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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
176/500

176杯目「世間への倍返し」

 11月上旬、嬉しいニュースが舞い込んでくる。


 璃子がワールドチョコレートマスターズで見事優勝を果たしたのだ。


 この大会で女性初の優勝という快挙を成し遂げた璃子は、数日ほど経過した後、スーツケースを引き摺りながら葉月珈琲へと戻ってくる。


 世界一のバリスタの妹は、いつの間にか世界一のショコラティエになっていたのだ。


「「「「「おめでとう!」」」」」


 璃子がドアベルを鳴らしながら入ってきたところに、容赦なくクラッカーの嵐が襲いかかる。


「うわっ! なになに!?」


 いつも僕がされていたことをやり返すのは楽しいもんだ。外国人観光客にも頼んでクラッカー役を手伝ってもらった。葉月珈琲の面々ばかりでなく、客とも思い出を共有することに。璃子の快挙は海外からも評価されており、璃子のチョコを目当てにうちへとやって来る観光客が続出する結果となった。


「さっすが璃子、本当によくやった」


 労うように言いながら璃子を抱きしめた。


「お兄ちゃん、恥ずかしいんだけど」


 璃子は顔を赤くしながら戸惑っている様子。周囲もそれを微笑ましそうに眺めている。璃子の後ろから優子が現れると、僕ら2人を見て安心の笑みを浮かべていた。


「優子さん、だから私の一歩後ろを歩いてたんですね」

「ふふっ、そのとーりー! 怪しいって思わなかったー?」

「ちょっと怪しいとは思いましたけど、趣味が悪いですよ」

「ひどーい、世界一になった途端強気になっちゃってー」

「そんなんじゃないですよ。ふざけてないで、さっさと店番やりますよ」


 璃子が淡々と言いながら仕事を始めようとする。


「璃子、優子、今日は休んでいいぞ。長旅で疲れてるだろ」

「別に疲れてないけど、いいの?」

「僕だって帰ってきた日は流石に休む。そもそも遠征自体が立派な過重労働なんだし、今日は仕事しなくていいぞ。それにもう営業終わるし」


 休んでいいに決まってんだろ。胸のボタンが外れていることに気づかないくらい疲れてんだからさ。


「流石は毎年遠征してるだけあって、旅の仕方を心得てるねー」

「今年は外国行ってないけどな」


 そんなこんなで、璃子が無事に帰還を果たした。優子はしばらく葉月珈琲でコーヒーを飲んでから帰宅する。璃子は外国人観光客から大会のことを聞かれている。


 ――今頃は親父もお袋も……鼻が高いだろうな。


 僕と璃子の優勝に陰ながら貢献してくれた優子の存在も大きい。優子は目立たずとも立役者の1人だってのに、全然有名にならないのは理不尽な気がする。コーチやサポーターもチャンピオンに匹敵するくらい評価されていい気がする。あくまで主役は参加者ということか。優子はそれでもいいと言っている顔にも見える。分野が違うとはいえ、葉月珈琲から2人も世界チャンピオンが輩出されたのは大きな宣伝効果になった。だが1つ問題が発生した。璃子のファンの多くを日本人が占めているという点だ。


 つまり、ますますうちに入れないことに不満を抱く人が増えたということだ。


「璃子、通信販売しているチョコだけど、優勝したチョコはどうする?」

「期間限定で販売してみようかなって思ってるけど」


 うちは法人化した時からコーヒーやチョコレートの通信販売を行っている。これなら顔を合わせずに売り上げを出すことができる。インターネットの恩恵をここでも受けられたのは大きい。


「それにしても、文科省から全然返事が来ないですね」


 過去の清算に一役買ってくれている真理愛が天井を見つめながら返事の心配をする。


「そりゃそうだ。学習指導要領の間違いを認めるってことは自分たちのしてきたことを否定するに等しい行為だ。璃子が優勝したことで、璃子のチョコを食べるためにうちに来たがる人は増えるだろうな」

「あの日から文科省に連日謝罪を要求するクレームが殺到しているみたいですよ」

「それほどうちに来たい人が多いんだろうな。計画は順調だ」

「この前中学に卒業アルバムを取りに行ったんですけど、その時先生から聞いた話によると、全国の小中学校にも、今の教育制度に対するクレームが殺到しているようです。先生は私にあず君の要求を取り下げるように言っていましたけど、教師も自分のことしか考えてないことがよく分かりました」

「聖職とは言っても、所詮は子供に時代遅れの知識を売ることしか能がない権力の犬だからな」


 伊織はこの時、教師も人間だと知ったようだ。伊織は僕の過去を知っている。奇しくも僕と同じ小中学校の後輩だ。伊織は担任に対し、何の代償も払わず、子供の個性を殺す教育を続けてきたことに対する報いであると断りの返事をしたらしい。図らずとも僕が教師たちにずっと言いたかったことを伊織が代弁してくれたのだ。彼女の言葉通り、あいつらは今、自分たちがしてきたことの報いを受けている。


 子供の適性も把握しようとしないで、個性を潰し、なれるはずもない普通を押しつけ、一方的に評価を下し、子供たちの心を蝕んできた数々の傲慢な行いに対する報いだっ!


 自分たちの身から出た錆だと思わないのか?


 小夜子たちがうちにやってくる。香織が言うには、かつての同級生の中で僕をいじめていた奴らが周囲の人たちから疎まれる現象が起きているんだとか。


 この4人は情報通だ。岐阜市内で起きたことはすぐ伝わる。


「悪いのはいじめっ子たちだけど、世間からいじめられるのって、なんか可哀想だなー」


 香織はそんな現象に対し、哀れみとも言える言葉を発していた。


 僕は自分が思っている以上に権威を持ってしまっていた。


「こうしてみると、いじめられたら成功して見返すのが1番の仕返しなのかもって思っちゃうよねー。ほとんどの場合はやり返せずに終わっちゃうから」

「それ分かる。あず君っていじめられても全然屈してなかったし」


 僕はただ、曲がったことが嫌いなだけだ。そこで折れてしまえば、それこそ自分が間違っていると認めることになる。だからどんなに否定されようとも、自分を曲げちゃいけない。


 特別悪いことをしているわけでもないのであれば、堂々と反発すればいい。小夜子たちの話を小耳に挟みながら食器を片づけ、雑巾でテーブルを拭く作業を続けていた。バリスタオリンピックチャンピオンでも雑用するんだと言われたこともあるが、バリスタの仕事って雑用全般だからな。


 客からは自分もいつかは僕のようなバリスタになって自分の店を持つと言う者もいた。


 だが僕は決まってこう言い返している。


 バリスタになるのはいいけど、店を持つとなると……相当な覚悟がいるぞ……。


 バリスタになるだけなら、大手チェーンのカフェにバイトで入ればいい。最初はマスターやら先輩社員やらが手取り足取り教えてくれるし、余程ブラックでもなければ、面倒なことは全部マスターがやってくれる。社会に出ている身であれば、毎日違う種類のコーヒー豆を買ってきて、休日に自分で焙煎したり、色んな抽出器具を使って淹れるくらいに留めておくのが無難だ。


 自分の店を持つとなれば、何から何まで全部自分でやらないといけないし、コーヒー豆の状態によって淹れ方を変えたりと工夫が必要になるし、利益を上げなければ倒産は必至だ。常に下りのエスカレーターを上っている気分になるし、何より継続力が求められる。


 自営業は全てが自己責任の世界だ。


 バリスタになることは止めないが、店を持つことを希望する人には覚悟を問うことにしているのだ。他の人からお勧めはできないと言われても突っ走るくらいの決断力がないと続かない。


 店の営業が終わると、夕食後に金華珈琲へと赴いた――。


 うちの実家の真向かいという魔境とも言える場所で営業を続けている。


「いらっしゃい。久しぶりだねー」

「ここんとこスケジュールが過密すぎた。でも今年やるべき仕事は全部終わった。エスプレッソ1つ」

「畏まりました。和人さんから聞いたよー。ずっと家に引き籠って、バリスタオリンピックの課題となるコーヒーを作っていたんだってねー。まあ何はともあれ、遅くなっちゃったけど、優勝おめでとう」

「おめでとうございます」

「おめでとう」

「ありがとう」

「……あず君……人と目を合わせながら会話できるようになってるじゃん」

「えっ?」


 僕がカウンター席に座るや否や、マスターが僕の変化を指摘する。一瞬戸惑ったが、ここにきてようやく最低限のコミュニケーションができていることに気づいた。


「別に大した変化はないと思うけど」

「僕はかなり変わったように見えるよ。以前よりも表情が堂々としてるし、自然に笑顔を振る舞えるようになってるし、バリスタとしての貫禄が出てきた」

「……そ、そうかな」


 店に入ってから席に座るまでの時間でここまで見抜かれるとは。マスターも隅に置けないなぁ~。


 バリスタオリンピックに優勝し、名実共に世界一のバリスタになったことで、自分の生き方に自信が持てるようになった影響であると僕は分析している。


「あず君って、もっとシャイな人だと思ってました」


 花音がエスプレッソを淹れながら嬉しそうな顔で言った。椿も花音の隣で喜んでいる。


「花音、ここのエプロンつけてるけど、もしかして……」

「はい。私、少し前からここで働くことになりました。あず君の活躍を見ている内に、私もバリスタになりたいって思うようになったんです」


 椿は大人のお姉さんとしての魅力が出てきたし、花音は以前より落ち着いている様子だ。


 2人共学生を卒業してから長い。成長したっていうよりは年相応になってきた感じだろうか。


「和人さんに加えて、糸井川君まで辞めちゃったからねー」

「あいつ今何してんの?」

「今は大手コーヒー会社に就職したんだって。しかも正規雇用でね」

「あぁ~」


 ゆっくりと首を上下させながら頷いた。


 もう辞めたことは知っていたが、まさか正規雇用に漕ぎつけていたとは。


 目の前に葉月ローストがある状態でありながら、客は奪われなかったらしい。この時間になっても数人の客がのんびりと飲んでいるのが証拠だ。


「アジア人初のバリスタオリンピックチャンピオンかー。あず君だったらいつかやってくれると思ってたけど、いつの間にか、世界一のバリスタになって、もうやり残したことがなくなってたりして」

「25歳にして目指すべきものがなくなっちゃったけど、すぐにまたやりたいことがたくさん出てきたからさ、これからは好き勝手に生きようと思う」

「元から好き勝手に生きてたじゃん」

「そりゃ自由だった部分もあるけどさ、結局、僕は1人じゃ生きられないって気づいたからさ」

「それは誰だってそうだよ。僕だって、お客様がいないと生きていけない」

「……」


 ふと、店の奥で談笑する椿と花音に目をやると、2人は楽しそうに注文された商品を次々と作り上げていく。椿はともかく、花音が自力で飯を作れるようになるとはな。


 今日は花音の成長が直に感じられた日だ。


「世間とはいつ決着をつけるのかな?」

「分からない。ていうか誰から聞いたの?」

「香織ちゃんから聞いたよ。世間と決着をつけたら、日本人規制法を解除するんだってね。香織ちゃんたちが色んな人たちに協力を呼びかけていたよ」


 また香織か。あいつの噂好きは、多分死ぬまで治らないんだろうな。


 今年やるべき仕事が全部終わったとは言っても、まだ僕には大きな課題が残っている。これをどうにかしない限り、僕は永久に世間の代行者たちを許すことができない。


「みんなが?」

「うん。でもあず君が明るいところを出すようになったのは、自信が持てるようになった以外にも理由があるんじゃないかな?」

「理由って?」

「子供の頃のあず君は、コーヒーを飲んでいる時だけ明るくて素直な子供だった。それがいつの間にか教育制度の影響で、笑顔を表に出せなくなっていったこととか」

「それもあるかもな」


 マスターが言いたいのは、この時から他人と堂々と接するようになった僕の性格が、実は教育制度によって抑圧されていた本性ではないかということだ。


 そこまで考えてはいなかったが、満更嘘とも言い切れないかもしれない。


 今の僕こそが、本当の自分の姿なのかも。


「あず君なら、きっと世間との戦いにも勝てるよ。今までだって並み居る強豪を倒してきたんだから」

「大会見てたの?」

「パソコンからずっとね。あず君がバリスタオリンピックに出ている時も店の営業そっちのけで、常連さんたちと一緒にパソコン画面を見ていたよ。優勝が決まった時は、町中が盛り上がってたんだよ」

「そこまでみんなを熱狂の渦に巻き込んでいたとはな」

「今や君の影響力は計り知れないほど大きなものになってる。その気になれば誰かを社会的に抹殺することだってできるんだから、くれぐれも悪用はしないようにね」

「大袈裟だなぁ。んなことするわけねえだろ」

「まっ、他人に無関心なあず君がそこまでやるとは思わないけど、念のためにね」


 マスターは牽制するかのように僕の実態を突きつけてくる。


 世間を屈服させるどころか、世間を手足のように扱うことさえできるような口ぶりだった。


 その後、意外な形で自らの影響力を思い知ることになる。世間と戦うために影響力を持とうと戦い続けていたというのに、まさかその影響力によって世間を味方につけてしまうとは思わなかった。


 ずっと何と戦っていたんだろうか。


 久しぶりの金華珈琲は楽しかった。


 11月中旬、ワールドチョコレートマスターズで優勝を決めた璃子のチョコが通信販売された。


 瞬く間に完売となってしまったばかりか、葉月商店街は璃子がワールドチョコレートマスターになったことで熱狂的なチョコブームとなっている。優勝トロフィーはカカオを乗せたリングを人が持ち上げている黄金のモデルが土台の上に乗っているものだった。まさかバリスタオリンピック優勝トロフィーの隣に置かれることになるとは、作った人も予想していなかっただろう。


「お兄ちゃん、昨日金華珈琲に行ったんだけど、みんな相変わらずだったよ」

「花音が金華珈琲に転職していたのは意外だけどな」

「マスターたちから優勝を祝ってもらったの。今度うちに来てくれるって言ってたよ」

「それなら大歓迎だ。みんな身内だからな」

「前々から思ってたけど、お兄ちゃんって、身内と身内以外を分けすぎじゃない?」

「えっ?」


 璃子の言うことはもっともだった。


 この人なら安心できると思える根拠があれば受け入れることができる。身内というだけでは根拠として弱いかもしれない。でもどこかに安心できる根拠がなければ受け入れられない自分がいるのだ。


「昔のお兄ちゃんは、身内でも身内以外でも分け隔てなく接してたよね」

「――そんな日もあったな」

「お兄ちゃんが学校に行かされてたのがおおよそ間違いだったのは分かるけど、これだけの影響力を持ちながら、みんなを拒否し続けるのはもう限界じゃないかな?」

「……」

「今やお兄ちゃんは世界一のバリスタだよ。もうお兄ちゃんを見下して貶めようとする人なんていないと思うし、仮にいたとしても、お客さんとして来てもらうだけなら全然問題ないと思うよ。自分に自信が持てるようになったなら、日本人規制法から卒業してもいいんじゃないかな?」

「……」


 何も言い返せなかった。元々は日本人恐怖症のため、そして世間と距離を置くために始まった日本人規制法だが、璃子の言う通り、自分に自信が持てるようになり、世間と距離を置く必要もない。インターネットの普及によって世界中に知り合いができたし、日本人ファンとも話す機会が増えた。


 もはや国境などなかった。日本人規制法は時代に合わないものになりつつあった。


 栄えるものあれば、滅びゆくものもある。


 数日後、虎沢グループが倒産を発表した。虎沢グループの社長、つまりナチ野郎の父親が半年ほど前に政治家から賄賂を受け取っていたことが発覚したのだ。しかも恒常的な長時間労働を社員たちに強いていたことで何人か過労死者が出ていたことも判明した。


 虎沢グループは一気に信用を失い、倒産に至った。


 その影響からか、岐阜市には大勢の失業者が溢れ返ることとなった。


 虎沢は大学卒業後、虎沢グループに就職するが、学生時代から続けていたいじめをやめられず、今年遂に暴行と傷害の罪で逮捕されるに至った。ていうかよくここまで捕まらずにいたな。


 様々な余罪まで発覚した。その中でも特に常軌を逸していたのが、鈴鹿の弟の件だ。


 鈴鹿の弟の人生を台無しにしたのは虎沢だった。あいつならやりかねないし、確か犯人が金持ちだったせいで揉み消されたと鈴鹿が話していたが、こいつのことだったか。


 暴行事件は虎沢の転校と警察に支払った多額の口止め料によって揉み消されていたが、当時の警察官だった人が事実を認め、ようやく発覚した。親が親なら子供も子供だ。虎沢の祖父が県警本部長であったこともあり、虎沢の罪を揉み消し続けていた。だが虎沢の祖父が引退したことで、今までの罪が明るみに出たのだ。3代に渡って悪事と隠蔽を繰り返してきた虎沢家も、ようやく年貢の納め時だな。


 いじめっ子たちも、学校も、警察も、これから一生にわたって罪を償うことになるだろう。


 ようやく今までの報いを受ける時が来た。ざまあみろってんだ。


「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてんの?」

「あのナチ野郎共がようやく捕まった」

「お兄ちゃんは知らないみたいだけど、虎沢一家逮捕のきっかけになったのは鈴鹿さんだよ」

「鈴鹿が?」


 噂をすれば何とやら、鈴鹿が葉月珈琲にやってくる。あの行列を耐え抜いたのか。


 流石は鈴鹿だ。お淑やかで上品なだけじゃない。耐え抜いた先の希望を見据える辛抱強さがある。


「随分と嬉しそうだね」

「ああ。癌のオペを受けて退院した患者の気分だ」

「ふふっ、何その例え」

「鈴鹿、弟の仇が捕まって何よりだな」

「ええ。さっき弟の墓に報告しに行ったの。仇は取ったよって」

「やっと成仏できるな」


 鈴鹿から色んな話を聞いた。虎沢の悪事を最初に告発したのは僕の元同級生だった。そのことが僕のファンたちに広まったのか、ファンたちがみんな一丸となり、虎沢の悪事の証拠を集め出したのだ。


 ファンたちは僕が以前虎沢を告発したこともあって本名と素行を知っていた。マイケルを通してワールドコーヒーイベントに書類選考事件の全容が伝わると、ワールドコーヒーイベントがジャパンスペシャルティコーヒー協会に厳重注意を行い、今後は権力がバリスタ競技会に立ち入ることを固く禁じた。


 そういった出来事が大々的に報じられたこともあり、あっという間に悪事の証拠や証言が大量に集まったのだ。流石の警察もいよいよ無視できない状況となり、ようやく関係者全員の逮捕に至った。


 ――みんな……僕のために……。


「あず君、涙出てるよ」

「えっ……」


 鈴鹿がハンカチで僕の目の周りを優しく拭いた。指摘されるまで全く気づかなかったけど、あいつらも捨てたもんじゃないな。僕が虎沢に胸ぐらを掴まれた時、あいつの会社を潰してやると言ったことを思い出した。まさか本当に潰れるとは思わなかった。


 僕が何もしなくても、あいつらはいつか捕まっていたかもしれない。だがその時には更に多くの犠牲者が出ていただろう。それを考えれば、僕は多くの犠牲者予備軍を救ったことになる。


 そう思っただけで、何だか気が楽になった。


「世間も捨てたもんじゃないでしょ?」

「……ああ。あいつらへの考えを改めないとな」

「あなたは宣言通り、どんな逆境にも負けない立派な男になったね」

「もしかして見てたの?」

「当たり前でしょ。英語で言っていたプレゼンもインタビューも、最後の言葉も……ね」

「全部お見通しかよ」


 ――怖っ! やっぱこの女怖っ!


 だが悪い女じゃない。弟想いの優しい姉だ。


 この人が恋人だったら、きっと献身的に支えてくれていたんだろう。


 鈴鹿は満足そうに僕が淹れたエスプレッソを飲み干し、のんびりと談笑してから帰宅した。


 一連の騒動で多くの失業者が出た。だがみんな本来であれば働いてはいけない犯罪企業で働いていたんだ。もし潰れなければ過労死したり、不正に手を染めたりして、腐敗する世の中の片棒を担がされるかもしれなかったのだ。どうか悪く思わないでくれ。


 数日後、僕が通わされていた小中学校両校から謝罪文が届いた。


 あの時の僕に対する教育は間違っていたと、学校側が公式に認めたのだ。


 僕は口角を上げ、飛び跳ねるほどに喜んだ。

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読んでいただきありがとうございます。

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