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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第9章 次世代バリスタ育成編
219/500

219杯目「両家公認の不協和音」

 6月がやってくると、僕は28歳の誕生日を迎えた。


 もう28なのか。今でも女子中学生と間違われるが、中身は中年おじさんになりつつある。老いるのが悪いとは思わない。だが20代以降の誕生日は全然楽しくない。


 むしろ死に一歩近づいたのだからと、やりたいことに片っ端から手を伸ばす始末だ。


 もっとも、僕にとっては早くも余生を生きるような感覚だ。


 多分、若い内に一生分稼いだ人は、みんなこういうことを考えてるんじゃなかろうか。貧しいと周囲を見渡したり、考えたりする余裕がなくなる。だから目の前に落ちているチャンスにさえ気づけない。


「あず君、何で空を見ながらボーッとしてるんですか?」

「何でもねえよ。何というか、悟りの境地って感じかな」

「ふふっ、何だか老人みたいですね」

「だってさー、JCRC(ジェイクロック)に出たら9月以降はもうやることないし、有能な人ばかりを雇ったのはいいけど、周りが有能だと、僕のやること全然ないんだよなー」

「じゃあもう1つ大会に出てみますか?」


 唯がパソコンの主導権を奪うと、まだ見たことのないバリスタ競技会ホームページへと辿り着いた。


 唯が僕に勧めたのはジャパンエアロプレスチャンピオンシップ、略してJAC(ジャック)である。


 まだ登場したばかりの抽出器具、エアロプレスのみを使ったバリスタ競技会であり、今までとは違う形式の競技だ。参加者は準備時間を含めて8分の持ち時間が与えられ、1杯のコーヒーを抽出する。


 他と違ってプレゼンテーションはなく、純粋に味だけで順位を競うことになる。使う器材や水などは選手が自由に持ち込みできるが、コーヒー豆は大会側が指定したものを使用しなければならない。


 各都市部で何人かに分かれ、予選と決勝が行われるところまで通常通りだ。トーナメント形式で3人1組の対決となる。3人のセンサリージャッジがカッピングで3人分のドリップコーヒーを評価する。それぞれが最も美味しいと思ったカップを一斉に指差し、2票以上獲得したコーヒーを淹れたバリスタが次へと進み、全員が全く違うカップを指差した場合、ヘッドジャッジが指差したコーヒーを淹れたバリスタが勝者となる。参加者は毎年200人ほどであり、7月と8月に各都市で行われる予選を突破した18人が、9月に行われる決勝を争う。優勝すれば11月にシドニーで行われるワールドエアロプレスチャンピオンシップ、略してWAC(ワック)への出場権を得る。


「うーん、8月はJCRC(ジェイクロック)決勝があるから、出るなら7月の東京予選かな」

「決勝までいく前提なんですね」

「うっかり決勝までいったらダブルブッキングだからな。とりあえず今はJCRC(ジェイクロック)予選の練習をして、終わったら7月までJAC(ジャック)予選の練習、終わったら8月までJCRC(ジェイクロック)決勝に向けた練習、終わったら9月までJAC(ジャック)決勝に向けた練習だ」

「一気に忙しくなりましたね」

「またあず君の活躍が見れるんだ」


 後ろから柚子が微笑みながら声をかけてきた。


 しかも風呂から上がったばかりなのか、バスタオル姿で現れた。


 スタイルは良いし、性格にも特に大きな癖があるわけじゃない。それでも相手がいないのは、周りに溶け込みすぎて存在感がなくなったパターンと見ている。


 リビングではまだ小さい子供2人が仲良しそうに遊んでいる。


 今はいいけど、小学生になったら学校側と揉めそうだな。


「柚子、相手が欲しいんだったらさ、本格的にバリスタ、究めてみるか?」

「じゃあやってみようかな。他にやりたいことないし、ここにきてようやく自分のやりたいことを見つけた気がする。もう遅いかもしれないけど」

「そうでもないぞ。成人した時点での人間力の質で、その後の人生がほとんど決まるっていうのが僕の持論だけど、柚子は成人した時点で立派に生きてたし、今の柚子がうちの店で最も堅実なバリスタだと思ってる。婚活イベント会社で極力ミスを避けようと、入念に頑張ってたのが活きてるからだ。柚子に恋人がいないってことは、今はバリスタの仕事を究めろってことだ」

「あず君に都合の良い解釈だね」

「でもあず君の言ってること、分かる気がします。真理愛さんもコーヒーカクテルを究めるようになってから恋人ができたわけですし、特に今の時代は仕事を究めた人がモテる傾向が強いと思います」


 何だかんだで柚子もコーヒーに愛されてるし、今からやっても遅くはないと思う。


 バリスタとしてのセンスはかなり高い方だ。元々コーヒーに関する知識が膨大であり、コーヒーオタクがバレるのを恐れて恋人を作らなかった時期があったくらいだし、今更基礎知識の勉強はいらない。


 だったら後は、圧倒的な練習量をこなすだけだ。


「柚子、片っ端からバリスタ競技会に出て、どれだったら1番を究められるかやってみろ。これだったら意欲を失わずに続けられるところに才能がある」

「ということは、まずはJBC(ジェイビーシー)JCTC(ジェイクトック)ですね」

「それはいいけど、大丈夫かな」

「こんなこと言っちゃあれだけど、ルールブックを読んでいれば、それだけで半分より上にはいける」

「そういうもんなの?」

「うん。今まで多くの大会に出てきた僕が言うんだから、おおよそ間違いない。競技人口のほとんどは本気でやってない。ちゃんと練習して本気でやるだけで上位までいける。決勝に残ってる人とか、大体いつもおんなじ人ばっかりなんだよなー」

「確かそれ、動画でも言ってたよね?」

「そうだ。大会を勝ち抜くための哲学は動画で言ってるから、暇な時にパソコンかスマホで調べれば分かるぞ。みんなを出し抜いてみせろ」


 まっ、あれだけ言ったところで、そもそも参加しない人の方が多いわけだし、大会に限らず、人生にも通じる話なんだけどなー。自分の取り柄が分かってない人というのは、何かに本気で取り組んだことがない人ばかりだ。向いてるかどうかなんて本気でやってみて初めて分かることだけど、この国は何かを本気で取り組んでいる人を馬鹿にする風潮がある。だからみんな本気を出しにくいんだ。


 本気を出すのが恥ずかしいと思い込まされてるのか、将又面倒なだけなのかは不明だ。


「柚子さん、私も子育てが一通り終わったらまたバリスタに復帰することを考えています。ですので、何かを始めるのに、遅すぎることはないと思います」

「分かった。一度やってみるね。こうなったら、とことんトップバリスタを究めてみる」


 唯は本当に人を乗せるのがうまいな。いっそ唯に宣伝を任せたい気もする。


 柚子は今のままじゃ駄目であると危機感を募らせつつも、どうしていいか悩んでいた。頼みの綱である婚活イベント会社は潰れ、家業である仲人の仕事も今の時代には合っていない。


 一見八方塞がりのように思えるが、実はそうでもない。


「璃子はいつ頃からショコラティエを目指してたんだっけ?」


 少し遠くで一息吐いている璃子に、柚子が着替えながら話しかけた。


 璃子は既に可愛いライトブルーのストライプが特徴のパジャマ姿だ。


「15歳くらいかな。チョコレートが好きだから選んでみたっていうのがきっかけだけど、知識と技術を身につければ、お兄ちゃんに貢献できるって優子さんに言われてからは真剣にやるようになったの。16歳の時に近所のおじさんが子供を紹介してきて、このままだと結婚させられると思ったから、咄嗟に世界一のショコラティエになるまでは誰ともつき合わないって言っちゃったの」

「自分で自分の背中を押したんだ」

「でも本当になっちゃったから、今度おじさんに会ったら回避できないかも」

「案外すぐに再会しちゃったりして」

「嫌なこと言わないでよ」

「彼氏がいるって言えばいいのに」

「それが……世界一のショコラティエになってから、色んな人に交際を申し込まれるようになった手前、もし彼氏の存在が知れたら、蓮に迷惑かけちゃうかもしれないし」


 璃子は人間関係を築くことにおいては策士のような腕前だ。


 それ故自分の影響力がどれくらいのものであるかが手に取るように分かってしまう。優しさとは時に残酷なものである。彼氏の存在をバラさないことで、多くの男たちから時間を奪っているのだから。


 有名税よりも美人税の方が璃子にとっては重いのかもしれない。


 ある日のこと、JCRC(ジェイクロック)のため、焙煎機の調整をしている時だった。


 焙煎機が大きいため、クローズキッチンでの作業も増えた。そこでは優子が地道にホイップクリームを作る作業に没頭している。カウンター席では久しぶりにうちに来た蓮がカウンター席で璃子と仲良しそうに話している。璃子もこの時だけは心を開き、まるで同じ教室にいる同級生のように見えた。


「じゃあ今はJLAC(ジェイラック)優勝を目指してるわけか」

「うん。ラテアートが凄く楽しいから、当分はこれを究めるつもり」

「確かこの前も、ショコラティエの展示会で金賞取ったんだろ?」

「うん。そう簡単に1番の座は渡さないから。ふふっ」

「それだけの成果を上げてるんだったらさ、ここで細々とやってるより、ショコラトリーでもオープンさせた方が、ずっと伸び伸び生活できると思うけどな」


 ――おっ、蓮もそう思うか。まっ、名目上は役員だけど、その実態はついでのように作られたクローズキッチンに勤めるショコラティエだ。とても世界一を究めた人の待遇ではない。


 せっかく世界から腕前を認められたのだから、もっとオープンに活躍してもいいと思う。


「それ、この前お兄ちゃんにも言われたばっかり」

「ふふっ、あず君が独立を促すってことは、一人前と認められたってことだろ」

「なんか私よりお兄ちゃんに詳しいね」

「男同士だから分かることもあるんだよ」

「あと2年足らずで真理愛さんもここを出ちゃうし、私まで出て行ったら、葉月珈琲が一気に弱体化しそうで怖いというか、私も一応役員だから心配なの」

「別に心配してもらわなくても問題ないんだけどな」

「言っとくけど、私は葉月珈琲を辞めるつもりはないから。独立するにしても別の店のマスターになるだけで会社は辞めない。もうお兄ちゃんだけの会社じゃないんだよ」

「へいへい、璃子は重度のブラコンだもんな」

「ぶっ飛ばされたいの?」


 璃子が冷徹な目でこっちをギロッと睨みつけ、威嚇するような低い声で言った。


 かっ、カッコ良い。お兄ちゃん惚れちゃうぞ。


 立場上は僕が兄だけど、役割を見ると、僕以上に上の子なんだよな。僕以上に頼りになるし、姉と弟だったら、もっとうまくいっていたとすら思っている。


「ついでに罵ってくれ」

「変態。何でそんなんでモテるのかが不思議なんだけど」


 ラストオーダーを過ぎた後の店で、僕らがじゃれ合っている時だった――。


 ドアベルが鳴ると共に、扉の向こう側から1人の男が入ってくる。


 背は蓮より少し低めの中肉中背で、30代くらいの男だった。


 あいつは確か、葉月商店街に住んでいた木下(きのした)じゃねえか。


 鬼ごっこの時、他の連中と一緒に璃子ばっかり追いかけ回していた奴だ。


「おっ、璃子ちゃん、久しぶりー!」


 璃子を見つけるや否や、手を振りながら近づき、蓮の隣の席に座った。


「えっ! 木下君! 何でここにっ!?」

「やっと見つけたよー。ずっと会えなかったからさー」

「知り合いですか?」

「うん。この人はヤナセスイーツの常連で、よく常連と一緒にケーキを買いに来てくれていたの」

「あー、どうも」

「ど……どうも」


 蓮と木下がぎこちない様子で軽く挨拶を交わす。


 男の他人同士って何でこうも会話しにくいんだろうか。璃子はさっきから再会を懐かしむどころか、危機感さえ覚えている顔だ。璃子がこのサインを出す時は、相手が問題を抱えている時だ。


「あれっ、木下君、久しぶりー」

「優子さん。璃子ちゃんと一緒だったの?」

「うん。ヤナセスイーツが廃業した後、あず君に拾われたの」

「あー、なるほどねー。ところで璃子ちゃん、俺との結婚、考えてくれた?」

「「「「「!?」」」」」


 どういうことだ? 結婚って……そこまで進展してる仲じゃねえだろ。


「……結婚って、どういうこと?」

「最後に会った時言ってたじゃん。世界一のショコラティエになったら、結婚を考えるって」

「それは世界一のショコラティエになるまで、結婚は一切考えないって言ったんだよ」

「そうそう。でも今は世界一じゃん」


 ――あっ、これ完全に勘違いしてるやつだ。


 木下は璃子が世界一になったら、自分との結婚を考える約束だと思っている。


 だからずっと困り顔だったわけだ。


「あれは結婚というもの自体を考えないって意味なんだけど」

「でも今だったら考えてくれるんだろ?」


 駄目だ。言葉は通じてるけど会話が通じていない。璃子が1番苦手なタイプだ。読解力なさすぎな。こういう奴ってトラブルを運んでくることが多いから、親戚にはしたくないな。


 今までここに来なかったのは、優子が璃子の再就職先を教えなかったからだ。


「あず君、ちょっといい?」


 優子が小さな声で僕を呼んだ。彼女も璃子と同じ表情だ。


「どしたの?」

「木下君、まだ璃子ちゃんのことを諦めてないみたいなの」

「だろうな。普通に断ればいいだろ」

「それがそういうわけにもいかないの」

「何でだよ?」


 優子が事情を説明する。彼女が言うには、木下家はうちの両親と仲が良く、事実上の両家公認という形でヤナセスイーツ廃業までの間、仮交際をさせられていたのだ。


 しかもその時、璃子はまだ16歳、まだショコラティエにすらなっていない時だった。


 璃子は縁談の話を誤魔化すため、世界一を究めると言ったんだとか。


 つまり、今の璃子があるのは、ある意味こいつのお陰だったわけだ。世界一を究めることが唯一近所の連中との結婚を回避する方法だった。余程嫌だったんだろうな。


「えっ、結婚できないって、どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。私は仕事と結婚してるから」

「俺、璃子ちゃんのためにずっと他の人との縁談を断ってきたんだよ。璃子ちゃんが結婚してくれるって信じてたから、頑張って大学を卒業して、大手に就職して家まで買ったんだよ。どうしてもできないって言うなら……責任取ってくれよ!」

「……そんなこと言われても」


 何やらただならぬ雰囲気だ。木下は今にも怒りそうな顔だし、璃子は下を向きながら責められているような顔だ。目の前の女1人笑顔にできないようじゃ、とても夫なんて務まらないぜ。


 その気はないとハッキリ断らなかった璃子にも非がないわけではない。だがヤナセスイーツ廃業と共に疎遠になった時点で、璃子とは縁がなかったと気づかないあたり、良くも悪くも鈍感なんだろう。


「あの、そういうの、良くないと思います」


 意外にも助け舟を出したのは伊織だった。


「何だよ? 関係ない奴は黙ってろよ」

「仮にあなたが璃子さんと結婚しても、璃子さんが幸せになれるとは思いません」

「何でだよ? 俺は両家公認でつき合ってんだぞ」

「その時にあなたはちゃんと本人から交際してもいいって言ってもらったんですか?」

「……いや、それはないけど、両家公認だし……」


 両家公認だったら本人の意思は無視していいのかよ。こいつは何時代を生きているんだろうか。親戚が罪を犯したら道連れにされることを喜んで受け入れるんだろうか。


 何よりこんな奴から兄呼ばわりはされたくないな。


「たとえ両家公認であっても、本人の許可がないと交際は成立しないんです。つまり、あなたと両家の人たちが勝手に交際していると思い込んでいただけで、璃子さんにその気はなかったということです。外堀から埋めるのは勝手ですけど、肝心の大将を取り逃がした時点で、あなたの負けです」

「璃子は世界一のショコラティエだぞ。大手正社員ごときじゃ全く釣り合わないし、君が璃子とつき合うには人格も能力も圧倒的に足りねえんだよ」

「……じゃあ何で、一言断らなかったんだよ?」

「嫌われる勇気がなかったからだ。璃子は嫌われないまま結婚を回避するために徐々にフェードアウトする策を講じた。あれからもう10年経ってるのに気づかなかったのか?」

「それは多分……気づいていたけど受け入れられなくて、気づかないふりをしていたんじゃないかな?」


 後ろから歩み寄ってくる優子が言った。


「……俺じゃ駄目か」


 優子に内心を悟られた木下は降参と言わんばかりに、それ以上は何も言わずに帰っていった。


 最初から何事もなかったかのように。ようやく敗北を認めたか。だがあまりにも遅すぎた。


 璃子は最初から鈍感で愚直すぎる性格に滅入っていた。しかも逃げ場を塞がれてしまい尚更困った。恋愛とは不思議なもので、相手との距離を詰めようとすればするほど何故か距離が離れていくものだ。好かれるために努力しようと考えちゃう時点で縁がないんだろうな。


 僕は唯から気に入られようと思ったことはないし、唯も僕を力づくで奪おうとはしなかった。何より僕が幸せになることを第一に考えてくれていた。僕が誰と結ばれようとも……だからだろうか、お互いに無理なく自分を曝け出せる相手じゃなきゃ続かない。璃子は好意を無意識に察する能力がある。


「はぁ~、助かったぁ~。お兄ちゃん、伊織ちゃん、ありがとう」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

「あいつは結婚というもの自体向いてない。自分を押し付けすぎ」

「結婚にも適性というものがあるんですね」

「そゆこと。結婚する人が減ったのは、経済的な理由とかも含めて、結婚に適性のある人しか結婚しなくなったからだ。今が昭和時代じゃなくて良かったな」

「こういうことがあるから人前に出る仕事はしたくないんだよね」

「それは俺も分かる気がする」

「「はぁ~」」


 璃子と蓮が同時に息を吐いた。まあでも、どうにか解決できて良かった。


 この日の夜、僕は唯に耳かきをしてもらいながら昼間の出来事を話した。僕も唯も可愛らしいパジャマ姿であり、時刻は翌日へと切り替わろうとしていた。


「モテる人の悩みですねー」

「璃子を引き籠りに追いやったのは、あの美貌だったんだな」

「人気があると色んな人が寄ってきますからねー。でも1つ懸念がありますね」

「なんか他に問題あるか?」

「蓮さんですよ。目の前で恋人が危険に晒されたのに、助けようともしないのは懸念材料です」

「2人の仲知ってたの?」

「見ていれば分かります。多分、優子さんも気づいてると思います。伊織ちゃんもなかなか動かない蓮さんを見かねて動いたんですよ。あれじゃ一緒になった後、璃子さんを守っていけるかが心配です」


 唯の言い分も分からなくはない。肝心な時に恋人を守れない人は頼りにならない人である。


 良くも悪くも温厚な平和主義と言ってしまえばそれまでだが、平和主義の本質は本当に大事なものを守れない丸腰の戦士だ。あれもまた、今の親世代が作り上げてきたものだ。蓮は長男で一人っ子だし、特に親の影響を受けやすい立ち位置だ。あれじゃ社会の中で生きていくのは難しいだろう。


 どこか似ている2人だが、明らかに違うところもあった。


 唯は相違点に気づいていた。故に心配を隠せないでいる。

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