表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
172/500

172杯目「見透かされていた欠点」

 観客席に戻ると、そこでは璃子たちが暇そうにしながら待っていた。


 後は結果発表を待つだけだが、この時間が地味に嫌だと思う自分がいる。


 結果発表までの間はいなくならないよう会場に縛りつけられるし、最後の競技者が午後5時に終了するため、集計が終わり、結果発表が行われるのが午後6時だ。暇潰しに会場内を歩き回るか。


「唯、ちょっとつき合ってくれ」

「はい。どこを回るんですか?」

「色々だ。思った以上に拘束時間長いからな」

「ふふっ、やっぱりあず君は会社勤めに向いてませんね」

「移動したい時に移動できないし、必要以上に話しかけられるし、自営業の方が向いてるかもな」

「法人化しても、やってることは自営業ですもんね」

「……確かに」


 言われてみればそうだ。経営者と自営業の違いは法人化してるかどうかくらい。厳密に言えば頭がいくつもあるかどうかの違いもあるが、自分の信念がある人は起業していいと思う。


 ヴォルフやディアナの競技を見届けた後、しばらくは会場内の売店に赴いた。そこでも準決勝に進出した競技者の競技をスクリーンを通して見ることができる。ヴォルフはレパートリーポイントを4つの部門で稼いでいた。だがどれも競技の色を変えただけで、肝心なところが疎かになっている気がする。例えばブリュワーズ部門は抽出器具を変えただけでシグネチャーの食材も作業工程も変わっていない。


 抽出器具が変われば、油分や温度にも影響が出るためフレーバーも変わる。つまり変化に応じた食材を選ばなければならないのだが、それでも同じ食材を選んだ理由が知りたい。


 唯一変わっていないのがエスプレッソ部門だった。


 コーヒー豆を変えずに勝負をするということは、余程の自信があってのことだろう。


「あず君、どうしたんですか」

「ヴォルフの競技なんだけどさ、レパートリーポイントを狙いすぎるあまり、シグネチャーが疎かになってる気がするんだよなー」

「あず君は何でもお見通しですね。気になるんでしたら、一度調べてみたらどうです?」

「そうするか」


 ディアナは予選の時に比べると、レパートリーポイントを狙った部門は2つだ。


 どちらかと言えば、楽しみで競技をやっている感じがした。


「ディアナさん、まるで本当のお客さんのようにジャッジと接してますね」

「ああ、何だか昔を思い出すよ」


 ディアナの競技はホスピタリティ重視の内容だ。見ているこっちまでおもてなしされているような気分になる。ただ、彼女が作ったドリンクには工夫が足りない感じがした。飲んでないから詳しいところまで分からないが、もっと美味しくなるのにってコーヒーが僕に訴えかけてくるような気がしたのだ。


「あず君、どうだった?」


 美咲が僕に声をかけてくる。僕と唯の目の前には、振られ組四天王が勢揃いだ。


「何が?」

「競技だよ競技」

「最高の出来だった。僕にとっては」

「全部英語だったから、あんまり分からなかったけど、静乃ちゃんが一通り訳してくれたから、彼女のお陰で助かったよぉ~」

「そうそう、日本語訳でも難しい単語が多くて、全然分からなかったけどね」

「難しい単語って?」

「あず君がプレゼンの時に何回も言ってたマウスフィールとかタクタイルとかテクスチャーとかクレマとか、静乃ちゃんが説明してくれなかったら分からなかったよ」

「ググれよ」


 あまりの不手際に、ついツッコミを入れてしまった。


 そこまでさせるなんて、静乃が可哀想だ。僕の知らぬところで負担をかけてしまっていたとは。他の観客たちもこんな状態だったのだとすれば、翻訳する人にとってはとても負担の大きいプレゼンってことになるな。気になった僕は静乃がいるブースへと向かった。


「あっ、あず君お疲れ様。決勝進出、決まるといいね」


 静乃が何事もなかったかのように、ニコッと笑いながら競技を労った。


「無事に決まるといいけど、決勝に進めるのは15人中5人だ」

「あず君は5つの部門でレパートリーポイントを稼いでたね。他のバリスタたちは、多くても4つだったから、勝算はあると思うよ」


 静乃の親父、中津川社長が僕に話しかけてくる。バリスタらしい服装に誠実な応対をしながら客に丁寧な説明を繰り返していた。彼の抽出器具は順調に売れていた。ジェズヴェを除いては。


「お父さん、レパートリーポイントを稼ぐのって、そんなに難しいの?」

「一定の条件を満たせば、レパートリーポイントを稼ぐことはできる。ただそれを稼ぐために基礎スコアを落としていたら意味がない。エスプレッソならコーヒー豆の種類、ラテアート部門なら絵の種類、マリアージュ部門ならフードやスイーツの種類、ブリュワーズ部門なら抽出器具の種類、コーヒーカクテル部門ならアルコールの種類が違っていれば稼げるけど、準決勝は予選で使った1種類、決勝は予選と準決勝で使った2種類のどちらでもないコーヒーに仕上げないといけないし、これら全部で稼ごうとするなら、少なくとも30通りの方法と食材で作られたコーヒーを用意しないといけないわけだ」

「そんなにたくさんのコーヒーを考えないといけないなんて……パニックになっちゃうよ」

「自信のあるコーヒーであれば、何回使っても大きく足を引っ張ることはない。だからみんな全部は考えようとしない。1人を除いてはね」


 中津川社長はそう言いながら僕に視線を向けた。静乃もまた、共同注視をするように僕に視線を向けると、まさかと思って口をパックリと開けた。流石に静乃も気づいたらしい。


「も、もしかしてあず君……30通り全部やるつもり?」

「もちろん」


 真顔で答えた。周囲は呆気に取られた表情だ。


「彼の創造力は海外からも評価されているからね。本戦までに何通り作ったのかな?」

「5つの部門を全部合わせたら、200通りくらいかな」

「「「「「200通りっ!」」」」」


 またしても周囲が驚いた。素の状態で提供するコーヒーならともかく、1種類のシグネチャーを作るだけでも周囲からすれば骨が折れるらしいが、何万通りもある味や組み合わせを熟知してる僕にとっては造作もないことだ。コーヒーが喜ぶ味を組み合わせてやればいい。ただ混ぜるのではなく、コーヒーが持つ風味特性を壊さず、彼女の背中をそっと押してあげる感覚だ。美味いかどうかは彼女が教えてくれる。僕らバリスタは風味を手掛かりに最適なシグネチャーを作ることが求められている。


「その中から本戦に出しても恥ずかしくない30通りを厳選する。だからほとんどは不味いとはまではいかなくても、店に出せるくらいのコーヒーだ」

「それでもお店に出せるんだ。あはは」


 静乃は愛想笑いをしながら口を開けたままだ。


「あず君、もうあたしたちの手の届かない所まで……行っちゃったんだね」


 紗綾が何かを諦めたかのように、会場の天井に向かって呟いた。


「別にどこにも行ってねえだろ」

「「「「「!」」」」」

「僕は創造力では万人を凌駕する自信があるけど、総合力はかつての同級生よりも優れた何かを持つことはない。それに僕を見失うのが嫌なら、追いつけばいいじゃん」

「「「「「無理無理無理無理!」」」」」


 小夜子たちが一斉に首と手の平を横に振った。


 無理だと思ってるから無理なんだよ。


 歴戦の猛者だけが――できると信じた――。


「唯、僕とつき合うのが無理だって思ったことあるか?」

「最初は自信ありませんでしたよ。でもお父さんが言ってたんです。成功した人は自分ならできると思って事に臨んだと。だから私も……できると信じました。恋愛以外の分野は全部ズタボロでしたけど」

「そうでもねえぞ。ホスピタリティは僕より上だし、あんなに愛想良く振舞うなんて僕にはでき――」


 ――待てよ。何で僕……できないって思ってるんだ?


 あれだけ他人ができないと思い込むことを残念に思っていながら、自分ができないことには蓋をしたままじゃねえか。何やってんだよ僕。できないと思って目を背けてるのは……むしろ僕の方じゃねえか。


「――? あず君?」


 ボーッとしながら考え事をしている僕を唯が心配する。


「あー、いや、何でもない。心配かけて済まんな」


 唯を不安にさせまいと笑顔で答えた。


「……! あず君はやっぱり笑顔が1番素敵です」

「そ、そう?」

「競技中は笑わないもんねー。WBC(ダブリュービーシー)の時だってなんか作り笑顔だったもん」


 作り笑顔……だと……そうか、僕はあの時から、心の底から笑えなくなっていたんだ。


 自分ではできているつもりでも、他人から見た僕の笑顔なんて、作り笑顔にしか見えないんだ。


「そう見えたか」

「うん。動き自体はとてもスムーズでカッコ良いけど、なんか真剣勝負をしているみたいで、とても楽しそうに見えなかったから」

「そりゃーあず君はねー、負けたらそこで終わりの世界にずっとどぼ漬けだったし、常在戦場になっちゃうのも無理ないと思うよ」


 美咲と小夜子が外から見た僕を口々に語る。言いたい放題言いやがってと思わなくもないが、こればかりは真実の言葉のように受け止めている自分がいた。真剣勝負は承知の上。だが彼女たちの言葉が、今までうちに来てくれた客たちの本音を反映しているものだとしたら……。


 ジャッジを楽しませてはいても、観客までは楽しませていないんじゃないか?


 そんなことを考えていると、結果発表の時間がやってくる。


 午後6時、セミファイナリスト全員の競技が終了し、ここにいるバリスタたちに審判が下される時がやってきた。会場には世界中から集まったコーヒーファンでいっぱいだ。


 僕ら15人全員が会場中央にある台に乗っており、そこから少し先にある白い台にファイナリスト5人が乗ることになる。ここまで来たんだ。次こそは1位通過だっ!


「準決勝の集計が終わりました。後は発表するだけです。聞きたいでしょう」


 司会者が焦らしながらも会場中の笑いを誘う。頼むから早く発表してくれ。


 ただでさえこの時間は……僕にとって心臓に悪いんだからさー。


「では順不同でファイナリストを発表します」


 司会者がメモを受け取り、1人1人ファイナリストを発表していく――。


 マイケルの名前が呼ばれ、慣例のように両腕を高く上げ、ガッツポーズをしながら喜び、天を仰ぐような仕草をする。会場からはその度に惜しみない拍手が送られる。


 そして――。


「3人目のファイナリストは……日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 自分の名前が呼ばれると同時に天に向かってガッツポーズをする。僕が呼ばれた時が最も大きな拍手が沸いた。葉月珈琲の仲間たちばかりか穂岐山珈琲の連中まで抱き合い、燥ぎながら喜んでいる。もはや会社の差なんてなかった。まるで1つのチームのようだ。


 ――良しっ! これで世界トップクラスのバリスタだ。


 ここまで来るのにどれほど苦労したか……あれっ、でもあんまり嬉しくない。何故だ?


 何はともあれ、これで残りの枠は2人分だ。ということはヴォルフとディアナかな。


「4人目のファイナリストは……フランス代表、ナタリー・モンドンヴィル!」


 今度はフランス代表のナタリーか。茶髪で愛嬌があり、包み込むような優しさの溢れる彼女の競技からも類稀な才能を感じた。これでヴォルフとディアナの内、どちらかの脱落が確定した。


 ファイナリスト最後の枠に入れることをまだ選ばれていない人たち全員が肩を組み、顔を地面に向けながら祈っている。もはや誰が選ばれても不思議ではなかった。


「それでは最後のファイナリストの発表となります。泣いても笑ってもラストですよー。5人目のファイナリストは……ドイツ代表、モニカ・ヘルツォーゲンベルク!」


 会場が一斉に沸いた。これでファイナリスト全員が決定した。


 金髪にモデルのような体形で、ここまで生き残るほどの強さを持ち合わせたモニカだが、天真爛漫で競技を心の底から楽しんでいるように見えた。彼女が決勝にまで残るってことは、バリスタとしての腕だけじゃない。どれだけ観客を魅了しているかも問われているのではないかと勘繰ってしまう。


 僕ら5人はハイタッチを交わし、生き残れた嬉しさを分かち合った。


 身長的に僕だけ子供っぽく見えるが、この時はそんなことを気にする余裕などなかった。


 日本、アメリカ、フランス、ドイツ、スイス、今までにない組み合わせだ。強豪とされてきた北欧勢やオセアニア勢は1人も決勝に残らなかった。しかも優勝候補の1人と目されていたヴォルフ、オランダ期待の星であったディアナの2人が脱落するという大波乱が起きた。


 ふと、僕はスクリーンに映っているスコアボードを見る――。


 1位 マイケル・フェリックス アメリカ 931.5

 2位 クリスティアン・ヴェステルダール スイス 923.9

 3位 ナタリー・モンドンヴィル フランス 919.0

 4位 葉月梓 日本 918.8

 5位 モニカ・ヘルツォーゲンベルク ドイツ 914.9


 マジかよっ!? 1位から5位までほとんど差がねえじゃねえか!


 ここまできたらもう創造力や技術力じゃない。正真正銘の総合力勝負だ。勝つためにあらゆる手段を尽くした者が勝つ。僕にはそれが直感ですぐに分かった。恐らくみんな考えるところは同じはず。


 ヴォルフは最終6位、ディアナは最終8位だった。


 結果発表が終わると同時に観客が去っていく。僕らは翌日の競技順を決めるべく、くじ引きをしてからホテルへ戻ろうとするが、またしても美羽たちに連れられ、穂岐山珈琲のオフィスビルへと赴いた。


 僕らはそこで決勝進出祝い、またしても夕食を取ることに。連日豪華料理が用意されているが、予算は大丈夫だろうか。まあでも、ここまでできるってことは余裕があるんだろう。


「あず君、決勝進出おめでとうございます」

「ありがとう。みんなのお陰だ」


 甘えるように唯の体に抱きついた。唯は顔を赤らめ、美咲たちは顰めっ面だ。葉月珈琲の仲間たちはそんなことはお構いなしに僕に抱きついてくる。いつからこんな自由すぎる連中になったのだろうか。


 何人かが席に座り、夕食が始まった。決まったメニューはなくバイキング形式だ。


 最初に僕が料理を一通り取ると、席に着いてからすぐに食べた。


「あず君、みんな揃うまで待たないと駄目ですよ」

「やだよ。飯が冷める」


 結城が食べる手を止めようとするが、僕は構わず飯を食べ続ける。昨日は松野のサポーターとして彼につきっきりであったため、すぐに食べる僕が死角になっていたが、今日は僕の真正面の席だ。


「結城、こいつは教科書通りにやるような奴じゃない」

「そうそう、あず君はこういう人だから」

「……は、はあ」


 松野と美羽が僕の扱いに慣れたかのように擁護する。結城は固定観念に囚われている。このままこいつに育成部を任せるのは些か疑問だが、他社のことを気にしてもしょうがない。


 でも……こいつらと一緒に集まって過ごすのも、この期間で最後なんだな。


「アジア人初のファイナリストか。いやー、あず君はどこまで伸びるか分からないねー」

「あず君はどこまでも伸びていくと思うよ。本当に面白い子」


 葉月珈琲と穂岐山珈琲の交流は続く。美月も連れてくればよかった。


 葉月ロースト所属のために来れないのが残念だ。ただ、気になるのは今日の競技結果だ。今度こそ1位通過って思っていたが、次は1位以外はまず許されない。中途半端な順位で通過した原因を突き止めなければ、次も中途半端な順位でフィニッシュすることになる。


 となれば原因はやはり――。


「あず君、浮かない顔ですね」


 唯が困り顔で隣から囁くように声をかけてくる。


「競技の後でさ、小夜子たちに言われて気づいた。僕は目の前のジャッジに最高のコーヒーを提供することばっかり考えてて、観客のことは全然考えてなかったと思ってさ。あいつらには僕が真剣勝負をするために来ているように見えていたというか、楽しそうには見えなかったらしい」

「あず君にとって、お客さんはどういう存在なんですか?」

「僕にとっての客か――」


 ふと、僕は天井を見上げ、客との向き合い方を思い返した――。


 自営業時代の僕にとって、客は貴重な存在だった。


 客が来る度に喜びながら接していた。でも今の僕はどうだ?


 どちらかと言えば、うちは客よりもスタッフに重きを置いている。他の人はともかくとして、僕はいつもぶっきらぼうだし、本当におもてなしができているのだろうか。


 ディアナはジャッジとしっかりと目を合わせ、誰にでも分かる言葉で丁寧に説明をしていた。僕とはまるで正反対だ。僕は専門用語ばかりで、分かる人が分かってくれていればそれでいいと思っていた。バリスタ競技会の代表格がジャッジを行っているわけだし、流石に僕の言葉くらいは分かると思うが、ジャッジ以外の人はどうだろうか。コーヒー用語を当たり前のように使いこなしてはいるが、時々観客席で何を言ってるのかさっぱり分からないような首の傾げ方をする人もいた。


「唯」

「はい」

「ずっと大事なことを忘れてた気がする」

「大事なこと……ですか?」

「ああ、ずっと気になっていたことがあってな。おじいちゃんと最後の会話をした時、技術は一流だけど心構えは三流って言われた」

「あず君は心構えも一流だと思いますよ」

「おじいちゃんは一流のバリスタだった。けどそれ以上に優れていたのは人を見る目だ。おじいちゃんが見抜けなかったはずがない。何で僕を心構えが三流と言っていたのか、今分かった気がする」


 僕はずっと人と向き合うことを恐れていた。勝手に人を恐れて、みんな下手をすれば自分を攻撃してくる存在だと心の片隅で思っていた。身内以外の人と接する時はいつも淡々としている。


 PTSDの影響なのか、日本人ばかりか、外国人に対しても心を閉ざしてしまっていた。


 その姿勢は恐らく彼らにも伝わっている。彼らは正面からぶつかってくれているのに、僕はいつも牽制球を投げるような接し方をしてしまっていた。僕が用意したコーヒーは紛れもなく世界最高峰のスペシャルティコーヒーだ。ここには非の打ち所がない。


 つまり、僕が1位を取れなかったのは、僕自身の問題ということになる。


 夕食後、唯と一緒に自室のバスルーム入った。


 今日ずっと思っていたことを包み隠さず吐き出した。


「理由が分かって良かったじゃないですか」

「ああ、小夜子たちのファインプレーだ。できないと勝手に思い込んでたのは僕の方だ。唯、僕もさ、人と向き合おうと思ったら、できるかな?」


 唯に尋ねると、彼女はクスッと笑いながら口を開いた。


「今までだって……不可能とされていたことを可能にしてきたじゃないですか」


 唯は僕の手を取り、小さく柔らかい両手で強く握った。


「あず君ならできます。美味しいコーヒーを淹れるコツは、彼女に歩み寄るように気持ちを込めることだと言ってたじゃないですか。それと同じように、ジャッジや観客の皆さんにも、コーヒーと会話をするように接してみたらどうですか?」


 ――そうか、僕はコーヒーとなら安心して語り合える。唯はそのことを知っていた。


 好きという感覚を保ちながら人と接すれば、唯や伊織のような接客ができるかもしれない。


 コーヒーが好きで好きでたまらない気持ちを前面に押し出していけば、きっと価値観が真反対の人間が相手であっても伝わるかもしれない。いや、伝えるんだ。


「やってみる。明日は本当の自分を前面に出して、いかにコーヒーと向き合ってきたかを伝える」

「その意気ですよ」


 唯と口づけを交わした。唯は心のどこかで不安に満ちていた僕をそっと優しく包み込んでくれた。


 そのお陰なのか、僕の中から一切の不安が消えた。できると思えばできる。


 だったら、とことん自分はできると信じて、全力でやってやろうじゃねえか。


 好奇心を剥き出しにしながら床に就き、万全の状態で決勝の舞台に望みを託すのだった。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ