119杯目「取り柄を持つということ」
11月上旬、僕は真由と一緒に遊びに行った後で岐阜へと戻った。
葉月商店街に寄り道をしてみれば、葉月ローストの前に凱旋式の如く、たくさんの人だかりができていたのだが、日本人ばかりだったために、恐れ慄くしかなかった。
聞けば葉月珈琲が農園を会社の傘下にした話があっという間に広まったらしい。まだ情報は出していなかったが、みんな話を聞いて想像を膨らませ、ゲイシャを安く購入できることを期待している。
「安くなるわけねえだろうがっ!」
群衆に聞こえないくらいの声で呟いた。思ったことがそのまま口から出てしまった。むしろ需要があればあるほど値段が上がっていくのが、正当な価格設定というものである。
電車に乗った時も、僕に気づいた乗客からサインや握手を度々求められる事態だった。ファンサービスは一切しないって言ってるのに。僕の名前と顔だけが広まっていたのか、無節操なファンが増えた。ブログにも、某呟きサイトにも、世界的な某動画サイトにも、概要に注意事項として載せているのに。
家に着くまでずっとファンサービスを断り続けていた。同時に帰って来るまでに、色んな人から賞賛の言葉を貰った。巷では僕の偽サインというものが出回っていたが、僕が一切サインを書いてないことを呟くと、偽サインの市場価値が一気に落ちた。この時ばかりは笑うしかなかった。
葉月珈琲の法人チャンネル登録者数は1000万人の大台に乗っていた。
僕の個人チャンネルも登録者数が500万人を超えている。
「あっ、お兄ちゃん、昨日穂岐山社長が来てたよ」
「なんか言ってたか?」
「あず君のお陰で協会の信用が戻ったって」
「それは良かった。昨日は真由と夢の国で一緒に泊まってたからな」
「あの、穂岐山社長からコーヒーの腕を認められちゃいました。まだ小学生なのに凄いねって、協会の会長をやっていた人から言われるなんて感激です」
ふむ、穂岐山社長に腕を認められるとは。やっぱ伊織は今すぐにでも採用するべきだ。
「あぁ~、今すぐうちの一員として働かせたいよぉ~」
「だーめ。伊織ちゃんはまだ義務教育を卒業してないんだから」
「もうさー、学業に見切りをつけてる子供は働いてもいいことにしようぜ」
「私に言われても困るんだけど……伊織ちゃんはどうなの?」
「勉強はしたくないです。私がしたいことと関係ないんで。ここにいる人たちを見ていると、生きていくことと学歴を重ねることは別なんだなって思えてきます」
「うぅ……何も言い返せない」
璃子が壁に手をつきながら落ち込んだ。璃子には大きな実績がない。店に出しているスイーツも売れているのは優子が作ったものばかりだ。小さな大会で入賞するのがやっとである。
ふと、昔のことを思い出した――。
葉月商店街では僕がWSCで優勝したことで、9月下旬の間はお祭り騒ぎになっていた。
帰ってみれば、うちの店がいつもより散らかっていた。璃子が言うには、僕の優勝が決まった途端に客もスタッフも入り混じって勝手に祝勝会を始めたらしい。僕がいない時のマスターは璃子だ。
まあ、楽しく過ごせたのであれば、それで良しとしよう。
璃子も喜んでいたが、僕と話していない時は、不安や焦りを感じているように受け取れる表情だ。
「ふーん、遂にコーヒー農園を購入しちゃったんだ」
「購入じゃなくて、うちの傘下にするだけだ」
「農園の経営はどうするの?」
「後任の人に任せる。最近その人がうちに来たけど普通に良い人だった。僕は農園に詳しくないから、経営方針は後任に丸投げする。いちいち農園まで行くわけにもいかねえからな」
「じゃあ農園で採れたコーヒーが丸々葉月珈琲の商品になるわけだ」
「そういうことだ。お陰でいつでもゲイシャを使えるようになったのは大きい。大会の時には使わせてもらうように言ってるから安心だ」
11月下旬、久しぶりに葉月珈琲を訪れた鈴鹿と会話を楽しんでいた。
鈴鹿は海外で行われた権威あるピアニストコンクールで入賞して以来、ヨーロッパを代表する音楽界の巨匠に腕前を認められ、海外公演のために世界各国を回っていた。
かつての弟の形見であるグランドピアノを前に彼女は何を思うのだろうか。鈴鹿は興味深そうにグランドピアノを見つめている。何だか久しぶりに身内と再会したかのような表情だ。
「この場所にとても合ってる。完全にカフェと一体化してるね」
「弾きたいか?」
「今は弾くよりも聴きたい。あず君の曲、聴きたいな」
「しょうがねえなー。鈴鹿の帰国記念だ。久々にやるか」
「久々って、どういうこと?」
「7月からしばらくはずっとサイフォンに夢中だったし、10月からはコロンビアに行ったり、農園のことで話し合ったりしてて、ピアノを弾く暇がなかった」
「バリスタって、思ってたより忙しいんだね」
「コーヒーを淹れてりゃいいってもんじゃねえからな。起業してからはマスターだし、法人成りしてからは社長もやってるし、段々役割が増えてきた気がする」
「ふふっ、それはあず君の需要が高まってきたってことだよ」
グランドピアノに音もなく座り、自らを落ち着かせるように目を瞑る。
ようやく夢に向かって羽ばたくことができた彼女に対し、僕は思うままに自分の好きな曲のメドレーを弾き続けた。周囲にはスマホを持って僕を映しながら録画をしている外国人観光客が密集している。まるでハリウッド映画のプロモーションのような光景だった。曲が終わると、僕以外の全員が惜しみない拍手を送り、それぞれの席へと戻っていく。席でのんびり聞いてくれるのが1番良いんだけど……。
「あず君ってやっぱピアノうまいねー。とても久しぶりとは思えないよ」
声をかけてきたのはルイだった。料理の仕事が一区切りついたようだ。
ルイもあれだけ料理を作れるんだから、自分のチャンネルでも作ればいいのに。
「曲は一度聞けば指が覚えてくれる。特に不安はない」
「その才能を少しでいいから分けてほしいなー」
遠くから鈴鹿が羨望の眼差しで僕を見つめながら愚痴を零し、優雅にエスプレッソを飲み干しているところだった。一見カッコ悪いこの光景でさえ、彼女の場合は上品に見えてしまうのは何故だろうか。
「あのさ、あず君って『料理動画』投稿してるよね。僕も料理動画に興味があるんだけど、良かったらリサと一緒に参加させてくれないかな?」
「うん、いいぞ」
「返事早っ!」
「やっとその気になったかと思ってさ」
「さっき鈴鹿さんがあず君の役割が増えてきてるって言ってたから、心配になったんだよね。あず君は全部自分で抱え込もうとするところがあるけど、もっと僕らを頼ってもいいと思うよ」
「そうそう。ただでさえあず君は葉月珈琲で1番忙しいんだから、他の人でもできることはどんどん任せていかないと駄目だよ。何のために人を雇ってるのかな~?」
「……」
リサもルイも段々と忙しくなる僕を気遣ってくれていた。
もっとスタッフたちを信じて任せないといけないのかもしれない。僕は頼られるタイプのリーダーではない。むしろこいつには自分がいないと駄目だと思わせるタイプのリーダーだ。頼りなくて結構だ。僕が社長をやってるのは、指示されるのが嫌なだけだし。
でも社長をやってみて初めて分かった。
――指示される方が圧倒的に楽だわこれ。
「お兄ちゃん、優勝に驕ることなく仕事に取り組むのはいいけど、仕事を配分するのも社長の大事な仕事だよ。お兄ちゃんは忘れてるかもしれないけど、元々虚弱体質なんだから油断は禁物。さっきからずっと働きづめだし、ちょっとは休んだら?」
「分かったよ……後は任せた」
素直な返事に安心したのか、璃子がホッとしたように笑みを浮かべる。
璃子もずっと間近で僕の行動を見続けてくれていた。
璃子と入れ替わるように優子がやってくる。何やら嬉しそうだ。優子が持つプレートの上には、横に長いコーヒーケーキ、ブルーベリーソース、ラズベリーソースが置かれている。
いつの間にこんなオシャレな盛り付けを身につけたんだ?
「あず君、ゲイシャの豆を使って作ったコーヒーケーキなんだけど、ちょっと味見してみて」
「おっ、遂にできたか、うちの新商品」
皿の上に置かれたフォークを手に持ち、コーヒーケーキの一部を切り取り、口に入れて咀嚼する。
……! 甘みと酸味のバランスが取れているばかりか、しっかりとエスプレッソの味を感じることができる。コーヒーを食べているような感覚だ。
「……どう?」
「チョコクリームを入れたシグネチャーを食べてるみたい」
「良ければ鈴鹿さんも食べてみますか?」
「ええ、お言葉に甘えて」
鈴鹿が上品な仕草で優子のケーキを食べた。
「――これ、私が子供の頃、神戸のホテルに泊まった時に食べたケーキの味と似てる。最先端のケーキを食べているはずなのに、何だか昔を思い出させてくれる。ふふっ、どうしてかな」
「うちのお父さんは神戸のホテルでスイーツ修行をしていたんです。もしかしたら、父のいたホテルに泊まっていたかもしれませんね」
「だとしたら運命かもね。ふふっ、神戸の味はちゃんと受け継がれてたんだ。懐かしい過去の味を今の人が継承して、未来の商品へと繋げていく。本当に……凄いことだね」
そういえば金華珈琲の味も、おじいちゃんの淹れたコーヒーの味とよく似ている。
「……! これ美味しいです。ちゃんとゲイシャの味がしますし、チョコクリームともマッチしてます。大会に出たら間違いなく受かりますよ」
コーヒーケーキを味見をした伊織が感想を述べた。まだデビューもしてないのに、ベテランの審査員みたいなことを言っているところが背伸びしている子供みたいで可愛い。
「ふふっ、その歳でゲイシャの味が分かるんだ。羨ましいなー」
確かにそうだ。僕がゲイシャの味を知ったのは10代後半になってから。でも今の子供たちはもっと早くから時代の最先端を知り、僕の感覚なんてあっという間に追い越していくのだろう。
伊織の世代がバリスタとして羽ばたく頃には、僕は彼女らにバトンを渡すべきなんだろう。
だがそう易々と譲るわけにもいかんな。
あぁ……こうやって老害が出来上がっていくのか。
以前から気になっていたことがある。それは唯の『真意』である。
唯はトップバリスタを目指すと言いながらも、今のところはいくつかの小さな大会で優勝したことがあるくらいだ。僕が指導していたこともあり、予選落ちは一度もなかった。基礎を固めているだけでもだいぶ違う。唯に限って言えば、接客の才能こそあるが、ずば抜けた技術や新たな味を開発することに対する執着はなかった。彼女が最も力を入れているのは僕のサポーターだ。
ここは1つ確かめておく必要がある。
「唯、ちょっといいか?」
「はい……何ですか?」
店のラストオーダーの時間を迎え、客が次々と帰っていく。
みんながのんびりと雑談を楽しんでいる間に、ポツンと店の端で2人きりになる。
「唯、君は本当にトップバリスタになる気があるのか?」
「! ほっ、本気に決まってますっ! いきなり何言ってるんですか?」
「じゃあ今度大きな大会に出てもらう。そこで入賞すれば本気と見なす」
「勘弁してくださいっ!」
「「「「「!」」」」」
唯が大きな声を出し、周囲が雑談をやめて僕らに注目する。
唯の僕を見る眼差しは真剣そのものだが、そこには一点の曇りがあった。本気の目じゃない。今まで誤魔化そうとしていた何かをつつかれて苛立っている顔だ。言葉ではなく行動で示すところは僕に似ている。故に彼女の心境が分かる。これだけずっと一緒にいれば、言わずとも分かるものなんだな。
「じゃあ本当のことを言えよ。全部包み隠さず言ってみろ」
全部吐き出せ。唯に隠し事なんて似合わない。
「……確かに最初は本気でトップバリスタを目指していました。でも、毎年結果を出すあず君を見ている内に、私には到底マネできないって思えてきたんです。コーヒーもバリスタの仕事も好きですし、愛着もあります。でも……私の本当の目標はトップバリスタじゃなく――」
「あず君と一緒にいること……でしょ?」
水を差すように優子が会話に入ってくる。
「えっ? ……知ってたの?」
「ずーっと前からね。だって分かりやすいんだもん。唯ちゃんはコーヒーを淹れることじゃなく、あず君と一緒に働いていることに喜びを覚えていたんだもんねー」
おいおい、それを知ってて黙ってたのかよ。
自分で気づかないと意味がないのか? それとも僕に教えるのはフェアじゃないということか?
つまり僕は……彼女の悪意なきモラトリアムにつき合わされていたわけか。頂点を目指すのではなく、今の生活を維持するのが彼女の目標と知り、その事実が僕の心を抉るように傷つける。
これは果たして裏切りなのか?
僕に嘘を吐き、一緒に住むことになったが、彼女は誰よりも勤勉に職務をこなしていたし、客層を問わず人気が高い。店の売り上げにも貢献している。傍から見れば完全に天職だ。
唯の取り柄は『人柄』である。これだけ貢献してくれている唯を辞めさせるなんて到底無理だ。
こんなにも悩ましい期待外れは今までに類を見ない。
「……ずっと、黙っててすみませんでした」
「何でもっと早く言わなかったわけ?」
「言ったら追い出されると思ったので」
「もどかしいな。僕は君をトップバリスタになる条件で受け入れた。立派な契約違反だけど、普段の職務や僕のサポーターとして貢献してくれたことを考えると、褒める気にも咎める気にもなれない」
僕もまた、自分の胸の内を曝け出した。相手だけに言わせるのはフェアじゃない。
「じゃあさ、今までの貢献を差し引きして、チャラってことにすればいいじゃん」
ルイが急に何かを思いついたように唐突な提案をする。
「何でチャラなんだよ?」
「だって褒める気にも咎める気になれないってことは、今までの貢献と契約違反が同じくらいの重さだと思ってるってことじゃん」
「測れるものじゃねえぞ」
「でも今辞めさせたら、唯ちゃんはどうなるの? 日本だとここしか居場所がないし、唯ちゃんはずっとここでやっていく覚悟まで決めて、高校にも行ってないんだよ」
「元はと言えば、お兄ちゃんが唯ちゃんを誘ったせいでこんなことになったんだから、責任はお兄ちゃんにもあると思うけど」
唯以外のスタッフが僕を見つめながら必死に説得を試みる。
「いいんです。あず君が辞めろと言うなら辞めます。出て行けと言うなら……いつでもイギリスに帰る覚悟はできてます。トップを目指すのは、私にはハードルが高すぎました」
唯は途中から涙声になり、自らを裁こうとする。
責任感の強さが彼女自身を苦しめる。唯は良くも悪くも自罰的なところがある。それ故自分よりも他人を優先することができるのだ。主体的にトップを走る器ではない。
「誰が辞めろっつった?」
「……えっ」
「何も辞めることだけが責任を取る方法じゃねえだろ」
「じゃあどうするの?」
「バリスタに最も必要なのはホスピタリティだ。唯はそれを持ってるじゃねえか。バリスタとしての適性は十分にある。だからクビにはしないし、もうトップバリスタを目指せとは言わない」
「――いいんですか?」
「ああ、上を目指す気がないのは不本意だけどな」
向上心のない奴が心底嫌いだ。取り柄がないと嘆きながら、取り柄を作ろうともしない奴も嫌いだ。才能以前に正しい方向に努力をしない奴も、何かの道でトップになることを他人事だと思う奴も。
ナンバーワンにならなくてもいい? 元々特別なオンリーワン?
一生懸命戦って負けることを恐れているとしか思えない発想だ。こんな逃げ腰の姿勢が世間に受け入れられている時点で世も末だと思った。上を目指さない者は生きることを放棄している。負け恥を恐れるあまり、それが成長の機会を奪っていることが嘆かわしい。
他人と比べて勝つ話じゃない。乗り越えるべきは己自身の弱さだ。他人に負けることは恥でも何でもないが、去年の自分に勝てないことは立派な恥である。恥をかきたくない人ほど本当の恥を知らないのが何とも滑稽だ。リスクを恐れている人ほどリスクを取らないことのリスクが頭から抜け落ちているのと同じだ。あいつらは競争社会の歪みそのものだ。いつか自己矛盾で崩壊するのではなかろうか。
僕がそう思っていた時だった――。
「別にさー、無理をしてまで、何かで1番を目指さなくてもいいと思うよ」
優子が僕を諭すように話し始める。
彼女もまた凄腕のパティシエだが、僕のように何かで1番を目指す気はない。
「中途半端が嫌いなだけだ」
「あず君はいつものように他人と違うことを恐れるなって言ってるけど、どっちかって言うとね、相手に対して言っているというより、自分に言い聞かせてるような気がしたの。だから思ったんだよねー。本当はあず君が1番人と違うことを恐れてるんじゃないかなって。あず君の言葉自体が、不安を払拭するための麻酔だと思うと、妙に説明がついちゃうんだよねー」
「気のせいだろ……!」
優子が僕の後ろから優しく抱きついた。今まで1人で抱えていた何かを一緒に抱えてくれているかのように感じた。この温もりからは途轍もない想いが伝わってくる。
「別に取り柄なんてなくてもいいんだよ。何の取り柄もなくったって、その人がそこにいてくれるだけで幸せだと思う人はたくさんいるし、あず君だってそうじゃなかったのかな?」
「……見返してやりたかった」
「誰に?」
誰って言われても、そんなの不特定多数としか言いようがない。
自分の価値を証明することで、僕の短所だけを見て馬鹿にした奴ら、僕を矯正しようとした奴らに人を見る目がなかったという厚顔無恥の事実を突きつけてやりたかった。進学して就職していく奴らよりも成功することで、あいつらが当たり前のように守ってきた常識の無意味さを示したかった。
理由を一言で言えば、つまらない意地である。これが活動を続けていく上で大きなモチベーションになっていた。コーヒーを淹れる以外の仕事も意地のお陰でこなすことができた。
「散々僕を取り柄がないと馬鹿にした世間……かな」
「ふーん、あず君は世間なんて気にしないって思ってたんだけどなー」
「世間を無視するには勇気がいる。僕とてそれは簡単じゃねえってことだ」
「なるほどね。しょーもないことを無視する勇気が欲しかったんだ」
「何も恐れないことを勇気と呼ぶなら、僕はどうしようもない臆病者だ。でも怖いと思いながらも立ち向かうことを勇気と呼ぶなら、僕は間違いなく勇者だ」
「あず君らしい言い回しだね。でもあたしはあず君が何の取り柄もなかったとしても、あず君への想いはずっと変わらないよ。あたしも最初は取り柄なんて全然なかったし、ましてや社会で活躍できる自信なんてなかったもん。だから、あず君の言いたいことも分かるの。でもね、あたしがパティシエになって最初に出た大会で落選した時に気づいちゃったの。取り柄がない人の方が人生楽ってね。だってさ、取り柄がない人だったら……うまくいかなくても、そんなもんかで済んじゃうでしょ」
取り柄がない人の方が人生楽とは言ったものだな。
優子も洋菓子の大会に出ていたのか。恐らく彼女は恐れていたんだ。唯一の取り柄である洋菓子の技術で誰かに明確な形で敗北を喫することを。
恐怖心に勝てなかった優子は他人と競うことをやめた。
気に入っていただければブクマや評価をお願いします。
読んでいただきありがとうございます。