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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
155/500

155杯目「期待の新人」

 4月上旬、伊織が晴れて葉月珈琲に就職する。


 エイプリルフールならぬエイプリルチャレンジャーだ。うちにとっては年度の始まりから3ヵ月遅れての途中参戦だが、やっと伊織の淹れたコーヒーをデビューさせる時が来たっ!


 15歳で葉月珈琲に入ったのは、唯に次いで史上2人目だ。


 アクアブルーを基調とした制服に身を包むその姿を僕はずっと待っていた。


「今日は伊織の新人歓迎会だ。伊織のデビューを祝って、カンパーイ!」

「「「「「カンパーイ!」」」」」


 6人全員がそれぞれのグラスを鳴らし合ってコーヒーを飲んだ。


 まだ午前10時だったし、本来であればもっと遅く来てもいいのだが、全員早い時間からうちに集合してくれた。午前12時までは束の間の歓迎会を楽しんだ。


 何だか勝利の盃を飲んでいるようだ。法人化してからは新人のデビューを祝うようになった。唯や優子の時も同様の祝いの場を設けたが、もちろん参加は自由だ。通知はするが参加する必要もない。行事の強制参加は人権侵害という感覚が根付いていた。


「あの、ありがとうございます」

「気にすんな。今日からやっとデビューできるんだからさ」

「はい。今までずっとここでコーヒーを淹れてきましたけど、お客さんに飲んでもらったことはありませんでした。なので緊張します」

「伊織なら大丈夫だ。僕がついてる」

「……はい」


 しばらく歓迎会楽しんだ後、午後12時を迎える。


 待ちくたびれたと言わんばかりに、オシャレな服装で細身の男が店に入ってくる。


 開店前に多少の行列ができていたが、以前のように開店前から客が長蛇の列を作ることはなかった。


 海外のコーヒー通が一通りうちを訪れた後だ。誰かが優勝したらまた押し寄せてくるかもな。


 そうなったらそうなったで、客席料金を取れる好循環だ。


「いらっしゃいませ」


 おいおい、日本語で言っちゃったよ。ここは日本じゃなくて葉月珈琲だぞ。


「伊織、あの人は日本人じゃないぞ」

「あっ、そうでした」


 伊織が口の近くに手を当てながら恥ずかしがる。可愛い。


「パナマゲイシャのコーヒーを1つ」

「OK。伊織、出番だ」

「はい、任せてください」

「もしかして、このお嬢ちゃんに淹れさせるつもりか?」

「ああ。彼女はまだデビューしたばかりだし、僕よりも修業期間が少ないけど、僕と変わらないくらいに純度の高いコーヒー抽出ができる」

「へぇ~、そいつは楽しみだな」

「どっから来たの?」

「俺はイタリアからだ。味には厳しいぜ」


 今度は団体客がやってくる。相変わらずうちの客は白人率が高い。最も多いのはヨーロッパからの客であり、客の舌もかなり肥えている。伊織はコーヒーに語りかけるように熱湯を注ぎながら、この日のコーヒーのコンディションを探る。コーヒーの調子がもう分かったらしい。


 セオリー通りに淹れるだけじゃなく、コーヒーの微妙なアロマの変化を敏感に感じ取り、コーヒーが最も美味くなるように入れるのがバリスタの仕事である。


「! 美味いねー。小学生が淹れたとは思えない味だ」

「いやいや、小学生は働けないから。一応中学を卒業したばかりの15歳だ」

「ふーん、でも最後の方で渋味や苦味がちょっと強く感じるかな。まあ、15歳の新人にしてはなかなかのコーヒーだったよ。コロンビアゲイシャのコーヒーをくれ。次はアズサが淹れてくれよ」


 僕も伊織も一瞬怯んだように静止した。


 えっ……嘘だろ。伊織が抽出ミスをしたとでも言うのか?


 客のイタリア語訛りの英語を聞いていた伊織が少しばかり震えた顔になる。


 目をとろーんとさせながら後ろを向いた。


「OK、任せろ」


 伊織の隣でいつものように3回注ぎをしながらコーヒーを抽出する。


 1杯3000円のゲイシャのコーヒーを2杯注文したから6000円だ。コーヒー豆自体の単価が高いのもあるけど、それでも複数回注文をしたのは物足りないからだ。うちの客は1人1人の舌が肥えているため、コーヒーは極力僕が淹れるようにしていたが、伊織が淹れる分は少なくなりそうだ。


「ワオ。流石はアズサだ。雑味ゼロ。これだよ。居心地の良さを感じさせるアロマ、鼻の奥まで突き刺さるくらいに吹き抜けるフレーバー、奥が見えるほど透き通るようなアフターテイストだ」

「まっ、それほどでもあるけどな」

「……」


 伊織は目を半開きにさせながら黙っている。出鼻を挫かれた子供の顔だ。


 彼女は店が忙しくなるにつれて、ドリップコーヒーを淹れる回数が増えていく。だがどの客も最後だけ首を少しばかり傾げた。何かが過不足になってるのか? それとも注ぎ方の問題か? 分からない。だが伊織は至って集中している。状態は万全のはずなのに。


「伊織、大丈夫?」

「はい……大丈夫です」

「そうか、なら良かった」


 午後6時、最後の客が出ていくと、ようやくこの日の営業は終了した。


 伊織のデビューは散々と言えるものだった。


「伊織、どうだった?」

「はい。まだまだ修行が必要だと思いました」

「客の言葉気にしてる?」

「予想外の言葉でした。あず君はどう思いましたか?」

「余ったコーヒーを飲んでみたけど、アフターテイストがちょっと違和感だな」

「そうですか。着替えてきますね」


 伊織はバックヤードへと移動する。璃子たちは着替え終えた後だ。唯は2階で瑞浪と一緒に夕食を作っている。スマホでSNSをチェックしようとしたが、ポケットにスマホがないことに気づいた。


 ――あっ、バックヤードにスマホ置いてきたの忘れてた。


 慌てて僕もバックヤードへと向かうと、扉が少しばかり空いている。着替えは男女共有のため、部屋の中央にカーテンが通るようにしている。


「ううっ……うっ」


 誰かが啜り泣きをする声が聞こえる。


 気になって覗いてみると、顔を隠しながら泣いている伊織の姿があった。


 伊織……ショックを受けてたのか。迂闊だったな。


 僕は足音を立てずにオープンキッチンへと戻った。


 夕食の時間になると、僕、璃子、唯、瑞浪の4人で食事をしていた。


 子供を含めた5人での生活に全員が慣れ始めているところだった。


「さっき伊織が泣いてた」

「えっ、何で?」

「多分、今日出鼻を挫かれたのがショックだったんだろうな。でも変だ。僕が様子を聞いた時は、笑顔で大丈夫って言ってたのに」

「ふふっ、あず君は乙女心に鈍感だなー」


 瑞浪が笑いながら僕を嗜めるように言った。


「僕はこんな見た目してるけど、一応ストレートの男なんでね」

「女の子はね、大丈夫って言葉の裏に色んな気持ち抱えてるの」


 僕の隣と真向かいで璃子と唯がうんうんと頷く――多分女性にしか分からないんだろう。


「瑞浪もそんな時あるの?」

「あるある。もう数えきれないくらいね」


 ていうかこのお色気ボイスはどうにかならんのか? 何でこの人は何を言うにもこんな魔性の女っぽい大人の声なんだ? あっ、そういやこの人、大人だった。


「お兄ちゃんには分からないよ」

「ですね。伊織ちゃんはきっと、あず君の期待に応えようと必死なんですよ。焦らずに見守っていることを伝えるだけでも、だいぶ違うと思いますよ」

「分かった。そうしてみる」

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「あっ、そろそろ紫もご飯の時間かなー」


 唯が紫に母乳を与えるために退席する。この年からは生活が変わったことを改めて痛感する。この変化の時代を生き抜いていけるよう、紫には然るべき教育を施さないとな。


 日曜日を迎えると、また岐阜コンの季節がやってくる。


 瑞浪は岐阜コンにも参加しているが、僕がいた葉月ローストは行列が多すぎて並べなかった。岐阜コンは葉月ローストの最後尾が最大で2時間待ちという驚異的な待ち時間だった。


 ――どんだけコーヒーに飢えてんだよ。嬉しい誤算だけど。


 商店街には金華珈琲を始めとしたコーヒーを出す店が複数あったが、そこにはほとんど人が集まらなかった。ここは一度一計を案じてみた方がいいかもしれない。


 参加手続きの際にスタンプカードが参加者たちに渡される。


 僕が楠木マリッジのスタッフに説明し、柚子と吉樹が参加者にスタンプカードを配っていく。スタンプカードの裏面にはルール説明が書かれている。このアイデア自体は前回の岐阜コンの時点で思いついていたが、実行に移すには時間がかかるため、この時から始めることに。


「いつもあず君にお客さんが集中するの、どうにかなんないかなー」

「そうは言っても、あず君が来なかったら、ほとんど誰も来ないよ」

「確かに僕もあの数は応えるなー」

「このスタンプラリー方式で、客足を他の店にも分散できればいいのにね」

「それならもう考えてある。人気店舗はスタンプを集めた人限定にしてるし、要は全部の店を回りやすくするためにハードルを設ければいいんだ」


 この岐阜コンに参加する際、葉月ローストに人が集中するのを防ぐために、スタンプラリー方式を採用した。スタンプは1店舗につき1品以上注文する毎に、店舗の人に1つ押してもらえる。


 葉月ローストに来る時はスタンプを5個以上押してもらった人限定にした。ここに来た場合もスタンプを押すことになるが、スタンプは特別仕様だ。運営には参加者の参加回数を数えるためにスタンプ職人がいた。スタンプ職人は僕のファンだったこともあり、僕の案を聞いた時からこの日までに僕用のスタンプを作ってくれた。エスプレッソ用のタンパーの形をしたスタンプだ。しかもゴム印の絵までタンパーだ。個人的には凄く気に入っている。できれば岐阜コン用のアプリを作り、参加回数やスタンプをスマホで記録できるようになれば紙もスタンプもいらないが、そうなるのはまだまだ先になりそうだ。


 この情報を発信し、日曜日を迎えてから岐阜コンが始まると、僕が思った通り、参加者は色んな店を回っていた。人気店舗に入るには、少なくとも5店舗回らなければならない。それだけでは当分暇になってしまうため、抽選を行う。抽選に当たると、スタンプなしで人気店舗に入店できる。


 しばらくはコーヒーを淹れ、タンパー型のスタンプを押しながら、抽選に当たった人たちと話した。1等が最初の30分で、2等が次の30分だ。スタンプを5個集めた人が入れるのは、岐阜コン開始から1時間後だ。これで客足を散らすことができる。店にいられるのは30分のみ。席が埋まっている場合は今まで通り外に出てもらう。徐々に店内に人が集まるようになったが、以前のような長蛇の列にはならなかった。これで以前よりも客を散らせた。岐阜コン中は岐阜コン参加者以外には制限がかかるようにし、岐阜コン参加者がいる場合は参加者を優先するようにしている。


 長年客足のコントロールに苦しみ続けた僕ならではのアイデアだ。


 結果的に葉月商店街の全ての店に客が行き渡っていた。スタンプを稼ぐなら、誰もいない店の方が手っ取り早い。結果的にリピーターも増えた。岐阜コンには瑞浪も来ていた。以前は長蛇の列で来れなかったことを聞き、スタンプラリー方式にしたことを伝えた。


 噂をすれば瑞浪がやってくる。行列は少なく、店内にはゆとりがあった。


「相手は見つかったか?」

「全然駄目。何人か良い人そうな人はいたんだけど、年収300万円の平社員だよ。なんか昔の男みたいな出世意欲が全然感じられないというか、目が全然ギラギラしてないの」


 いやいや、あんたにはその男が丁度良いんだよ。瑞浪は乙女心には詳しいのに、婚活市場における序列の中で自分の位置をまるで把握できていないようだった。


「多分だけど、あんたが見てきた理想の相手はバブル期を生きた大人じゃねえの?」

「うん。あの時代は良かった。みんな輝いてたから」


 ――駄目だこりゃ。完全に昔の時代の男と今の男を比べてしまっている。


 多分、会社に居座っているだけで出世ができた肉食系の連中とつき合いたいんだろうが、今そんな奴は絶滅危惧種だ。瑞浪はその絶滅危惧種と結婚しようとしていて、しかもここまで粘ったからには良い相手とつき合わないと気が済まないと思っている。


 一生婚活難民の典型的なパターンだ。


「瑞浪がいいなと思ってる人は多分もう結婚してると思うし、余っていたとしても、そういう人は相手を選び放題だから、20代の女と競合することになるけど、それで勝てるとでも?」

「私、こう見えて結構若く見られるの。若い子にだって負ける気ないし」

「ほとんどの男は相手を年齢で選んでる。あんたが男を年収で選んでるようにな」

「あず君って、何だか婚活アドバイザーみたいになってるねー」


 お袋が横から口出しをしてくる。どうやら最後の客を捌いたらしい。


 親父が雇った3人は、いずれもリーマンショックの影響でカフェが潰れ、しばらくの間就職難に陥ったバリスタだ。僕がピックアップした人はいずれもこの特徴だ。バリスタの仕事に誇りを持っていて、一度店が潰れて就職難になっている人なら、うちで長く働いてくれると思った。スキルもないから転職もしにくい。捨てられた人ほど、拾ってくれた会社には全力を尽くすものだ。足を見ていると言えば聞こえは悪いが、すぐに辞める人を雇えば両方損をする。人を雇う時は絶対に妥協してはならない。


「えっと、瑞浪さんでしたっけ。私、結婚ってお金じゃないと思うんです。好きな相手を追いかけるのもいいと思いますけど、私は自分を好きでいてくれる人も素敵だと思いますよ」

「自分を好きでいてくれる人……ですか」

「私の場合はお見合いでしたけど、とても素敵な相手に出会えたと思っています。夫は元々大手の正社員でした。会社が倒産した時は絶望しましたけど、案外どうにかなるものですよ。この人には私がいてあげないと駄目だって、一層強く思えたんです」


 お袋が満面の笑みで瑞浪に身の上話をしていた。


 瑞浪はそんなお袋を羨望の眼差しで見つめている。


 人によってはマウンティングをしているようにも見えるんだろうか。


 この人にならついていきたいと思う人よりも、この人には自分がついていてあげないといけないと思わせるような、母性を擽る人の方が長いつき合いができると聞く。


 うちの親はそれを見事に体現していた。


「つまり安定じゃなくて、トキメキなんですね」

「そうそう。いくら稼いでる人でも、性格が合わなかったら途中で別れちゃうと思うの。だから稼ぎとか関係なく、一緒にいたいって思う人とつき合えばいいと思うの。ねっ?」


 言いたかったことを言ってやったぞと言わんばかりに、お袋が顔を向けた。


「……お、おう、そうだな」


 僕に至ってはまだ10代の子と結ばれてるし、あんまり人のこと言えないけどな……。


 岐阜コンは男100人と女100人の合計200人規模の街コンとなっていた。最初は全然参加者が集まらなかったけど、僕が運営側で参加することが分かると、その日の内に予約が殺到してキャンセル待ちが続出していた。実に分かりやすい連中だ。つい最近までは、男女合わせても参加者が20人から50人くらいだった。男は時計回りで女は反時計回りに商店街を回る。


 この時だけ出店する店もあって屋台の店もちらほら見かける。それでもキャンセル待ちが後を絶たないらしい。参加者が多いと商店街の近所の店にまで影響が及び、この時だけは岐阜市内の景気が良くなるらしい。町の活性化に少しは貢献できた。参加理由の大半が僕であることが気にかかるが、いつかは僕がいなくても栄える商店街に戻ってほしい。哀愁漂う葉月商店街を見る度に、どこか虚しくなる。


 そんなことを考えながら、僕は帰宅するのだった。


 4月下旬、バリスタオリンピックラストチャレンジが東京で開催された。


 美羽に誘われ、東京まで赴いた。伊織の課題は残ったままだが、商品としては全く問題のないレベルであったため、バリスタ担当の仕事は伊織に任せた。コーヒーのオーダーが増えた時は真理愛にピンチヒッター頼んでるから大丈夫だ。かつて璃子や優子に任せた時も特に問題は起こらなかったし、信任はできるが心配であることがずっと脳の片隅にこびりつき、拭えないままだった。


 だがそれ以上に本戦でライバルになるバリスタが現れるかもしれないし、新たなコーヒーの可能性をこの目に焼きつけられるんだから見に行くっきゃない。きっとコーヒーの話題で釣れると思われているんだろう。だがこれだけは言っておく……その通りだ。穂岐山珈琲には国産牛乳を保存した状態で海外まで運んでもらったり、僕を色んなバリスタ競技会に誘ってくれたりと、色々と協力してもらっている。


 会場はガラガラでほとんど見物客がいなかった。ここで松野が上位36位以内に入れば本戦出場だ。前回のラストチャレンジのボーダーラインが500くらいだったから、それを越えれば36位以内には入れるだろう。このラストチャレンジは、運営側にとっては本戦の練習でもある。


 ジャッジはここで己の感覚を再確認するのだ。


「あず君、久しぶり。事実婚おめでとう」


 僕の隣に座ってきた美羽が笑顔で話しかけてくる。


「お、おう。えっと……今まで黙ってて悪かった」


 美羽の気持ちを知りながら、ずっと交際を知らせずにいた。


 謝らずにはいられなかった。恨まれるような気がしたから。


「別にいいじゃん。あず君が誰と交際しようと勝手だし……でも、黙っていたのはちょっと応えたかな」

「……」


 本当は祝う気なんてないよと言わんばかりの顔だ。むしろ呪う気ならありそうだけど。


「交際を知られたら邪魔されると思った?」

「思わなかったと言えば嘘になるかな」


 そっぽを向いたまま答えた。とても美羽と向き合える気がしなかった。明らかに僕への気持ちを引き摺っている。既に叶わぬ恋と、自分でも分かっているはずなのに。


「松野君ね、あれから凄く特訓したの。色んなコーヒーを片っ端から研究して、準決勝や決勝でも戦えるコーヒーをずっと考えてたの」

「それが実るといいけど、問題は何位で通過するかだ。2位通過の集まりとはいえ、せめてベスト5に入るくらいの実力がないと、本戦は厳しいかもな」

「……どうして?」

「歴代チャンピオンにも2位通過だった人が何人かいた。いずれもラストチャレンジを5位以内で通過してた。今までのデータから推測すると、5位以内に入らなかったら本戦優勝確率はかなり低くなる」

「あず君らしくないなー。あず君はデータに頼らないものだとばかり」

「それは心外だな」


 いやいや、僕めっちゃデータに頼るよ。もっとも、データ通りにならないのが人間の面白いところではあるけど、どんな道でも過去のデータを参考にするのはプロもやっていることだ。


 僕とて自分用の実験データを作って他のバリスタとシェアしてるし、お陰で他のバリスタからも僕が試したことのない実験データを送ってもらえることがある。困ったことに、最近のバリスタ競技会は同じ人ばかりが決勝に上がってくる。データのシェアができていないばかりか、自分だけがデータの独占をして勝ち上がっている人が多いのだ。それは同じ土俵で勝負しているとは言えない。


 全員が実験データを公開している状態で競い合ってこそ、本当の実力が見えてくる。


 フェアプレイの精神こそ、闘争心を高める秘訣なのだ。

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読んでいただきありがとうございます。

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