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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
141/500

141杯目「抽出への執着」

 無事に大会用のコーヒーを保存した後、夕食の時間を迎えた。


 家庭的で落ち着いた雰囲気の部屋には、木造のテーブルと椅子があり、モッツァレラとトマトのブルスケッタ、アマトリチャーナ、マルゲリータといった料理が並べられている。


 レオンティーナはトマト好きのようだ。唯や伊織たちが食べ盛りなのを知ってか知らずか、少し多めの量になっている。僕らは料理に目をキラキラと輝かせながら見つめ、大人しく席に着く。僕らは会話を楽しみながら、皿に盛られた料理を食していく。


 レオンティーナが唯と伊織と話す時は僕が通訳をした。


「あず君って何ヵ国語話せるんですか?」

「5ヵ国語。日本語、英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語。英語だけのつもりだったけど、日本人規制法の影響で外国人とばっかり話してたら、いつの間にかめっちゃ話せるようになってた」

「……凄いですね」

「必要に迫られてたからな。あー、そうそう。もし世界大会を目指してるんだったら、今の内から英語勉強しとけ。世界大会は英語必須だから」

「は、はい。分かりました」


 ――受け答えが母親そっくりだな。まっ、それが親子ってもんか。


 唯も伊織も特に食べ物の好き嫌いがない。僕が10代の頃は好き嫌いがハッキリしていた。今は余程不味いものでなければ、1人前を完食するくらいはできるようになった。


 今にして思えば、食育の意味なんてなかった。


 僕、唯、伊織の3人は同じ寝室だった。こっちの時間に慣れてきたのか、唯と伊織は夜になると途端に眠くなるが、僕はいつでも起きてられる。太陽が沈んでも眠くならないが、耳かきをしてもらうと、時間に関係なく眠ってしまう。どうやら僕は時差ぼけに強い人間らしい。


 みんなが歯磨きと風呂を済ませた僕が最後に部屋に戻ると、伊織はぐっすり眠っていた。


「寝顔可愛いな」

「伊織ちゃんにとっては初めての海外ですからね」

「良い経験になる。世界最高峰のドリップコーヒーを淹れる様を間近で見られるんだからさ。バリスタにとっては喜び以外の何ものでもない」

「ふふっ、ですね」


 この日も目覚ましをセットすると、唯に耳かきをしてもらい、段々と目がとろーんとしてくる。


 目の前が真っ暗になっていき、唯の膝の上で熟睡するのだった――。


 ――大会1日目――


 WBrC(ワブルク)の予選が始まった。


 早朝、なんか暑苦しいと思って横を見てみると、唯と伊織が僕を挟んで寝ていたのだ……どうしてこうなった。レオンティーナから朝食に呼ばれると、僕らは早い内に朝食を済ませた。レオンティーナ以外はみんな眠そうな顔で朝食のパンを食べている。


 大会は午前から始まり、開会式からずっとつき合わされる破目になる。僕だったら開会式も閉会式もなしにして重要なところだけピックアップするが、参加者全員の紹介だけで充分のはず。


 大会はパフォーマンスとしての側面もあるし、そういうわけにはいかないんだろうけど。


「あず君、観客席から応援してますね」

「伊織は唯のそばにいてくれ。1人だと危ないから」

「ですね。伊織ちゃん、私から離れちゃ駄目だよ」

「はい。観客席の1番前から見てます」


 WBrC(ワブルク)会場には27ヵ国から27人のナショナルチャンピオンが参加した。観客もそれなりにいた。予選は必修サービスとオープンサービスの合計でスコアが決まる。必修サービスが100点満点でオープンサービスは140点満点である。140点満点のスコアは100点満点に換算されるため、満点は200点である。1日目と2日目で半数ずつ競技を行い、そのスコアの上位6人が3日目の決勝へと進出する。どのコーヒーにも香りや味に個性がある。コーヒーの声を聞くことでフレーバーを最大限に引き出すため、あらゆるプロセスや味の変化を追求した。


 この数ヵ月間の研究で得た抽出メソッドをプレゼンする。パナマゲイシャブレンドが持つ甘味と酸味を引き出し、フローラルな香りとフルーティな味わいを感じさせるために純度の高い抽出を心掛けた。必修サービスはプレゼンなしで、全員同じコーヒーと水を使い7分で3杯のコーヒーを提供し、オープンサービスはプレゼンありで10分で3杯のコーヒーを提供する。国内予選と同じだ。


 必修サービス終了後、今度はオープンサービスの時間がやってくる。


 準備時間の後、リハーサルをしてから練習通りにプレゼンを終えた。今までの歴代ファイナリストのボーダーラインは雑に見積もって150点といったところだ。このラインを越えれば決勝進出は固い。


「あず君、お疲れ様です」

「唯もお疲れ。後は運だな」

「あず君ならきっと大丈夫ですよ。去年のような焦りもなかったですし、ペーパードリップは小さい頃からやってきたんですよね?」

「まあな。思えばあの時からバリスタだったのかも。職業としてのバリスタは15歳からだけど、定義を考えなくてもいいなら、生まれた時からバリスタやってたかも」

「バリスタ歴=年齢ですか。プレゼンの練習でもそう言ってましたけど、あず君がそう言えば、みんな信じちゃいそうですね」

「僕が生まれたばかりの時、親父が飲んでいたコーヒーの香りで僕が泣き止んだって親父が言ってた。多分最初っからバリスタだ」

「――そうですか」


 他愛もない話をしていると、満面の笑みで堂々と話していた唯が地雷を踏んだような表情に変わる。


「……? どうかした?」

「いえ、大丈夫です」

「もし何か悩んでるなら、遠慮なく相談しろよ。身内なんだからさ」

「……はい」


 唯は力なく答えた。明らかにいつもの唯じゃない。何かを隠している。


 だがここで問い質しても答えてくれそうにない。しばらくは様子を見るか。


 ――大会2日目――


 他の競技者のプレゼンを観察する。どの競技者も豆の種類に拘るだけでなく、その豆に合わせた抽出メソッドを用意することで加点を狙っていた。流石はナショナルチャンピオンだけあって隙が少ない。全員の競技が終わると結果発表が行われ、僕は無事に国名と名前を呼ばれ、決勝へと進出した。


 僕は3位通過で、1位との差は1点もない接戦だった。


 僕以外に決勝進出を決めたのは、ギリシャ、イタリア、トルコ、ノルウェー、台湾の代表だ。


 この6人の中から、この年のチャンピオンが決まる。


「決勝進出おめでとうございます」


 伊織が僕に笑顔で話しかけてくる。大会に慣れていないのか、すっかり安心しきった表情だ。


 ――ここで気を緩めたら痛い目を見るというのに。


「伊織、まだ喜ぶのは早いぞ。明日は決勝だからな」

「そうですね」

「伊織ちゃんにとっては、決勝にいけるだけでも凄いんですよ」

「……僕もそう思ってた」


 昔の僕もファイナリストになれればそれでいいと思っていた。だがいざ決勝になってみると、自分がどれほど世界相手に通用するのかを見てみたくなった。既に目標を達成した安心感と、ここまで来たからには最後まで本気を出すという向上心が半分ずつあったのだ。だがこれだと1つ疑問が残る。やるからには頂点を目指すべきじゃないのかという疑問だ。みんな本気で世界の頂点を目指している。世界一のバリスタになりたいというよりは、世界一美味いコーヒーを淹れたいという気持ちで。


 それだけ抽出というものに対する執着があった。伊織もよく僕の我が儘につき合ってくれた。彼女の苦労を無駄にしないためにも、僕にはこの大会を制する責任があった。このコーヒーは僕と伊織の合作と言ってもいい。好きで始めた仕事だ。没頭できる素晴らしさを世の引きこもりに伝えたい。


 ――大会3日目――


 遂に決勝の日がやってくる。決勝はオープンサービスのみのスコアで優勝が決まる。


 やることは昨日と同じだ。コーヒーの声を敏感に感じ取り、ジャッジに伝えながらコーヒーの抽出することに集中していた。唯と一緒に抽出器具やテーブルの準備をし、リハーサルでコーヒーの抽出をして味の確認を済ませる。幸いにも味に変化はなかった。ちゃんと管理していたお陰だ。


 グラインダーでコーヒーの粉を取り出した後、ペーパーフィルターを敷いたドリッパーに移してからスタンバイに入る。プレゼンが聞こえるよう、小型マイクを取りつけられる。いつも店で使っている制服を着ているが、見方を変えればコスプレのようにも見える。


 デザインはかなり気に入られていた。


「それでは次の競技者です。第4競技者、日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 僕の紹介と共に歓声と拍手が沸いた。


「それではご自身のタイミングで始めてください」


 黙って頷き、深呼吸を済ませた。


「タイム。僕は極限まで雑味を取り除いた究極のコーヒーを目指してきた。バリスタの定義を自分で解釈してもいいなら、僕は生まれた時からバリスタだ。まずは時間帯毎に出やすい成分を調べた。初めはフレーバーとアシリティー、次に甘味、渋味、苦味といった抽出で引き出したい部分から抑えたい部分に変わっていることが分かった。そこで3回注ぎを行う際、フレーバー、アシリティー、甘味を引き出しながら渋味や苦味を抑えるメソッドを考え、最高に美味い比率に辿り着いた」


 3杯分のコーヒーに1投目をゆっくりと少なめに、2投目は通常通り、3投目は多めに注いだ。だがJBrC(ジェイブルク)の時とは違い、3投目の後、すぐには抽出を止めなかった。


「今回使うコーヒー豆は、パナマ、ブリランテ・フトゥロ農園、標高約1000メートル、パナマゲイシャ、ナチュラルプロセスのコーヒーと、同じパナマゲイシャ、ハニープロセスのコーヒーだ。この2つの生豆を6:4の割合でブレンドしたものを僕自らが焙煎し、ハイローストで仕上げた。これはドリップコーヒーとして抽出することにフォーカスしたオリジナルのブレンドコーヒーだ」


 ナチュラルプロセスのみをシングルで抽出した時は、3投目ですぐに抽出をやめたため、小さく収まってしまった印象であることを伊織に指摘されていた。


 その弱点を攻略するべく、コーヒーと水の両方を洗い直した。


「最初はシングルのみで抽出をしていたけど、それだと味が全体的に小さく収まってしまい、アロマ、フレーバー、アフターテイストに至るまで高水準だったけど、どこか物足りない印象だった。そこで僕は同じ品種の中でハニープロセスのゲイシャを様々な割合でブレンドしたところ、6:4のハイローストが最も美味しく飲めるという発見をした。抽出を早い段階で終わらせなくても、最後まで甘味や酸味無駄なく抽出できて、雑味や渋味はブレンドしたコーヒーがうまく消してくれることを知った」


 切り札として、日本から持ち込んだ『超軟水』を使った。


 コーヒーは成分の99%が水分だ。当然使われる水によっても味わいが変わる。硬水は硬度が高いものだと酸味を消してしまう作用がある。これだとゲイシャが持つ酸味を活かせない。軟水で淹れたコーヒーは味がマイルドになることを伝え、3投目が終わってから少し時間が経ったところで抽出を終え、円を描くようにサーバーを揺らしながら内部のコーヒーを回した。


 コーヒーは底が見えるくらいに透き通った赤茶色に染まっている。


 これら3つのコーヒーをサーバーごとセンサリージャッジに嗅がせると、サーバーから温めたコーヒーカップへと移し、1人1人に丁寧に提供する。


「今回使っているこの超軟水の正体は日本の温泉水だ。軟水に恵まれた日本だからこそ発見することができた。これによって純度の高い味わいになり、マウスフィール、ボディ、アシリティーも格段に良くなる。この豆から水に至るまで拘った抽出メソッドによって生まれたこのコーヒーはラベンダーやカリンのようなアロマを感じる。フレーバーは、レモンティーのような酸味と蜂蜜のような甘さ、アフターにはライムのような酸味から、徐々にカフェモカのような甘さを感じる。プリーズエンジョイ」


 ここまでくれば、もう何も怖くない。後は清掃を済ませるだけだ。


「僕がこの究極のコーヒーを淹れるまでに様々な壁にぶつかった。だが多くの仲間が僕をこの舞台へと導いてくれていたと気づいた。自分1人の力だけではなく、家族や仲間の協力、そしてここにいるみんなの応援のお陰で、無事にこの舞台に立てたことに感謝する。タイム」


 最後の挨拶をし始めた時から、既に拍手と歓声が沸き始めていた。ジャッジだけでなく、観客までをも巻き込むようなプレゼンになっていた。タイムは9分58秒、何とか間に合った。やるべきことは全てやった。人事を尽くして天命を待つとはまさにこのことだ。これで駄目なら才能ないと言っていい。


 ファイナリスト全員の競技が終わると、運命の結果発表が始まった。


 順位が低い順に国名と名前が発表されていく。その度に会場からは拍手が沸き、名前を呼ばれた多くのバリスタは拍手に笑顔で応えながら心の中で悔しがる。


 最後に僕とギリシャ代表が残った。


「そして第2位は……ギリシャ代表――」

「よっしゃあああああぁぁぁぁぁ!」


 僕は小さい声で叫びながら両手で天を仰ぐようにガッツポーズを決める。演出なのか、司会者が少しばかり焦らしてからギリシャ代表の名前を読み上げていたが、マジで心臓に悪いからやめてくれ。


「今年のワールドブリュワーズカップチャンピオンは、日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 僕の優勝が確定した。WBrC(ワブルク)優勝を決めたことに僕も唯も伊織も喜びを噛みしめる。優勝トロフィーは取っ手に黄金のケトルがついたものだ。今までのトロフィーとは違ったタイプでセンスも良い。隣にいたギリシャ代表からは、どうやったらそんなに勝てるんだと聞かれた。


 意欲を失うことなく、意欲のままに追求し続けることだと答えた。


 トロフィーを持ったまま、意気揚々とファイナリストたちとハグを交わし、WBrC(ワブルク)は無事に閉幕する。会場では他にも色んなバリスタ競技会が行われていた。僕が挑戦したことのない競技会もちらほら見かけたが、当分はどの大会にも出たくない。何だか燃焼しきった感がある。完全に疲れ切っていたはずだが、悔いは残っていない。コーヒーばかりか僕自身の熱意をも抽出していたようだ。


「あず君、おめでとうございますっ!」


 唯が泣き顔で僕に抱きついてくる。自分が優勝したわけでもないのに、まるで自分のことのように喜んでくれていた。これが身内というものなんだろう。


「あず君、やりましたね」


 伊織もまた、僕にそっと優しく抱きついてくる。


「アズサ、優勝おめでとう。あなたならできると思ってたよ」

「フランチェスカ……久しぶりだな」


 フランチェスカと会ったのは8年ぶりだろうか。


 彼女こそ、僕がバリスタ競技会に毎年参加するようになったきっかけだ。8年経った今も色褪せないこの姿、パリコレにいそうな服装だが、引け目を全く感じさせないファッションだった。


「チャオ。久しぶり。応援しに来た甲斐があったね」

「フランチェスカ、もしあんたが大会に誘ってくれなかったら、僕は一生落ちこぼれのままだったかもしれない。本当にありがとう。感謝してる」

「あなたのラテアート動画が面白いと思ったから誘ってみただけ。それに大会の宣伝もしてほしいって思ってたから。アズサが有名になってからは、ますます多くのヴェネツィア市民たちが大会に参加してくれるようになったの。海外からの参加者も増えたし、もう言うことないかも」

「それは良かった」


 ヴェネツィア市民が参加者の多くを占める大会なのは相変わらずなようだ。


 世界大会というよりは地元のお祭りのような感覚だけど、あれはあれで味があって良いと思う。


「アズサのコーヒーはいつ飲めるの?」

「要望があれば、うちの店でも出そうと思う」

「そう、じゃあ楽しみにしてる。じゃあね」

「ああ、じゃあな」


 噂をすれば何とやら、まさかフランチェスカが来てくれていたとは思わなかった。バリスタ競技会は多くの人を繋いでくれる。いや、コーヒーが人と人を繋いでくれているのだ。


 こうして、リミニにも葉月梓の名前が刻まれた。


 僕らは会場を後にし、唯と伊織と一緒にリミニでカフェ巡りをしていた。レオンティーナも応援しに会場まで来てくれていた。彼女に体をもふもふと触られた後、カフェ巡りが終わったら荷物をまとめ、翌日の帰りの便に乗る旨を伝えていた。3人で色んなカフェを楽しむ。だが唯はコーヒーを飲みたがらなかった。飲んでいるのは健康に良さそうなドリンクばかりだ。大会前にも、唯はコーヒーを全く飲まなかった。風邪でもないのに体調が優れなかったり、あんなにコーヒー好きだったのに全然飲まない。


 ――具合でも悪くなったのかな?


「全然コーヒー飲まないけど、調子悪いの?」

「大丈夫です。ただ、今はコーヒーの気分じゃないんですよね」

「そう……僕もたまにコーヒー以外のドリンクを飲みたい時ある。ていうか日本にいた時も、体調不良で仕事を休むことが多かったよな?」

「はい。この頃あんまり眠れませんでしたから」

「無理しないでくださいね」

「うん、ありがとう」


 マジで唯のことが心配になってきた。でも彼女はそれを悟られたくはないようだ。


「伊織ちゃんはどうしてあず君のお店に来たいって思ったの?」


 唯が話題を逸らそうと伊織に質問をする。僕もそれは気になっていた。


「璃子さんと仲の良い静乃お姉ちゃんに頼んだら、私もお店に入れてもらえるかもしれないって思ったんです。あの頃の私は、コーヒーの趣味を一度やめていたんですけど、あず君が楽しそうにコーヒーを淹れているところを見ている内にまた始めたくなったんです。不思議と思ったんです。もしあず君に出会えたら、また失った情熱を取り戻せるんじゃないかって」


 伊織は本当の自分を取り戻したかった。もし本当にコーヒーの趣味をやめていたなら、彼女はうちに来ることさえ望まなかったはずだ。伊織が初めて葉月珈琲を訪れた時、うちの内装をキョロキョロとしながらも、目を星のように輝かせ、物欲しそうにエスプレッソマシンやドリッパーを見つめていた。


 あの時、僕は伊織の奥底にある好奇心が淹れたいと叫んでいるように感じたのだ――。


「バリスタになりたいって言葉は嘘じゃなかったんだな」

「はい。正直に言えば、あの時は迷っていましたけど、でもあず君の前なら、自然と言いたいことが言えたんです。不思議ですよね。コーヒーのことになると、妥協が許せなくなるんです」

「葉月珈琲はバリスタであれば、誰もが欲しがるような抽出器具やらトロフィーやらが一通り揃ってるからな。もしかしたら、それで欲望を掻き立てられたんじゃねえの?」

「ふふっ、そうかもしれません」


 僕は唯の異変を他所にカフェ巡りを続けた。伊織も唯のことを気にかけていた。


 同性としての意識のシンクロなのか、様子がおかしいことには伊織も気づいていたようだった。


 翌日、僕らは帰りの便で日本に帰国するのだった――。

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