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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
167/500

167杯目「無難への違和感」

 僕の競技が終わり、司会者によるインタビューが始まった。


 聞かれたのは他のバリスタ競技会と同じく、どんなコーヒー豆を使い、どんな創意工夫を施したか。聞かれたことに答えるだけの作業だが、これがなかなか難しい。


 すぐそばで僕の競技を見守っていた唯が片づけを始めていた。その間にもインタビューは続き、最後に司会者が人の腕より少し太いくらいの穴が開いたダンボール箱を持ってくる。


 中には全部で5色のボールが入っている。


「さあ、ここからボールを1つ引いてくれ」


 司会者に言われるまま引いたのは赤色のボールだった。


「アズサが引いたのは赤色のボールです。ということはチームラテアートです」


 最後の1人が終わるまでチーム分けをして、最後に平均得点の高いチーム内から総合上位10人に入った人を除くチーム内のスコア上位5人が選ばれるわけだが、僕は一体誰と同じチームなんだろうかと考えながら会場を後にし、穂岐山珈琲のオフィスビルへと戻った。


「あず君凄いじゃん。あんなに人がいたのに、全然緊張しなかったねー」

「大観衆にはもう慣れた。それにさ、孤独な中で戦うバリスタにとって、そばで身内が応援してくれるだけでも、ずっと心強かった。悪くない」


 璃子たちを見ながら言った。それに応えるように、璃子たちも笑顔で返した。


 あの舞台には葉月珈琲の同僚全員が揃っていた。唯は僕のためにJBC(ジェイビーシー)決勝進出を諦めた格好になっちまったけど、唯がいなかったら、満足に競技ができていただろうか。


 人の競技にはあんな偉そうなことを言っておいて、実は僕自身もあんまり人のことを言えないのかもしれないな。これが……誰かと一緒に戦うという感覚なんだろう。


 今までもずっと誰かと一緒に戦っていたとは思うが、今回はより一層そんな気がするのだ。


「葉月はチームラテアートか。俺と一緒だな」

「えっ……松野もチームラテアートなの?」

「何でそんな嫌そうな顔なんだよ?」

「別に嫌ってわけじゃないけど、万が一の時、ワイルドカードには頼れなさそうだな」

「どーゆー意味だっ!?」

「ふふっ、冗談だ」


 璃子たちはこの状況を見て呆気に取られている。


 まるで信じられないものを目にしているかのような。


「――お兄ちゃんが……他人に冗談を言うところなんて初めて見た」

「学生の時と変わらないくらい人と接してるじゃん」

「もう治ったんじゃねえか?」

「治ってない。過去の清算が終わるまで、僕は世間を許さない」

「過去の清算?」

「日本人規制法は、世間に対する報復だったんですよ」

「あぁ~、なるほどねぇ~」

「まだ世間との戦いが終わってねえけど、いつか決着をつける」


 僕が真に嫌っていた相手、それは世間だ。身内以外の日本人は世間の代行者だ。身内は僕に対して理解がある分影響は少ない。やっと分かった。僕は数多くのバリスタ競技会を通して自信がついた。それで世間に対する恐怖心が和らぎ、あいつらとも普通に接することができるまでになった。


 今の僕は、いくら打たれても諦めずに出続けて抜け落ちた杭だ。だがずっと迫害という形で打たれ続けた事実は残る。あの迫害の事実に対して決着をつける必要があったのだ。


 悪いことをした相手には、ちゃんと償わせなければならない。たとえそれが世間であってもだ。


「でもあず君だって、世間に対して制裁処置を加えてきたんだから、トントンじゃないの?」

「それじゃ足りない。まだ倒してない相手がいるからな」

「倒してない相手?」


 美羽がきょとんとした顔で僕に尋ねた時だった。


「失礼します」


 真理愛の父親であるジャコブと、真理愛の母親が部屋に入ってくる。


「お父さん、お母さん、どうしてここに?」

「何って、レシピを受け取りに来たの」

「もしかして、ワインコーヒーのレシピ?」

「そうだよ。すぐに実行するのがうちのモットーなの」


 真理愛の母親が今度は僕に話しかけてくる。


「それはいいんだけどさ、ワインの風味を引き出すために品種も材料もかなり凝ったものを使ってる。ゲイシャの豆とかは用意できる?」

「食材なら心配はいりません。うちは世界中から高級食材を仕入れていますから、ゲイシャの豆を手に入れるくらいなら大丈夫です」

「なら良かった」

「でも、新商品が売れなかった時は……分かってますよね?」

「真理愛は絶対に渡さない。必ず僕が守ってみせる」

「あ、あず君、その言い方はちょっと……」


 真理愛が恥ずかしそうに赤面し、隠すように顔を背けた。


「それともう1つ提案がある。あのキール・ロワイヤル・コーヒーのレシピも一緒に貰えないか?」


 今度はジャコブがフランス語で話しかけてくる。


 どうやらワインコーヒーよりもこっちの方が気に入ったらしい。


「それはいいけど、何でこっちもなの?」

「1つよりも2つの方がうまくいく確率が高い。私は真理愛には早く独立してもらいたいんだ。君の言葉で目覚めたよ。真理愛のこと、よろしく頼むぞ」

「ああ、任せとけ」

「何話してるの?」


 真理愛の母親が会話の内容を聞いてくる。


 彼女はフランス語を理解できないらしい。ジャコブは英語とフランス語、真理愛の母親は日本語と英語を話せることからも、普段は英語で会話をしていることが見て取れる。


「キール・ロワイヤル・コーヒーも一緒に発売したいと言ったんだ。あれもかなり独創的な作品だったからね。一度飲んでからでもいいから検討してくれ」


 ジャコブが英語で話し始めた。さっきの会話は彼女には聞かれたくなかったからか。真理愛はジャコブの意図を読み取っているかのような笑顔を見せた。


「――分かった、そうする」

「あず君、コーヒーカクテル部門の作品を作っていただけますか?」

「ああ、今からやるよ」


 すぐに会場から運んできたばかりの積み荷から食材を取り出した。


 さっき作ったものと同じワインコーヒーとキール・ロワイヤル・コーヒーを作り上げた。


「同じチームに同じ国の代表が入ったら、両方共生き残れる可能性が高いんじゃない?」

「それはチームの平均スコアが1番だったらの話だ。そうじゃなかったら両方共落ちる可能性があるから諸刃の剣だ。でも心配すんな。俺はあいつと一緒に準決勝までいく」

「うん。松野君ならきっと大丈夫。穂岐山珈琲のエースなんだから」

「俺は穂岐山珈琲のエースで、あいつは日本のエースか。だったら俺は、世界のエースを目指す」

「ふふっ、いいんじゃない。世界のエース」


 あそこまで僕と張り合ってくる松野は初めて見たな。バリスタオリンピックが終わったら、穂岐山珈琲を辞めちまうんだよな。だがそれは松野が成長するための良い機会になる。


 だったら僕は……全力で応援するぞ。


「あの、良ければ俺のコーヒーカクテルも飲んでもらえませんか?」

「あなたのコーヒーカクテルもですか?」

「はい。育成部の研究の成果が詰まっています」

「そう。ならあなたのコーヒーカクテルも頂きましょう」

「ありがとうございます」


 松野は真理愛の両親に頭を下げ、僕に続いて松野も調理をし始める。


 コーヒー豆は品種を間違えないよう名前の書かれた細長いケースに2ショット分が入っている。これでグラインダーで粉にしてから、抽出するまでの作業がスムーズになるのだ。


「あず君の方が動きがスムーズだね」

「シーッ! お母さん、自重して」


 真理愛が慌てた様子で人差し指を立て、小さい声で注意をする。


 競技中だったら全然気にならないが、この時ばかりは聞こえてしまった。


 何でこういう時は耳が良いんだろうか。真理愛の両親が僕の淹れたコーヒーカクテルの入ったグラスを手に持ち、1杯ずつ淹れたコーヒーカクテルを2人が飲んでいく。


「美味い。味が喧嘩するどころか、コーヒーがワインのフレーバーやテロワールを引き出しているね」

「キール・ロワイヤル・コーヒーも美味しいです。飲んだ後も心地の良い後味が続いています」

「これは真理愛と2人で考えた」

「私は思ったことを口にしていただけですよ」

「それでも……な」


 真理愛はソムリエの資格を持っているだけあって、特にワインの味には敏感だった。最初は物足りないと言われまくったけど、徐々にワインの味を活かせる工夫ができるようになった。コーヒーかアルコールかじゃなく、両方の個性を活かせるコーヒーカクテルを淹れられれば最高の味わいになる。


 松野はアイリッシュコーヒーとエスプレッソマティーニを淹れた。


 見た目は美味そうだが、果たして――。


「どうですか?」


 松野が手に汗握る様子のまま恐る恐る尋ねた。


「このアイリッシュコーヒーですけど、肝心のウイスキーの風味がほとんど感じられませんね」

「「「「「!」」」」」

「それにこのエスプレッソマティーニ、ちょっと味にムラがあるし、途中から嫌な苦みを感じるよ」

「何て言ってんだ?」

「味にムラがあって、嫌な苦みを途中から感じるだってさ」


 流石だ。僕も松野の作品をリハーサルの時に少し飲んでいたけど、ウイスキーの癖のある風味がコーヒーに飲み込まれている感じがした。ウイスキーだけじゃない。シュガーシロップも泣いていた。


 ただ甘くするだけでいいなら自分じゃなくてもいいよねって言ってたし、コーヒーカクテルはただコーヒーとアルコールを組み合わせればいいってもんじゃない。


 お互いの個性を光らせる名コンビでなければならないのだ。


「松野さん、あず君のコーヒーカクテルを飲んでみて」

「……は、はい」


 あっ、これ現実を突きつけていくスタイルだ。んなもん後でもいいだろうに。今こいつが飲んだら心が折れかねないぞ。そう思っていると、松野が僕のワインコーヒーを口に含んだ。


「コーヒーの味もアルコールの味も、全ての味が最大限に引き出されている。ブレンダーで空気を含ませたことで、ワインの辛さを緩和しながら風味だけ残したんだな」

「これが新商品になったら、当然ワインに慣れてない人も注文するだろうから、ワインの風味やテロワールを損ねずに、辛さを緩和しながら雑味を消したわけだ」

「……完敗だ」


 松野は下を向きながら肩を落とした。


 美羽がフォローに向かうように同情の視線を松野に向けながら近づいた。


「松野君、コーヒーカクテル苦手だもんね」

「ああ、俺はずっとコーヒーだけやってきたからな」

「あず君は飲む人の気持ちまで考えて作っていたのですね。これならきっと売れると思います。来月からでも発売しようかな。ではレシピも貰ったことですし、これで失礼します」


 真理愛の両親が満足そうな笑みで去っていく。


 でもまさか本当に取りに来るとは思わなかったな。真理愛がこの場所を両親に教えたと考えるのが自然だが、それにしても、松野のあの落ち込みっぷり……あいつにはちょっとムカついていたから気が晴れたけど、あれは予選落ちを確信した顔だ。まだ結果発表前だってのに。


「してやられましたね」

「ああ。これで東京支店は労せずして、僕というブランドの入った新メニューを売りに出せる。君の両親は大したビジネスマンだ」

「気づいてたんですね」

「あったりめーだろ。それに、真理愛は今のうちに欠かせないからな」

「そうですよ。真理愛さんは貴重な戦力なんですから」

「相思相愛だね。理想的なチームだ」


 さっきまでずっと僕らを観察していた穂岐山社長が話しかけてくる。一斉に彼の方を向いた。どうやら真理愛の事情にも薄々気がついている模様。選考会の祝勝会でも現場にいた。


「えっと、うちの親がお騒がせしました」

「いやいや、いいんだよ。あず君のお陰でどうにか解決しそうだし。それに私たちも、君たち葉月珈琲を見習わらないとね。1人1人が自立した考え方を持っていて、いざとなれば仲間のために団結する。信頼し合えるからこそ、安心して個性を発揮できるんだろうね」

「私もそう思います。普段の葉月珈琲は個人主義ですけど、誰かの競技会の時は途端に集団主義に変わるという点があって、とても面白い会社だと思いました」


 僕が真理愛を分析していたように、真理愛もきっちり僕を分析していたのか。


 穂岐山社長はツボにハマったかのように大笑いしている。


「はははははっ! 確かにそうだ。うちも団結しないとな」


 穂岐山社長が言うと、部下たちと話し始めた。


 穂岐山珈琲は協調性が強い反面、自分や相手の作品の弱点を見抜けない、もしくは見抜いても指摘しない弱みがある。相手を傷つけるのが怖いのだ。葉月珈琲は弱点があれば当たり前のように指摘する文化が根付いているため、すぐ修正したり改良したりできる。弱点を突かれるのは誰だって嫌なものだ。


 だからうちはみんなして弱点を埋めようと必死に努力をする。


 故に、ハイクオリティな作品が生まれやすいのだ。


「真理愛、今晩空いてるか?」

「はい。一応空いてますけど」

「じゃあ今夜9時、ここの玄関前に集合な」

「はい、分かりました」


 真理愛と約束を交わした。この頃には夕刻を過ぎていた。


 早めの夕食をホテルで済ませると、余った時間はリハーサルに費やした。予選の競技は終わっているため、準決勝と決勝のリハーサルをしていた。リハーサルはあまり説明の作業はしないが、本番ではきっちり説明できるようにするため、教える目的で説明を軽く入れる場合がある。


 そんなこんなで、どんなコーヒーを淹れるか確認しながら作業を進めていた。


 午後9時、僕と真理愛はこのオフィスビルの玄関前に集合した。


 2人きりで真理愛の両親が経営するレストランの東京支店へと行くはずだったが……。


「何でみんないるんだよ?」


 僕と真理愛だけのはずが、璃子、唯、優子、伊織の4人が揃っていた。


「あず君の浮気防止に決まってるじゃないですかー」


 唯が笑顔のまま僕に至近距離まで近づいて答えた。


 怖い怖い、唯が笑顔で怒っている。自分たちも連れて行けと表情が言っている。


「浮気とかじゃねえよ。真理愛の両親が経営するレストランの東京支店まで2人で行くつもりだった」

「何のためですか?」

「さっきの件で気づかされた。僕も研究が足りないって。店まで行ってコーヒーカクテルを調査する」

「どういうことですか?」

「真理愛の両親は僕が淹れたコーヒーカクテルについては特に欠点を指摘しなかった。真理愛を取り戻したいなら、こじつけてでも欠点を指摘したはずだ。でもそれをしなかったということは――」

「最初からあず君のコーヒーカクテルをメニューに加えるつもりだった……ということですか?」

「そういうことだ」


 予選に使ったあのメニューにも弱点があった。自分で飲んでみたから分かるのだが、シナジーこそあるものの、大衆向けの無難な味だった。あんなの僕らしくもない。


 もっと時間があればと思ったが、1年も猶予を与えられてできないのは僕の実力不足だ。


 真理愛の両親もそのことには気づいていたはずだ。


 不慣れなワインだったとはいえ、WCIGSC(ワシグス)決勝の時に出したアイリッシュコーヒーのような、一度飲んだら忘れられない味を再現できなかったにもかかわらず採用された。


 店に行けば謎を解ける気がしたのだ。


「なるほどねー、そこが気になるわけだー」

「お兄ちゃんは一度気にし出すと、すぐ調べようとするもんね」

「それだけ探求心があるということですよ。何だか子供みたいです」

「子供でいいんだよ。好奇心を失った大人になるくらいなら……な」


 真理愛の案内の下、僕らは6人で目的の店へと向かった。


 店名は『レストラン・フランソワ』だった。フランス語で書かれた筆記体の看板が特徴で、スイス料理を中心に様々なワインを揃えている店だ。人名が添えられているのは先代への敬意らしい。


 飯はもう食った後だが、軽く1杯飲むだけなら問題ない。店内には穏やかなBGMが流れ、黒を基調とした机と椅子が立ち並んでいる。レストランなだけあって、うちよりもずっと広いな。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「……6人です」

「ではあちらの席へどうぞ」


 店内のテーブル席に案内されるが、店にはあまり客が来ていなかった。厨房にはこの店専属のソムリエが必ず1人在籍しており、ウエイターを兼任しながら、客の好みに合わせたワインを提案している。


 軽めの料理を注文して一息吐く。もちろんアルコールは控えた。


「僕と伊織にだけワインを勧めてこなかったな」

「私はまだ未成年なのにワインを勧められました……」

「唯ちゃんは立派な大人でしょ。子供もいるんだし」

「法律上は子供ですよ。12月には成人しますけど」

「あず君、何を見てるんですか?」

「ソムリエの様子を見てる」


 ワインとチーズと生ハムを注文し、のんびりと食べながらソムリエたちを観察し続けた。


 人数が多いと目立つため、できれば2人だけで来たかった。隣では伊織がオリーブオイルのかかった生ハムを美味しそうに食べている。ソムリエたちは一生懸命に仕事をこなしていた。だが店を繁盛させられるほどの成果を上げているかと言えばそうではない。ここは東京都内でも激戦区と言える場所だ。


 ここで長期間売れないとなれば、撤退は必至だろうな。


「どう? 何か分かった?」

「無難すぎる。料理からもワインからもこれだっていう拘りを感じない」

「拘りがないってどういうこと?」

「この店特有の商品がない。葉月珈琲だったらさ、世界を相手に結果を残したシグネチャードリンクがあるだろ。でもここには洗練された拘りもなければ面白さもない。料理は美味いけど、結局は決まった商品を売っているだけで、客を呼び込めるだけの強みがない」

「……チェーン店の弱点ですね」


 真理愛が僕の言い分を認める旨を示唆する。


 チェーン店を展開していると言えば聞こえはいいが、本当に拘りがある商品を作っているのは本店のみであることが多く、支店は本部に命じられた商品を売るだけのコピー店舗であることも少なくない。


 だからうちはチェーン店を展開しないようにしている。


 葉月珈琲も葉月ローストも本店しかないのはそのためだ。店舗を展開するからにはオリジナリティがなければ、店側としても客側としても面白くないのだ。


「チェーン店の弱点って何ですか?」

「例えばさ、コンビニとかスーパーのチェーン店に行くと、どこに住んでいても、ほぼ確実に同じ物を買うことができるだろ?」

「はい。とても便利ですよね」

「ただ、便利である反面、全く同じ店名だと、どこに行ってもその店オリジナルの商品がないということの裏返しでもあるわけだ」

「それだったらさー、チェーン店にもオリジナルの商品を作れるようにすればいいんじゃないの?」

「それやるんだったら、チェーン店である必要がないだろ。チェーン店というのは、本店と同じ経験を遠い場所でも味わえるようにするためのものだからさ、飲食店にもオリジナリティが求められている今の時代に、飲食チェーンは厳しい気がするんだよなー」


 世界的レストランチェーンの場合、国の風土に合わせたメニューを出すくらいはしているが、これだっていう商品がなければライバル店に競り負けてしまう。


 傍から見ていても分かるくらいだ。真理愛の両親は尚更理解しているだろう。


 ――何てったって、現場主義だからな。


「だからお父さんとお母さんはあず君を頼ったんですね」


 真理愛は原因を悟ったようだ。オリジナリティが成立している店であれば、僕が予選で使ったコーヒーカクテルは不採用になっていた可能性がある。僕はそれを確認するために来たのかもしれない。


「良しっ、じゃあ食べるか?」

「何も気にせず食べるってことは、悩みは解決したってことかな?」

「ああ。僕はまだまだ未熟だってことが分かっただけでも収穫だ。真理愛、君の両親に僕のアイリッシュコーヒーを新メニューとして売ることを提案してくれないか?」

「アイリッシュコーヒーですか?」

「ああ。1番の自信作だ。一度飲んだら忘れられない味だ」

「ふふっ、提案だけ伝えておきます」


 真理愛が笑顔で言った。彼女もこの東京本店が撤退の危機にある理由に納得がいったようだった。


 オリジナリティか……難しい課題だな。人と違うことをするのは簡単だ。だが人と違う結果を残すのは恐ろしいくらいに難しい。誰もがぶつかる壁と言われるだけのことはある。


 難しいことを考えながらも、僕らは夜食を済ませるのだった。

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読んでいただきありがとうございます。

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