表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第8章 バリスタ社長編
197/500

197杯目「壁にぶつかった者」

 9月を迎え、少しばかり暑さがマシになった。


 結局、僕は岩畑の問題解決につき合わされる格好となり、またしても施設を訪問することに。


 かつてのいじめっ子を助けることになるとは、何とも皮肉な話だ。最初こそ断るつもりだったけど、伊織が岩畑を励ました言葉には背中を押された。彼女は岩畑を助けたがっていた。


 いるんだよなぁ~、駄目男を支えたいタイプの女が。伊織と小夜子はまさにそのタイプだ。


 頼むから悪い奴にだけは引っ掛からないでくれ。


「なるほど、そういうことですか」


 僕、璃子、唯、瑞浪の4人で食事をしている時だった。


 訪問する日を翌日に控え、たまたまこの話題になると、僕はこのことをみんなに話した。


 唯は育休でずっと2階にいたし、璃子はクローズキッチンでチョコを作っていた。うちのメンバーで事情を知っているのは僕と伊織だけだ。真理愛は他の客との接客に夢中になっていたし、本当はこんな茶番につき合っている暇なんてないはずなのに。


「お兄ちゃんだったら断ると思ってた」

「最初は断るつもりだった。でも気が変わった。仕事って本来とても楽しいことのはずなのに、みんなそれを誤解したまま大人になって、休み時間が報酬になるような生き方になってる。そりゃニートが増えるのも仕方ねえよ。仕事がくだらないって思うような価値観になってしまった時点で子育て失敗だっていうのがよく分かったしな」

「あず君はその人にどうしてあげたいんですか?」

「あいつを施設から気分良く解放する。後はあいつ次第だ」

「私だったらもうやめちゃうけどね」


 瑞浪が少し笑いながら言った。本来なら笑い事だ。その反応は正しい。だがあいつが濡れ衣を着せられたまま事実上の追い出しとなれば、あいつは一生仕事をくだらないと思いながら生きていくだろう。


 恩があるわけじゃない。あいつも親と学校に生きる力を奪われた被害者だ。


 被害者を放置し続けた結果が今の社会なら、自分の周囲だけでも何とかしてやりたい。それに今のあいつの境遇は、かつてのうちによく似ている。


「親の会社が倒産した後、両親共にパートの仕事になって貧困生活を強いられているみたいで、家に引き籠ってゲームばかりの生活だ。見るに見かねた両親が施設を勧めて働かせようとしているんだとよ」

「昔の自分と重ねてたんですね」

「あぁ~、そういうことかぁ~」


 璃子が穏やかな様子でゆっくりと頷いた。まるで何かを悟ったかのように。


「何で依頼を受けたの?」

「あいつに仕事の素晴らしさってやつを教えてやろうと思ってな。それに施設の連中が生きる力のない連中を食い物にしているのが気に入らねえから、一度文句言ってやろうと思ったんだよ」

「別に文句言わなくてもいいじゃん。私は断ってもよかったと思うけど」

「璃子、僕は今の腐りきった世の中をどうしても変えたいと思ってる。周囲の状況すら変えられない奴が世の中を変えられると思うか?」


 思ったままに言った。余程の根拠がない限り、絶対にノーとは言えない質問だ。


 葉月商店街の近くにも施設ができたかと思えば、まさか岩畑が通っているとはな。


 施設の数が増えてるってことは、生きる力のない人間が増えている証拠だ。全てのニートが悪いとは言わないが、あのままだと一定確率で無敵の人が出てくる。岩畑も予備軍と言っていい。段々年を取っていく両親の元で就労も学習もしないなら尚更だ。


「思わないけど、私は面倒事には巻き込まれたくないからね」

「何も起こらないことを祈ります」

「そうしてくれ」


 璃子が察したのは絵の具事件のことだろう。


 あの時は僕が濡れ衣を着せられ、結局誰も助けてくれなかった。岩畑から濡れ衣を着せられた話を聞いた時、僕はあの時の自分と重ねていたかもしれない。目撃者がいると聞けば、みんな無条件に信じてしまいがちだが、それは目撃者が嘘を吐いているという観点を見落としてしまっているからだ。


 翌日、午前10時のことだった。


 施設は月曜から金曜の午前9時から空いている。流石はサラリーマン養成所だ。


 岩畑は話の決着をつけようと、朝10時にアポを取り、僕と待ち合わせることに。


 待ち合わせ時間ピッタリに来ると、そこには相変わらず短パンにTシャツの岩畑が待っていた。僕の姿を見ると、岩畑はどこか安心したような笑みを浮かべた。


「葉月、一応アポは取ったけど、何を話すつもりだ?」

「行けば分かる。君を陥れようとしているのは指導員だったよな?」

「ああ。植田(うえだ)っていう奴だよ。井上(いのうえ)社長にも同席してもらうことになってるけどさ、何か解決策でもあるのか?」

「もちろんある。多分向こうは君をここから追い出す気だ。疑いが晴れるかは分からないけど、相打ちに持ち込むくらいならできると思うぞ」

「――葉月に頼って良かった」


 施設の2階へと続く階段へと昇っていく。この場所、大阪にあった施設に似ている。


 岩畑の説明によれば、2階には訓練をする部屋とグループワークを行うための部屋があり、3階には体験生が遊びに来るためなんだとか。施設内にいた植田指導員と井上社長と挨拶を済ませると、僕は岩畑の弁護人を依頼された者として同席することに。


 植田指導員は痩せこけ、不貞腐れているような外見、ボロボロの黒いスーツ、黒い短髪の所々に白髪の生えている40代くらいの中年男性だ。常に無表情で何を考えているのか全然分からない。井上社長は社長を務めているだけあり、人の話をちゃんと聞いてくれそうな50代くらいの黒い短髪で、愛想が良い女性だ。ここまで対照的なのに、喧嘩にならないのだろうか。


 しばらくは岩畑と井上社長の会話を中心に話が進んでいく。


 岩畑がここに5年間就労訓練に移行せずに遊びに来ていたこと、ここで岩畑と相性の悪い体験生とぶつかってしまっていたことを話してくれた。基本的には2年以内の卒業を目指していくのだが、岩畑は就労を拒みながら親の目を誤魔化すために来ていたんだとか。


「確か10社くらい受けたとか言ってなかった?」

「それはここに来る前の話だ。ここに来てからは一度も就活してない。親が行け行けうるさいから仕方なく来てるだけで、俺が就職しても企業に迷惑かけるだけだし」

「君はここにずっと来たいわけ?」

「親が就職しろってうるさく言ってくる内はな」

「その前に1つ問題を解決してもらわないとね」


 植田指導員が終始つっけんどんな態度を貫いたまま言った。


 ここできたか。岩畑が濡れ衣を着せてきたと言っていた件だな。ずっと誰とも目を合わさないまま黙っていたけど、これだけ空気だと何のために同席したのかと思ってしまう。


「それってどんな問題?」

「去年の夏頃なんですけどね、岩畑さんが体験生の1人に殴りかかる素振りを見せたんですよ。それでその人がすっかり怯えてしまいましてね。私としては謝罪してもらわないと」

「やってない。それにあいつはあの時期も普通に来てただろうが」

「一応私もその場面を目撃してるんでね」


 弱点を晒したな。その目撃証言には矛盾がある。


 まずはそこを徹底的に追及させてもらうぞ。


「その時に何で注意しなかったの?」

「距離が離れていたので」

「だったら次会った時に注意すればいいんじゃないの?」

「私は岩畑さんの方から言ってくるのを待ってたんですよ」

「おかしいねぇ~」


 どんな手を使ってのらりくらりとかわしてくるかと思いきや、あっさりツッコミどころを晒してしまったな。施設の連中だから、そんなに頭は良くないと思ってたけど、僕の予想以上だ。


 やっぱ施設の連中は苦手だな。頭の悪い奴は好きじゃない。


 ここはさっさと畳み掛けて終わりにするか。


「何がおかしいんですか?」

「あんた指導員だよな? だったら何故問題を知りながら1年も状況を放置した?」

「ですから、私は相手の方から言ってくるのを待ってたんですよ。それに2人共感情的になっていたので話し合いができない状況だったんですよ」

「話し合いができないにしても、伝えるくらいできたはずだ。あんたは放任主義かなんかと思ってるみたいだけど、これは立派な放置だ。いい歳した大人が、放任主義と放置の違いも分からないとは情けない限りだ。施設内で問題が起きたら、早期解決に努めるのも指導員の仕事のはずだ。あんたはその仕事を放棄したと自分から宣言してるんだぞ」

「……」


 植田指導員が押し黙った。やはり追い出すためのでっち上げか。もはやこいつらに対してリスペクトをする気はない。井上社長もこんな奴を雇ってしまうあたり、人を見る目がないな。


「怪我を負わせたわけでもない上に1年も前の問題を蒸し返すのは社会人とは思えないな。どう考えても追い出したいからと言われても何ら不思議じゃない。出て行ってほしいなら回りくどい手を使わず直接出て行けって言えばいいだろうに。大人のくせに意思表示の仕方が幼すぎる。あんた今何歳だよ?」

「……」


 都合の悪い言葉には一切反応しないってわけか。


 そうやって問題から目を背けてるから、こういう社会になったんだぞ。


 日本人の陰湿で無責任なところが嫌いで、一度は交流すら拒絶した。ハッキリ物を言わない文化が多くの人間を苦しめてきた。僕みたいに察するのが苦手な人間であれば尚更だ。大人のくせに言いたいことの1つも言えないのは、精神年齢が低いからとしか思えない。


「どうしてもこいつを追い出したいなら、好きなだけでっち上げをすればいい。でもあんたらが1人の人間をスケープゴートにした事実はずっと残るぞ。5年も就労訓練に移行しなかったこいつもどうかと思うけど、仕事の魅力を伝えられなかった時点であんたらの負けだ。就労しなかったら行政から補助金が下りない。だから就労する気のない奴は、極力切り捨てたいのがあんたらの本音だってことはお見通しだ。結局あんたらは弱者を食い物にすることしかできない偽善者だ。そんないい加減な仕事しかできないなら、労働に携わる資格はない。辞めてしまえ。行くぞ」

「……お、おう」


 言いたいことを全部言ってから撃ち逃げをするように去っていく。しばらくして後ろを振り返ると、青褪めた表情の岩畑がノコノコとついてくるのが見えた。状況を理解していない様子だ。だがこれで相打ちには持ち込めた。あのでっち上げを事実とするなら植田指導員の職務怠慢が成立する。でっち上げを認めるなら、社長の前で虚偽告発をしたことになるわけで、名誉棄損で訴える根拠にはなる。


 このことを岩畑に説明すると、あっさり納得したようだった。


「まっ、そういうわけだから、こっちから出向かなければ、もう何もしてこないと思うぞ。どっちに転んでも職務怠慢か虚偽告発のどちらかが成立するからな」

「……ありがとな。世話になった」

「もう施設には行くなよ。ああいう所で働いてるのは、弱者を利用しようとする人間か、労働価値が低いために仕事を選べず惰性で働いてるような、取るに足らない奴しかいないからな」

「全くだ。やっぱ俺に労働は向いてないな。ああいうことがあるから人と一緒に仕事なんてしたくねえんだよ。今度同じ目に遭ったらもう我慢できねえ」


 岩畑が両腕の握り拳をより一層強く握りしめた。かなり興奮している。


 おいおい、リアルファイトは駄目だぞ。殴り合いはゲームだけにしとけ。この後も用事がなければつき合うように言っている。もっとも、ニートには有り余るほど時間がある。忙しくはないはずだ。


 久しぶりに葉月商店街の中を一緒に歩いた。こいつと一緒に歩くのは小6の時以来だ。


 あの時は戦争中だったが、今は世の中の理不尽という共通の敵を相手に戦う同志だ。14年ぶりくらいか。あの時とはかなり変わった気がする。昔はかなり世話になった八百屋、精肉店、魚屋はない。近くにできた大手のスーパーやショッピングモールに淘汰されてしまった。あの頃は商店街全体が1つのスーパーだった。今は葉月珈琲が世界的に有名な企業になったこともあり、多くの外国人観光客が訪れている。その影響なのか、うちをコピーしてアレンジしたようなカフェが所々に並んでいる。


 昔ここで生きていた近所のおっちゃんやおばちゃんたちが今の葉月商店街を見たらさぞビックリするだろうな。姿を変えても魅力が色褪せることはない。


 この変化の時代を生き抜くには、自ら時代を創るか時代に追従するしかない。葉月商店街は生まれ変わったことで客を取り戻したばかりか、外からの客も確保できた。


「昔よりも人が増えたな」

「僕が生まれ育った商店街だからな、どうしても消えてほしくなかった」

「ところで、俺をどこに連れていくつもりだ?」

「ここだ。奢ってやるからつき合え」

「メイドインメルヘンって……ここメイドカフェじゃん」

「腹減っただろ。ここで飯でも食っていこうぜ。僕は12時から仕事だから、早めに飯を済ませておきたいんだ。さっき助けてやっただろ」

「分かったよ。入ればいいんだろ」


 岩畑は恐る恐るメイドインメルヘンの扉に手をかけた。


「「「「「お帰りなさいませー! ご主人様ー!」」」」」


 中にいる莉奈を含むメイドたちが一斉に挨拶をすると、岩畑は驚いた顔で足を一歩下げた。


 どうやらこういう場所は初めてらしい。


「あず君おかえりー。ここ空いてるよー」


 莉奈が僕の姿に気づくと、気さくな接客で僕らを案内する。店内には何人かの客がいた。その内の1人が僕に気づくと、有名人を見たような顔で恐れ慄くように僕の噂をする。このパステルカラーを基調としたメルヘンな店内にも慣れてきた。僕らはのっそりと可愛らしいお茶会のような席に着いた。


「どう? 結構良いとこだろ?」

「ああ、賑やかだな……」

「こちらメニューでーす」


 莉奈が笑顔を振り撒きながらメニューを持ってくる。ていうかよく見ると……でかい。


 接客重視の店なのか、メニューのページは数ページ程度だ。


 ジュース1杯で500円って、これ絶対サービス料金入ってるよな?


 オムライス、カレー、パンケーキ、パフェといたメニューが可愛く施され、その全てに動物が描かれていた。どれも平気で1000円を上回っている。昔の僕だったらまず来れなかっただろう。


「お絵描きオムライス1つください」

「お絵描きハンバーグカレー1つ」

「はーい、お絵描きオムライスとお絵描きハンバーグカレーですねー。少々お待ちください」


 ちゃんと接客できてるな。顔も嬉しそうだし、少なくとも好きで働いているのはよく分かった。


 僕の見立てに間違いはなかった。莉奈は高校時代にアルバイト経験が一度もない。理由は親と学校に反対され、勉強を押しつけられたことだ。そんな状態でどんな仕事が向いているかなんて分かるはずがない。対人関係を物ともしない度胸と愛嬌、あの光景を見た僕は莉奈が接客向けであると確信する。


「葉月って、あの莉奈って子と知り合いか?」

「ああ。あいつのいとこが、この前うちで君と話してた伊織だ」

「いとこ繋がりか。めっちゃ可愛いな」

「莉奈はここでの仕事を通して、生きる力を身につける訓練をしてる」

「生きる力を身につける訓練?」

「元々はあいつも社会に居場所がなくて、危うく施設にぶち込まれるところだった。今の岩畑に足りないもの、何だか分かるか?」

「才能とかじゃねえの?」

「才能は誰でも持ってる。活かし方を知らないだけだ。ゲームみたいに自分のステータスが数値化されていれば、どこに才能があるのか、すぐに分かるんだけどな」

「勿体ぶらずに教えろよ」

「人に認められた経験だ」


 人の自己肯定感は人から認められた経験が多ければ多いほど育つ。


 自分が歩んでいく先々で認められなければ、自己肯定感なんて育つわけがない。


 僕の場合は大会という舞台で多くの人々からバリスタとしての才能を認められ、大会が終わってからも度々来店してもらった経験がある。僕は多くのコーヒーファンによって自己肯定感を育てられていたのだ。ちょっとやそっとの困難にぶつかっても諦めずに続けることができる。認められた経験があれば苦難や困難や災難の後には希望があることが分かるようになる。


 希望があるから自然に没頭できる。この安心感が大事なのだ。


「認められた経験ねぇ~」

「君はずっと人と比較されて、できないことを否定されてきた。そんな経験ばかりじゃ、人と一緒に仕事をしたくなくなるのも無理ないよな」

「……」


 岩畑が斜め下を見ながら落ち込むように押し黙った。


 きっと過去のトラウマを思い出しているんだろう。これを克服するのは至難の業だ。高卒までの9年間で失ったものを取り戻すのは並大抵のことじゃない。


 社会人としての能力とかそれ以前の問題だ。あの教育方針じゃ、労働力は上がっても、人間力は下がるばかりだ。これから生きていけるのは人間力のある奴なのに。


「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「あー、行ってらっしゃい」


 岩畑が早歩きでトイレへと向かっていく。


 すると、莉奈がここぞとばかりに素早い忍者の如く寄ってくる。


「ねえあず君、あの人知り合い?」

「あー、僕の元同級生で、さっき施設を卒業した」

「就職決まったんだー」

「ちげえよ。地獄から解放してやっただけだ」

「ふふっ、何それ。解決になってないじゃん」

「そりゃ解決じゃなくて解放が目的だからな。親が就職しろってうるさいみたいだけど、施設はあいつに合わなかったみたいだからさ」

「ふーん、自分で断れないんだ」

「自分で決めたことがないからな」


 岩畑が野球部だったのは、親父がプロ野球ファンだったからで、高校に行ってから続かなかったのは本当に好きじゃなかったからだ。好きなものにずっと同じモチベーションで挑み続けられることが才能である。才能を育てるのは、自己肯定感をモチベーションとした継続的な練習だ。


 いくら環境に恵まれていようと、自己肯定感をうまく育てられなかったら子育て失敗だ。


 そんなことを考えていると、岩畑がのっそりと戻ってくる。


 しばらくして注文の商品が来ると、莉奈が僕らのためにケチャップで料理に絵を描いてくれた。目の前で自分のために絵を描いてくれるのって、毎度のことながら本当に嬉しくてドキドキするもんだな。


 そんな思いを岩畑も感じている様子だ。見事に懐柔されてるし。


「美味しくなぁ~れっ! 萌え萌えキュン!」


 莉奈が絵を描いた後に呪文を唱える演出をする。


 岩畑はまるでエロ親父のような顔で莉奈を見つめている。


「メイドって最高だろ?」

「ああ、結構良いもんだな」

「岩畑、確かに世の中には理不尽な奴もいるし、仕事をしていれば壁にぶつかることもある。でもさ、あれを見てみろよ。みんな仲間と一緒に楽しみながら同じ仕事をこなしてるだろ。1人で仕事ができるっていうならそうしてもいいけど、誰かと一緒に同じ課題を乗り越えて、人に認められる経験を繰り返していけば、きっと納得のいく生き方ができると思うぞ。だからさ、仕事がくだらないなんて思うな。必ずどこかに、自分にピッタリな居場所があるんだからよ」


 岩畑は納得した顔でオムライスを食べ始めた。


「……そうだな」


 しばらくは段々と崩れていく絵を惜しみながら食事を進めていく。


 一仕事終えた後の飯は美味いなー。コンサル料金を取りたいところだけど、今回は勘弁してやるか。


「葉月」

「何?」

「俺、自分に合った生き方を探してみる。親が就活しろって言うからずっと行ってたけど、よくよく考えたらさ、親に何かをやらされてうまくいった試しがないんだ」

「それはお互い様だ」

「だからもう、親に従うのはやめにする」

「その意気だ。君ならできる」


 僕をいじめ抜いた度胸を親の前でも見せてみろ。


 しばらくして食べ終わると、2人分のお代を支払い、店の外に出てから別れた。


「行ってらっしゃいませー! ご主人様ー!」


 最後まで見送ってくれるホスピタリティはバリスタの仕事にも通じるものがある。


 僕は満足な顔のまま、午後から始まる仕事へと向かうのだった――。


 後日、小夜子を通して岩畑からの報告があった。親に対して一生就活はしないと、やっとの思いで言えたらしい。一見後退したようにも思えるが、僕に言わせれば立派な進歩だ。


 自分で決めることが何より重要である。やりたいことを言えるようになるための第一歩を踏み出したのだ。まずやりたくないことをやりたくないって言えないとな。小夜子も安心の笑みを浮かべていた。


 人に貢献するのって……悪くないかもな。

気に入っていただければブクマと評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ