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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
150/500

150杯目「事実婚プロポーズ」

 数日後、唯の誕生日がやってくる。


 唯はしばらく産休で仕事を休み、家で無理のない範囲で家事に勤しんでいた。


 名目上は体調不良だったが、十分すぎるくらいに怪しまれていた。


「じゃあ来年はバリスタオリンピック以外の大会には出ないんですね」


 唯が僕の隣から囁いた。この時は僕、璃子、唯の3人だけだった。


「そゆこと。1年は丸々出ないことになるかな」


 大舞台に立つ覚悟を決めていた。他にもバリスタ競技会があったが見送ることに。


「お兄ちゃんがそこまでの覚悟を決めるのって何年ぶりかな」

WBC(ダブリュービーシー)以来かな。あの時は店の倒産が懸かってたし」

「今回は何が懸かってるのかな?」

「世界一のバリスタの称号」


 世界一には既に何度もなっている。だがどれもバリスタオリンピックと比べれば部門賞レベルのものであることには気づいていた。この大会には部門賞があり、これの総なめも狙っている。バリスタオリンピックを制覇しない内は、本当の意味で世界一のバリスタになったとは言えない。


 世界一にはまだ程遠いと思えるほどの規模だ。


「――ところでさー、本当に結婚しないの?」

「しない。唯との交際は来年公開する。子供の面倒も見る。でも結婚はしない。主人と呼ばれるなんて嫌だし、どっちかが名字を変えるなんてもっての外だ。それに結婚自体が時代遅れだし、何で老害共の基準に合わせないといけないわけ?」

「はぁ~、先が思いやられる」


 璃子は酷くガッカリしている様子だ。


 それほどまでに結婚せず子供を産むことが受け入れられないのだ。


「お兄ちゃん、子供が成長したら学校があるけど、どうすんの?」

「子供次第だな。子供が行きたくないって言ったら行かせない」

「そんなことして大丈夫なの?」

「義務教育は通学の義務じゃないし、もし通学させないのが法律違反だったら、不登校児の親はみんなとっくに捕まってるだろ」

「確かにそうだけど……」


 僕は子持ちだが、子供のことを思えば、学校には行かせたくない。


 長所を伸ばすことが求められる社会なのに短所を克服させ、独自性が求められる時代なのに均質性ばかりを育て、唯一無二の存在にならないと貧乏になる世界なのに普通になることを強要される。そんな時代に合わない教育ばかりをする日本の学校には行かせたくない。


 今の教育を真に受けた子供たちは、ほぼ例外なく不才のポンコツになっている。


 証拠はデータにも表れている。国民1人あたりの生産性は年々下がっているのだ。労働者で勉強している人、仕事に熱意のある人の割合が、経済的先進国の中では下の方だ。原因は多々あるだろうけど、1番の原因は間違いなく学校と社会の乖離だ。社会の質は教育の質で決まる。


 あんなお粗末な教育をしてたら、そりゃ雑魚ばかりの状況にもなる。


「それに璃子だって文化祭でFランを連中を見ただろ。16年間も学校教育にどぼ漬けなのに、あの読解力だ。どうせできない奴はできないんだからさ、基礎科目をやらせるくらいだったら、スマホを渡して動画を見せてる方がずっと勉強になるし、今は調べたらほとんどの情報が何でも分かる時代だ。そんな時代にわざわざ全員に暗記とかさせる必要あるか?」

「「……」」


 何なら社会性を養う必要すらない。故に集団生活も不要である。


 昔は技術的な問題で全員を同じ場所に集めなければならず、仕事をするには人と会って話さなければならなかった。そのためには社会性を養う必要があった。だが今は仕事がどこでもできるようになったお陰で引き籠りでも仕事ができる時代だ。そんな時代に社会性を養う意味が分からない。


 できないといけないから、できなくてもいいに変わったのは大きい。


「要は社会に出た後飯を食える大人になれればそれでいい。でも学校は役割を果たせてない。それでも学校に行かせるべきだと思ってる奴は頭の中お花畑だ」

「もう好きにして。私は一切関与しないから」

「責任は取る。僕はあいつらとは違う」


 中途半端な知識だけをテキトーに植えつけて、そのまま社会の荒波に放り込んだだけで教育した気になっている連中とはな。子育ては初めてだけど、あいつらの育て方よりかはうまくいく自信がある。


 吉と出るか凶と出るかは子供次第だが。


 12月下旬、クリスマスになると、唯の腹が更に大きくなっていた。


 この日は店を貸し切りにし、僕と特に仲の良い人たちだけで集まり、家でクリスマスパーティを楽しんでいた。予定が空いてない人はまず来ない。


 集まったのは身内ばかりであった。僕、璃子、唯、優子、リサたち4人組、振られ組四天王、吉樹、柚子、蓮、静乃、莉奈、伊織だった。クリスマスケーキは僕が作ったものを持ってきた。優子に教えてもらったレーズン入りのスフレチーズケーキだ。今や僕が1番好きなケーキである。唯は喜んで食べてくれた。食事やデザートが終わると、グランドピアノでゆったりとした曲のメドレーを弾いていた。


 曲を弾き終えると、この場にいた全員から拍手が送られる。


「あず君は本当に多才ですね」

「よく言われる」

「私はあず君がどれほど試行錯誤を重ねてきたかを間近で見てきました。シグネチャーの実験がうまくいかなかった時も、あず君はずっと前向きでした。この方法では駄目だという発見ができたんだから成功だという台詞を聞いて、失敗はうまくいかないことじゃなく、何もしないことだと思いました」

「僕にとっては落ち込んでる時間なんて、無駄でしかないからな」

「そういうところも……好きです」


 唯はうっとりしながらも、僕にしか聞こえない声で囁いた。


 自分が多才であるという自覚はなかった。拓也に指摘されるまでは当たり前だと思ってた。


 生放送で趣味を聞かれ、答えてみればその反響は凄まじく、コーヒー、料理、裁縫、ビデオゲーム、外国人観光客と話している内にマスターした5ヵ国語、ピアノ、バイオリンと答えただけで疑われた。手先の細かさや頭脳が要求されるものは得意である。僕にとっては普通のことだが、みんなにとっては普通じゃないらしい。もちろん苦手なこともたくさんある。コミュニケーション能力や集団行動は全然駄目だし、空気も読めない上にダブルタスクも苦手で、暗算が全然できないために計算は電卓か他の人に任せている。虚弱体質で力仕事もできないため、力仕事は璃子たちに任せている。


 学生時代まではずっと短所を責められ続け、日本人恐怖症の引き金になった。


 正当な理由がないと納得できないところもあり、担任や同級生についていけない劣等生でもあった。長所の10倍以上の短所があり、得手不得手が極端だ。全部の能力の平均化したら、恐らくみんなと同じくらいになる。100点か0点しか取れない人と、全部50点の人の平均が同じであるように。


 日本人は平均的な人間を好む。だから僕は愛されなかった。そう思っていただけに、あれだけファンが多かったのは意外だった。だが本当の意味で僕のファンと言える人は少ない。似非ファンが好きなのは僕じゃなく、世界を相手に戦っている日本国籍保持者だ。見るのは結果ばかりで、そこに辿り着くまでの過程なんかどうでもいいんだ。過程ありきの結果だというのに、過程を完全に無視して、結果が全てだと豪語する奴らに信用価値はない。僕が優勝したことは知っていても、優勝を決めたアイデアを生み出すまでの試行錯誤は関係者以外の日本人ファンはほとんど知らなかった。どんな過程を踏んできたかも分からん奴に僕を語ってほしくはない。結果主義者ほど中身がスカスカな人間はいない。


 本物のファンなら、優勝したから好きとかじゃなくて、何故優勝することができたのかを説明できてしかるべきだ。そこまでできない内は本物じゃない。


 外国人ファンは理由をちゃんと説明できるのに……。


「あず君、あたしの曲をピアノで弾いてくれないかな?」


 香織が話しかけてくる。確かローカルで活躍するミュージシャンだったよな。


「別にいいけど、ちょっとコーヒーブレイクするわ」


 ピアノ用の座席から移動し、自分用のエスプレッソを淹れた。飲んでいるのはスペシャルティコーヒーの豆同士をブレンドしたオリジナルブレンドだが、これは食べ飲み放題プランで何杯でも飲めるコーヒーとして仕入れたものである。インスタントはラテアートに限る。だがバリスタオリンピックでは味も審査されるため、カプチーノとして飲む前提の豆にしなければいけないわけだ。


 試作品を選考会で使っていたが、まだまだ煮詰めたいところだ。


「あず君は今何してるの?」

「事業拡大して、身内に仕事を振ってる。後はバリスタやりながら、好きなことをして生きてるって感じかな。そっちは?」

「あたしは全然駄目、メジャーデビュー考えてるんだけどさー、全然オーディション受からなくてね。今度駄目だったら、もう就職しようかなって思ってる。どうしたらいいかなー?」


 香織はローカルミュージシャンとしてライブハウスでボーカルをしながらメジャーデビューを目指していた。だが努力が実る兆しがなく、次が駄目なら就活をしようと思っているそうだ。


 聞くってことは、背中を押してほしいということだ。


「じゃあやめればいいじゃん」

「えっ!?」


 香織が驚いた。本当にやりたいことかどうかはこれで分かる。


「僕はバリスタを辞めたいと思ったことは一度もないぞ」

「そりゃー、あず君はずっと無敗でやってきたわけだし」

「ふーん、勝てなかったらやめるんだ」

「いやいや、別にそういうわけじゃ」

「香織は1番になりたいのか?」

「そりゃー、なれるもんならなりたいけど」

「1番になったらどうすんの?」


 踏み込んだ質問をした。僕にとって1番になることは、店を宣伝をするための手段でしかない。


 だが多くの人はそれが目的になってしまっている。


「有名人と結婚して、一生幸せに暮らすの。1番にでもならないと、手の届かない人がいるから」


 香織は力なく呟いた。ミュージシャンが手段で目的が結婚か。つまり彼女が気にしているのは安定した生活だ。セーフティネットを確保してから趣味で音楽を嗜む一生を過ごしたいってとこか。


 香織は本気じゃない。少なくとも今の仕事に関しては。


「香織の音楽って、今聞けるかな?」

「うん。このイヤホン使って」


 香織にイヤホンを渡され、彼女の1番の自信作となるシングルを3分程度聴いた。


 この曲……何だか今の時間が1番楽しいっていう思いが伝わってくる。


 まるで現状に満足しているかのような――。


「「「「「!」」」」」


 曲を聞き終えると、目を瞑りながら彼女の曲をピアノで弾き始めた。香織はきっとぽかーんとしていたに違いない。再び店内に拍手が響く。さっきよりも小さな音で。


「伊織、どう?」

「曲自体は良かったんですけど、何だか弾いているというより、弾かされている感じがしました。曲が主役になりきれてないです」

「だとさ」

「はぁ~、駄目かぁ~」

「も、もしかして、香織さんの曲なんですか?」

「……うん」


 香織が腐ったような声で答える。


「ごっ、ごめんなさいっ!」


 伊織がペコリと頭を下げた。


「いいのいいの、気にしないで。伊織ちゃんがそう思ったなら、きっとそうだから。あたし、ミュージシャン辞めて就職する。流石に今のままじゃ、生活厳しいからね」

「そうか、でも悔いは残すなよ。また始めたっていいんだからな」

「うん、そうする」


 彼女もまた、伊織の感性には一目置いていた。感覚が鋭い者同士だからこそ分かるんだろう。伊織の言い分には僕も同感だ。ボーカルのセンスはあっても、作詞作曲のセンスはなかった。


 香織が音もなく席へと戻っていく。


 夜を迎えると、みんな次々と帰っていったが、静乃たちは最後まで残り続けていた。


 伊織が僕の隣に座ってくる。


「あず君、私はいつから働くことになるんですか?」

「来年の4月からだ。本当はもっと早い内から本格的な経験を積ませたかったけど、時代遅れなルールが未だに効力を持ってるせいで、あと3ヵ月も待たないといけないのが残念だ」

「あの、私卒業式に出ようと思ってるんです」

「それまたどうして?」

「時代遅れな教育を受ける気はありませんっていう意志表示をして、学校生活と区切りをつけたいっていうのと、友達に最後のお別れを言っておきたいんです。今後の人生で会うことはないでしょうから」


 伊織は分かっていたんだな。彼らがこれからどんな道を辿っていくのかを。


 彼らのほとんどは線路の途切れた就職レールに乗り続け、良くて正社員、悪くてニートとして、強みを発揮することもなく、一生生活に困る日々を送っていくだろう。


「そうか……なら行ってこい」

「はい」


 クリスマスはお開きとなり、やがて全員が帰っていった。


 伊織はずっとここに居たそうにしていたが、それほど居心地が良いんだろう。


 唯と一緒に風呂に入った後、同じベッドに入った。経営者は出勤する日も時間も選べるため、安心して眠れるのが幸いだ。そんなことを考えていると、唯が僕をベッドの上に座らせ、自らも正座する。


 唯は真剣な表情で僕と顔を合わせ口を開いた――。


「あの、大事な話があるんですけど」

「うん、言ってみ。話くらいなら聞くぞ」

「……必ず幸せにします。私と一緒になってください。お願いします」


 遂にこの時が来たか。いつか言われるとは思っていたが、この時の僕は、既に覚悟ができていた。


「……僕で良ければ……喜んで」

「はぁ~、良かったぁ~。断られたらどうしようかと思いました」

「そんなことしないって。それに……僕はもう幸せだ」


 唯からのプロポーズを受け、来年から同居の手続きをしてから事実婚をして、みんなにも公表することを決めた。子供の名字は家庭裁判所に申請し、僕の名字にしてもらう。名前は僕が決めることにしているから問題ない。公表するのは自慢がしたいからじゃない。婚活から脱出したいからだ。公表しない限り、親戚にお見合いを勧められたり、他の人に言い寄られたりする。


 唯は公表しないままファンと接するのは、ファンに対する裏切りであると考えている。


 理由に唯の人間性がよく表れている。


 年末がやってくると、璃子と久しぶりに岐阜市内のカフェでデートをする。


 璃子は色んなショコラティエの大会やチョコレート菓子部門の大会に出場していたものの、なかなか結果を残すことができず、申し訳ないと思っていたのか、インタビューの時に泣いてしまっていたことを話してくれた。もう動画で知ってるんだけどな。


 均質性ばかりで何の面白味もないと思っていた璃子を咎めてしまい、泣き崩れてからは本格的に自分の殻を破り、創造性に富んだ作品を作るようになっていった。


 璃子が言うには、ずっと周りの目を気にしていたのか、無意識の内に変に思われないチョコレートを作るようになっていた。だが僕が模範的なものや模倣的なものばかりを作る璃子を咎めてからは、目が覚めたようにみんなが凄いと思う作品を作ろうと心に決めた。


 今では大躍進を見せ、均質性だけでなく、創造性が問われる大会でも入賞している。ワールドチョコレートマスターズの国内予選に優勝してからはテレビにも度々出演するようになり、唯と同様に僕の代弁者となっていった。僕は店を訪問する番組を除き、テレビにはほとんど出なかった。バラエティに何度か誘われたが全部断った。僕にとってバラエティは時間泥棒でしかない。CMの出演にも何度か誘われたが全部断った。中には年間で1億円出すと言った企業もあったが、それでもお金には興味がないからと言って断った。後はニュースや生放送で顔出しすることがあるくらいだ。


 プレゼンやインタビューを翻訳するのはいいけど、ちゃんとやってほしかった。


 この姿勢は昔からずっと変わっていない。あくまで自分のやりたいことを優先するためだ。


 うちのカフェは世間から独立するために始めたものだし、バラエティとかCMなんかに出たら、また世間と隣り合わせの生活をしないといけなくなる。うちは良くも悪くも鎖国していたからこそ、世間体を気にすることなく、コーヒーの研究に没頭できた。


 日本人恐怖症になることなく、鎖国もしていなかったら、一体どうなっていただろうか。


 まっ、そんなことを考えてもしょうがねえか。かつての挫折が世界一のバリスタを作った。そんなことが世に知れたら、昔の同級生たちは俺が育てたなんて言い出すだろう。最初から世界一のバリスタを目指していたわけじゃなく、最初に出たバリスタ競技が楽しかったからこそ、バリスタ競技会の虜になっていっただけで、そこには何の計画性もない。店を始めた時は、のんびりとカフェの雰囲気を楽しみながら、コーヒーを淹れる生活さえできればそれで良かった。


「大躍進の年だったね」

「僕はバリスタオリンピック日本代表で、璃子はワールドチョコレートマスターズ日本代表か」

「お互い出世したもんだね」

「我武者羅に道なき道を歩いて、山と崖を攀じ登っていたら――」

「いつの間にかとんでもない所にまで辿り着いていたね」

「でも不思議と後悔がないんだよな」

「私もだよ。悔いのないように燃焼し続けたお陰かな」

「――なあ璃子」

「どうしたの?」

「ショコラティエになって良かったか?」


 気づけば疑問が口から出ていた。璃子は普通の生き方を望んでいた。


 誰かに咎められることもなく、ただひたすらに、自分以外の全ての人にとっての背景として。


「色々あったけど、私は良かったと思ってる」


 璃子は満面の笑みで答えた。僕のために普通の生き方を捨てたのに。


 恨み言の1つくらい言われても不思議ではなかった。


「もし普通の人生を送っていたら、きっと今頃つまんないって思ってたかも」

「Fランの連中の悪口かな?」

「そういうわけじゃないけど、あの人たちはみんなつまんないって顔してたから」

「そりゃ自分の人生を生きてないんだから当然だろ」

「そういえば伊織ちゃん、段々お兄ちゃんに似てきたね」

「目が覚めただけだ。自分の目で現実を直視するようになって、今まで自分を騙してきた目眩ましに興醒めしてんだよ。璃子もサンタがいないって知った時はショックだったろ?」

「まあ、それはそうだけど。あれから夢なんて、全然見れなくなっちゃったなー」


 ――夢ばっかり見せ続けるのが子供たちのためとは到底思えない。


 いずれ現実を知ることになるなら、最初から現実を教えてやるのが優しさってもんだろ。夢を見続けていたら、いつの間にかやりたいことを言えない大人になってましたでは洒落にもならない。そうなった場合に責任も取れないくせに、夢ばっか見せ続けるなんて……。


 ……僕に言わせりゃ、この世で最も醜い優しさだ。


 現実を教えたらショックで倒れるような子供なんて、外に出てくるべきではない。そういう奴は大人になっても現実を知った途端にショックを受けて引き籠るのだから。


「だったらさ、現実を夢以上に楽しいものにすればいいだろ。現実も案外楽しいもんだ」

「昔それを先生に言った生徒がいたけど、世の中そんなに甘くないって言われてたよ」

「そうかな。世の中って結構甘いぞ。正しい方向に努力しないから、それでハードモードに感じてるだけだと思うぞ。甘いのはむしろそいつの生き方じゃねえの?」

「お兄ちゃんが言うと妙に説得力あるね。ふふっ」


 璃子が笑いながら言った。全く同じ人生でも、どう感じるかは自分次第だ。


 あいつらの人生がハードモードなのは好き嫌いをしないからだ。あいつらは小さい頃から好き嫌いをなくしましょうとか、理不尽なことがあっても我慢しましょうと教えられ、結果的にそれが多くのあいつらを過労死へと追いやった。好き嫌いの激しい人間で本当に良かったと切に思う。


 璃子と過ごした年末デートは凄く楽しかった。一緒に岐阜城まで赴き、地元の観光を楽しんだ。地元民であるにもかかわらず、岐阜市を観光したことはあまりなかった。精々カフェ巡りと散歩をしたくらいだし、観光客として岐阜を観光したのは初めてだ。


 唯の腹を擦りながら、卵を温めるように同じベッドに入る。


 僕らは除夜の鐘を聞きながら、眠りに就くのだった――。

第6章終了です。

次回からは第7章バリスタオリンピック編を投稿します。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

第7章を書く上でのモチベーションになりますのでどうぞよしなに。

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