22杯目「ドタバタなデート」
中間テストが終わると、僕に新たなあだ名がついた。
周囲からはメルヘン王子と呼ばれていた。自由服だったこともあり、メルヘンな服装に近かったことでついたあだ名だ。メルヘンは分かるけど王子って何だ? うちの親はそんなに偉くないぞ。女子たちによると、僕の顔は相変わらずカッコ可愛いという評価だ。なんか以前も言われていた気がする……。
小学校の頃は親が僕の服を選んでいたが、中学からは自分で服を選ぶようになっていた。校則を確認した上で自分の好きな服装を選んだ。すると、クラスメイトの1人が物凄い剣幕で僕に向かってきた。
「お前ちょっとモテてるからって調子乗んなよ!」
調子に乗った覚えはないんだが……。
ていうか調子に乗って何が悪いんだ? これ完全に嫉妬してる雑魚キャラの台詞じゃん。
「モテたことなんかないぞ。彼女もいないし」
「お前テスト全部0点なんだろ?」
「そうだけど」
「頭悪すぎじゃねえの?」
「そうだな」
社会に規定された量産型の人間としてはな。
「授業中も寝やがって、お前将来詰むぞ!」
あっ、これ完全に嫉妬だ。本当はこいつも授業やテストが嫌いなんだ。
じゃなきゃこんな台詞はまず言わない。
「忠告ありがとう。でも僕の将来がどうなったってさ、君には何の関係もないよね?」
切り札とも言える一言でこいつは黙った。この手のいじめは小学校時代で何度も受けた。この程度の煽りなら対策済みだ。しかし、大半の子供はこういった言葉に屈して勉強させられてしまうのだろう。人を毒沼に引き摺り込むんじゃなく、あいつらが毒沼から出てくるべきなんだ。
僕はやりたいことも決まってたし、従わされるのが嫌で拒否することができた。
自分が一歩を踏み出せば、やがてそれが道となる。
他人から何か言われる度に、自分に言い聞かせていた。この青二才を分からせた後、飛騨野に声をかけられた。冷静にいなしていたところをしっかり見ていたらしい。
「相変わらずだね」
安心したような表情で飛騨野が言った。
「いい加減飽きたけどな」
ありきたりの言葉を返した。1人理解者がいるだけでも十分だ。
6月に入ると、学校行事が球技大会以外はないため、授業が練習時間になることはなかった。
小学校の時は音楽会があり、5年と6年も全力で拒否った。
行事がないということは、暇で無趣味な奴らが生徒の粗探しをしやすくなることでもある。あいつらにとって行事は餌なのかもしれない。中間テストのオール0点を粥川にばらされていたために、クラスメイトからアホの子同然の扱いを受けていた。自分から話しかけるのは不本意だが、これ以上の被害の拡大を防ぐため、粥川に声をかけて噂をやめるよう忠告する。
「あのさ、君が僕の点数を広めたせいでロクな目に遭わないんだけど」
「えっ、そうだったの? ごめんねー」
「そういうことしてたら、いつか刺されるぞ」
粥川の口の軽さを咎めるように言った。
「う、うん、分かった」
脅しに屈するような表情で答える。
「じゃあさ、今度デートしようよ」
「デート?」
「そうだよ。そしたら噂を流すのやめてあげる」
一体何様のつもりなんだろうか。悪質な新聞記者にだけはなるなよ。
「で? どこに行くの?」
「いきなり人任せなんだー」
「人づき合いは大の苦手なんでね」
「じゃあさ、デパート行こうよ」
嬉しそうな顔で粥川が言った。気は進まないが、ここは従うしかない。
一度デートすることで、僕の噂は流さないように口止めする。誰に対してもこうなんだろうか。相手によってはマジで刺されるから止めようなと思うくらいには心配だ。
日曜日の正午を迎え、粥川とデートをすることに。
とりあえず約束は守ってくれるみたいだが。
デートの待ち合わせ場所として公園まで赴くと、滑り台にジャングルジムにブランコといった基本的な遊具が揃っている。子供たちが背景の如く遊んでいる。僕にとって群衆は背景でしかないが、BGMとしては十分だ。そう思っていたところに、髪を下ろした粥川が駆け足でやってくる。
「ごめーん、信号に引っ掛かっちゃったー」
彼女は自分の遅刻を悪びれることもなく信号のせいにする。学校にも時々遅刻するが、愛嬌の良さからいつも許されている。いつも思うがあざといな。
僕と粥川は予定通り、デパートの方向へと足を運んだ。
「あのさ、デートしたら僕のこと噂しないって約束、ちゃんと守ってくれよ」
「分かってるよー」
彼女は常に軽い口調で返事をする。粥川が休み時間に言っていた一言がきっかけで、デパートまで赴くことになり、デパートに着いたまではいいが、粥川はゲームセンターでひたすら燥いでいた。クレーンゲームや写真を加工してシールにする機械などを回った。
「ねえ、これ取ってよー」
「しょうがねえなー」
コインを入れると、クレーンゲームの方向ボタンをタイミング良く押した。クレーンが目当ての人形を掴むが、握力が弱すぎるのか、すぐにポロッと手放してしまう。
――しかし、落とした人形が別の人形にぶつかり、『目当てではない人形』が落ちてくる。
「仕方ねえな。これは僕が貰っておく」
「いやいやいやいや、あたしが貰っとく」
粥川が言うと、僕から人形を強奪する。家のスペースを圧迫するだけだから別にいいやと思いながらあっさり渡す。ふと、周りを見渡すと、クレーンゲームのショーケースの前に見知った顔がいた。
――ん? あの顔は……まさか優子かっ? 今優子にばれるのはまずい。クラスメイトの女子と一緒にいる現場を押さえられたら何も言い訳できねえ。どうにかしてやり過ごさないと。
「梓君……梓君……あーずーさー君っ!」
優子を見るのに夢中になっていた僕は、背後から来る粥川に気づかなかった。聞こえてないと思った粥川に後ろから大声をかけられる。この音量に気づいた優子がこっちを見る。
「しまった!」
この大戦犯がっ! 軍法会議のない時代であることを幸運に思え! じゃなきゃ粛清だ。
優子が僕に気づき、驚いた顔で近づいてくる。
「あず君じゃーん、最近お店に来てくれないから心配たんだよー。ん? その子……あず君の彼女?」
「違う。たまたま同じクラスになった同級生だ」
「初めまして、粥川香織っていいます」
「うん、よろしく。あたしは柳瀬優子。優子って呼んでね」
「はい。優子さんは梓君の知り合いなんですか?」
「うん。同じ商店街に住んでるの。洋菓子店やってて、あず君が時々買いにきてくれるの」
「へぇ~、そうなんですねー。あたしもさっき、梓君に人形取ってもらったんです」
「そうなんだー。あたしには取ってくれたことなかったのに……んー? あれー、あず君ってさー、以前からこういう趣味だったっけ?」
優子が目を細くしながら疑問を呈した。さっき僕が偶然取ったのは、男の子向けにデザインされた人形だったのだ。優子は僕の趣味を理解していたが故に違和感を持っていた。
「それが……目当てのやつ取ろうとしたら、落とした人形がこれにぶつかって落ちてきた」
目線を逸らしながら、さっき起こったことをありのままに話す。
「ふふっ、何それ。めっちゃラッキーじゃん!」
誤解は解けた。僕らは優子と別れると、優子は連れている他の子供たちの元に戻る。
デート自体は女子に誘われ、どこかに遊びに行くことが度々あったが、こんな何の脈絡もないデートは初めてだ。粥川との学校デートの時もそうだが、奇想天外な発想をする奴だと思った。僕にとってはデパートなんてやかましい場所でしかないが、これで噂を防げるなら安いもんだ。ここまでは僕の思惑通りだった。彼女は林間学舎の時一緒にいたこともあり、僕がピアノができることを知っていた。
粥川に誘われ楽器店に行く。彼女は僕にピアノを弾くように言ってきた。以前折られた左手小指はすっかり治っていた。この時代に放送されたアニメの曲を何度か弾いていたが、ずっとピアノを弾いている内に、周囲には光に集まる虫の大群の如く、人だかりができていた。
曲を弾き終わると拍手喝采が起きた。粥川もテンションマックスだ。
「あいつすげーなー」
「目ぇ瞑りながら弾いてたぞ」
やべえ……また目立ってしまった。
だから楽器店でピアノなんて弾きたくなかったのだが、粥川が今からこの人がピアノライブを始めますよぉーとか言ったせいで、断ろうにも断れない空気になってしまったのだ。
しかも客と対面の位置にピアノがあったせいか、目を瞑って弾けることもばれてしまった。
はぁ~、なんか急にドッと疲れてきた……。
疲れを感じているところに、楽器店の店長らしき魔性のオーラを纏ったお姉さんがパチパチと拍手をしながら近づいてきた。見上げた先にいるお姉さんがクスッと微笑む。
見尾谷鈴鹿。この見尾谷楽器店の店長で、僕よりも8歳年上のお姉さんだ。大人びた顔立ちで胸は控えめ、くびれや腰回りも悪くない。
「あなたの曲、凄く素敵だった。まさかこんな所に、こんな可愛い逸材がいたなんて、思いもしなかったな。初めまして、私は見尾谷鈴鹿。鈴鹿って呼んでね」
気さくに自己紹介を済ませた。
「名前、教えてもらってもいいかな?」
「葉月梓。鈴鹿は何か用でもあるの?」
「もう……いきなり呼び捨てなんて……大胆な子」
「そっちがそう呼べって言ったんだろ」
「梓君、こういう時はさんをつけるものなんだよ」
「ついていけん」
鈴鹿は所謂氷河期世代の生まれで、音大に通いながら楽器店の店長として働いている。つまり学生兼起業家であり、絶対音感の持ち主だ。暇さえあればいつもここにいる。両親共にピアニストであることから、その影響でこの仕事を始めたらしい。
「まあいいけど。ねえ、よかったらピアニスト目指さない?」
鈴鹿が目を輝かせながら言った。
「僕、バリスタ目指してるんだけど」
負けじと自分の夢を言い返す。
「あなたの才能は天から授かったもの。今みたいに楽譜も見ずに目を瞑って正確な演奏をするなんて、そうそうできることじゃないの。今の時点であれだけの完璧な演奏ができるのだから、鍛え上げれば世界に通用する一流のピアニストになれると思う。学費とかも事情を説明して、うちの親に出してもらうこともできるけど、それでも……駄目?」
鈴鹿が姿勢を低くして上目遣いで聞いてくる。
――何なんだこの女は? 一体何のつもりだ?
「……駄目。僕はどうしてもバリスタになりたい。だから無理だ」
「そう……じゃあその気になったらいつでも言ってね。うちはいつでも空いてるから、バイトしたくなったらうちにいらっしゃい。うちは常にスタッフ募集中なの」
今思うと……この意図しないアピールがまずかった。
僕らは楽器店を後にし、カフェでコーヒーを飲む。気づけば夕方を迎えていた。
帰ることを伝えて粥川と別れた。約束通り僕の噂を流さないように念を押した。
翌日の月曜日のことだった。僕がピアノを弾けることがクラス中に広まってしまったのだ。休み時間になると、みんなが僕の席までやってくる。
「よう、まさかお前ピアノ弾けるなんて知らなかったなー」
「音楽室でなんか弾いてくれよ」
「えっ、そんなこと話したっけ?」
「粥川とデート中にアニソン弾いたんだろ?」
――えっ? どういうことだ? 僕は確かに僕のこと全般を噂しないように言ったはずだ。どうやら僕が授業中に寝ている間に噂が広まったらしい。
約束を反故にされたことに怒りを覚えた僕は、粥川がいる席へと向かう。
「何で僕のことみんなに話したの?」
僕は何の罪悪感もない彼女を問い詰める。
「えっ、ばらさないのってテストのことじゃなかったの?」
おいおいおい、約束はどこへ行った? 内容は僕のこと全般だ。
当然ながらテストだけじゃなくピアノも含むんだが。
「約束が違う。僕のこと全般噂しないようにと言ったはずだ!」
粥川を睨みつけながら冷たく真っ直ぐな声で言った。
珍しく怒りの矛先を向けていたのか、彼女は急に黙り込む。
「そういうことするなら、もう僕には近づかないでくれるかな?」
粥川に対し、事実上の縁切りを示唆した。他人のプライベートすら守れない奴とつき合う気はない。多分、性的少数者のアウティングとかも平気でするんだろうな。
「ご、ごめんね! あたしはただ……梓君があんなにピアノ上手いってことをみんなに知ってもらいたかっただけなの……うっ、ううっ……」
「おい葉月、お前何女子泣かしてんだよ?」
「そうだよ。女子を泣かすなんてサイテー!」
泣き出してしまい、担任からもクラスメイトからも咎められた。
事情は説明したが、みんな全面的に粥川の味方だった。
じゃあ男子は泣かしてもいいのかよ? 女子という単語をそこで使う意味を教えてくれ。目立つのが嫌だから普段から大人しくしてるってのに、そんなこと言ったら目立つことくらい分かるだろう。僕のこと全般って言ったのにピアノを含めることが分からないとか、どんだけ読解力ないんだよこいつは。
この日からクラスメイトの包囲網と戦うことに。
女の武器は涙と言うが、もはや武器を通り越して最終兵器になってしまっている。多少不利なことをしても涙1つで帳消しにされる。しかも相手が男子なら逆転までできてしまう。
――何だ? このチートアイテムは……。
飛騨野は料理研究部であったため、テスト前以外で僕と一緒に帰ることはあまりなかった。この中学も男女交際禁止だ。一緒に帰るくらいはできるようになったが、基本的には同性同士でつるむパターンがほとんどだ。僕は男子の中では女子とも交流がある珍しいタイプだ。どちらかと言えば、女子と関わることの方が多い。その割には友達も恋人もできなかったが。
僕の誕生日がやってくると、璃子がプレゼントに可愛いスカートを買ってくれた。
以前からスカートを履きたかったが、うちの親は全然買ってくれなかった。
璃子のスカートはサイズの違いに違和感があって履かなかった。
貰った時はめっちゃ嬉しかった。だが僕のスカート好きを歓迎したのは璃子だけだった。学校に行かされた時、親は見て見ぬふりだったが、担任からは男の子がスカートを履いちゃいけませんと言われ、クラスメイトからは、お前正気かと言われた。
僕の評価をするために生まれてきたのか? そうじゃないなら余計な口出しはいらない。男子がスカートを履くことは、法律違反でもなければ校則違反でもない。一応生徒手帳に書かれた校則の確認はした。元々スカートは男性用の戦闘着だったし、何の問題ないはずだ。
弁解はしたが無駄だった。すると、風紀委員のクラスメイトが僕の前に立ちはだかる。スカートで登校する男子がいることを聞きつけてやってきたのだ。
「明日からスカートで登校はするな」
「何で? 僕何か悪いことした?」
「風紀が乱れるからだ」
風紀って何だよ? 世間体のことか? スカートをやめれば全ての問題が解決するのか? 自分たちが勝手に定めた常識に従わない奴が気に入らないだけのくせに。
「具体的にどうなるの?」
「みんなが混乱するだろ」
「別に誰も混乱してないぞ。地球が壊れたわけでもないのに、そうやって些細なことで騒ぐ方がずっと混乱すると思うけどな」
「自分勝手な奴だな。とにかく駄目だ」
自分勝手なのはどっちだよ? こいつらが守りたいのは風紀ではない。今までの共通認識を維持するための古い常識だ。そんなくだらないものに囚われている内は一生雑魚キャラのままだぞ。他人を批判すれば人生が良くなるのか? そうでないなら、ただのストレス発散でしかない。
よくよく考えると、男子って選択肢狭すぎないか? 女子はスカートかズボンから選べるのに、男子はズボン一択だし、髪型だって女子はロングかショートから選べるのに、男子はショート一択だ。
何故こういうことに誰も疑問を抱かないのだろうか? 年を取るにつれて段々進歩しているが、当時はまだ服装の議論すらされていなかった。
昼休みになると、飛騨野が歩み寄ってくる。
「今日はズボンなんだね」
「今日はズボンの気分ってだけだ」
「梓君ならどっちも似合うと思うよ。こんなこと、みんなの前じゃ言えないけど」
「周りに合わせるなんて面倒なだけだろうに」
「私にも立場があるの」
「その立場ってのは、神経を擦り減らしてまで守る価値があるのか?」
僕が聞くと、飛騨野は黙ってしまう。
終礼になると、担任の仕事が遅いのか、話の途中で終礼時間が終了する。やはり中学は小学校の延長でしかない。僕は終礼中だったが、時間を優先して下校する。
下校中に1人で歩いていると、そこには別の学校の男子がいた。狭い道だった上に占拠されていたから邪魔で通れなかった。仕方がないからどかすことに。
「邪魔だからどいてくれない?」
「そういうわけにはいかない。お前、飛騨野とどういう関係だ?」
「ただの同級生だけど」
「今後は飛騨野に手を出すな。いいな?」
「別にいいけど、僕は手を出したことすらないぞ」
忠告を済ませると、僕の前から立ち去った。
制服を着ている上に、明らかに年上だった。ということは他の学校の学生だ。
翌日、飛騨野に話しかけられると、飛騨野にこのことを話した。飛騨野は岐阜市の子供たちの間でちょっとした人気者となっており、行動範囲が広いのか複数のコミュニティを持っていた。
飛騨野と一緒に帰っている内に、その中のファンの1人の怒りを買ったらしい。
一応飛騨野が注意をしてくれるということで決着した。以前の居波のストーカーの時といい、今回の飛騨野のファンといい、誰かに好かれるってロクなもんじゃねえな。
ファンなんて欲しくない。少なくとも当時の僕はそう思っていた。ファンなんていらない。サインも握手も僕の仕事じゃないと言って、全部突っぱねることに決めていた。ファンサービスの要求は電話と同様に相手の時間を奪う行為だし、一度でも要求に応えるときりがなくなる。僕は当時からファンができることなんてロクなもんじゃないと思っていた。
夏がやってくると同時に球技大会が行われる。
男女に分かれてドッジボールが行われたが、僕は体が弱いという理由で見学した。基本的にはクラス対抗の試合だ。小学校の時は4組だけだったが、中学は6組もある分試合数が多い。相手を全員内野から退場させたら勝ちというルールで、外野は相手の内野にボールを当てると、外野の誰かが内野に戻ることができ、最初に固定された外野2人は当ててもそのままだ。
僕はクラスメイト1人1人を観察する。1試合目はうちのクラスは負けてしまった。熊崎を始めとした連中が肩を落としたかと思えば、熊崎が僕に話しかけてきた。加勢なら足を引っ張るからお断りだ。
「あぁ~、全然勝てねえよ」
「いいようにやられてたな」
「このままじゃ最下位だ。相手が強すぎるんだよー」
「それ以前に不利な場所に駒を置くのが悪い」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
「君はフットワークに優れてるから内野のセンター、あいつは肩が強くて反応が早いから内野最前線、あいつはパス回しがうまいから外野。後は運動音痴の奴から優先的に足を狙って投げれば勝てる」
「……もう1回言ってくれるか?」
熊崎は僕の観察に感心したのか、落ち込んだことなどすっかり忘れ、目の色が変わっていた。
熊崎が僕の言った通りにクラスメイトを配置すると、さっきとは打って変わってチームの動きが劇的に改善し、2試合目以降は全て圧勝したのだ。ドッジボールは最終的にうちのクラスが優勝した。
まっ、他のクラスには適性配置も戦法もなかったがな。
同じ戦力でも戦法があるのとないのとでは全然違う。ただそれだけのこと。大したことじゃない。
他にも色々と球技があったが、僕の記憶にあるのはこれくらいだ。どうやら僕は自分で動くよりも人を動かす方が向いているらしい。人と関わるのは苦手なのに皮肉なもんだ。
この才能は後々経営にも活かされた。
月日は流れ、期末テストの期間がやってくる。いつも通りオール0点を取った。クラスメイトからは珍しく的を射た言葉が飛んできた。
「お前、できることとできないことが極端だな!」
言われてみればそうだ。できることは世界大会上位のレベルにまで到達する。
できないことはそこらの素人よりも下手だ。僕の合計ステータスは、こいつらと変わりないだろう。だが日本では器用貧乏なバランスタイプの人間が重宝される傾向が強い。基本的には経営者が扱いやすいためである。何でも屋の方が色んな部署に回せるし、替えが利く人材になりやすいのだ。
僕は恐らく、どこの企業からも雇ってはもらえないだろう。
噂を広めまくる人ってこんな感じだった気がします。
女の涙がチートだったのは実話を元にしています。
見尾谷鈴鹿(CV:椎名へきる)