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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
142/500

142杯目「思わぬ修羅場」

 大会は終わり、1週間ぶりに戻ってきた日本はどこか新鮮だ。


 家に戻ってきたというよりは、言葉は通じるが、違う文化の国にやってきたという感覚だ。


 言葉は通じるが話は通じないのが日本人なら、言葉を正面からぶつかれば心が通じるのが外国人なんだろうと思っていた。僕は曖昧な表現や抽象的な言葉を言語として受け付けない。故にあいつらとは会話が成立しないことが日常茶飯事だった。あいつらはいつも何かを誤魔化すような話し方をする。少なくとも僕にはそう見える。だがあの時、初めて身内以外の日本人と話が通じた。嬉しさのあまり、つい相手の腕を握ってしまっていた。あの時の喜びを度々思い出す。


 あいつらとは話が通じないと勝手に思い込んでいたのは、僕だけだったのかもしれない。


「あず君、優勝おめでとう。祝勝会しよっ!」


 そんなことを考えていると、昼間の空港で待っていた美羽に抱きつかれ、祝勝会に誘われた。祝勝会には美羽たちに加え、拓也も真由も参加する予定なのか、既に2人して僕を待っていた。


「流石はあず君やな」

「ねえねえ、トロフィー見せてよ~」

「後でな。まだ中学生の子もいるから、あまりつき合えないけど」

「その子とはどんな関係なの?」

「僕のコーチだ」

「「「「「コーチっ!?」」」」」

「違いますっ!」


 その場にいた全員が驚いた。伊織は慌てて訂正していたが、美羽はその反応を見ながらケラケラと笑っている。いつも独り飯をする条件で祝勝会に参加している。


 気がついてみれば、いつもその条件を破られている。僕もまだまだ甘いようだ。


 会場はいつもの如く、穂岐山珈琲のオフィスビル。エレベーターで高い所まで辿り着くと、早速端の方で食事をし始める。この時までまともに飯を食っていなかった。


 睡眠は十分に取っている。後はさっきから飯を食わせろと訴えてくるこの腹を黙らせるだけだ。伊織はこの日の内に家に返せば問題ない。僕が戻って来る時間に合わせ、穂岐山珈琲の面々が祝勝会の準備を始めていたのだ。美羽からメールで知らせを受けていたのか既に始まっている模様。


 美羽が僕の腕にしがみつき、豊満なダブルマシュマロを僕の腕に押し当ててくる。


 唯はその様子を不機嫌そうな顔で見つめている。


「あず君って、どこまで伸びるのかな~?」

「背は伸びないだろうな。成長期過ぎてるし」

「ふふっ、そうじゃなくて、バリスタとしての伸び代」

「あぁ~、そっちかぁ~」


 祝勝会の会場に着くと、優勝トロフィーを展示する。


 伊織の帰宅を優先するため、夕方には返してもらう。


 伊織は唯と一緒に食事をしながら美羽たちと仲良く話している――。


「あっ、あず君やん。1人で食べてるんや」


 独り飯を食べていると、1人の女が僕に話しかけてきた。


 拓也の姉、麗奈だった。彼女は今、婚活をしているとのこと。


「ラジオいっつも見てるで。弟が世話になってるみたいやな」

「世話になってるのは僕の方だけどな」

「ワールドブリュワーズカップやったっけ? 優勝おめでとう」

「ありがとう……」

「なあ、うち今婚活してるんやけど、ええ人知らんかな?」


 おいおい、結婚するんだったら20代の内に済ませとけよ。柚子が言うには、女が30を過ぎると男からのアプローチが半減するって話だ。麗奈はもう33歳。相手を選べる立場ではなくなっている。


「そもそも本当に良い人は、婚活とかする前に勝手に捕まってると思うけど」

「うっ……えらい正直な子やな」

「よく言われる」

「白馬の王子様みたいな人が全然見つからへんねん」

「白髪のおじさまだったらいると思うぞ」

「うちはやっぱ若い子がええわー。たとえば、あず君とか」


 僕の後ろに回った麗奈が耳元から囁いてくる。この時は耳が震えた。


「えらい美少女みたいなイケメンやけど、生やと尚更綺麗や」


 麗奈はそう言うと、後ろから僕の体をベタベタと触ってくる。


 しかもそれだけじゃ飽き足らず、もふもふと抱きついてくる。小さい頃からかなりの確率で人に触られるが、特に女に触られた時は体が感じてしまう。


 道を歩いてる時に何度か触られるが、基本的にお触り禁止だからな。


「ええ体してるやん。鍛えてんの?」

「毎日健康のために運動してる」


 元々あった虚弱体質を改善するために運動をしていたが、筋トレで汗をかくのが凄く楽しいために運動するのが癖になっていた。気がつけば腹筋がうっすら割れるようになっていた。体型は痩せ型のままではあるが、それでもスタイルが良いとよく言われる。


「それよりもさ、僕より良い男ならあっちの方にいくらでもいるぞ」


 松野がいる方向へと指差した。


「誤魔化そうとしても無駄や。女の感は鋭いんや。たとえ見た目は美少女かて、ほんまにええ男は一発で分かるもんやで。せやから自分もな、ええ男って自覚した方がええ。まるで謙遜してるようにすら見えるで。それとも、他にええ相手がおるんか?」


 麗奈は僕の目立ちたがらない性格を指摘する。


 目立って良かった試しがなく、集団の中では目立たないようにしてるだけなんだが……。


「僕は普通の人からモテるような人間じゃねえぞ」

「うちなー、拓也が全然働かへんから親に期待されてんねん。早く孫の顔を見せろって。うちもずっと派遣の仕事やから、はよ結婚して、ええ生活がしたいんや」


 おいおい、寄生する気満々じゃねえか。発想が拓也によく似ているというか、あいつもヒモになりたいって言ってたし、他力本願なところは一緒だな。


 麗奈は氷河期世代であり、20代の時は苦労が絶えなかったらしい。


 毎日働きづめで、気づけばもう30代になっていた。僕が岐阜コンに参加していた頃は氷河期世代と出会う機会が格段に増えていた。参加者の大半が氷河期世代だったからだ。でもこういう人に限って、相手に求める条件が高い。麗奈も年収600万円以上を求めていた。年収600万円以上の男は20代の若い女を狙うことを知らない時点で終わっている。


 僕は結婚制度自体反対だけど、もし婚活するのであれば、20代の内に済ませておくべきだと柚子が言っていたわけだし、それは麗奈を見ていればよく分かる。


「なあ、あず君は年収なんぼなん?」

「手取りだと、大体1億円くらい」

「――うちやったらいつでも空いてるで。今度一緒に食事しに行かへんか?」


 麗奈は僕の年収を聞いた途端黙ってしまった。いや、黙らせたと言った方がいいだろうか。すると、まるで人が変わったかのように態度が大人しくなり、高飛車な猫から従順な犬になってしまった。


 これがお金の魔力ってやつか。後で拓也にも教えてやろう。


 実際、どれくらい稼いでいるかなんて自分でも分からない。でも億は超えているはずだし、嘘は言っていない。傲慢を承知で言うが、僕と彼女は釣り合わない。


 ここは突き放してやるのが彼女のためだ。


「言っちゃ悪いんだけどさ、僕と君とでは住む世界が違う。君は僕に安定した生活を求めているかもしれないけど、君は僕に何を与えられる?」


 こんなこと聞いちゃう時点で、好きじゃないって言ってるようなもんだ。


 愛とは本来無償のものであるべきだ。


「そ、そんなこと言われても困るわ……はぁ~、やっぱうちはあかんか」

「婚活に詳しい人が親戚にいるんだけどさ、30を過ぎた女が年下の男を求める場合、スペックは諦めた方がいいってさ。年収を求めるなら、一回り年上の方が現実的だ」

「……そうかいな」


 麗奈はすっかりテンションが下がっていた。彼女は振られたことを悟ると、息を吐きながら僕から離れていく。すると、今度は1人の男が話しかけてきた。


「あの、あなたが葉月社長ですか?」


 声の正体は如月真夜(きさらぎまよ)。真由の兄であり、僕よりも4歳年上だ。


 僕が度々真由の家に遊びに行っていることも知っていたようだ。今年の国内予選で真由の世話になったこともあって参加してくれていた。真由が言っていた通り、温泉旅館の跡取りとして働いている。


 僕に会いたくてたまらなかったらしい。


「そうだけど、あず君でいいぞ」

「如月真夜です。うちの真由がいつもお世話になってます。弟が何か迷惑をかけませんでしたか?」

「迷惑ではないかな」


 何なら僕の方が迷惑をかけてるくらいだし。


「まさか弟が僕を呼んでくれるなんて、思いもしませんでした」

「真由は優しいからな。良くも悪くも裏表がない」

「ええ。だから心配なんです。弟が1人暮らしをすると言った時は驚きましたよ。しかも起業して自力で稼いでるんですから。何か吹き込んだんですか?」

「別に大したことはしてない。ただ、自力で飯を食えない大人がいっぱい増えてる話をしたら、それを真に受けて、ビジネスを勉強するようになった」

「それでブロガーになったわけですか。真由には自由に生きていけって言ったんですけど、むしろ自由すぎる環境が真由を悩ませていたみたいで」


 真夜はその場に立ち尽くし、少し遠くにいる真由を見つめながら彼の心配をしていた。


 真由はいつも親から優秀な兄と比べられ、真夜に対して引け目を持っていたが、自力で稼げるようになったことで自信がついたことが見て取れる。


 真夜とは積もり積もった話をした。


「あっ、そうそう。今度優勝を決めたコーヒーを飲みに行ってもいいですか?」

「うん、いいよ。真由と一緒に遊びに来てくれ」

「はい。そうさせてもらいますね」


 僕より年上で、威張られてもおかしくない身分だったが、彼は至って物腰柔らかな印象だった。客商売している人は優しいのだ。真由はずっと真夜に対してグレていると思っていたが、何だかんだで兄想いの弟だ。僕は大会ばかりで、全然璃子に構ってやれなかった。


 今度一緒に旅行でも行ってやるか。


 祝勝会が終わり、唯と伊織と一緒に帰宅するのだった――。


 6月下旬、某ビデオゲームの世界大会の国内予選を勝ち抜いたことで、この頃に行われる決勝大会に進出していたが、これも3度目の挑戦でやっと優勝することができた。


 この優勝により、日本代表として8月の世界大会にも出場することに。趣味にも全力を出すのが僕の礼儀だ。というか仕事を趣味感覚でやっているし、仕事と趣味の境界線なんてあったもんじゃないが。


 それより唯が心配だ。唯の様子は相変わらずおかしいままだった。一緒に寝てはいるけど、いつものように体を要求してこない。しばらくは唯の様子を探るように注意深く観察していた。


 コーヒーも全然飲まないし、まるで刺激物を避けているかのようだった。


 そんな時だった。伊織が悲しそうな顔で店に扉から入ってくる。


「あっ、伊織ちゃんいらっしゃい。どうしたの? そんな顔して」


 たまたまオープンキッチンまでケーキ用のコーヒー豆を取りに来ていた優子が、慌ただしく入ってきた伊織に話しかける。伊織の様子にはすぐ気づいたようだ。


「大変です。私がここに来ていることが学校にバレたんです」

「「「「「ええっ!」」」」」


 遅かれ早かれ、そんな日がいつか来るとは思っていたが、遂に来てしまったか。


「何でバレたか、心当たりはあるか?」

「詳しい原因は分かりませんけど、いつも私のそばにいる友達が、クラス中に言いふらしてたんです。私がいつもあず君の店に通ってるって。そしたら同級生たちが私を責めてきたんです」

「あんただけズルいとか言ってきたんでしょ?」

「……はい」


 優子が伊織が言われた台詞を再現する。伊織が言うには、葉月珈琲に入店することは、全国のコーヒーファン、そして葉月珈琲のファンたちにとっては羨ましさ以外の何ものでもなかった。


 しかも伊織が高校に行かない理由がうちへの()()であることまでバレていたのだ。高校に行かないのは公開情報だったが、就職先までは内緒にしているはずだ。


 伊織がうちに通っていることだって、知っている人は限られている。伊織は未だかつてないピンチに体が震えていた。彼女にこんな怖い思いをさせた奴は絶対に許さない。必ず見つけてやる。


「……伊織、僕、誰がバラしたのか分かっちゃったかも」

「えっ、誰かがバラしたってことですか?」

「そうとしか考えられない。未だにスマホの持ち込みを禁止してるクソ学校が多いだろ。僕が追放された後もアップデートされてないあのクソ学校なら、当然持ち込み禁止になってるはずだ。そうだろ?」

「はい。授業中にスマホで遊んでた生徒がスマホを取り上げられたこともあります」

「そんな生徒いるんだ」

「当然だ。スマホを見ちゃうくらい退屈な授業をする方が悪い。今は暗記力よりも、疑問に思ったことを調べる検索力の方が求められてるってのに、外の情報を知らないまま、ひたすら役に立たないことばっかりやらされて、かーわいそーに」


 思わず愚痴を漏らした。伊織が高校に行かないことを知っている人はクラスにもいる。だが伊織がうちでバリスタになることを知っている人となると、かなり人数が絞られてくる。


 犯人は恐らくあいつだ。でも証拠がない。


「伊織、明日クラスメイトの連中に、どうやって知ったのかを聞いてきてくれ。もし情報を提供してくれたら、葉月珈琲に招待すると言えば、誰かが口を割るはずだ」

「分かりました」

「それと、いじめが止まらない場合は学校なんか行かなくていい。不登校になれば朝からうちで修業できるぞ。ていうかもうそうしたら? クラス中に伊織の個人情報をばら撒くなんて不登校ものだろ?」

「考えておきます」


 伊織はそう言いながら、この日も熱心にバリスタ修行に励んだ。


 まるで今日のことを忘れようとするかのようだった。満員防止法のシステムがうまくいってるのか、うちのシステムをマネする企業まで現れていたが、売れてなくても導入できるのは大きい。


 翌日――。


 聞き出せているか心配だが、犯人を特定できたなら、店に入れるくらいの報酬は上げてもいいか。


 いつものように伊織が入店してくる。今となっては真っ直ぐ帰宅する方が珍しい。彼女がうちに来るのは大体午後4時頃である。ちょっと遅いくらいだろうか。


「どうだった?」

「はい。でも誰がバラしたのかまでは分かりませんでした」

「なんて言ってた?」

「人に教えてもらったとしか……」

「それは確かか?」

「はい。間違いありません」

「……それだけあれば十分だ。あっ、そうだ。自分で考えた抽出メソッドを披露するって言ってただろ。あれを静乃と莉奈にも飲ませてやったらどうだ?」

「それいいですね。分かりました。日曜日に2人を呼んできますね」


 伊織は僕のように知識、技術、食材の全てに裏打ちされたようなメソッドではなく、気軽に誰が淹れても最高の味を出せるような抽出メソッドを考えていた。伊織の理念は至って一般人の感覚にフォーカスしたものだった。早速僕の予想を超えてきたか。これは将来大物になると僕は確信している。


 店の営業が終わると、みんなが次々と帰宅していく。


 オープンキッチンの掃除をしていると、優子が僕のそばに駆け寄ってくる。


「あず君、誰が犯人か分かってるんでしょー。教えてよー」

「それは明日のお楽しみだ」

「もしかして、静乃ちゃんと莉奈ちゃんを疑ってる?」

「伊織のプライベートをあそこまで知ってる奴は、伊織本人、伊織の母親、うちの親戚を除けば、あの2人しかいない。まっ、おおよその察しはついてるけどな」

「伊織ちゃんのお母さんや親戚は何で違うって言えるの?」


 優子が僕の疑問を深掘りしようと尋ねた。


 僕以上の洞察力を持つ優子のことだ、恐らく彼女も犯人を知った上で聞いている。


「僕が念入りに口止めしたからだ。もしうちに就職するってことがバレたら、いじめを受ける可能性があると言った。まともな母親だったら、まずバラさないだろ。親戚は身内のことはべらべら喋るけど、他人のことは一切喋らないし、わざわざ伊織を陥れる理由もない」

「つまり伊織ちゃんの進路を昔から知っていて、それに納得していない人が犯人なわけだ」

「そゆこと」


 証拠を掴めれば何とかなると思っていたが、こうなったら心理戦に持ち込むしかなさそうだ。


 全ては伊織の希望に沿い、夢を叶えるために。


 7月上旬の日曜日、伊織に誘われた静乃と莉奈がやってくる。


 2人共何も知らない様子だ。伊織は2人に自分で考えた抽出メソッドを披露している。中学生の時点で抽出メソッドを独自開発する人なんて、僕以外に見たことがない。


「――美味しい。伊織ちゃん凄いよ」

「でも雑味や渋味を感じるかなー。それにちょっと苦いし」


 莉奈があからさまに伊織のコーヒーに疑問を呈する。


 本当にそう思うなら別にいいけど、その割にはしっかり飲んでいる。


「えっ、苦味感じるの?」

「うん。私にはちょっと合わないかな」

「そう。分かった。じゃあ私、今度はもっと美味しいコーヒーを淹れられるように努力するね。莉奈が美味しいって感じるまでやるから」


 伊織の発言には、莉奈も少しばかりビックリしている。


「えっ、でもさー、もし後になって才能がないって分かったらどうするの?」

「それはその時に考える。それに私、もうコーヒーしかないって覚悟してる。学校や就職が向いてないなら別の道で生きていくのも1つの手だと思うし、ご飯を食べられる大人になれば文句ないでしょ?」

「なんか伊織ちゃん、あず君に似てきたね」

「ええっ! い、いやっ! そんなことないからっ!」


 伊織が慌てて訂正する。まあ、別に似てなくてもいいんだけど。さて、そろそろ釣りの時間だ。


 解決できる時があるとすれば今しかない。


「莉奈、何で伊織の夢を応援してあげないんだ?」

「だって中卒で働くって物凄くリスキーだよ。あず君ほどの才能があるなら話は別だけど、伊織は才能があるように感じられないというか、確信が持てないもん」

「だから伊織の同級生に、伊織が修行しに来てることをバラしたのか?」

「えっ……どういうこと?」


 莉奈があからさまに嫌な顔をしながら白を切ろうとする。やはり犯人は莉奈だった。証拠はないが、まだ相手は高校生だ。こんな初歩的な罠に引っ掛かってくれるとは思わない。


「実はな、今伊織がいじめを受けてるんだよ。誰かさんが伊織の修行先をバラしたせいでな」

「ちょ、ちょっと待って。私がやったっていう証拠がどこにあるっていうの?」

「莉奈の家って、伊織の家に近いんだってな」

「だから何? 言っとくけど、それを言うなら――」

「僕はここに入店する権利を与える代わりに犯人の名前を教えてもらった。あいつらは口を揃えて莉奈から聞いたって言ってたぞ」

「はぁ? 何言ってんの? 意味分かんない。私は中学を卒業してからは伊織の()()とは全然会ってないんだよ!」


 良しっ、かかった。やっとルアーに噛みついてくれた。


「莉奈、今犯行を自供したな?」

「えっ!」


 莉奈が顰めっ面をしながら、隠し切れない不安を露わにし、額から汗を流す。


「僕は伊織の家とは言ったけど、伊織の友達とは一言も言ってない。同級生は数多くいるけど、伊織の友達ともなると、かなり数が絞られる。何で伊織の友達って分かったの?」

「そ、それは言葉の綾だって。ほら、同級生のことを友達って呼ぶじゃん」

「それは親が子供の同級生を呼ぶ時に使う呼び方だ。静乃、莉奈がただの同級生を日頃から友達って呼んでるところを聞いたことあるか?」

「――いえ、聞いたことないです」

「静乃、あんたまで何言ってんの!?」


 莉奈がカウンター席から立ち上がって静乃に突っかかる。


 あともう一押しだ。外れたら負けだが、やるしかない。


「伊織の友達にメールを見せてもらった」

「「「「「!」」」」」


 莉奈の表情が焦りと共に段々と暗くなっていく。これには璃子も唯も驚いていた。


「そしたら莉奈のメアドから、伊織が葉月珈琲に通っている内容の――」

「ああ、そうだよ! 私がバラしたんだよ! だから何だってんだよ!?」


 莉奈は開き直ったように声を張り上げた。


 怖っ! 何こいつ……急に人格変わりやがった。やっぱ家のスマホでメールのやり取りをしていたか。伊織の友達が静乃や莉奈のメアドも知っていることは伊織にも確認済みだ。


 直接会わずにバラす方法があるとしたら、この方法しかないだろう。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

如月真夜(CV:近藤隆)

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