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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
162/500

162杯目「大舞台の前夜」

 大会1日前、各国のナショナルチャンピオンが招集された。


 会場には一度に多くのバリスタがプレゼンを行えるようたくさんのブースが用意されている。予選では1日20人ものバリスタが競技を行うのだから当然だろう。


 まだ一般向けには解放されていないのか、関係者以外は立ち入り禁止だ。運営スタッフが言うには、開会式、閉会式、自分の番、結果発表の時以外は好きに過ごしていいとのこと。


 バリスタオリンピック2015東京大会には64の国と地域から128人が参加し、裏予選で敗退した28人は既に順位までつけられている。参加者が増えすぎると時間を圧迫してしまうためだ。


 この大会は1週間かけて行われる。1日目から5日目が予選、6日目が準決勝、7日目が決勝だ。


 予選には特別ルールがある。俗に言う『ワイルドカード』というルールだ。


 2007年に行われたバリスタオリンピックまでは予選に参加した100人中、準決勝に進出できたのはスコアの上位10人だけだったが、2011年からは参加国の増加によって準決勝進出の枠が増えたのだ。各国のバリスタが1チーム20人の合計5チームに分けられ、枠組みの中で『チームバトル』が行われる。参加者全員を合わせたスコアの上位10人に加え、予選終了時に最も平均スコアが高かったチームの中で予選を突破している人を除くスコアの上位5人がワイルドカードで準決勝進出となる。


 このワイルドカードによって、準決勝で活躍するバリスタに多様性がもたらされている。


 前回は準決勝以降にレパートリーポイントで差をつけられ、決勝に残った者はいないが、上位10人の中に入れずともワイルドカードで予選突破の道があるわけだ。チーム分けは自分の番が終わった後で色分けされたボールをダンボール箱から取り出し、ボールの色に対応したチームに配属されるのだ。


 つまり自分がどのチームになるかは、予選の競技が終わるまで分からないのだ。


 無論、僕は1位通過することしか考えていないが。


「あっ、いたいた。あずくーん!」


 美咲が声をかけてくる。小夜子、紗綾、香織も一緒だ。静乃たちも一緒にいる。


 そういやみんな来ていたんだった。


「どしたの?」

「どしたのじゃないよ。みんな待ってたんだよ」

「ねえねえ、まだお昼食べてないでしょ。一緒にホテルの料理食べに行こうよ」

「別にいいけど」


 泊まっているホテルまで赴いた。みんな2列に並んでいたのだが、僕の隣には静乃がいた。サラサラとした金髪碧眼に加え、明るい性格とスタイルの良さから、みんなの人気者になっていた。


「大会のルール説明を受けてたんだよね?」

「うん。一応控え室とか、自分の番が来た時の準備の仕方とか、一通り説明を受けたよ。今回はルールが自由すぎるから、結構面白いと思った」


 今までの大会はステージの作りが固定化されていた。


 バリスタオリンピックでは、テーブルの位置から椅子の有無まで自由に決めることができ、ジャッジを立ち飲みをさせたり、カウンター席に座らせてカフェ形式にすることもできる。ホスピタリティポイントを最も稼ぎやすい空間を自分で作れるのだから、これで負けたら才能の問題である。


「私も大会に出たくなってきたなー」

「なら1回出てみろよ」

「でも自分が出ていいのかなっていう遠慮もあって、なかなか一歩前に踏み出せないっていうか、みんなの前で失敗したら怖いし」

「観客はおまけみたいなもんだ。気にする必要はない」

「あず君はもう慣れてるもんね」

「うまくいかなかった時は、次は同じ過ちを繰り返さないように原因を突きとめて、自分を見直せばいいんだ。転んだ時こそ成長の機会が訪れる。挑戦しなかったら、その機会さえなくなるし、うまくいかないことを恐れて何もしないのが1番の失敗だと思うぞ」


 何ならうまくいかなかった経験さえ積めないのはかなりの損失だ。


 僕だって実験段階で何度も不味いコーヒーを淹れてしまった。だがその経験がなければ、今の自分はなかったのだから、こういうのを後で笑い話にできた時が、成長を実感できた時なのかも。


「どの競技会に出たらいいかな?」

「どれに向いているかにもよるけど、初心者はまずJLAC(ジェイラック)JCTC(ジェイクトック)だな。ほとんど喋らなくていいから比較的作業に没頭しやすいし、慣れてきたらJBC(ジェイビーシー)とかJBrC(ジェイブルク)とかに出る感じかな。予選に出るだけでも良い経験になる」

「じゃあ一度やってみようかな」

「静乃って今何してるんだっけ?」

「実家に就職したよ。コーヒーの卸売りとか、抽出器具の販売とか色々やってる。一応大学時代から実家の仕事を手伝ってるんだけど、今思うと大学に行った意味なかったかも」


 まあそうなるわな。実家に就職するのであれば、学歴を重ねる意味はない。


 ますます静乃の実家が気になってきた。ホテルに戻ると、一緒に食事を食べ始めた。料理は控えめに食べた。どの料理も美味かったが、明日のことばかりを考えていた。慌てた様子の優子がやってくる。いつもの優子らしくない。まるで何かを探しているようだった。


「あっ、あず君、愛梨ちゃん見なかった?」

「どうかしたの?」

「愛梨ちゃんがいなくなっちゃったの!」

「「「「「!」」」」」

「愛梨が?」


 おいおい、こんな時に何失踪してんだよ。やはり昨日のことが気になったのだろうか。優子は愛梨に追いついた後、一時的に鎮めたが、本人の中では収まっていない可能性がある。


「今朝愛梨ちゃんを迎えに行ったら部屋にもいないし、みんな愛梨ちゃんを見てないって言うし、愛梨ちゃんが行きそうなところは探したんだけど――」

「全然見つからないわけか」

「愛梨ちゃんだったら、さっき穂岐山珈琲のオフィスビルで見かけましたよ」

「それっていつ頃?」

「2時間くらい前です」


 小夜子が愛梨の目撃情報を答えた。愛梨は1人でいるのが好きだ。故にあいつがいる場所は必然的に限られる。僕には彼女の気持ちが手に取るように分かる。


「よく覚えてたねー」

「髪が白い女の子って、なかなかいないので」

「やっぱ目立つよねー」

「あの子とはどういう関係なんですか?」

「愛梨ちゃんはあたしの伯母の孫にあたるの。あの子は白っぽいブロンドでね、おまけに色んなことに興味を持っちゃうもんから、それで目立ってしまった結果、目立つことを気に入らない人たちに目をつけられちゃって、それであの性格なの」

「結構捻くれてるように見えたけど」

「なんか昔のあず君みたいだったよね」


 愛梨にとって東京は天敵の巣窟と言っていい場所だ。


 ずっと1人でいた者がなかなか1人になれない状態が続けば、無理にでも1人になろうとする習性がある。ホテルの部屋はまず駄目だ。優子が迎えに来る。育成部にも僕らがいる。だが穂岐山珈琲のオフィスビルで小夜子が見かけたということは、ここからそう遠くはない場所だ。


「あの子、結構暗い過去を持っていて、それもあって、人をなかなか信じられないところがあってね。とっつきにくいけど、我慢してあげてね」

「任せてください。あたしたち、偏屈な人の扱いには慣れてるんで」

「それは誰のことだ?」

「分かってるくせに」


 紗綾がクスッと笑いながら言った。


「あたしは愛梨ちゃんを探すから、みんなは愛梨ちゃんを見かけたら連絡頂戴」

「了解しましたっ!」


 香織がビシッと敬礼しながら答えた。優子の影響を諸に受けてやがる。


 優子は左手で右腕を持ちながら俯く。外に出ていくが、一体どこを探すつもりなんだろうか。この人混みの町、東京で人と会わずに済む場所となると、もうあそこしかないわな。


 食事を終えるとオフィスビルの屋上へと向かった。


 屋上の扉を開けると、すぐそこに愛梨が座っていた。


 ほらいた。何でこうも女子って奴は、揃いも揃って屋上が好きなんだろうか。


 サングラスに帽子をかぶり、上も下も日光を避けるため、長袖を着たまま、屋上の段差のある場所に座りゲームをしている。乾燥肌特有の悩みが服装に表れていた。愛梨ほどじゃないが、僕も日光には弱いからよく分かる。ここだったら人がやってこない。


「――どうして分かったんすか?」

「僕も1人になりたい時は、屋上に来てたからさ」

「あず君もぼっちだったんすね」

「ほっとけ。今じゃぼっちになりたくてもなれねえけどな」

「その割には顔が嬉しそうっすね」

「僕はぼっちじゃない。みんながそれを教えてくれた」

「私はいつだって、誰からも受け入れてもらえたことがないっすよ」

「君が周りを受け入れようとしないからだろ」

「あず君には分からないっすよ。何もしなくてもちはほやされるような人には」


 どうして人は……こうもないもの強請りをするんだろうな。


 現状維持を好まないが故の欠点か?


 彼女は僕と似ているようで似ていない。愛梨と話していると、何だか昔の自分と話しているような感覚に陥る。僕も昔から全然周りに合わせようとすらしなかった。


 理不尽であると自分だけ分かっていたが故に辛かった。


「ちやほやされるのは、何も良いことばかりじゃねえぞ。時間は奪われるし、どうでもいい奴から嫉妬を買うし、変人との遭遇率がぐーんとアップする」

「人気者の宿命っすね」

「でも最近気づいた。僕は1人で生きているわけじゃないんだって。バリスタオリンピックに向けた準備だってさ、1人じゃまず無理だった」

「日本を代表するバリスタだからじゃないすか?」

「僕も最初はそう思ってた。でもみんな自分の都合とかを後回しにしてさ、僕が本戦用の課題を考えてる時に食材の助言をしてくれた」

「あず君に助言って、釈迦に説法じゃないすか?」

「そうでもねえよ。僕にだって知らないことくらいある。コーヒーのことだったら、何でも知ってると思ってた。でもまだ知らない世界がそこにはあった」

「何が言いたいんすか?」

「世界は君が思っているよりもずっと広い。君は人間=偏見の塊だって思ってるみたいだけど、ちゃんと分からせてやれば、良き味方になってくれる」

「……それは?」


 スマホから1枚のイラストをピックアップしたものを愛梨に見せた。


 イラストには僕がコーヒーを淹れている様子が詳細に描かれている。


「かつて僕と対立し続けていた元同級生が描いたものだ。元々こいつと仲悪かったんだけど、僕が活躍するようになってからは、茶髪を理由に咎めたことを詫びてきてさ、イラストレーターを目指してるってことで、1枚のイラストを送ってきてくれた」

「凄く綺麗っすね」

「僕のコーヒーに対する想いがあいつらにも届いたんだ。ずっと茶髪でバリスタ競技会に出続けていたことで、こいつはもうずっとこれを貫くんだなっていうのが伝わった」

「学校卒業したから関係なくなっただけじゃないすか?」

「いや、学校を卒業したら当たり前のように茶髪に染める奴とか出てくるだろ? それでおかしな常識につき合わされていたっていうことに気づいたんだ」


 この歳になって気づいてしまった。僕が本当に憎んでいたのは、あいつらじゃない。


 あんな窮屈な連中を作ってしまった工業化社会だったんだ。あいつらを避けたのは、僕自身の社畜化を避けるためだ。だが結果的に僕自身が社畜みたいに働いてしまっている。何とも皮肉な話だ。


「何でここにいるか聞かないんすか?」

「理由は分かってる。優子に会いたくないんだろ?」

「呼び方を自重してくれないんすよ。この愛梨って名前は、親が離婚する原因になったんすから、心底憎いんすよ。でも不思議と、あず君になら呼ばれてもいいと思えるんすよ」

「じゃあさ、みんなが愛梨って名前を子供につけたくなるくらい活躍するってのはどう?」

「……何すかそれ」

「最近梓って名前を子供につける人が増えてさ、名前の由来が僕なんだとよ。辛いっていう字があるのによく選べるよなって思ったけどさ、それが気にならなくなるくらいの活躍ができたってことだ。人間って何かに夢中になると、小さいことがどうでもよくなるんだ」

「私が小さいことを気にしてると?」

「僕にはそう見えるかな」


 愛梨はゲームをする手を止め、一旦ゲームを中断する。


 どうやら僕の話を聞く気になったらしい。


「優子さんは私のことなんて何も分からないんすよ」

「いや、あいつほど人の気持ちに敏感な奴はいない。愛梨の気持ちが分かるからこそ、君が何度そっけない態度になっても見捨てなかった」


 どうしても愛梨伝えたいことがある。いや、伝えなきゃいけないんだ。


「愛梨、君がどう生きようと勝手だけど、君のことを思ってくれる人まで無下にするのは、君の生き方を悪くするだけだぞ。こんなことしたって、何の得にもならねえよ」


 愛梨に近づき、真剣な眼差しで彼女と目を合わせた。


「君の生き方は尊重するけど、優子を傷つけたら許さない」

「事実婚したのにもう浮気っすか?」

「浮気じゃない。優子は大事な仲間だ。あいつはうちの会社と結婚して、()()()とは一切つき合わないと決めた。言わば仕事上の妻役なんでね」

「みんなにとって葉月珈琲で働くことは、あず君とつき合うことと同義なんすね」


 確かに僕と一緒に住んでいる璃子、そして毎日顔を合わせている同僚たち。この時点で一緒に店を経営している夫婦みたいなもんだ。真理愛がシェフ担当を選んだ理由がよく分かった気がする。


 多分、そこらの夫婦よりも一緒にいる時間が長いだろうし、僕らの関係は家族かそれに近いものになっていった。結局僕は……身内としかつるめない臆病者なんだ。


「優子は本気で君を信じて心配してる。君の過去に何があったかはおおよそ見当がついてる。でもあいつのことは信じても問題ない。僕が保証する」

「――本当に……信じてもいいんすか?」

「腹の探り合いをするよりも、信じて裏切られる生き方の方が、ずっと強くなれるぞ」

「なんか嫌になってきたっす」

「一度騙されたと思って優子を信じてみろ。彼女を間近で見てきた僕のレビューは正しいと思うぞ」

「……」


 愛梨は黙った。半信半疑ってとこか。


 会話がないまま時間だけが過ぎていく。


 だんまりしているのにゲームを再開しない。考え込むのに夢中なんだ。考えている時は何も手につかなくなるし、何かやっている時は無心になって打ち込む。それがこっち側の人間だ。


「あず君、私、信じることにしたっす」

「ほんとか?」

「……はい」


 良かった良かった。じゃあそろそろ戻るとするか。


 僕が安心して後ろを向いた時だった――。


「でも――」

「まだ何か?」

「私が信じるのは、あくまでもあず君ただ1人っす」

「えっ、僕?」

「はい。あず君の言葉を信じて、優子さんに従うっす」

「ややこしいな」


 愛梨が豊満な胸を僕に当ててくる。


 こいつっ! 僕の弱点を知ってやがるなっ! 何という強かさだ。


 僕と愛梨はオフィスビルの育成部がある部屋まで一緒に行く。そこには璃子たちが待っていた。


「お兄ちゃん、遅いよ」

「わりい、遅刻しちまった」

「愛梨ちゃん、どこ行ってたのっ!?」


 優子が慌てた様子で彼女に駆け寄り、両腕で彼女の両肩を掴み、問い質す。愛梨は彼女と目を合わせられずにいたが、僕を見た時に首を少しばかりコクッと縦に振ると、彼女も同じ動作を僕に返した。


「ずっと屋上にいたんすよ。人混みに耐えられなくて」

「そう。だったらこれからはずっと部屋にいていいから、もうあたしに心配かけないで。愛梨ちゃんに何かあったら、あたしとても困るの」


 優子は切実に訴えながら愛梨を抱きしめた。


「――ごめんなさい」


 催促される前に謝った。僕は相手に謝罪を求めることはしない。


 いくら謝っても反省がなければ、それは謝っていないのと同じだ。


「あず君、リハーサルやりますよ。もう明日本番なんですから」

「そうだな。じゃあやるか」


 彼女のお陰で自分の人生を見つめ直す機会が生まれた。しばらくリハーサルをした後、璃子たちに味見をしてもらっていたが、リハーサルが終わった頃には、提供したドリンクが全て飲み干されていた。


 どれもがつい全部飲んでしまいそうになる一品だった。


 夜を迎えると、僕は唯と一緒にベッドに入り、この日の出来事を語り合っていた。璃子は相変わらず早めにスヤスヤと眠っている。興奮して眠れない。まるで遠足に行く直前の子供のようだ。


 すぐに起きられるよう、パジャマには着替えなかった。


「唯はJBC(ジェイビーシー)の準決勝だよな?」

「はい。緊張しますね」

「リハーサルは済ませてるよな?」

「はい。あず君がいない時、真理愛さんに指導してもらいながら調整を重ねていました。でも急に子供が心配になってきました」

「子供なら大丈夫だ。帰ったらいっぱい可愛がってやるか」

「そうですね」


 唯が僕に擦り寄ってくる。明日の予定を頭の中で確認する。


 開会式は午前6時から始まり、参加国が順番に自国の旗を振って登場する。この時は必ずギリシャ代表が1番先に入場することになっている。オリンピック発祥の地に対するリスペクトらしい。


 最後に大会の舞台となる国が登場し、様々な演出が行われて開会式は終わりだ。


 開催国である日本代表は、最後に旗を振って登場することになっている。


 そのためか、こんなにも早い時間から寝ているのだ。


「あず君は日本代表のエースなんですから、大旗はあず君が持つんですよ」

「やだよ。あんな重いもん持ったら腰が悪くなる。大旗は松野でいいだろ」

「バリスタ以外の人はどういう人が入場するんですか?」

「代表の世話になってる人とか、代表が社員なら他の社員も一緒に入場する。みんなを連れてきたのは、準備に協力してもらうためだけじゃない」

「葉月珈琲の全員が日本代表なんですね」

「穂岐山珈琲の連中もな」


 要するに、いつも祝勝会の時に集まっている面々が勢揃いするわけだ。


 それにしても、早く寝るのは僕の本意ではない。僕は夜行性だ。まだ起きていたいけど、大会1日目から競技が始まるから、色んなバリスタの創意工夫を間近で見られるチャンスだ。


 それを逃す手はないし、1日目はオランダ代表のディアナが競技を行う日でもある。他のオリンピックと違うところは、観客が間近で静まり返りながらも、見守るように応援できるという点だ。いつかあの舞台に立ちたいと思い続けていたら、本当に叶ってしまった。


 できると思えばできる。優勝だって、できると思えばできるはずだ。


 ふと、横を見てみると、唯が気持ち良さそうに熟睡している。リハーサルで疲れたんだろう。普段はあそこまでプレゼンなんてしない。親父からメールが届いた。家のパソコンから動画サイトに繋げば、バリスタオリンピックのライブ中継を見ることができる。親父もお袋も親戚たちも、みんなパソコンと睨めっこしながら固唾を飲んで見守っているとのこと。


『あず君、何も迷うことなく、今まで培ってきた気持ちをぶつけてこい』


 実力じゃなく、気持ちって言うところが親父らしい。


 応援するのはいいけど、店休んだらただじゃおかねえぞ。この前も僕が大会に出ている最中にも拘らず店の営業そっちのけでライブ中継を見ていたそうじゃねえか。


 何だか急に心配になってきた。頼むから仕事はしてくれよな。


 段々眠くなってきた。目が暗闇に慣れてきた頃だ。東京は夜でも明るい。カーテンで閉めきってもなお摩天楼の光が目に入ってくる。だが眠気には流石に勝てなかった。


 ベッドの上で眠りに就き、朝まで熟睡するのだった。

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読んでいただきありがとうございます。

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