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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
177/500

177杯目「長きにわたる戦い」

 昔通わされていた小中学校が謝罪したことで、状況が大きく好転した。


 この影響なのか、不登校の生徒が全国各地で次々と増えたらしい。


 今までは少し大きくなった子供は学校に行くのが当たり前だった。だがその価値観が徐々に覆っていくこととなる。しかもサラリーマンがその数を減らし、フリーランスなど、職業や枠組みに囚われない仕事をする人が増えていった。何もしなくても、この流れはいずれやってきたかもしれない。だが世間への倍返しにより、この傾向が加速したのは紛れもない事実だ。


 僕が世間に対する影響力を持ったことで、相対的に保守派の影響力が下がったのだ。


「それ何ですか?」

「学校からの謝罪文だ」


 小中学校両校からの謝罪文がうちの郵便受けに届いていた。


「今までの教育に行き過ぎた部分があったことは認めます……か。こりゃ改善しそうにないな。そもそもあの教育自体をガラガラポンする必要があるってのに」

「でも学校側に非を認めさせるなんて、凄いじゃないですか」

「僕が有名にならなかったら、あいつらは一生罪を認めなかっただろうけどな」

「だから影響力を高める努力をしていたんですね」

「そういうことだ」


 僕が戦っていた敵の正体が分かった。レールを絶対視する社会だ。かつての僕はレールに乗せられ、危うく大卒ニートになってしまうところだった。そうなってもあいつらは責任を取らない。だから僕は早い内にレールから降りた。サラリーマンに向いている人には気楽な社会だろう。だが僕のようにサラリーマンには向かない人間からすればたまったものではない。


 電車ごと崖から落ちる前に逃げ遂せて良かった。


 みんな薄々気づいているはずだ。サラリーマン教育では一生飯を食えないと。


 これからはフリーランスのような、創造性を活かせる仕事が伸びていく時代だ。ただ言われたことをこなすだけの人間はもういらない。いずれベーシックインカムのようなシステムが導入されれば、無職は働けと言われた時代から、無能は働くなと言われる時代へと変わっていくだろう。


 11月下旬、営業中にまたしても嬉しい知らせが飛んでくる。


 郵便受けに望みのものが入っていた。


 僕の家に文科省からの謝罪文が届いていたのだ。やっと陥落したか。


 夢かと疑い、自らの頬を指で捻った。


 痛い……これは現実だ。僕は遂に――世間との戦いに勝ったんだ。


「どうしたんですか?」


 伊織が心配そうな目で、時間が止まっているかのように佇んでいる僕に声をかけた。


「伊織、勝ったよ……僕」


 ずっと心の内にしまっていた想いが溢れ出る。


「勝ったって……何にです? ……!? あず君、涙出てますよ!」

「お兄ちゃん、一体どうしたの!?」


 璃子たちにも謝罪文を見せた。客はきょとんとした顔だ。


 教育を通して国民のあり方を規定している世間の代表が遂に公式な謝罪をしたのだ。


 表面上だけかもしれないが、そんなものは関係ない。あいつらが公式に非を認めたことが何よりも重要だった。これをきっかけに、教育改革に大きな拍車が掛かることとなった。


 メールで蜂谷さんを呼び、このことを大々的に報道してもらうことに。


 教育界の権威が地に落ちれば、不登校のハードルが下がり、オルタナティブ教育へと移行しやすくなるはずだ。誰もやらないんだったら、僕がその礎を築いてやる。これ以上飯を食えない大人を量産することだけは防がないと、僕の子供や孫の世代までもが時代に合わない人間になる恐れがある。


 それだけは絶対に防ぎたかった。子を持つ親の1人として――。


 次の日曜日、小夜子にメールで誘われ、一緒に飲みに行くことになったのだが、小夜子たちが店を予約してくれているらしい。しかも大型店舗の個室を丸ごと貸し切りにするとのこと。


 どうやら世間との戦いに勝った記念に祝勝会を行うらしい。


 集合は夜7時、僕1人で料理店まで来るように言われ、時間通りに赴いた。場所は葉月商店街の中にあるしゃぶしゃぶ料理店だった。煙草がない所を希望したが、ついでに飯が美味い所だといいな。


 11月を迎えていたこともあり、周囲の明かりが闇夜を照らし、辺りは涼しくなっていた。


 赤い暖簾を潜って中に入ってみると、明らかに小夜子たち以外にも見覚えのある顔がいた。


 小中学校時代の同級生たちが数多く揃っていたのだ。


 これ……10人や20人の規模じゃねえぞ……。


「あっ、あず君、こっちだよー」


 美咲が僕に気づき、声をかけてくる。


 みんなが僕に気づくと、一斉に拍手をしながら迎えられた。


「……店間違えた」


 小夜子たち以外の連中は僕の来店が予想外だったらしい。


「間違えてないから、ほら、こっちに来て座って」


 店から出ようとすると、小夜子たちに腕をガシッと掴まれる。


 言われるがまま中央の席に座らされ、僕は誰よりも目立っていた。それもそのはず、僕以外はみんなスーツを着ていたのだ。僕の制服をコスプレと勘違いしている。


 いつも店で着ている魔女っ娘のような自家製の制服だ。


 どうやらまんまと小中学校の同窓会に誘われたらしい。


 その内の半数以上が同じ中学に進学していたこともあり、みんな中学校追放処分の件も知っている。かつての同級生が大半を占めていたが、中には小中学校時代の担任も何人かいた。今も教師を続けながら婚活をしているらしい。あの性格じゃ、結婚できても相手が苦労するだろうな。


「あず君、今更だけど、バリスタオリンピック優勝おめでとー!」

「「「「「おめでとー!」」」」」


 ――あれっ、世間との戦いの件じゃなかったっけ?


「まさかうちの学校から世界一のバリスタが生まれるなんてねー」

「行ってなくても世界一は取ったぞ」

「あの時から全然変わってないよね」

「中身は成長してるからいいんだよ」

「あず君、なんか昔に戻ったね」

「えっ!?」


 美咲が言うには、昔の僕は人の言うことにいちいち反論しては相手を怒らせていたんだとか。だが起業してからというもの、何かあっても直接話しかけられない限り何にも言わない寡黙な人に見えていたらしい。マスターが言っていた意味がようやく分かった。昔に戻ったというよりは、教育制度による抑圧から抜け出せたお陰で、いつもの自分を取り戻すことができたのだ。


 世間と戦っていた頃、人とのコミュニケーションを極力最小限に抑えようとしていた。学校から離れて色んな大会に出たり、出会いを繰り返している内に抑圧の影響がなくなっていった。自分でも気づかない内にリハビリをしていたのだ。抑圧を起因とした対人恐怖症を。同窓会は僕の話題で持ち切りだ。小夜子が自分の過去を離し始めたことを皮切りに、他の元同級生たちも自分の過去を話し始めた。


 僕が想定した通り、来ていた連中の8割以上の人はサラリーマンだった。虎沢グループが倒産したことで、失業中の元同級生も数多くいた。彼らはここにきて、自分たちが教育制度によって時代に合わない人間になっていたこと、学校の常識は外では通用しないことを痛感したようであった。


 旧態依然とした教育制度を支持し続けている連中よ、お前らは自力で飯を食えない連中の山を見てもなお自分たちの教育が正しかったと……胸を張って言えるか?


 むしろあいつら自身が、この教育制度によって不利益を被った最大の犠牲者かもしれないのだ。


「あのさ、あず君は覚えてないかもしれないけど、あの時はごめんなさい」


 すっかりと大人のお姉さんになっていた野倉が僕に頭を下げた。


 すると、彼女に続くように、かつてのいじめっ子たちが次々と僕に当時の悪行を謝罪した。みんなもう忘れたものだと思っていたけど、案外覚えてるもんだな。


「分かりゃいいんだよ。虎沢が怖かったんだろ?」

「うん。今思うと、あいつは放置安定だったねー」

「そうそう。あず君がPTSDになって、お客さんを制限するようになったっていう噂を聞いて、もしかしたら私たちが原因なのかなって思ってたの。ごめんなさい」


 今度は国枝が申し訳なさそうな顔で僕に頭を下げた。


「そりゃ原因の一部ではあるけど、最大の要因は、あの歪んだ教育制度そのものだ。虎沢というとんでもないモンスターを生み出し、多くの人生に多大な悪影響を与えた。そして悪化していく状況を放置し続けた人たち全員の責任であることを覚えておけ」

「「「「「……」」」」」


 虎沢がいじめをやめられないモンスターになってしまったのは、まったく躾をしない家庭環境もあっただろうが、教育制度が権力に対していかんせん無力すぎた。誰も止めることができず、皮肉にも子供を守るためにあるはずの学校が、モンスターから逃れられない監獄のようになってしまい、伝統的に行われてきた事なかれ主義が、あいつのいじめを加速させる結果となってしまった。


 虎沢はガキ大将の感覚を引き摺ったまま大人になり、人から希望を奪うことを何とも思わない正真正銘のモンスターになってしまった。間違った権力に逆らえる人間が1人でもいれば、あんなことにはならなかったかもしれない。明治以降に取り入れた軍国主義教育を大した理由もなく固辞し続けて、何を作ってるのか認識もせずに、ただ完成を急いだ。後は特許を取って、綺麗に包装し、ハリボテの大手企業にペタンと張り付けて、権力に従順で無力な人間をガンガン売りつけた結果だ。


 これであいつらも思い知っただろう。


 時代錯誤な教育制度を維持し、子供の個性を踏み躙り、無節操に逸るとどんなことになるのかをっ!


 虎沢もまた、今の教育制度が生んだ犠牲者だ。一刻も早く教育改革をしなければ、今後第2第3の虎沢が現れた時、また悲しむ人間が大勢出てくることになる。どうせこの国は向こう30年、教育改革などしない。だからこそ、僕は不登校のハードルを可能な限り下げたいのだ。


 全ては生きる力を守るために――。


「まあ、済んだことは悔やんでも仕方ねえよ。同じ過ちを繰り返さないよう改革するしかない」


 みんな僕の日本人恐怖症を知っており、その原因の一端を担っていたことを自覚していた。あの時の愚かな行いの罪深さを分からせただけでも、日本人規制法の意味はあったと思う。


「俺もあの時はやりすぎた。済まなかった」

「俺も悪かった。虎沢が怖かったからって理由じゃ許されないけど、PTSDなんて知らなかった」


 虎沢とつるんでいた長良と筑摩も同様に頭を下げた。虎沢が逮捕されたことで、事実上の共犯として扱われているのに、謝罪するためだけに出てきてくれたのだ。


 本当に良い度胸してるよ、あの学校の連中は。


 小夜子が同窓会と言っていたら、僕は逃げていただろう。


 それを見抜いていたからこそ、小夜子たちは同窓会とは言わず、祝勝会と言って僕を誘った。


「あの時はごめんね」


 歴代の担任たちも頭を下げた。


「気にするな。あんたらも教育制度の犠牲者だ」


 哀れみの目で見つめながらあっさり許した。学校でいじめをしていた人も、いじめ受けていた人も、皆等しく呪われた教育システムの犠牲者と言っていい。


「罪を憎んで人を憎まずだ。今日をもってみんなを許す」


 あれだけ厳しく教育した割に、それが理由で成功した人が1人もいないし、どこへ行っても義務教育を受けたとは思えない読解力の人ばかりだし、今は憎しみや怒りを通り越して哀れみや同情の気持ちすらある。頭の中が子供のまま、体だけ成長して社会に出たら、そりゃそうなるよねって話だ。


 正直、謝罪されるとは思ってもみなかった。虎沢は歴代いじめっ子の中で最も凶悪だった。日本人恐怖症発症に決定打を与えた張本人だ。あいつが今豚箱にいることを想像したら笑いが込み上げてきた。


「反省会は終わったみてえだな」


 今度は熊崎が話しかけてきた。


「ああ。みんな素直で何より」


 最初に会ったのは中学の時だが、小学校の時も同じ学校だった。中1の時は熊崎がムードメーカーで1番目立っていた。それもあって僕はあまりいじめを受けなかったが、何故かそのことは覚えていた。


「お前はホントに大した奴だよ。俺の周りでも、バリスタになりたいっていう人が増えてビックリだ。美濃羽たちから聞いたぜ。世間との戦いに勝ったんだってな」

「ああ。たとえ世間が相手だろうと、負けるわけにはいかなかったからな」


 熊崎は相変わらずのムードメーカーだった。僕が来るまでは熊崎が話の中心だったとか。


「そういえば、あず君が理不尽な校則を全部廃止しろって呟いてから生徒たちが一斉に動いてさ、俺たちが通ってた小中学校が来年度から地毛証明書を廃止して、髪形を自由にするってさ」

「それ本当か?」

「ああ、間違いねえ。ちゃんと裏は取れてるから安心しろって」

「そうか……やっと――通じた」

「あず君?」


 目から涙が流れていた。今までの地道な努力がようやく実ったんだと思うと、感動せずにはいられなかった。小夜子がハンカチで僕の涙を拭き取ってくれたところでようやく泣いていることに気づいた。ここんとこずっと泣いてばかりだな。小夜子に頭を撫でられていた僕はまるで子供みたいだ。中身は大幅に成長した実感があるけど、ようやくあの時から一歩前進した気がする。


 僕はこの時をもって、過去のいじめ加害者全員を許した。


 この瞬間、何だか重荷を下ろしたような感覚に襲われた。学校を追放されてからは常に心が濁ったままだったが、ここにきてようやく相手を許せる強さを持てるようになった。


 心が救われるって――こういうことを言うのかな。


 ずっと目には見えない重りを背負っていたことを自覚した。


 もう過去に縛られる必要はなくなったのだ。身内以外の日本人が相手でも、分け隔てなく自然な笑顔で話せるようになっていた。もはやあいつらに対して恐怖など微塵も感じなかった。


 僕は遂に……日本人恐怖症を克服したのだ。


 僕には家族に大勢のファンがいる。あの時は味方がいないように見えていたが、みんな口に出さなかっただけで、本当は迫害を望んではいなかった。この時の僕はアルコールを飲まなかったが、大体の元同級生はみんな酒に酔っていた。同窓会への出席を断った人もいて、ここに来なかった人はみんな引き籠りになったらしい。社会的地位で差をつけられていると、恥ずかしくて来にくいよな。


 思った通り、元同級生の一定数は同窓会に来るのが恥ずかしくなるほど自力で飯を食えない大人になっていた。社畜養成所にいると、就職以外の道が見えなくなるのだから当然か。


 同窓会は6時頃から既に始まっており、僕にばれないよう予め僕以外の全員が集合していたらしい。どうりで7時に来た時には全員集合していたわけだ。小夜子たちはみんなが来ることを僕に内緒にし、僕が来ることは他のみんなには内緒にしていたため、僕らは小夜子たち4人によって二重のサプライズを仕掛けられていた。小夜子たちの粋な計らいには感謝している。


 彼女たちが言っていた過去の清算だ。過去は歴史としてずっと残る。忘れることはない。


 だがもう気にする必要もなくなった。僕の過去は全て清算されたのだ。


 午後9時、同窓会がお開きとなった。


 しゃぶしゃぶ料理店から元同級生が次々と去っていく。


 半数以上が二次会へ行ったが、僕は小夜子たちと一緒に夜道を帰ることに。


「どう? すっきりした?」

「うん、どうにかな……ありがとう」

「私、あず君の活躍にずっと励まされていたから、せめてものお礼」

「助かった。お陰で過去を清算できた」


 小夜子たちによって始まった僕の過去の清算計画は、みんなの協力によって無事に成功した。


 静乃や真理愛も陰ながら協力してくれていた。何かを企んでいるかのような顔はこのためだったか。


「でもいいの? 全員分奢っちゃって」

「いいんだ。本当なら全財産を注ぎ込んでも足りないくらいだし、それくらいさせてくれ」

「あず君って年収どれくらいなの?」

「香織、そういうことは聞いちゃいけないんだよ」

「手取りだと、10億円くらいかな」

「「「「10億っ!」」」」


 4人が一斉に背中をのけ反らせた。リアクションに至っては完全に一致していた。


 でも何だか残念そうな顔だ。まっ、実際はもっと多いんだけどな。


「そりゃ涼しい顔で全員分奢れるわけだ」

「なんかもう雲の上の存在って感じ」

「僕は昔と変わらないぞ。みんなが僕を古き良き昔の姿を取り戻してくれたんだからさ」

「確かに昔に戻ったところもあるけど、あず君って、なんか昔より明るくなった気がする」

「それあたしも思ってた。自然に笑顔が出てるし、昔よりもずっと素敵」

「うんうん。大人の風格と王者の貫禄が両方共顔に滲み出てるって感じ」

「大袈裟だなー。まあでも、そういうことにしておく」


 交差点の横断歩道に辿り着いたところで全員と別れた。


 何だか……今までの苦労がようやく報われたと感じた日々だったな。


 帰宅後、このことを璃子たちに話した。璃子は安堵し、唯は歓喜した。怖いものは何もなくなった。


「すっかり完治したみたいだね」

「ああ、お陰様でな」


 数日後、僕は久しぶりに精神科に赴き、稲葉山先生に診てもらっていた。


 状態は至って良好。PTSDに罹る前に戻ったばかりか、長年目の上のたんこぶのようにつきまとっていたコミュ障まで克服していることに、稲葉山先生は驚きを隠せないでいた。


 コミュ障を克服できた詳細な理由は未だに分からないが、1つ確かなのは、僕が誰が相手でも堂々とした振る舞いができるようになっていたことだ。


「もう会うことはないんでしょうね」

「何言ってんの。先生の方から会いに来ればいいじゃん」

「葉月珈琲は日本人お断りじゃなかったの?」

「昔の話だ。今の僕には……もうあの看板は必要ない」

「ふふっ、そうだったね。PTSDが治ったなら、誰が来ても大丈夫そうだね」

「迷惑な奴はお断りだけどな」

「それはどこのお店でも同じでしょ」


 稲葉山先生が口に手を当て、クスッと笑った。


 後ろの窓越しに外を見ながら、彼女は再び口を開いた。


「きっと……数多くの試練が、あなたを育てたんでしょうね」

「数多くの試練ねぇ~」

「バリスタ競技会だけじゃなくて、挑戦する過程で色んな出会いと試行錯誤があったでしょ。それがあなたの精神を鍛え上げて、バリスタとしての立ち振る舞いに磨きが掛かったことで、苦手だった対人関係さえも克服してしまったんでしょうね」


 稲葉山先生が言うには、長所を徹底して伸ばし続けると、それに伴って短所までもが段々と底上げされていくんだとか。そういえば……マルチタスクもWBC(ダブリュービーシー)が終わってからは最低限のところまではできるようになったし、コーヒーの魅力をジャッジに伝えている内に、人と向き合うことに抵抗がなくなっていった。コーヒーは僕を飯を食える大人にしてくれたばかりか、短所まで直してくれていたが、指摘されるまで全く気づかなかった。


 次の目標が決まった。今後は僕に幸福をもたらしてくれたコーヒーに恩返しをしていこうと考えた。


 できることは全部やるし、可能な限り精力的に活動していこう。


 どんな形であれ、コーヒーの魅力を伝えられる仕事ならそれでいい。


「先生、僕、一生にわたってやりたいことが決まった」

「それは何?」

「それは――」


 僕が一生にわたってやりたいこと……それは……コーヒーに関わって生きていくことだ。


 世間に勝ったこの日からは、閉じていた世界が一気に広がった。


 こうして、僕による社会への細やかな復讐は、無事に幕を下ろしたのであった。

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読んでいただきありがとうございます。

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[一言] さすがに10億は盛り過ぎと思うけどなー。 ところで、これで終わり...じゃないよね?
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