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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第1章 学生編
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13杯目「林間学舎」

 総合の時間に林間学舎で一緒に過ごす班や一緒に泊まる人が決まった。


 終礼を済ませて下校することになったが、教室内はただならぬ空気だ。僕はキャンプファイヤーで美濃羽と躍ることになり、そのせいで他の男子から林間学舎までの間に何度か嫌みを言われた。


「いいよなー、葉月は美濃羽と躍れて」


 完全に雑魚キャラの台詞だな。しかもこれを何度も言ってきてるし。他の言葉を知らないのか?


 下校中にはおばあちゃんに会った。せっかくだからと、僕の家まで送り迎えをしてもらうことに。


「あず君は何かやりたいことあるの?」

「バリスタ。できればずっとおじいちゃんの家にいたいんだけど」

「学校楽しくないの?」

「楽しくないよ」


 おばあちゃんもお袋もコーヒーが好きだが、コーヒーを豆から作る方には興味を示さない。


 故に普段は試飲専門であるが、味覚はかなり鋭い方だ。


「おやおや、こんにちは」


 おばあちゃんと一緒に歩いていると、前方からおばあちゃんの知り合いらしき人が話しかけてくる。


 近所に住むおばあちゃんの友人のおばちゃんだ。


幸子(さちこ)さん、今日も元気だねぇ。お孫さん?」

「そうそう。梓っていうんだよ」


 おばあちゃんはドヤ顔で答える。


 もしかして、これがマウンティングというやつか? 人間はライバル同士の会話になると、昔っから相手に優位性を示すために、マウンティングというさりげない優越感の誇示をするところがある。


「可愛い女の子だねぇ~」


 おばちゃんが僕を見ながらそう言った。まあ初見だし、しょうがない。


「僕、男なんだけど」

「ええっ!? 男の子なのかい?」


 おばちゃんは驚いていた。嫌味かと思いきや、どうやらマジで女子だと思っていたらしい。ようやく商店街の中にある僕の家に着くと、お袋が既に家事を始めていた。


 今日はシフトが休みだったらしい。


陽子(ようこ)ちゃん、あず君帰ってきたよ」

「あっ、おかえり。お母さんが送ってきたの?」

「そうだよ。あず君また女子と間違われてたよ。そろそろ髪の毛切った方が」

「あーそれ、あず君の前で言っちゃ駄目」


 お袋が咎めるように言うが、おばあちゃんは引き下がらない。


 僕が部屋の奥まで行くと、僕のことを話し続けた。


「――それにしても、いつになったら男らしい子になるのかねぇ」


 おばあちゃんは僕の女子っぽいところが気になっていた。


 それをどうにか男子っぽくできないかと悩んでいた。


 おいおい、そんなことで悩んでたのかよ。僕はこのままの方がずっといいのに。できればスカートも履きたい。だってあっちの方が可愛いんだもの。余計に女子っぽく見えるかもしれないけど、スコットランドでは男もスカートを履くんだからいいじゃねえか。


 厳密にはスカートじゃなく、キルトって呼ぶけど。


 女子の制服だって、セーラー服もチェックスカートも、元々は転用された男性用の戦闘着だ。うちは自由服だけど、自由だというなら、男がスカートを履くのも自由だ。


 常識のために苦しい思いをするのなら、いっそ僕は非常識でいたい――。


 そんなことを考えていると、おばあちゃんが帰っていく。おじいちゃんからは手動のコーヒーミルを貰っていた。これを回してコーヒーを粉々にする作業は全然飽きない。僕はコーヒーを粉々にすると、それをペーパーフィルターに入れて、中央から回すように熱湯を入れていた。ドリッパーから液体となったコーヒーが下にあるカップにポタポタと流れ落ちる。一定時間毎に熱湯を注いでいくのがコツだ。


 僕はコーヒーの必須スキル、『3回注ぎ』を習得していた。


 3回注ぎが終わると、ようやくコーヒーが完成する。


 コーヒー豆はおじいちゃんから貰うこともあるし、お小遣いで買いに行くこともある。この時カップは温めておくのがコツだ。暑い時はコールドコーヒー、寒い時はホットコーヒーだ。


 暑い時はコールドブリューにすることもある。


「んぐっ、んぐっ、ぷはぁー。美味いっ!」


 やっぱこれを飲んでる時が1番落ち着く。でも今日の分はこれでお終いだ。至福の時は早く過ぎ去ってしまう。飛騨野が言っていた通り、僕の恋人は気まぐれ屋さんだ。


 生まれた時からコーヒーに関わっていた。


 僕が生まれる直前、親父が『河川敷に咲いている梓の木』を見て僕の名前を決めた。


 しかも僕が生まれた頃、僕のそばで親父がコーヒーを飲んでいた。生まれたばかりの僕にコーヒーの香りが届くと、すぐに泣き止んで落ち着いたそうな。


 どんだけコーヒー好きなんだよと、我ながら思わずにはいられなかった。親父はあれで僕がコーヒー好きであると確信したらしい。やっぱり体は正直だ。


 ある日の休み時間、美濃羽に話しかけられた。


 何故僕を選んだのかを聞くタイミングを窺っていた。


「ねえ、踊りの練習しようよ」

「屋上ならいいけど」

「じゃあ昼休みに屋上で待ってるから」

「うん、分かった」


 みんなキャンプファイヤーに向けて踊りの練習をしている。男子にとっても女子にとっても異性に触れられる数少ない機会だ。僕が通わされている学校には男女交際禁止の校則がある。大人になったらとっとと結婚するように促すくせに、何で子供の時は男女交際禁止なんだろうか。そうやって経験値がないまま大人になるから、恋愛に結びつかない人が後を絶たないというのに。


 給食が終わると、昼休みがやってくる。担任の大中先生は何も言ってこなかった。いつも通り漢字の小テストを無視し、美濃羽が待つ屋上へと足を運ぶ。美濃羽が僕の手を取ってダンスを始める。彼女は鼻歌を歌いながらリズム良く踊り、彼女に動かされるままだった。踊っているというよりは、踊らされていると言った方がいい。僕はあくまでもおまけである。


 ケーキについてくるコーヒーのようだ。


 ダンスは……苦手だな。


「――梓君、もしかして初めてだったりする?」


 美濃羽が疑うように尋ねてくる。


「そうだな。あー、そうそう。教室に戻る時は別々にな」

「うん、分かってる」


 ついでのようにあのことを聞いてみる。


「あのさ……僕を選んだ理由って、音楽会の時の恨みとか?」

「恨み? ふふっ、そんなのないよ。私は気にしてないから」

「そうなの?」

「うん。むしろ面白いサプライズだと思った」


 美濃羽はあの状況を楽しんでいるようだった。


 ピアノの演奏をしながら笑いを堪えていたと彼女は言った。


「君が僕を選んだせいで、毎日嫌がらせの嵐なんだけど」

「ふーん、でも私、『普通の男子』には興味ないから」


 ――えっ、普通って何? そりゃ僕は普通じゃないんだろうけどさ、未だに普通の人とやらを見たことがない。多分規定された通りの見た目で、何をやっても平均的な人なんだろう。彼女もまた、みんな普通の人ばかりで面白くなかった。そりゃ学校は普通の人を量産する工場だもの。


 面白さなんて求めたら均質性がなくなってしまう。こんな風に思ってたのは僕だけじゃなかった。


「私、みんなの前では勉強も運動もできる女子でいないといけないの。そうしないと、仲間外れにされそうで怖いから。でも本当はね、勉強も運動も苦手なの。今は無理して必死に頑張ってるけど、もっと高いレベルを求められたら、もう駄目かも」


 美濃羽は『美人で優等生』のキャラクターを必死に演じていたことを話す。最初こそ明るくも真剣な表情だったが、徐々に憂鬱で暗い表情になっていく。彼女が演じているキャラクターは、本来の自分からはかけ離れたものだ。誰もがポジションとも言えるキャラクターを守ろうと必死だったことを知る。


「何でそうしないといけないの?」

「私って、才色兼備な人だと思われてるみたいだから、その通りにしないと……私のイメージが崩れちゃうの。本当の私をみんなが知ったら、きっとがっかりされる」


 美濃羽は落ち込みつつも落ち着いた声で僕に話す。


 彼女は周りから求められる期待に応えるために、死力を尽くして勉強と運動に励み、イメージ通りになるように体形を維持したり、立ち振る舞いに気をつけていた。


「本当の自分を好きになってくれる人とだけつき合えばいいじゃん」

「私にも立場があるの。梓君はそういう友達はいるの?」

「いない……友達を求めてない」


 きっぱり答えると、美濃羽は若干引いていた。でもすぐに何かを悟ったような表情に戻った。


「聞いてくれてありがとう」


 彼女は微笑みながらそう言うと、肩の荷が下りたかのように明るく立ち上がった。


 今度は僕にだけいつもの自分を出した理由を聞いてみた。


「事情はよく分かったけど、何で僕に?」

「梓君って他人に無関心でしょ。だから……かな」

「それだけじゃないだろ? 腐っても他人なんだし」

「梓君は外見も性格もさ、常識に囚われないというか。何となくだけど、不思議と男子にも女子にも言えないことを言えてしまうの」


 ――えっ? 僕も正真正銘の男なんだが。違うの? どうなの?


「男子にも女子にも言えないこと?」

「うん。男子には特別仲の良い人はいないし、女子には弱みを晒しにくいし」

「うちの学校は人の弱点に優しくないからな」


 何故かは分からないが、僕は彼女が本音をぶつけたがっているのが分かった。僕は相手の気持ちを察する能力が欠如しているはずなんだが。スタンド使いは惹かれ合うってやつなのかな?


 前にも同じことがあったような気がする。いつも1人で下校する。友達がいないから当然ではある。何度か相手からの誘いで、男子と一緒に下校したことがある。他の男子は教室の中だと、周りに合わせるような素振りを見せるけど、僕と一緒の時は学校では見せない素顔が出てくる。


『こんなこと言えるのは葉月だけだよ。あっ、今の内緒な』


 僕にだけ本音をぶつけてくるってことは、僕はストレスのはけ口にされるほど地位が低いということなのかな? よく可愛い見た目は舐められやすいって言うし。


 ――えっ? じゃあ僕、舐められてんの? 相手の考えがいまいち分からん。


 しかもこれは人間だけじゃなく、他の動物にも当てはまる。


 うちの近所に野良犬が住み着いていたことがある。縄張り意識が強くて、誰にでも尻尾を逆立てて吠えまくる犬だ。でも僕に対しては吠えるどころか、何故か擦り寄って懐いてくる。僕はこの犬に餌をやったこともなければ、長年の飼い主ですらない。これ完全に舐められてるよね? 僕はどこへ行っても舐められ続けるのか? だから迫害を受けてるのか?


 しばらくの時が経ち、2泊3日の林間学舎の日がやってくる。親から担任に引き渡され、嫌々バスに乗せられた。行き先は地元岐阜県飛騨の方にある高原。早くも飯盒炊爨を行うことに。野外で飯を作らされるあれだ。カレーを作ることになったが、僕はこの時の不自然な役割分担を忘れたことはない。


「じゃあ男子は薪割り、女子は野菜を調理して」

「「「「「はーい!」」」」」

「先生、僕は薪を割るより料理の方が得意なんだけど」

「梓君は男の子なんだから、薪割りをすること」


 担任は男子に薪割りを、女子には野菜の調理を命じるが、やはり待ったをかけた。


「力仕事は苦手なんだけど」

「女の子みたいなこと言わないの」

「お前早くしろよ。サボりたいだけだろ!」

「苦手なことを克服する男の子ってカッコ良いよ」


 駄目だこいつ、早く何とかしないと。あっ、もう手遅れか。何で性別で役割を決めるかなー。明らかに女子にも薪割りの方が向いてそうな人がいたが、女子だからという理由で調理をさせられる。


 これは明らかな『性差別』である。


 日本は差別の少ない国と思われがちだが、それは根本的にこの国を分かっていない人の意見だ。


 少なくとも、僕はずっと差別されてきた。


 性別とか、年齢とか、髪色とか、顔面とかで、役割やキャラクターを決めつけられることが苦痛だ。


 これは『マイクロアグレッション』という悪意のない小さな攻撃だ。


 同性婚をしている人に異性の恋人がいるかを聞いたり、左利きの人に右利き用の道具を渡したりする行為など、相手が多数派に属しているという前提を知らず知らずの内に押しつける行為全般を指す。やっている方には悪意がなく、傷つけている自覚がないが、本人たちは心底でがっつり傷ついている。


 相手に対して自分たちと同じ感覚で生きている前提をさも当たり前のように押しつけるのはやめてもらいたいものだ。担任に抗議するも、他の男子に連れて行かれ、説教されながら薪割りをやらされた。薪を切り株の上に置いてはパカーンと斧で真っ二つに割っていく。


 これがなかなかしんどいのだが、虚弱体質が祟り、すぐに体がばててくる。


 はぁ、はぁ、薪割りってこんなに疲れるんだ。結構力いるし、だっ、駄目だ、もう手が震えてきた。頭痛がしてきたし、こっちの頭が割れそうだ。


 すぐにダウンした。あそこの力持ちそうな女子と代わりたい。でもこんなこと言ったら怒られるだろうな。女子は力が弱いという前提で話さないと失礼にあたる。こういうところもめんどくせえな。


 やはり無理をすると、調子が悪くなるな。


「男の子なんだから、ファイト」


 担任から的外れな励ましの言葉を贈られた。男の子だからっていうスパイスは全くいらないと思うのだが、これは裏を返せば女の子は弱くていいというメッセージだし、男女で分けるんじゃなくて、薪割りと調理の内、好きな方を選ばせる方がいいに決まっている。


「性別じゃなくて、好きな方を選べるようにしたら?」

「駄目、女子が薪割りで怪我したらどうするの?」

「怪我が怖いんだったら最初から連れてくるなよ。それに男子だったら怪我してもいいわけ?」

「男子は頑丈だから大丈夫なの。それに男子が細かいことを気にしちゃ駄目なの。分かった?」


 担任に合理案を提案するも、やはり却下される。


 無茶苦茶な固定観念がどれほど多くの男子を追い詰めているか、こいつは何にも分かっちゃいない。


「あんたは間違ってる!」


 怒りながらこの場を立ち去った。幸いカレーは食べることができたが、同じ班のクラスメイトからは散々文句を言われ、遂に言い争いになった。


「働かざる者食うべからずだぞ。お前途中で逃げたくせによく食えるよな」

「料理だったら得意だったのに、させてくれなかったんだよ」

「男なんだから、力仕事ができないと駄目だろ」

「料理が得意な男子と、薪割りが得意な女子がいてもそう言えるのか?」

「お前理屈ばっかだなー」

「理屈さえ分からない奴よりは、ずっとマシだと思うけど」


 クラスメイトは僕以外の班の人を引き連れ、みんな一斉に僕から離れていった。


「あっちで食べよう。もうこいつ嫌だ」

「そいつは奇遇だな。僕も理不尽が服着たような奴とは一緒に食べたくない。離れてくれて清々する」


 連れていかれたはずの飛騨野が僕の隣に腰かけた。作業を途中でやめてしまった理由を聞かれて説明する。やっぱりなという反応だ。ある程度性格を知っているようで、彼女は僕にこう呟いた。


「梓君は何も間違ったことは言ってないと思うよ」


 飛騨野に言われると、目から涙が出ていた。彼女に指摘されるまでは気づかなかったが、何故涙が出たのか、理由は分かっていない。僕を心配している様子だったが、食事を済ませると、食器を洗いに行った。担任や同じ班の連中は不機嫌そうだった。


 食事が終わると、僕は班の連中と一緒に登山をすることになった。


 ただでさえ薪割りで疲れたってのに……もうやだ。


 あぁー、今からでも帰りたい。おじいちゃんの家でコーヒー飲みたいよぉ~。やべっ、禁断症状が出ちまった。今、地元で僕を待つコーヒーはどうしているだろうか。考えただけで胸が苦しくなるっ!


 早く飲みたいよぉ~。救いはないのかっ!?


「梓君、顔色悪いけど大丈夫?」


 飛騨野が話しかけてくる。同じ班ということもあり、僕の隣にいた。僕らは今、山登りの最中だ。


「全然大丈夫じゃねえよ」

「さっきも先生と言い争ってたね」

「好きで言い争ってたんじゃねえよ」

「屋上で小夜子と一緒にいたよね?」

「見てたのかよ」


 飛騨野は美濃羽が僕に急接近していることを知っていて、心配そうに僕と美濃羽の仲を探ってくる。


「随分気に入られてるね」

「そんなんじゃねえよ。物珍しいだけだろ」


 山頂に着くまでは飛騨野と話していた。


 僕と話すと迫害の対象になることを告げると、彼女は微笑んでこう言った。


「自分がいじめを受けてる時でも、人に気を使えるんだね」


 とんだ勘違いだ。気遣いで何かを言ったことはない。いじめや迫害の辛さを誰よりも知っているつもりだ。その苦しみを他の人にまで味わわせる必要はないというだけだ。


 話を逸らすため、美濃羽のことを何故知っているのかを聞いた。飛騨野は美濃羽と友人だった。しかもどっちが先に僕に話しかけるかで言い合いになったこともあるらしい。何考えてんだか。美濃羽が僕とキャンプファイヤーを躍ることになって飛騨野は悔しがっていた。踊りの練習くらいならつき合ってやれたのに。まあ、そんなことはどうでもいい。登山が終わった後は宿泊先で夕食を食べた。一般的な定食メニューだったが、給食よりは美味かった。僕は空気と一体化していた。


 何か言われる度に問題が起きるなら、なるべく話しかけられないことを心掛けるべきだろう。


 問題の風呂の時間がやってきた。僕が他の男子と一緒に風呂の暖簾を潜ろうとした時だった。


「ちょ、ちょっと待って! 君女の子でしょ?」

「僕、男なんだけど」

「とにかく駄目だ。君が入るとみんなが混乱するから」

「「「あはははは!」」」


 宿泊先の人に男であることを説明した。同じ部屋になった他の男子が爆笑している。


 ――そこまで面白いやり取りか? やはりあいつらの笑いのツボが分からない。他の人が混乱するからと、最後に1人で風呂に入ることに。見た目が女っぽいだけでこうなるとは……でも1人で入れたのは嬉しかった。家族でもない誰かと一緒に風呂に入るなんて、考えただけでもゾッとする。


「はぁー、すっげぇ気持ち良いー」


 全裸で浴槽に浸かると、両手を広げて浴槽の上に乗せた。ここだけ見ると完全におっさんだ。当然と言えば当然である。いくら見た目や趣味が女子っぽくても、本質は男なのだから。


 目をキョロキョロとさせ、広い風呂場を眺めていた。


「宿泊先の風呂って、こんなに広かったんだなー」


 昔温泉に行った時は人が多くてとても狭く感じた。だから1人で風呂を独占しているみたいで思わずはしゃいでいた。いつものように全身を鏡で確認する。集団リンチの傷は完治していた。僕は全身を念入りに洗った後、鏡越しに自分の体を見つめていた。


「ああ……とても美しい」


 手の平で自分の頬を触りながらうっとりしていた。


 この引き締まった全身の肉体美、たまらないっ! 男子共が嫉妬するのも無理はないんだよ。美しさは罪なんだ。そんなことを考えながら風呂から上がり、みんなのいる寝室へと戻った。


「ここは男子の部屋だぞー」


 今日言い争いになった男子にまたからかわれた。


「文句があるなら先生に言えよ」


 呆れながらいなすと、端っこに敷かれていた布団に入った。


 早く寝ようとするも、男子が恋バナを始めた。


「葉月、お前女子の中で誰が好きなんだ?」

「興味ない」

「昼間のことなら謝るからさ。なっ、教えてくれよ」

「――妹かな」

「うわ……妹かよ」

「お前、ずっと飛騨野と喋ってたよな?」

「羨ましいなー」

「こいつ女子からはモテるからなー」

「料理もピアノもできるからじゃね?」

「マジで? ますますこいつの性別が分からねえな!」


 ――何とでも言え。僕は可愛い女の子が大好きだ。


 ルックスとスタイルとパーソナリティの三拍子が揃っていれば、他は別にどうでもいいかな。


 ぐったりするほど疲れていたため、一足先に寝て消灯を迎えた。他の男子はトランプをしていた。


 林間学舎の朝は早い。軍隊と大差ないスケジュールだ。朝食を取った後は登山をすることに。夜の予定は肝試しとキャンプファイヤーだ。頼むから早く終わってくれと願うばかりだった。1人でいると、宿泊先で働いているおじさんが話しかけてくる。


「君、いつも1人でいるね?」

「1人の方が落ち着くからな」

「今日は肝試しだからみんなといたら? 幽霊は怖いよー」

「幽霊よりも人間の方がずっと怖いだろ」

「えっ? 人間の方が怖い?」

「幽霊は人間みたいに、差別したり、環境を破壊したり、核兵器をぶち込んだり、ホロコーストとかしてこないだけ、まだ良心的だと思うぞ」

「……確かに」


 おじさんはきょとんとしつつも、納得している様子だ。赤の他人だからこそ、客観的に子供の話が聞けるのだろうか。教師や同級生よりは話が通じるのが幸いだ。


 この頃から歴史に興味を持ち、主にローマ史を中心に学んでいた。


 人間の本質はそう簡単には変わらない。歴史を見ればよく分かる。

いじめっ子と一緒にいると恐怖耐性が身につく件。

あの時の恐怖に比べればと思えるようになると案外ちょろいです。

葉月幸子(CV:八千草薫)

葉月陽子(CV:茅野愛衣)

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに子供の頃はお化けが怖いって思ってたけど、大人になると本当に怖いのはお化けより人間だと思うようになったなぁ。
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