18杯目「仕組まれた茶番劇」
お菓子を食べながらしばらく喋った後、僕自身が睡魔に襲われていたことを思い出す。
クタクタで早く帰りたかった。しばらくコーヒーの話をしている内に夕方になり、ふと、居波の家の時計を見てみると、時刻は午後5時を過ぎていた。
ハッと我に返ると、すぐに帰宅を決意する。
「……もう帰らないと」
「もう少しゆっくりしていってもいいんだよ――」
「いやいや、もう行かないと」
「じゃあ車で送っていくよ。ちょっと外で待っててね」
言われるがまま玄関に赴くと、居波の父親がかなり洒落た車の運転席に座っている。
その間、僕は靴を履いて玄関から外へ出ると、真っ先に橙色の夕日を浴びた。
「待って!」
声に反応して後ろを振り返ると、そこには居波がいた。居波は玄関で僕の腕を掴む。
「話があるの……だから……聞いてほしい」
彼女はとても真剣な眼差しで、顔が真っ赤になっていた。
「どうかしたの?」
「……梓君が好き」
「えっ?」
「あたし、梓君が好きなの」
「……そう」
「でも、今は駄目なんだよね。だからあたし、ずっと待ってる。期待してる」
「期待なんてしない方がいいぞ。傷つくだけだから」
ずっと待ってるのは返事だろうか。でも僕はやっぱり、コーヒー以外には興味が持てない。期待なんてすれば裏切られるし、自分が誰かに期待されるのはプレッシャーだ。期待通りの行動が自分にとっての最適解とは限らない。裏切られるのが怖いのなら、最初から期待なんてするべきじゃない。
誰にも期待されてないくらいが丁度良い。
みんなの期待を裏切ることになっても、自分の信じた道なき道を歩きたい。たとえそれが、どんな茨の道であったとしても……その道が正しかったら、結果は後からついてくる。
自分が一歩を踏み出せば、やがてそれが道となる。
僕の座右の銘である。先駆者の偉大さを表す言葉だが、まさしく言葉の通りの人生を踏み出そうとしていた。自分が道だと思っている場所は、実は誰かが通りやすいように作ったものだ。僕が今当たり前のようにコーヒーを飲めるのは、世界中にコーヒーを広めた人のお陰だ。
次の日、僕は担任から咎められた。またしても女子と一緒に帰ったからである。
そりゃみんなが解散している時に車なんて来たら目立つわな。
デートはOKで一緒に帰るのはNGとか意味が分からん。学校からかなり離れた所でたまたま会った女子と一緒に帰ったことなら何度かあるが、この時はばれていなかったのか、何も言われてない。学校から帰ることと何が違うんだろうか。居波のことを飛騨野から聞いた。
居波は僕に近づかないように言われたらしい。
女子たちの間には『暗黙のルール』というものがある。居波は僕を家に連れ込むという女子のタブーに触れてしまったことで、女子たちから無視されていた。女子の怖いところを見てしまった気がする。
彼女は休み時間になっても僕にもグループにも話ができず、教室の中で空気と化していた。
居波は何も悪くない。最初に誘ったのは彼女だが、それ自体は罪じゃないし、お菓子までご馳走になったのに、この仕打ちはよろしくない。
「ねえ、梓君も原因の一端を担ってるんだから助けてあげたら?」
「えー、何でそんな面倒なこと――」
「このままじゃ可哀想でしょ」
「はぁー、しょうがねえなぁ。グループに戻すだけだぞ――」
「できるの?」
「もちろん」
飛騨野に背中を押されたこともあり、ため息を吐きながらも居波を渋々援助をすることに。
休み時間になると、居波が所属している最上位グループの女子にさりげなく声をかけた。
「ちょっといいか?」
「梓君、どうかしたの?」
「話は全部聞いた。居波を許してやってくれ」
「えっ? でも紗綾は梓君を家に連れ込んだんだよ」
「僕を連れ込んだのは居波の親父だ。押しが強かったから断り切れなかった」
「で、でも梓君を連れ込んだことに変わりはないし」
「そうだよ。紗綾だけズルしたんだから当然だよ」
「あっそう。居波と仲直りしないなら、居波とつき合っちゃおうかな」
笑みを浮かべながら冷たい声で言うと、クラス中が宙に浮いたかのようにざわつき、全方向からボソボソと声が届く。すると、グループの女子の1人が立ち上がって居波に近づいた。
「紗綾、ごめんね。梓君を家に連れ込んだって聞いたから、ついカッとなっちゃって」
「私もごめんね。紗綾のお父さんが誘ったなら、紗綾は悪くないもんね」
「うん、そうだよ。ごめん」
「そうそう。ごめん」
女子たちが次々と居波に謝っていく。相手に要求を飲ませたい場合は、相手の1番弱いところを突けばいい。みんな本当は僕とつき合いたいのは分かった。でも誰かが僕とつき合うのは阻止したい。
となれば話は簡単だ。居波とつき合いたいと言えば、みんなは要求を飲まざるを得ない。今まで通りの勢力図を維持できなくなるのは怖いだろう。1人主体性のある奴が行動すれば、残りの奴らも一斉に動き出す。日本人はみんなで1つだ。今回はその特性を利用させてもらった。
居波たちは再び仲良く話し始め、僕はトボトボ自分の席まで戻った。
「お疲れさん」
「危うく彼女持ちになるところだった」
間一髪の危機を免れた顔のまま、飛騨野の方向に首を少しずつ向けて震え声で呟くと、眠たそうに欠伸をした。居波はグループからのブロックを免れたようだ。
ふぅ、何でこんなに気を使わなきゃいけないんだろう。やっぱ人間関係ってめんどくせぇ。面倒な人間関係とは無縁の生活がしたい。みんなほど上手に立ち回れない。一度孤立すればずっとそのままだ。みんなの輪が大陸なら僕は離れ小島だ。僕だったら間違いなく孤立確定だろう。昔からああいう暗黙のルールとか、曖昧な言葉とか、建前とか、社交辞令とか、言わなくても分かることを要求されるような理は言われるまで理解できない。僕が日本社会に溶け込めなかった最大の理由がここにある。
話は少し遡る――。
ある日、僕が給食当番になり、牛乳を運ぶ係になった時だった。
給食の時間が終わった頃、他の給食係にこう言われた。
「これ溜まってるよね?」
「うん、そうだな」
毎日同じことを聞かれて同じ言葉を返した。すると、気がついた頃には、他の給食係から敬遠されるようになった。僕がこのことを璃子に聞くと、酷く驚いた様子だった。
「これ溜まってるよねは、『牛乳を持って行ってくれ』って意味だよ」
この時になって初めてクラスメイトの意図が分かった。つまり僕が意図を理解できなかったことで、無視したものと見なしたんだ。それで気の利かない奴と敬遠されるようになったらしい。
それを知った後、璃子に言われた通り、クラスメイトに次からはハッキリ言うように伝えた。言った後はどうにか解決したが、璃子がいなかったら、ずっとこの謎を解けなかっただろう。
小6の夏休みを迎え、精神的な安定期に入る。
いつも通りにエスプレッソマシンを使い、エスプレッソやカプチーノやシグネチャードリンクを作っていた。コーヒーに何かを混ぜると99%不味くなってしまう。だがコーヒーとの相性を考慮すれば、混ぜた食材が相乗効果を発揮し、究極のコーヒーができる。それがシグネチャードリンクの醍醐味だ。
難しいけどやめられない。
夏休みが終わり、小6の2学期がやってくる。
相変わらずこの時期になると、体育の時間が変わる。運動会という名の茶番の練習に。
「葉月も参加したらどうだ?」
「いや、遠慮しとく。僕は体弱いから」
岩畑が体育の練習に誘ってくるも、断固拒否する。左足の肉離れは治っている様子だった。だが一度負けた相手に対しては抵抗があるはずだ。それ以上は誘われなかった。あいつの土俵に引き摺り込まれたくない。岩畑が立ち去った後、入れ替わるように担任がやってくる。
「もう最後の運動会なんだから、参加したらどう?」
小1の集団リンチ事件を理由に断ろうとしたが無意味だった。集団リンチにならないよう最大限の配慮をすることや、うちの親を呼んで監視につけることを条件に、運動会に参加する破目になった。うちの親は毎年シフトの都合上、運動会には来れなかった。バイトは土日にもシフトが入っている。
しかし、今回は担任に『先手』を打たれた。うちの親を運動会に呼んでしまった。事前に言われたことでシフトを空けるようにしたらしい。運動会にはもう参加しなくてもいいと思ったのに。
策士策に溺れるとはこのことよ。練習こそ参加しなかったけど、徒競走や綱引きには参加する破目になった。大縄跳びは全力で拒否した。以前あれで痛い目を見ているし、見るのも怖かった。また風邪薬と冷却シートを使うことになりそうだ。補充しているかお袋に聞いておこう。
体育館で体育の授業をする時は端っこに積んであるマットで、外で授業をする時はいつも日陰で休んでいる。乾燥肌な夜行性人間の仕様上、日光は天敵だ。
クラス毎に紅組と白組に別れた。
僕と飛騨野はかつての鬼門である紅組に、岩畑と居波は白組だ。暇だったこともあり、全員がどっちの組になったかを確認していたら、僕はあることに気がついた。
――これ……戦力偏りすぎじゃね?
勉強も運動もできる人と運動だけできる人は白組に、勉強だけできる人と勉強も運動もできない人は紅組に集中していた。まるで運動が優れている順に生徒を並べて、そこから男子と女子の上位半数を白組に入れたようなものだった。まさかと思って他のクラスの紅組と白組の人を調べてみた。
すると、うちのクラスと全く同じ現象が起きていた。
休み時間になると、担任がいる机の前まで赴いた。
「戦力偏りすぎてない?」
「――えっ、そんなことないよ」
「そんなことあるんだよ! 将来の夢がアスリートの人ばっかり白組だし」
「それは偶然だよ。ちゃんと配分はしてるから」
僕は担任に本当にランダムに選んだのかを確認した。担任は誤魔化そうとしていたが、僕の目は誤魔化せない。まさかとは思うが、茶番をするつもりか!?
担任はランダムに振り分けているの一点張りだったけど、僕は全く納得がいかなかった。
他の人はまるで気づいていない。
僕は疑問が消えないまま帰宅する。このことを璃子に話すと、すんなり信じてくれた。
「お兄ちゃんはトンチンカンなとこあるけど、嘘は吐かないもんね」
「璃子……愛してるよぉ~」
甘えるように璃子に抱きいた。あぁ……柔らかい、それに良い匂いだ。
「暑苦しいよー。それにちょっと擽ったいんだけど」
璃子は僕を冷静に受け止めて微笑むが、すぐに曇り顔に変わり、璃子を抱いていた手を離す。
「――お兄ちゃんはいいよね、取り柄があって」
「えっ、何だよ唐突に?」
「私、全然取り柄がないの」
今度は璃子から悩みを相談された。深刻そうな顔で璃子が語り始める――。
「お兄ちゃんはコーヒーに精通してるし、料理もスイーツもピアノも上手いけど、私は特に取り柄がないから、今のままでいいのかなって」
「僕は色んなものに手を出してたから、結果的に多趣味になったってだけだ。璃子だってさ、好きなものに没頭すれば、きっと何か取り柄が持てるはずだぞ」
璃子は自分が何の取り柄もないことに悩んでいた。
どうりで最近曇った顔をしていたわけだ。ペーパーフィルターを教えてほしいと言った時、コーヒーの飲み比べをした時、味の差に驚くと共に辛そうな顔をしていた。
「璃子の好きなものは何?」
「チョコレート」
「じゃあチョコレートの研究とかに没頭したら?」
「それは難しいかな」
璃子が遠慮気味に言った。好きなものがあるのに何で没頭しないんだ?
「それが……没頭しようとするとね、お父さんもお母さんも先生も、そんなことしてる暇があるんだったら勉強しなさいって、これでもかと言ってくるの」
――そうか、そうだったんだ。
璃子が何1つ取り柄を持てなかった理由が分かった。何かに没頭しようとすると、親と学校に邪魔される。僕は自分勝手に振る舞うのが当たり前で、もはや誰も止めようとしない。しかし璃子の場合は誰にでも従順であるが故に、没頭をやめるように言われると中止する悪い癖がついてしまっている。
璃子は璃子なりに、この悪い癖に逆らおうとしていたのかもしれない。
「好きなものに没頭できない内は、本気で好きじゃないってことだ」
少し厳しめの言葉を放った。璃子は恐らく誰かに背中を押してほしいのだ。問題は必要に迫られるくらいの根拠をどこに置くかだ。僕がその根拠になってやろうと思った。
――運動会当日――
年に一度の茶番劇がやってくる――。
結果が見えていたのか、既にやる気が削がれていた。
徒競走は紅組と白組からそれぞれ2人ずつ、合計4人が参加し、50メートルを走るのだ。
「位置についてー、よーい――」
大きな銃声がパンッと鳴ると、最前列で走る構えを見せていた生徒が一斉に走り出す。ほぼ毎回白組のワンツーフィニッシュだった。僕も紅組として参加させられたが最下位だった。
司会の生徒は白組が押していますと言ったが、より正確に言えば、白組がほぼ確実に勝ちますの方が適切だろう。大縄跳びも紅組がすぐ終わったのに対して、白組はずっと飛び続けて大差をつけた。この時点でダブルスコアどころの差じゃなかった。綱引きも対戦相手がいないかのように、最初からずるずると引き摺って白組の圧勝。白組は体育会系の人ばかりだったし、力士と一般人くらいの差はあった。
昼休みには僕が自分で作った弁当を食べていた。飛騨野に居波に美濃羽までやってきて、うちの親に挨拶をしていた。飛騨野たちは僕が作った弁当を見て驚いていた。
「梓君の弁当凄いねー」
「味見してもいい?」
「別にいいけど」
「うーん、美味しい。梓君が女子だったら、きっと良いお嫁さんになれたんだろうなー」
「女子力高いもんねー」
「こいつは昔っから女子がやってそうなことばっかり究めるんだよ」
「私に似たのかなー」
――お嫁さんなんて真っ平御免だ。
結婚制度なんてクソくらえと思っている。夫婦は法律上対等な立場のはずなのに、何故か夫の方を主人と呼ぶ。対等な2人に対して主従関係を意味する言葉を用いるのは、どう考えても文法的に間違った表現だ。なのにみんなその言葉を当たり前のように使っている。
一夫一婦制が成立したのは産業の主体が農業の時代。長子相続にしないと田んぼが荒れ地になるし、家が途絶えるとみんな路頭に迷うし、一夫多妻だとイケメンや金持ちの男ばかりが女を独占する。
民衆の場合は結婚できる人数を1人までにすることで、長男に必ず相手ができるようにしたのが一夫一婦制の始まりとされる。今の時代にはそぐわない。何より1人の時間が無くなるのが致命的だ。
何だよ家族サービスって。家族のために働くとか足見られてるじゃん。
主人と呼ばれている割に、やってることが奴隷なんだよなー。
僕が結婚制度に反対する理由はこんなところだ。
こんなくだらないものがあるから、結婚できない自分を責める人が多いのだろうと思うと、やるせない気持ちになる。化石みたいな制度はとっとと廃止するべきだと思うし、気に入ったらとりあえず飽きるまで一緒に住む感じにして、誰かと一緒になることがもっと気楽になってもいいと思っている。
婚姻の平等とは、結婚制度がない状態だと思っている。
いちいち籍を入れたり出したりするのもめんどくさいし、事実婚や同性婚を議論にしている時点で、既に2段階も後れを取っている。配偶者控除は事実上の独身税だ。独身の人はその差数十万円分多く支払っている。結婚できない人が割を食っている時点で、婚姻の平等なんてあったもんじゃない。
同居した時点で結婚と同等の権利が発生するようにするべきというのが僕の結論だ。
吉樹と柚子がやってくる。うちの親はいとこの一家を誘ったが、僕があんまり種目に出ないことを残念がっていた。吉樹は美濃羽たちと話していたが、柚子は離れた場所に移動した僕の隣に座った。
「あず君あんまり出てなかったね」
「体が弱いし、もう戦犯になりたくないからな」
「何かあったら私が助けるから、安心して」
柚子はまだ中2だが、声が大人のお姉さんだった。声質は昔からあまり変わっていないものの、もはや同い年感覚でつき合うことはなくなり、今は僕の頼れるお姉さんだ。柚子に後ろから背中をもふもふと触られていた。抱き着かれたまま、この運動会の事実を話す。
「来てくれたところ申し訳ないけど、最初から白組の勝ちが決まってる。明らかに戦力偏ってるし」
「……世の中そういうもんだよ。最初から勝者が決まっているようなことはいくらでもあるの。あず君も大きくなれば、その内分かるんじゃない」
柚子はどこか悟ったような顔で話す。
一体、何を見てきたんだ? 何か気に入らないことを経験してきたのだろうか。大人の汚い側面なら僕だって何度も見てきたが、柚子は認めた上で現実と戦わずに割り切るようになったというのか?
これが……大人の階段を上るということなのだろうか。
だったら僕は……大人になんかなりたくない。
僕と柚子は昼休みが終わるまで、ずっと黙って空を見上げるのだった。
昼休みの後は玉入れだ。白組は種類は違えど、球技に慣れている生徒ばかりだったのか、次々と白球を籠の中に入れていった。紅組の方は言わずもがな。あらぬ方向へと投げる生徒すらいた。
全然勝負になっていない。玉を数える時は1個ずつカウントする演出があるのだが、数えるまでもなく籠を見れば勝敗が分かるほどだった。ここにきてようやく紅組の生徒の保護者が、何かがおかしいと気づき始めたようだった。白組の生徒の保護者は気づいていない様子だ。
人間って優越感に浸っている時は細かいことに気づかないものなんだな。
リレーでも白組がワンツーフィニッシュの連続。バトンを繋ぐ毎に差は開く一方であった。すると、紅組の生徒の保護者の1人が教師に抗議した。
「ちょっとおかしくないですか!?」
「何がですか?」
「白組が運動のうまい子ばかりに偏ってませんか!?」
「みんな頑張ってますよ」
――いやいや、ちょっと気づくの遅すぎじゃねえか? 僕が保護者の立場でも、最初の徒競走で分かるレベルだ。しかもスコアが尋常じゃない。
最後の種目は騎馬戦だった。僕は体重が軽いという理由で騎手役になった。赤白帽子をかぶり、赤白帽子を取られたら退場するというルールだ。
――僕は岩畑の帽子だけでも取ってやろうと思った。
担当教師が騎馬戦に参加する生徒を集めると僕はこう言った。
「僕に考えがある。あいつらに一矢報いてやろう」
白組に対してフラストレーションが溜まっていたのか、みんなあっさりと承諾してくれた。そして紅組の連中にある指示を出した。騎馬戦が始まると、僕は弓なりの陣形を取るように言って、相手の狙いが中央に集中するように仕向けた。紅組の中央に馬が集中していたため、白組はそこに狙いを定める。紅組の中央が押し込まれ、外側にいた紅組の馬が白組の馬を突破し、後ろから白組を囲い込む。
僕は岩畑が紅組の中央にいる騎手に気を取られている隙に後ろから岩畑の帽子を奪い取ってやった。紅組は意外にも善戦し、僕の指示通りに白組を包囲して、あと一歩のところまで追い詰めた。しかし僕が思った通りにはならなかった。囲い込まれた白組が本気を出して包囲を突破し始めたのだ。今度は不利な白兵戦に持ち込まれ、僕も帽子を取られてしまう。
結局、戦力に差があったこともあり、紅組は惜しくも敗北した。
教科書通りにはいかないもんだな……。
端っこにもっと強い人を配置できていれば、結果は変わったかもしれないけど。
最終スコアはどうかと言えば、114対22で白組の圧勝という結果に終わった。いつかのプロ野球の試合より酷いぞこれ。普段ならどっちも50点オーバーで、結構良い勝負してたんだけどな。僕は親からカメラを強奪すると、最終スコアを証拠として撮った。写真は小6の日記に貼った。他の学年の日記にも写真はあるが、これが最もインパクトが強かった。
世界よ、これが茶番だ。
僕の知る限り、この運動会を上回る茶番劇を知らない。こんなクソ茶番のために毎日練習させられてた生徒が可哀想だ。もう二度と参加したくないと思った。
以降、僕が運動会に参加することは一生なかったのであった。
小6の運動会の出来事を元にしています。
点差は忘れましたが運動のできる生徒が白組に偏っていました。