14杯目「忍び寄る影」
山の高い所にまで連れて行かれると、今度は船で川下りをすることに。
中部地方の林間学舎ではよくあることらしい。簡単に言えば、遅いジェットコースターだ。
これは割と楽しかった。登山の苦労さえなければだが。
端っこの席に座った。乗る順番はなかった。また隣に美濃羽が腰かけた。どうしてこうなった。またしても男子共がこっちを睨みつけてやがる。雑魚キャラオーラ丸出しだ。
山や川の景色に圧倒されながら川下りを楽しんだ。大人になったらまた来ようかなと思えるくらいには楽しめた。美濃羽は大きく揺れる度に僕の腕を掴んだ。おいおい、僕は手すりじゃないぞ。ここに来てもこんな扱いとは。ていうか隣にも男子がいるのに、何でそっちの腕は掴まないんだ? あっちの腕の方が頑丈そうなのに。ていうか度々胸当たってるんだけど。新手の嫌がらせか?
川下りが終わると、昼食の時間になり、班毎にバーベキューが始まった。料理ができたこともあり、常にバーベキューの具材を焼く担当だった。料理を作る代わりに、野菜を多めに他の人に食べてもらっていた。網の上に乗った具材を箸で取ると、それを口に頬張り、ムシャムシャ食べた。
――うぅ~ん、美味い。凄く柔らかくて美味いぞ。
この牛肉は拘りの餌を与え続けてできたものらしい。僕は誰よりも夢中になって食べていた。これは学校が用意した安い肉だけど、ここにある食材の中で1番美味い。今度は地元で採れた最高級の飛騨牛が食べたいな。料理をした分、僕が多めに取る権利を貰った。
料理してて良かったぁー。やっぱ食ってる時は幸せだぁ~。
後は食後のコーヒーがあれば完璧だ――。
バーベキュー具材を鱈腹食った後は、夕方まで自由時間だ。この時だけは班行動をしなくていい。
ならばと僕は1人で探検をすることに。
しかし、美濃羽や飛騨野たちがやってくると、そうはいかなくなった。
「あっ、梓君。一緒に行こうよ」
「じゃあ私も梓君と行こうかな」
「私も梓君と行きたい」
「私も行く」
何故女子たちはこうも群れたがるのか。頼むから1人で行動させてほしいものだ。
「あのさ、せめて2人までにしてくれないか?」
「えー、何で!?」
「集団は好きじゃないんだ」
「じゃあ梓君の隣は2人だけにして、残りの人は少し離れた2列目を歩くってのはどう?」
「うん、それいいかも」
えっ? それ結局集団で歩いてるよね? ただでさえ行きたいとこいっぱいあるのに勘弁してくれ。
僕がため息を吐きそうになるほど困っていることも知らないまま、女子たちの間でじゃんけんが始まったが、みんな目を光らせるほど真剣な表情だった。
「「「「「最初はグー、じゃーん、けーん、ぽーん!」」」」」
最終的に飛騨野とクラスの女子1人に決まった。
僕の左隣に飛騨野がいて右隣にクラスの女子、後ろには美濃羽を含む女子が10人くらいだ。美濃羽はちょっと不機嫌そうな顔だったけど、何で機嫌が悪いんだ? 美濃羽も集団が嫌いなのかな?
彼女たちと色んな店を回った――。
飛騨地方ならではの古い町並みで、どこかレトロな感じがした。
山と川に囲まれ、のんびり自然の中で暮らすのも悪くないかもしれない。
1軒のオシャレなカフェが僕の目に留まる。
カフェを希望し、コーヒーを飲むことに。外も中も木造で、中は雰囲気の良いカフェだった。昭和中期から続く店で、比較的小さい店だが品揃えは豊富だった。マスターは音楽が趣味のようだ。店の奥の方にはグランドピアノが置いているし、分かりやすい場所にはCDラジカセまである。
――ということは、うちのおじいちゃんみたいに、隠居してから今までの蓄えを散財したのかな?
他の女子たちはコーヒーではなく、ジュース類などのソフトドリンクを注文した。ソフトドリンクならどこでも飲めるだろうに。勿体ねえことするなぁ~。そう思いながらも、最後に僕がエスプレッソを注文すると、マスターは手際良くエスプレッソを淹れる。作業工程をじっくり見た。
この人――できる。
作業には流れるような一貫性があり、雑さが一切見られなかった。まさかここで本格的なバリスタに出会えるとは思わなかったな。うちの商店街のカフェにも良いバリスタはいる。しかし、彼らはあくまで生きていくために仕事をしている人たちだ。おじいちゃんみたいに利益とか関係なく豆の焙煎から抽出し、1杯1杯にまで気を使うところまではいかない。
でもこの人は違う。
労働者としてのバリスタじゃなく、職人としてのバリスタだ。話してみたいけど、僕は人見知りであるために話しかけられずにいた。それが一層僕をもどかしくする。
僕が座っている場所に1杯のエスプレッソが置かれる。味はすぐに分かった。
「梓君、それ美味しい?」
「美味いよぉ~。花の香りにアーシーさも含まれていて、とても野性味溢れる味だ。柑橘系のフレーバーだからキリマンジャロかな?」
エスプレッソの感想を呟くと、マスターの目の色が変わった。
さっきまで真剣だったマスターの表情が優しくなる。
「お客さん、良い目利きしてますね」
穏やかな表情のマスターが僕に向かって笑顔で言った。まだ小学生であるにもかかわらず、コーヒーのアロマやフレーバーを言い当てたことに驚いていたのだ。
アロマとは抽出後のコーヒーの香りのことで、抽出前のコーヒーの場合はフレグランスと呼ぶ。コーヒーの抽出液を口に含んだ際、鼻に抜ける時に感じる香りと味わいをフレーバーと呼ぶ。
「ここまで正確に味を言い当てたのはあなたが初めてですよ」
「「「おおーっ!」」」
女子たちから驚嘆の声と共に拍手を送られる。味を言い当てるのがそんなに凄いのか? 僕は毎日色んなコーヒーを飲んでメジャーなフレーバーは知り尽くしている。これくらいはどうってことない。
コーヒーは飲み慣れていた。
「梓君って大人だね」
「僕はまだ小5だよ」
「いや、そっちの意味じゃないから!」
どうやら褒められていたらしいが気づかなかった。追加でカプチーノを注文する。この2杯だけで1000円を超えるが、今を逃せば次いつ来れるか分からないことを考えれば、それほど高くはない。
のんびりカプチーノを飲んでいると、飛騨野がグランドピアノに気づく。彼女はマスターにピアノを弾いてもいいかを聞いた。マスターから快く許可をもらうと、僕に痛いくらいの視線を向けた。
「確かピアノ弾けたよね? 何か弾いて見せてよ」
「えっ、飛騨野が弾くんじゃないの!?」
「私はピアノ弾けないから」
「何だよそれー」
何か弾けと言われても困るんだよなー。
せっかくグアテマラコーヒーのカプチーノを楽しんでいたというのに。あーあ、のんびりしたい。
飛騨野に勧められるままピアノの席に着くと、1番好きな曲であるケセラセラを弾いた。女子たちは僕が目を瞑りながら弾いているのを見て驚いた。演奏後に拍手で迎えられるが、頼むからやめてくれ。
「私より上手いね」
「梓君、目ぇ瞑ったまま弾いてない?」
「うん、目ぇ瞑ってた」
「凄い、天才じゃない?」
女子たちは何故目を瞑って弾いていたのかを聞いてきた。僕が目を瞑っている理由と、一度聞いた曲はピアノで再現できることを伝えると、女子たちは理解不能な目をしていた。
「才能の種類は人によりますからね」
会話を聞いていたマスターが優しく言った。
マスターは僕の才能が本物かどうかを確かめるべく、トルコ行進曲のCDを僕に聞かせた。
「再現できそうですか?」
「……やってみる」
恐る恐る答えると、トルコ行進曲を思い出しながらピアノを弾き始める。初めての曲だったが、一度も間違えることなく正確に弾いた。マスターも周囲の客も絶句していた。
――そんなに凄いか? 僕にとっては普通なんだけど。ただ板を叩いているだけなのだが、みんなにはまるで魔法のように見えているらしい。曲を一度聞いて記憶した後は、そのままドレミの音階に当てはめ、音程が一致している個所を指で押すだけの簡単な作業だ。
「今すぐにでも音楽家に紹介したいですね」
マスターが感心しながら言った。そんなことより、僕の関心は飲みかけのカプチーノに向いている。飲み残したカプチーノの前に戻り、再び至福の時を過ごす。
口の周りにはカプチーノのミルクがついていた。
「ほーら、口に牛乳ついてるよ」
「んっ……ありがとう」
美濃羽がそれに気づき、僕に配られたおしぼりで僕の口を拭いた。他の女子たちは何故か美濃羽を睨みつけていた。僕はそんなことも気に留めず、マスターに気になったことを聞いた。
「ポルタフィルターにコーヒーの粉をドーシングする時、手を使わずにパレットナイフでコーヒーの粉をならしてたけど、あれって何か理由があるの?」
「ああ、これですか。コーヒーの粉はエスプレッソとなって人の口に入るものですから、なるべく手を触れずにならしたかったんですよ。バリスタにとって衛生管理は大事ですからね」
この心遣いには感心さえ覚えた。そこまで考えてコーヒーを淹れていたとは……レベルが違いすぎる。僕はまだまだこの人には敵いそうにないと思った。僕がコーヒーを淹れる時は、自分のために淹れる。誰かのためにここまで気を配って淹れることなんて想像もしなかった。いつか追い越してやる。
そして必ず、一流のバリスタになってみせると、この時初めて思った。
何かを目指すからには1番になることを、僕は心に誓うのだった――。
この林間学舎だけは僕の肥やしになった。勘定を済ませると、他の店も回った。お小遣いに制限があるため、あまり買い物はできないが、この一時は充実していた。しかし、欲を言えば、こういう所には1人で来たかった。飯は1人よりも大勢で食べた方が美味いと聞くが、僕は誰にも邪魔されずに独り飯を食べる方が美味いと思っている。マナーを指摘されたり、好き嫌いするなと常にちょっかいをかけられたりして妨害されながら食う飯が美味いとは思わない。
女子たちに連れられて商店街を回った。
岐阜市の葉月商店街とはまた違った店ばかりだった。2列目にいた女子たちはピアノの話で持ちきりだった。あの後カフェでの出来事が女子たちを通して学年中に広まった。女子の噂の感染力恐るべし。当然、男子たちの間にも広まったが、男子からは嫉妬を買う一方だった。夕方までずっとウィンドウショッピングを楽しむと、クラスメイトたちと合流して宿泊先まで戻ってくる。
夕食を済ませ、肝試しが始まるまで部屋で過ごす。すると、他のクラスの男子の1人が部屋にずかずかと入ってきた。そいつは他の男子に僕と2人きりにするように言った。ガタイが良く典型的な体育会系の外見だった。イケメン風の顔に短い黒髪、高身長で妙に威圧感がある。
岩畑翔。野球クラブのエースで4番、次期主将候補と言われている奴だ。しかも頭脳明晰で勉強も優秀だ。こいつは鋭い目で僕を睨みつけると忠告してくる。
「これ以上美濃羽に近づくな! お前……ちょっとピアノができるからって調子に乗ってんじゃねえぞ。確かに伝えたからな。ちゃんと覚えとけよ」
僕の方から彼女に近づいた覚えはないんだけどな……。
岩畑は美濃羽のことが好きらしい。クラスでも度々噂になっていた奴で、同じクラスになったことはないけど、いつも美濃羽と話してたこともあって知っていた。
こいつの厄介なところは僕以外には優しい二面性だ。僕以外はこいつの本性を知らない。僕と2人きりになると態度が豹変する。これまではこいつとの関わりはなかったが、美濃羽が僕に近づくようになってからは一方的に僕を敵視するようになっていた。
所謂自分の欲しいものは何でも手に入れないと気が済まないタイプだ。岩畑は今までは美濃羽を独占していたが、彼女が僕と同じクラスになって僕と話すようになったことで取られたと思ったんだろう。
知らない内に岩畑の逆鱗に触れてしまったらしい。
「お前、最近美濃羽とよく話してるらしいな」
「いつも彼女の方から話しかけてくるんだけどね」
「俺の親と美濃羽の親は仲が良い。俺は美濃羽と幼馴染なんだよ」
「だから近づくなと?」
「そうだ。あいつ夢中でお前のことを語ってたんだよ」
「彼女に連れ回されてたからな」
「今度彼女の気を引いたらただじゃ済ませないぞ!」
岩畑は忠告を済ませると、部屋から早々に立ち去った。外にいたクラスメイトには優しく接していたのだが、僕はあんな風に相手によって態度を切り替えられない。良く言えば裏表がなく、悪く言えば忖度ができない。あいつはあといくつ人格を隠し持っているんだろうか。
僕は肝試しのペアを決めることになった際、色んな女子に声をかけられた。肝試しは直前にペアを決めることになっていたところに、美濃羽が声をかけてくる。
「ねえ、私と一緒に肝試ししてくれないかな?」
「悪いけど、遠慮させてほしい。それに、早く帰って寝たいからさ」
最も接点のない女子を相手に選んだ。みんなは僕が美濃羽に決めると思っていたのか、彼女を選ばなかった時は驚いていた。昼間隣にいた女子とペアになり、僕らの番になると、一緒に肝試しに行った。1組ずつスタートからゴールまで巡ることに。お化け役の人がいたが、当然怖がるはずもなく、隣にいた女子生徒はわざと怖がるふりをして僕に抱きついてくる。
「いやー、梓くーん、助けてー」
――だから胸当たってるってば! 何? 流行ってるの? 興奮するからやめてくれねえか?
お化けよりも胸を気にしながら何事もなくゴールまで向かう。ゴールに着くと、先に行った連中が待っていた。僕とペアだった女子は他の女子たちに自慢していた。
「梓君、常に冷静でめっちゃカッコ可愛かった」
カッコ可愛かったって何!? カッコ良いの? 可愛いの? どっち? ていうか僕、しっかり興奮してたんだけど……美濃羽も飛騨野もどこか悲しげな表情だ。
肝試しが終わった後、僕は美濃羽の気を引かないよう無表情のまま、美濃羽とキャンプファイヤーで踊っていた。やっぱこれ、子供騙しの域を出ないな。美濃羽は僕の様子に対して、明らかな違和感を持っていた。キャンプファイヤーの後、美濃羽に呼び出された。
「梓君、肝試しの時から変だよ。ペアにもなってくれないし」
「別に誰でもいいじゃん」
「良くないっ!」
「何で?」
話題を逸らそうとするも、彼女は食らいついてくる。彼女の眼差しが真剣そのものになる。逃げるために脳内のコマンド入力を急ぐが、美濃羽に両肩をガッチリ掴まれる。
逃げられなかった……。
「私、梓君が好きなの。誰にでも分け隔てなく接してて、あんなに凄い特技を持ってるのに驕らない。私はそんな梓君がたまらなく好きなの……」
美濃羽は真剣な表情で僕に目を合わせながら愛の告白をする。
嘘……だろ? あぁ~そっかぁ~、そういうことか。彼女が僕に川下りで胸を当ててきたのも、集団で歩いていた時に不満そうにしていたのも、全部僕のためだったんだ。全然気づかなかった。でもここで告白を受け入れたら、僕に新たな危機が迫る。岩畑が絶対彼女に手を出さないとも限らない。
「悪いけど、美濃羽の気持ちには応えられない」
「えっ! ……何で?」
「岩畑から美濃羽に近づかないように言われてるから」
この時、最悪の行動を選択してしまった。こんなことを言えば、岩畑にばれて何をされるか分かったもんじゃない。だが僕は社会性が欠如しているが故に、自分の発言で相手がどう思うかを想像できないという致命的な弱点があるのだ。今回はこの弱点が大きく足を引っ張ることになってしまった。僕は物に対しては世界一器用だが、人に対しては世界一不器用な男だ。美濃羽はその場で泣き崩れてしまい、僕は立ち尽くすことしかできなかった。以降、林間学校が終わるまでは口を利いていない。
翌日の夕方、ようやく宿泊先から帰ることに。
美濃羽は岩畑にこのことを問い質したらしい。しかし、岩畑は白を切って優しいキャラクターを崩さなかった。美濃羽は半信半疑だったが、それもあって彼女との仲がギクシャクしてしまった。僕の立ち回りが良くなかったのは事実だが、僕は岩畑の罠にハメられた。あいつは印象操作が非常にうまい。
自分の手を汚さずに誰かを陥れることにかけては天才的だった。その能力をもっと良い方向に使おうとは思わないのだろうか。1学期が終わろうかという時に、僕は岩畑に呼び出された。余計なことをしてくれたなと言わんばかりの態度だった。岩畑が言うには、美濃羽に振られたらしい。
林間学校の後に美濃羽に告白すると決めており、予定通りに告白したらしいが、僕の話を聞いた後ということもあり、撃沈したらしい。こいつは僕が恋路を邪魔したと思っている。ガキ大将の権力と下っ端のずる賢さが良い具合にブレンドされた奴だ。世渡りの得意な人なら、美濃羽との会話の時点で当たり障りのないことを言って、少しずつフェードアウトしていくのだろう。僕にはそれができなかった。
ガキ大将の逆鱗に触れた代償を小6の時に払うことになる。この時点で不登校になっていれば……。
小5の1学期が終わり、夏休みに入る。いとこたちに小夜子の件を話した。リサからはよくそこで正直に話せたねと言われた。立ち回りのミスをようやく自覚した。近づかないように言われていたことを言うのはNG行動らしい。2学期からは美濃羽と距離を置くことになった。彼女からは相変わらず話しかけられるものの、僕はそっけない態度で返すしかなく、2学期からは体育の時間が運動会の練習時間になる。僕は1年の時の集団リンチ事件と体が弱いことを伝え、運動会に参加しないことを伝えた。
担任は何度も参加するように言ってくるも断固拒否した。同じ過ちは繰り返さない。正論が罷り通らない連中と一緒に参加してもロクな目に合わない。それを分かって参加するのは、愚か者以外の何物でもないのだ。運動会は毎年10月だったが、それでも炎天下の暑さだ。
――運動会当日――
岩畑は徒競走で全部首位を独走していた。小学校って大体足の速い子がモテている気がする。それを考えると、僕が女子に声をかけられる理由はなんだ?
僕は足が遅いほうだ。多分下手すりゃクラスで最下位だったまである。できることとできないことがこれほど極端な子供も珍しいだろう。運動会の日は給食から離れられる日だ。
何で好物に限って弁当のメニューにないんだろうか。
僕の好物はカルボナーラ、好きなスイーツはキルシュトルテ。
いずれも親戚にいるエドガールのおっちゃんの影響だった。
エドガールのおっちゃんはお袋の姉の配偶者で、僕の義理の伯父にあたる。リサやルイたちの父親でもある。エドガールのおっちゃんは色んな価値観や物を持ち寄ってくる。僕が外国を意識するのが他の子供より早かったのもこのためで、英語を教えてくれた人でもある。
逸早く日本社会の異常に気づけたきっかけでもあり、外国という比較できる相手を見つけられなかったら、僕は日本の常識に違和感を持ちながらも、受け入れていたかもしれない。地毛証明書のことをエドガールのおっちゃんに話した時は明らかに激怒していた。
『フランスでそんなことをしたら担任の首が飛ぶよ』
エドガールのおっちゃんは憤りを隠せない様子だった。
良い意味で常識に囚われない性格は、僕の人格形成に大きなインスピレーションを与えていた。
この影響で常識を疑うようになったことは言うまでもない。
学校のことを話す度に呆気に取られた顔をする。フランスではまずありえない光景だろう。いつも僕の味方をして勇気づけてくれたし、そこらの身内より身内してる。生みの親が親父とお袋なら、育ての親はおじいちゃんとおっちゃんだ。エドガールのおっちゃんも例に漏れず、最初は僕を女子と思った。
だが僕が男子だと分かってからは趣味が女子寄りの男子として扱ってくれた。
エドガールのおっちゃんは色眼鏡をかけて人と接することがない。本来はそれが当たり前のことだ。僕が誰に対しても同じ態度を貫くのは、エドガールのおっちゃんの影響なのだ。
運動会は毎年の如く、熱中症患者続出という名のお家芸だった。
このまま2学期が無事に終わればいいが……。
あず君はどこへ行ってもコーヒーを忘れられない男の子です。
誰でも常に忘れられないものはあると思います。
岩畑翔(CV:花江夏樹)