217杯目「栄転要請」
僕から千尋への栄転要請には誰もが驚いた。
特に胸を抉られたような顔で柚子が近づいてくる。
認められないと言わんばかりだ。自分たちの聖域に身内以外の人に入ってきてほしくないのか、将又どこの馬の骨とも分からん奴を入れたくないのかは不明だ。
「あず君、それ本気で言ってるの?」
「本気だ。何か意見でもある?」
「葉月珈琲は唯ちゃんを除いても6人いるんだよ。これ以上入れたら人材過多になるんだけど」
「今すぐってわけじゃねえぞ。千尋にも準備ってもんがある」
「じゃあ何で栄転なんて決めたわけ?」
「あと1票で伊織と同点決勝になるまで健闘した。僕の下で修業させたいし、もう1つ理由がある」
「……理由?」
柚子が首を傾げた。これには柚子たちも知らない深い訳があるのだ。
「真理愛、そろそろ話してもいいよな?」
「はい。構いませんよ」
真理愛の許可を得ると、彼女の今後について明かすことに。
「ええーっ! 真理愛さん独立するんですかぁ!?」
伊織は心臓が飛び出たかのように顔が青褪めている。
恐れ慄いた表情には驚愕と寂しさがブレンドされていた。
「真理愛さん……本当なんですか?」
璃子が真理愛に尋ねると、彼女は璃子の方を向きながら複雑そうな笑みを浮かべた。
「……はい。今すぐってわけではないんですけど、次のバリスタオリンピックが終わってから、年明けの2020年に葉月珈琲の傘下で新しいお店のマスターとして独立することが決まったんです。選考会で敗退した場合は2019年の年明けに独立します」
「どうして独立するって決めたんですか?」
「念願のワールドコーヒーイングッドスピリッツチャンピオンになったことで、多くのファンから独立を応援していただけるようになったんです。またコーヒーカクテル専門店を開くのが夢でした。世界一のコーヒーカクテラーになった今、どこかで人生の区切りをつける必要があると感じたんです」
「今のままじゃ……駄目なんですか?」
「来年まではここにいますから、安心してください」
「安心なんてできません!」
「「「「「!」」」」」
伊織が叫ぶと、真っ先にバックヤードへと引き籠っていった。
エプロン姿のままの伊織がしくしくと泣いているのが目に浮かぶ。真理愛はそんな伊織の後を追いかけていった。真理愛は来年が終了時点で32歳、独立するには丁度良い頃合いだ。優子は葉月珈琲に永久就職するつもりだし、離れる心配はないだろう。
「伊織ちゃん、突然ビックリさせたことは謝ります。でも独立って凄く大事なことなんですよ」
真理愛が伊織の背後から聖母の如く、優しく包み込むように抱きついた。真理愛だけに。
すると、さっきまで悲しみに暮れていた伊織が、差し込む光に晒されるように気分が和らいだ。
文字通り、これが包容力ってやつだろうか。
「どうしてでしょうね。同級生や先生と離れる時は、むしろ気が晴れたのに、真理愛さんがここからいなくなるって聞いた時は、何だか自分を抑えきれなくなって。こんなに……誰かと離れるのが寂しいって思ったの……生まれて初めてなんです」
「伊織ちゃんは私の唯一の同期ですもんね。でもいなくなるわけじゃないですよ。独立したらたまには葉月珈琲に遊びに行きます。伊織ちゃんも成人したら是非私のお店に遊びに来てくれると嬉しいです」
「はい、必ず飲みに行きます」
「伊織、真理愛はオーガストを経営してた時の店舗を自宅として買い取って、今度は店として改築してる最中だ。今まで培ってきた知識や技術を活かすために以前より多くの客が入れるようにする予定だ。世界一のコーヒーカクテラーだから間違いなく大盛況だろうし、ここを出るってことは、1人で飯を食っていけるバリスタになったってことだ」
以前のオーガストは殺風景極まりなかった。それは真理愛がまだ無名だったからで、いつ潰れてもおかしくない経営状態だった。でも今は世界一のコーヒーカクテラーという肩書きを持っている。影響力を持っている有名人が店を経営すれば、知名度だけで飯が食える。オーガストの復活は僕の要望でもあった。葉月商店街にまた1つ名店が増える。毎日会いに行けるし、寂しさはない。
葉月商店街には多くのカフェが建ち並んでおり、カフェの隣にカフェが並んでいる激戦区だ。
それぞれのカフェが切磋琢磨することで、昔とは比べ物にならないほど1店舗あたりのカフェの質が向上しており、腕の立つバリスタでなければ務まらない。穂岐山バリスタスクールを卒業したバリスタが次々と就職し、腕は更に洗練されていくことだろう。
僕が今まで培ってきた知識や技術が、動画を通して岐阜市のバリスタに継承されている。うまくいけば何種類もあるバリスタの世界大会上位を葉月珈琲のバリスタが埋め尽くす日が来るかもしれない。
バックヤードで伊織と2人きりになると、隣同士で座りながら話した。
「あず君はバリスタの仕事を通して、ご飯を食べられる大人を育てていたんですね」
「気づくのがおせえんだよ」
「ふふっ、いつか真理愛さんと一緒に、ここで働けたことを誇りに思える日が来るんでしょうね」
「僕は今の時点でも誇りに思うぞ。何てったって、世界一美味いコーヒーカクテルを淹れる人と一緒に働けたんだし、あいつが独立するって言い出した時は嬉しかった」
「人に認められる経験を繰り返すのが、生きる力を身につけるコツなんですよね」
「僕自身がそうだったからな」
得意分野で認められるようになれば、それは大きな自信となり、やがて自立心や自尊心となる。
世界を相手に活躍したことで、自分もできるとか、もっとやってみたいとか、そんな気持ちが持てるようになったのが何より大きい。それを実感できたことがたまらなく嬉しいのだ。
「あず君も認められるのが嬉しいんですか?」
「そりゃそうだ。認められて嬉しくない人ってそうそういないぞ。認められなくても自分はここにいるって強がってる人とかいるけど、本当は認めてほしいからそういうこと言っちゃうわけ。本当にどうでもいいって思ってる人は黙って結果を出すからな」
「私、あず君の下で修業をしてきた意味がやっと分かりました。今までのプロセス自体が生きる力を育てる教育だったんですね。何かで日本一になれば、それだけでも生きていく上で自信になりますよね」
「何でもそうだけど、世界一になるのは難しい。でも日本一になるのは割と簡単だ」
「ふふっ、あず君が言うと説得力ありますね」
「競技人口のほとんどはまともに練習をしてない。だからまともに練習するだけで上位になれる国だ。それは裏を返せば、やり抜く力が育ちにくい国でもある。周囲がポンコツのままだから、自分もそれでいいと思って、凄く浅い所でみんな満足しちゃうわけ」
「なんか分かる気がします」
苦笑いをしながら伊織が頷いた。自分が何の取り柄も持っていないことに危機感を持たない周囲に何度驚いたことか。そこに逸早く気づけた人から貧乏生活を脱出できる。世界一とまではいかなくても、日本一になればそれだけで大勢から注目される。没頭できるだけの才能があれば、誰でもトップクラスになれるチャンスの国でもある。日本一は無理でも、町一番くらいの実力で飯は食っていける。
うちの育て方が特別優秀というわけではなく、ただ当たり前のことを実行しているだけだ。
没頭している人を邪魔してはいけない。これを守るだけでもだいぶ違う。放置されることで、どこまでも自由に伸びていく末っ子のように育てているだけだ。
「さっき千尋をうちで面倒見ようと思ったのは、真理愛が出ていった後のことを考えてたからだ。本来であれば、人を別の店に異動なんてさせないし、葉月珈琲塾の卒業生から将来有望なバリスタを雇って育てる予定だったけど、既に金の卵が他の店にいたからな」
「見事に掘り当てちゃいましたね。でもそうなったら、喫茶葉月から1人いなくなりますよね」
「だから明日行こうと思ってる」
「現場主義ですね。私も行っていいですか?」
「うん、いいぞ」
二つ返事で返したはいいが、店の営業に支障をきたさないか心配だ。
まっ、そこは璃子の采配に任せよう。経営の腕なら璃子の方が上だし。
翌日、僕と伊織は正午から喫茶葉月へと向かった。
場所は滋賀県米原市。大都市でもない場所を繁盛させるのが1つの楽しみではある。日本の中間地点にうちの系列の店を広げていくのが葉月珈琲の経営戦略だった。店の種類は千差万別にして、スタッフは最悪2人でも回る店にしたい。ここまでやってきた理由は、もちろん千尋の様子や勤務態度を見るためだ。最も重視すべきは才能ではなく人間性だ。うちの連中は人間性にかけては申し分ない。千尋はこの近くで親戚と一緒に暮らしているらしい。
サングラスをかけて帽子をかぶり、正体を隠してから店に潜入だ。
伊織もこの手の調査が好きなのか、やけに協力的である。喫茶葉月はメイド喫茶であるため、外見はメルヘンだ。中世ヨーロッパのような外見の建物がピンクと白で染められているからすぐに分かる。
「お帰りなさいませー! ご主人様、お嬢様! 何名様――あず君!?」
カランコロンとドアベルが鳴ると共に、メイドカフェ特有の挨拶が聞こえる。
「もうバレちゃったみたいですね」
「何故分かった?」
「昨日ここに来るって言ってたじゃん」
「バレたぁ~!」
哲人のおっちゃんと恵梨香おばちゃんは料理担当で、2人共クローズキッチンで料理の最中だ。
小夜子、紗綾、千尋の3人は、コスプレをしながら丁寧に接客をしている。
僕と伊織はサングラスを外した。誰にもバレないまま素の接客が見たかったけど、バレちまったもんは仕方ねえ。30分も待たされたし、何もせずに帰るわけにもいかなかったため、ここで昼食を取ることに。テーブル席に案内されると、やってきたのは千尋だった。
「あず君、ここに来たのって初めてだっけ?」
「一度来たことはあったけど、その時のメンバーの半数が入れ替わってるな」
「入れ替わったのは人だけじゃないよ。メニューも大幅に変わってるよ」
「うわぁ、凄く可愛くて美味しそうです」
「ふーん……結構可愛いメニューじゃん――!?」
メニューには様々なキャラクターが描かれた料理やスイーツ、見たこともないシグネチャードリンクが発売されていた。葉月珈琲系列の店ということもあり、どこの店でもうちの農園で採れた高級豆を使うのが慣例となっているが、まさか豆の特性をここまで引き出せる奴がいたとは。
「これ、誰が考えたの?」
「あー、そこにあるのは全部千尋君が考えたやつだよ」
「えっ、じゃあ、料理とか全部できるの?」
「そうだよ。店長からも副店長からも千尋君のお陰で全くアイデアを考えなくて済むって言ってたよ」
小夜子の隣にいる千尋が天真爛漫な笑顔を見せ、その黒い光沢を放つサラサラした大和撫子のようなロングヘアーを靡かせる。さりげなく笑顔を見せられるくらいの接客スキルはあるようだ。僕らに対してはフランクだが、他の客に対しては終始丁寧な敬語だった。
女性のように声が高く、見た目も小学生の女の子の姿である。コスプレ姿ということもあり、完全に女と間違われている。でもノリノリでやってるし、本人は好きでこの姿でいるらしい。
「私、まだフードもスイーツもあんまり作れないのに」
伊織が震えながら千尋の才能に恐れ慄いている。
なるほど、新商品のアイデアを無尽蔵に出せるが、自らは作らない。
これは将来的に開発担当の仕事を任せるのが吉と見た。メニューにお勧めと書かれ、ピックアップされたランチセットを2つ注文すると、僕らの好みに合わせた甘さや食材の変更を加えた。メニューを伝えてから再び千尋が戻ってくると、しばらくは3人で今後の話をすることに。哲人のおっちゃんや恵梨香おばちゃんに休憩に入ることを伝えてたし、こっちの意図を察してくれていたようだ。
「千尋、君がバリスタを目指した理由を聞いてもいいかな?」
「うん、いいよ。じゃあ最初から説明するね」
村瀬千尋は愛知県名古屋市の生まれ。中部地方を代表する大手酒造グループ総帥の一人息子である。
親からは過剰に期待され、行く行くは後を継ぐように英才教育を仕込まれているが、本人はそれを嫌がっており、中学卒業と共に家出という形で親戚名義で借りた家に1人で泊まっているとのこと。
朝から晩まで勉強と運動ばかりさせられ、次第に自分を見失っていく中、小5の頃にたまたまニュースで僕の活躍を見たことでコーヒーに興味を持つようになり、親に内緒でバリスタを目指すが、執事からの密告で遂に親にバレてしまい、道具を全て取り上げられた。
悲しみに暮れた千尋は遂に家出を決意し、同情した親戚に連れられ、しばらくは親戚の家に引き籠りながら僕の動画を頼りにバリスタ修行に明け暮れた。そんな時、千尋は僕のバリスタオリンピック優勝を聞き、まずは店で雇ってもらうために穂岐山バリスタスクールに通うことに。トップレベルの成績を収めて卒業し、当初は穂岐山珈琲への就職を目指したが、美羽からの熱心な勧めでうちに就職した。
彼の生い立ちや性格を聞いた途端、穂岐山珈琲には適合不可であると感じたらしい。
美羽も僕という前例がいたことからも理解があったことが窺える。
「それにしても、何で美羽さんはここを勧めてくれたんだろうね」
「簡単だ。コーヒー会社にも個性がある。例えば穂岐山珈琲は底辺にいる下の下みたいな奴を中の上まで上げるのは得意だけど、元から中の上くらい才能のある奴を最の上、つまり世界一にまで引き上げるのはうちの方が得意だ。既に実績を出した人もいるからな」
「つまり僕は、才能があるって思われてるわけだ」
「そゆこと。理解が早くて助かる」
「千尋さんも選ばれし者ですね。お互い切磋琢磨しましょうね」
「えー、嫌だ」
「えっ!?」
伊織がフリーズを起こしてしまった。あからさまに断られるとこうなるよな。
「切磋琢磨なんて1人でもできるし、そんな仲良しこよしでやってたら一生負け組だよ。仲良くするのはプライベートだけで十分。仕事と国内予選は1人の追随も許さない。昨日は負けたけど、次は君からあず君の愛弟子のポジションを奪うつもりでやらせてもらうから」
「……」
千尋が淡々とした顔で答えた。こいつ……この世界の仕組みを知ってやがる。
まだ18だってのに、この現実的思考、そうか……こいつも早い内に学校を離れたことで今の社会状況に気づいたんだ。切磋琢磨なんて自分1人でもできるという言葉からは、できればライバルがいないくらいの力を持ちたいという彼の本音が窺える。
「――気に入った!」
「えっ!?」
「それくらいの闘志を燃やせる奴をずっと待ってた。千尋、2020年までにここで力をつけてこい。好きなだけコーヒーの研究をしても構わん。経費は全部うちが負担する。ここの鍵を持っているなら、時間を問わず研究に没頭してみろ。僕が許可する」
「ほんとぉ?」
さっきまで無表情だった千尋が太陽のような目で聞いた。
めっちゃ可愛いな。やっぱり研究がしたくてたまらなかったんだ。これだけメニュー開発の才能に恵まれている奴に、接客担当をさせておくのは勿体ない。
本来であれば、開発は投稿部の仕事だけど、ここは投稿部から事実上独立している状態だ。彼はここにやってくる客の好みを理解し、ニーズに合わせたメニューを作りながら、オリジナリティを見事なまでに再現している。同僚たちにこいつの邪魔をしないように言っておかないとな。
「本当だ。1年半後、うちへの栄転に足り得るか試させてもらう。それまでに備えとけ」
「うん、分かった。ここは高級な豆が揃ってて研究のし甲斐があるんだよなぁ~! じゃあ僕、そろそろ別のお客さんとの接客があるから、これで失礼するね!」
意気揚々と千尋が去っていくと、入れ替わるように小夜子と紗綾が近づいてくる。
「何であんなにワクワクしてるんですか?」
「あいつは発明家だ。湯水のようにアイデアを出せる才能を持ってる。トップを目指す気がない場合は投稿部に異動してもらって開発担当にする予定だったけど、あいつは本気でトップを目指す気みたいだからさ、将来的には真理愛との入れ替わりで葉月珈琲に来てもらう」
「それまでここで研究させておくのは分かりましたけど、好きにさせておいていいんですか?」
「頭の良い奴は自習ができるんだ。穂岐山バリスタスクールを史上最短で卒業できたのは、自習の時間が誰よりも長かったからだ。課題を出す以外は特に言うべきことがなかった。あそこに通っていたのは大手コーヒー会社へのアピールポイントが欲しかったからだ。最初から通う時間が無駄だって気づいてたし、なるべく早く卒業しようと思ったんだろうな。10代の時期に引き籠ってコーヒーの研究をしていたあいつにとって、シグネチャーの課題なんて朝飯前だ」
「でしょうね。何だかあず君と同じものを感じます」
僕と同じものか、昔の僕にそっくりな部分もあるな。すぐに異動させなかった理由は、人材過多というだけではない。あの性格に伊織が委縮してしまう可能性が高いと思ったからである。
伊織のメンタルはまだ成熟していない。そこらの連中に比べればかなり大人だが、ようやく子供を卒業したと言えるレベルであり、千尋のようにライバルを容赦なく蹴落とせる強靭さはない。人は時として残酷な決断をしなければならない時がやってくる。
優しいだけでは大事なものを守れない。それは僕がよく知っている。
千尋の性質的に言えば、WBC優勝を目指すことになるだろう。
「あず君、何だか嬉しそうだね」
「あたしたちよりも千尋君の方が好きなのかな?」
小夜子と紗綾が羨望の眼差しを僕に向けている。
「ちょっと妬いちゃいました」
ふと、横を見てみると、小夜子たちと同じ表情の伊織がこっちを見ている。
伊織……お前もか。誰かこの状況を説明してくれ。
「千尋が伊織と肩を並べるかどうかはあいつ次第だ。伊織は練習量では勝ってるんだからさ、そう簡単に愛弟子のポジションは奪えないと思うぞ」
「あず君……」
今度は頬を赤く染めたまま僕を見つめてくる。だが小夜子たちの表情は変わらない。
こいつらの機嫌を取るのは大変だ。自分の機嫌くらい自分で取れよな。
「2人は千尋のこと、どう思ってんの?」
「私は凄く切り替えの早い子だと思う」
「あたしは子供っぽいところと、大人みたいな考え方を持った子というか、なんか昔のあず君を見ているみたいで安心する。二面性の使い分けがうまいっていうか、良くも悪くも大人って感じ」
「この店は楽しいか?」
「凄く楽しいけど、店長たちが結婚を勧めてくるのが……ねぇ」
「うんうん。あたしたち結婚にはあんまり興味ないし、恋愛しようにも、あず君に匹敵するくらいの人じゃないと、好きになれそうにないし……ねぇ~」
評判はそこそこか。自分に嘘を吐けない分本音がバレやすい。
嘘を吐けないのは負けず嫌いの裏返しである。これは期待が持てそうだ。
むしろそれ以上に小夜子たちが僕から卒業しきれていないのは問題だ。興味がないんじゃない。一度の失恋で恋愛すること自体が怖くなってるんだ。だから婚活すらしない。本当に興味がない人は、悩みにするまでもなく、のらりくらりとかわせる。結構痛いところを突かれてんだな。
「僕、自分の気持ちに蓋をする人、嫌いだな」
「……あず君が悪いんだよ」
「そうだよ。あたしたちがどんな思いで過ごしてきたか」
「過去は捨てろ。そんなもん持ってても、重荷にしかならねえぞ。お見合い相手の1人でも紹介してもらえば、未練なんて案外簡単に吹き飛ぶかもよ」
「小夜子、あず君より良い人見つけて結婚しよ」
「ええっ!? そ、そんなこと言われても」
「ここまで言われたらやるしかないよ。岐阜コンもなくなっちゃったし、紹介してもらおうよ」
やれやれ、背中を押されないと動けねえのがこいつらの欠点だ。
でもこれでいい。いつまでも未練を持っていてもしょうがない。
僕らはいつだって、前を向いて生きるしかないんだ。
きっとこいつらのことだ。美咲や香織もすぐに巻き込むだろう。雑貨葉月には大樹のおっちゃんと吉子おばちゃんがいるわけだし、向こうでも同じことが起きているのが容易に想像できる。
同情するぜぇ~。お見合いを勧められるのは、人によっては厄介だからな。
こいつらには、お見合いの1つでもさせるのが、丁度良い処方箋なのかもしれない。
彼女たちにも幸せになってほしいのだ。
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