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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第9章 次世代バリスタ育成編
216/500

216杯目「社内予選」

 翌日、僕らは伊織が来るのを今か今かと待ち侘びていた。


 それもそのはず、伊織が来るのを楽しみにする理由は1つしかない。


 午前11時、いつものように伊織が葉月珈琲の扉を開けた。


 ドアベルが鳴ると共に、彼女の姿を確認してから僕らは行動した。


「おはようございます……あれっ、真っ暗だ」


 その時、明かりがつくと共に、一斉にクラッカーが連続で鳴った。


「ええっ!」

「ふふふふふっ、いつもは伊織ちゃんが仕掛ける側なのにね」

「優子さん!?」


 最初に姿を見せたのは優子、そして隠れていた僕らもようやく顔を出した。


 いつものメンバー6人が揃ったものの、伊織は状況をまるで呑み込めていないようだった。祝勝会の主役になるのは今回が初めてだ。この手のサプライズは優子発祥だ。


「はぁ~、やられた」

「僕はてっきり読んでるものだと思ってたけどな」

「ふふふふふっ、真理愛ちゃんの時と同じだったのに」


 さっきから優子の笑いが収まらない。見ての通り、伊織は誰かを相手に駆け引きをすることにおいては無能と言っていい。明らかに職人向きというか、極力1人で集中できる職業が向いている。


 ここまで見抜けたのは自分でも凄いと思っている。


 伊織はこれからJBrC(ジェイブルク)の社内予選を控えているが、参加するかは分からない。


「伊織、そろそろJBrC(ジェイブルク)社内予選を始めるけど、参加するか?」

「したいことはしたいんですけど、まだ何も考えてないですよ」

JBrC(ジェイブルク)予選は8月、決勝は10月だ。6月までにうちの代表を決める。プレゼンとかは別に考えてくる必要ないぞ。抽出技術が1番優れた人をうちの代表にするだけだし、選ばれた人が本戦に向けて練習したり、プレゼンの内容を考えたりするわけ」

「1番基礎的な部分で決めるんですね」

「そゆこと。要は最も美味いドリップコーヒーを淹れた人の勝ちだ。プレゼンは後づけでいい。僕の時は社内予選なんてなかったから、ホントにレベルが上がったと思う」

「あず君がレベルを引き上げたんじゃないんですか?」

「僕がいなくてもレベルが上がっていくのは必然だった。僕はそのスピードをちょっと上げただけだ」

「ちょっとだけねぇ~」


 あっ、これは信じてないな。僕がどう立ち回っても、業界のレベルが上がるかどうかは業界次第だ。


 多分、僕の影響でバリスタを始める人が増えたからこそ、必然的にレベルが上がったということだ。


 以前は参加者余りで募集期間を延長する大会が多かったけど、今は募集開始から3日でキャンセル待ちが出てくる始末だ。故に募集期間がやってくる前にうちの代表を決めておく必要がある。社内予選は5月下旬に行う予定だ。本業を休む人が増える分店を守る人が大変だろうが、踏ん張るか休んでくれ。


「あず君は審査に参加しないんですよね?」

「人数が足りない時は参加するけど、今年は十分いる。僕の味覚が絶対というわけじゃないし、トップを目指すなら大勢から支持を得てなんぼだと思うぞ」

「参加者がカッピングして決めるということは、自身のカッピング能力も問われているわけですね」

「そゆこと。正しいカッピングをしないと、正しい代表を選べない仕組みになってる。だからうちの代表が結果を出せなかったら、それは正しい代表を選べなかった他の参加者の責任でもあるわけだから、贔屓が発生しにくいようになってる。つまり僕や伊織であっても、絶対に選ばれる保証はない」

「あず君のやり方を大会に導入したいですね」

「運営はそれが当たり前のようにできるから必要ないってだけだ」


 伊織が社内予選の詳細を知ると、早速奮起したのか、せっせと仕込みを始めた。バリスタはコーヒーのコンディションを確認する作業があり、営業後も掃除があるため労働時間は思った以上に長い。この仕事の大変さを10年以上も経験しているのか、僕の悩みの種であった虚弱体質は改善されていた。


 5月下旬、社内予選の日がやってくる。


 伊織、俊樹、美月、桃花、陽向を始めとした合計10人がうちに集まった。


 この日は日曜日であるため、葉月珈琲本店は休みであるために客はいない。


 コーヒーの抽出器具を売る雑貨葉月やメイドカフェである喫茶葉月からもエントリーが相次いだが、あまりにも多いと困るため、候補が多い場合は店長の推薦とした。


 参加者たちを見渡していると、そこには意外な人物が参加していた。


「――あれっ、小夜子に美咲に紗綾に香織じゃん。どしたの?」

「実は私たち、あず君の会社に転職したの。タイミングが全く一緒だったからビックリしちゃった」

「何でうちに?」

「私は美容室とカフェを兼ねたお店にリフォームするために、美容室を妹に任せて、バリスタスクールを卒業した後、美羽さんの勧めで喫茶葉月に転職したの」

「私はお姉ちゃんの和菓子屋に、自分より才能のある新人が入ってきて、バリスタスクールを卒業してから美羽さんの紹介で雑貨葉月に来たの」

「あたしはお父さんの会社にコスプレの趣味がバレて、それで行きにくくなっちゃったの。バリスタスクールを卒業してから仕事を探していたら、美羽さんから喫茶葉月を紹介されて、今はそこでコスプレしながらスタッフもやってるの」

「あたしは職を転々としながら雑貨葉月に辿り着いたの。最後は美羽さんの紹介だったけどね」


 まさか振られ組四天王の全員がうちに来るとは思わなかった。


 ていうかうちの会社、職業供給機みたいに使われてるじゃん! 事業拡大の一方で人手不足を防ぐために雇用も拡大させているが、誰でもいいってわけじゃねえぞ。人事は一体何をやってるんだ!?


 この件をうちの人事担当の璃子に聞いてみることに。


「璃子、何で身内ばっかり雇ってるわけ?」

「同じくらいの能力で身内と他人だったら、気の知れた身内を雇った方がリスクが低いでしょ。それにそういうの、お兄ちゃんが言えたことかな?」

「……あぁ~」


 その言葉そのまま返すよと言わんばかりに、璃子が笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。


 確かにそれは僕にも当てはまる。うちの身内って基本的に悪いことしないから、その正直さを買って雇っているという部分が大きいのだが、やはり身内故に、特徴を予め把握できているのが大きなアドバンテージとなっている。それにしても可愛い。そして何より……でかい。


 昨日も度々クローズキッチンから出てくる璃子の豊満な膨らみに釘づけな人がちらほらいた。


 璃子が彼氏持ちであることは、まだ世間には公にしていない。いつまでも相手がいないふりをしていたせいか、何人かの男から交際を迫られている。それもそのはず、璃子は去年、某ビデオゲームの世界大会に出場し、6体から3体を選出して戦う1対1の形式で優勝し、ゲーマーとしても名の知れた変わり種である。動画投稿者としても成功を収め、璃子のチャンネルに投稿されているショコラティエ動画やゲーム実況動画には、数多くの固定ファンがいる。チャンネル登録者数は300万人を超えている。


 一体どこまで僕に似て、どこまで僕と違ってくるのかが楽しみではある。


 そうこうしている内に社内予選が始まった。


 カッピング担当が1人であり、それ以外は自分の名前が書かれたシールをカップの裏に張ってからドリップコーヒーを抽出し、カッピング担当にカッピングをさせる。カッピング担当は1番美味かったと思うコーヒーに投票し、カップの裏に書かれている人が1ポイントゲットする。


 以降はカッピング担当を1人ずつ入れ替え、同じ作業を繰り返す。全員がカッピングを終了した後は集計と結果発表を行うだけの作業だ。最も支持を受けた者が社内予選クリアとなり、JBrC(ジェイブルク)出場権を得る。バリスタオリンピック選考会やJBC(ジェイビーシー)の場合はシグネチャードリンク、JLAC(ジェイラック)の場合はデザインカプチーノ、JCIGSC(ジェイシグス)の場合はアイリッシュコーヒーで同様の作業を行う。どれも最重要項目である。


 JCTC(ジェイクトック)JCRC(ジェイクロック)に至っては本戦と同じルールであるために1番簡単だ。ほとんどの種目は5人まで出場でき、出場希望者が参加枠を超過した場合に行われる。


 しばらくして遂に伊織の番がやってくる。伊織はオープンキッチンが見えないよう、後ろ向きにテーブル席に座り、目の前にスプーンが置かれ、彼女以外の参加希望者が淹れたコーヒーが置かれていき、伊織がコーヒーカップを慎重に調査するようにカッピングしていく。


 伊織の口と鼻にコーヒーのフレーバーがとろけるように吹き抜けていく。


 味に飲み集中したいのか、伊織が目を瞑った。その表情は真剣そのものであり、用意されたメモに詳しいアロマ、フレーバー、アフターテイストなどを書き込んでいく。給料を貰って仕事をしているんじゃなく、完全に自分が成すべきことと思ってこなしている。カッピングの腕も良いなら、将来的には世界大会のセンサリージャッジを担当してもおかしくはない。妥協を許さない姿勢が求められるところがジャッジの奥深さだ。果たして、伊織は誰に投票するだろうか。彼女が投票したコーヒーカップの裏を除くと、知らない謎の人物の名前が書かれていた。


 僕はこの時点で伊織と謎の人物の一騎打ちになると確信した。


 すぐに結果発表が行われると、全員がモアイ像のように整列している。


 伊織たちはメモを持っている璃子の発表を沈黙しながら見守っている。


「――それでは結果を発表します。本巣伊織バリスタが6票、村瀬千尋(むらせちひろ)バリスタが4票という結果だったので、本巣バリスタの勝利となります」


 さっきからずっと気になっていた。


 黒髪ロングヘアーで長いアホ毛が目立つ可愛らしい乙女のような顔の子、村瀬千尋っていうのか。


「ちぇっ、あと1票で同点決勝だったのに」

「君はどこの所属?」

「僕は喫茶葉月からのエントリーだよ。それと、千尋でいいよ。あず君」


 千尋が両手を女性のように軽く組みながら僕にウインクを決めてくる。


 馴れ馴れしいな。まあ僕には丁度良いけど。


 小夜子が千尋のことを説明してくれた。可愛らしい見た目と服装だが、どうやら彼は男らしい。千尋は僕より10歳年下の17歳。今年の7月に18歳を迎えるとのこと。


 大会本戦は8月だ。参加条件は満たしてるけど、伊織とは学年違いの同い年だ。


 喫茶葉月の接客担当で唯一の男性だが、地元ではとても人気なんだとか。


 特筆すべきは修行を積んできた伊織と拮抗勝負をしたことだ。


 まだうちにこんな逸材がいるとは思わなかった。


「千尋君はね、バリスタスクールを史上最短の1年で卒業してから、あず君の動画を見ながらバリスタとしてのセンスを磨いてきたんだって」

「ということは、君も美羽からの紹介か?」

「うん。僕は将来トップバリスタになって、両親から独立するのが夢なんだよねー」

「……独立?」


 小夜子が言うには、彼の親はグループ企業の総帥であるとのこと。厳しい英才教育に耐えかねて家出してしまい、高校にも進学せず、ずっと親戚の家でバリスタを目指しながら過ごしてきたんだとか。


 もうこの時点で、何故美羽がこいつをうちに紹介したのかが分かってしまった。彼は恐らく、僕と同じ資質を持っている。それを確かめるべく彼のコーヒーを飲んだが、思ってた以上に洗練されている。僕と二人三脚で特訓をしていた伊織に勝るとも劣らない。


 穂岐山バリスタスクールって、そんなに優れた学校だったのか?


「千尋、どんな授業を受けてきたか覚えてるか?」

「えっとねー、最初は基礎だったけどー、途中からは本格的な訓練になったから、すっごく遣り甲斐があったよー。何度かシグネチャーの課題を出されたけど、あず君のバリスタ動画を見ながらやっていたら思ったより早く攻略できたよ」

「「!」」


 僕も伊織も思わず沈黙してしまった。


 動画を見ただけで攻略って――じゃあもう動画だけで全部学んできたってことか?


 シグネチャーに正解はない。だがこいつはそれを簡単にやってのけた。僕が今までに集めてきたデータを全部暗記してフレーバーの配列を覚えたらしい。


 英才教育を受けていただけあって勉強はできるみたいだ。これほど最初から言うべきことが全然ないような奴は初めて見た。一投入魂なら伊織の方が上だが、味を描く能力はこいつが上かもしれん。今すぐにでもうちの店に採用したいところだけど、しばらくは喫茶葉月で様子を見るか。


「千尋、明日は店にいるか?」

「うん。一度遊びに来てよ」

「ちーちゃん、喫茶葉月は葉月珈琲系列のお店だよ」

「あっ、そういやそうだったね」

「伊織、葉月珈琲を背負うんだから、しっかりやってくれよ」

「はい。必ず結果を出してみせます」


 伊織が両腕でガッツポーズを決めながら言った。


 伊織と千尋以外は1票も入っていなかった。つまりこの2人はお互いに相手のコーヒーに投票したということだ。さっきのカッピングでお互いの実力はよく分かっただろう。


 投票先がバラバラにならないってことは、みんなそれなりに舌が肥えている。


 バリスタたるもの、カッピングくらいできないとな。


「ねえ、もう帰っていいの?」

「あー、帰るのはいいんだけどさ、あの抽出技術は穂岐山バリスタスクールで身につけたの?」

「うーん、バリスタスクールからはシグネチャーの課題を出されただけというか、親戚の家であず君の動画を見て、見様見真似でやってただけだよ」

「たまげたな。正直驚いたよ。まだ君のような逸材が残っていたとは」

「これくらい当たり前じゃないの?」

「そうだ。本来であれば、これが当たり前なんだけどな」


 千尋が首を傾げた。良くも悪くも世のレベルの低さを知らないんだろう。


 施設とFラン大学に行った時のことや、飯を食えない大人が量産されていることを伝えた。


 しばらく観察していたのだが、ちょっとの努力で改善できるのに改善すらしない人たちや、何を言っても右から左になってしまうせいで同じ過ちを繰り返してしまうような人たちが山のようにいるため、もはや努力できない方が標準化されてしまっているまであった。もうあの連中を見ていると、当たり前のことを当たり前にこなせるというだけで、充分才能があるとさえ思えてくる。


 マジであいつらのせいで、僕の中にある『才能』のハードルが下がりきっている。


 あんまりこんな言葉は使いたくないけど、普通のことが普通にできるだけで勝ち組になれる日本で負け組になるのは本人の『努力不足』と言わざるを得ない部分もあるように思える。


 能力と環境が噛み合わなかったパターンもあるだろうが、今の時代はその気になれば簡単に環境を変えられるし、納得がいかないなら土俵を変えろって話だ。だがあいつらを始めとした多くの連中は環境を自分が有利になるように変えられることを知らない。


 椅子取りゲームは……もう始まっているというのに。


 まっ、こんなことも理解できないから負けたんだろうけど。


「えーっ! ホントにそういう人たちがいるの!?」


 千尋は僕の話に食いつき、興味津々に耳を傾けている。


 正午が近いこともあり、うちで食事をしてから帰宅してもらうことに。


「うん、ホントだ。ちゃんと対策すれば誰でも人生うまくいくのに、対策しようとすらしない。しかも明らかに就職に向いてないのに、就職するのが正解って思わされてる。いくら苦手分野で勝負したって勝ち目ないのに、それに気づこうとすらしないから貧乏なわけ」

「そいつらさー、親が死んだらどうするの?」

「多分生活保護だな。でも人によっては暴徒化するから気をつけた方がいい」

「……信じられない。大の大人が文章の基礎も日常単語の意味も分からない上に、感情のコントロールもできないって、それ子供じゃん」

「その通り。難しい専門用語を使っていたわけでもないってのに、あいつらは話の内容の半分も理解してなかった。明らかに集中力がない。だから何をやっても続かないし、物事を理解できずに捻じ曲がった解釈をしちゃうし、すぐにぶちぎれるせいで周囲からも敬遠される」

「そいつら、一生引き籠ってた方がいいんじゃない?」

「奇遇だな。僕も同じことを考えてた」


 多分、努力するのが当たり前と思える人は希少価値が高い。僕の動画を見て近道をしていたのもグッジョブだ。バリスタにまつわる知識なら僕のバリスタ動画を見れば全部分かる。


 穂岐山バリスタスクールは分からないことがあればすぐインターネットで調べる癖をつけることを生徒たちに教えていた。大半の知識は調べれば分かるとようやく気づいたらしい。家に抽出器具がなく、自分から動けない人は通った方がいいのかもしれない。千尋は中学まで英才教育を受けていたためか、当たり前のように高度な読解力と集中力を身につけていた。本人は渋々受けていたようだが、さっきの話を聞いたことで、勉強していて良かったと思ったらしい。高校に行かなかった理由としては、授業が簡単すぎてつまらないからというもの。しかも簡単な問題を間違える周囲に対して、何故こんな簡単なことも理解できないのかと聞いてしまったことで、クラスから孤立したんだとか。


 ――ん? 待てよ! さっきはフレーバーの配列を全部覚えてたって言ってたし、もしかして。


「千尋、IQテストは受けたことあるか?」

「あるよ。確か最後に測った時は160だったかな」

「「「「「160!」」」」」


 僕らの話を聞いていた周囲が一斉に叫ぶ。他の参加者たちも千尋と同様にうちの料理を食べている。もちろん全部僕の奢りだ。でもそんなことはどうでもいい。


 間違いない。ギフテッドだ。どうりで吸収が早いわけだ。


 相川もIQ200のギフテッドである。今やIT業界の第一人者になっているくらいだし、千尋も正しい方向に努力すれば化けるかもしれない。なるほど、千尋はバリスタ競技会という正解のない問題を解くことにワクワク感を覚えている。ならもっと難しい課題を与えてやろう。


 こんな逸材に単純作業をさせておくなんて勿体ない。


「千尋、良かったらうちに来ないか?」

「えっ……どういう意味?」

「君が欲しい」


 そう言った途端、まるで時計が凍りついたかのように周囲が固まった。


「えっ、いやあの、気持ちは凄く嬉しいんだけど……僕らはその……男同士だし」


 千尋が赤面しながらもじもじと体を動かしている。何を勘違いしてるんだか。そりゃ千尋の見た目は清楚系の女子だし、可愛いとは思うけど、良くて友達が良いとこだな。ていうかマジで可愛いな。


「何言ってんの。うちの店で働かないかって聞いてんの。うちがバリスタ競技会を勝ち抜いていく上で千尋が持っている味を描く能力が必要だ」

「それってつまり、栄転ってこと?」

「そういうことになるかな。今すぐってわけじゃないけど、今よりずっと難しい仕事を与えるから昇給も保障する。最終的には千尋が決めることになるけど」

「――僕でよかったら……喜んで」


 千尋が手の平を頬に当て、照れ隠しをしながら答えた。乙女かよ。世の中には自分によく似た人がたまーにいるって言うし、不本意ではあるが、多分彼はその1人なんだろう。


 隣では伊織が羨望の眼差しを僕に向けている。何故そんな困った顔を僕に向けるんだ?


 まあでも、穂岐山バリスタスクールから破格の掘り出し物が発掘できた。


 最優先でうちに就職させてくれたことには感謝しないとな。


 何だかうちの店のスタッフを補充するためにいるみたいだ。

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読んでいただきありがとうございます。

村瀬千尋(CV:徳井青空)

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