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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
149/500

149杯目「人生の迷子」

 帰宅すると、璃子と唯に迎えられ、夕食と風呂を済ませた。


 最後に1人で風呂に入ったのはいつ頃だろうか。唯にとってはこれが至福の一時だ。この無駄のない脂肪と筋肉のつき方、触れる内に触っておきたい。


「この頃あず君はずっとご機嫌な顔してますね。何か良いことあったんですか?」

「今月は元同級生と会うことが多かったんだけどさー、みんな良くも悪くも変わってたというか、一方で全然変わらないところもあって、妙な安心を覚えたっていうか……初めて元いじめっ子と話せた」

「会って話したんですか?」

「ああ。元同級生がやっててさ、そこで偶然会った。でもあの頃のような覇気が全然なくて、最初は内心ビビってたけど、喋ってる内に全然怖いって思わなくなった」

「それはあず君が強くなったからだと思います。昔よりも堂々としてますし、王者の風格が出てきましたから、もうそろそろいいんじゃないですか?」


 唯が日本人規制法の解除を示唆するが、まだ無理だと思った。


 世間が相手でも堂々としていられるくらいに強くならないといけないと感じたのだ。仮にもあいつらは世間の代行者だし、それを本当の意味で気にしなくなってからじゃないとな。


「……もう少し様子を見させてくれ」

「うちは高級カフェですよ。あず君の嫌いな生きる力のない人はまず来れませんよ」

「別に嫌いなんて言ってないけど」

「そうですかねー。あず君は生きる力のない人を嫌ってるように見えます」

「あいつらは現状維持を好んでる。本当は競争したくないんだ。現状を変える努力すらせず、無力でいれば誰かが助けてくれると信じて、ひたすら人生が終わる日を静かに待っているように見えた。あいつらは角を折られたカブトムシだ。ステージにすら立とうとしない連中は評価できねえよ」

「あず君のせいで、私まで彼らが可哀想に見えてきたじゃないですか」


 唯はがっくりしながら、少しばかり怒ったような顔で僕に文句を言った。


 僕が嫌いなのは、自分の意思で生きようとしない奴だ。日本人はその割合が特に高い。いつまでも子供でいようとするあのマインドはどうやって育つのか、いつか論文を書いてみたいものだ。


「知らねえよ」

「まっ、別にいいですけど、いつまであれを続けられますかねー」

「……」


 唯が段々と大きくなる腹を擦りながら呟いた。


 確かにこのままだと、子供への悪影響もあるかもしれない。


 過去の清算を全て終わらせないと――。


 12月上旬、また岐阜コンの季節がやってくる。


 日曜の朝に起きると、運営側で参加し、12時までに葉月ローストまで赴いた。12時を迎え、葉月ローストの営業が始まった。基本的には親父が焙煎したコーヒーを僕が淹れて提供する。エスプレッソとカプチーノの他、この時にしか飲めないオリジナルコーヒーを提供する。これを考えるのはいつも親父だ。岐阜コンは変わらず日曜日の午後1時から5時まで行われる。


 途中で飽きたり、都合が悪くなったりした場合は帰っても構わない。


 昼間ではあるがアルコールが出るため、参加者としてなら20歳以上となる。運営側であれば年齢制限はない。対象となる店は葉月商店街の中にある参加登録した店全部だ。事前に柚子と話し合い、岐阜コンへの参加者を増やしながら、葉月商店街を賑やかにするための策を考えていた。


「ふーん、考えたね」

「店をスタンプラリーで回りながら街コンをすれば楽しめるんじゃないかって思った。行った店をコンプリートしたら、何らかの特典がつくようにする」

「あず君のサインとか」

「お断りだ。今出せるアイデアはこれくらいだな」

「分かった。参考にするね」


 他に僕が思いついた策と言えば、参加者かどうかを分かるようにするためにプロフィールカードを首から下げる。ここは今までと一緒だ。常連の参加者のみ商店街の中の商品、飲食の料金を割引にする。2回目の人は5%引き、6回目以降の人は10%引き、11回目以降の人は15%引きにする。


 何度も来るメリットを提示することでリピーターを増やす。


 うちは親父が焙煎をして、お袋が接客をして僕と璃子がコーヒーを淹れる。役割をハッキリさせておくことで業務がスムーズになる。いつもは殺風景極まりない葉月商店街も、この時だけはかつての賑わいを取り戻す。できることなら僕がいない時でも賑わってほしい。


 葉月ローストは葉月商店街の店の中でも特に客が集中するため、最後尾を管理する必要が出る。璃子は僕と一緒にコーヒーを淹れるために持ち場から動けない。そこで僕は岐阜コンにもう1人助っ人を呼んでいた。ここにいる吉樹である。美羽がやってくると言ったらあっさり乗った。ちょろい。


 午後3時、ようやく僕にも休憩時間がやってきた時だった。


 吉樹は最後尾と書かれた看板を持ちながら外で佇んでいる。


「まだこんなにいるのか」

「これだけいると管理が大変だよ」

「柚子に聞いたぞ。リストラ候補に入れられたんだってな」

「うん。もしクビになったらどうしようって思うと、何も手につかなくてさー」


 吉樹は僕とは対照的な人生を送ってきた。


 友達もそこそこいて、成績は可もなく不可もなくだ。大学を卒業するまではずっと順調だった。だがいざ就活になると、どう立ち回っていいのかが分からずに僕を頼ってきたが、結局柚子のコネで楠木マリッジに就職した。それだけ暇な時間を持て余してるんだったら、空いた時間にスキルを磨いたりできると思うが、そういう肝心なことに限って教えられてこなかった。


「この人数なら、もう管理はいい。金華珈琲までコーヒー飲みに行くか」

「うん、いいよ。あそこいつも空いてるよね」

「ああ、良くも悪くも穴場だ」


 店の真向かいに人気店があれば、当然客を吸われる。


 しかもそこらのカフェよりも店内で飲む人数が多いのだから、必然的に空きが出る。


 そんな金華珈琲ですら、うちからスペシャルティコーヒーを仕入れる始末だ。マスターも椿も相変わらずだ。糸井川は金華珈琲を卒業し、中小企業の正社員として働くようになり、バリスタを卒業した。


「――あいつも正社員のためにバリスタを捨てたか」

「バリスタって、一生食べていけない職業って言われてるからねー」

「むしろ逆なんだけどな。バリスタほど生きる力が身につく職業はないと思うぞ。やっている内に料理も掃除もできるようになるから生活力が身につくし、どうやったら売れるかを考え続けないといけないから思考力も育つし、新しいメニューを考えるための創造性も身につく。ラテアートをやっていれば集中力に芸術性が磨かれるし、接客をしている内にコミュニケーション能力も育つ。やりたいことがないんだったらバリスタやれよって思うくらいにはお勧めしたいけどな」

「そうは言っても、いくら働いても全然稼げなかったらどうするの?」

「僕はそうなってもいいように株もやってる」

「……株ってギャンブルじゃないの?」

「ギャンブルじゃねえよ。投資活動だ」


 本当に何も知らないまま生きてきたんだな。吉樹を始めとした生きる力のない連中は、労働よりも株の方が稼げることを知らないんだろう。何でみんなこんなにもお金に疎いのかねぇ~。


「はぁ~、やっぱコーヒー飲んでる時が1番落ち着くなー」


 カウンター席に座っている吉樹が僕の隣でのんびりとコーヒーを嗜んでいる。


「また会社で駄目出し食らったのか?」

「そうなんだよー。係長にまたお姉ちゃんを見習えって言われたよ」

「柚子を見習えと言うなら、まずあんたが辞めて起業しろって言ったら?」

「そんなの無理だよー。もう来なくていいって言われたこともあるし」

「係長は人事権ないから、少なくとも係長にクビにされることはないぞ」

「えっ、そうなの? ……知らなかったなー」


 労働者のくせに労働基準法も知らねえのかよ。


 吉樹は仕事ができないために最初から会社で怒られ続けた。今では雑用部という会社の墓場と呼ばれている部署へと追いやられた。雑用係は文字通り雑用ばかりの部署で、事実上の何でも屋だ。他の部署の人手が足りない時の増援として駆り出される部署だが、その実態は社内で無能認定された連中の集まりだ。しかも吉樹は増援要請の時でさえ選ばれないという始末だ。


 ――これ、完全に干されてるよな?


 普段は営業かけるふりをして、僕の店に来ては仕事をサボっている典型的なサボリーマンだ。学校の勉強は教わっても、社会での経験は教わらなかった結果だ。学校では知識が豊富な人が評価されるが、社会では知識よりも経験が物を言う。同い年なのに全然収入違うねと指摘されたことがある。


 レベル1のまま知識だけ溜め込んでも、場数を踏んだレベル100にはまず勝てない。


 中卒で起業してから、自力で考え、仕入れ、稼いで、その場その場の最適解を探し続けながら、世界を相手に戦ってきた。吉樹は大卒するまで、受験の時しか役に立たない知識ばかりを溜め込み、自分の将来を他人事のように放置して遊んでいた。これで収入格差なかったらマジで泣いていいと思う。


 吉樹は基本的な業務はこなせるし、対人コミュニケーションにも問題はない。ただ少し業務が難しくなっただけで手古摺ってしまうところがある。しかも丁寧に仕事をこなそうとする癖があるため、必然的に仕事が遅くなる。個人的な見解だが、あと1つ欠点が多かったら発達障害の診断を受けていたかもしれない。僕の見立てでは吉樹はグレーゾーンだ。こういう人って意外と多いんだよなー。自覚がないが故に、自分も相手も知らず知らずの内に苦労を強いられている。


「なあ吉樹、もしリストラされたら僕に言ってくれ」

「何とかしてくれるの?」

「ああ。焙煎好きだよな?」

「うん。コーヒー豆が段々黒く変わっていくのが見ていて楽しいんだよね」

「だったら今の内からやっておけよ。そしたら転職した時に研修期間が短くて済む」

「じゃあやってみようかな」


 吉樹は以前からコーヒーの焙煎に興味を示していた。何度かコーヒーの焙煎をさせてみたが、のんびり屋な性格なのか、時間と手間のかかる焙煎の作業に対して苦痛を示さなかった。これはロースターの才能があるのではないかと感じ、毎日コーヒーの焙煎をしている親父の店に連れてきていた。でもロースターとしての腕はまだまだだ。どうしても嫌な苦みが後味として残ってしまう。


 僕は5歳の頃から間近で焙煎を見てきた。中学の時から焙煎を始めた分経験値がある。これ以上焙煎すると苦みが強く出ることが分かる焙煎感覚を持っている。吉樹は始めたばかりで修業が必要だ。何かを始めるのに遅すぎることはないけど、早く始めた方が有利であることに変わりはない。


 しばらくして葉月ローストに戻ってみると、列には東京から来ている美羽たちもいた。


 かつてコーヒーサークルにいたメンバーの半数以上が穂岐山珈琲にバリスタとして入社した。美羽は社員になったサークルの仲間を連れて来ると言っていたが、サークルメンバーだった社員は数えるほどしかいなかった。そのことを指摘すると、美羽が事情を話してくれた。


 美羽が言うには結婚と出産のラッシュで仕事を辞める者、仕事ができずに居辛くなって退職する者、より稼げる仕事に転職する者もいた。そのため、かつてのサークルメンバーだった同僚のほとんどが穂岐山珈琲から姿を消した。結構生々しい話だな。つまり、今ここにいる美羽たちが社内の生き残りで、尚且つ婚活市場では売れ残りというわけだ。何故か松野もいた。松野が婚活目的でここに来るとは思えない。うちを偵察しに来た可能性が高い。そうでもなけりゃ説明がつかない。


「良い店だな」

「見りゃ分かるだろ」

「本戦まで1年もあるから余裕だろ?」

「そっちはラスチャレまで半年だろ。ここに来てもいいのか?」

「いいんだよ。余計なお世話だ」

「松野さん、ラストチャレンジ応援してますね」


 美月が松野に声をかけた。彼女は少し前から葉月ローストで働いている。


 バリスタとしての経験が豊富なのか、もううちの戦力になっている。今ではここの看板娘だ。東京から単身で引っ越ししてきて、ようやく落ち着いた様子だった。


「おう。無事に就職できて良かったな」

「はい。あず君が雇ってくれなかったらどうなってたか」

「意外と優しいとこあるんだな」

「何の罪もない美月を見殺しにしたあんたらの代わりに尻拭いをしただけだ」

「あず君、そういう言い方はないと思いますよ」

「事実だ」


 美月の目をしっかりと見ながら言った。


 彼女は困った顔をしながら怯えているようにも見えたが、美月が事実上見捨てられた格好になったわけだし、穂岐山珈琲に入社しなかった僕の判断は間違っていなかった。


 1人1人は良い奴なんだが、彼らの人生には哲学がなかった。


 故に肝心な時に行動ができず、非常事態に対する突破力がないのだ。僕が美羽や美月に魅力を感じないのは、そういった部分が大きいのかもしれない。


「まあまあ、いつまでも過去のことを思ってたら駄目だよ。これからどうするかでしょ」

「――真白、あの時は助けてやれなくて本当に済まなかった。育成部を代表して謝らせてくれ」


 松野が頭を下げて謝罪をする。世間に屈した自分を責めながら。


「いえいえ、何も悪くないですよ。最終的に辞めると決めたのは私ですから、気にしないでください」


 美月が大人の対応をしながらその場を収めた。彼女にも思うことはあるだろう。美月も世間に屈した1人なのだから。こいつらと話したのはバリスタオリンピック選考会以来だ。しかも1番高いオリジナルコーヒーを注文すると、その味に驚いていた。親父の店が取り扱っているのも全部スペシャルティコーヒーだけど、ゲイシャは仕入れ値が高いため、たまにしか仕入れていない。


「やっぱワールドバリスタチャンピオンのコーヒーは美味いな」

「それ、親父が考えたコーヒーなんだけど」

「……」


 またつまらぬ話の腰を折ってしまった。親父直伝のオリジナルブレンドは昭和を思い起こさせる味わいらしい。昔のコーヒーの味か。それはそれで飲んでみたかったな。


 岐阜コンが終わって客足が落ち着くと、吉樹が僕の元までやってくる。


「僕、やっぱ美羽さんが好きだなー」

「あいつは親父の同級生の娘だよ」

「そうだったんだー。ねえ、後で紹介してよ」

「いいぞ。今あいつフリーだからチャンスだ」


 吉樹は初対面で美羽に一目惚れしたらしい。


 松野にも好かれているあたり、やっぱ美羽ってモテるんだなー。美羽と一緒に寝たことは言わない方がいいよな。美羽たちはまだ商店街に残っていた。僕は吉樹と美羽と一緒に3人で話し、途中で僕が抜けるいつもの手法で2人きりにした。ここからは吉樹次第だ。


「確かバリスタ競技会に参加してるんですよね?」

「はい。いつも決勝まではいくんですけど、なかなか優勝できないんです」

「美羽さんならきっと大丈夫ですよ。僕なんてやりたいことも決まってないんですから」

「あたしもです。やりたいことがないので、やりたいことが決まるまでバリスタやってるんです。お父さんがコーヒー会社の社長じゃなかったら、多分別の職業になってたかもしれません」

「美羽さんもなんですか?」

「はい。でも本気でコーヒーを愛してやまない人には、まず勝てないって思い知らされました。多分、バリスタに限らず……他の職業でもそうでしょうね」


 美羽はやるせない顔で葉月商店街の天井を見上げている。吉樹はきょとんとした顔で美羽の顔を見つめていた。自分はどこに向かって行けばいいのか分からないと、空に訴えかけているようだった。


「だったら見つけましょうよ」

「えっ……」

「本当にやりたいことですよ。僕も探してるんです」

「ふふっ、そうだね」


 美羽は顎に手を添えながら笑い、初めて僕を見ている時と同じ目になった。2人はメアドを交換し、美羽たちは東京へと戻っていく。最後は美月にもお別れの挨拶を済ませているところだった。


「美月、あんたは穂岐山珈琲育成部出身のトップバリスタなんだから、そのことを忘れずに、自信を持って仕事に取り組んでよ。じゃあね」

「はい。お気をつけて……あず君、今日はありがとうございました。あず君のお陰で、無事に穂岐山珈琲と区切りをつけることができました」

「美月のためじゃねえよ」


 区切りをつけたかったのは……あいつらの方なんだからさ。


 岐阜コンの終幕を見届けた僕は、悠々と帰宅するのだった。


 12月中旬、エコバッグを持って買い物に行った時だった。


 スーパーにはあまり人がおらず、スペースにはそれなりに余裕があった。


「あず君、久しぶり」


 後ろから声がした。僕が後ろを振り返った。


 笑顔で僕の方を向きながら手を振ってくるパーカー姿の紗綾がいた。


「お、おう」


 紗綾と会ったのは久しぶりだ。しばらくはスーパーの中を2人で歩いた。


「バリスタオリンピックの日本代表に内定したんだよね。おめでとう」

「それもう何回も聞いた」

「有名人だもんね。小夜子から聞いたよー。岩畑君と和解したんだって」

「和解するほど喧嘩してないけどな」

「でも昔に比べたらたいぶ進歩したよねー。あっ、そうそう。バリスタオリンピックだけど、あたしたちも応援しに行くから」

「……そ、そうか」


 紗綾からは色々と話を聞いた。何を隠そう、紗綾は大手総合商社の社長令嬢なのだ。


 彼女は大学を卒業した後、彼女の親父の会社でOLとして働いている。つまりコネ採用だ。コネも実力の内ではあるが、仕事に適性がなければお荷物となってしまう。


 振られ組四天王の中では最も無難な結果に落ち着いている。


「最近お父さんから結婚を勧められてるんだけど、全然その気になれなくて。結婚自体は素敵だと思うんだけど、この人はって思える人がいないの」

「だったら全部断りゃいいじゃん」

「うん、そうしてる。結婚適齢期っていつなのかなー」

「結婚したいって思った時じゃねえの」

「ふふっ、あず君らしい」

「でも結婚するなら早い方がいいぞ。婚活市場において人間は20歳(はたち)が最高値売りで、30歳で半額シールが貼られて、40歳で賞味期限が切れて、50歳で消費期限が切れると見なされてる」

「なんか商品みたいでやだな」

「人間も社会にとっちゃ、ただの商品なのかもな。認めたくねえけど……」


 紗綾はずっと僕の追っかけをしていたらしい。


 結果はすぐ岐阜にいる仲間たちにメールで伝えられていた。つまりどこの会場にも紗綾がいたということだ。僕に追っかけファンがいるとは思わなかった。だったら尚更ミスるわけにはいかないな。


 紗綾とは一緒にスーパーで買い物をした後で別れた。


 ――来年はバリスタオリンピック一本に絞り、他の大会には出ない。


 世界最高峰の大会を前に、他の大会に出る余裕がないわけではないが、以前は他の大会に出ていたために課題が付け焼き刃になってしまった。同じ過ちは繰り返さない。


 今回は本戦までたっぷり時間がある。これで良い結果を残せないようならが才能ないと言っていい。会社用の動画制作をリサたちに一任する理由がここにもある。大会をバリスタオリンピック一本に絞ることはみんなにも伝えた。今まで以上に相当な覚悟であることは伝わったようだ。私も手伝いますねと唯は言ったが、まず出産してからなとツッコんでやった。自分の状態も忘れたまま手伝おうとするなんて唯らしいと言えば唯らしいと笑みが零れた。


 子育てしながら大会の準備か。忙しいのは間違いないだろう。


 唯が部屋の明かりを消すと、彼女がベッドの中で僕を温めるように抱きついてくる。


 天井を見ながら唯の温もりを感じていると、意識が段々遠のいていく――。

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