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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第7章 バリスタオリンピック編
153/500

153杯目「採用活動」

 2月上旬、飲食部のシェフ担当とバリスタ担当の募集を受け付けた。


 シェフ担当は葉月珈琲に、バリスタ担当は葉月ローストに就職させる。


 他の部は責任者の推薦で入社してもらうとして、僕が担当する飲食部は実技試験で選考を行うことに決まった。応募条件は15歳以上で岐阜市に住める人である。コーヒーと料理の実技試験をして、最も調理のうまい人が入社できる。うちの店はシェフ担当の不在に悩まされていた。しばらくは僕と璃子が兼任することになったが、これはあくまで応急処置だ。雇わないことには何も解決しない。


 唯は定期的に授乳をする必要があるし、優子は新メニューの開発までやっている。バイヤーはそれぞれ個人が必要な物を発注することで補っている。唯はもう復帰しているし、瑞浪もうちでの住み込み生活に慣れてきたみたいだけど、新人教育は早く済ませておきたいところ。


 まずは書類選考から始めた。目の前にあるパソコン画面には膨大な応募者のデータがある。これが終わるまで店の仕事以外はできない。遂に採用試験を行う時が来たか。当然手書きしかできない奴は応募すらできない。今はホームページからオンラインでエントリーシートを提出できる時代なのに、手書きで間違えたら書き直して提出なんて、写経もいいとこだ。


 時代の流れについてこれない奴と一緒に仕事をする気はない。募集は1月から行っていたが、書類選考で正社員を募集したら1万人以上の応募が殺到する。だがそのほとんどは小学生が書いたような拙い文章で、選考は楽だった。服従と読み書きと計算以外は習得しないよう刷り込まれている。


 日本がいかに主体性のない人間ばかりで埋め尽くされているかがよく分かる。


「採用活動はどうなってるんですか?」


 夜までエントリーシートを見続けていると、風呂に入ったばかりの唯がやってくる。肌がツヤツヤしていて光沢がある。いつもの僕なら襲ってしまいそうだ。


 だが今は仕事がある。採用活動は絶対に手を抜いてはいけない。


「8000人分くらいは終わったかな。あと2000人くらい」

「随分と膨大な量を捌きましたね」

「人を採用するのって、こんなに大変なのかぁー」

「次からは条件を絞ったらどうですか?」

「大会の入賞歴とか?」

「それだとハードルが高すぎますから、シェフ担当であれば料理歴10年以上とか、もしくは飲食店に勤めていた人だけにするとか」

「いくらでも誤魔化せそうな気はするけど、次からは条件を絞った方が良さそうだな」


 唯の言う通りだ。伊織のように経験は浅くとも実力のある人もいる。


 そういう人を採用することも狙って対象を広くしてみたはいいが、これ明らかに興味本位で応募している人もいるんだよなぁ~。履歴書を見れば、人生に対する覚悟が見える。


「エントリーシートが簡易的ですね」

「うちのが簡易的っていうよりは、日本の履歴書が項目多すぎなだけだ。どうでもいいような項目ばっかりだったし、あんなにいらねえだろ」


 最終的にオンライン応募の中から5人に絞り、実技試験で選ぶことになる。


 優太が作成した葉月珈琲専用の履歴書には、名前、連絡先、技能、自己PR以外は全く書く必要がないのだ。余分に見るポイントが少なくて済む。顔写真は外見差別に繋がりかねないし、性別の項目があるのもよく分からない。男女雇用機会均等法があるのに、この項目があるのはおかしい。学歴も仕事の質との関連性が証明されていない時点で書かせる意味がない。


 生年月日も終身雇用や定年制を採用しない限り書く必要はない。


 うちに受かったら最悪岐阜市内の寮に住んでもらう手もある。


 趣味も仕事上必要のないものだ。本人希望記入欄もうちはジョブ制であり、予め役割を絞っているために書く意味がない。メンバーシップ制でもほとんどは部署を選べないため書く意味がない。


 こうしてみると、日本の履歴書って……見る意味がない項目多すぎなんだよなー。


 余計な記入をした輩は落とす。注意事項も守れない時点で細かい気配りができない奴確定だ。うちは簡単な履歴書に加えて課題となる洋食料理を作ってもらい、写真をエントリーシートと一緒に送ってもらった。基本的には英語を話せる人、調理の資格を持っている人、料理が得意な人は追加得点のアドバンテージがある。この時はカルボナーラとレシピを送ってもらった。


 カルボナーラのレシピは人の数だけあると言われるほど多様性に富んでいる。


 評価基準はレシピの創意工夫と見た目への心遣い。ここから最終選考に進めるのはたったの5人だ。料理の種類こそ絞っているものの、材料は特に指定しておらず、腕の差や食材選びのセンスが露骨に表れる。レトルトの食材を使う人もいれば、しっかりと自家製の食材を使う人もいた。


 見た目やレシピの時点で差がついていたし、選ぶのはそこまで難しくなかった。


 カルボナーラとはイタリア語で炭焼き職人という意味である。


 黒胡椒が炭の粉を表現している。つまりカルボナーラを作る以上、黒胡椒が必須になるわけだ。


 なのに……何故か黒胡椒を使わない輩が大勢いたのだ。セオリーも知らねえのかよこいつらは。


 もちろん、基本中の基本も知らない奴は落とすに限る。基礎がなってない時点で素人ですと言っているようなものだ。教えてくれてありがとな。お陰で選考がしやすくなる。


「良しっ! やっと終わったぁ~!」


 両腕を上げて体を伸ばした。しばらく柔軟体操をしていると唯がやってくる。もう昼過ぎだった。


「お疲れ様です」

「あぁ~、気持ちいぃ~」


 唯が両腕で僕の両肩を痛くないくらいの力で叩き、耳元から囁くように話してくる。


「ご飯作りましょうか?」

「うん。コーヒーも頼む」

「はい。5人に絞ったんですか?」

「一応な。シェフ担当希望者から5人、バリスタ担当希望者から5人。バリスタ担当はバリスタ歴の長い人から選んでるし、親父の研修も受けるから問題ない。美月と同い年くらいの人ばっかりだな」

「お義父さんもお義母さんも人手不足と言ってましたね」


 親父もお袋も、唯を家族の一員として受け入れている。


 子供のことも可愛がってくれているし、良心的な両親を持ったと思う。


「店行ったんだ」

「買い出しをする時に寄ったんです。その時は店内にあまりお客さんがいなかったんですけど、それでも席の半分以上が埋まっていました」

「今はともかく、夏場には大勢の客が押し寄せてくる。それまでに採用を決めないと」

「ですね。主にどういう部分で落としてるんですか?」

「文法の基礎も分からない奴とか、自己PRの意味が全然分かってない奴とかは容赦なく落とす。こういう人結構多いからなー」

「どういう人ですか?」


 唯の言葉に応えるように、まともな自己PRでない人の文章をパソコン画面にピックアップした。


 本当はこんなことしたくないけど、唯が採用活動をするようになった時のための教材だ。


「例えばこれ。僕は野球部にいたので、体力には自信がありますって書いてるこいつとかな」

「どういうところが駄目なんですか?」

「まず体力のある人なんていくらでもいるし、うちは営業時間が6時間だから体力はいらない。今持っているスキルを使ってどう貢献できるかを書くための自己PRなのに、関連性も証明しないまま自分の取り柄だけ書いてる奴が大勢いる。しかも何のスキルも持ってない奴ばっかりだし」

「新卒の人が多いですね。新卒だから雇ってもらいやすいと思ってるんじゃないんですか?」

「だとしたら重症だな。うちには新卒の概念自体ないし、無条件で身内を雇っていたのも、調理の腕がそこまで求められていなかったからだ」

「やっぱり調理師の資格を持ってる人とかに絞った方がいいんじゃないですか?」

「――気は進まないけど、次からはそうするか。あくまでも欲しいのは即戦力だし」


 親父のパソコンにバリスタ担当の候補5人を送り、実技試験を実行するように命じた。


 葉月珈琲は1人のみの採用だが、葉月ローストについては採用人数を自由とした。


 親父のことだから、きっと複数人採用するかもな。今あの店は3人だけだし、混み具合とコーヒー抽出のペースを考慮すると3人は堅いな。


 最終選考へと駒を進めた人の中には()()()()()もいた。


 この時の審査員は、僕、璃子、唯、優子だ。小さな会場を借り、調理ができる環境を整えた。5人を集めて実技試験を行うが、仮に調理が下手な人を通過させてしまった場合でも、実技試験では誤魔化しが通じない。我ながら良い試験方法だ。ここまでで面接試験がないことに疑問を持つ人もいるだろう。


 面接なんてうちには必要のないものだ。演技力の高い人が有利になるだけで、面接ができる人と仕事ができる人の関連性が証明されていない以上、全く意味がない。どうせ試験会場に来た時に顔を合わせて話すことになるし、人柄なんてすぐに分かる。うちが必要としているのは調理の腕であって、上っ面な演技力じゃねえんだよ。内定コレクションが目的なら他でやってくれ。


 入った後のミスマッチが多いのが証拠だ。面接力=仕事力ではない。


 それはあくまでも営業をかける仕事の場合である。


「まあそういうわけで、今月の中旬までには、シェフ担当の採用活動が終わる」

「やっとシェフ担当が来てくれるんだー。シェフ担当はうちの課題だったからねー。ねえねえ、何で次の採用が決まるまで、リサとルイを置いておかなかったの?」


 優子が腕を組みながら疑問を僕にぶつけてくる――。


 言われてみればもっともだとは思うが、これにはちゃんとした訳がある。


「うちの法人チャンネルの運営権を本格的に委譲するんだから、やるなら徹底してできる環境に身を置いてやらないとな。投稿部は新メニューの開発担当も兼ねてるし、うちで料理しながらだと、新メニューの開発がやりにくいって言ってた。あいつらは1つの仕事に集中した方がうまくいくタイプだ。店に来なくなったのは寂しいけど、それがビジネスの世界だ」

「あたしもやってみたいなー。投稿部」

「興味があるなら、休日にでも行ってみるか?」

「それいいかもー。まあでも、異動は希望しないけどね」


 優子が異動を希望しないことは分かっていた。


 だからこそ、リサたちの様子を見に行くことを勧められたのかも。


 伊織はバリスタ担当の仕事を無理なく遂行できるほどに成長している。何なら今日からでも採用していいくらいだ。だが法律の壁がそれを許さない。


「伊織ちゃん、高校受験本当に受けないの?」


 うちに来ていたお袋が伊織に尋ねた。おいおい、余計なこと聞くなよ。


 今時普通科の高校に行ったって、3年間を無為に過ごすだけだぞ。


「はい。惰性で行くような場所は本当の居場所ではないと、あず君が言ってたんです。高校に行っても毎日教室の端っこで、つまんなそうな顔で大人しく座っている自分の姿が容易に想像できてしまったんです。それだったら行かなくていいかなって。学歴は人生を保証してくれません。でも、ここで働けば成長は保証されるって思ったんです。あくまでも自分次第ですけど、それだったら……いつもの自分らしくいられるここで仕事がしたいんです」

「へぇ~。私は視野を広げた方がいいと思うけどなぁ~。そこまで言うならあず君のことよろしくね」

「……はい」


 愛梨がジト目のまま入ってくる。彼女は雨の日にここにやってくる。


 最初に来た時からずっと。晴れの日は夜にしか外出したがらない。


 いやいや、愛梨が夜外に出たら危ないって。ただでさえ目立つ上に美形のルックスとボディだ。日光を極力避けて生きている彼女は、夜空に浮かぶ月のようだった。


「いらっしゃい。ここ空いてるよ」


 唯が開いているカウンター席を指差しながら愛梨を誘導する。


 1人で来る客はなるべくカウンター席に座ってもらう。客数を最大化する手段である。50人分の席があるとはいえ、4人用の席もそれなりにある。


「エスプレッソとジェノベーゼを貰いたいっす」

「分かった。ちょっと待っててね」


 愛梨はいつも通り低いトーンで言うと、カウンター席でゲーム機を使い始める。だが最初に来た時とは違った。イヤホンをつけずに無音でゲームをするようになっていたのだ。ずっと自分の殻に籠っていたはずが、いつの間にかうちの常連となり、僕らと会話をするようになっていた。


 そんなことを考えていると、料理に駆り出された優子がクローズキッチンから現れた。


「あっ、愛梨ちゃん。来てくれたんだー」

「家にいてもつまんないだけっす」


 不機嫌そうな顔で愛梨が言葉を返した。どうやら名前で呼ばれることを受け入れたらしい。


「ふーん。あず君、愛梨ちゃんのお代はあたしが払うから」

「ああ、分かった」

「それにあず君から聞き捨てならない言葉を聞いて……とても悔しかったっす」

「……何が?」

「私が三流だと言われた時、何も言い返せなかったっす。元々自覚はあったっすけど、事実だから」

「お兄ちゃん、また何か余計なこと言ったの?」

「そんなつもりねえよ」


 気にしてたのか。てっきり聞き流してたものとばかり。


 愛梨は傷ついていた。悪口じゃなく、事実を言われて。


「今だって生活を優子お姉ちゃんに頼りきりで、何もできない自分が恥ずかしくて、余計に外に出る気がないんすけど、このままじゃ駄目だと思ったんすよ」


 愛梨は悲しそうな顔で僕を見つめた。何とかしてほしいと訴えかけるものではなく、ただ辛いと訴えるような仕草だ。今の自分を変えたい。でも変え方が分からない。そう言いたいんだろうが、プロフィールを一通り知らないことにはどうにもならない。好みが分からない以上、どうしようもない。


「言いたいことは分かったけど、君は結局どうなりたいの?」

「私は……一流になりたいっす」

「何の分野で?」

「今はまだ分からないっす。でもここに来れば、何か分かると思って」

「何で分かると思ったの?」

「ここの人たちは……みんな生き方が一流だと思ったんすよ」

「ふふっ、そんなことあるよ。まあでも、この中で一流なのは客の方かな」

「客の方っすか?」

「うん。僕らが一流の仕事ができるのは、一流の客がいつも来てくれるからだ。みんなが僕に一流の仕事ってやつを雑談で教えてくれた」

「意外っすね」


 実際、うちの店の良いところも悪いところも客が教えてくれた。うちの客は店を評価することにおいては一流と言えるものだった。贅沢な彼らが文句を言わなくなるまでにどれほどの年月を費やしたか。世界各国からやってくる美食家たちが文句を言わなくなれば、それは一流の店になった証である。


 僕自身、一流と言われているカフェを渡り歩き、それらを参考に店を作り続けてきた。


 カフェ巡りは味を楽しむだけじゃなく、店側の人間としての立ち振る舞いを学ぶための巡業でもあったのだ。それを何度も繰り返していたら……そりゃ一流にもなるって。


「愛梨、飯を食い終わったらさ、また2人で話すか」

「了解っす」


 どうしても2人じゃないと話せないことがある。


 愛梨が食べ終わると、また僕の部屋に呼んだ。


「そういえば、1階にもたくさんトロフィーが並んでたっすね」

「あれは全部国内予選と世界大会のトロフィーだ」

「どうやったらあんなに結果が残せるのかが知りたいっす」

「教えてもいいけど、その前に愛梨の今までを聞いてもいいかな?」

「――了解っす」


 間を置きながら渋々敬礼をする。


 どうにか愛梨から過去を聞くことができた。


 情報がないと分析のしようがない。


 彼女は小さい頃から変わった子だった。祖父がロシア人ということもあり、白に近いブロンドの髪で生まれた。色んなものに興味を持ち、男性用の服ばかりを好きになった。だが周囲はそんな彼女を受け入れなかった。両親は女の子らしい子になってほしいと思ったのか、愛梨の趣味とは異なる物ばかりを与え、それが彼女の心を蝕んでいった。家ではお淑やかな女の子でいることを求められ、学校では髪色を理由に迫害を受けた。愛梨はそんな自らの過去を話している内に段々と涙声になってくる。


 更に追い打ちをかけるように両親が離婚し、愛梨のお袋が彼女を引き取ったが、その際に自分の名前が親父の元カノの名前であることを知り自暴自棄になった。今までのストレスを吐き出すように犯罪に手を染めるようになり、小6の時に自分の髪色を馬鹿にした同級生に骨を折る重傷を負わせてしまい、つい最近まで少年院にいた。やっと出てこられたかと思えば、両親から手に負えないことを理由に育児放棄され、しばらくしてから祖母が入院してしまったために、優子の家へと転がり込んだ。


 優子が彼女を愛梨と呼んだ時、侮辱されたように怒っていた。


 そりゃ名前にトラウマを持つようにもなるわな。愛梨の人生は十字架そのものと言っていいほど壮絶なものだった。明らかに社会が悪いとしか言いようがない。愛梨は必要に迫られて犯罪を犯しているように思えた。それが自分を侮辱することへの抑止力になると願っていることはすぐに分かった。


 だがその結果、愛梨は社会的な孤立を余儀なくされた。


「そんなわけで……私は学校から来ないように言われてるんすよ」

「随分と盛大に暴れまくったな」

「私は失うものが何もないんで、もう何も怖くないんすよ」

「まさに無敵の人ってわけだ」


 ――参ったなぁ~。寄りによって1番世に出てきてほしくねえタイプじゃねえか。


 失うものがない奴は、いつ何をやらかしてもおかしくない。みんな怖いんだ。学校側が来るなと言うのも分かる。優子が彼女を1人にしたくなかったのはそのせいか。


 愛梨は僕のベッドに座りながら、部屋をキョロキョロと見回している。1階にいた時と同じで落ち着きがない。このままじゃこいつも施設行きだな。


 寄り添うように距離を詰め、彼女の隣に座った。


「怖くないんすか?」

「君より怖い人をたくさん見てきた」


 僕の言葉に愛梨は安堵の笑みを浮かべた。


「あず君は他の人とはどこか違うっすね」

「お互い様だろ。世間がもっと無関心でいてくれたら、案外普通の人生になってたかもな」

「そうっすね」

「なあ、愛梨」

「なんすか?」


 愛梨が両手を開いてベッドに座りながら顔を向ける。


「応援してる。他の奴が敵に回っても、僕はずっと味方だから」

「何でそこまで親身になってくれるんすか?」

「不本意かもしれないけど、君は昔の僕によく似ている。でも昔の僕とは明らかに違うところがある」

「どんなところっすか?」

「僕は最後まで希望を捨てなかった。だからここまでやってこれた」

「――私は最後まで希望がなかったっす」

「でも今は違うだろ」

「えっ!?」


 愛梨が一瞬驚いた。何を言っているんだと言わんばかりの目で。自分からは事件を起こさないタイプなのはすぐに分かった。僕だって迫害を受けなければ暴れたりしなかった。


「今は僕がいるだろ。君が一生引きこもりとして食っていくというなら、全力で応援するぞ」

「本当っすか?」

「ああ、本当だ」


 無敵の人に勝つ唯一の方法、それは引き籠っていても生活が成り立つようにしてやることだ。


 労働者に向かない人を無理矢理働かせようとするから問題が起きる。


 だったら本格的に事件を起こし、優子までもが世間の餌食になってしまう前に封じ込めればいい。


 引き籠っていても食っていけるようになれば、もう外に出てくることはなくなる。外にさえ出なくなれば、嫌な奴ともいちいち会わなくていいんだ。白に近いブロンドの髪を指摘されることもない。


 嫌なものを見なくて済むなら、それに越したことはない。


 愛梨を帰らせた後、実技試験の採点方法を考える時間が続くのだった。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

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