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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
179/500

179杯目「身内の企業改革」

 柚子が僕に会社の話をするということは、助けてほしいサインだ。


 普段の柚子であれば、悩みことがあっても、それを悟られるようなマネはしない。きっと本社に重大な何かがあるんだ。本社には一度行ったことがある。今行っても変わらない気がするが。


「あず君」

「どうした?」

「柚子さんを助けてあげてくれませんか?」

「今度岐阜コンがあるから、一度経営状況を聞いてみる」

「岐阜コンは今年の分で最後って言ってましたけど、本当に行かないんですか?」

「当たり前だろ。いつまでもおんぶにだっこじゃ、あいつのためにならない」


 なんか最初っから間違ってた気がする。手を貸すんじゃなくて、自立を促すべきだった。


 僕が定期的に岐阜コンに参加すれば、しばらくは食っていけるかもしれない。でもそれじゃ楠木マリッジが僕に頼りきりになり、胡坐を掻くようになる。


「じゃあ助けてくれるんですね」

「他の会社に口出しするのもどうかと思うけど、もし柚子が借金まみれのまま倒産なんてすれば、吉樹が美羽と一緒にやろうとしている事業に支障が出るかもしれないからな」

「なんだかんだ言っても優しいじゃないですか。私はそんなあず君も好きですよ」


 唯が小動物のように擦り寄ってくる。こいつ、僕を勢いに乗せるのだけはうまいな。事業の再建なんて全然やったことないけど、これも柚子のためだ。しょうがない。やるっきゃないか。


 岐阜コンの日がやってくる。この日は当然日曜日である。


 今年も3回分きっちり全部出たけど、これが最後であることは柚子にも伝わっている。僕が来ているにもかかわらず、社員の半分をカットしたということは、相当追いつめられてるってことだ。


「柚子、後で楠木マリッジの状況を教えてくれるか?」

「別にいいけど、もしかして、助けてくれるの?」

「まあな。唯に感謝しろよ。あいつが柚子を助けろってうるさいからさ」


 唯は僕に柚子を助けるきっかけをくれた。僕が善意で助けるのもおかしな話だし、それを埋めるための動機と言ってもいい。また忙しくなっちまったがな。


 人のために何かをやるなんて、疲れるだけだと思っていた。


 でも誰かの役に立って喜ぶ顔を見た時、何だかこっちまで安心を覚えてしまう。自分が丹精込めて淹れたコーヒーを飲んだ客が喜んでくれるのが嬉しいからこそ、この仕事を続けているというのもある。


 結局僕は……1人好きの寂しがりなのかもしれない。


「ふふっ、唯ちゃんらしい。どうやったらあず君をそこまで操縦できるのかな?」

「全部僕が決めたことだ。吉樹はもう辞めたんだよな?」

「うん。今年の3月くらいだったかな。急に私の所に来たかと思えば、美羽さんと新しい事業をやるから辞めるって言い出してね。詳細を聞いてみたら、バリスタスクールだって」

「この前美羽と一緒に店に来てたけど、柚子はもう知ってたんだな」

「まあね。あず君に講師をやってもらいたいって言ってたけど、どうする?」

「やなこった。僕は人に物を教える才能はない」


 僕は正真正銘、世界一のバリスタになった。だがそれはあくまでも過去の栄光。そこで満足して何もしなくなったら、あっという間に追い越される。ずっとバリスタとして生きていきたいと思った。この道なら誰にも負けないことを証明できたし、何だかんだ言っても、僕はこの仕事が好きなのだ。


 岐阜コンでは葉月ローストが圧倒的人気だ。スタンプラリー方式がなければパンク状態になっていたかもしれない。世界一のバリスタと世界一のショコラティエが同じ年に出てきた影響だろう。


 どうやったらそんな風に育つのかを聞かれたが、僕は学校に行かないことだと答えた。シグネチャーを作る上で特に大事なのは柔軟な発想だ。学校に行けば固定観念を植えつけられるため、多くの人間にとってシグネチャーが壁になる。璃子も同じことを聞かれていたが、璃子はこれだと思うものに没頭することだと答えていた。成功する方法に正解はない。片っ端から色々実験して、自分を信じて色んな物事を知るところから始めるべきという地道なセオリーが璃子の一言に集約されている気がした。


 岐阜コンが終わると、僕は柚子を誘ってうなぎふへと赴いた。


 特盛のうな重を食べながら柚子に話を聞くことに。もうここまできたら、人に奢るくらいどうってことない。柚子から楠木マリッジの詳細を聞いてみると、しばらくの間絶句した。楠木マリッジの詳細な経営状況が書かれた分厚い資料を読み込んでみると、そこには様々な課題が山積していた。


 経営状況はやばいなんてもんじゃなかった。


 明らかに人を雇いすぎだし、雑用係なんてものが出てくるわけだ。しかもここ数年赤字続きで銀行もお金を貸してくれそうにない。まさに崖っぷちの状態と言える状況だった。


「もし来年も赤字になっちゃったら、もう会社を畳むしかない。何か良いアイデアがあれば採用しようと思うけど、どうかな?」

「柚子はさ、真面目に婚活してほしいの? それとも出会いの場を提供したいの?」

「……どっちもかな」

「楠木マリッジは経営方針が曖昧すぎる。だから色んなところに経費をかけすぎるわけだ。早い内に経営方針を固めて、不要なコストを全面的にカットしないと、来年には潰れるぞ」

「……」


 柚子は追い詰められた顔で黙った。本人も分かっているようだった。だが経営方針が固まらないのは柚子の優柔不断だけが原因ではなかった。しかもこれ以上の人員削減はしたくないとのこと。


「経営陣はどうなってるの?」

「私を含めた役員が10人ほどいるけど」

「10人もいるのかよ」

「うん、何か問題ある?」

「大ありだな。そんなにトップがたくさんいたら、まとまるもんもまとまらねえよ。全国規模の大企業ならともかく、事業規模が岐阜市内だったら、役員なんて10人もいらねえだろ」

「うちは色んな事業をやっているから、それぞれの役員に仕事を任せてるの」

「その内ちゃんと利益を上げてるのは何人だ?」

「何人って言われても、今のところは総合で赤字としか」


 ――総合で赤字ってことは、どこかにいらないコストがあるはずだ。


 このままじゃ本当にやばいな。どこもかしこも課題だらけで、どこから手をつければいいのかが分からなくなっちまうレベルだ。それでよく潰れずに済んでるよな。


「柚子、一度本社の様子を見せてくれ」

「う、うん。別にいいけど」


 12月中旬、この日は僕だけ店を休み、楠木マリッジの本社まで赴くことに。


 とりあえずホームページには目当てのスタッフに会える保証はない注意書きをしてもらい、休みたい時に休めるようにしたが、こうでもしないと、いつかぶっ倒れそうな気がした。


 本社に辿り着き、1日見学させてもらうことに。


 早速会議が始まると、ぞろぞろと人がたくさん入ってきた。全員が揃ったところで、柚子は婚活イベント企画を説明をするが、誰1人として意見をしない。


 経営首脳陣でさえ誰も問題点の指摘すらしない。しかも1人1人に企画の説明をするためだけにプリントアウトされた紙には、柚子が説明している企画と全く同じ内容が詳細に記載されていた。


「ここまでで質問のある人はいますか?」


 柚子が僕らに尋ねると、1人の40代くらいの男が手を挙げた。


「何でしょう」

「これ、美人とかは出てきますか?」


 ――はぁ? 何意味分かんねえこと聞いちゃってるわけ?


 柚子も明らかに困惑してるし、毎回こんな的外れな意見しか出ないのかよ。


「それは実際にイベントを開催してみないと分かりません」

「ああ、そう。若い子限定にしたらいいと思うんですがねー」

「婚活市場のボリュームゾーンは30代、次いで40代が中心です」


 おいおい、30人以上も集まってるのに、話してるのは柚子と役員のおじさんの2人だけかよ。他の人はプリントを見ながら欠伸したりする奴と居眠りしてる奴ばっかだし、この会議必要か?


 うちだったら話す必要がある人とだけ話して終わりだけどな。


 会議が終わると、今度は書類の整理と営業に分かれてそれぞれの仕事が始まる。社員たちにはモチベーションというものがなく、嫌々与えられた仕事をこなしている状態だ。


「柚子、さっきのおじさんは誰?」

「あー、今尾(いまお)さんだけど。うちの営業部長なの。隣にいるのが虫賀(むしが)さん、吉樹の面倒を見ていた先輩社員で、営業部所属なの」

「いつもあんな会議なのか?」

「うん、そうだけど」


 今尾さんと虫賀さんを見たまま、2人が話し合っているのを聞いている。


 柚子はきょとんとした顔で僕に近づいた。


「どうかしたの?」

「いや、何でもない」


 とりあえずあの2人を中心にここの連中の仕事っぷりを見て回るか。


 30代くらいの惚けた顔の人が、目の前で踏ん反り返っている今尾さんと話している。


 なるほど、あの弱々しそうな感じの顔の奴が虫賀さんか。吉樹とどこか似ている。


「部長、取引先と話し合ったんですけど、部長の許可が得られないとできないので、帰ってもらいましたよ。次は部長が会っていただけないでしょうか?」

「ああ、そうするよ」


 ――えっ!? 帰ってもらったって、どういうことだっ!?


「あのさ、その企画は君が1番知ってるんじゃないの?」

「それはそうですけど、企画を通すには部長の許可が必要なんですよ」

「君はその企画の話を知ってるのか?」


 今度は目の前で根暗な顔のまま書類と睨めっこをしている今尾さんに聞いた。さっき柚子にくだらない質問を投げかけ、ずっと柚子と2人で話していたおじさんだ。


「いや、全然。今度来た時に説明してもらうよ」

「そのために一度帰して、今度来た時にもう一度説明させるつもりか?」

「はい、そうですけど」


 そうですけどじゃねえよ。仕事を何だと思ってんだよ。


 これじゃ全然仕事が進まねえじゃねえか。相手の時間を奪う行為だってことにさえ気づいていない。


 こいつらが何で他の会社で雇われなかったのかが分かってきた。


「じゃあ部長が納得したら企画が通るのか?」

「いや、俺が納得しても、社長の許可がなかったら無理だ」

「もしかして、その次は社長に会わせて、また同じ話をするのか?」

「そうだよ。まあ、それが仕事ってもんだ」


 結局3回も来させた挙句、柚子に決めさせるのかよ。こういう時は企画の内容を1番知っている現場の人間に決定権を持たせて話を進めるべきだが、ここではそのセオリーすら罷り通らないらしい。


 僕だったら絶対この会社と仕事したくねえよ。ずっと赤字であることも頷ける。


「柚子、あそこにいる人は?」

「雑用係、他の部署が忙しくなった時に、あそこから何人か駆り出して、仕事を手伝ってもらうの」

「普段は何してるわけ?」

「あそこで待機してる。いつ人員が必要になるか分からないから」

「それじゃ仕事しに来てるっていうより、養ってるようなもんじゃねえか」

「……」


 そこには触れないでほしいと言わんばかりに、柚子は黙ったまま下を向いた。


 結局、夕方まで雑用係は1人も駆り出されることなく、この日の業務が終了した。午前9時から午後6時までの仕事内容だが、ほとんどがまるで休み時間のようだった。部署の中にいた人全員に会社の事情を話してもらい、それらの話を頭の中で組み立てながら改革案を考えていた。


「柚子、僕の助けがいるなら明日改革案を持ってくるから、必ず改革案の全てに従うと約束してくれ」

「改革案の内容によるかな」

「今ここで決意しないなら、僕は楠木マリッジを見捨てることにする。赤字なのに改革もロクにできない会社なんて、潰れて当然だ」

「……分かった」

「明日の朝10時、会議を開いて全員を集めてくれ」

「うん、期待してる」


 柚子は少しばかり笑みを浮かべた。これから僕が作る改革案の内容も知らずに。


 帰宅すると、早速楠木マリッジの改革案を作ることに。本来こういう仕事は社長である柚子がやるべきだが、柚子は社長であるにもかかわらず、まるで決定権がないような状態だった。


「楠木マリッジはどうだったんですか?」


 後ろから唯が抱きつきながら話しかけてくる。


 いつものように唯と2人で風呂に入った。背中から直に伝わるたっぷりとしたダブルメロンの感触がたまんねえ。こんな聞き方をされたら国家機密まで全部喋っちゃいそうだ。知らねえけど。


「あのままじゃ、来年には確実に潰れるだろうな。会議が始まったらさー、社員が30人くらいぞろぞろ入ってきてんのに、喋ってるのは2人だけ」

「完全に無駄な会議じゃないですか」

「それだけじゃない。取引先を迎える時、決定権のない奴を2人も経由して、最終的に柚子が決める仕組みで、そのせいで取引先の人はたった1件の仕事で3回も本社まで営業しに来ないといけないわけ」

「その工程無駄すぎません?」

「それが日本の企業だ。この根本的な問題をどうにかしない限り、楠木マリッジは倒産必至だ。しかも全然仕事できない奴ばかりが役員の席に座ってた」

「柚子さんは気づいてるんですか?」

「薄々気づいてるみたいだけど、この前リストラした障害者が孤独死したのが余程ショックみたいだ。社員の首を切りたくない気持ちは分からんでもないけど、世の中には就職しちゃいけない人間もいる」


 みんなに話を聞いて回った結果、楠木マリッジには、身内組、障害者組、就労支援施設組、氷河期世代組という4つの派閥が存在していることが判明した。その内雑用係にいたのは就労支援施設組、単純作業は障害者組、役員には身内組、営業部は氷河期世代組が担当していた。


 まともに仕事をしている人は、意外にも3割ほどいた。


 つまり、大きく足を引っ張っている奴がいるということだ。大した仕事もしていないくせに、仕事に見合わない給料を貰い、私腹を肥やしている組織の癌を取り除けばいい。


 楠木マリッジにとって1番のコストは……あいつらだ。


 翌日、午前10時を迎えると、僕が指示した通りに社員全員が会議室に集まった。


「あず君、全員集まったけど、一体どうするつもりなの?」

「決まってるだろ。掃除だ」


 楠木マリッジ改革案を柚子に渡した。


「そ、掃除って。部屋ならさっきみんなが……!」


 柚子は僕の改革案を見るや否や怖気が走った。まるで猫に追い詰められた鼠のようだ。柚子には身を切ってもらうしかない。本気で会社を存続させたいならな。


「こ、これって改革案っていうより、縮小案なんだけど」

「柚子、昨日も言ったけど、これに従えないなら、楠木マリッジはここまでだ」


 ホワイトボードに張りついている色つきの磁石を使い、1枚1枚改革案を張っていくと、役員や社員たちの表情が見る見るうちに凍りついた。こいつらの内の何人かは、開いた口が塞がらない様子だ。


「社長と常務以外の役員全員を降格させて社員の7割を減給だとぉ!」

「しかも雑用係廃止の上に、俺を含む3割の社員が解雇とはどういうことだっ!?」


 今尾さんが僕に向かって怒鳴ってくる。


 噂を社内で聞いた。経費が余っても一切申告せず、持ち帰って私腹を肥やしている。


 こいつこそ……最もいらないコストだ。


「心当たりならあるはずだ。この解雇リストに名前が書かれている奴は、いずれも会社に顔を見せに来ているだけの奴、仕事をしているふりをするだけの奴、勤務時間が終わってから仕事をし始めて残業代を貰っている奴のどれかに該当する。しかもあんたに至っては……全部だ」

「そっ、そんな証拠がどこにあるんだよ?」


 スマホの録音データを取り出して再生する。


『今尾さんが普段何してるかって? あの人基本的に仕事しないから。会社に来てはパソコンでネットサーフィンしながら遊んでるよ。何のスキルもないくせに、年上だからって偉そうにしてるし、そんでもって仕事時間が終わってから残業代を貰うためにトロトロ仕事するんだよねぇ~。しかも経費の余りを全部持ち帰ってるって自慢してきたし。何考えてんだか』


 再生された声の正体は虫賀さんだった。


 すぐに虫賀さんだと見破った今尾さんは虫賀さんにイラついた顔で近づき、胸ぐらを掴んだ。


「お前、俺のことをそんな風に思ってたのかぁ!?」

「いやいや、何かの間違いですって!」

「でもな! 俺がそんなことをしている証拠はどこにもない。何なら調べてみろよ。こいつが法螺吹きだってことがすぐに分かるっ!」


 これはデータベース上から自分の情報だけを既に消しているパターンだな。


 だがこいつはミスを犯した。致命的なミスをな。


「あのさ、さっきから気になってたんだけど、何で虫賀さんの声だって分かったの?」

「はあ!?」

「僕はただ音声を再生しただけで、虫賀さんが証言したなんて一言も言ってないけど、あんたは何の迷いもなく一直線に虫賀さんを責めた。何で虫賀さんだって分かったのかな?」

「そ……それは」

「答えられないなら代わりに言ってやるよ。虫賀さんはあんたが不当に私腹を肥やしていることを知っている唯一の人物だからだ」

「「「「「!」」」」」


 全員の表情がより一層凍りつき、今尾さんは肩を落として跪いた。柚子はショックのあまり泣き出してしまい、柚子の元同級生だった常務が柚子を慰めている。今尾さんは周囲から白い目を向けられた。


「同僚のレビューがこの有り様とはな。今尾さん、これはあんたがしてきたことの報いだ。柚子は目に見える形で岐阜市が衰退していく状況を憂いて、どうにか故郷を盛り立てようと思って必死に会社を立ち上げて、なかなか就職できなくて困っている人たちを優先的に雇って、みんなの生活を支えようと歯を食い縛ってきた。あんたはそんな柚子の想いを踏み躙ったんだ。恥を知れっ!」

「……」


 今尾さんは魂が抜けたように、ぽかーんとした顔で目が天井を向いている。


 もっとも、仕事をサボって遊んでいる時点で、魂なんてあったもんじゃねえけどな。


 僕は虫賀さんに近づき、落ち込み顔の彼を憐みの目で見つめた。


「虫賀さん、あんたは自分の立場を守るために、上司の悪事を知りながら報告を怠り、結果として会社の大損害を招いた。解雇するには十分な理由だ。仕事はそこそこできるみたいだけど、悪事を隠蔽している時点で組織にいるべき人間じゃない」

「まさか昼休み中に録音されてるとは思わなかったよ。最初から俺を疑ってたのか?」

「いや、信じてた。不本意かもしれないけど、あんたは昔の僕に似てる。あんたは自分のことしか頭になかった頃の僕と同じ目をしてたから。僕もさ、自分さえ良ければそれでいいと思ってた。問題があったら全力で回避しようとして、自分からも、現実からも、追い詰められるまでずっと逃げ続けて……でもそれじゃ駄目なんだ。そんな人間は……組織には向いてない」

「……」


 結局、僕の改革案は今日中に全て執行されることとなった。仕事ができる人、誠実さのある人は減給のみで済ませ、仕事ができない人、悪事を働いたり見過ごしたりするような人は全員解雇された。


 解雇された連中に限って言えば、もはや競争以前の問題だ。世の中には彼らのように就職してはいけない人間もいる。だが競争社会は働かない者に飯を食わせようとはしない。だから結果的に就労自体が不向きな人間まで外に出て働く破目になるし、そいつらが組織の足を引っ張っているのが現状だ。


 だがそんな残りカスみてえな連中に限って、人間関係だけはうまくやってのけるし、胡麻をすることに関しては得意中の得意であるために、上司に気に入られて出世していく。いや、取り柄がないから胡麻をするしか能がないのかもしれない。そんな連中ばかりが出世し、経営破綻した企業も少なくない。


 危うく楠木マリッジも、その中に名を連ねるところだった――。


「今尾さんはともかく、虫賀さんは減給処分で良かったんじゃないの?」

「悪事を隠蔽する奴は事なかれ主義だ。ああいうのが組織に残っていると、後々癌化するから気をつけた方がいいぞ。もう少し発見が遅れていれば手遅れだったかもな」

「もう、人を細胞みたいに」

「会社が人体なら、社員は細胞だ。癌化してる細胞があったら、予備軍ごと取り除くのは当たり前だ。そのためにはメスを入れる必要があるってだけだ」

「あず君の言った通り、世の中には就職しちゃいけない人間もいるんだね」

「働く場所を間違えただけだ」


 いや、生まれる時代と才能を間違えたのかもしれない。


 あんな連中にも活躍できる舞台はある。かつての僕がそうであったように。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

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