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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第6章 成長するバリスタ編
128/500

128杯目「修行の口実」

 5月上旬、伊織が中間テストのため、バリスタ修行からの『長期離脱』を余儀なくされた。


 コーヒーを淹れている時の伊織はとても輝いている。


 どんなフレーバーになるかを想像し、ワクワクしながらコーヒーを淹れ、飲むまでの作業を心から楽しんでいる。伊織が長期離脱を伝えに来た時は、まるで嫌々戦争に行かされる人の顔をしていた。実に馬鹿げた話である。将来役に立たない勉強のために時間を費やされ、本当にやりたいことはさせてもらえないのだから。改革なき義務教育は害悪だ。これに気づけない連中も同罪である。


 僕、璃子、唯の3人は2階のリビングで昼食を取っていた。


 相変わらずうちの飯は美味い。一流のカフェはコーヒー以外のメニューも美味いのだ。


「――伊織ちゃん、来なくなっちゃいましたね」


 ふと、唯が伊織のことを呟いた。やはり心配になっているようだ。


「親を説得できないかな?」

「いじめを受けているわけでもないのに、不登校になんてさせられますか?」

「うーん、今頃家でテスト勉強中だろうし、最終的にはあいつ自身が熟考して決めることだけど、あのままじゃまずいのは確かだ」

「私は……伊織ちゃんが望んでいるなら、バリスタ修行をさせてあげたいです」

「唯ちゃん、気持ちは分かるけど、今の学歴社会の中じゃ、大半の人は勉強して学歴を重ねないと生きていけないよ。学校を卒業してからじゃ駄目なの?」

「駄目だ。僕は学生時代からバリスタ修行をしていたし、そのバリスタ修行の中で、自分で自分の人生を決めることの重要性を学んだ。バリスタ修行で学べるのはコーヒーの淹れ方だけじゃねえぞ。伊織は優しいから、親にも教師にも反抗できないだろうし、あのままじゃ確実に流される」

「……流される?」

「高校に行かされるってことだ」


 就労支援施設に行ってみてハッキリ分かった。


 あの連中は僕よりもずっと学歴が高いが、ほとんどはまともな文章も書けない連中だ。中にはそこそこ名の知れた大学を卒業し、それでいて勉強ができる人もいた。だがそういう人ですら、就職も起業もできなかったという事実がある。しかもそれは1人や2人の規模ではなかった。


 これが一体何を意味しているのか。答えは簡単だ。


 高学歴であること、受験に強いことの意味が薄れてきているのだ。あの無気力な光景はこれからの時代が学力ではなく、生きる力が鍵であることを僕に教えてくれた。


 学力も大事だが、それ以前に飯を食えるだけの『生きる力』を育てろって話だ。自分で決断ができるだけのたくましさというベースの上に、学力やら興味やらのプラスアルファを積み上げるべきだ。


 どんな人生を歩むにしたって生きる力は必須になる。だがみんなそのことを教えられていない上に、気づいてすらいないからこそ、ああいう機能不全な人間ばかりが育っているというのに、周囲を見ても誰もあの非常事態に手を打っていないことに心底驚かされる。


 あいつらは生きる力の意味すらロクに分かっていない。


 伊織はまさに飯を食えない大人にさせられようとしている最中なのだ。だが彼女の周囲の連中はその育ち方が正しいと本気で思っており、蟻地獄から抜け出すことをより一層困難にしている。何とか伊織だけでも助けてやりたいが、今は手の打ちようがない。


「次に来るのはいつ頃かな」

「多分夏休みだろうな」

「でも夏休みって、宿題ありますよね?」

「それなら僕に考えがある。今度伊織が来た時に話す」


 それにしても、まさか僕がいた中学に進学してるとは思わなかった。伊織に聞いてみれば、小学校まで同じだった。伊織の家はうちの実家からそう遠くない場所だ。


「あず君、伊織ちゃんを毎日呼ぶ方法がありますよ」

「どんな?」

「修行のためじゃなく、勉強のためにうちに来させればいいんですよ」

「なるほど、勉強のためなら、うちに来る口実になるわけだ」

「うちで勉強させるの?」

「何言ってんだよ。バリスタ修行に決まってんだろ」

「えっ!?」


 璃子は目が覚めるように驚いた。正直さだけでは限界がある。僕に抵抗はなかった。ただでさえ学びの遅れが顕著に出やすいのがバリスタの面白さであり、恐ろしさでもあるのだが、このままでは修行に遅れが出る。中学卒業までには舌の肥えた客に出しても恥ずかしくないところまで鍛え上げたい。


 世界に通用する人間になれるかどうかは、成人した時点での質で決まると言っても過言ではない。


 呑気に大学なんて行けば、成人なんてあっという間だ。学生のまま成人式に行くよりも、何かで世界のトップを究めてから成人式に行かせてやりたい。


 ――ハッ! ……何を考えてるんだ僕はっ! これじゃまるで父親じゃねえか!


「伊織とはメアドを交換してある。後で連絡しておく」

「でもそれ、親にばれたらやばいんじゃないの?」

「責任は僕が取る。伊織の未来は僕が守る」

「なんか義務教育を目の敵にしてない?」

「当たり前だろ。僕はあのポンコツ量産システムに人生を潰されかけた。他の人には同じ目に遭ってほしくない。口では語らずとも、学校に行きたくないって目が言ってた」

「目は口程に物を言うって言いますよね」

「伊織を悪魔の洗脳から解放し、バリスタの才能を開花させるためにも、2人共僕に協力してくれ」

「……お兄ちゃんにそこまで言わせるなんて、余程なんだね。分かった。不本意ではあるけど協力する」

「私も協力します。伊織ちゃんには嫉妬しちゃいますけど、あず君のお願いならしょうがないですね」


 早速行動を開始した。2人が身内で本当に良かった。


 うちに来させるために口実を作って伊織を誘い、彼女に事情を説明する。中間テストが何だ。それで良い点を取れたら、明るい未来が保障されるのか?


 答えは否だ。未来とは誰かに保障してもらうものじゃない。自分の手で掴み取るものだ。


「君の親には宿題やテスト勉強をしに行くと言ってうちで修業をする。伊織はそれでいいか?」

「――本当にいいんですかね?」

「ああ、静乃たちにも口裏を合わせてもらう。伊織」

「はい」

「本気で世界一のバリスタになりたいか?」

「……」


 伊織の覚悟を問う。しかし、伊織はなかなか答えない。未来へのプレッシャーが彼女の口を塞いでいるのだ。伊織は緊張した顔のまま僕の顔と向き合い、喉の奥から必死に答えを絞り出そうとする。


「私は……世界一のバリスタになりたいです」

「そうか。伊織、僕は君をトップバリスタにするために可能な限り援助する。ただし、トップバリスタになれるかどうかは伊織次第だ。夢を叶えるのは、自分自身の腕にかかってるってこと、忘れるなよ」

「はい。私、必ず世界一のバリスタになってみせます」


 伊織は意気揚々と決断する。人と違う道を歩む覚悟を。


 意図せず誘導する形になってしまったが、責任は取るつもりだ。既に璃子や唯といった前例があるわけだし、就職レールから外れて僕が面倒を見ると決めたからには、必ず飯を食える大人にしてみせる。


「どうかしてるとか、そんなんじゃ食っていけないとか言われるかもしれない。でもそれは最初だけ。結果を残せるようになれば周囲は手の平を返して賞賛してくる。それまでは辛抱強く耐え続けてくれ。コーヒーは淹れる人の努力を反映してくれる。どんなに取り繕ったって、味は絶対嘘を吐かない」

「……はい」


 こうして、伊織の未来を守る壮大な作戦がここに始まった。


「テスト勉強は放棄だ。宿題は解答欄の答えを全部写しとけ。終わったら修行再開だ」

「はいっ!」


 いつになく良い返事だ。伊織はコーヒーを淹れている時が1番楽しいのだ。聞かずとも分かる。心からの喜びを感じているあの顔を見れば。僕はエスプレッソベースのコーヒーが得意だが、伊織はどちらかと言えばペーパードリップベースのコーヒーの方が得意と見た。


 あの並外れた集中力、コーヒーや道具に対する丁寧な扱い、それでいてずば抜けた嗅覚と味覚、まだ中学生ではあるが、彼女のバリスタとしての実力はポテンシャルだけで言えば僕以上だ。フレーバーをほぼ正確に言い当てた時は驚いた。伊織には立派な大人になってほしい。


 経済的自立、社会的自立、精神的自立の三本柱がない者を大人とは言わない。


 この国の9割の人間は、みんな大人のふりをした子供である。


 僕は伊織の修行を見守りながら、コーヒーカクテルの研究を始めるのだった――。


 ゴールデンウィークを迎えると、僕は親戚の集会でJCIGSC(ジェイシグス)優勝を祝ってもらった。もはや時間差で何かを祝ってもらう恒例行事となっていた。おばあちゃんの家にはテレビも置かれており、度々僕が映ったりするのが恥ずかしい。うちにはテレビがない。あれは民衆に普通という概念を植えつけるための洗脳マシンだ。町の人に僕のことでインタビューを受けた通行人は次の大会でも優勝してくれると嬉しいねと言っていた。だが一方で、いつまでお預けになるのかなと言う人もいた。


 ――てめえらみてえな事なかれ主義者共がいじめの問題をそのままにしてきた結果なんだから、ちゃんと受け止めて然るべきだろう。1人1人がいじめを許さない姿勢を持っていれば、あんなことにはならなかったんだ。じゃあてめえが僕と同じクラスにいたら、いじめを止められたのかって話だ。


 日本人規制法には疑問を持っても、黒髪以外禁止の校則は放置とか、どんな神経してんだよ?


 自己矛盾にさえ気づけない奴らなんて安心して入店許可出せねえよ。伊織から聞いた話だが、僕がいた小中学校は、今でも黒髪以外禁止の校則を続けているらしい。お預け以外の選択肢ねえだろ。


 僕の頭の中では、日本人規制法の保守派と撤廃派がいつも戦っていた。


 中学校追放処分からは『保守派』が圧倒的に優勢だ――。


「あず君、元気してる?」


 優太が僕の隣に座って話しかけてくる。何やら嬉しそうだ。庭から1人で空を眺め、風が吹く度に鳴る葉っぱの音を聞き余韻に浸っていたのだが、いつも誰かが僕に気づき、1人にさせてくれない。


「見れば分かるだろ」

「ふふっ、相変わらずだね。仕事はうまくいってる?」

「いつも通りだけど」

「それは良かった」

「そっちはどう?」

「また失業しちゃったよ。昔いた大手が倒産してから全くうまくいってない。僕もあず君みたいに自己投資しておけばよかったなー。今だから言えることだけど、あず君は手に職つけて正解だったと思う」

「職は奪えても、知識や技術までは奪えないからな」

「昔あず君が言っていた言葉の意味、今だったら分かる気がする。もう遅いけど」

「遅すぎることはねえよ。駄目だったらまた挑戦すればいい。負けた経験は無駄にならないからさ」


 優太は諦めムードだったが、それは間違った落ち込み方である。生きている限り、常に明日への希望を持つべきなのだ。負けたら終わりじゃない、諦めたら終わりなんだ。


「大輔はどうなの?」

「相変わらず面接に落ちまくってるよ。30過ぎると就職や転職が一気に難しくなるんだよねー。あのままだと、社会復帰はかなりきついと思う」

「だったら起業すればいいじゃん」

「起業って言っても、お金はどうするの?」

「お金はバイトすればすぐに貯まるし、インターネットビジネスだったらすぐにでも始められる。今は何でも仕事になる時代だ。今ほど稼ぎやすい時代はない。昔のやり方で今の時代に挑もうとしてるからうまくいかねえんだ。今は仕事に就くんじゃなく、仕事を作るのがセオリーだ」

「あず君は進んでるね」

「みんなが高度成長期で止まってるだけだ」


 憎まれ口を叩きながら、優太の20世紀思考のアップデートを誘導する。


 いくら言っても分からない輩は、煽りすぎるくらいが丁度良い。他人ならともかく、身内から飯を食えない大人が出てくると、恐らく最終的に僕が面倒を見ることになる。それだけは防ぎたいものだ。


 5月中旬、以前使ったコーヒーのホエイに注目し、コーヒーカクテルに取り入れてみる。


 すると、コーヒーカクテルの場合もマウスフィールが格段に良くなったのだ。これはかなり使える。ホエイもどの柑橘系の汁と合わせるかで風味が変わるため、調整次第でどの酒にも合わせられそうだ。今回は伊織のアイデアが活きる形となった。どんな指定アルコールでも来いってんだ。


 5月下旬、大会4週間前になると、指定アルコールが公開された。


 指定アルコールはどれもスピリッツと決まっている。


 僕はキルシュヴァッサー、カルヴァドス、ベルモットだった。他のナショナルチャンピオンには別のスピリッツが3種類公開されている。たまたま得意なスピリッツが当たった人はラッキーだ。僕はどれも得意とは言えないが、配られたカードで勝負するしかない。


 どれが当たってもいいように3種類全てのパターンでオリジナルコーヒーカクテルを開発した。面倒ではあったが、これはコーヒーカクテルの知見を広めるチャンスでもある。


 この大会の目的はチャンピオンを決めることだけじゃない。大会を通じてコーヒーカクテルの魅力を広めること、バリスタ自身がコーヒーカクテルに対する理解を深めることにある。大会当日までどれを使えばいいか分からないのが不安ではあるが、同時に引き出しの多さで差別化を図れる要素でもある。


 ある日のこと、真理愛が店を訪れた時だった――。


 ようやく指定アルコールが決まったため、2人で相談をしながらコーヒーカクテルを淹れることになったのだが、それからは実験続きだった。


「キルシュヴァッサー、カルヴァドス、ベルモットですか。癖の強いお酒ばかり残っちゃいましたね」

「真理愛は全部知ってるよな?」

「存じてはいますけど、どれも限定的な使い方ばかりでしたよ」

「限定的でも使っているなら大丈夫だ。何とかなる」

「はい。まずは3種類のスピリッツを使ったコーヒーカクテルを並べるところから始めましょうか」


 僕と真理愛は2人でコーヒーカクテルを調べ尽くした。


 この共同作業を璃子と唯が楽しそうに見守っている。


 キルシュヴァッサーをコーヒーと組み合わせた場合、この酒がドイツで造られてることからジャーマンコーヒーと呼ばれ、カルヴァドスの場合はノルマンディー地方の名産であることからノルマンディーコーヒーと呼ばれる。ベルモットの場合はいくつか種類があり、最も自由度が高いものと思われる。


「真理愛、この3つの酒を使ったコーヒーカクテル3種類を全部淹れてくれないか?」

「構いませんけど、覚えられるんですか?」

「ああ、一発で覚えるから問題ない」


 真理愛はジャーマンコーヒー、ノルマンディーコーヒー、マンハッタンコーヒーを順番に淹れてくれたのだが、真理愛が言うには、どれも一般的な作り方であるとのこと。


 マンハッタンコーヒーは真理愛の店の看板メニューである。これは真理愛のとっておきだ。本来であれば極秘のメニューなのだが、僕のためにレシピから作り方までを全部教えてくれた。


 以前飲んだマンハッタンの味とは似ていないが、コーヒーとのシナジーは抜群に良い。


 ――この僅かに感じる甘さは蜂蜜か?


「どうですか?」

「スイート・ベルモット、バーボン、蜂蜜、ケニアコーヒーでこれだけの味を出せるとはな。真理愛が国内予選出ていたら、勝てたかどうか分からないな」

「それは言わない約束ですよ……出たかったですけど、出られなかったから……あず君に秘密のレシピまで教えてるんです。負けたら承知しませんよ」

「ふふっ、そうだったな」


 何だか僕1人だけじゃなく、真理愛と一緒に出ているように感じてきた。


 一般的な作り方だけでは駄目だ。かつてのシグネチャーと同様に大会で使うコーヒーカクテルの全てにシグネチャー要素が求められる。普通じゃ駄目だ。それじゃ予選落ちするために行くようなものだ。


 どうせならみんなが驚くようなコーヒーカクテルを淹れたい。


 決勝用のコーヒーカクテルは既に完成しているが、肝心なのは予選のコーヒーカクテルである。当然ではあるが、予選落ちすれば決勝用のものが全て無駄になる。


 あまり決勝用の調整に時間をかけていられない僕は駄目元で美羽にメールを送ったことを思い出す。


『1つ相談したい。国産の牛乳を世界大会で使いたい。鮮度を保ったまま牛乳を運ぶ方法ってある?』

『あるけど』

『マジで?』

『うん。何ならお父さんに頼んで、あず君が希望した牛乳をニースまで運ぶよう言ってもいいよ。最初っからそれが目的でしょ?』

『美羽には敵わないな。じゃあよろしく頼む』

『応援してるね』


 美羽にはこっちの意図が全てお見通しだった。


 ていうかそんな方法があるんだったら、WBC(ダブリュービーシー)の時に現地調達をする必要なかったな。でも練習のためにあまり使えなかった可能性もある。なら現地調達が正解か。


 だが今回は調整を重ねる必要はなくなった。


「そういえば、国産牛乳の件はどうだったんですか?」

「できるってさ。これでアイリッシュコーヒー用の生クリームには困らなくなったから、安心して予選用のコーヒーカクテルを熟考できる」

「――ふふっ、あず君って思ったより味方多いじゃないですか」

「そうかな?」

「友達いない歴=年齢なんて言ってましたけど、何だかんだ言っても、みんなあず君のことを認めてくれてるじゃないですか。友達がいないのが本当だとしても、ずっと援助してくれている人たちにはちゃんと感謝しないと駄目ですよ」

「分かってる」

「私なんて……家族からも認められてないんですから」


 寂しそうに小さな声で真理愛が言った。


 そういえば、真理愛の親は彼女のことを縛っていると聞いた。


 オープンしてから3年後には店を畳み、ソムリエの仕事に専念しなければならない。この様子を見る限り、彼女はコーヒーカクテルを究めたい。だが親には逆らえない。果たしてそれでいいのだろうか。これだけ美味いコーヒーカクテルを淹れられるのに才能を閉じ込め、ソムリエになってもいいものか。


「真理愛」

「……はい」

「真理愛の看板メニューのコーヒーカクテルで、一緒に世界一取ろうぜ」

「ええっ!?」

「僕は本気だ。真理愛の看板メニューをベースにしたコーヒーカクテルで予選を突破すれば、君の親だって認めざるを得ないはずだ」

「そ、それはそうですけど、せっかく出場権を得たのに」

「真理愛、正直に答えてくれ。君がなりたいのは、バリスタとソムリエのどっちだ?」

「それは……」


 真理愛は沈黙する。決断を迷っている。まだ決めてないんだ。


 気品のある顔に似合わない表情のまま、時間だけが過ぎていく。


「――あっ、もうこんな時間です。では、そろそろ帰ります」

「えっ、ちょっと」


 真理愛が質問の回答を保留にしたまま帰っていく。そんな難しいことを聞いた覚えはない。自らの欲望のままに答えればいいじゃねえか。一体何が彼女の口を黙らせているんだ?


 この日の夜、僕の心は白い霧のようにモヤモヤとしたままであった。

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読んでいただきありがとうございます。

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