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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第5章 経営者編
104/500

104杯目「恋愛治療」

 3月上旬、僕は柚子に勧められ、始めて婚活イベントに参加することに。


 しかも婚活イベントには柚子も参加していた。パーティ会場のような広い部屋であり、所々にバイキング料理がたくさん盛られている。まるで祝勝会に来ているようだった。


 参加費は男性5000円、女性500円というものだ。


 最初にこの表示を見た時は、ふざけてんのかと言いそうになった。明らかな性差別だ。未だに女は働いてないから低めでいいとでも思ってるんだろうか。


 女性の過半数が無職だった時代ならともかく、今は女性も普通に働いて稼いでいる時代だ。女性の参加費が少ないと、真剣に婚活をしに来る人の質が下がる。婚活素人の僕でも容易に想像がつく。この参加費の価格設定をしている人は、間違いなく時代錯誤をしている情弱か性差別主義者だ。


 柚子に誘われなきゃ、絶対に参加しなかった。


「で? 何で僕をここに連れてきたわけ?」

「私が大学を卒業したら、4月から婚活イベント会社を始める予定なのは知ってるでしょ? だから今の内に色んな婚活イベントに出て、婚活市場の環境調査をしてるわけ。あず君を誘ったのは、一度婚活イベントを経験した方がいいかなって思ったから」

「社員とかは集まってるの?」

「うん。大学のサークル仲間の内の何人かが社員として入るって言ってくれたの。まあ、いずれも就活に失敗した人たちなんだけどね」

「ちゃっかりしてるなー」


 柚子がいた大学のコーヒーサークルは、何人かが就活に失敗し、フリーターとして卒業する予定だ。しかし、柚子が起業することを知った際に就職させてほしいと泣きついてきたんだとか。柚子は社員を確保する方法を発明したようだ。柚子って結構人望あるんだな。


 サラサラしている長い黒髪、クールビューティーで自信に満ち溢れた顔、程良い大きさの胸、くびれている腰、スラッと長い脚、それでいて人の本質を見透かせる洞察力、そりゃ人気にもなるわな。柚子は立派な大人の女性になっていた。僕らは婚活パーティが始まると共に何人かに話しかけられ、この婚活イベント特有の地獄に耐えながら終了時間を待った。


「あの、年収っていくらなんですか?」

「500万くらいかな」

「あぁ~、そうなんですねー。もっと稼いでるって思いました」

「済まんな……期待外れで」


 不毛な会話が何度か続き、いつもは相手をタジタジとさせてしまう僕がタジタジとする破目になっていたのだが、あの連中は婚活のやり方をまるで知らないようだった。


 この婚活パーティで分かったことが3つある。


 1つ目は女は男を『年収』で、男は女を『年齢』で篩にかけていること、2つ目は結婚したいにもかかわらず、自身の性格や相手に求める条件に難があるために結婚できない人が集まっていること、3つ目は相手に欲しいものを求めるばかりで、自分から相手の欲しいものを提供しようとしない人が多いことだ。僕は年収を聞かれる度に手取り500万と答えていたが、女性たちの顔は低いと言っていた。


 ていうか何であいつらって、みんな平気で年収を聞くんだ?


 特に女性から聞かれることが多かった。


 男に年収聞くのは、女にスリーサイズを聞くようなものである。僕は相手の稼ぎなんかに興味を持ったことはない。婚活パーティでは僕を女子と勘違いした男もたくさん集まっていた。


 あれはなかなか鬱陶しかった。


 婚活イベントが終わると、僕らは葉月珈琲に戻り、しばらくのんびりしてから柚子の誘いで一緒に食べに行くことに。僕の提案で璃子も唯も連れてうなぎふへと赴き、うな重を全員にご馳走する。


「あず君を女子と勘違いしてる人多かったね」

「未だにロングヘアー=女子って思ってる人があんなにいるんだな」

「あず君は顔も可愛いし、ピンク色の可愛い服まで着てるんだから、あれじゃ女子と勘違いされても無理ないと思うけど……」

「否定はできませんねー」

「趣味がたまたま女向けとされているものと被っただけなんだけど」


 うな重の特上4人前が僕らの前に置かれる。


 特上ともなると、表面だけじゃなく中にまで鰻が埋まっているという徹底ぶりだ。僕以外はしばらく驚いている。まさかこんなメニューを奢られるようなるとは、思ってもいなかっただろうな。


 僕らはこの日の話をしながら、美味しそうにうな重を食べるのだった――。


 2011年3月11日、東日本大震災が起こると、うちの親が自粛モードになり、しばらくの間はお見合いの話はしてこなくなった。ここまでに10人以上との見合い話があった。だが震災から2週間程度の時間が経つと、またお見合い地獄が始まったのだ。


 あまりにもしつこかった。お袋にはお見合い相手を連れて来ないようにさせた。だがそれでもお見合い写真を毎週のように持ってくる。何故ここまで結婚に執着するのか。親父が言うには、葉月商店街の外の人にまで子供が未婚であることを心配されたのが相当応えたらしい。有名人の親になったことで、世間の範囲が一気に広がってしまったんだろう。だから余計に世間体に敏感になった。体裁のためにお見合いさせられる側の身にもなれってんだ。璃子もいずれはこの手の苦労を強いられるだろう。


 3月下旬、店の営業終了後に柚子が葉月珈琲へとやってくる。


 何やら嬉しそうな顔で僕に擦り寄ってくる。


 柚子はカウンター席に座ると、店仕舞いをする僕に話しかけてくる。


「あず君、もしかしたら葉月商店街、復活できるかも」

「復活って……どういうこと?」

「今の葉月商店街ってどんどんシャッターが増えてるでしょ。さっきヤナセスイーツで優子さんと会ったんだけど、ここも今月で潰れるから、シャッターがまた増えるねって笑いながら言ってたの。でも私にはとても笑えるような状況じゃなかった」

「確かに葉月商店街って、段々人が来なくなってるよな」


 さっきまでクローズキッチンにいた璃子が戻ってくると、柚子との会話に加わった。どうやら璃子も柚子と同じ悩みを抱えていたようである。柚子と吉樹も葉月商店街の中で暮らしている。


 璃子はある未来を危惧していた。


「少し前まではお兄ちゃんのお陰で、商店街が一時期賑わってたけど、また商店街全体の売り上げが下がってきちゃったんだよねー。このままだとお父さんもお母さんも、昔お世話になった人たちも食べていけなくなると思うと、何だか悲しくなる」

「そう、それなの!」


 柚子が突如、右手の人差し指を立てて強く指摘する。


「どっ……どうしたっ?」

「あず君が独立して以来、あず君が絡んだ時だけは一時的に商店街が賑わってたでしょ? だから私、こういうのを考えてみたの」


 柚子は1枚の広告の紙をカウンター席のテーブルに置いた。


 それは柚子が作った婚活イベントの広告だった。


「『岐阜コン』って何?」

「定期的に葉月商店街で街コンをやるの。既に商店街の人たちからも許可はもらってる。でも普通に街コンをやるんじゃなくて、あず君にも参加してもらうの」

「いやいやいやいや! 婚活イベントなんてもう出たくねえよぉ~!」


 慌てて参加を拒否する。あんな不毛な目に遭ったってのに……今更出たいとは思わない。集団での立ち回りが世界一下手な僕としては、いくら商店街のためであっても無理だ。


 拒絶しながらも、広告の紙をチラッと見る。


 日曜日に開催か。日程は大丈夫だけど、メンタル的には全然大丈夫じゃない。


「誰が客側で参加しろって言ったの?」

「……えっ?」

「私はあず君に運営側で参加してほしいって言ってるの」

「運営側?」

「そう。あず君は集団が苦手だから、客側で参加するのは不適切だと思うの。でも運営側だったら無理に人と話す必要はないし、私たちのお手伝いをしてくれるだけでいいの」


 柚子のお手伝いをするだけ? 一体何の意味があるんだ?


「柚子、お兄ちゃんをマスコットとして使おうとしてない?」

「ばれちゃったかぁー、てへっ」


 ――あぁ~、そういうことかぁ~。


 つまり柚子の作戦はこうだ。定期的に葉月商店街を舞台とした街コンを開催し、そこに僕を運営側として参加させることで、僕のファンを釣ろうっていう魂胆だ。


 全国にどれほどのファンがいるかは知らないが、柚子の考えた方法は、かなり現実的かつ画期的な方法だと思った。ちなみに岐阜コンとは、岐阜市で開催される街コンの略称である。


「僕が参加するメリットは何?」

「あず君が日本人恐怖症の克服をする上で良い練習場所になると思うし、うまくいけば商店街の復興にも貢献できるわけだから、おじさんやおばさんたちをさりげなく助けられるし、あず君のお店のコーヒーを出すことで、日本人規制法に対する不平不満の解消にもなる。どうかな?」


 柚子はドヤ顔をしながら淡々とメリットを提示する。


 ――こいつっ! うちが抱える弱点を冷静に分析してやがるっ! しかもこれらの弱点を解消する方法を提示することで反論の余地をなくしつつ、商店街や自らの利益にも繋げようとしている。


 プロの喧嘩屋だな。この牙城を落とすのは簡単じゃない。


「……分かった」

「じゃあ日曜日の11時に、この広告の場所に来てね」

「それはいいけど、僕はコーヒーを淹れればいいのかな?」

「うん。参加賞であず君の淹れたエスプレッソをカプチーノを1人1杯飲めるようにするから。ホームページまで作ってるの。だからあず君が運営側で参加するって書いとくね」


 ホームページまで作ってるのか。やはりこの女は隅に置けないな。


 この婚活パーティの参加費は男女共に5000円である。


 登録店舗の全てを『食べ飲み放題』にする模様。これ利益出せるのか?


 しかも葉月商店街の店舗は全て登録済み。商店街も生き延びようと必死であることが窺える。男女共同じ参加費にしたのは、僕が柚子に意見したからである。やはりここは譲れない。柚子はこれに納得したのか、ありとあらゆる婚活パーティ全てにおいて、男女共同じ参加費にすると言ってくれた。


 4月上旬、柚子は『株式会社楠木マリッジ』を創業する。


 同時に葉月商店街で宣伝目的の街コン、岐阜コンが開かれることとなった。


 日曜日だったこともあり、岐阜コンに運営側で参加する。僕が岐阜コンに参加することは、インターネットを通してすぐに広まり、その影響もあってか、葉月商店街が久しぶりに賑わったのだ。


 この賑わう感覚――久しぶりだな。


 僕が小さい頃は、もっと色んな店があって、ずっと飽きずに商店街を回っていたもんだ。


 岐阜コン当日、午前11時、葉月商店街の中にある受付場所に集合する。


 商店街の関係者たちだけでなく、柚子の会社の社員たちもいた。


 まだ起業したばっかりだってのに、もう社長としての風格が出てるな。


「あっ、ちゃんと来てくれたね」

「うわっ、本当にあのあず君なのっ?」

「生で見たの初めて~」

「すっごく可愛い。本当に男なの?」

「本当に男なの。それがあず君だから」

「なんか柚子の後ろに隠れてるの可愛いんだけど」


 そりゃ隠れるよ。だって日本人恐怖症だもの。


 周囲に外国人はほとんどいない。しかも当然のように吉樹まで駆り出されてるし。


 僕目当てで来た人から、マスコットのように話しかけられていた隙を見て、吉樹に話しかけた。


「あず君、久しぶり」

「またこき使われてるのか?」

「うちはお姉ちゃんが強いから、逆らえないんだよね~」


 吉樹は愛想笑いをしながらなよなよしている。


 いや、お前が弱いんだよ。柚子が強いのは否定しないけど。


 楠木マリッジは葉月商店街と業務提携を結んでいる。普段はシャッターが閉められているスペースを一時的に借り、集金や参加登録の拠点としていた。岐阜コンは午前12時から最終登録を開始し、午後1時から5時までの開催ではあるが、真っ先に利益を心配したのは経営者故だろうか。


「あず君、こんにちは」

「静乃か、どうかした?」

「璃子は元気にしてますか?」

「うん。僕よりずっと頑丈だからな」


 静乃も来ていた。彼女はもう18歳、この春から大学生になったばかりだとか。


 璃子の同級生ということもあってか、ずっと璃子の心配をしていた。


「あの……この前は無茶なことを言ってごめん!」

「無茶なこと?」

「うん……この前恋人になってほしいって言った時……」


 なるほど、だからずっとうちに来れなかったわけか。


「あぁ~、あれねー、別にいいんだ、気にするな。恋人にはなれないけど、うちの常連とかであれば大歓迎だ。また璃子が会いたがってたからさー、たまには顔を出してやってくれないか?」

「うん、これからもよろしく」


 静乃はニコッと笑い、長い金髪を靡かせながら僕に擦り寄ってくる。岐阜コンの参加資格は20歳以上であるため、彼女に参加資格はないが、ここにいるということは、恐らく見学だろう。


「静乃は何でここに来てるの?」

「柚子さんの会社からうちにコーヒーの発注が来て、うちの代表としてここに来てるの。うちの実家がコーヒーの卸売りをやっているから、スペシャルティコーヒーを仕入れてくれたんだけど、柚子さんって凄く目利きが良くて、感心したなー」


 静乃は柚子とうちの店で出会って以来、度々彼女の家に遊びに行くようになっていた。


 つまり僕は静乃の実家が焙煎したコーヒーを淹れることになるわけか。


「それがこのコーヒーってわけか。ゲイシャは扱ってるの?」

「ゲイシャは扱ってないよ。あれは高いから」

「じゃあ一度うちに来て味わってみる?」

「いいのっ!?」


 静乃が目をキラキラと輝かせながら僕に天真爛漫な顔を向けた。


「何度もうちに来てるわけだし、ゲイシャを知ってるなら十分だ」

「じゃあ行かせてもらうね。新しい店舗、楽しみにしてたの」


 相手がコーヒーに詳しいかどうかは、ゲイシャの話をすれば一発で分かる。


 コーヒーに詳しくない人にゲイシャの話をすると、京都に居そうな芸者と勘違いをする。静乃の実家がコーヒーの卸売りをしているのも、満更嘘ではなさそうだ。コーヒーに詳しいアピールをする人があまりにも多いため、度々ゲイシャの話をするのだが、僕が言っているゲイシャの意味を理解できる人はあまりいなかった。コーヒーファンを名乗るなら、ゲイシャくらい知っていてほしかった。この日会った人の中でゲイシャを知っていたのは彼女だけだ。後はみんな全く知らないか知ったかぶり。


「この前の放送見てたの。私もやりたいことが分からなくて、ずっとそれが悩みだったけど、あず君の言葉を聞いて、まずはやりたくないことをたくさん見つけるところから始めたの」

「お、おう……それは良かったな」

「ラジオ動画で物事の本質を突いた発言とか、めっちゃ好きなんです」

「見てたのかよ。あれはどちらかと言えば、社会不適合者に向けた内容なんだけど、ああいうのを見て嫌いになったりしないの?」

「はい。ニートの作り方の回とか、私も家族も爆笑してましたし」


 僕と拓也が不平不満を吐き出す内容のラジオだというのに、炎上するどころかバラエティのように見ている人がこんなにも身近にいることを知った。家族で僕の動画を見る人も全国にいるらしい。


 静乃の友人たちも、家族揃って僕の動画を見ている。


 確か唯も一家揃って僕の動画を見てるって言ってたな。


「味見するぞ」

「うん、飲んでみて」


 受付場所の真後ろにはエスプレッソマシンがあり、仕入れたコーヒーまでもが既に完備されている。


 やっぱこういう時はコーヒーの味見をしたくなるよなぁ~。


 僕はポルタフィルターにコーヒーの粉を詰め、2ショット分抽出し、スチームミルクを片方のカップに投入し、エスプレッソとカプチーノを1杯ずつ淹れて飲んだ。


「凄く速い。しかも動きにも無駄がない」

「流石はワールドバリスタチャンピオンだね」


 当然だが、僕はあいつらに背を向けて作業を行っている。


 淹れたコーヒーを渡すのは静乃の役割だ。


 午前12時、岐阜コンの最終登録が始まる。参加登録はインターネットで行うのだが、最後にここで最終登録を行うことで参加を確定させる。時間内にここに来なければ自動的にキャンセル扱いとなる。僕は用意されたエスプレッソマシンを使い、次々とエスプレッソやカプチーノを淹れていく。


 午後1時、岐阜コンが始まった。


 後ろ向きのまま作業をしていた僕に聞き覚えのある声で1人の男が話しかけてくる。


「よっ、久しぶりだな」

「――もしかして……熊崎?」

「ああ、覚えててくれたんだな」


 話しかけてきたのは熊崎だった。あいつと会うのは中1以来か。


 風貌は最後に会った時とあまり変わらなかった。


「今治療中なんだって?」

「うん……今は目を合わせるのは無理かも」

「俺さ、今でもあの時から一緒だった友達と度々集まるんだけどさ、みんな葉月に対して済まないことをしたって言ってたぜ」

「そう思うくらいなら、最初っからあんなことはしないでほしいものだな」

「今思うと、俺たちとんでもないルールに従わされてたって思う。じゃあな、治療頑張れよ」

「……」


 熊崎は気さくに言いながら風のように去っていく。


 カジュアルな服装だが、参加登録はしなかった。あの様子じゃ、あいつも恐らく惰性で大学に行ってるんだろうな。僕は参加者たちからも、そうでない人たちからも度々話しかけられた。緊張してたし、体も震えていたけど、目を合わせなければ会話ができることが分かっただけでも収穫だ。


 人と話すのって……こんなに疲れるんだな。


 午後5時、岐阜コンが無事に閉幕し、自由の身になった。


 打ち上げに誘われたものの、僕だけ断り帰宅する。


 岐阜コンは大盛況だった。柚子は結局想定以上の利益は出せなかったと嘆いていたが、初めての仕事にしては上出来だった。ここからノウハウを積み重ねてほしいものだ。僕も最初は何度も倒産の危機に陥ったが、今となっては良い思い出だ。起業や就職をすればそれで終わりじゃない。ようやくスタートラインに立ったと思うべきだ。やがて気づくだろう。今までの学習がほぼ意味を成さないことを。時代にそぐわない教育を受けた者たちの再教育は面倒だろうが、柚子ならきっとできる。


 再教育なんて面倒だし、やりたくはない。


 今後は即戦力を通年採用する方針へと切り替えた。


 そんなわけで、僕はこの年からしばらくの間、定期的にお見合い相手の写真を紹介されたり、婚活イベントにつき合わされたりすることに。


 ――独立とは何だったのか。これじゃ共依存だ。


 生活や仕事には口出しされなくなったけど、今度は彼女がいないことに口出しをされるとは。僕が彼女を作らないのは人生が重くなるからというだけじゃない。僕みたいな社会不適合者とつき合ったら、ほぼ確実に不幸になると思っている。


 優子が言っていた言葉でようやく分かった。僕が好きだと思えるような人には幸せになってほしい。


 相手の幸せを願うからこそ――踏み込んだ仲は避けている。


 数いる変人の中でも飛び抜けて目立つレベルの変人とつき合うと、確実に知らなかった側面を知った時に乖離が出てくる。元々評判なんて気にしないし、失って困る評判は持ち合わせていない人間だと思っている。言いたくない過去がある人間になんてなりたくなかった。


 墓まで秘密を持っていくのって、考えただけでも胸がムカムカする。


 良くも悪くも隠し事はしない人間だ。他人から言わないでほしいと言われたことは守るけど、それは他人の秘密であって僕の秘密じゃない。なのに周囲の女は性懲りもなく僕に近づいてくる。


 5月のゴールデンウィークを迎えると、平日は身動きが取れないため、この年からは元日以外の親戚の集会を日曜日にしてもらった。大輔と優太を懐柔して以来、親戚内での発言力を強めていた。他の曜日は全部稼ぎ時だし、大会の時以外は休むわけにはいかなかった。大輔も優太も次の仕事を探していたのだが、求職中の人はお見合いどころではないため、大輔たちがお見合いに参加することはなかった。


 岐阜市の空洞化が更に進んだことで、身内の経済が冷え切っていた。


 しかし、僕が岐阜市のイベントに参加している時だけは全国から客が集まり、かつての賑わいを取り戻していたのだ。今後も岐阜コンには出ようと考えた。


 この時期からは婚活という言葉を頻繁に聞くようになった。


 こんな言葉が出てきたということは、もはや何の行動もなしに結婚ができない時代になったということである。うちの親はお見合い結婚だったし、あの頃は結婚適齢期になったら自動的に結婚だったし、婚活という言葉がいらなかったのかもしれないと感じたのだ。


 僕は仕事をしながら恋愛治療を進めていくのだった。

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