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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第8章 バリスタ社長編
192/500

192杯目「仕事への情熱」

 7月下旬、この時期になると、ようやく日本の夏も後半かと思えてくる。


 伊織は夏バテでダウンした影響で、店を休む機会が増えた。伊織が初めてバリスタ競技会に参加した記念の年だ。春に溜まった疲れが出たんだろうか。彼女がいない日は、店内がどこか殺風景だ。


 バリスタの仕事してる時って、不思議と疲れないんだよなー。


 伊織が申し訳なさそうな顔で店に入ってくる。


「おっ、やっと元気になったか?」

「迷惑をかけてすみませんでした」

「――何で謝ってんの?」

「仕事に穴を空けたことを申し訳なく思ってるの」

「あぁ~、そういうことか」


 何故伊織が謝ったのかが分からなかった。


 璃子という通訳がいなければ、僕と日本人は一生仲直りできなかっただろう。


「伊織、わざと欠勤したとかじゃないなら、謝る必要ないぞ」

「迷惑じゃないんですか?」

「迷惑だよ。でも生きてたら迷惑なんて誰でもかけるんだからさ、お互い様だろ。人はどう頑張っても迷惑をかける。だから他人からの多少の迷惑も許す。それでいいじゃん」

「……はい」


 どうやらこっちの意図を理解できたらしい。


「こういう時は何て言ったらいいんですか?」

「今日から復帰するよとかでいいんじゃね」


 伊織が悪意でサボったわけじゃないことは、いつも意欲的にバリスタの仕事をこなしているところを見れば一目瞭然だ。夏バテでダウンしたことは既に聞いているわけだし。


「休んだんだから謝った方がいいって、うちのお母さんが言うもので」

「僕らの親世代が若い頃は休まないのが当たり前だったからな。なるべく長く出勤してる方が偉いっていう馬鹿げた風潮で、休むのが犯罪だった過酷な時代だ。親の言うことは無視しろって言っただろ」

「あず君の忠告の意味がよく分かりました」

「伊織、疲れた時は休んでもいい。でも情熱だけは見失うな。僕は仕事に情熱を注げない奴に仕事をしてほしいとは思わない。働かないことを恥じるくらいなら、情熱を失うことを恥じろ」


 特に食べるだけの目的で働いている人は早く淘汰されてほしい。


 総じて仕事のパフォーマンスが低い。いい加減な仕事をして顧客からの信用を失い、ひたすら世の足だけを引っ張ってきた輩を何人も知っている。働くのが正義だなんて冗談じゃねえ。働くほど世の足を引っ張る奴は、家に引き籠って好きなことに没頭してもらいたい。


「はい。葉月珈琲は何から何まで常識が違っていて面白いです」

「あたしも最初はあず君の方針についていくので精一杯だったなー」

「お兄ちゃんはすぐにあっち行ったりこっち行ったりとスピード感あるし、世の中の風潮の方が時代遅れなのは分かるけど、それで振り回されることも多いんですよね」

「でも不思議と……悪い気はしません」

「あず君の言動は理に適ったことばかりですし、曲がったことが嫌いなのはよく分かります」


 みんなここまでよくついてこれたもんだ。もうどんなに世の中が変わっていっても、うちのスタッフたちは逞しく生きていけるだろう。ここには自ら考え行動する人間になれる土壌がある。どこの自立訓練よりも実績で勝っているあたり、うちの修業は本物と言える。客の対応をしながら新しいメニューの開発を続ける日々、加えて新しい知識や技術を習得することで、人間としても職人としても成長する。


 莉奈は僕が言った通りに修行しているだろうか。


 仕事に就いたばかりの莉奈に言ったことはただ1つ。与えられた仕事に対して2倍以上の成果で応えることをひたすら繰り返すという試練だ。やりたいことがないなら、まず人に言われた仕事をこなし、そこで認められる経験を積み重ねていけば、いつの間にかやりたいことに辿り着けるはずだ。


 与えられた仕事であれば、できたらできたで褒められて自己肯定感が高まり、より難度の高い仕事を任せてもらえるようになる。できなかったらできなかったで自分を適性のある仕事に置けなかった任命責任を問えばいい。指示される側の特権をとことん利用するよう勧めた。


 仕事は仕事だ。絶対に手加減はしちゃいけない。


 店内でナンバーワンになるくらいなら、努力すれば誰でも辿り着ける領域だ。


 自分で生き方を決められないなら、まずは置かれた場所で認められる経験を積むしかないというのが僕の結論だ。他人の方が案外自分というものをよく知っていたりする。


 噂をすれば何とやら。そこに莉奈がやってくる。


 カウンター席に座り、パナマゲイシャのエスプレッソを注文する。あれほど飯が食えそうになかった莉奈が自分の稼ぎでコーヒーをタブレットで注文している。


「調子はどう?」

「あず君が言った通りにやってたら、新しく入った人の指導まで任されちゃった」


 莉奈が嬉しそうな顔で僕を見つめながら言った。


 どうやらうまくいっているらしい。どんな店であれ、失敗しても挫けずに頑張り続ければ、見えてくるものがあるはずだ。僕だって最初はやりたいことなんて分からなかった。


 働くんだったら、何となくコーヒー関係の仕事がしたいとは思っていたけど、会社なんてやりたいとは思わなかったし、集団組織が嫌いな自分が、集団組織を作る側になるなんて、自分でも意外だ。


「もうメンバー入れ替わったの?」

「うん。結構入れ替わりの激しい業界でね。生半可な気持ちじゃ到底務まらないって店長が言ってたんだけど、テキトーにやらなくて良かった。私、ずっといい加減な気持ちで生きてたんだなって思い知らされたかも。ずっとメイドカフェで働いている内に何となく人と関わる仕事がしたいって思えてきた」

「それは何よりだ」


 以前よりも顔が生き生きしている。充実している人間の顔だ。


 人が幸せを感じるのは、やりたいことに没頭している時か、人に認められている時だ。まずは自己肯定感を育てて行動力を養う。動かなければ何も始まらない。


 伊織の修業中に僕自身が気づいたことだ。僕も伊織から多くのことを学んだ。教えるとは二度教わることである。人の育て方は育ててみるまで分からないもんだな。教え育てるのではなく、教え育つのを見守るのが教育の本質だと分からされた。何となくこれがしたいってことが分かっただけでも収穫だ。


 施設の連中はこのやり方を見習ってはどうだろうか。


 今度は静乃がやってくる。これで3人のいとこが勢揃いだ。


「あっ、莉奈も来てたんだ」

「静乃、久しぶりだね。仕事はもう終わったの?」

「うん、今終わったとこ。この頃ずっと大変だったよー」


 静乃はテーブルに突っ伏したまま、注文したカプチーノが来るのを待った。


 温めた牛乳をエスプレッソに淹れると、ハートのチューリップを描いた。静乃がいる場所にコトッと置くと、音に気づいた静乃が顔を上げ、カプチーノを眺めてから飲み干した。


 これはかなり絞られたクチだな。


「静乃、元気ないみたいだけど、どうかしたの?」


 莉奈が余裕の表情で様子のおかしい静乃に尋ねた。


「――実はね、実家に就職させてもらったのはいいんだけど、これって本当にやりたいことだったのかなって思うことがあるんだよねー」

「やりたいことじゃないの?」

「仕事自体は全くできないこともないし、特に注意とかされたこともないんだけど、どこかこれじゃないって感じがするというか、なんか違うって思っちゃって」

「贅沢だなー」

「全くだ。静乃は中津川珈琲でジェズヴェを売る仕事をしてるんだろ?」

「うん、ジェズヴェ自体は好きだし、あず君のお陰で良い宣伝になったよ。JCI(ジェイシーアイ)を毎年行うことが決定したし、それには感謝してるよ」


 静乃は浮かない表情だ。不安を誤魔化すように、デミグラスオムライスを美味しそうに食べている。一度廃止したものの、復活した時はとても喜んでいた。


「実を言うと、僕も最初は会社をやりたくて始めたわけじゃない」

「それ本当なの?」

「のんびりとコーヒーを楽しめればそれでいいって話はしたよな?」

「うん。そこまでは聞いてたかな」


 静乃が頷いた。さっきまで俯いていたのが嘘のようだ。


「どうしても利益を出す必要があって、就職するのは絶対嫌だったから、安心して法人化できるまで無我夢中だったな。会社経営する気なんて微塵もなかったけど、法人化する頃には生き甲斐になってた」

「生き甲斐になってた?」

「うん。最初はやりたいことじゃなくても、必要に迫られていただけだったことでも、必死に頑張っていたら、生き甲斐になるってことに気づいた。何かをやるって決めた時は、必ずノルマの2倍以上をこなすようにしてる。人に言われた仕事であっても、ノルマの2倍こなせば、一目置かれるようになる」


 指示されてうまくいかなければ、相手に任命責任を問えばいい話をした。


 だが自分が指示する立場であれば全てが自己責任だ。支持される立場は物凄い楽だと話すと、静乃は肩の荷が下りたかのような表情へと変わっていった。


 何かをやっている内に、それは生き甲斐になる。そのことが彼女には伝わったらしい。


「指示されるのって嫌だけど、頑張った結果は必ずついてくる。僕の場合は就職を回避するためにやりたくもないことをやらされた日もあったけど、やりたいことをやるだけが人生じゃないってことにやっと気づいた。だからさ、最終的に悔いのない生き方ができていればそれでいいって今は思ってる」

「……私が思ってたより、ずっと大人だね」

「中身は大人だ。いつも女子中学生と間違われるけど……」


 結局、僕がしていたことは、ただのトレードオフだったわけだ。


 他の人よりも課題が厳しい分、リターンも大きかった。


 静乃はいつもの表情に戻っていた。どうやら不安は解消されたらしい。


 そういえば僕、この頃誰かの人生相談に乗ってることが多いな。やりたくて始めたわけじゃないが、これで人の不安を解消することに喜びを覚えている自分がいる。生放送で投げ銭した人の相談に乗る企画をやったら質問が来たから驚きだ。きっかけは視聴者から、僕が相談企画をやったら滅茶苦茶儲かると言われ、試しに1万円で何でも質問に答える企画やってみたら、見事に大ウケしたわけだ。


 どうやら僕は、人生相談にうまく答えられる人だと思われているらしい。


 自分が思ってる自分と、相手が思ってる自分って、こんなにも違うんだな。


「私、もっと仕事頑張ってみる」

「その意気だ。何か頑張って続けていたら、それが生き甲斐になる。静乃が羨ましいよ」

「えっ、何で羨ましいの?」

「だって最初っから何でもできる立場じゃん。生活だって親に保護してもらえるし、コーヒーに熱中できる環境にいるし、最初っからコーヒーに熱中してたら僕と肩を並べるくらいのライバルになってた」

「あず君はどの道感あるけどね」


 静乃の言葉は僕の本質を射抜く一言だった。


 ずっと相対的貧困だった境遇を恨んだこともある。だが悪いことばかりじゃなかった。


 うちが貧しいのは近所の人も知っていたため、ただでお菓子を貰えることも多かった。娯楽は少なかったけど、お陰で自分の楽しみを早く絞り込めた。


 そう考えると、幼少期も案外悪くなかったかもしれないと思えるのだ。


「そういえば、また大会に出るんだよね?」

「えっ!? そうなの!?」

「ああ。コーヒーグランプリマスターズワールドチャンピオンシップっていう大会な」

「えっと、コーヒーグランプリマスターズワールドチャンピオンシップっと」


 莉奈が今年買ったばかりのスマホで気になる単語を調べている。


 僕が莉奈の面倒を見る上で最初に指示したのが、スマホとパソコンの購入だ。今の時代に情報ツールなしで生きていくのは自分だけ原始時代に戻るようなものだ。子供のIQと親の年収はある程度比例すると言われている。事情はあるだろうが、情報ツールを買ってもらえるかどうかの差が非常に大きい。気になったことはすぐ調べる癖を身につけ、仕事中は一切の妥協も手抜きもしないことを教えた。


 情報ツールを揃える。何か単語が気になったらググる。仕事中は妥協と手抜きは禁止。本来当たり前のことだが、貧困者と呼ばれている連中は当たり前のことさえできないから貧困なのだ。これらのことさえできていれば、学校に行かなくても生きていける。


 学校が必要だと思っている人は、その時点で情弱なのだ。本当に頭が良い人は自習ができる。


 そうでない人は定期的に指導して自習する癖を身につけさせればいい。僕が面倒を見ている連中が社会的成功とまでいかなくても、人生がうまくいくようになれば教育者側も見直さざるを得ない。影響力を身につけている今、僕のやり方を教育に関わる連中に突きつけてやれば教育改革への圧力にはなる。


「ふーん、面白そうな大会だね」

「あず君は大会に出るのが習慣になってますね」

「大会も元々は人に勧められて始めたものだし、やりたいことじゃなかったけど、僕の価値が世間に認められるきっかけがバリスタ競技会だ。今思うと、これのお陰で飯が食える大人になれたと思ってる。みんながバリスタの仕事を始める確率を少しでも上げるために、競技会を世に広める責任がある」


 義務感でやってるわけじゃない。本気で好きだから続けられるんだ。


「大会自体の宣伝のために出場するんですね」

「ああ。今じゃこれが生き甲斐だ。とりあえず切りの良いところまではやろうかなって思ってる。定期的に優勝しないと、手が震えてくるんだ」

「ふふっ、何それ中毒じゃん。あはははは!」


 みんなは仲良く話しながら伊織のコーヒーを注文する。


 余裕がある時は指名された人がコーヒーを淹れる。バリスタ競技会の後のインタビューとかでもコーヒーを淹れてインタビュアーに飲ませる場合がある。まさにそんな状態だ。伊織にとってはこのやり取り自体がインタビューの訓練になっている。伊織がドリップコーヒーを淹れるべく、慣れた手つきでケトルを持ち上げ、ドリッパーに渦巻き状にコーヒーを淹れていく。彼女の目線はドリッパーの中央のみをしっかりと見つめ、ドリッパーの舌からはサーバーへとコーヒーがポタポタと落ちていく。必要分抽出すると、苦み成分を抽出する前にドリッパーを外し、抽出をストップさせる。


 伊織は今回も無事に抽出できたと思いながらホッと一息吐いた。


 一投入魂、これがうちのモットーだ。どんなに疲れていてもここだけは絶対に手を抜かない。この職人としての拘りと意地がうちの最高の味を支えてきた。


 夜を迎え、唯と一緒に寝る頃だった。


 いつもの如く、唯が子犬のように僕に擦り寄ってくる。


 あぁ~、なんて可愛いんだ。この時が永遠に続けばいいのに。愛くるしい顔を見ているだけで、今日の疲れが全部吹き飛びそうだ。子供は瑞浪が寝かしつけてくれた。2人もいるとどっちかが泣き出せばもう片方も泣く。うまく眠れないも少なくないかと思いきや、子供の面倒は他の人に任せっきりになってしまっている。教育方針こそ僕が決めたが、実行するのは唯たちだ。


 僕は子供の遊び相手をする時だけ子供の面倒を見る。


 本当に可愛らしい。遺産は残さないけど、代わりに生きる力を授けるつもりだ。遺産は食い潰せば終わりだが、生きる力が身につけば一生食っていける。


 何故こんな当たり前のことに誰も気づけないのだろうか。


「あず君は教師に向いているかもしれませんね」

「むしろ逆だ。背中で語るくらいしかできないからさ」

「背中で語るのも立派な教育ですよ」


 言われてみればそんな気がしないでもないが、それに気づけるかどうかは子供次第だ。子供は親以上の器にはならない。つまり自分の器の大きさは子供の生き方を見れば分かる。


「来月またロンドンに行くけど、本当に来なくていいのか?」

「私は遠慮します。子供の面倒を見ないといけないので」

「じゃあ僕と伊織の2人で行ってこようかな」

「随分と伊織ちゃんを買ってるんですね」

「あいつが初の大会で入賞できなかった時、どんな誓いをしたと思う?」

「見返してやる……とか?」

「よく分かったな」

「誰かさんに似たんですよ」


 唯が言いながらクスッと笑った。すると、ほぼ同時のタイミングで僕の手を握りしめる彼女の握力が少しばかり強くなった。あの反骨精神の中に、伊織の可能性の一端を見た。


「じゃあ来月は1週間くらい空けるわ」

「はい。うちの親に連絡しておきますね。会ったらよろしく言っておいてください」

「そうする。唯の親って、元々ここに住みたくて日本に住んでたんだよな?」

「そうですね。今はレストランを継がされていますけど」

「そのレストランだけど、今まさに潰れかけだってよ」

「――それ本当ですか?」

「この前メールで読んだ」


 ジェフが言うには、先代の味を再現できずに困っているんだとか。


 咲さんは日本を懐かしんでいるという。元々は岐阜和傘を売る会社に勤めてるって言ってたな。


 中津川グループの系列が経営してないかな? ジェフは虎沢グループの弱体化で一斉淘汰された会社の内の1社にいた。故に、僕にも責任の一端があることは間違いない。


「唯の実家に行ってくる」

「放っておけないんですね」

「そんなんじゃねえよ。売り上げが下がってるのは先代の味を再現できてないからで、レストランの経営自体が満足にできてないんだ。チャールズとメアリーを説得しないとな」

「何があず君をそうさせているんですか?」

「仕事に情熱を注げない人に仕事をしてほしくないだけだ。だからあの2人を、ここだったら情熱を注げるっていう仕事に転職させてやる。あの時の僕には力がなかった。でも今だったら、好きな仕事の1つを紹介するくらい造作もない」


 僕が言うと、唯は嬉しそうな顔で僕に抱きついてくる。


 かと思えば、寂しそうな顔へと表情を変えた唯が衝撃の事実を呟いた。


「実はその……おじいちゃんもおばあちゃんも、もういないんです」

「えっ、いないって……」

「おじいちゃんは5年前に、おばあちゃんは3年ほど前に亡くなってます。あず君が会ってくれた時、2人共体を悪くしていたんです。バリスタオリンピックで活躍するあず君を見せてあげられなかったのは残念ですけど……子供たちが生まれてきてくれたので……悔いはありません」


 唯は涙を抑えながら語ってくれた。ずっと僕に内緒にしていたというよりは、唯の家の問題に僕を巻き込みたくなかっただけなのだ。唯は責任感が強い。その性格が彼女の口を封じていた。


「でも親に孫の顔は見せられただろ」

「はい。2人目の子供が生まれた時も、とても喜んでいました」

「元気に振る舞っていたのは、僕に心配をかけたくなかったからだろ。唯にそっくりだな」

「私の祖父母ですから。今思うと、お父さんがイギリスに戻ったのは運命だったかもしれません。その運命を手繰り寄せたのがあず君ですよ」

「唯は作家に向いてるかもな」

「むしろ逆ですよ。あず君の人生をそのまま書いた方が売れる気がします」

「じゃあ書いてくれるか?」

「……えっ!?」


 意外な返答だったのか、唯が僕に抱き着いたまま、きょとんとした顔でこっちを見ている。


 冗談で言ったことだが、恋人に自分史を書いてもらえたら光栄だ。他人目線で見た僕がどんな存在なのかも分かるだろうし、それができるくらいには僕を知り尽くしている。


 こうして、僕は久しぶりにロンドンに赴くことになったのであった。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

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