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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第9章 次世代バリスタ育成編
204/500

204杯目「自分を取り戻した愛弟子」

 穂岐山珈琲の衰退が著しい中、うちの事業が伸びているのが滑稽だ。


 個人のブランドが大手のブランドを上回るとは思っていなかった。1軍がレギュラー、2軍がトップバリスタ候補生と呼ばれていた。なるほど、謎は全て解けた。


 全国から集めていたトップバリスタ候補生の半数以上をリストラせざるを得なくなった穂岐山珈琲は彼らの希望の芽を摘まないよう、全国のコーヒー会社に彼らを引き取るよう頼んでいたのだ。


 その内の1つ、葉月珈琲にも、バリスタオリンピックで採用するコーヒーの候補に挙がるほどのシグネチャーを作った桃花、同じく味を描く才能を秘めた陽向を引き取る格好となったわけだ。


 美羽が穂岐山珈琲からうちに対して迅速に人材派遣ができたのは、穂岐山珈琲の敗戦処理につき合っている最中であったためである。どうりで早いと思った。


「私は……君になりたかったのかもしれない」

「あず君になりたかったんですか?」

「ああ。私も曲がったことが嫌いだからね。あず君の真っ直ぐ突き進む姿を見ている内に、本来の自分を思い出した。自分に妥協するような人間が、何かで1番になれるはずがないと思ってね。スポンサーに降板される覚悟で降格処分を決めた」

「クビでも良かったと思うけど」

「会社は簡単にはクビにできないんだ。自分がしたことの責任を取らないまま辞めさせるのもどうかと思ってね。育成部は2軍を廃止にしてバリスタを統合した」

「人数が減ったからですか?」

「それもあるがね。実力があるにもかかわらず、2軍というだけで大会に出場させないという方針には疑問の声があった。全員を統合して出場機会を平等にしたんだ。またゼロから育成部の再建を始める。もしかしたら、社員たちと大会で当たるかもしれないね」


 穂岐山社長も穂岐山社長なりに考えていた。1軍の大会独り占めがなくなったわけだが、問題の本質はここじゃない。まずはバリスタの育成からどうにかしないと。


「2軍廃止ですか」

「うちのバリスタはまだまだトップレベルとは言い難い。せめて世界大会のファイナリストぐらいにはならないといけないと思っている。そのためには少数精鋭でいかないとね」

「育成部以外も規模を縮小してるよね?」

「ああ。前のスポンサーが他のスポンサーに投資価値のない会社だと言い触らしたもんでね。あの時は本当についてないと思ったよ」

「災難でしたね」

「むしろラッキーだ。これで邪魔をする奴はいなくなった。本当に才能がある人に対して正当な評価ができるようになったんだから、僕は運が良かったと思ってる」

「……君には敵わないな」


 物事はトレードオフである。爆弾を背負わせてくるスポンサーなんてただの足手纏いだ。邪魔がいなくなった今、穂岐山珈琲は本当の実力が問われようとしている。


 穂岐山社長に案内され、僕と伊織は育成部の人たちの様子を見学した。


 フレーバーを当てる部屋、シグネチャーを作る部屋、バリスタ競技会を想定した練習部屋を足で回っていき、頭をキョロキョロさせた。ここはカフェも兼ねているため訓練を兼ねた店の営業もしている。伊織が言っていた通り、まるで学校にでも来ているような気分だ。


 本当にこいつらが、今の穂岐山珈琲のトップバリスタなのか?


「確か前にもここに来たことがありますけど、練習部屋にしか出入りしてなかったですね。あず君もこういう部署は作る予定あるんですか?」

「今のところはないよ。作るなら新メニューの開発を専門にしたいところだけど、新メニューの開発は各店舗に任せてるし、最終的に僕の目を通してから販売することになってる」

「現場の判断が1番って言ってましたもんね」

「そゆこと」


 午前12時、伊織に育成部の連中が群がってくる。


 16歳で大会に出場し、決勝まで勝ち残った話は育成部の間で有名になっていた。うちだと史上2人目だが、世間的には10代で大会に出ること自体稀な光景だ。育成部は20代と30代が中心だった。20代でバリスタを始めた人はともかく30代から盛り返すのは不可能じゃないけど難しい。バリスタオリンピックチャンピオンの最年少記録が25歳、最年長記録が38歳であることを考えれば当然だ。


 人を年齢で切るというのは、個人的にはあまり好きじゃない。だが30代や40代にもなって何も成し遂げていない人が戦力になるとは思えないのも確かだ。若者以外は即戦力でないと雇いたくないと思うのも分からなくはない。即戦力を雇った上で育成するのがベストだ。育成するなら若い方がいい。


 できれば10代のバリスタ候補生がいてもいいと思う。


 気になった僕は穂岐山社長に聞いてみることに。


「10代前半から訓練させる計画か……」

「トップバリスタとして大成させるんだったら、なるべく若い方がいい。僕も伊織も幼少期からコーヒーに夢中だったからここまで伸びたわけだし、東京ぐらいの人口だったら、何人かいるはずだ。コーヒー好きの変わった子供がな。その金の卵をここに招いて、ここが気に入った子供のみに対して、小さい内からバリスタ教育を施すわけだ」

「うーん、それは難しいかなー」


 穂岐山社長は難色を示しながら首を傾げた。


 コーヒーと言えば大人の飲み物というイメージから、反対する親が相次ぐかもしれないという懸念からだった。バリスタ教育を施そうにも、子供たちには学校があるとも言われた。


 やはり役に立たない社畜教育が大きな壁だな。


 2016年からは、毎週葉月商店街で子供向けの『葉月珈琲塾』を開き、コーヒー好きの変わった子供を炙り出すようにしている。才能がある子供がいた場合は、親を説得した上で定期的に呼ぶことにしているのだ。僕は徹底した現場主義だ。現場を経験しないまま社会に出せば、間違いなく淘汰される。


 受講料は当然無料、無償で提供しないものを教育とは言わない。


 そんなものはただの貧困ビジネスでしかない。教育は未来への投資であるべきだ。


「葉月珈琲塾か。才能のありそうな子は見つかったの?」

「今はまだ査定段階だけど、こいつならいけるって思ったら、10歳くらいからうちでバリスタ修行をさせようかと思ってる。伊織もこのやり方で育った。今は蛹だけど、伊織が20歳(はたち)を迎える頃には、ここの連中はもう伊織には敵わない」

「ふふっ、相変わらず自信家だね」


 単なる自信じゃない。ちゃんと根拠に基づいて言っているまでだ。


 早い内から修業を積んでおけば、大人になる頃にはベテランの域に到達する。当然だが、成人してから始めたような連中に勝ち目はない。子供でも分かる理屈だ。伊織は修行に来なかった期間も在宅用メニューを忠実にこなしていたのが幸いだ。後は大会特有の雰囲気に慣れるだけだ。


 優勝とは、舞台に巣食う魔物に打ち克った証である――。


「ねえねえ、伊織ちゃんって大会出てるんでしょー。どうやったら決勝までいけるの?」

「えっ、出場したら普通にいけるものじゃないんですか?」


 伊織がきょとんとした顔で疑問を投げ返した。


「無理だってー。今回のJHDC(ジェイハドック)だって、もう5回目の出場なのに、5年連続で予選落ちしちゃったんだもん。だからスーパールーキーに聞いてみようと思って」

「まずはその無理っていう発想をなくすところからですね。予選は基礎が問われる段階ですから、連続で予選落ちするってことは、多分基礎の部分に問題があると思うので、他の人たちに抽出メソッドをじっくり観察してもらって、地道に弱点を修正していった方がいいと思います」

「は……はい……」


 思わぬ返しに、育成部の連中全員が背中をのけ反らせる。


 これは多分、会話がしたかっただけなのを正論で返されて押し黙るパターンだ。


 伊織くらいになれば、予選突破は当たり前、最初から頂点以外は目に映っていない。意識に雲泥の差があることは明白、好奇心は子供のままに、精神性はすっかり大人になっている。


「あの人たちって、本当にやる気あるんですかね?」

「以前と比べれば全然ないな。昔はバリスタオリンピックに出るくらいのお手本がいたから、みんな頑張れたけど、上がいなくなって繰り上がりでやってきた人ばかりだから、意識が低いのは当然かも」

「穂岐山珈琲のバリスタを決勝で全然見なかったのも納得ですね。修行の内容もあず君に組んでいただいたメニューの方がずっと面白かったです」

「僕のメニューは修行させる人に飽きさせない工夫をしてるからな。作る側が自分で試して面白いと思ったものじゃないと、人には勧められない」


 何だか悪口大会みたいになっちゃったな。


 座りながら黒板に書かれた内容をノートに書き写したり、全員に予め決められた食材を投入させてシグネチャーを作ったりと、おおよそ学校と変わりない。あんなやり方じゃ、創造性なんて養えない。


 葉月珈琲の修業メニューは至って開放的だ。コーヒーも食材も作る人が全部決める。ヒントとしてコーヒーにはフルーツやシロップと相性が良いことや混ぜる分量は少なめの方が無難であることを伝えるくらいはするが、基本的に本人任せだ。食材は会社の経費で買いに行かせ、後は経過を見守るだけだ。


 僕が自分でやってみた時はとても楽しかった。


 新しいものを開拓する時のワクワク感や面白さ、これを大事にしたかった。


 決まったものを作る授業形式の修業は全然時めかないし、自らアイデアを考え、新しいものを作っていく時代にはそぐわないと考えている。ていうか16年もつまんない授業を受けてんのに、まだ懲りねえのかよ。恐らくあいつらにとっての育成部は、モラトリアムの一環なのかもしれない。


 第2の大学……と言えば分かりやすいだろうか。


 午後3時、伊織がJHDC(ジェイハドック)決勝に挑んだ。


 最初から最後まで一切気を抜くことなくやり抜いた。


 コーヒーの抽出も丁寧だし、半分より上は堅いか――。


「今回は無事に入賞しました」

「流石伊織だな。この調子だ」


 結果は4位だった。トロフィーは逃したが、前回は逃した入賞を果たすことができた。雪辱を晴らした時の嬉しさって、たまんねえよな。僕も伊織もかなり誇らしげな顔だ。


 この歳でトロフィーが視野に入るのは、多分僕以来じゃないかな。僕は他の大会で最年少優勝記録を果たしているが、これほどガチで勝ちにくる人が多い中では大健闘だ。


「次は優勝を目指します。さっきはあんな偉そうなこと言っちゃいましたけど、私もまだまだ課題を残したままみたいですね。あの、帰りのタクシーで反省会やってくれませんか?」

「いいよ。今回のJHDC(ジェイハドック)チャンピオンの試合も録画してあるから、それを見ながら次は勝てるように精進しないとな」

「……はい」


 精々持ってきたゲームのモンスター育成くらいしかすることがなかったから丁度良かった。


 今回は前回のように泣くことはなかった。悔しさを抑える術を身につけたようだ。大会中も常に冷静さを保ちながらいつものように集中できていたし、感情のコントロールが完璧にできている。


 下手すりゃ僕なんかよりずっと大人かもしれない。


 これはもういつ追い抜かれるか分からないぞ。僕もうかうかしてられない。そろそろやるべきことをやらないとな。伊織は僕にとって1番のライバルになるかもしれない。


 翌日、いつものように伊織が開店時間よりもずっと前からやってくる。


 次の大会に向けた練習の他、柚子の指導まで任せている。


「では私はお手洗いとオープンキッチンの掃除をするので、柚子さんは客席の掃除をしてもらってから今日使う予定のコーヒー豆から欠点豆の排除をお願いします」

「うん、分かった」


 伊織は柚子に役割を与えると、そそくさに自分も掃除をし始める。


 誰もやりたがらないトイレ掃除を引き受けるあたり、本当に綺麗好きなんだな。開店前とラストオーダータイムに掃除を行うが、伊織が1番掃除の役割範囲が広かった。


「――ねえあず君、彼女本当に17歳なの?」

「小学生っぽく見えるのは分かるけど、もう立派な17歳だ」

「そうじゃなくて、なんか凄く落ち着いてて、私たちよりもずっと大人に見える」

「奇遇だな。僕もこの前同じことを考えてた。あの適応力の高さも伊織の魅力だ」


 17歳にして後から入った柚子に的確な指示を与える他、バリスタ指導によって、あっという間に柚子が店の仕事をこなせるようになってしまったのだ。


「その内あず君を追い越しちゃうかも」

「伊織ならあり得る」

「否定はしないんだ」


 からかうように柚子が言った。だが僕の反応には以外と言わんばかりだ。


「ただでさえ僕の予想以上だ。JHDC(ジェイハドック)の時もさ、一回りも年上のベテラン連中に引けを取らないくらい対等に渡り合えていたし、去年も決勝までいけたらラッキーくらいにしか思ってなかったのに、いきなり決勝までいったくらいだ」

「あず君がそこまで他人の自慢をするなんて、明日は雪でも降るんじゃないかな」

「自慢ってほどじゃねえよ。自立訓練がうまくいったのが嬉しいのは事実だけど」


 伊織を変えるのにまず必要だったのは、まず彼女の親を変えることだった。


 人はどうやって成長するかと言えば、それは戦った経験の総量に尽きる。


 子供自身が『課題』と向き合い戦うことで、自分に自信を持つことができ、それによって生きる力を養えるわけだが、世の中には子供を戦わせたくない親もいるから厄介だ。子供に生じた課題そのものに蓋をして、一切課題に触れさせないまま、解決しないことを良しとする。


 結果、子供は『経験値』を得られないまま大人になり、社会で戦えなくなるのだ。


 伊織の母親はその典型例だった。親としては本当に正しいと思っている平和主義。だがそれじゃ子供は育たない。それもそのはず、課題と正面から戦ったことのある者でなければ、創造性や好奇心は培われないのだから。あんな温室栽培のような教育が、生きる力のない大人を量産しているのは残念だ。


「一体何をやったの?」

「伊織の親に子供への干渉をしないように言った。子供自身が戦わないと、生きる力が身につかないどころか自立すらできない。今の内に子育ての方針を変えないと、子供が成人してからも一生養い続けることになるって言ったら、あっさり承認した。子供から生きる力を奪ってるくせに、自立はしてほしいなんて、都合の良い親だ」

「きっと不安だったんじゃないかな。子供に課題をぶつけたら壊れちゃうんじゃないかって。心配する親ほど、子供の生きる力を摘み取っちゃうなんて、皮肉な話だね」


 多くの親は気づいていないだろう。自分の育て方が子供を凡人かそれ以下の存在にしてしまっているということに。救ってやったというよりは、本来歩むはずだった道を自分で歩けるようにしただけと言っていい。いつも親が手取り足取りしていたことを自分でできるようにするだけでもかなり違う。何か問題が発生しても、親は極力判断を子供に任せるべきなのだ。


 それで潰れるなら、早めに潰した方がいい。今だったら、外に出て人に会いに行くような仕事に向いていなくても生きていける。学生の段階でそのことに気づき、在宅勤務を始めたのが愛梨だ。


 道は開かれている。それに早く気づくことが成功への道なのだ。


「璃子さん」

「どうしたの?」

「璃子さんがショコラティエになったきっかけって何ですか?」


 伊織が興味津々な顔で璃子に尋ねた。璃子はクローズキッチンでの作業が終わり、一息吐いたところだった。ワールドチョコレートマスターになってからは手作りチョコの依頼が殺到し、朝から晩までチョコを作る作業に追われているが、本人は全く苦にしていないから驚きだ。


「私がショコラティエになったのはお兄ちゃんがきっかけなの」

「あず君ですか?」

「うん。元々はただのチョコ好きってだけで、チョコ自体を本気で作る気はなかったし、やりたいこととか全然なかったの。でもお兄ちゃんが私の作ったチョコをとっても美味しそうに食べてるのが凄く嬉しかったし、その時ショコラティエの仕事をお兄ちゃんに勧められて、優子さんの店で修業を始めて、気がついたらショコラティエになってて、もう全部行き当たりばったりかな」


 そういや僕が勧めたのがきっかけだったな。


 修行場所を確保するのが大変だったことはよく覚えている。


 せっかく不登校になったんだから、何かに没頭するきっかけを与えてやれたらと思ったけど、結果的に自分に向いた天職に出会えたのだから本当に良かった。


「最初は言いなりだったってことですか?」

「最初はね。でもそこから自分のやりたいことが分かってきたし、他人と関わるのがもう本当に苦痛だったから、人と関わらずに没頭していられるような仕事が向いてることが分かって、それでこの仕事だったら続けられるかもって思ってたら、いつの間にか本当にやりたいことになってたの」

「璃子さんが他人と関わるのが苦手だったなんて、意外です」

「だっていつも胸ばっかり見られるし、優子さんの店にいた時なんか、常連さんから全く興味のない男ばっかり紹介されてたし、もううんざり」


 下が見えないくらいに育っている豊満な胸を両手で持ち上げながらため息を吐いた。伊織はそんな璃子の胸を嫉妬の目でジッと見つめている。持ち運ぶ作業の時に下が見えなくて苦労してたなー。


 というか胸がなくても、痩せ型で美貌の持ち主だし、どの道モテるぞ。


「職人向きですね」

「へぇ~、それは意外だな~」

「……優子さん、いたなら声かけてくださいよ」

「ふふっ、だって2人の会話がとっても楽しそうに見えたんだもん。でもさー、自分で決められない内は人に決めてもらった方がいいのかもねー」

「向いてなかったら、すぐにやめればいいだけですもんね」

「苦手なことでも一生懸命やりましょうって先生によく言われましたけど、今思うと、あの教えは間違いでしたね。危うく真に受けるところでしたよ」

「苦手だって分かった時点で次にいかせてほしいよね」

「全くです」


 璃子と伊織は見事に意気投合していた。何故こういうところで気が合ってしまったのか。


 女ばかりの職場ということもあり、休憩中に僕がそばにいても気にせずガールズトークを展開するのはいつもの流れだ。璃子が目立ちたがらないのは知ってたけど、対人関係が苦手だったのは初耳だな。じゃあずっと苦痛を感じながら合わせてたってことかな。今までずっと隠して続けていたのは、きっとそれがバレることで嫌われたくなかったからだ。


 他人は嫌いだけど、自分は嫌われたくない。そんな気持ちが如実に表れているような気がした。


 璃子だけじゃない。多分、多くの人がこういう感情を持っているんだろう。璃子は絵に描いたような多数派の人間だ。黒髪、異性愛、A型、真面目、健常者、そういう人ですら他人との関わりが苦痛で仕方ないのだとしたら、対人関係が苦手な人も案外多数派なのかもしれない。


「ふふっ、なんか伊織ちゃん、あず君に似てきたね」

「そんなわけないですよ。どこが似てるんですか?」

「臆さず物を言うところかな。昔の伊織ちゃんは何かに抑圧されていたように大人しくて、お淑やかな性格だったけど、あず君の影響を受けたっていうよりは、本当の自分を取り戻したって感じがする」

「女の子はお淑やかにってお母さんに何度も言われたんです。欲しい物がある時も、反論したい時も、自分で選びたい時も、お淑やかにって」

「まるで何もできないようにするための呪文だな」

「呪文とは言ったものだね」


 優子が僕の後ろから抱きついた。ていうかいつの間に後ろに回ったんだ!?


 このふんわりした感触、暖かい。この休憩時間で1番のご褒美だ。何だか仕事の疲れが一気に吹っ飛んだ気がする。この温もりには敵わない。


 今年の伊織の挑戦は、静かに終わりを告げるのだった。

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読んでいただきありがとうございます。

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