第2話
体全体がなんとなく重く感じる。まぶたも重い。ゆっくりと目を開けると真っ白な天井と定期的な電子音が意識の中に入ってきた。酸素マスクをつけられていることにも気づき、おそらく病院であるということはわかったが、なぜ自分がそのベッドで寝ているのかは分からなかった。とりあえず起き上がってみようと腕に力を入れるがほとんど力が入らない。自分の腕に視線を落とすと異様に細く感じた。こんなに細かっただろうかと思いつつ目だけで周りを見ると、様々な医療機器が自分を取り囲むように並び、そこから伸びるコードやカテーテルが全て自分へと繋がっていることとここが個室であることがわかった。そこで少し清明になった頭にあることが浮かんだ。
(病気が発病したのか……?)
でも、それなら自分は生きているはずがない。ならなぜ病院のベッドで寝ているのか。そんなループに陥りそうになったとき、扉をノックする音の後、失礼しますという言葉とともに看護師と思われる女性が入ってきた。まるで手術室でのような格好をしている。その女性が自分の元へと向かっている途中で目があった。すると、女性は目を丸くし小走りになりながらベッドへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?声聞こえてますか!?」
せわしなく尋ねられる。その問いに小さく頷くと女性は手元のナースコールで応援を呼んだ。するとすぐに部屋は同じ格好をした集団で埋め尽くされた。
後から聞いた話では、俺は自室のベッドで眠るように心肺停止の状態で発見され、救急車で運ばれた。どれだけ心配蘇生法をしても心拍は戻らなかった。しかし、試験段階であるがこの病気にとある新薬があることを医者から両親に告げられたらしい。その新薬は投与すると細胞分裂が活性化され全身の細胞が一気に入れ替わるというにわかには信じがたい非現実的なものだった。両親はどうせ生き返らないのならとそれを使用することを認めたらしい。なんて親だと驚かざるを得ないが、もっと衝撃的な事実が待ち構えていた。それは細胞分裂後の俺の体は女になってしまったということだ。医者の説明ではヒトはまず女性に作られるらしい。その後男性になるのだが、薬の効果が切れたのか、細胞が余計な分裂を避けたのかはわからないが女性のままで細胞分裂は止まったらしい。それからしばらく経ってから目が覚めたというわけだ。そんなUFOや幽霊よりも信じがたい事実を告げられても全く現実味が湧かなかったが、体を拭かれたり、リハビリが進み体を動かせるようになると、自分の体の変化を否応なしに知ることとなった。そこまで主張はしていないが無いところにはあり、あるところには無かった。普通の男子高校生なら気持ちが大気圏突破していたかもしれない、しかしあまりにも衝撃的すぎたのと自分の体であると考えてしまい、気持ちはさながらハドソン川の奇跡だった。
そんな、気持ちの整理もつかぬままリハビリや治療・検査、女性としての所作、勉強を1年間行い、俺は退院した。特に体に異常は無く、経過観察のための通院のみで退院することができた。学校は転校しないことにした。医者や両親は転校を進めてきたが、女性として(まだ自分が女性になったことは信じられないが外見はそう見えるので)右も左もわからず、協力者もいない状況に置かれる方がつらいと思ったから転校しないという選択に至った。
そして、ついに明日から登校することになる。1年間欠席し続けたことでみんなの記憶から自分がいなくなっていることを祈るばかりだった。