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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
132/500

132杯目「世間との戦い」

 6月のニースは汗をかくほどに暑かった。


 真夏の太陽を避けながら僕らのカフェ巡りは続く。帰る準備はできている。だが今の機会を逃せば、ここのカフェには二度と来られないと思った。


 地元ニースの人とはフランス語で、外国からの観光客とは英語で話していた。


 そこに見覚えのある人がこっちに向かってくる。


「あず君、久しぶりだな」

「カール、どうしてここに?」


 目の前には白髪が増え、中年らしさが増したカールがいる。


 自営業時代に何度か世話になったことは覚えている。


「あず君の応援に来たんだ。ジェフが唯ちゃんの心配をしていたから見に行ってやってほしいってな。離れてから結構長いんだろ?」

「はい。でもここで再会できるとは思ってもみませんでした」

「あず君、この人は?」

「カール・バルテン。うちの自営業時代の常連だ」

「あぁ~、そういうことでしたか。加藤真理愛です。今大会であず君のコーチを務めていました」

「コーチ? そうか、あず君も人を頼れるようになったんだな」


 カールは相変わらずだった。ジョークで人を笑わせたりするところは昔と変わらない。


 今は地元デンマークでバリスタをしている。親の体調が優れないことを理由に帰国し、今は一緒に住んでいるとのこと。僕らの様子を見に来たらしいのだが、会場にはたくさん人がいたため、なかなか気づいてもらえなかった。ジェフとは今でも仲の良い友人である。


 コーヒーを飲みながらコーヒーカクテルの話を済ませると、彼はそそくさに帰っていく。


 僕が無事に優勝できたことを喜んでくれていた。


「あず君って、色んな人と知り合いなんですね」

「人脈はそれなりにある。でもさ、僕が嬉しいのは、真理愛が独立できたことだ」

「え、ええ……そうですね」


 ――何だ? この歯切れの悪い反応は? 親父から独立できたってのに、浮かない顔だな。


 まだ何か問題を抱えているように思えたため、尋ねてみることに。


「どうかした?」

「――完全に独立したと言えば嘘になります」

「僕で良ければ相談くらい乗るからさ、ちゃんと教えてくれ。真理愛は僕をWCIGSC(ワシグス)優勝に導いてくれた恩人なんだ。もっと頼っていいんだぜ」

「実は……もう1人説得するべき人がいるんです」

「それ、もしかして真理愛さんのお母さんですか?」

「はい。よく分かりましたね」

「両親に縛られてるみたいなことを言っていたので、お母さんの方かなって」


 言われてみればそうだ。真理愛を縛っているのは父親だけじゃない。


 特に母親からの縛りはかなりの拘束力だ。真理愛はここまで僕を支えてきてくれた。今度は僕が彼女を支える番だ。吉樹と一緒にオーガストに来た時、何だか自分のことを言われているような顔だった。真理愛にとっても耳の痛い話だったのだろうか。


「真理愛、何かあったらいつでも僕に言ってくれ。できることはする」

「――はい」


 真理愛は少し間を置いてから優しそうに微笑んだ。


「あず君、次あのお店行きましょうよ」

「う、うん。別にいいけど」


 唯が僕の腕をグイッと引っ張り、次のカフェに連れていく。唯の方から店選びを先導するのは初めてな気がする。いくつかのカフェを巡り、翌日に帰国した。空港には何人かのファンが待っている。中には美羽たちもいた。空港内のカフェに移動すると、僕らは土産話をする。


「あず君、優勝おめでとう」

「お、おう」


 いつものようにそっけなく返事をする。集団の中にいる時のコミュ障っぷりは相変わらずだ。


 美羽は僕の後ろにいた真理愛と目が合った。


「……その人は?」

「加藤真理愛、僕のコーチをしてた」

「「「「「コーチっ!?」」」」」


 美羽たちが一斉に驚いた。どうやら僕はコーチがいないのが普通だと思っているらしい。今までコーチなんていなかった。だが頼れるものには遠慮なく頼る。それは昔っからずっと変わらなかった。美羽と真理愛は初対面だ。2人共度々店には来るが、直接顔を合わせたことはない。


 同業者同士は知り合いになりやすいが、類は友を呼ぶのかもしれない。


「まあ、そんな大したことはしてないんですけど――」

「大したことだろ。真理愛がいなかったら優勝できなかったんだし」

「そんなに凄い人なんだ」


 周囲にいたバリスタたちが真理愛を一目置くような眼差しで見つめている。真理愛は美羽たちと自己紹介をしながら僕の代理人のように話し続ける。僕は周囲の会話を聞きながらコーヒーを飲み続けた。


「私はあず君のコーヒーカクテルに足りなかった部分を指摘したくらいで、完成度は元から高かったんですよ。それこそ……私が嫉妬してしまうくらいに」

「完成度の高いものを見て、そこから足りない部分を見つけるのってなかなか難しいですよ。あず君は人を見る目はありますから、自信を持っていいと思います」

「ありがとうございます」


 美羽は人と仲良くなるのが本当にうまい。あっという間に真理愛を彼女たちの輪の中に溶け込ませてしまった。まるでカフェオレのように馴染んでいく。


「あっ、私もう帰りますね。夜から店を開くんで」

「分かった。また遊びに行く」

「はい。それでは皆さん、私はこれで失礼します。お疲れ様でした」

「「「「「お疲れ様でしたー!」」」」」


 一斉に挨拶する声が店内に響いた。店の窓越しに見える真理愛が空港の人混みの中へと消えていく。僕は彼女の後姿が見えなくなるまでずっと後姿を目で追っていた。


「あず君、私たちも帰りましょうか」

「唯は先に帰っててくれ。僕はここでやることがある」

「やること?」


 美羽たちが僕を待っていたのには訳がある。ただ僕の帰国を待っていたわけではない。穂岐山珈琲に必要な食材を揃えてもらう代わりに、穂岐山珈琲主催のトークショーに参加する約束をしていたのだ。


 毎回思うのだが、ただより高いものはない。JBC(ジェイビーシー)に参加した時も、ゲイシャの料金負担と引き換えに、育成部を見て回ったことで帰宅が遅れた。


 これが元で売り上げがマイナスになったが、今にして思えば、貴重な経験だ。


「約束覚えててくれたんだ」

「できれば頼りたくはなかったけど」

「穂岐山珈琲はいつでもあなたの競技をお支えいたします」


 美羽が軍隊的なノリで話しながらビシッと敬礼をする。これ多分優子に教わったやつだな。


「まあ、優勝できたからいいか」

「まさかとは思っていたけど、コーヒーカクテルまで究めちゃうなんてねー。やっぱあず君は凄いよ。あっ、そうそう、次のバリスタオリンピックの開催地が東京に決まったよ」


 東京で開催だと。美羽が言うには、北米とヨーロッパ以外での開催は初めてらしい。


 1991年に開催された第1回はアテネ、第2回がローマ、第3回がベルリン、第4回がロンドン、第5回がパリ、第6回がシアトルだ。次で第7回を迎えるバリスタオリンピック2015年大会の開催地が東京に決まったわけだが、最近はコーヒーの消費がアジアを中心に拡大傾向にあり、東京でのバリスタオリンピック開催決定は、コーヒー市場の台頭を象徴しているように思えた。


「じゃあそろそろ移動しようか。車を用意してあるから乗ってくれ」


 そんなことを考えていると、穂岐山社長がやってくる。


 僕らは車で会場まで移動し、トークショーに参加することに。昼間ではあったが、旅の疲れでクタクタになっていた。道中の車内はいつもより時間の流れが遅く感じるほどだ。


「唯、帰らなくていいの?」

「家に帰るまでがサポーターの仕事ですから」

「……そうか」


 思わず笑みを浮かべた。もう解散して自由の身だったはずなのに、ここまでつき合ってくれるのか。僕だったら帰ってるけど……唯はいつも健気だ。


 赤を基調としたTシャツ姿の唯が隣に座っている。唯は至って大人しくしているが、自己主張の強いダブルメロンが僕を誘惑し、つい触ってしまいたくなる。


 会場に着くと、そこには人が賑わっていた。


 僕がいつ戻るか分からないため、トークショーは即興と言っていいものとなっていた。チケットはすぐに完売し、穂岐山珈琲の宣伝に使われてしまう格好となった。


 ――やっぱりタダより高いものはない。


「穂岐山社長が成功した理由がちょっと分かった気がする」

「何か勘違いしてるみたいだけど、お父さんは色んなコーヒー農園に投資してるの。税金払うくらいだったら、コーヒーの未来のために使った方がいいでしょ」

「そこは同感だな」


 なるほど、稼いだお金はコーヒー農園の投資に回せば節税できる。コーヒー会社だったら農園への投資は経費になるだろうし、僕もやってみるかと思いながらステージの裏側にいた。会場は野外ライブのようなステージであり、客は今か今かと僕を待ち構えている。


 トークショーの際、僕の声が遠くまで聞こえるよう、小型のマイクを装着させられる。バリスタ競技会の時は一部例外を除いて小型のマイクを装着させられる。


 競技会でもないのに装着する破目になったのはこれが初めてだ。


「じゃあお父さんがあず君を呼んだら出てきてね」

「別に最初っからステージにいてもいいじゃん。登場シーンとかいらねえだろ」


 愚痴るように言いながらステージ上に出ると、会場の客席から拍手が送られる。


 当然だが、観客は日本人ばかりだ。ある意味バリスタ競技会より緊張する。僕は常識に洗脳されている人間と極端に相性が悪い。故にとっとと終わらせて帰ろうと思っていた。


 ステージ上には穂岐山社長の他、育成部の部長である松野が椅子に座っている。バリスタオリンピック選考会優勝の実績を評価されてのことらしい。正直に言えば、こいつらは創造性も好奇心もないが、東大卒なだけあって、基礎はきっちりしている。


 ――まっ、施設にぶち込まれるよりはずっとマシか。


 彼らと対面するように用意された席に座り、トークショーが始まる。


 穂岐山社長じゃなきゃ、いざこざになっていただろう。


「ではまず私からあず君の紹介をしましょう。あず君こと、葉月梓君は1990年6月8日生まれの23歳で、昨日までニースという場所にいました。もう知ってる人もいると思いますが、ニースという場所でワールドコーヒーイングッドスピリッツチャンピオンシップっていう、まあ簡単に言えば、コーヒーカクテルの世界大会で優勝してきたわけです。あず君は様々なバリスタの世界大会に出場して、その全てで優勝という驚異の記録を持っています」

「「「「「おお~っ!」」」」」


 プロフィールを紹介をされると、スクリーンには僕の今までの実績が映し出されていた。


 実績だけで言えば、優勝以外の文字はない。


 だがどの優勝の裏にも色んな人の助けがあったことは、決して忘れてはならない――。


「一見簡単そうに見えますが、バリスタ競技会というのは物凄くレベルが高くて、国内で行われる全国大会を制するだけでも一苦労なんですよ。どうやったらそんなに勝てるの?」

「世界大会だったら、今までにないドリンクを開発する創造性、諦めずに辛抱強くトライ&エラーを繰り返せるだけの好奇心が必要だけど、日本は人と違うことをしてるだけで大半の競技は制覇できるから物凄い簡単だ。僕は何度もバリスタ競技会に参加してたから分かるけど、まず参加者の半数以上がルールを把握してないし、決勝までいったことがある人でも、創造性に難がある人ばっかりだから、ルールを守って常に開発をし続けるだけで、決勝までだったら誰でも行けるんじゃないかな……ん?」

「「「「「……」」」」」


 話の腰を折ってしまった。やっぱトークショーとか向いてねえな。


 穂岐山社長も松野も会場のみんなもタジタジになってる。


 正直に答えただけなのに、いつもこうなってしまう。学生の時もこんな感じだった。何度か親を呼び出され、あることないことを言って生徒を困らせているとか、反省する知能がなさすぎるとか、結構ボロクソに言われていた。何かに夢中になることはできても、人と仲良くすることには難がある。


「……けっ、結構耳が痛いねー」

「「「「「あはははは!」」」」」

「誰かと喋ると……いつもこうなる」

「「「「「……」」」」」


 ――せっかくの機会だ。盛大に滑ってやろう。


 それこそ、二度とうちの店に来たいと思えなくなるくらいにな。


「昔っからこうだ。人と話す度に敵を増やすマシンみたいになってて、何も間違ったことは言ってないはずなんだけど、何故かうまくいかなくて、気がつけばいつも1人だ。その証拠に、僕は友達いない歴=年齢で、周りに合わせて自分を押し殺すのが苦手で、進学しても就職しても、続かないのが目に見えてた。自営業時代に穂岐山珈琲から何度か誘われたことがあったけど、どうしても集団の中でうまくやっていく自信がなかった。ずっと日本人の入店を制限してきたのは、日本人に多様性を受け入れられるだけの器がないからだと本気で思ってた……でもそうじゃなかった。本当は僕が世間に迷惑をかけることを誰よりも恐れていただけで、それがPTSDという形で症状に表れたんだと思う。僕は日本人恐怖症って勝手に呼んじゃってるけど、これが真相だ」

「「「「「ふふふふふっ!」」」」」


 会場のみんなが一斉にクスッと笑った。狙ってないんだが。


「僕が本当に怖いのは世間という顔のないモンスターかもしれない。日本人を店に入れなければ世間と距離を置けると思った。思ったことがそのまま口に出て、おかしいことをおかしいって言っちゃうし、相手の言葉を鵜呑みにするし、空気の読み方さえ分からない。中学を追放されてからは、自分がいかにちっぽけな臆病者であるかを思い知らされた。そんな欠点だらけでどうしようもない人間は……愛されなくて当然だと思ってる。僕の短所の数は、日本人の許容範囲を遥かに超えている。僕は普通じゃない。だから受け入れられなかった。迷惑をかけたくなかった」


 思っていることを全部正直に話した。かつての自分を正確に分析した上で全てを曝け出した。


 ようやく分かった。僕があいつらを恐れていたのは、世間からの社会的制裁が怖かったからである。無意識の内に世間の目を恐れていた。故に世間の中心である日本人を避け続けた。


 優子の言葉は間違っていなかった。僕が発してきた数々の言葉は他でもない僕自身の恐怖心を和らげるための麻酔だった。痣ができるほど何度も何度も自分に打ち続けていた。世間と距離を置くために。


 何だか少しだけ……肩の荷が下りたような気がした。


「あず君、涙出てるよ」

「えっ!」


 咄嗟にスクリーンを見上げた。スクリーンに移る僕の両目からは大粒の涙が頬を伝い、顎まで流れ落ちていた。服で涙を拭いたが、それでも涙が湯水のように沸いてくる。


 ――みっともねえな。泣き顔は見せないって決めていたのに……。


 穂岐山社長が拍手を始めると、それに同調するように会場から惜しみない拍手が送られる。


 拍手される理由が分からない。


「ずっと耐え続けてたんだね。世間からの重圧に」

「……うん」

「私たちはずっと待っているよ。あず君が自らの恐怖心に打ち克つその日まで」

「あず君頑張れー!」

「あず君ファイトー!」


 会場から応援の叫びがこだまする。まずい、また涙腺が刺激される。


 みんなの前で自分のことを話したのは初めてだ。


「じゃあ、そろそろ話題を変えようか。あず君って毎回岐阜コンに参加してるけど、岐阜コンに参加するようになったきっかけは何なの?」


 いつまで経っても収まりそうにないと思った穂岐山社長が話題を変えてくれた。


 どこまで人に気を使わせることになるのやら。


「親戚に誘われた。いつも運営側だけど」

「あず君は何で婚活やってるの?」

「町興しにつき合ってるだけ。何度か親戚の勧めで婚活パーティに参加したことがあるけど、結婚する気とかないからすぐにやめた」

「あず君くらいの人なら、もう相手がいても不思議じゃないけどねー」

「いないよ。社会不適合者だし、よく女子中学生と間違われるし、僕とつき合おうって思える人を探す方が難しいと思うけど」

「あず君は何だかんだ言っても、愛されてると思うよ。良い彼女さえ見つければ、きっとどんな困難だって乗り越えられるよ」


 実はもういるなんて言えない……何度も唯のお陰で困難を乗り越えたことも言えない。彼女に迷惑はかけられない。自称ファンの一部は唯を攻撃するに違いない。そんな気がしてならない。


「……そうかな」

「大会で使ったコーヒーカクテルは店で飲めるの?」

「外国人たちからの希望があったら出すと思う」

「町興しは何のためにやってるの?」

「うちの葉月商店街を復興させるため。元々はうちのおじいちゃんたちが始めた商店街だし、それで町興しのために岐阜コンにも参加していたけど、当分は店に引き籠ろうと思ってる。ずっと大会のために店を他の人に任せてたし」


 主な話題は世間話ばかりだった。この後は会場に集まった人たちからの質問コーナー、ラテアートを披露するコーナーを行い、東京都民たちと親睦を深めていく。定期的に岐阜コンに参加しているのは、彼女いないよアピールをする目的もある。また秘密を作ってしまった。


 この時、既に7月を迎えていた。


 いつかはみんなに話そうと思うが、もしバレたら恋路を邪魔される可能性がある。


 トークショーを終えると、ようやく美羽たちから解放された。


「あーず君っ、久しぶりだねー」

「……成美か?」

「うん。美咲もいるよー」

「あず君、久しぶり。さっきのトークショー見てたよ」


 会場の外で声をかけてきたのは飛騨野姉妹だった。2人共会うのは久しぶりだった。


「忘れてくれ」

「私、あそこまで自分の弱みを積極的に晒す人初めて見た」


 だろうな。みんな往々にして自分の弱みを晒したがらない。


 でも僕は違う。だからこそ変な負い目を感じずに物を言えるんだろうか。


「あれでうちの店に来たいとは思わなくなっただろうよ」

「そんなことないよ。むしろ解禁になったら真っ先に行くって、みんな言ってたよ」

「みんな僕の悪いところを知った。だから……嫌いになったはずだ」

「ふふっ、あず君はコーヒーにはこの上なく詳しいのに、人のことはなーんにも知らないんだね」

「どういうことだよ?」

「みんなあず君が何でもできる人だって思ってたの。でもあず君が人知れず苦労してることを知って、嫌いになるどころか、安心すら覚えてたんだよ」

「人の不幸は蜜の味って言うもんな」

「あず君は卑屈だなー。そういう意味じゃなくて、あず君も人間なんだなって思ったの。完璧超人なんかよりも、弱みのある人の方が好きになっちゃうもんだよ」


 ――それは知らなかったな。あいつらはてっきり欠点のない人が好きなんだと思ってた。


 何をやっても平均以上の人でなければ気が済まない連中だと認識していた。


 苦手だけを徹底して矯正させようとしてきたのだから尚更だ。そう考えると、世間が個人に対して何を求めているのかがますます分からなくなる。いっそ自分勝手な人間の方がまともな気がしてきた。


「あず君はこれからどうするの?」

「帰る。居座る理由がない」

「じゃあ車で送っていくね」

「早速行くか」

「即答なんだ」

「電車は苦手だからな。今は電車に代わってタクシーを使ってる。集団は極力避けるようにしてるし」

「うわ、贅沢だねー」


 贅沢で結構。あんなすし詰め状態で運ばれるくらいなら、高い金を払ってもタクシーで移動した方が疲れずに済む。昔は経済的に余裕がなかったから仕方なく電車を使っていただけで、値段を見ないで買い物ができるようになった今、わざわざ電車を選ぶ意味はないのだ。


 成美の提案で、僕、唯、美咲、成美の4人で一緒に帰ることとなった。美咲たちは仕事で東京まで来ていたのだが、たまたま近くで僕のトークショーを聞きつけ、チケットを買いに行ったらしい。


 僕は彼女たちの好意に甘えた。人に頼ることにはもう慣れた。

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読んでいただきありがとうございます。

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