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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
170/500

170杯目「明暗を分けた予選」

 今大会優勝候補全員の競技が終わった。


 会場もそれを察してか、さっきよりも静まり返っている様子だ。


 中には目当てのバリスタの競技が終わってから帰っていく人もちらほら見かけた。彼の後で競技を行うバリスタにとっては屈辱であり、気楽でもある。


「結果発表って8時からでしたっけ?」

「ああ。それまでは最後のリハーサルだ。準決勝進出を信じてな」

「そうですね」

「参加者は7時までに全員集合だそうです」

「分かった」


 最後のリハーサルが続いた。穂岐山珈琲には本当に世話になった。ここのオフィスビルでのリハーサルも今日が最後か。松野も僕に負けじとリハーサルを続けている。


 寝食を忘れ、ずっと競技のリハーサルをしている内に体がパターンを身につけていく。


 ステージは毎回作り変えることができる。ほとんどのバリスタはステージを変えないが、僕はテーマに沿ったステージ作りを考えていた。予選と同様、大きめの紙にコンパスや定規を使って書いた設計図を璃子たちに見せた。まるでカフェの設計をしているかのようだ。


「お兄ちゃんってステージ作りにも凝ってるんだね」

「できることは全部やる。実力が一緒だったら、ステージの創意工夫で勝負が決まるくらいのつもりでやってる。世界最高峰の舞台に立つんだから、これくらいはしないとな」


 部屋の奥にいた松野たちが僕らの様子を見に来ると、うちの連中が松野たちに会釈をする。


「お前、そこまでやってたのか!?」


 松野がステージの設計図に驚き背中をのけ反らせる。


 こいつも例外なくやってなかったか。マイケルの競技を見た時に気づかなかったのかよ。確実にセンサリージャッジに癒しを与えるような設計だったのに。


 マイケルは周囲の照明を暗くするように指示し、少し薄めのライトをステージ内に取りつけ、仕事帰りに夜景を楽しみながらコーヒーを飲み、のんびり過ごすことを意識した設計だった。


 ステージや会場にある照明を操作することもルールで認められている。


 あれもまた、ホスピタリティに溢れる演出だった。


 ステージの設計そのものはスコアに関係ないが、より自分を伝えやすくする意味では重要な項目とも言える。全く同じコーヒーであっても、雰囲気によって味わいの印象が変わる。


「むしろ何故やらないのか、そっちの方が謎だ。コーヒーの味を構成するのは、何もコーヒーばかりじゃないんだぞ。店に来た人が目にするであろう空間のイメージも大事だ。そういう意味じゃ、コーヒーは五感を使って飲むものだと思ってる」

「そこまで考えてなかったな。ずっと課題のことばっかり考えてたけど、お前は違ってたんだな」

「やっぱり1番になる人は、考えることが違うね」

「どっちの味方だよ?」

「どっちもだよ。ふふっ」


 美羽が松野をからかうように笑った。ここにきて彼女も松野の扱いに慣れてきたらしい。もうすぐ別れが迫ってくる。美羽も松野もいなくなった後の穂岐山珈琲はどうなってしまうのだろうか。


「あず君、ちょっといいかな?」

「別にいいけど」


 穂岐山社長が珍しく僕を呼び出した。


 人気のない廊下まで来ると、何やら深刻そうな顔で窓の外のビル群を見つめながら僕に呟いた。


「美羽がうちを辞めることになった」

「知ってる。美羽から聞いた」

「美羽が君のいとこと新しい事業を始めたいと言ってるから、是非とも支援をしようと思って――」

「いつまで子供扱いする気だよ?」

「……えっ?」

「美羽はもう立派な大人だ。僕も子持ちだからさ、子供が心配になるのも分からなくはないし、恐らく最初はうまくいかないと思う」

「だったら――」

「僕なら干渉しない。助けてやることも大事だけど、それ以上にまず子供を信じて見守ってやること、それこそあんたがまずすべきことじゃないかな?」


 穂岐山社長の目を見つめながら言った。いつまでも子供扱いして、目の前の石ころを取り払う子育てをするから大人になれないのだ。失敗から学ぶことも大人になるために必要だ。美羽がやりたいことを言えなかったのは、親が用意した一本道で生きてきたからだ。常に安全なルートを用意されていれば、子供は何も考えず歩くだけでいいのだから、そりゃ自分の将来なんて考えられない人間にもなるわな。


 執拗に僕を求めてきたのも、挫折経験がなかったが故に、挫折を受け入れられるだけの器を育ててもらえなかったからだ。彼女には挫折に耐えるだけの辛抱強さがなかったが、失恋を経験したことで失敗から学ぶことを覚えた。芽を摘ませないようにするためにも、あえて余計な支援をするべきではない。


 まずは子供を信じて任せることだ。大人の出る幕はない。


「でもうまくいかないのを分かってて見逃すのも、余計な回り道だと思うけどねー」

「そうでもないぞ。僕はこの方法では駄目だという発見を何度も繰り返した。だからやって良いことと悪いことが手に取るように分かるようになった。無駄な回り道だと思ってしていたことが、実は案外成長の近道だったりすることもある」

「失敗して立ち直れなくなったら?」

「そうならないように、小さい内から何度も失敗から学ぶことを教えて、めげない人間にしてあげないといけない。すぐにへし折れる人間になった時点で子育て失敗だ。でも今の美羽なら大丈夫だ。だからまずは見守ってやってくれ」

「……」


 再び部屋へと戻った。穂岐山社長は棒のように廊下に立ち尽くしていた。


 もうあんたの役割は終わったんだよ。今までの子育てがようやく報われる時が来たんだ。もっと喜んでもいいはずだが、穂岐山社長はどこか寂しそうな表情だった。


 まるで巣立っていく小鳥を心配する親鳥のように。


 美羽が親離れできないんじゃなく、穂岐山社長が子離れできてなかっただけなのかもな。これからは美羽が美羽らしく生きていけるんだ。何をするかは皆目見当もつかないけど。確かバリスタの学校を始めるって言ってたけど、今だったらトップバリスタになる方法なんて、インターネットで全部調べられるし、学校なんていらない。実戦経験を重視するにしても、家でやればいい話だ。


「あず君、お父さんと何話してたの?」

「大したことじゃねえよ。ただ、君を見守ってやるように言っただけ」

「気づいてたんだ」

「自由にしていいって言いながら、自分の敷いたレールに乗せようとする親って結構多いからさ、呪縛から解き放ってやったんだよ……!」


 美羽が僕の後ろから抱きついてくる。


 あのー、でかいのが当たってるんだが。


「あたし……あず君を好きになって良かった」


 美羽が僕の耳元でそっと囁いた。本来は美羽の課題だ。穂岐山社長からしてみれば、美羽も松野もいなくなるのがたまらないんだろうが、それを見届けてこそ親ってもんだ。松野もバリスタオリンピックが終わったら育成部を辞めるんだし、ここは全力で背中を押してやるっきゃない。


 松野が辞めようとした理由は新陳代謝のためらしい。さっき松野が他の人との会話をしているのが聞こえていた。ずっと前から育成部のメンバーが変わらないままであることを彼は気にかけていた。


 ずっとやり続けるのも人生、見切りをつけるのも人生だ。


 独立したらバリスタトレーナーを始めるみたいだが、一体どんな会社になることやら。この大会が終わった後でバリスタを目指す人がいれば、あいつが一気に忙しくなること間違いなしだな。


「あず君、松野さん本気みたいですよ」


 伊織が慌てた様子で話しかけてくる。松野のことを聞いたらしい。


「本気なのはみんな同じだ。世の中にはな、退路を断たないと本気を出せない奴もいるんだ。僕はその必要がないからやってないってだけ」

「でも、あんなことができるって凄いと思います。男の覚悟ですね」

「男ってだけで無茶をさせられる側の身にもなってほしいな。今は女も覚悟を求められる時代だ。良くも悪くも自分で稼がないと生きていけない時代に、結婚して男に養ってもらう前提の教育なんてするから貧困に苦しむ女が増えるんだよ。莉奈を見ていれば、女も覚悟が必要だってことが分かるだろ?」

「……そうですね」


 伊織がタジタジの表情になってしまった。彼女も知ってしまった。僕がジェンダーの話には人一倍うるさいということに。彼女もうちに入った以上はトップバリスタになる覚悟をしてもらわないとな。


 午後8時、僕らは再び会場に赴いていた。


 この時には今大会の予選が全て終了し、スコアの集計も終わったようだった。辺りは暗くなり、数多くのビルからは蛍光灯の明かりが漏れ出ており、夜の東京を明るく照らしていた。会場には各国の国旗を持った観客が数多く集まっており、それが結果発表をより一層彩る形となっていた。


「いつもより人が多いですね」

「そりゃそうだ。ここで準決勝進出が決まるからな。そろそろ行ってくる」

「はい。あず君の準決勝進出を祈ってます」

「ああ、ありがとな」


 伊織が葉月珈琲のサポーターを代表するかのように僕を見送ってくれた。世界各国のバリスタ100人が集められ、司会者が次々とそれぞれの名前と国名を発表していく。全員がステージの中央に立ち、その周辺を観客が囲む形となっている。ステージ中央のすぐ近くには白を基調とした台があり、司会者が準決勝進出者のみがこの台に上がることを全員に伝えた。


「この100人いるバリスタの中から準決勝に進出できるのは、残念なことに、たったの15名です。これからスコアの上位10人の発表しますが、順位については後でスクリーンにて発表します。まずは順不同でセミファイナリストを発表したいと思います」


 司会者の演出によって会場が盛り上がっていく中、バリスタたちの間には緊張が走る。誰が選ばれても不思議ではない。発表の時間が近づく毎に心臓の鼓動が段々と早くなっていく。


 この胸の高鳴りはドキドキしているからではない。ワクワクしているからだ。


 司会者が次々と準決勝進出が決定したバリスタを発表していく――。


 マイケル、ヴォルフといった優勝候補の名前が司会者の口から出た。呼ばれたバリスタは白いステージに上り、横並びに並んでいく。この時点でバリスタが9人呼ばれた。アジア人代表は1人もいない。


 嫌な予感が過る。またなのか……またアジア勢は……全員予選で敗退してしまうのか?


 心が折れかけ、諦めかけた時だった――。


「10人目のセミファイナリストは……」


 司会者が黙ると同時に、会場中がシーンと静まり返った。


「日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 僕の名前が発表された瞬間、歓声がドッと沸いた。


「良しっ!」

「おめでとう」

「君ならやれると思ってたよ」

「ありがとう。みんなの分も頑張るよ」


 他の国の代表たちに励ましの言葉を贈られると、真後ろのバリスタに背中を押され、気づくと同時に真後ろのバリスタが白いステージを指差した。早く行けよと言いたいのが分かると、のっそりと白い台に上り、他のセミファイナリストたちとハイタッチをしながら喜びを分かち合い、1番端に立った。


「この10人が予選の通過者です。次にワイルドカードによる通過者の発表です。5つのチームの内、平均スコアが最も高いチームの中から現時点での通過者を除くスコア上位5人が準決勝進出です」


 今度はワイルドカードか。松野が進出すれば、日本代表は2人揃って準決勝進出決定だ。


 みんなが祈りを捧げるように下を向き、目を瞑った。


 うちのスタッフは既に安堵の表情のまま喜びを露わにしているが、穂岐山珈琲の連中は期待と焦りが入り混じっている様子だ。無宗教なのに祈りを捧げる姿が実に滑稽だ。僕も人のことは言えないけど。


 ワイルドカードによって首の皮1枚で繋がったセミファイナリストが順不同で発表されていく。


 1人、また1人と名前が発表されていくが、まだ松野の名前は挙がらなかった。


 最後の1人が発表される時がやってくる。


 ここで呼ばれなければ、松野の予選敗退が決定する。


「5人目のワイルドカードは……オランダ代表、ディアナ・キールストラだぁー!」


 最後のセミファイナリストが発表され、歓声と拍手が沸いた。


 ディアナが嬉しそうな表情を浮かべながら両腕でガッツポーズを決めると、白いステージの上に登ってくると真っ先に僕に抱きつく。他のバリスタともハイタッチを交わしていた。


 この瞬間、松野のバリスタオリンピックが終わった――。


 彼は茫然としたまま、生気が抜けきったような顔を斜め下に向け、立ち尽くしている。現実を受け入れられない様子だ。穂岐山珈琲の連中もまた、遠くからでも分かるくらいに酷く落ち込んでいる。


「明日はこの15人で競技を行います。競技の順番をくじ引きで決めますので、セミファイナリストの方々はそのままお待ちください。皆様、本日はこの結果発表に足を運んでいただき、ありがとうございました。セミファイナリストになれなかった方々もこの日を糧に次の目標へ向けて頑張ってください」


 司会者が慰めの言葉を言いながら結果発表の終わりを告げると、会場中が一斉に帰宅をし始めた。


 松野はまだこの場に残り気分が沈んでいる。


 穂岐山珈琲の面々が来たところでようやく我に返り、オフィスビルへと戻っていく。


「アズサ、アジア人初の準決勝進出だな。おめでとう」

「ありがとう。ディアナも進出できて良かったな」

「ああ、本当に嬉しいよ。あー、そうそう。彼女はアイルランド代表のアリス。彼女は私の友人でな、何度も情報交換をしてる仲だ」

「私たち知り合いなの。アズサとはダブリンで一度会ってる」

「知り合いか。顔が広いんだな」

「アズサ、準決勝進出おめでとう」

「ありがとう」


 アリスは予選落ちだったが、予選落ちとは思えないほど堂々とした振る舞いだった。松野も少しは見習えっての。可愛らしい金髪を靡かせながら、ディアナとじゃれ合うように楽しく会話をしていた。


「私は予選落ちだったけど、2人共私の分も頑張ってね」

「ああ、任せてくれ」

「心配すんな」

「アズサだったら、アジア人初のファイナリストも狙えるかもね」

「僕は優勝しか見てないぞ」

「自信家だね。でも……今のままじゃ厳しいかも」


 アリスが真顔のまま言った。彼女が厳しいと言ったのも無理はなかった。


 ふと、僕はスクリーンに映っているスコアボードを見る――。


 1位 マイケル・フェリックス アメリカ 922.3

 2位 ナタリー・モンドンヴィル フランス 913.5

 3位 ヴォルフ・ラーゲルクランツ スウェーデン 904.0

 4位 グウィリム・エヴァンズ イギリス 899.1

 5位 サシャ・エアルドレッド オーストラリア 896.9

 6位 モニカ・ヘルツォーゲンベルク ドイツ 885.6

 7位 サミー・ディーン カナダ 877.0

 8位 葉月梓 日本 876.4

 9位 ジョン・アーロン ニュージーランド 865.7

 10位 アグネシュカ・ラングロヴァー ポーランド 860.7


 ワイルドカードには、僕のいたチームラテアートから上位5人が残った。


 13位 ディアナ・キールストラ オランダ 845.7

 16位 テレンツィオ・アイローラ イタリア 821.1

 20位 クリスティアン・ヴェステルダール スイス 792.8

 24位 ロザーリア・クリシュトフォヴァー チェコ 763.2

 25位 ヤンネ・ラーゲルクヴィスト ノルウェー 754.0


 おいおい、アジア人どころか有色人種も僕1人かよ。


 何だか寂しいな。松野はチームラテアートで最終26位。ワイルドカードによる準決勝進出まであと一歩だった。前回より順位こそ上がったが、バリスタオリンピックの壁は厚かった。


 明日はこの15人で準決勝を行い、上位5人が決勝進出だ。


 僕ら15人はくじ引きを行い、ようやく会場から解放された。


「あず君凄いじゃない! アジア人初のセミファイナリストじゃん!」


 夕食を食べていると、隣から美羽に声をかけられた。


 早く帰りたかったが、美羽に穂岐山珈琲のオフィスビルに連れ込まれ、僕の予選突破祝いにみんなで食堂に集まり、夕食を食べることになったのだ。


 ――どうしてこうなった。


「明日はもっと凄いよ」

「あず君、おめでとうございます」

「みんなのお陰だ」


 成功者たちが……何故口を揃えてみんなのお陰と口にするのか、ようやく分かった気がする。


 松野は今日の出来事を忘れたいのかやけ食いをしており、周囲にいた社員たちは彼に同情の念を寄せている。明日はあんたの分も頑張ってくるよ。僕は下も見ず、屍を越えていく。


「憧れちゃうなぁ~」

「もう辞める奴が言う台詞じゃねえだろ」

「そりゃそうだけど、バリスタは辞めないよ」

「えっ、穂岐山さん辞めるんですか?」


 周囲に衝撃が走った。どうやらまだ、美羽が辞めることをみんな知らなかったらしい。


「……うん。あたし、今年限りで穂岐山珈琲を退社することになったの」

「ええっ!? どうしてですか?」

「本当にやりたいことを見つけたから。お父さんにはもう伝えてあるの。もっと後で言うつもりだったんだけど、黙っててごめんね」

「寂しくなりますね。松野さんもいなくなるのに」


 結城がシュンと落ち込み、食べる手が止まった。俊だけに。松野が辞めることは周知の事実だった。


 バリスタオリンピックで優勝できなかったら辞めると言ったな。約束はちゃんと守ってもらうぞ。


「でもこのままじゃまずいですよ。2人共穂岐山珈琲を代表するバリスタなのに」

「結城、これからは君が穂岐山珈琲育成部を背負っていけ」

「急にそう言われても困りますよ。あず君も何とか言ってくださいよ」

「良かったじゃねえか。むしろライバルがいなくなった今がチャンスだろ」

「松野さんと穂岐山さんがいなくなったら、今後10年は穂岐山珈琲からはチャンピオンが出てきそうにないですよ。一体どうすればいいのやら」

「君がそう思うなら、そうなんだろうな」


 結城は完全に弱気になっていた。美羽と松野がいなくなれば、実績のある人は結城のみ。


 その君がこれからの育成部を引っ張っていかないでどうする。


 今後10年はチャンピオンが出てきそうにないか。今の穂岐山珈琲のやり方だと、本当にそうなってしまいかねない。チャンピオンを毎年のように出したいなら、まずは教育改革から始めないとな。


 大学卒業してから雇うのが遅すぎるんだよなー。この国の場合だと、高校や大学を出る頃には好奇心も創造性も老人化してしまう。だから松野のように、あと一歩のところで諦める者が続出するわけだ。松野も次に出れば優勝争いに漕ぎつけられるとは思うが、あの顔はやる気が死んでいる。


「2人の夢は応援するけど、いやー、悩ましいねー」

「あず君、どうすれば穂岐山珈琲から世界チャンピオンが出ると思いますか?」


 僕の隣から伊織が質問をすると、周囲の視線が一斉に僕に向いた。


「遅くても10代前半の内から、やる気と才能を持ち合わせた人を厳選して、毎日コーヒーを淹れて提供する訓練を積ませるしかないと思うぞ」

「小中学生を働かせるんですか?」

「働かせるんじゃなくて修行すんの。どうせ大人になったら働く側になるんだし、将来使わないような知識ばっかり書いてる教科書と睨めっこをするよりはずっと生産的だと思うぞ。バリスタのほとんどは20代になってからようやく訓練をし始めるような人ばっかりだから、10代の内に修行を積ませておくだけで、かなりの差をつけることができる」

「あず君が言うと説得力ありますけど、どうやってその才能の卵を見つけるんですか?」


 僕の方針に周囲は懐疑的だ。それは彼らが子供を学校に行かせなければならないと思い込まされているからだ。まずはそのマインドをどうにかしない限り、こいつらに勝ち目はない。子供は必ず面白いと思うものを見つけて没頭する。それを邪魔しないでやるのが、1番子供が伸びる方法なのだ。


「簡単だ。募集すればいい。不登校になることを条件にやる気のある子供を店で修業させる。バリスタには創造性と好奇心が必要不可欠だ。学校なんて行ったら両方共摘み取られるぞ。本気で世界チャンピオンを輩出したいんだったら、せめてそれくらいはしないと、10年後どころか100年後も無理だ」

「「「「「……」」」」」


 また周囲を黙らせてしまった。どうやらみんなの思考は時代より30年遅れているようだ。


 僕の言い分は時代相応だ。僕が進んでいるんじゃない。みんなが遅れているのだ。なのにみんなは多数派の原理を盾に、僕をズレた人扱いしてきた。そんなことを考えながら早く夕食を終わらせ、ホテルへと戻った。ここの連中が何故成功できないのかが段々分かってきた。


 明日は準決勝だ。すぐに寝ないと万全のコンディションで臨めなくなる。


 この胸の高鳴り、早くこの想いを表現したくてたまらない。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

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