声が会場に響いた。柚子は今、この会場で最も注目を浴びている。


 チャンピオンとして自分の名が呼ばれるのは、心が震える瞬間だ。


「楠木バリスタには、チャンピオンとして一言、世界に向けての抱負をお願いします」


 マイクを渡され、柚子は涙を堪えながら優勝インタビューに応じた。


 JBC(ジェイビーシー)は予選敗退だったが、保険で参加したJCTC(ジェイクトック)で優勝を収めるところが柚子らしい。柚子の安定志向が結果に現れたと言っていい。


 ずっと何も成し得ない自分に、不甲斐なさと焦りを抱えていたこと、周囲が成功していく中で自分が置いていかれていたような気がしたと素直な気持ちを吐露し、それがようやく報われたと、普段はクールビューティーな柚子が珍しく満面の笑みを見せた。


 これにて、JCTC(ジェイクトック)は終了した。呆気ないが、これも大会だ。


 別のブースではJBC(ジェイビーシー)準決勝が行われていた。もうすぐ千尋の番か。何だか自分の分身がたくさんいるみたいで昔よりもずっと忙しい。昔は自分のことのみを考えるだけで良かった。だが今は世に羽ばたいている身内全員の応援をしている。


 自分のためだけに戦っていたのが、いつの間にか、みんなと一緒に戦うようになっていた。


 多分、ここが僕の変わったところなんだろうな。


 16人のバリスタの中で決勝にいけるのは6人のみ。


 初出場だが、その表情から緊張は感じられない。まるで何度もこなしてきたかのようだ。サポーターには小夜子の妹、明日香がついてきており、僕らは久々に再会を果たした。


「あず君、ちーちゃんの活躍、どう思いますか?」

「今は何とも言えないけど、シグネチャーをコンスタントに開発できる人は貴重だな。メジャーリーグで毎年3割打ってる人と同じくらいの価値はある」

「ふふっ、よく分かりませんけど、何となく凄いっていうのは分かります」

「あいつと仲良いの?」

「はい。まだみんなには内緒なんですけど、ちーちゃんとつき合ってるんです」

「随分思い切ったな」


 年の差カップル誕生か。何だかんだで小夜子も明日香もモテるからなー。振られ組四天王も、いつまでも僕に執着していないで次の相手を探してくれ。明日香の件は言わない方がいいかもしれない。女同士の足の引っ張り合いにずっとつき合わされてきた彼女としては、このまま逃げ切りたいところだ。


 ダイエットを宣言したはずの女子を同じグループの女子がダイエット中と知りながら食事に誘うところを見た時は驚愕したものだ。本当にあんなことあるんだな。


 美咲の姉である成美は、僕のいとこである大輔と結婚し、今では子供もいる。親戚の集会の時に現れた時は驚いた。世間って意外と狭いんだな。2人は岐阜コンで知り合い、連絡先を交換してから成美の店に寄ったところ、僕の話題で盛り上がったことで意気投合したんだとか。


「みんなからは裏切り者って言われそうですけど」

「明日香は何も間違ってないぞ。世間は気紛れだから、裏切るのはお互い様だ。でも自分を裏切ることだけはするな。自分を見失ったら……間違いなく後悔する」

「あず君は自分を見失ったことあるんですか?」

「あるぞ。ずっと行き当たりばったりで藻掻いてた時期もあった。でもやりたいことはハッキリしてたからさ、自分の生き方に反することだけはしなかった。やりたいことを言えない人生は不幸だぞ。末期の患者がみんな口を揃えて、やりたいことをやりきれなかったって言いながら死んでいった事例がいっぱいあるくらいだからさ、やりたいことがあるんだったらやりきった方がいい」

「――あず君が言うなら、そうしてみます」

「自分で決めろよ」

「ふふっ、あず君って自分で決められない人嫌いですもんね。なんかお姉ちゃんたちがみんな揃って振られた理由がようやく分かった気がします。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 手を振りながら明日香を見送った。魂と知性の抜け殻は僕の神経を逆撫でする最大要因だ。


 多分、あんな情けない大人にはなりなくないという生理的嫌悪かもしれない。


 恐らく柚子も気づいているだろう。入れ替わるように柚子が僕のそばに歩み寄ってくると、トロフィーを見せびらかしてくる。黄金に輝くスプーンが木製のプレートに張りつけられている一風変わったトロフィーだ。僕の時とは全然違うけど、時々姿が変わるトロフィーを見るのも1つの楽しみではある。


「これで葉月珈琲勢の優勝4人目だね」

「5人目だ。伊織も去年別の大会で優勝してる」

「伊織ちゃんが参加していたJHDC(ジェイハドック)には世界大会ないよ」

「それでも全国レベルには到達していたぞ。まあでも、あれは小手調べみたいなもんだし、16を過ぎたバリスタたちの登竜門にはなるんじゃねえか」

「伊織ちゃんって、去年のバリスタ甲子園でも優勝してたよね?」

「ラテアートも教えていたからな。結構夢中になってたし、最近は動物も描けるようになってきたな。この前なんか鯆とか駱駝とか描いててビックリしたな」

「自由にやらせた結果?」

「その通り。僕は背中を押しただけ」


 これは過干渉になりがちな今の教育よりも子供を信じて放っておいた方が育つことを意味している。今の教育に対する細やかな抵抗だ。僕らのような中卒組が活躍すれば、いずれ今の保護者と教師が批判の的になるくらいの現象に持っていくくらいはできるはずだ。少なくとも、僕に対する教育は間違いだったと文科省が認めたわけだし、教育改革への強い圧力になるはずだ。そのためには一刻も早く葉月珈琲塾を名門化する必要がある。10年後や20年後に活躍する大人を数多く輩出する塾にできれば不登校児は確実に増える。まずは多くの子供をバリスタという仕事に夢中にさせる意味でも、僕らが結果を残し続けることが何より重要だ。未来への投資を怠ってはならない。


 千尋の競技が始まると、多くの観客が彼に夢中になった。見た目の可愛さはもちろんのこと、シグネチャーの意外な作り方に僕は思わず舌を巻いた。微生物によって発行させたコーヒー豆にウーロン茶や昆布茶を使った食材を混ぜ、今までにない全く新しいシグネチャーを作ってしまった。


 コーヒーの発酵プロセスは邪道であると敬遠されてきたが、それは全くの誤解であると説明し、発酵プロセスに対する正しい認識を促すプレゼンだった。


 ただ紹介をするだけでなく、聞き手に考えさせるための工夫があった。


 冷えた状態のコールドシグネチャーを一口飲ませた後、今度はコップを温めてからホットシグネチャーとして提供し、温度変化によるフレーバーの違いを認識させるという今までにない内容だった。


 最高級の豆に頼りきるのではなく、新たなプロセスに意外性のある食材、味を変えて再度飲ませるという別方向からのアプローチで攻めた。こんなプレゼンは今までに思いついたことがない。


 全員の競技が終わり結果発表が行われると、千尋は真っ先に名前を呼ばれ決勝進出を決めた。


 ファイナリスト6人の内、全員が2大会連続での決勝進出だった。ここまで上位勢が固定化されている現象をどうにかしないと、バリスタ競技会のレベルが上がったとは言えない。上位勢が固定化されているのは、個人のレベル差が激しく、競争率が低いために起こる現象だ。


 つまり、本気で勝とうとしている実力者は、実質あの6人しかいないということだ。


 あの5人さえ抜けば優勝なわけだから、日本一になるのは比較的簡単なわけだ。


 翌日――。


 千尋は昨日と変わらない様子で決勝に臨んだ。


 昨日と全く同じ動き、全く同じ説明ではあるが、同じことを何度もできるのはルーチン化された業務をこなす能力が高いということだ。それはきっと彼も理解しているだろう。


「この発酵プロセスが今までよりもっと多くの人々に理解され、より多くのお客様に発行プロセスのコーヒーを飲んでいただけることを切に願います。終わります」


 タイマーを見ながら終わりを告げると、会場から拍手が送られた。


 インタビューを終えてから僕の元へとやってくると、ベンチの隣の席に腰かけた。


「めっちゃ緊張したぁ」

「可愛い子ぶってたな」

「僕の魅力はキュートなところだよ」

「さっきの演技みたいな喋り方より、素の性格の方がウケると思うけど」

「勘弁してよー。僕にも立場があるんだからさー」

「村瀬グループ御曹司という立場か?」

「うっ……何故それを?」


 ダメージを受けたように千尋の表情が青褪めた。また真理愛の時みたいに、連れ戻されるパターンに持ち込まれると面倒だ。ここは何としてでも先手を打っておく必要がある。


「親は反対してるんだろ?」

「……うん。高校行かないんだったら、うちの会社に入って経営学を学べって言うんだよ。しかも仲の良いグループの令嬢と結婚しろだってさ」

「でも千尋はそれを拒否したいわけだ」

「10月にお見合いがあって、しかも僕を庇ってくれていた親戚にまで出席するよう言われたせいで、お見合いを受けさせられそうになってるんだよね……だから……これで見納めかな」

「見納めって?」


 嫌な予感がした。千尋の表情に笑顔はなかった。


 競技よりも親との件で頭を悩ませている様子が手に取るように分かる。明日香という彼女がいながらお見合いか。このまま放置したら、間違いなく両方とも不幸になる未来しか見えない。


JBC(ジェイビーシー)で優勝したら僕を解放する代わりに、優勝できなかったら10月のお見合いを受けるって約束だけど、下手をすればこれが最後になるかもしれないって思うと、やるせなくて」

「まだ結果出てないだろ」

「あぁ~、優勝しててほしい」

「落ち込んでも仕方ねえだろ。ていうか千尋ってまだ18だろ。何でお見合いなわけ?」

「親父が病気がちでねー、最近は村瀬グループの仕事も休んでるみたいなんだけどさー、それで早く僕を結婚させて、村瀬グループの安泰を図りたいんだと」

「なるほど、完全に駒扱いだな」

「はぁ~、何で僕……彼女なんて作っちゃったんだろ」

「彼女がいるなら、お見合いを断ればいいだろ」

「断ったら取引中止だよ。相手は村瀬グループの株価に影響するほどのグループ企業で、1番の取引先でもあるから、そう簡単に断れないんだよ」


 力ない声で千尋が言った。美羽が懸念していた事態はこれか。


 明日香は空元気で愛想よく振る舞っていたけど、もしかしたら千尋の親の都合で別れる破目になるかもしれない瀬戸際にいた。御曹司とは思えないほど健気だし、何だか救われてほしくなってきた。


 子供の夢を奪い、交際する相手も選べない。僕だったら助走をつけて殴りかかっているところだが、千尋は見た目以上に性格の方がずっと女々しいのか、親にはなかなか逆らえないでいる。


「千尋、明日香と出会ったきっかけは何?」

「……小夜子さんに妹が美容室をやってるからって紹介されて、それで行ってみたら、とっても優しい接客をしていた明日香と出会って、それですぐに惹かれ合っていったというか、僕みたいに中性的な男が心底好きみたいでねー。誰の影響かな?」


 千尋がジト目でこっちを見ながら尋ねた。このままじゃ2人にとって最悪の結末になるだろう。真理愛の時とは訳が違う。夢どころか、惚れた女さえ奪われる非常事態だ。


 こういうのに屈する人が普通の人だというなら、普通なんてクソくらえだ。


 だったら僕は……一生社会不適合者で構わん!


 全員の競技が終わり、JBC(ジェイビーシー)決勝の結果発表が行われた。


 僕は千尋が優勝することを望みながら見守ることしかできなかった。


 謎は全て解けた。千尋がJBC(ジェイビーシー)に出場したのも、バリスタ修行のためのヨーロッパ留学を打診してきたのも、全部親の呪縛から逃れるためだったんだ。流石は千尋なだけあって、逃れる術をちゃんと考えてきたようだ。幸いにも千尋は親の保護下にいない。18歳なら意思能力もある。勝手に千尋を連れ戻そうとすることはできない。


 バリスタの夢と村瀬グループの未来を天秤にかけた。その狭間に苦しみながら藻掻いている。


 順位の低い順に名前が発表され、千尋が残り2人の中に残った。


「第2位は……株式会社葉月珈琲、喫茶葉月米原市本店、村瀬千尋バリスタです」


 その瞬間、時間が止まったように千尋が一瞬だけボーッとしている。すぐハッと我に返ると、2位と書かれたトロフィーと景品を受け取った。


 ――終わった……お見合いが確定してしまった。


 千尋は悔しさと絶望を内に秘めながらも笑顔でトロフィー授与に応じた。


 今年のチャンピオンは千尋の事情も知らないまま、喜びを露わにしている。


 これが現実か……初出場で準優勝は凄いが、本人にとって優勝以外は最下位と同じだった。


 啖呵切ってお見合いをするかどうかのまでして参加したJBC(ジェイビーシー)だが、親の呪縛から逃れんとする彼のシナリオが崩れ去った今、どうしてやることもできない。


 ゆっくりと進む時計の針を前に、会場は大盛況となり、対照的に僕らは黙り込んだ。

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