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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
154/500

154杯目「実技試験」

 採点方式を考えるのは難しい。感覚的には大会のルールを作るようなものだ。


 もちろん、やるからには公正に行う。だが困ったことに、最後の5人に残った人の中には僕の知り合いもいるのだ。つまり誰が作っているのかを伏せて採点をする必要がある。


 2月中旬、遂にその日がやってくる。


 親父はとっとと試験を終えて5人中3人を採用した。僕も早く済ませなければと感じた。採用活動は短期間で効率良く行うべきであることはよく分かった。


「――あれっ、最後の5人の中に真理愛さんがいますよ」


 パソコンを見ていた唯が真理愛に気づく。


 何を隠そう、あの真理愛がうちのシェフ担当として応募していたのだ。


 応募するにしても、葉月焙煎のバリスタ担当に応募しないのは何故だ?


「別に知り合いだから贔屓したってわけじゃないぞ。資格も持ってるし、英語も話せるし、料理も得意だからピックアップしただけ。でも真理愛が応募するなんて意外だな」

「実技試験はどうするんですか?」

「センサリージャッジは相手を顔を一切見ないで、料理のみを採点する。僕はヘッドジャッジとして調理過程を審査する。採点とかはしないけど、明らかに問題行動をしていた場合は失格にする」

「見張りみたいなものですね」

「そゆこと。後はどんな食材を使っているかを聞く。それを説明してもらう際に、おおよその人間性も分かるし、これで面接を兼ねた採用活動ができるってわけだ」


 後は大会にどれだけ興味を示しているかも聞いておくか。うちの同僚もバリスタ競技会に出場することがある。唯も僕の影響でJBC(ジェイビーシー)に出場するようになった。


 璃子もカフェモカを作る際にラテアートを書いたことで、ラテアートに興味を持つようになり、この年からJLAC(ジェイラック)に出場している。


 2人共決勝までは行くが、いつもそこ止まりだ。


 葉月珈琲の代表は毎回注目されるが、まだ僕以外にバリスタ競技会で優勝した人はいない。伊織は将来的にJBrC(ジェイブルク)への出場を目指している。


 真理愛は以前からJCIGSC(ジェイシグス)へと出場している。


 みんな見事に目指す分野が分かれた。


 この日は日曜日、優子には土曜日に休んでもらい、この日出勤してもらった。


 うちの面々はそれなりに舌が肥えている。僕も味見くらいはするけど、彼女たちのことはそれなりに信用している。小さな会場にはいくつかある調理スペース、壁で隔てた場所には審査スペースがある。


 午前12時、予定通りに5人が集まる。


 まずは璃子たちと挨拶から日常会話までをしてもらった。


 彼らの顔と名前を確認しているところだった。


「あの、お久しぶりです」


 聞き覚えのある声がする方へ顔を向けると、そこには満面の笑みを浮かべた真理愛の姿がある。黒を基調とした調理服が凄く似合ってる。髪を後ろにまとめてあることからも、調理への配慮が窺える。


「真理愛、また可愛くなったな」

「ふふっ、お世辞がうまくなりましたね」

「本気で言ってるのに。親は説得できたみたいだな」

「説得って言うよりは、ごね通した感じですけど……今の私はただの真理愛です。もう親の保護は受けられないと思いますし、世界的レストランチェーンの娘はもういません」

「そうか。でもここは審査の場だ。センサリージャッジは顔を見ないで採点する。だからいくら知り合いでも、腕前が良くないと受からないぞ」

「もちろん自信はあります。受かるために来たんですから」


 真理愛はこの年のJCIGSC(ジェイシグス)にエントリーしていた。


 元々オーガストがあった場所を自分名義の拠点とし、自費で課題となるコーヒーカクテルを開発しながらも、この実技試験に向けた料理の開発もしていたのだ。


 結局、最後まで母親が反対し続けたことで両親と疎遠になり、孤立無援の状態になってしまったが、引き換えに真理愛は自由を得た。しばらくは店で稼いだ分の貯えで生活ができるらしい。うちに受からなかった場合は別の企業を受けて、お金を貯めながら自営でオーガストを再開する予定だとか。


「まあ、あそこは家賃安いからな」

「それだけじゃないですよ。葉月商店街には思い入れもありますから」

「オーガストは再開するつもりないの?」

「お金が貯まったらできますけど、まずは正規雇用の仕事を見つけてからですね。27歳既卒で正社員として雇ってくれる職場ってほとんどないんです」

「あー、それで来たのね」


 女性というだけでパートの仕事しかできない企業が多すぎる。


 日本ほど男女の給料に格差がある国も珍しい。


 建前上は平等に扱わないといけないことになっているわけだが、相変わらず総合職に男、一般職に女を採用する風潮が根強くある。落とす場合にその理由を言わなくてもいいのが厄介だ。結局は性別を理由に不採用にしてもいいことになってる。故に、うちのエントリーシートには性別の項目がないのだ。昔は最初からどちらかの性別のみという求人があった分、まだ無駄落ちする手間を省けた。


 男女雇用機会均等法とは何だったのだろうか……。


 シェフ担当実技試験の課題は店の春メニューとなる洋食だ。


 材料を各自持ち寄って新メニューとなる洋食を作る。見た目、味のバランス、再現性の合計スコアが最も高い者が正社員として採用となる。何故これを考えたのかと言えば、料理の新メニューの開発はリサたちに任せていたが、リサたちが異動になった今、新メニューを考える暇はない。


 投稿部に新メニューの課題を丸投げしてもいいが、うちが求めてるのは即戦力だ。メニューの開発くらいはできる人でないと困る。そこで、これから新人となる人に課題を考えさせることにしたのだ。


 バリスタ担当は僕と伊織、唯には新人の入社と共にシェフ担当に代わってもらうことに。璃子と優子はパティシエ担当のまま、それぞれの新メニューの開発をしてもらう。


 新メニューを課題にすることで、次のシーズンの新メニューと実技試験の課題作りを同時に達成することができるのだ。ヘッドジャッジが調理作業を見て作業の速さ、正確さ、衛生面を審査する。そして公平を期すためにセンサリージャッジは作った人の名前を伏せて審査をする。3人の審査員のそれぞれが見た目、味のバランス、再現性を100点満点で採点し、平均化したのが最終スコアだ。


 璃子、唯、優子はセンサリージャッジだ。僕はヘッドジャッジとして、全員の動きを公正にチェックする責任がある。調理作業は全員問題なしだった。後はセンサリージャッジ次第で全てが決まる。


 しばらくして配達係となった伊織が1品ずつ料理を持っていくと味の審査を始めた。伊織は実技試験中一言も話してはいけない。僕は味覚が鋭く、何の材料を使っているかが手に取るように分かる。真理愛の作った料理は本人がいなくても味だけですぐ分かった。それほどにまで他と差をつけていた。


 料理ができて、日本語と英語とフランス語の3ヵ国語を話せて、バリスタとしての技能もある人はそうそういない。資格や特技は1つにつき10点分の追加ポイントとなる。


 ただし、追加ポイントは50点まで。真理愛は調理師免許とソムリエ資格を持っていた。


 他の参加者も全員資格持ちだ。ここまでは互角、後は璃子たちが決める。


 真理愛が作ったのは、野菜、果物、食肉を揃えたバイキングフォンデュだった。


 フォンデュは真理愛の故郷であるスイス料理の代表格だ。


 真理愛は甘さ、辛さ、酸っぱさのある3種類の自家製フォンデュソースを用意し、アスパラガスやブロッコリーといった野菜、林檎やバナナといった果物、ミートボールやウインナーといった食肉がフォンデュ用の食材としてバランス良く揃っているメニューだった。再現性の高さも説明を聞いていたからバッチリだったし、どれとどれを組み合わせても全く違う味なのに、全部美味い味だったのだ。伝統を守りながらも、自分で味を作れるのは斬新な発想だ。


 これは親父にかなり鍛えられたクチだな。


「今回のシェフ担当採用試験に合格したのは……加藤真理愛さんです。おめでとうございます」


 実技試験の結果はすぐに伊織の口から発表された。真理愛は立ち上がって何度もお辞儀をしていた。他の求職者には相手が悪すぎた。明らかに背負っているものが違う。


 葉月珈琲からは真理愛の採用が決まった。センサリージャッジを務めた3人もどれが真理愛の味かがすぐに分かったらしい。というかもう全ての項目で差がついていた。彼女は新メニューの作り方を完全に熟知していた。これは身内であることを抜きにしても文句なしだ。


 僕らは家に戻り、優子も自分の家へと戻っていく。


「あず君、これからよろしくお願いしますっ!」

「お、おう。真理愛、何でバリスタ担当にならなかったの?」

「葉月ローストだと、コーヒーカクテルが作れませんし、私もWCIGSC(ワシグス)優勝を目指していますから、身近にコーヒーカクテルのプロがいてくれた方が助かります」

「あくまでも普段は料理に徹してもらうぞ」

「ですよねー」


 真理愛は下を向きながらテンションが下がる。余程コーヒーカクテルが好きなんだな。


「――でも……大会前だったら、一緒に考えてもいいかな」

「……はいっ! 私、精一杯御奉仕させてもらいます」


 真理愛が後ろから僕に抱きついてくる。


 彼女の豊満なダブルメロンが僕の背中を刺激し、このソフトな触れ心地が僕をにやけ顔にする。


 おいおい、僕はもう事実婚してる身だぞ。まあでも、ずっと孤独に耐えてきたもんな。


「いつから来ればいいですか?」

「真理愛が良ければ明日からでもいいけど、引っ越しの準備がある場合は3月が終わるまで待つけど」

「分かりました。家はあるので大丈夫です。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」


 真理愛は上機嫌のまま家に戻っていく。その後ろ姿からは自信が滲み出ていた。


「あず君、無事にシェフ担当が決まりましたね」

「ああ、真理愛は貴重な戦力になってくれるはずだ」

「真理愛さんがうちに応募したのは、もう1つ理由があるように思えました」

「どんな理由?」

「――秘密です」

「何だよそれ」


 ついクスッと笑ってしまった。伊織もジョークがうまくなった。バリスタにはこういう能力も必要なのかもしれない。トークがうまいバリスタがいると、また店に行きたくなる。伊織に迷いはない。大のコーヒー好きである伊織にとって学校は退屈でしかなかった。僕もその気持ちは痛いほど分かる。ここで就職を勧めるのは僕のエゴだ。自分の道は自分で決めるべきだと思うからこそ、必要以上の誘導はしなかった。僕自身、誘導されて道を決めさせられていたら、自分の決断に責任を持てなかっただろう。


 3月上旬、研修を終えた真理愛が、晴れて正規雇用で就職することに。


 彼女はオレンジを基調とした制服を見事に着こなしている。


 レモンやライトグリーンの制服はリサたちが動画撮影用の制服として持ち帰った。


 真理愛のデビューが始まると共に、伊織に対して英語のレッスンをすることとなった。うちで接客をするなら英語は必須だ。早くも教える側になれるのが即戦力の良いところだ。


「そういえば、JCIGSC(ジェイシグス)は?」

「もう終わりました。決勝までは行けるんですけど、優勝はなかなか」

「決勝まで進んでるなら、基礎はちゃんとできてるってことだから、後は応用だな。真理愛はアルコールには詳しいけど、コーヒーにはまだ疎いように思えるから、多分そこの差かも」

「ですよねー」


 JCIGSC(ジェイシグス)は難易度が高い上に参加者も少ないわけだが、それは参加者のレベル差が激しく、毎回同じ人が決勝に上がってきやすいことでもある。1番できる人と1番できない人の差が小さいほど、ファイナリストが毎回バラバラになりやすい。この差が大きいということは、それだけ参加者がコーヒーの研究に没頭する上で、情報や環境に格差があるということだ。


「でも真理愛ちゃんがうちに入ってきてくれて本当に助かるなー」


 声の正体はクローズキッチンから出てきた優子だった。


「そんなに人手に困ってたんですか?」

「そりゃーもう大変だったよー。シェフ担当が部署移動で一気に2人もいなくなったから、しばらくはみんなでシェフ担当も兼任してたの」

「そうだったんですねー」


 真理愛が冷や汗をかきながら静かに驚いた。無茶振り感はあるけどミスだとは思っていない。他の部を育てるために必要な処置だった。結果的に利益の方が大きくなっていればそれでいいのだ。


「うちには3つの担当があることは話したよな?」

「はい。みんなコーヒー、フード、スイーツを基礎レベルまでならできると聞いた時は驚きました」

「リサとルイが色んな料理を作れるようになったのはうちにいた影響だ。お陰で料理のレパートリーが物凄く広いし、ネタに困ることがない」

「ただ働くだけじゃなくて、ご飯を食べられる大人を作る場所でもあるんですね」


 こいつ、絶対僕のラジオ見てるな。昔炎上してただけあって耳が痛い。


 うちの教育は再教育と言ってもいい。そしてこれを必要としている人も多いだろう。


「僕は現場での実戦経験が1番の教育だと思ってる。どうせ就職させるんだったら、小学校の段階から職業訓練校みたいにすればいいと思うけどな。読み書き計算だって、現場で仕事をしている内に勝手に身につくし、今なんか自動券売機があるからレジで計算する必要ないし、調理をする時の計量とかも数字が読めれば十分だから、基礎科目の意味がないんだよな」

「現場主義なんですね」

「知識を詰め込むだけじゃ、生きる力も働く方法も身につかない。そのことは今増え続けている大卒ニートたちが証明済みだ」

「まっ、とにかく、人手不足の問題はこれで解決ですね」


 唯が何とか話を締め括ってくれた。


 下手をすると延々と長話になるのが僕の悪い癖だ。特に教育問題の話に敏感になってしまっている。それだけ何を教えるかが重要と分かっている証だろうか。


 3月下旬、真理愛がうちでの作業に慣れてきた。


 ジャコブの店でのソムリエ見習いの仕事が活きている。


 本来は午前12時からが営業時間だが、真理愛はうちに9時から来てはコーヒーカクテルの研究に没頭していたのだ。うちはこの年から営業時間の3時間前後は料理などの自由研究ができる。


 午前9時から午前12時、午後6時から午後9時までの間だ。これによって朝型と夜型の両方に対応できる上に、大会前は丸々12時間を研究の時間に費やせるのだ。日曜日もスタッフ限定のフリースペースとして開放してある。これこそ、僕が多くの大会を制してこれた理由の1つでもある。


 集中できる環境は大事なのだ。


「もうすぐ4月か。いよいよだな」

「はい。もうすぐここに就職ですね」

「卒業式はどうだったの?」

「友達に成人式で会うことを約束しました。先生は通信制の高校を勧めてきましたけど、今は学校よりも輝ける場所を見つけたので、必要ありませんって伝えました」

「うちと学校とじゃ、居心地が全然違うぜ」

「全くですね」


 僕と伊織が仲良しそうに笑いながら会話をしていると、水を差すように璃子が割って入ってくる。


 何やら伊織のことが心配なようで。


「伊織ちゃん、うちに入るのはいいけど、今までのバリスタ修行みたいにサボりは厳禁だよ。学校に行かないのはいいけど、裏を返せば、ここで通用しなかったら人生詰むってことだからね」

「は、はい……分かりました」


 伊織が一瞬冷や汗をかいた。璃子は伊織が笑っているのが許せない様子だ。


「じゃ、じゃあ私はもう帰ります。では――」


 逃げるように伊織がバックヤードに歩いていく。


「璃子、なんか伊織に対して冷たくねえか?」

「だって段々お兄ちゃんに似てきてるんだもん。お兄ちゃんかそれに匹敵するくらいの実績を持っていたら、捻くれた性格でも許されると思うけど、何の実績もないのに図に乗らせていたら、伊織ちゃんのためにならないよ。仕事は遊びじゃないんでしょ?」

「それはそうだけど、あいつはずっと我慢しなくてもいいことを我慢して生きてきた。それに遊びは遊びでも、真剣に遊ぶならそれでもいい。あいつだったら、すぐに実績を積み上げられると思う」

「どーだか。油断してたらどうなるか分からないよ」


 璃子の言葉は警告のように思えた。甘やかしているつもりはない。あくまでもうちは彼女が甘えられる場所というだけだ。どこかにやる気スイッチを作ってやらないと、継続できるものも継続しない。


「それより、バリスタオリンピック用のコーヒーは決まったの?」

「決まったも何も、僕はこれから新しいプロセスのコーヒーを試す予定だ」

「新しいプロセスのコーヒー?」

「うちの各農園の園長たちが実験好きでさ、新しいプロセスのコーヒーを色々と試してるところ。うちからたくさんの資金援助をしたことで、それぞれの農園の栽培可能な面積が更に広がって、色んなプロセスのコーヒーを実験できるようになった」

「それ間に合うの?」

「間に合わせる。何としてでも」


 新しいコーヒーが送られてきた時は興奮が止まらない。いつになっても、僕はコーヒーの虜なのだ。


 バリスタオリンピックまであと半年。残りの期間で課題となるコーヒーを全て完成させる。9月までには完成させて、残りの期間をプレゼンの組み立てに費やす予定だ。


 こればかりはみっちりやらないと決勝まで身が持たない。決勝では最高のコーヒーを出す予定だが、予選落ちすれば、全てが台無しになる。


 つまり予選、準決勝、決勝の全てで、僕が淹れられる最高のコーヒーを出すしかないのだ。


 死力を尽くせ。さすれば報われん。


「あず君いる?」


 柚子が入ってきたと同時に透き通った声で僕を呼んだ。店の営業時間はとっくに終わっている。その後で来たということは、用件は岐阜コンについてだろう。柚子とはしばらく口を利かなかった。唯と結ばれたのが受け入れられなかった。たとえ認められなくても、僕らは既にここにいる。


「もしかして……岐阜コン?」

「うん。あず君が言っていた岐阜コンの案だけど、今回から実行することにしたから、みんなに伝えるために、最初は受付に集合ね」

「ああ、分かった」

「岐阜コンの案って何?」

「岐阜コンに参加している店は食べ飲み放題になるだろ。今までは食べに行く店も土産物を買う店もかなりの偏りがあったから、これからはそうならないように、スタンプラリー方式を導入するんだよ」

「あず君のアイデアで、葉月商店街の隠れた名店が息を吹き返してくれるといいけど」


 スタンプラリー方式によって、人気店とそうでない店の格差が縮まることを期待しているが、それだけじゃ不十分だ。岐阜コン中は通常の客を制限する必要があるし、まだまだ課題が山積みだな。


「じゃあ、明日からよろしくお願いしますね。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」


 伊織が扉を開けて葉月珈琲を去っていった。


「明日からってどういうこと?」

「伊織がようやくうちで働けるようになる」

「まだ15歳の子を正規雇用で働かせるのって、葉月珈琲くらいじゃない?」

「そうだな。でも早い内から知識と技術を磨いていれば、20代になる頃には、自分の店を持てるくらいになってると思うぞ。将来が楽しみだ」

「ふーん、全員があず君のようになれるといいけど」


 皮肉を言いながらも、伊織が出ていったばかりの扉を見つめている。


 僕みたいにはなれなくてもいいけど、やっぱ生まれてきたからには、飯を食える大人にくらいにはなれないと高確率で人生不幸になる。僕なりに背中を押しているだけだ。


 伊織の人生という名の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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読んでいただきありがとうございます。

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